「本当に……とても激しかったです。カズキさん」
「何だか意味深な含みある発言止めません?? そんなにしてないでしょ」
「いえ、とてもお強く、気持ちが芯にまで伝わってきました……」
「手・合・わ・せ! 手合わせね!? また、剣の相手をしてもらっただけですからね! 誤解を招くでしょ! それじゃ!」
周囲には自分達しかいないのに、一体誰に弁解をしているのだろうか……、頬を紅潮させながら言っていたノワールを遮る形になったカズキ。
あの後、根掘り葉掘りノワールに聞かれた。
自身の女性観についてもそうだが、村での事。カズラとバレッタの事。カズラの様子とカズキ自身の記憶から、恐らく男女の営み~ 的な事は無かっただろうと言う事も添えて。
日本の製品の効力はこちら側の世界では絶大だと言って良い。アロマの効力であるリラックスが出来る日中の疲れも重なり、深い睡魔へと誘われたと言う可能性の公算が高い。
後は、バレッタも頑張ったのだろう。
あの場に居たのは本当にちょっとだけだったが、床に置かれていた精油の種類の1つがはっきりと見えた。
【クラリセージ】
アロマ関係の本を一緒に見させてもらった時にはっきりと記憶している。
リラックス効果もあるが、その中にはっきりと雰囲気を盛り上げる為の効能……催淫があると。
普通に考えて、それを使ったからと言って直に効力がある訳はないが、こちらの世界の皆さん相手ならどうなるか想像がつく。
カズラ関係では、やや奥手気味なバレッタでさえ、大胆な行動をとらせるのだから。
そんなバレッタの頑張りは一先ず置いておいて……、ノワ―ルがその手の話をした途端に鼻息荒くなったのは言うまでもない。
【私でよろしければお相手致しますがどうでしょうか?】
とグイグイ攻め込んでくる。
正体が正体だから、まさに肉食系女子まんまである。
ノワールに関しては、正体云々は置いておいても はっきり言えば美人に分類される。
そもそも、この世界の皆さんは全員と出会った訳ではないが容姿端麗な人達が殆どだ。日本人の顔立ちではなく、言うならロシア系美女と言えるだろう。
そんな美人な人達にこうもはっきり迫られたらグラッ、と来る面も無い訳ではない。
数多の仮想現実世界を渡り歩いてきた自分。リアルさで言えば決して引けを取らない筈なのに、ここまで煩悩と戦ったのは初めてだ。……これが現実と仮想現実の差なのか、と今更な感性を持ち始めたりもする。
……そして、勿論丁重にお断りをした。一番の理由は、物凄く楽しそうにしていて明らかにからかってる様な雰囲気が見て取れたから、と言う点があった。顔を仄かに赤くさせてはいるが……、その辺は目を瞑った。
「ふぅ……、兎に角、時間つぶしに付き合ってくれてありがとうノワ」
「はい。私でよければいつだってお相手致します。……勿論、
「…………はぁ」
止めて下さい。貴女のその仕草や胸を強調しつつ上目遣いになるのははっきり言って凶器です。……と、口に出す事が出来ないカズキは、とりあえずため息を1つして落ち着かせた。
ノワはノワで、一頻り遊んで満足したのか、それ以上に食いついたりはしてこなかった。
……千年以上も生きてきた獣にも発情期の様なモノはあるんだろうか、と割りとどうでも良い事を考えつつ、カズキは 直ぐ隣でクッションの役割を果たしてくれているウリボウ、【ハク】の頭を撫でた。
「ハクも ありがとな」
頭の毛並みを梳いてやると、ワフッ! と一声鳴いて返事をしてくれた。
気持ちよさそうなのは見てわかるから、もう1つ、2つと撫でてあげた。
因みに、名に関しては ノワールを通じて強請られたから、と言う理由があった。
ハクに関して言えば 嘗て自分が殴りつけたウリボウであり、あの日から一番懐かれている。単純に敵わない相手、として上下関係で見られている様な感覚ではない。昔からずっと付き添ってきた愛犬? のように時折感じてしまうから不思議だ。……ハク本人から聞いた訳でも聞ける訳でもないので、その辺りはカズキの感想に過ぎないが。
そして 美しい白い毛並みの中に、淡いブラウンのラインの毛があるこの色彩はハクのみだから、名付けをしやすかったと言う理由もある。………ハクまでは良かったのだが、ウリボウはノワールやハクだけではない。ノワールは兎も角、ハク1頭だけではないのだ。
ざっと見渡すと、少なくともこの場には9頭は居る。襲われた時は倍以上は居た筈だ。
非常に申し訳ないが、他の皆を区別するのは難しいので、ノワールの方へと丸投げしてしまったのは言うまでもない。
愛着が沸くのは良い事だと思うのだが……、如何せん会う機会が非常に少ない。毎日顔を合わせでもすれば、覚えていくだろうけれど、生憎そこまでのんびりしている時間もないのだ。
「う~ん……、そろそろカズラさんが心配してるといけないし……、まぁ森まで入ってきたりはしないだろうけど。って、めっちゃ今更だ! こんだけ騒いでたら村人は兎も角、イステリアの人達がここに来たりしない??」
「はい。その辺りは大丈夫ですよ」
ノワールとの談笑、ハクたちとの戯れ……まではまだ良い。
剣の手合わせ、と言う事で結構動き回ったりしている。以前の様に木を斬って倒したり~ まではしていないが、鍔迫り合いの最中の金属音は、森に響いている筈だ。(光の剣と普通の剣がぶつかり合ったら、金属音がする)
場所が場所だから、それを聞きつけたともなると、色々と誤解を生んだり、下手したら恐れさせたり……と考えていたのだが、ノワールは首を左右に振ってこたえてくれた。
「カズキ様。この霧がここを包んでくれている間は、大丈夫。……普通の人間では意識を保つ事が出来ません。森中に広がってますので、音を聞きつける事もないでしょう」
「え?」
カズキは改めて周囲を見渡した。
自身の光も使って 辺りを照らすと……、確かにノワールが言う様に木々の間、手前、至る所に濃霧が出ていた。
まるで自分達を包み込んでいる様に見えた。
「結界、ってヤツかな?」
「……そう捉えてもらって間違いないかと思います。私たちは基本的に人と関わる事はしません。……関わる事で悪い未来に繋がってしまう可能性が高い……高かったからです。……ですが、極稀に 人に接触する時が有ります。その時、このように接触するのです。後は その者の魂を通じ、頭に直接語り掛けるので、身体は眠ったままの感覚になります」
「なるほど……、夢か現か判らない様な状態で、ノワが話しかけたら……そりゃ 信憑性高いお告げみたいに聞こえるわな」
獣の姿で話す、ともなれば紛れもなく神族の分類に位置される事だろう。
ウリボウは肉食獣。故に戦いの神と連想されそうだ。この地では戦いの神はオルマシオールと言う名が伝わっているからその名になるだろう。
「とりあえず一安心。オレは帰るよ」
「……はい。今日はお会い出来て本当に良かった。………ありがとうございます」
何処となく……、いや、間違いなく表情を暗くしたノワール。
周囲のウリボウ達も、ハクを筆頭にきゅんきゅん鳴いて、尻尾も耳も垂れ下がっている。
滅茶苦茶慕われているのは有難いのは有難いのだが、生憎明日も仕事が控えているので、あまり夜更かしするのもよろしくない。
何だかんだでこの身体で試せることを試してみたが、普通に疲れるし、普通に睡魔も襲ってくるので、何十時間でも連続活動! みたいな真似は出来ない。
だが、勿論名残惜しくしてくれている皆にそのまま背を向けて、【じゃ!】と帰れる程白状ではないつもりだ。
カズキは、片膝を付いて視線をハクと同じ高さにし、頭をまた一撫で。そしてノワールの方も見て。
「また会おう」
そう一言添える。
この時ばかりは何の含みも飾り気も無かったノワールだったが、カズキの一言で、今の自分がどんな顔をしているのか理解出来た。
色々と楽しんだのは事実だが、カズキに本当の意味で障害になったり絶対にしないつもりだった。だから、明日も控えているカズキを引き留めるつもりは全くなかったのだが……。
カズキの笑顔の一言を見て、自分も笑顔を作る事が出来た。
「はい! また、会いましょう」
一番の笑顔と共に、ハクを含めたウリボウ達を呼び寄せる。
カズキは、それを確認し、見届けた後に 自身は光の身体になった。
周囲を見てみれば、まだ濃霧は立ち込めている。それなりに光った所で漏れる事は無いだろう。
後は、高く飛んで村の方へと降りるだけ。……勿論、光度を抑えつつ。
グリセア村にまで戻ったカズキは、足音を殺し、そろり、そろりとバリン邸へと帰った。
夜間もパトロールをしていて、時折村人の皆と会釈は交わしたが、いざ! バリンの家へ! となったら、やっぱり気を遣う。
自由にしてくれて構わない、と言ってくれた部屋の前にまで行き、扉を開けた所で……。
「………おかえり」
まだ起きていたカズラと目が合った。
どうやら……、多く時間を使ったつもりだったのだが、まだ1時間程度だったらしい。日本の時間にして、夜の11時前後。子供でも余裕で起きていられそうな時間。カズラが寝静まるには早すぎる時間、である。
その後、懇々と先ほどの目撃情報の件について、弁明・熱弁をしていた。
皆を起こさない様に、限りなく小さな声ではあるが……、その説明会は、ノワールたちとの交流の時間以上にかかったのはまた別の話。
翌日。
カズラとカズキが日本から持ってきた数十はある段ボール箱を片っ端から開封し、バレッタへと説明をしていた。
超回復を図れるリポDを筆頭に、後は村人の為の食料品、包帯、消毒液等の医療品の数々。
グリセア村だけを特別扱いさせてもらえると言う約定を計らえた為のモノだ。……日本製品の凄まじさは、グリセア村の皆が知っている事だし、何よりカズラやカズキの事もあるので、彼らから外に漏れる事は無いだろう。
ジルコニアやアイザック、それ以上に明晰な頭脳を持つナルソン相手だと、状況から考察される可能性は十分あるが、表立って何かをされる事は当面考えられない。
カズラ1人なら確定とまではいかなかったが、カズキの存在がそれを更に後押ししてくれる形となっている。
光の神を相手に強硬手段に出るなど考えられない。
それはそうと、分かれての作業で1時間強の時間をかけて、漸く取り出し終了。
「すごい量ですね……。お2人は、暫く戻ってこられないのですか?」
「いや、10日後には戻ってくるつもりですよ。日本の工務店に発注している水力発電機を回収しないといけないので」
「あはは……。私は、子供たちに歌を……と少々約束をしまして。工務店関係はカズラさん1人で十分なんですが、そちらの約束も果たさないと、なので、私も同じくらいに戻ってきます」
カズラとカズキがそう遠くない内に戻ってきてくれる事、そして村の子供たちと仲良くしてくれている事に物凄く喜びを顕わにしたいバレッタだが、それ以上に気になった単語があったので、会釈するのと同時に確認する様にカズラに聞く。
「イステリアに発電機を持っていくんですか?」
当然の疑問だ。
バレッタも類稀なる頭脳、記憶力の持ち主。
色んな事を熱心に勉強した結果、覚えた項目は数知れず。発電機……即ち、電気の事も大分理解しているのだ。……この世界には電気などないのに。
流石は、蒸気エンジンを作りたい、と冗談でも口にするだけの事はある。
「カズラさんからも聞きましたが、効率を考えたら、どうしても電気は必要だ、って結論になったんですよ。食料の問題も有りますし……冷蔵庫があるのとないのとでは保存食の種類も量も変わってきますからね。……単純にカズラさんの健康面も心配なので」
「あ、それは確かに……」
「いざとなったら、私が光でびゅーんっ! と飛んでくるので、食糧問題はそこまで不安視してません。色々とみられない様にすれば 大丈夫かと」
「う~ん……その辺りはカズキさんを頼り切っちゃうんだよね…………。申し訳ないです」
「いえいえ。しっかりお給料頂いてるので、はたらかせてくださいよー!」
ぐっ、と腕に力こぶを作るカズキ。
その仕草を見て笑うカズラ。つられてバレッタも同じく。
「確かにカズラさんの御身体が第一なのは間違いないです。………が、大丈夫でしょうか」
発電機……電化製品は明らかにオーバーテクノロジーの塊だ。
誰が何処を見ても混乱する図しか映らない。
「その辺りはナルソンさん達にも協力してもらってるので大丈夫ですよ。
「まさにカズラ様メルエム様、お天道様。領主でも、いち人間である以上逆らえませんし、頼みだって無理のない範囲なら間違いなく喜んで請け負うでしょう。私自身に置き換えても断言できますよ」
「あ、はははは……、グレイシオール様とメルエム様は同系列、役割が違うだけ、って事なのを忘れないで下さいよ??」
「わかってますって」
2人のやり取りを見ていて、本当に頼もしい人達だと改めてバレッタは思っていた。
カズラ1人だけだったら……、どうにかして自分もいきたい、ともっともっと駄々をこねてしまう未来がはっきりと見える。襲われたあの時、カズキが一足先にグリセア村に来てくれて村を助けてくれたから、今の自分があるんだと思う。どちらが欠けても今の自分は間違いなくいないんだと思えた。
でも、一緒に居たいと言う気持ちに間違いはない。……だからこそ、共にいる為に行動をする。決して近道はしない。どれだけ時間は掛かろうとも、カズラたちの傍に居られる様にバレッタは頑張る所存だった。
そして、その後―――。
領主の後妻、ジルコニアからの説明で カズラとカズキが正式にイステリアの支援へと全力で乗り出す事を通達してもらった。
村人たちは、やはり 昔話……遥か過去にあった過ち。神を蔑ろにした過去を憂いている事もあって、戸惑いを隠せれない者も居たが グレイシオールであるカズラ自身が、そして新たに降臨してくださった光の神、メルエムであるカズキも了承しているのだから、と最後には安心出来た。
イステール家が、過去の領主の様な横暴な独裁者じゃないと言う事実も良い方向へと向かう切っ掛けにもなった。
そして、出発直前。
「カズラさん。バレッタさんですよ」
カズラがジルコニアとアイザックの2人と話している所を割って入るカズキ。
もう後は馬車に乗ってイステリアへと向かうだけにまで手筈を整えたので、このタイミングを逃してしまうと、中々話す事が出来ないだろう、とカズキは思ったからだ。
その思いを、ジルコニアもアイザックも酌んでくれたのだろう。微笑みつつ、2人ともバレッタの方を向く様に促していた。
バレッタは、カズラの前に立って、そしてカズキの方も見て 2人に向かって頭を下げた。
「カズラさん。カズキさん。私、頑張ります。この村は任せて下さい。必ず、私が……! だから、お体に気を付けて」
にこっ、と笑うバレッタの目は僅かに赤くなっている。
別れるのが辛いのだと言う事が解る。……しっかり者で、天才だと言って良い彼女だけれど、見た目はまだ明らかに10台だろう年齢だ。
だからこそ、カズラは安心させる為に、バレッタの頭を梳いてあげた。
「バレッタさんも身体には気を付けてくださいね。ニィナさんから密告受けましたが、夜更かしを何度もしてるらしいじゃないですか。ほどほどにしてください」
「あ、それ私も聞きました! 無理しちゃダメですよ?」
2人の返しに、困った顔になるバレッタ。
今行っている勉強はどれもこれも楽しすぎて時間を忘れてしまうものだから。
「うーん……、それは約束できませんね。ごめんなさい」
「こらこら、背が伸びなくなっても知らないぞ?」
カズラもつられて笑う。
そんな時、そっとカズキがバレッタに耳打ち。
「(夜更かしは肌に悪いんですよ? 美容にもよくありません。だから、ね? カズラさんの為にって思って! カズラさんの事は引き続き見てますから。……見られる範囲で、には なっちゃいますけど)」
「っっ!!」
「ん? 何を話してるんですか?」
「あはは。カズラさんと同じです。背が伸びなくなるよ、みたいなのです」
カズキはパタパタ、と手を振ってバレッタから離れた。
やや顔の赤みが増したバレッタだったが、直ぐに頭を下げた。
その仕草を見たカズラは十中八九嘘だと思って追及してみたら……【イステリアにいったらまたしっかりカズラを見ておく】と言う話をした、とカズキは本当の部分を説明。
バレッタに習って、カズラも顔を赤くさせるのだった。