復興開始2日目の朝。
ナルソン邸内、食事用の一室にて、数名の侍女たちが手際よく朝食の準備を行ってくれている。その部屋の中央には大きな長テーブルが設置されており、既に銀製の皿・コップなどが配膳されており、後は食事が運ばれてくるのを待つのみ。
焼き立てパン、そしてスープ……、徐々に、確実に豪勢になってゆく朝食の風景……なのだが。
「(………これは、そろそろやばく無いですか? カズラさん。今こそリポDの出番では?)」
「(うーん……、リポDは 秘薬って扱いだし、あんまりポンポン出したくは無いんだけど……、考えておくよ。ほんとこの人達そろそろ倒れそうな気がするから……)」
倒れる前にドーピングを! とも思うが、実の所 瀕死の状態になった後でも 劇的な復活が出来る事は、カズキがくる以前、バリン相手に証明されている。今夜が山……と言われてもなんら不思議じゃない状態から数時間で復活する程の神薬……秘薬をカズラが出し惜しみする理由も、とりあえず理解出来る為、カズキはカズラの意向に従うのみだ。
それでも、解っていても、やっぱり皆さんの目の下のクマがヤバイ。
疲労が色濃く残っているのがよく解る。 カズキが一番で、その次に元気そうなのはカズラだと言うのが一発で解る程にあからさまだ。
中でも一番きつそうに見えるのはジルコニア。
軽く意識が飛び掛かってる? と思ってしまう程、うつろな表情。現実逃避でもしているのかと疑える仕草……、窓の外に見える青空を眺めている。今も尚。
顔色も少し白みがかっている様に見えて、あまり女性の扱いや気持ちが解っていないカズラも、女性の顔は大切なモノだ、と言う事くらいは解るので、心配になってしまうと言うものだ。
以前の初めての対談の時とは比べ物にならない。
「あの、お母様……?」
「………(空が、きれい……)」
「お母様?」
心配したのか、リーゼがジルコニアに話しかけるが、反応を見せてくれない。空を眺め続ける。……これは本当の本当にヤバイヤツでは? と思い始めたその時。
「ジル。リーゼが呼んでるぞ!」
「ッ!? え、あ、ごめんなさい。何かしら?」
ナルソンに名前を呼ばれ、そのナルソンの重低音はどうやら、身体に直接響いてきたのだろう、はっ! と気を取り戻して、リーゼとナルソンに顔を向けた。
「大丈夫か? かなり疲れている様に見えるが……」
「大丈夫よ。心配いらないわ」
ジルコニアは表情を取り繕っている様だが、どうみても大丈夫そうには見えない。
後ほんの少し押したら、倒れてしまいそうだ。……目を瞑って10秒数えさせたら、そのまま眠ってしまいそうだ。
「流石に休んだ方が良いのでは? ジルコニアさん、とても辛そうです」
「い、いえ。大丈夫ですよ。それにただでさえ仕事が溜まってますので……」
「昨日はどれくらい寝ました?」
カズキ・カズラの言葉に狼狽えつつ、大丈夫アピールはするのだが、最後のカズラの質問に対して、何処か遠い目をしたのを2人は見逃さなかった。
遠い目をしなければならない事情、答えがあると言う事が解るのはこの直ぐ後。
「………
気まずそうに呟くジルコニア。
たった1時間……、ただの仮眠ならまだしも、1日1時間は鬼だ。無茶だ。どんなブラック企業も真っ青だ。
どうにかして休んでもらいたい。
「(うーむ……、神様権限? いや、仕事が溜まってる事実は変えられないし……、でもかと言って簡単に手伝えるようなものじゃないし……。こちらの仕事量も決して少ないワケじゃないから……)」
どうしようか……、と悩んでいたカズキ。
カズラも、ジルコニアに休んでもらいたい気持ちはカズキと一緒なので、腕を組み、うんうん唸っていたその時だ。
「お母様。私にも何かお手伝いをさせて下さい。現場に出向いて作業の進捗を見るような仕事なら、私にもできます」
そこで手を挙げたのはリーゼだった。
「現場に……って、あなたは面会の予定があるでしょう? 今日の相手は?」
「あ、えっと……」
リーゼがちらっ、と見た先に居るのはエイラ。
その視線に勿論気付いて、リーゼの代わりに今日の予定を告げる。
「グレゴルン領土から貴族のギュンター・ブランデン様。豪商のニーベル・フェルディナント様が午前と午後でそれぞれ。……お二方とも2日連続での面会です」
面会予定の人物名を言った瞬間、場の空気が変わる。
濁った様な淀んだような……、そんな感じ。
お世辞にも良い空気とは言えない。
「ニーベル。……ああ」
「……アレね」
「あ、はい。……あ、べつにアレ……じゃなく、ニーベル様。彼が嫌だからと言うワケでは」
「(あ、アレ呼ばわり………)」
「(ニーベルニーベルニーベル………聞き覚えある。どんなヤツだったか…………。はっきり思い出せないのに、不快感しかないって事はそういう事なんだろうな………。皆の反応を見てもよく解るし)」
ニーベルと言う人物をアレ呼ばわりする3人。(リーゼは否定していたが、説得力無し)
あまり良い印象はないのだろう、と言う事がよく解った。
カズキも思い出そうとしているが、なかなか思い出す事が出来ないので早々に諦める。
「……まあ、昨日会ってるなら、断っても平気かしらね。すみません。今日の作業には私の代わりにリーゼをつき添わせてもよろしいでしょうか?」
ジルコニアは、カズラとカズキの2人をそれぞれ見ながら聞いた。
因みに、神同士の序列は無いと言う事は、直接口には出していないものの、雰囲気的には伝わっているだろう。
それに 今回の復興作業の言わばリーダー的な存在はグレイシオール、豊穣の神のカズラである。
カズキは、その補佐的な役柄なので 決定権はカズラに譲っていた。
カズラも、最初は渋っていたものの、
つまり、このリーゼを同行させても良いか? と言う話もそうだ。
カズキがうんうん、と頷きつつ カズラに視線を移し 判定を促す。カズラも、それを受け取った上で。
「かまいませんよ」
と決定。
悩んだ様子は一切ない流れ作業。リーゼを連れて行く事に抵抗が無い、迷惑なんてもっとない、と言う事がはっきり解る流れである。
「ありがとうございます。お2人のお役に立てるよう、精一杯がんばります」
「あ、そんなに肩肘張らなくても大丈夫ですよ。そんなに難しい事はやらないんで気楽に行きましょう」
「ですね。あ、私は 主にカズラさんが居る現場の作業の皆さんに混じって一緒に行ってますので、用があれば声を掛けて貰えば」
「あ、そんなに肩肘張らなくても大丈夫ですえよ。そんなに難しい事はやらないんで気楽に行きましょう」
笑って了承してくれた事が嬉しくもあり、更にカズキが労働を共に行っていると言う話を聞いて驚きもした。
現場監督の立場ならいざ知らず、目上、貴族であろう人が率先して労働者に加わると言うのは、これまで面会してきた者たち、接してきた者たちの中でも初めての事だったから。
カズラとカズキの関係性もよく解らず、対等に見えるのだが、復興作業においてはカズキが率先して作業をしている所を見れば、カズラが上に見える。
だけど、アイザックやハベル、そしてジルコニアとナルソンを見たら……やっぱり対等だ。
考えれば考えるほど謎が深まっていく感じがするが、とりあえず今は良しとした。
「それじゃエイラ。準備して置いてもらえる?」
「畏まりました」
「あ、エイラ。ちょっと待って」
リーゼから指示を受けて、部屋から出て行こうとしたエイラをジルコニアが引き留めた。
エイラは、何か他にも指示があるのか、と説明を聞く為に、振り返って元の場所へと戻る。
ジルコニアはそれを確認すると、カズラとカズキの2人を見て話を始めた。
「カズラさんの従者にエイラを、カズキさんの従者にマリーをおつけします。両者とも屋敷に住みこむことになってますから、今後はなんなりとその2人に」
突然の人事異動の報告に、一瞬エイラとリーゼの2人は時が止まる―――が、直ぐに動き出す。
「「えっ!??」」
ハモる2人。
そして、ばつが悪そうな顔をするのはジルコニア。驚くのも無理はない話だ。
「ごめんね。あなたたちにも言うのを忘れてたわ」
リーゼやエイラは勿論、カズラもそれなりに驚く。カズキも記憶が多少混濁しているものの、事情を知れば大体察する事は出来るので、そこまであからさまに表情には出さなかった。
ただ――マリーが自分でエイラがカズラなのは、少々予想外。
普通の待遇をそれとなく欲し、求めている様子を見せていたので、てっきり カズラの方に集中すると思っていたのだが……、それだと周囲に対する目に困惑が映るかもしれない。
カズラと自分は同じ、対等の間柄の筈なのに、友人であるナルソン、およびジルコニアから、従者をつける方、つけない方と分けられたら当然、何かおかしい、と思われるだろう。
色々と事情は察するも、マリーが従者なのを考えてみると、……色々と慌てたり、緊張したり、と最初は大変だと思うので、それとなくフォローする事をカズキは誓うのだった。
カズキこそは、大体納得出来たものの、やはり他の面子はそうはいかず、最後の最後で、なかなか強烈なモノを残していくジルコニアだった。
「はぁ……、ほんっと驚いた。でも、エイラが私の従者から外されなくて本当に良かった……」
「あ、あははは……」
朝食後、リーゼは自室の青銅の鏡台の前で、盛大なため息を吐いていた。
「マリーが一人前になる様に、教育係兼、私とカズラ様の従者って……、結構ハードだと思うけど大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃなくても、やらないといけない……ですし」
「それもそうよね。でも、無茶はしないでね?」
「わかりました」
結果的に、エイラは、リーゼの従者から外れる事は無かった。
聞かされた当初、エイラがリーゼの従者の任から外されてしまうのか、とリーゼはひどく狼狽した様子を見せていた。
それもその筈、エイラとリーゼの関係はもう10年以上だ。
齢3歳の頃からの付き合いで、幼少期からずっと専属の従者を務めてくれている。
つまり、幼い頃から当たり前の様に一緒にいたエイラ。従者だが それ以上の関係を築けている。……リーゼにとって、エイラ以上に心を赦せる相手は他にはいないから。
でも、詳しくジルコニアから話を聞いてみると、色々と兼任する事には成りそうだが、専属従者から外れる事はなく、安心していた。
エイラも同感だ。
今更リーゼから離れて、他の従者には……、と口が裂けても言えない事ではあるが、やはり抵抗があるのは事実。逆らえる、逆らえないは別として。
「ふぅ……、それはそれとして。エイラは何でだと思う?」
「? 私がカズラ様の従者を兼任する、というお話の事でしょうか?」
「うん。後、カズキ様の事も、かな。いきなり新人のマリーを従者に任命した理由も気になるけど。それに 2人に1人ずつの従者をつけるのが普通だと思うし」
リーゼの言葉を聞きながら、確かに―――と考え込むエイラ。
丁度、今はリーゼの髪を結い上げていたが、考える為に一度止めた。
「やはり、私の侍女の経験が比較的長い事……、後は年齢が近い事でしょうか。カズラ様とカズキ様は、20代半ば程の御歳に見えますから。マリーに従者を任命する理由と、従者を実質少数にする理由は………正直解り兼ねます」
「うーん……」
エイラは、もう一度考える。
見た目で判断すればになるが、歳は多分然程は変わらない筈だ。これまでの話し方を考えてみて、リーゼに対する話し方も考えて……、恐らくリーゼ以上ジルコニア以下程度の年齢だと思った。
そして、もう1つ。
「後、思ったのは、カズラ様の従者に私を宛がう事、そしてカズキ様の従者になるマリーの教育係を私に任された事を考慮すれば、リーゼ様に接点を作ったようにも思えます」
「―――うん。それは私も考えた。元々お母様は私に興味を持たせようとしていたし。……ん、今考えたら カズラ様の事ばかりだった気もするけどね」
「カズラ様ばかり……ですか?」
「そう」
自分自身がカズラの従者をリーゼの従者兼任で行えば、間違いなく接する時間は多くなるだろう。マリーが担当するカズキもそうだ。
教育をする間に、色々と誘導すればそれなりには接する時間が多くなる、多くできる。
流石に3人の従者になるには無理があるので、カズラとカズキの2人をリーゼと満遍なく接する事を考えたら……、これが一番効率が良いのだろうか。
「興味を持たせようとしてるのは一緒なんだけど……、何だか違う感じがするのよ。カズキ様の事は。遠慮? いや、どういえば良いのか解らないけど……、でも、明らかに差別してる訳じゃなくて、ほんと なんとなくって感じだから。それとマリーを従者にする件はひょっとしたら、カズキ様の好み――――とか? お母様に伝えたって可能性は……」
「うーん…………」
可能性の1つとして、マリーをカズキ自身が指名した、と言う事。
マリーは元々ルーソン家の奴隷だったと聞いている。
本来なら、彼女がナルソン家の従者になるなんて考えられない事だ。
マリーの境遇ならまず貯金を溜めて解放奴隷となる。そしてこのナルソン家の従者となる言わば実地試験や面接を経て、晴れて領主邸で務める安定した職に就く事が出来る。
険しい道の筈なのに、一足飛び足であっという間に色々免除されて従者になった。
色々と困惑する所はあるが、マリー自身に悪意の類が一切ないのは、あのリーゼよりも更に若い少女だから、と言う理由と ルーソン家の身分も理由もあるだろう。
変な話、手癖の悪い奴隷をナルソン邸へ遣わせた……となれば、家の名に泥を塗るも同然だから。
なら、考えられるのは やはり タイミングは解らないが、ルーソン家と接点を持つ機会が合った時に、マリーの目にカズキ、若しくはカズラが止まりそこで――――と言うのが自然なのだが。
「……正直、あまり考えたくはないけどね」
「あ、あははははは……」
リーゼは険しい顔をした。
カズラとカズキ、この2人の中ではジルコニアに何を言われたとしても、まずはカズキ、と決めていたから。まだ、カズラの方が残ってる……と言う余り物みたいな考えはリーゼはしたくないし、考えるだけで最悪な行為だ。
アレ呼ばわりしたニーベルならまだしも、彼らの為人(ひととなり)はある程度は見て接し、感じてきたのだから。
「でも、私はそれは無い様な気もしますが。……ジルコニア様から任を受けた時、お2人とも驚いてましたから」
「うーん……それも確かに……」
エイラもこの話を聞いた時、当然驚いたが、流石に従者になるのが嫌だ! みたいな雰囲気や仕草をカズラやカズキが見ている前で見せるワケにはいかないので、ある程度 周囲の空気を読むように、カズラたちの事もしっかり伺っていた。
考えている事は流石に解らないが、その表情くらいは何となくわかる。
【……聞いてないよ?】
みたいな顔をしていたから。
「あ、そうだ。もう1つ解らない事があった。エイラ、なんでお母様は2人の出身国を教えてくれないんだろ? 別に隠す事じゃないと思わない?」
「あ……確かにそうですね。此処までの待遇、そして 復興の手助けをして頂いてる方達ですから、国を挙げて御礼を……と言うのが一般的な気もします」
「だよね。……もしかして、バルベールの貴族とか かな?」
「えっ!? さ、さすがにそれはないのでは……?」
バルベールの名を聞いた途端、エイラは顔を強張らせた。
だが、リーゼとて当てずっぽうと言うワケではない。
可能性とすれば間違いなく候補の1つだろう、と言う理由はしっかりあったからこそ言ったのだ。
「だって近場の国の大貴族なんでしょ? ほかにある? クレイラッツにはそこまで目立つ貴族は居ない筈だし、プロティアはクレイラッツの向こう側な上に、
立地条件、近場と言う情報、それらを考えて候補に挙がるのがやはりバルベールと言う事になるからだ。国の性質は兎も角、大きさ、国力を考えたら大貴族でお金持ち、未知の知識、全てが当てはある。
候補としてはクレイラッツもあるが、あの国では市民の一人一人が直接政治に参加できる政治方式になっているから、跳びぬけた貴族、巨万の富を持つような人物が居れば直ぐに噂になって広まる筈だ。
収める税金も桁が違ってくるだろうし、国ももっと潤うと思うのだが、流石に全ては見ていないとはいえ、傍目からでは 裕福な国とはとても思えない、と言うのが実情。
だが、それでもエイラは首を横に振る。
「ですが、大のバルベール嫌いのジルコニア様ですよ……? 私はやはり無いかと思います……」
「んー……。そう言えばなんでそこまでバルベールを嫌ってるんだろお母様。難癖付けて進行してきた国だし、嫌うのは当然だろうけど、それにしては……ちょっと凄みがあり過ぎる気がするから」
バルベールの大貴族がこちらへ物資や知識を授け、和平の道を目指していると言う筋書きも見えてくるが、エイラが言う事も全く無視は出来ない。
ジルコニアが激しく怒気を顕わにし、嫌悪感、殺意さえ見受けられる程、激昂したのをリーゼは見ているから。勿論侍女たちも同じく。
4年前に休戦協定が結ばれる事が国家間の話し合いで決定した際が特に凄かった。
激しい口調で言い争う。それもナルソン相手に、である。
噂の範囲内ではあるが、ジルコニアは休戦協定など結ばずに北方の蛮族の動きに連携してバルベースに攻め込むべきだと強く主張していたとの事だ。
戦争の爪痕は、決して浅くない。
自国の状況、そして勿論バルベール以外の国の状況を説明して、どうにか怒りの矛先を収めようとしていたのだが、それでも曲がらず、果てはナルソンを腰抜け呼ばわりしたとのこと。
その際に幾度となくバルベールを口汚く罵り、バルベール人はすべて皆殺しにすべきだともあった。
――――勿論、これらは全て噂の範囲内。
ジルコニアが激しく激昂していたのはリーゼも知っているから、そのあまりの迫力で、尾ひれがついたと言うのも否定は出来ない。
「……一時期、本当に話しかける事が出来なかったからね。お母様。お父様でさえも。何日かして、謝ってくれてたけど……」
リーゼの中ではトラウマ級の様だった。
謝罪の後はいつものジルコニアに戻ってくれてほっとした。いや、以前よりも温和に、丸くなったとも言えるかもしれない。
……ただ、軍事関係になると話は別。訓練などには一切妥協を許さないと言うのは以前のまま。
軍事関係は兎も角、バルベール関係。戦争関係でもジルコニアの目つきが恐ろしいものに変わってしまうので、リーゼはあえてその話題を避ける様にしている。
「……これも、噂で聞いた話なのですが」
リーゼに伏し目がちにエイラが口を開いた。
「バルベールとの戦争が起こる数か月前に北方山岳地帯にあったイステール領の村のいくつかが野盗に襲われたことがあったらしいんです。襲われた村は住民全てが虐殺されるか攫われるかしたとのことで……その………」
流石にその先の事はなかなか口に出せず、言い難そうに詰まらせた。
「……ジルコニア様は、その時に襲われた村の生き残りらしいんです。どういう経緯かはわかりませんが、その後兵士としてイステリア軍に志願して、ナルソン様に見初められて、戦争直後にご結婚なされたとか……」
「それ、誰から聞いたの?」
「ナルソン様とジルコニア様がご結婚された時に、先輩の侍女たちがうわさ話をしているのをたまたま耳にしまして。……あくまで噂なので、本当かどうかはわかりません」
「…………」
それはリーゼにとって初めて耳にするジルコニアの過去。
もしも、その噂が本当だったとするなら……、あれほど烈火のごとく怒りをあらわにした理由も説明がつくし、毛嫌いする理由も想像がつく。
野盗、となっているが それが戦争前と言う点を考えたら十分バルベールの仕業である事は考えられる事だ。
何故ジルコニアがナルソンと結婚する事になったのかまではよくわからない。
でも、噂とは言っても、火の無い所に煙は立たない、と言うのと同じだ。全く違うとは言えないだろう。
「どうして話してくれなかったの? 今まで」
「あえて話題にするような類の話でもないので。……それに、あくまで噂ですから」
「そう……そうよね。エイラ、手が止まってるわよ」
「あ、申し訳ございません」
これ以上は話題にはしない。
そういっている様に感じたエイラの直感は正しかった。
髪を結うのを再開した後は、このバルベールの話は一切なかったから。
「あ、でも お母様は最近変わったよね?」
「ジルコニア様が、ですか?」
「うん。一番変わったのは、カズラ様たちが来たばかりの時だったかな? その笑顔と興奮が混ざった感じで」
リーゼは、カズラとカズキが来たばかりの時の記憶を、ジルコニアの過去話を上書きするかの様に口に出した。
今思えば当然かもしれない。
未知の道具で支援してくれている上にこの穀倉地帯復興もそうだ。眉唾ものであれば、ここまで大規模な予算を投入するまでには至らないだろう。
舵を切ったと言う事は、相応の信憑性が2人にあったと言う事だ。
「じゃあ、エイラも頑張ってね? 従者兼教育係。もちろんっ! 私の方も疎かにしちゃ駄目よ? 手を抜いたらお仕置きだから」
「手を……って、そんな事しませんよ!」
エイラは、今でこそ笑って頑張るつもりだが……、この後 大変な事になってしまうと言う事は知る由もないのだった。