カズキにとって、ここまでの大型のお買い物は初めての事だった。
何十億も持っている大富豪だからこそ、ここまで思い切りの良い、見ていて清々しいと思える程に沢山の買い物が金額気にせずに出来たんだろうな、とシミジミと思う。
とりわけ重要度が高い買い物は、肥料に使う何tもある堆肥や数100㎏もある石灰。そしてカズラにとってあの世界で活動必須になってくる日本製の食糧を貯蔵する為に必要な家電。沢山の家電製品。
イステリアにて電気を使う為の発電機と法令に引っかからない程度貯蔵出来る量のドラム缶(発電機用の燃料セット)。
それらを発注するまでは早くスムーズだったのだが、問題はここからだ。
どこもかしこも、大量に購入してもらえて嬉しいのか、大口の客を逃すまい! と思っているのかは分からないが、物凄い速さで山奥にある屋敷まで運んでくれた。
なので、大量の電話が掛かってきたそこから先はカズキとカズラの二手に分かれて行動した。ピカピカの能力で一足先に~と脳裏に浮かんだが、自分で自分を……は勿論、カズラにもそれは却下。万が一にでも見られたら大騒動になってしまいかねない。トリックの類だ、と最初は思われるだけかもしれないが、それでも慎重に行動するに越したことはない。
足のあるカズラが、買えていない資材等の購入に走り、カズキは屋敷にて待機して入荷対応をとる。手分けして行った作業が功を成した様で、考えていたよりも早くに準備完了。
大量の物を……重量物を屋敷へと運ぶの大丈夫なのかな? と思い、色々確認してみたら――
そして作業も完了、後はイステリアへと向かうだけだ。
「まさか、ショベルカーを運転する事になるとは……、これはこれで驚きですし、すげー量でしたが、やってみると結構楽しいものですねー」
「だよねー。加えて、500㎏まで運搬可能な農業用運搬車2台! 最強最強! この組み合わせ最強!! それに、ほんとにカズキさんが居てくれて助かったよ……。1人だけだったら多分、100回は往復しないとだし、途方もない作業時間だっただろうし……」
「いえいえ。大変良い経験ありがとうございました!」
わはは、と2人して笑い合う。
正直な所 何だか妙なテンションになっている感なのは否めない。
確かに二手に分かれて、この文明の利器を存分に使った特殊車両たちを備えれば、総重量50tを超す堆肥を運ぶ事も、精密機械である家電製品を運ぶ事も燃料を安全に運ぶ事も可能だろう。
【科学万歳! 現代科学万歳! いざゆかん! イステリア!!】
となっている。
最初は、山々とした堆肥やら、大量の家電やらの物量もあって圧倒されてしまっていたが、変なテンションでどうにか乗り切る事が出来た2人だった。
2人はその後、華麗にハイタッチを決めると、それぞれの詰め込んだ農業用運搬車に乗り込んでエンジンをかけた。キャタピラ式なので非常に力強く、坂道だったとしても滑る事は一切ない。これなら、あの雑木林でも足をとられると言った心配も皆無だろう。
一列で行進すれば、森を余計に傷つける事も無い。
仮にも神様が自然を蹂躙した!? ともなれば格好がつかないので、その辺りは配慮。以前カズキが話をしていたウリボウ達の事もあって、自然は大切に~ なのである。
そしてそして、2台の農業運搬車は、爆音をとどろかせながら異世界へとダイヴ。
雑木林を抜けて、太陽の光がジリジリと照らされる外へと到着すると、そこには当然ながら唖然としている村人たちがこちらを凝視していた。当然だ。この世界には機械の類は無い。乗用車なんかも無い。ラタで馬車を引っ張ってもらうものだけだ。
明らかなオーバーテクノロジーを見せつけられて驚かない方がおかしい。
幸いな事に、搭乗しているのがカズラだという事は直ぐに分かってもらえたので、大パニックにはなっていなかった。
「やーやー皆さん。本日もやたらと暑いですねー!」
「熱中症だけは注意してくださいねー。こまめな水分、塩分補給・休憩は確実に~ですよ~」
爆音を響かせながら2台が並列駐車。
恐る恐ると言った様子で近付いてくる村人の皆さん。
「あ、あの……カズラ様、カズキ様。その乗り物は一体なんなのですか!?」
これまでは荷物運搬ともなれば、カズラがリアカーをせっせせっせと引いてきて~が主流だった。リアカーレベルならばタイヤのゴム辺りがちょっとこの世界にはまだ存在しない物になってしまうかもだが、仕組も理解できるし 容易に受け入れやすいだろう。……が、この運搬車だけは別格も別格。
こちらの世界の皆さんの理解の範疇を余裕で超えしまっているので、動揺を隠せれない。それが例えカズラやカズキが乗ってきたものであったとしてもだ。
「あー、それはですね。神の世界で使われてる重たいモノを運ぶことのできる乗り物なんですよ。沢山の荷物を一度に運べるんで、とても便利です。今からどんどん降ろしていくんで、そこから離れてもらっても良いですか?」
「は、はい!」
神の世界~ ともなれば、連想するのは お空の雲の上だったり、天使?様たちがふわふわと浮いていてお歌を歌ったり、とてもきれいで楽しく……と言ったメルヘンチックな想像をするかもしれない(個人的意見)が、カズラの農業運搬車を見て、神の世界の感じが瞬く間に変わってしまったのは言うまでもない事だろう。
「多分、私たちがそれぞれ50回ずつくらい往復したら、こちらの世界への搬入は完了すると思うんで、運んでる間に手伝ってもらうのはどうでしょう?」
「あ、そうですね」
50回と言うのは正直途方もなく感じてしまう……が、村の皆さんの前でげんなり、とする訳にはいかないカズラは、提案を受けて頷きながら皆へ協力を仰ぐ。
勿論、村の人達に手助けを貰えた。
この国を救うためにしてくれている神々からの頼みなど、如何なる事でもする所存!! な人達が集まっているので、農業運搬車には度肝を抜かされたが、そこから先は早かった。
親に引っ付いてきていたのであろう、子供たちはカッコイイ!! と口々に騒いでいて賑やかだ。
「カズキさまーー。おうたはーー??」
「カズキさまーー!」
女の子たちが大きく手を振りながらせがむ。
ぎょっ! とするのは、その子の親だろう。こんな時にいったい何をわがままを!! と口を閉じさせ様とした時、カズキは嫌な顔1つせず、ぐっ、と拳を握って笑顔で応えてくれた。
「ちょっと待ってねー。仕事が終わったらまた一緒に歌おうねー」
「「「「ぅわーいっっ!!」」」」
カズキがあんな大きな音を出す車の上に居ても、自分たちに気付いてくれたのが本当に嬉しいのか、或いは、約束してくれた事が嬉しいのか分からないが、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでくれていた。
そこまで喜んでもらえるのは、恥ずかしいが嬉しいというものだ。
カズキも笑顔を見せつつ、作業に戻っていった。
「ふふふ。カズキさんは本当に子どもたちに大人気ですね?」
「あははは……。自分が、遊んでもらってるだけ~ って言ってましたけど、きっと子ども好きなんだと思います。おやつを用意してあげたり、本を読んであげたり、歌をうたってあげたり。何だか父親と母親の両方をしてあげてるような感じです」
確かにその通りだ、とカズラと少し話していたバレッタは同調。だが、それはカズラにも言える事だ、と笑顔を見せるのだった。
「カズラさん。50回ずつ、となれば、大体どのくらい運搬するのですか?」
「えーっと、50t、ですかね?」
「ごっ、50ですか。随分持ってきましたね……。でも、水も何とかしないといけないと思うのですけど、水車も沢山持ってきたのですか?」
「ああ、それはイステリアで量産させていますよ。いくつかの部品をグループに分けて、街の職人を使って作らせるように、と指示しておいたんです」
復興の手筈については、やれる最善策を模索して、それらの指示を出している。
壊滅的な被害を被っている田畑だが、全滅と言う訳ではない。とにかく生き残っている所から救済を続けて、どうにか生き返らせる事に注視しているのだ。
最悪、色んな目で見られる可能性があるが、集中的に日本製肥料を集中投下する最終手段も考えているので、想像上では上手くいっている。………そして、カズキとも話をしたが、今回のはグリセア村だけではない。イステリア全体を見るあまりにも規模が大きいので、想定外の出来事は絶対に起こるだろう事は頭に入れている。
「バレッタさんの方はどうですか? 何やら既に工事が始まってるみたいですが」
「あ、はい! 村の皆に協力をしてもらって、以前カズラさん達に見てもらった図面で工事を始めました。村全体を柵で囲って、見張り塔の建設ですね」
「おお、さすがバレッタさん。仕事が早い……。っとと、石灰もちゃんと用意したので、後でもってきます。2t程は用意したので、多分行けると思いますよ」
「わっ! ありがとうございます! それだけあれば大丈夫です!」
笑顔のバレッタを見て、カズラは改めて思う。
グリセア村が野盗に襲われた、と聞いた時は本当に生きた心地がしなかったし、自分自身を責めていた事もあるカズラ。
事実、カズキが一足先に向かってくれた事など(マリーをカズキが宛がった事実は知らず、ハベルの指示だと認識。そして ハベルの評価が
村の子供たちを元気づけてくれた事もそうだし、一足先に他の皆を安心させてくれた事もそうだし、感謝してもしきれない。だからこそ、今は復興の方に力をいっぱいに注げるのだ。
「っとと、カズキさんに置いてけぼりにされる訳には行きませんね。作業に戻ります」
「あ、はい! 本当にありがとうございますっ!」
ちらっ、とカズラは、カズキの方を見てみると……、子供たちとの話は終わったのか せっせと積み荷を降ろして2バッチ目に入ろうとしていた。……子供たちは、最初こそ大盛り上がりだったんだけど、カズラさんとカズキさんの邪魔をしちゃ駄目でしょ? と親たちから説教を受けて、ちょっぴり涙目になっていた。
叱られて、怒られて、褒められて、そして大きくなっていくんだ。頑張れ。
と何処か親でもないのに、ちょっぴり殊勝な事を考えつつ、カズラも皆に手を振られながら農業運搬車を操り、仕事に戻っていくのだった。
そして、丁度その頃………。
グリセア村に到着していたジルコニアは、周囲をきょろきょろと見回していた。
その原因は勿論、遠くからも低く聞こえてくる地鳴りのような音。腹の底にまで響いてくるドドドドド、の轟音。
だが、とりあえずアイザックが出迎えに来たので一先ず先に話を聞く事にした。
「ジルコニア様。行軍お疲れ様でした。部隊の指揮権をお返しします」
「ご苦労様、アイザック。ちょっと
「は! ………??」
アイザックは姿勢を正し直し、敬礼をする……が、そのジルコニアの隣に居る近衛兵の1人、オーティスの様子がやや気になった。
顔色は明らかに悪く、ゲッソリと頬がこけている様にも見える。体調不良だろうか? とも思えたが、口を出してまで確認する事は無かった。自分の部下ならいざ知らず、近衛兵ともなればあちら側の方が位は上なのだから。
因みに、それにはワケがある。
ジルコニアの寄り道……と言う点にだ。
ジルコニアは、此処に来る前に、野盗の死体の確認をしていたのだ。
動物に掘り起こされない様に地中深くに埋められていた死体を掘り起こし、その状態を確認。イステリアにて、3人の野盗の生き残りの尋問をした後、その証言が正しいのかどうかの確認だった。
曰く、グリセア村の住人は怪物である、と言う証言だ。
ある者は凄まじい剛力で両断され、そして殆どはほぼ無抵抗、と言って良い状態で仕留められたと。野盗ともなれば、抵抗は全力でするだろう。捕まれば当然死罪なのだから、後先考えて等いられない。……にもかかわらず、圧倒されて捕虜を残し全滅した。
その死体の状態を確認すれば、裏が取れる。と思い、ジルコニアは側近を1人加えて墓荒らしの様な真似をした。
事実はその通りだった。腐敗も進んでいて、明確な確認は出来ないかもしれないが、切り口の感じや、死体の状態を確認したら、証言は全て一致した。
……それらの作業をしていたが故に、オーティスはゲッソリとしていたのだ。決して慣れている作業とは言えないから。
ジルコニアは口でこそ、腐敗臭や人間の死体などで【吐きそう】とは言っていたが、口でいうだけで手は全く止まっていないので、凄まじい胆力、精神力だとオーティスは改めて脱帽していた。
「それにしても、この音はなに……?」
「あ、これは……」
アイザックはオーティスから視線を外すと、ジルコニアに音について説明をしようとした……が、その説明は殆ど不要に終わる。
丁度、カズキとカズラがあの雑木林を抜けて戻ってきて、視界に入ったからだ。
「あれ? ジルコニアさんも来てたんですね」
「おはようございます」
笑顔で手を振りながら……見た事も無いモノに乗っている2人。
数秒、固まってしまったのは言うまでもない。
「話によると、農業用運搬車という神の国の道具との事で……」
「そ、そうなの……すごいわね………」
圧倒されるのは無理もない。
光を見せられた時とはまた違った驚きだったから。
ジルコニアは、足早に傍にまでやってきた。丁度、カズキが積み荷を降ろして身軽になった所だ。
「え、えっとカズキさん。この、農業用運搬……車? はどれくらいの早さで動くことが出来るんですか……?」
「? えーっと、確か……」
カズキは、速度メーターを確認した。
走行中に注視していた訳ではない、視界の中にはあったので大体の速度は覚えている。デジタル表示と針が動くアナログ表示の二つがあったので、割と覚えていた。
「時速10m以上は無理だったから……、軽く走ったりするくらいですかね? なので、これは戦場ではあまり運用出来ないと思います。何せ音が大きいので隠密~も無理ですし、攻撃を想定して頑強に作られた訳でもないので、手段を考えれば簡単に破壊されちゃいます」
「っっ!! あ、いえ、そういうつもりでは……」
「あははは。大丈夫ですよ。私に取り繕う必要はありません。流石にカズラさんは慈悲と豊穣の神グレイシオール。お優しい方なのはまちがいありませんが、まだ話さない方が良いと思います」
驚愕しているジルコニアにニコッ、と笑みを見せるカズキ。
「今は国の救済に力を注ぐつもりです。……
「……………」
ジルコニアは、片膝を付いて跪いた。
ぎょっっ、としたカズキ。流石に公衆の面前でそれをされるのは困るんだが、ジルコニアはお構いなく続けた。
「ありがとう……ございます」
心の底からの感謝の言葉と言うものはこういう事を言うんだろう、と思えた。
この運搬車のせいで、物凄く周囲が煩いのだが……、ジルコニアの小さな声は身体の底にまで届いてきた感覚があるから。
カズキは周囲をきょろきょろ、と見渡す。
幸いな事にジルコニアを見ていたのは、アイザックやオーティスと言った側近たちのみで、他の村の人達は気付いていない様だ。
なので、カズキは一先ずエンジンかけっぱなしで降りると。
「大丈夫です。大丈夫。ですから、今は目の前の事に集中しましょう」
「っ……。はい」
―――光の神は全てを見据えている。
ジルコニアは本能的にそう感じた。
恐らくは自分の生い立ちをも判ってくれているのではないか? ともだ。心の中まで読んでいる、とも。……流石にそこまでオープンにする訳ではないのがカズキ。その後は慈悲深い微笑みで乗り切るのだった。
その後も色々と大変だった。
作業自体は、車が2台あっても大変で結構時間がかかり、袋詰めなどは村人や軍の皆さんが頑張ってくれたので、何とかなったがすっかり日も落ちてしまった。
だが、何よりも大変だったのは カズラだ。
掻い摘んで説明すると―――――同性愛者である、と言う疑惑、確信? をジルコニアに植え付けてしまった。
何がどーなったらそうなる!???
と思われるかもしれないが、勿論これにはワケがある。
日本食で超人化した村人たち。怪物の様な力を持ち、野盗をも蹴散らした村人たち。
容易にこの力を外に出す訳には行かないのは当然思う事であり、日本食に関しては他の人達に広めないように決めていたのだが……、日本製の肥料を使って育てたものは大丈夫なのか? と言う疑惑。そして、それが本当なのなら 考えうる最大の問題点に到達してしまったのだ。
イステリア復興の要が肥料。
それを使い、食糧問題を解決しようものなら、国中に広がってしまう恐れがある。穀倉地帯の復活の約束はしているので、今更撤回ともなれば……、その理由が思いつかない。
非常に困った展開になった。
「カズラさんが実際に食べてみて、満腹感をまずは確認する、のはどうでしょう?」
カズキがそう提案。
バレッタやバリンも頷いた。
そして暫く時間が経過―――。
結局腹ペコのままであり、カズラの身体には合わない事が判明。それでもまだ証拠と言うには弱い。カズラだけがダメだっただけで、イステリアで暮らす人達は違うかも? と言う新たな疑惑が生まれ、他の人で試す事になった。
そこで選ばれたのがアイザック。
もしも、効力が出た場合、言いふらしたりせずに、今傍にいて、協力を頼めそうな人、ともなれば、信仰心が非常に厚く、寧ろ重いと言って良いアイザックに白羽の矢が当たった。
満場一致だったのは言うまでもない。非常に真面目且つ優秀な人であり、神であるカズラの事なら、恐らく直属の上司であるナルソンにも黙っているだろう。……以前の事を負い目にも感じている事も考慮すれば尚更。
そこで始まったのが、天幕の中での【アイザックさんの筋トレタイム】
日本製の肥料を使って育てた食糧を食べてもらい、そして 約2時間ほどトレーニングをしてもらう、と言うメニュー。
この2時間と言うのは、カズラ自身の体感時間。以前、瀕死で死の淵をさまよっていたバリンが、リポDドリンクで劇的復活を果たした時間が2時間だったから目安だ。
アイザックは、聞かされた時は正直混乱していた。
詳しい意味を話してもらえず、ただ食べてトレーニングを、と言われれば当然誰でも混乱する。……内容は正直変だが、普段自分達が身体を鍛えている事をそのままする、のと同じだ。と考えて愚直に勤めを果たしてくれた。
結果は――――体力回復の効果は全くなし。である。
アイザックは最後にはぶっ倒れてしまった。
でも、二時間ぶっ通しで筋トレをやってのけたアイザックは物凄いと言えるが、この世界の軍人の常人的な体力である、らしい。
そして―――ここからが、同性愛者疑惑へと通じる事になる。
全てが終わった後、カズラは理由あってアイザックに口止めを図った。ハベルには勿論、ジルコニアにも秘密だと。何とか頼むとアイザックは考えていた通りに了承してくれて、安心して天幕を出たのだが……、そこをあろう事かジルコニアに目撃されたのだ。
カズラが出ていっただけなのならまだ良い。問題は次で、アイザックに用があってきたジルコニアは、天幕に入った瞬間、その光景を見て固まった。
アイザックは上半身裸。加えてベッドに腰掛けていて、布タオルで身体の汗を拭きとっている。天幕内の地面には布が敷かれていて、所々で汗で湿っている。加えて、長時間運動をしていた(ジルコニアは知る由もないが)事もあり、アイザックの発している熱気でむわっ! と空気が外とは全く違っていた。
そこから連想するのは――――――
丁度その前にカズラが出ていっている。見間違えようがない。アレはカズラの後ろ姿。
「だ、誰にも言わないから……」
ジルコニアは、そう告げてそっと天幕を出ていこうとしていた。
アイザックは、はて? と思っていたのだが、ようやく何を考えているのかを把握した後に大慌てで大否定。
「誤解! 誤解です!! 違うんです!!」
「ひっ、り、リーゼにも内緒にするからっ!」
「ですから違うんですっ!!」
「あ、貴方が全身全霊で国に尽くしてくれてる事、わ、私は知ってるから! 安心して!!」
「ほ、本当に違うんです! 私とカズラさんはそんなことはしておりません!!」
「……な、なら、なんで汗だくで裸?」
「そ、それはカズラさんが………」
「……………………」
形を見れば、アイザックがカズラに色々と擦り付けた、と言う事になるが……それはそれで困ったものだ。
「ひょ、ひょっとして、カズキさん……も?」
「なっ! なんでカズキ様の名が出てくるんですか!? 違いますっ! いえ、どちらも違います!!」
ジルコニアは、カズキももしやアイザックと……? と考えたら、何故だか更に顔が赤く染まってしまった。昼間、あれほどまでに慈悲の表情をむけてくれていたカズキ。心の奥まで見通し、そして温かく手を差し伸べてくれている様にも見えたカズキ。
そのカズキの手にアイザックが居た、ともなれば―――……。
勿論 大慌てで、アイザックはジルコニアの両肩を掴んだ。
丁度そのタイミングだ。まるで狙ってたかの様に天幕へとやってきた人物がいた。
「アイザック様。打ち合わせをしたい事が………」
何やら騒いでいるのは判っていた。
でもジルコニアの声量は、消え入りそうなモノで、普段とは全く違うから、アイザックが部下の誰かを叱責しているのだろう、と判断し、返事を待つ間もなく、入ってきたのだ。
―――部下である副長のハベルが。
そして、この光景を見せられて、ジルコニアとは違った意味で固まった。でも、固まったのは一瞬だ。直ぐになすべき事があるから。
「は、ハベル……たすけて………」
この事態をどうにか打開? したいジルコニアは、普段とはかけ離れた程に弱弱しい声を出しながらハベルに助けを求めた。
あの鬼とも呼ばれ、訓練の際には何度も何度も痛めつけられた経験のあるハベル。その非常に高い実力は、ここイステリアでも1番ともいえる力を持っているジルコニアが、まさかの様子。
思考放棄したい、とも一瞬思ったが、直ぐにハベルは頭を横に振る。
間違いなく何か超常的な何かがあったのだろう。あのジルコニアがこんな風になってしまったのだから。……でも、それは兎も角置いておいて現状だ。何も考えずに見たら、ただ半裸のアイザックがジルコニアを襲おうとしている風にしか見えない。
「……見損ないました。アイザック様。おとなしくお縄についてください」
「ハベルまで!? ああもう、ほんと勘弁してくれ………!」
その後―――アイザックは命を賭けて弁明を頑張った。
ハベルにも、カズラの疑惑が伝わったおかげ? でどうにか強姦罪、もしくは不敬罪は免れたが、誤解を解くまでには至らなかったのだった。
そして一晩立って、カズラは昨日の出来事をアイザックに説明された。
最初は何かおかしい事でも? と首を傾げていたカズラだったが。
「………カズラさん。ゲイ疑惑をかけられた、って事じゃないです?」
「へ?」
「だって、布を敷いた天幕の中、アイザックさんは聞けば、上半身裸だったんでしょ? そんなトコ目撃されたら……」
「……………!!!!」
やっと納得してくれた。
そして勿論ながら 滅茶苦茶否定した。
訳を話して軍事利用、なんて展開は望んでいないので、放置する以外考えられず、とりあえず自然消滅を狙うのだった。
アイザックは悲痛の声をあげたのは無理もない事だ。
なので、この件で 一番大変だったのは―――アイザックだった、と言う話である。
そして、妙な件があったが、一先ず仕事を頑張ろう! と言う訳で、せっせと袋詰め作業を再開した。
運び込む作業自体は終了したので、後は袋詰めと重量物を運搬のみだ。
勿論、作業効率を上げる為にちょこちょこ休憩を入れている。
「カズキさまー。おつかれさまです!」
「ああ、ありがとう。ミュラちゃん」
「えへへ~」
休憩中、水を持ってきてくれる村の子供のミュラ。カズラと一緒に受け取ってありがとう、と頭を撫でてあげると大喜び。
「あ、そうだ。昨日の内に運び込んであったのが……、ほら、これアコギのギター」
運搬車の助手席側に置かれていた物をひょいっととってきたカズラ。それは、アコースティックギターだった。保管法の事もあるので、あまり高価なものじゃない方が良い……と言う事で、どーんと億を払うようなものではなく6000~10000円ほどのしろもの。
「あははは……、覚えてくれてたんですね?」
「勿論! カズキさんの歌は私は聞いてませんからね。是非聞かせてもらえたらな、と思いまして」
「そんな大層なものじゃないんですが……」
苦笑いするカズキ。
因みに、手伝いの名目でここに来ている子供たちは、ちらちらとカズキの事を見ていた。
昨日、親たちに怒られた事もあって、大っぴらに強請ったりは出来なさそうだが、明らかに期待に満ちた目をしているのが解る。
それに、バレッタを含む、村娘の皆さんも同様だった。
歌の話題は、皆から聞いていたのだろう。バレッタもカズラ同様に興味津々な様子。
勿論ながら、作業で疲れているだろう事もあり、それを考慮したら 是非 よろしく!! などとは言えるようなものじゃないので、物凄く躊躇っている様にも見える。
そんな彼女たちの表情から、様々な情報を貰ったカズキはまたまた苦笑い。
訳が知らないジルコニアやアイザック、ハベルと言ったイステリアのメンバーは普通に汗を拭い、休憩しつつ……カズキ達の事も常に気にしているので視線を少なからず送っている。
更に言えば、休憩は始まったばかりで ちょっとした余興をするには丁度良い場面でもあった。でも、ここまでに囲まれた中での演奏&歌唱となると……と、色々とカズキ自身も恥ずかしそうにしていたのだが、カズラがちょこちょこ掛け声を出してくれたおかげで、更に更に周囲に期待させてしまう。
「はぁ……、わ、わかりました。期待はそんなにしないでくださいね? 皆さんも是非! どうかスルーしてもらってかまわないので」
スルーの意味は分からないので注目
カズキは、そっとギターを取り出して、伴奏。古い曲がずっと好きだったので、中でも特に好きなのを選曲。
優しい音が周囲に響くと……、何をするの? と疑問を浮かべていた者たちが全員悟る。吟遊詩人の様な事が出来るのは知らなかったので、驚きの表情を見せて。
【イエスタディ・ワンスモア・タイム】
優しい歌声に優しい音。
休憩の時間はカズキのコンサートになり、大盛況になるのだった。