男女混合超野球連盟ぱわふるプロ野球RTA   作:飴玉鉛

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短いので実質ノー投稿。残像だ……。


閑話 憎悪と秘密

 

 

 

 打席に立って対峙した瞬間、友沢亮は()()に気づいた。

 

 覇気のない貌だった。関心のない義務を淡々と熟しているかのような、常の強烈な意志が失せた伽藍の瞳。有象無象の一人を視界に入れているだけかのような、丸っきり気迫に欠けた姿勢。

 黙々と、機械的に投げ込まれる白球を見逃して。友沢は背筋が凍りつくような悍けを覚えた。なんだ、と。なんだこれは、と。

 思わず振り返った先に、暗い顔を強張らせて佇む女捕手がいる。淡々と、捕手の要求している球種だけを放つ機械には、情熱や気力とでも言うべきものが決定的に欠けていた。

 カッ、と頭に血が上った。

 舐められていると感じたのだ。自分が他の打者と同じような、一流とも呼べない有象無象と同じ扱いをされていると。故に友沢は一切の遠慮なく、一年前の雪辱を果たすべく積み上げた特訓の成果を振り絞り、怪物の直球に狙いを定めてコンパクトに振り抜いた。ヒット性の当たりは左中間を切り裂く。友沢がツーベースヒットを放ったのだ。それは記録上――怪物がシニアのマウンドに登板して以来、初となる被安打である。球場は湧いた、はじめて怪物が登板した試合で完全試合が消えたからだ。単なるヒット一本を打っただけなのに、大衆は快挙を成し遂げたヒーローの如く友沢を讃えた。

 

『――――』

 

 しかし、とうの怪物は少し驚いた顔こそしたものの、悔しがりもせず、友沢の事など眼中にもないまま、淡々と後続を三振に切って取りマウンドを去っていく。

 腑抜けた貌。周囲の反応、自身の投球内容、相手の打撃。それら全てを顧みもせず、次の打席でジャイロフォークを投じ友沢から三振を奪っても、なんら感じるもののない佇まいだった。

 

 ――結局試合はこちらの負け。怪物は安打こそ浴びても、無失点のままこちらを完全制圧してのけた。

 

 黒い火花が散る。ヘドロを煮詰めたような、溶岩のように激しくも苛烈な怒りが体の芯を焼いた。友沢は激怒している、だがそれは己に対してであり、友沢自身が感情を内に秘める性質だったからこそこの場では発散しなかった。

 しかし友沢よりも直情な性質の仲間、猪狩守は違った。試合が終了した途端に、猪狩は周囲の制止を振り払ってライバルへと食って掛かったのだ。

 

「パワプロ――! 君は――!」

 

 怪物は、胡乱な貌で猪狩を見遣る。それに、猪狩は堪え切れない激情を叩きつけ――

 

「何を()()()()()()()()()んだ……ッ!」

 

 息を呑むほどの怒声に、白い目を向けた怪物に冷却される。

 

「はあ? ……いや、白けるだろこんなの。()()()()()()()()()()んだ、なら空いたリソースを他に回して何が悪い」

「ッ……!? はっ……!?」

「こちとら()()()()()()()()()で忙しいんだ。さっさと並べよ、俺に無駄な時間使わせんな」

「――君は……、クッ……!」

 

 冷徹に、ではない。

 どこまでも無関心ゆえの、冷たく聞こえる呆れ模様。

 猪狩はそれに愕然とし、しかし溢れ出そうな憤怒を必死に噛み殺した。

 今の自分には、その驕り高ぶった怪物の慢心を糺す資格など無いのだと気づいたからだ。以前は親しげに()()()()と、期待するように声を掛けてもらえていたというのに……一年だ。一年も掛けて、彼我の実力の差がまるで埋まっていないように感じる。そんなザマで何を囀っても、この凍えた怪物の心には届くまい。事実として、手を抜かれてさえ負けたのだから――

 

 怪物は言った。やらなくてはならない事がある、と。それがなんなのか、猪狩や友沢には分からない。だが、少年たちは気づいていた。

 彼は野球の練習を全くしていない。彼が自主的に行なっている、仲間内の練習は彼抜きで行われ。走り込みもせず、バッティングセンターにも姿を現していない。彼は完全に努力を止めていた。進化せず、成長せずにいる。

 頂きに立ち、歩みを止めたまま下を見て、呆れ返っているのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()――と。

 友沢は、未だ嘗てない屈辱に打ち震えた。猪狩は、不甲斐ない自分に悔し涙すら浮かべた。しかし、それよりも。今に見ていろ、と負けん気を燃やす以前に、荒れ狂う激情をも凍てつかせる悪寒に襲われていた。

 

 パワプロに、野球に対する真剣さが無い。失われていた。それはつまり、彼が――野球を止めてしまうのではないか、という恐怖があった。

 

 友沢にとって、そして猪狩にとってもパワプロは目標であり、乗り越えるべき壁であり――何よりも強敵(とも)だったのだ。そんな怪物が、自分達の不甲斐なさのせいで野球の楽しさを見失い、情熱を冷ましてしまったのかもしれないと思い至ると、足場が崩れ去るかのような恐怖を覚えてしまった。

 このままでは終われない。終わって堪るか。その試合が終わった当日から、これまでよりも更に、鬼気迫る覚悟を持って少年たちは特訓を重ねた。頼む、待ってくれ、辞めないでくれ……! 必ず追いつく、必ず、届かせる。だからせめて、せめてもう少しだけ時間をくれ――!

 

 努力する天才達は、才能という天稟をも超えた領域に立つ鬼才の少年を追いかける。歩みを止めた怪物が、孤独なまま去ってしまう事を何よりも恐れて。

 だが――だが。猪狩と友沢は、鬼才の魔物が虚無に堕ちた原因が、パワプロはおろか自分達にも無い事を知った。

 橘みずき、木村美香が父親に伝え、それを経由して猪狩コンツェルンの会長を経由して、()()()()()の存在を猪狩守は伝え聞いたのだ。

 

「闇、野……」

 

 その名前を、猪狩は呟いた。

 

「闇野ォォ……!」

 

 永遠のライバルを襲った、有り得てはならないオカルトの存在。

 猪狩守は、自身がこれほどまでに他人を憎めるのだという事を、生まれて初めて知った。

 ――赦さない。決して。完膚なきまでに叩き潰さねば気が済まない。

 もはや、野球というスポーツの枠組みに収まらない悪党だ。猪狩守はその日オカルトの実在を知り、そして――闇野栄剛という不倶戴天の敵を憎んだ。

 思い知るがいい、人の魂を簒奪せし悪党。貴様は今、三つの大財閥を敵に回したのだ。その破滅は約束された。断じて、野放しにはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――たしかに、怒りはあった。

 戸惑い、疑い、しかし信じた末に視界が真っ赤になるほどの怒りを覚えた。

 これほどまでに怒れる人間だったのかと、自分で自分に驚いたほどだ。

 しかし同時に気づいた。気づいてしまった。

 パワプロくんは多くの知識を失ったという。だからそれを取り戻すために、必要だと判断したからこの一年間を学習に宛てたと言っていた。そして自分達に対する記憶や情も稀薄になってしまっていて、だから改めて親睦を深めていきたいと、どこか顔色をうかがうようにお願いされた。

 それは自信に満ち溢れ、傲慢ですらあった彼らしくない表情で。

 だからこそ思ってしまった。

 今まで、ずっと諦めていた。だってあたしは、野球のことしか知らなくて、女の子らしくないし、体だって大きい。他の皆みたいな愛嬌もないし、魅力なんて少しもないと思ってた。何より彼には恋人がいたし、あたしなんかより遥かに可愛くて、魅力的な女の子達が好意を寄せてるのが分かっていたから、この時までずっと諦めていたんだ。あたしなんかに割り込む隙間なんて無い、って。けど――六道さん達や、氷上さん達への記憶が薄れてるなら――あたしにも、チャンスが出てきたんじゃないか、って。

 

 吐き気がした。

 

 自分の最低な発想に、自己嫌悪を懐いてしまった。

 だけど一度気づいてしまって、思ってしまった事は忘れられない。自己嫌悪が深ければ深いほど、期待が高まる。

 はじめて彼と知り合った時は、純粋な尊敬があった。あたしも彼と同じぐらい野球が好きだったから、よく話したし、一緒に練習もした。そして誰よりも野球がうまかった彼に教わり、スキルを身に着けて、どんどん上達していく自分に喜んで、彼もまたあたしの成長を我が事のように喜んでくれたのが嬉しくて。次は何をしよう、彼と何を話そう、そう考えるようになっていくと、次第に野球のこと以外でも彼の事を想い始めてしまって。

 気がつけば、手遅れになるぐらい、彼のことが好きになっていて。そして、別の意味でも手遅れだと悟った。

 恋人、幼馴染。……そんなの、勝てっこない。そう思って諦めていたのに、チャンスが到来してしまった。皆が同じラインに並ばされた。彼の記憶が失われたことで。

 

 太刀川広巳は嫌悪する。

 

 薄汚く感じる自身の想いを。

 

 太刀川広巳は、涙する。

 

 ――パワプロくんのこと諦めたく、なくなっちゃったじゃんか。

 

 恥知らず、卑怯者、そう自分を罵って自制しようとしても止められない。

 期待はある、振り向いてくれるかもと思う気持ちを否定はしない。

 広巳は自分の『女』を刺激されてしまったのだ。

 止められるわけが、ない。

 

「あー……その、太刀川……で、いいんだっけ?」

「――うん」

「……太刀川。野球のスキルに関しては体で覚えてるんだけどさ、頭だとまだ分かってねえんだ。だから俺の調整に付き合ってくれ」

 

 ヒロピー、と。友達感覚で付けられたあだ名ではなく。

 太刀川、と。一人の女の子にするような、こちらを意識しているのが伝わってくる態度で呼んでもらえた。

 それが嬉しくて嬉しくて、とっても嬉しくて。止まれない。

 太刀川広巳は、諦め掛けていた恋が、一気に膨れ上がるのを止められない。

 勝ち目のない勝負が、一気に分からなくなったから。

 

 結果が分からないなら――挑んでみたくなるのが、女の子なのだ。

 

「……ごめん。氷上さん。六道さん。霧崎さん。――みんな」

 

 あたしも、人の弱り目に付け込む形で情けないけど。

 闇野って人の持つソウルジェイル、とかいうのを壊してしまえば、元通りになるらしいから。それまでに――出来る限り仲良くなりたい。

 友達としてじゃなくて、男と女として。

 

「あたし……最低だ」

 

 太刀川広巳は、自分が嫌いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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