朝――、カズキは部屋から外に出て、アイザックとハベルとの訓練で使っていた場所に出てきていた。
昨夜とやや違うのは、ただ開けた場所に、試斬台を据え置きしてくれている事。
「おぉ……、甲冑までつけてくれて、随分凝ってるなぁ……。コレを正式に利用して訓練してるのかな?」
最初は、丸太でも刺して、ロープでぐるぐる巻きにして肉付けをするくらいかな? とカズキは思っていたのだが、色々と施してくれており、動かない的ではあるが 対人初期訓練にも使えそうな精度だった。
面、胴、小手! と剣道ならそんな感じで攻める所ではある……が。
「よっし……。ふっふっふ。久しぶりに剣士気分なのも悪く無いかな? 人は……いないし、とっておきの技、練習してみよっと!」
アイザックやハベルとの訓練はそれなりに楽しかった。
ピカピカの身体と言うモノは、基本的には心労以外、肉体的な疲労は皆無だった。……そもそも、現在自分の身体の構造が解らない。説明がつかない事はちょっとキモチワルイとも思うのだが、今はそんなことは考えていない。
ピカピカの力を使って 嘗て 身体能力、パラメータ、その他諸々をレベルMAXにまで上げていた仮想世界で存分に振るった技を練習で試してみる。
木剣を正眼の構えで 試斬台へと向ける。
視線を鋭く、そして打ち込む事だけを考える。――――但し、加減はする事。折角作ってくれた、設置してくれたこの試斬台を壊すのは駄目だ。
限りなく力は抜く。それでいて速度に重点を置く。
ゆっくり、ゆっくり―――目を閉じ、集中力を高め、研ぎ澄ませ―――、そして目を見開くと同時に動いた。
これぞ、光速の剣技―――そのまんまではあるが、とりあえず 実際にはピカピカな光はなるべく抑え気味、抑制気味で動いている。
あまりにも光る身体は目立つので、なるべく 目立たない様に、それでいて それに見合うパフォーマンスが出来たらな、と試行錯誤した結果が今回の剣技である。
試斬台と交差する刹那、剣撃を実に9発放つ――――某有名漫画でも出てきて、カズキの時代でも人気を博しているかの男の剣技の模倣だ。
「っ! よしっ! できた!!」
いきなりぶっつけ本番だったが、見事な手応えにカズキは思わずガッツポーズ!
仮想世界で一番最初に体感・体現して見たかった剣技の1つなので思い入れもある。
そして、出来た事に喜んでいて気付くのが遅れてしまった。
丁度後ろに、約2名程…… この場に来ていた事に。
気付けたのは、物音がこちらまで響いてきたから。
音の大きさ的に、重い物じゃないと思うが、何かを落とした様な、そんな音。
「え?」
「あっ、そ、その!!」
「っ、っっ!」
カズキが振り返った先に居たのは―――女性が2人。
見知った相手だ。
「リーゼさん、それにエイラさんも………」
ナルソンの、領主の娘であるリーゼとその侍女のエイラ。
2人とも驚き固まっている。どうやら、先ほどの物音は、リーゼが手に持っていた木剣を下へと落としてしまった時のものだろう。
エイラも、思わず手に持っている―――洗濯籠の様なモノを落としそうになっていたが、下から両手で抱えていたので、どうにか落とす事は回避できた模様。
そして、まさか、この2人がここへやってくるとは思ってもみなかったので、カズキも2人の様に驚いていた。
この屋敷では、あの場で自分とカズラの正体……グレイシオールとメルエムである事を告げた者たち以外には なるべく明かさない様に……としていたので、一応 自重はするが なるべく此処には立ち入らない様にとアイザックやハベルたちに頼んで周知をしてもらっていたのだが(2人は喜んで了承。見張りを立てるとまで言ってくれた)。
「(さ、流石にリーゼさんを抑える事は出来そうにないよな………。一応、名目は訓練で場所を借りてるだけってことにしてたし)」
侍女たちや近衛兵たちならば、抑止できただろう。
だが、リーゼはここの娘―――領主の娘だ。そんな彼女を立ち入り禁止です、と一蹴するのは難しい事だし、ナルソンの許可を得ている、と言ってしまえば 更に止めるのは難しい。
色々と抑えているので、見られて困る事ではないのだが……、2人ともかなりの美少女だし、後ろから見られていたとなれば、ガッツポーズをしている所まで見られていたのなら、やっぱり色々と恥ずかしい。
「お、おはようございます。リーゼさん、エイラさん。何かありましたか? 今日の朝の予定はもう少し後だと思ってましたが、変更がありました?」
成るべく平然を装いつつ、声を掛けるカズキ。
予定では、今日から本格的にイステリア復興に向けて、カズラを先頭に指導から現地で開始する。
まずは穀倉地帯。
広大な土地が干ばつでかなりやられていて 全てを救済するのは無理難題な所ではある、が生き残っている場所も幾つかあるので、そこを重点的に行う予定。
結構無理を言って、麻袋を大量に用意させ、腐葉土・肥料も大量に確保したので 後は人員が揃っていれば何とかなる公算だ。
カズラとも色々打ち合わせをしたので、その辺りは問題ない―――筈。
予定外、予想外の事態が起きたのなら別だ。
カズキにとって今回の2人の訪問は完璧に予想外ではあるが。
リーゼは、まだ少し固まっていたのだが、カズキに言われて我に返ったのだろう。
慌てて木剣を拾い直し、そして 傍にまで来て頭を下げた。
「申し訳ありません。朝の訓練をしていると聞いて、是非、共に……と思いこちらへ参りました。その………お邪魔、でしたか?」
「っ、いえ。邪魔なんてことはありません。それに謝る必要も全く。ここはリーゼさんのお家ですし、私はただのナルソンさん、ジルコニアさんの友人ですよ?」
カズキは、笑ってそういう。
申し訳ない、と頭を下げた後のリーゼの上目遣いはかなりの高威力だ。
色々と解ってはいても、ある程度 リーゼの事を
「リーゼさんとはゆっくり話をしてみたかった事も有りますし。私の方も是非。勿論、この後の事もありますから 時間の許す限りではありますが」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ぱぁ、と花開く様な笑顔とはこの事を言うのだろうなぁ……、と何処か思考が遠くなりそうな気もするが、どうにか表情には出さない様に出来た……と思う。
「カズキ様。先ほどの剣には本当に驚きました。遠間ではありますが、視認するのが難しくて……」
「あ、ああ。今のは その――――そう! 私の故郷に伝わる剣術のひとつでして……」
その後、まずは穀倉地帯復興! の本格的な仕事に入る前の朝の一時。
リーゼとカズキ、そして 傍で見ていたエイラは 非常に有意義な時間を過ごしたのだった。………多分。
「ちょ、ちょっとエイラ見た!?? あのカズキ様の剣!!」
「は、はい!!」
カズキとのちょっとした朝の交流も終えて、笑顔のまま戻るリーゼだった……が、確実にカズキから離れた位置、誰にも見られていない場所に来るや否や、表情を一気に強張らせ、興奮気味にエイラに言っていた。
「見えませんでした………。気付いたら、カズキ様が向こう側に行ってた? みたいな感覚です……」
「そう! 私もそう思う!! ……正直、アイザック達との事は 半信半疑だったんだけど、アレを見せられたら納得するしかないわ。見た感じお母様よりも遥かに速い……っていうか、どうやったら あんなに速く動けるのか、今でも自分の目を疑ってる所よ」
「はい……。私も白昼夢かと」
興奮しているリーゼを他所に、エイラは 逆に放心気味だった。
あまりに凄過ぎて自分の目を疑いたくなるリーゼの気持ちも判る。アイザックとハベルの2人を手玉に取ったと言う話も嘘ではないだろう。
「(……本当に人間なの………?)」
ただ、エイラは驚きと同じくらい恐怖もしていた。
軍の隊長クラスを2人同時に相手した事もそうだが、何よりも先ほどの光景。
あまりにも早過ぎる動きは 人間業じゃない、と寒気が走ったのだ。リーゼは興奮していても恐怖心は感じていない様だが……、エイラは あの一閃を見て背筋に悪寒が走った。
超常現象を見た時の感覚ってこういう事を言うんだと理解した。……理解したくなかったけど。
「うーん。今日は時間も時間だったから、あんまり進められてないケド、力もあるお金もある。更に何処かの大貴族!! これは間違いなく、優良物件! 今まででダントツの! お顔も……まぁ、合格範囲内! 思いっきり本気出してきっと落として見せるんだから!」
「あ、あははは………」
エイラの心境を他所に、リーゼは ターゲットを完全に2人からカズキに絞った様で、拳を握り込んで気合を入れていた。
リーゼが人を見る目がある事はエイラにも解っている。
長らく侍女として、専属侍女として幼少期より付き合ってきたからこそ、裏も表も全て知り尽くしていると言って良い間柄なのだ。
父親であるナルソンより解っていると言う自負がある。……と言うより、リーゼ自身が、領主の娘に相応しい様常に気を張り、注意しているので 本当の素顔を見せていないと言うのが正しいかもしれないが。
それでも、先ほどの恐怖心も残っているので心配ではある。
結構失礼な事も言っていたし……。
「(ま、まぁ リーゼ様なら バレたりはしないと思う……かな)」
これまでも猫かぶりを続けてきて、恐らくはその真の素顔はナルソンにもジルコニアにもバレていないだろう。
ならば、昨日今日の付き合いであるカズラやカズキに解る筈がない、と言うのが自然な考えと言うモノだ。
エイラは、両頬をぱちんぱちんっ、と挟み込むと、先ほどの恐怖心をどうにか奥底へと押し殺し。
「リーゼ様。そろそろお時間が……」
「ん! 了解。早く帰って着替えないと……」
侍女の務めを、仕事をしっかりと果たす為、リーゼに進言して手早くスケジュール通り動くのだった。
カズキはと言うと。
リーゼ同様、部屋に戻って着替えてカズラと合流していた。
昨夜のカズラの慟哭――――の件を慰めつつ。
「ま、まぁ またアイスを買ってくれば良いじゃないですか。……あ、何なら ひとっ飛び買って来ましょうか? オレなら直ぐに買ってこられると思いますし! ……ただ、お金だけはお給金の前借をしないといけませんが」
カズラの魂の慟哭。
昨夜の原因は、カズキが言う様に【アイス】である。
なんで? と普通なら思うかもしれないが、大体把握しているカズキは 気持ちが少なからず解る。
丹精込めて疲れを癒す為のとっておきのアイス。
カズキにも分けてあげる、と約束していて、一日の疲れに持って来いなアイス。
――――こちらの世界に持ってきたのは良いが……、色々と忙しい事が多過ぎて長らくクーラーボックスの中で放置し過ぎていた。
その結果。
袋詰めの氷を、そしてドライアイスを大量に入れて保冷をしていたのだが、結構暑いこのイステリアの外気温を遮り続けるのは無理があったのだろう。
氷は勿論全て溶けていた。ドライアイスは消えていた。
保冷して置けるであろう持続時間を大幅に超過している。
アイスは、形を保っていたらしく、まだセーフだった!? とカズラは一瞬歓喜したのだが、手に取った瞬間―――アイスはその形を崩し、ドロリとした液体へと変わってしまっていたのだ。
そして、カズラもまるでアイスと同じ様に―――どろり、と効果音をつけたいと思える感じで、床に倒れ込んだ。【うっ、うおおおおおぉぉぉぉ………】と、地に響く様な慟哭と共に。
でもまぁ、確かに悲しい事は悲しいがアイスでいつまでもふさぎ込む子供ではない。
カズキも居るし、何時までも気を使ってもらうのも大人げなさすぎる。
買ってくる、まで言ってくれたカズキに感謝の念を送りつつ―――。
「流石に、それは大丈夫ですよ……。じ、次回、向こうに戻った時必ず買って来ますから。……同じ轍は二度は踏みません。冷蔵庫も起動OKですし。ルートさんとアイザックさんが、見張りも立ててくれてるみたいなので、発電機を見られる心配も無いですし……」
ふ、ふふふ、と怪しく笑うカズラを見てカズキは苦笑い。
確かに、カズラの部屋に近づけば一発で解るが、あの発電機のエンジン音が低く唸りをあげている。この世界では間違いなくオーバーテクノロジーの1つであり、腹の底から響いてくるこの重低音は、何事か!? とパニックを誘発させそうな気もするが、そこはアイザックが図らってくれた。
ルートと呼ばれる人は、アイザックの従弟に当たる人らしく、以前 捕まった時に一緒に居た人物の内の1人なので、秘密を共有できるメンバーの1人でもあるのだ。
因みに、その性格や容姿は、まさにアイザックと瓜二つ、と言って良い。物凄くマジメであり、手伝わせてくれ、と進言してきた程だ。
断る方が可哀想な程である。
因みに、カズラのこの時の印象は、【プチアイザックさん】
カズキは【リトルアイザックさん】である。
頭一つ分程背丈が低く、年齢は恐らくは10代だろう。だからこその印象である。
そうこうしている内に、部屋の外が騒がしくなってきた事に気付いた。
どうやら迎えが来た様だ。
「解りました。では、アイスは 次回を楽しみにする……と言う事で!」
「うん。……穀倉地帯から、ここから本格的に復興支援スタートだ」