グリセア村へと向かう時間を考慮したら……、あまり時間をかける事は出来ない。
それでも構わないか? とリーゼに聞いたら、頬を膨らませて不服だったようだが、何とか納得してくれた。
そもそも、夜にイステール家の令嬢、次期当主のリーゼがいなくなった、なんて目玉が飛び出る程の案件だ。
近衛兵たちは全員クビ……打ち首になってもおかしくない程の失態。
加えて、リーゼは《容姿端麗》―――なだけでなく、《才色兼備》であり、更には《一視同仁》。
分け隔てなく大人気。………まぁ、良い四字熟語が全面に出てきているが……、実のところ外面を気にして、中身では玉の輿を狙う、既成事実を~~等も考えたりしていたので、《外巧内嫉》と言う言葉も添えておこう。
とにもかくにも、彼女をずっと見てきた人たちからすれば、女神も同然。グレイシオールやメルエムの様に、と言っても大袈裟じゃないだろう。
そんな彼女が危険な目に……なんて、罰を与えられる前に進んで刑に服す近衛兵たちがいても何ら不思議じゃない。
「わぁ、わぁ! すごいっ! やっぱり気持ち良いっ!」
色々と言い繕ってみたが、空中遊泳を楽しんでる彼女の横顔は、年相応のものだ、とカズキは確信できる。
領主の娘として、ゆくゆくは民を導く主導者として、無論本心がバレないように、と言うのもあるが、大部分はナルソンやジルコニアにとって、民にとって恥ずかしくない人物になるようにと常に気を張っているリーゼ。
「! な、なに笑ってるのよー」
「ふふ。いーや。なーんでもないよ」
そんなリーゼの横顔を楽しんでるのが、バレてしまったようだ。
夜空なので、視界的には見えにくいと言って良い環境なのだが、それでも空から見下ろすのは絶景。
だから、まさか気付かれるとは思ってなかった。カズキの油断である。
「ぶ~~! ん? おっ? ひょっとして……見惚れちゃったりする?」
揶揄われている、と感じたリーゼだったが、逆に仕返しと言わんばかりに、イヤらしい笑みを浮かべながら、カズキに顔を近づけた。
「そりゃ、リーゼは美人だし、可愛いし、頭も良いし、非の打ちどころがないってこの事だろうし」
「へ?」
そして、予想していた反応とは全く違うカズキを見て、一瞬唖然とし――――やがて、顔を赤らめる。
「おまけに努力家ときた。弱点ってないんだろーなー、って」
「なっ……え、えと、その――――」
顔を赤くして、折角近づけたカズキの顔から、近づきたかったカズキの顔が離れていく。
それでも、恥ずかしさの方が勝った。攻めるのはある意味得意だが、逆の免疫はリーゼにはあまり無いらしい。
そんなリーゼの顔を覗き込みながら、カズキは ニッ と笑みを浮かべ。
「それだけに、メロメロばんばん!! は驚いたかな~~~♪」
リーゼの中の黒歴史。
それは思い出すだけで、体中が総毛立ちそうになる。恥ずかしいのとか、恥ずかしいのとか、恥ずかしいのとか。
今回のソレとは比較にならない。
そして、何より―――揶揄われてるのが解ったので。
「もーーーっ!! かぁぁずきぃぃ―――――っっ!!」
リーゼは盛大に頬を膨らませて、カズキの胸めがけて拳をぽかぽか、と振るった。
「はっはっは。先に仕掛けてきたのはリーゼの方じゃん」
「む~~!」
色仕掛け。
リーゼは文句なしのトップクラスの美少女だ。そんな彼女から受けてしまえば……
こうかは ばつぐんだ
となってしまう。
だが、リーゼにも弱点はある。
逆に揶揄ってしまえば、魅了する美貌はあっても、幼く、愛らしい、可愛らしい。何処となく愛玩動物の様になってしまうのだ。
見ていて楽しいし、和む。リーゼにとってはたまったものじゃないかもしれないが、カズキは楽しい。(……S?)
暫く楽しんだ後……時間が来た。
「じゃあ、そろそろ降りますよ? お姫様」
「ぶーっ。もっともっととびたかったなぁ」
篝火が見える。
出発前の合図として、近衛兵の皆に伝えていたのだ。……少々留守にする、と。
名目は勿論【リーゼとの夜の空のデート】ではなく、【オルマシオールと会ってくる】だ。
一部、 目を輝かせる兵士がいたが、遠慮してもらった。
戦いの神なのだから、お会いしたい、憧れる、と言った所だろうか。
訓練時や大きな戦いの際に、祈りを込めるのはグレイシオールではなく、オルマシオールなのだから。
神と言えば、商業の神、ガイエルオール。
もしも、連れてくる事ができたのなら、あの雑貨屋のクレアは腰を抜かすだろうか? ……まず、本物だと証明するのが難しいと思われるが。
「カズキ」
「ん?」
リーゼは、名残惜しそうに口を尖らせていたのだが、いつの間にか収まっていて、カズキの方を見ていた。
「その、降りるまで……、ぎゅっとして欲しい」
「!」
今までは、所謂手を繋いだ状態で浮遊をしていた。
こんな能力の使い方原作あるのか無いのか……、まぁわからないが、自身の光を手を繋いだリーゼに伝わせて、全体を包み込むようにして――― 一緒に浮いていたのだ。
光なので、リーゼには触覚的には解らない筈だから、妙な圧迫感や触れられてる不快感なども無いだろう。
……色々と触れてしまっては不味い女性的な部分があるから、意図的にカズキも頑張って、自身の五感とリンクさせないようにしている。
「――――――」
「……だめ?」
リーゼの顔は、まるで甘えてるかの様。
ここから降りれば、また気を張っている領主の娘へと戻る。
この時、この瞬間だけなのだ。
勿論、エイラと共にいる時も安らぐのだが……、ここまで甘えさせてくれるのはカズキだけ。
父親でも母親でもない。
カズキだけ、だから。
「我儘なお姫様の願いを聞き入れるのも、――――一興、でございます」
「んもー、時々変な口調になるのやめてよー」
笑顔でカズキは受け入れた。
所謂お姫様抱っこだ
リーゼを力強く抱き寄せる。リーゼも、そのカズキにしっかりと。
首に腕を回し、丁度見上げると頬が目と鼻の先だ。
「その――――降りる時は、皆に見られない所選ぶんだよね?」
「ん? もちろん。空から登場! な場面を知らない皆に見られたら大騒ぎだしね」
篝火を目指すのは間違いない……が、少し離れた場所に降りる。
それを確認したリーゼは、あと少しで地に足がつく―――と言った場面までカズキを抱きしめると、着地と同時に。
「―――――んっ」
「!」
その頬にそっと口を添えた。
悪戯っ子のような、それでいて顔を真っ赤にさせて。
「今日のデートのお礼は
そういって、リーゼは笑う。
抱きしめても、叩いてみても、――――キスをしてみても、カズキはそこにいる。
温かくて優しくて心地良いひとがそこにいる。
今も笑ってる顔が、心底愛おしい。
「次は、
リーゼは赤い顔で ニっ、と笑いながら、自身の唇に人差し指を当て、カズキに宣戦布告をする様にいうのだった。
そして、グリセア村へと到着。
村長のバリンがジルコニア・リーゼと言った国の重鎮に挨拶に出てきた。
身分的には圧倒的に女性陣が上なのだが……互い同士で何だか恐縮しあってる様にも見えるのが何だか面白い。
面白い―――と言えば……。
「や、面白いじゃない。物凄い、だ。村が日々変化していってる……」
「わかります。わかりますとも。入り口に跳ね橋。向こうには見張り棟。……作りかけだったの全部作っちゃってます」
「流石バレッタさん……。それに、偉大ですね、日本食」
「う~~ん、どっちも同感」
パワーアップ云々は、日本から持ち込んだ食糧でどうにかなるかもしれない。
力仕事なら兎も角、設計やら何やらは、単純にはいかない。
だから、日本でもその道のプロが多数いて、お金を払って任せるのだ。
生憎、グリセア村ではそういうわけにもいかないから、一からすべて皆で協力してやってくれている。
その筆頭が、間違いなくバレッタであり、類稀に見る天才だ。
「おぉ……、これモルタル製ですね。イステリアの職人さんたちには教えたばかりの技術ふんだんに使っちゃって出来てる」
「――――ここまで来たら、もう業者だよ。専門業者が手掛けた、って感じ。工期も凄く短い」
堀の上の水道橋。
村の中の水路へと繋がっている。
これを見たら、当初水不足問題が上がっていた話も嘘のようだ。ナニソレ? って感じで。
「カズラさん、カズキさん。長旅お疲れさまでした。今夕食を準備しますので、申し訳ありませんが、少々お待ちください」
「ありがとうございます! いえいえ、このグリセア村を改めて見せ貰ってたら、時間なんてあっという間ですよ。……凄すぎて」
「バレッタさん、ですよね?」
「ええ。バレッタはもう毎日の様に張り切って、率先して開拓を進めていってくれてます。……私の自慢の娘です」
天才の父は恐縮気味だったが、それでも否定などするわけがない。
父の背を飛び越えて、更に更に上へと上がっていく娘を見るのが楽しい。成長を見守るのが楽しい。
2人の神のおかげで、幾ばくも無い命が、永劫生きると思える程の活力を得た。
必ず、村を、娘を守るという強い決意が新たにバリンにあるのだ。
「ふふっ あ、バリンさん。全部終わったら、……コレ、やります?」
カズキは、そんなバリンの内情を読んだのだろう。朗らかに笑い、そして日頃の労いと言う意味でも、バリンと共に酒を飲む事にした。
丁度、お猪口で飲む動作をバリンにすると―――類を見ない酒好きなバリンは即座に反応。
「よろしいのですか!??」
「ええ、勿論っ! あ、いいですよね? カズラさん」
「はい。大丈夫です」
以前戻った時の備蓄がまだ屋敷には備わっている。
取りにいかなければならないが、その辺りはカズキなら余裕の速攻だし、カズラも戻る予定があるので、丁度良い。
それを聞いたバリンは、まるで子供の様に目を輝かせ、2人に頭を下げ続けるのだった。
「あはは。ほんとお酒好きですよね――――っとと、そうだった。あの、バレッタさんは村にはいないんですか?」
カズラはバリンに聞く。
少し、周囲を見渡していた時、村の凄さを確認すると同時進行で、バレッタの姿を探していたのだ。
だが、目の入る所にはその姿はなかったから、バリンに聞いたのである。
「ええ。なんでも炭焼きと資源採集をするとかで、何人かで山に籠っていましてな。部隊の松明が見えてるから、直ぐに迎えを出したので、もうすぐ戻ってくると思います」
「なるほ――――え? 山? 近くに山なんてありましたっけ?」
「一番近い山で、あそこ―――ですね」
バレッタの場所は聞いたし、これから帰ってくる、と言う話も聞いた。
部隊が到着したのは、本当に今し方。電話もないこの世界で、事前につく時間を伝える術は持ち合わせていない。
無論、カズキが先行して村に伝えて~~と言う手もあるにはあるが、特に意味をなさない労力を、カズキにしてもらうつもりはないので、今回はしてない。
なので、山に連絡―――ともなれば、直ぐに出来る様なものじゃないし、そもそも、この周辺に山がある? と覚えがなかった。
村の周囲の探索のレベルは、カズラはグレイシオールの森から、初めて作った水車のある河原だけ。ちょっと小高い丘程度ならあったのだが……資源採集できるような、炭焼きが出来る様な山は、ピンとこなかったようだ。
だが、カズキは直ぐに連想して山を指さした。
何せ、カズラと違ってグリセア村周辺、否―――イステリアも含めて、この国の空を把握している。リーゼとのデートコースで一際広がった、と言って良い。
だからこそ、場所を把握できた訳だが、やっぱりカズラは腑に落ちない。
何せ、カズキに指さしてもらって、その指の先を目で追って――――見えてくる山のシルエット。
地図は一応確認しているから、頭の中でどうにか広げる。
あれは―――イステリア北西にある山岳地帯の山の一つ……の筈だ。
「えっと、確か地図では、40㎞程離れてる………、かなり遠いですよね?」
「確かに遠いですが、走れば
「………ええ!? 走って1時間!??」
「ほぇ~~」
単純だ。1時間で着くのが40㎞。つまり時速40㎞。
人の身でそんなパワーが出せるわけが―――、と思ったカズラがチラリとカズキを見た。
不意に視界の中に入った、と言う方が正しいが。
「?」
そう、この目の前の男は、秒速30万㎞で移動可能なのだ。
今更、何を驚く事があろうか! といい具合に気付けになった。
そうこうしているうちに、取り合えず屋敷に荷物を、と言う手筈になる。
アイザックとハベルもそれに気づいて小走りで合流。もちろん、マリーもだ。
「では、私たちの予定ですが、今夜中に一度神の国へと戻り、直ぐに帰ってきます。改めて明日朝もう一度戻ります。二度目は長くても3日程かかりそうなので、各自ゆっくりと休んでください」
取り合えず、バリンとの約束を果たす為に、酒を持ってきて酒盛り。
直ぐにでも取り掛からなければならない事ではあるが、今晩くらいは大丈夫だろう、とカズラは判断した。
無論、そこまで酒が強い訳じゃないから、誘われた時はセーブをしておかなければならないだろうが。
「了解です。私は妹と釣りでもしながら、お二人の帰りをお待ちしております」
「おっ、いいですねぇ」
「たくさん釣れたら、ごちそうさせてくださいね」
酒の肴に~ とも一瞬思ったが、マリーがいるので口にする事はなかった。
でも、カズラやカズキにそう言ってもらって、マリーもハベルもご満悦だ。
「ご期待に沿えるよう、頑張ります」
「ゆっくり、のんびり、それでいて頑張る! 何だか、難しい気もしますが、頑張ってください。もちろん、マリーちゃんも」
「はいっ!」
ハベル・マリー兄妹は大丈夫そうだ。
だが、問題はアイザックの方。
物凄く真面目で、休みをちゃんと取ってるのか? と心配になってしまう程だ。
カズキやカズラが渡す万能薬、秘薬、リポDの接種で、その耐久力はオバケになってしまっている。
だから、余計に休みを………と心配の種になってしまう。
だから、命令―――と言う形で休んでもらおう、と思い、アイザックを目で追ってみたら、予想とは違った。
周囲の村人たちに目を向けていて、誰かを探している感じだ。
「どうしたんですか? 誰か探して?」
「あ、いえ。その……」
「アイザックさんも、無理せず休んでくださいよ? いえいえ。無理して、休んでください。福利厚生の充実は、上司であるアイザックさんが率先してやらないと、部下が取りにくくなっちゃいますから」
「!! は、はい。了解致しました。あ―――」
何か言いたげだったアイザックだったが、丁度そのタイミングで見張り塔から響いてくる声にかき消される。
「おーい、バレッタさんが見えたぞーーー!」
見張り塔から響く声は、相応のもの。
流石、見張りに立つ者の声量は違う―――と聞き入りながら、遠目に見える月明りに照らされた大地を見た。
何やら、黒い点がもぞもぞと動いているのが見える。
「え、アレが……バレッタさん?」
「……圧巻、ですねぇ。ひょっとして、カズラさんや皆がオレの事見る時って、こんな感じなのかな……?」
物凄く速い。
兎に角早い黒い何かが近づいてきてるのが解る。
確かに、カズキのそれとは比べるのは烏滸がましい、とされるかもしれないが、衝撃としては似ているかもしれない。
凡そ人の足で駆ける脚力ではない。
「え、えっと、ラタ……ではないのですか?」
マリーも何事か、と凝視し続けていた。
ハベルもマリーの答えを聞いて、首を横に振る。
「いや、……おそらくラタより速い」
どんどん黒い影が大きくなってきて、あっという間に横切った。
通り過ぎてしまった。
「……うんうん、わかりますよ、バレッタさん。オレも最初そうでした」
あまりの速さゆえに、目的地を通り越してしまうなんて、日常茶飯事。
慣れるまで大変だったから。
1人だけ何だか納得してるカズキだったが、他の皆さんはそう簡単に割り切れるものじゃなく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、お、おかえりなさい。かずらさん、かずきさん……」
胸に手を当てて、呼吸を整えるバレッタ。
この辺りは、ピカピカと少し違うんだな、純粋な身体能力強化だから、やはりバレッタが凄いんだ、と認識新たにしつつ、苦笑い。
「た、ただいま、かえりました……。いや、速かった、早かったですね……いや、すごい。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。それに、カズキさんの足元にも及びませんし、大した事は……」
「うんうん。光と比べるなんてすごいよ。次期メルエムはバレッタさんかな? グレイシオールとゴールインした後にでも」
「っっ、ふ、不敬な事を……」
渾身の色恋ネタを披露したつもりだったのだが、バレッタはそれよりカズキを引き合いに出してしまった事に対して、息も絶え絶えながら後悔。
「そーんな訳ないです。気にしないでください。それに、ふつー出来ないですからね? でも、バレッタさんならしちゃいそうな気もしなくもなくて」
カズキはそれを察して即座に問題ない、と言う。
話を戻すが、そもそも流石にピカピカに追いつくのは無理がある……。と誰もツッコミは入れず、ほのぼのとした空気が流れた。
ハベルやアイザックは、もともと衝撃度合いで言えば、カズキと出会っただけでも十分振り切ってるので、取り乱したりせず、ハベルは驚きを通り越してしまってるマリーのフォローに回った。
そして、周囲で野営準備をしていた兵士やその従者、何人も今のトンデモ映像を見ていたようで、まるで夢でも見ていたのでは? と言いたげな表情をして立ち尽くすのだった。
ジルコニアやリーゼは丁度野営地にて、天幕内にいた為、見ていなかった。
もしも見ていたら、物凄い質問攻めになりそうな予感がするので、ある意味良かったな、とカズキは思うのだった。