バレッタが散々むくれてしまったが、それはそれとして可愛らしい、愛らしい。
いつもしっかり者であり、それは村の中であってもあまり見せない姿。
おそらく歳頃の友達であるニィナ達にしか見えない様な姿であり、日本酒に夢中になっていたバリンであっても、そのバレッタの姿を見るのは実に微笑ましいと思っていた。
そして この酒の席でポツリ―――と、それを匂わせる様に呟く。
母親がいない現状。
これまで長きにわたって、甘えられない現状を続けてきた事に対する申し訳ない想い。
そして、それ以上に自分の娘の素を、こうも曝け出させてくれる相手が居る事に深く、深く感謝の意を呟いていた。
村を救い、皆の心まで救ってくれた心優しき神々に、思わずバリンは目頭が熱くなる。
当然ながら、そこにはカズキも居る。それとなくバリンの気持ちを察し、グラスを持っていく。
全て解ってますと、カズキも匂わせながら、再び乾杯を促すのだった。
神との晩酌――――、それも媚び諂う類のモノではなく、あくまで対等に、あくまで友達に、を意識してほしいと言う。本当になんという贅沢だろう、なんと言う幸福なのだろう、娘の幸せに加えて、村の発展、国の発展と良い事しか起こらない。こんな幸せで良いのだろうか、とバリンは目頭に熱いものがこみ上げてくる。
あわよくば、亡き妻にも見せてやりたい光景だ。だが、それ以上は強欲が過ぎる事だろう。墓参りに向かう時に、沢山の土産話を、そして自分も
親の気遣い子知らず―――とまではいかないが、なかなかに機嫌が直らないバレッタに四苦八苦するのはカズラである。
それとなくHELP‼ な視線をカズラから発信されるのだが、申し訳ない、自業自得と言う事で盛大に詫びて貰いたい、とカズキは左右にフルフル、と首を振った。
そもそも、バレッタの好意くらい、カズラも解っている筈だ。
まぁ、その障害が年齢的な要因がある事はカズキも重々察しているが、それも時間が解決する問題。
現代っ子で、地球人の女の子であれば、自分の様なおっさん手前より、もっともっと良い出会いがある筈、その類稀なる天性の頭脳をもってすれば、もっともっと上へと駆け上がる事が出来る筈、だからそこでも良い出会いを――――と思えなくもないが、それは理由にならない。
バレッタはカズラしか見てないし、カズラに認めて貰いたい事しか考えられないだろう。全てを蹴って、カズラの元へと嫁ぐ覚悟など、疾うの昔に決めてる筈だ。寧ろ、そんな提案した日には、怒ってむくれたり、と言った可愛らしい反応ではなく絶望に沈みそうな気もしなくもない。
「………まぁ、こっちも他人の事言えないかもなんだけどね」
ちびっ、と酒を口に運びつつ、苦笑いをするカズキ。
無論、カズキの頭の中に一番先に出てくるのは熱烈なアピールをし続けてくるリーゼだ。
他にも好意を寄せてくれる娘は有難い事に居るには居る……が、次元の違い、存在の違いを知っても尚、熱烈な相手はやはりリーゼだった。
そこまで鈍感でもない。
好意を寄せてくれている事だって解ってる。勿論、切っ掛けは金だったり、
でも、それはこちら側の世界の人間には仕方ない事であり、責めたりなんて当然しない。知らなくて当然だし、メルエムで通している以上どちらかと言えば非は自分にある。
【どうせ、
と、どこででも通用しそうな謳い文句が頭の中を過る――――が、この世界の人達、特に出会った人達はそんなじゃない。
勿論、この世界の全てが綺麗だとは言わないし、言えないし、朧げではあるが知ってる部分もある。
考えれば考える程、難しい。難題だ。
どうしたもんかな――――……と、しみじみしつつ、最終的にはやっぱり楽しく、一夜を過ごすのだった。
「そういえば、カズキ様はリーゼ様といつ御婚礼を?」
「ぶっ」
なんとタイムリーな話をバリンはしてくるのだろうか。
余りにも見事なタイミングだったこともあり、カズキは盛大に吹いてしまった。
娘に対して、カズラと一緒に~~とは、口にはしないと言うのに、
勿論、カズキは本気にはせず笑って返す。
「はっはっは、バリンさん結構酔っちゃってますね~~? ワタシってば、メルエム様ですよ? ピカピカ~~って光るんですよ??」
「わっはっはっは! リーゼ様も輝いていらっしゃる方です。それに御2人が話す時の笑顔は、更に光で満ちております。とてもお似合いですぞ!」
改めてバリンに言われた。
それは、決して冷やかしてる訳でも茶化してる訳でもない。
酒の席で少し口が軽くなっていると言うのもあるだろうが、それでもそうなれば良い、心から祝福する、と言う想いがバリンから伝わってくる。
無論、カズキとて躱しているものの、リーゼに向けられている好意を無下にはしたくないとは思っていた。
それでも、どうしたものか、と悩んでいるというのに、バリンは、自分の娘の前で、色々なかなか、どストレートに言ってくれるなぁ、とどこか呆れてしまいそうになる自分も居る。
「………リーゼの気持ちに応えてあげるのも、その、……結構難しいんですよ」
「!」
笑い上戸、揶揄い上戸になりつつあったバリンだったが、ただならぬ雰囲気に酒を勧める手を止めた。
カズキは、軽く笑った後に、バリンに告げる。
「俺は、光ですから。――――そこに在って、無い様なモノです」
光がいつまでも瞬けるか、輝けるか、と問われれば解らない。
光と闇は常に一対。
そして、カズラと唯一絶対的に違う所はソコだ。
能力の是非ではない。
同日、同刻。
バルベール北方国境線。
第10軍団 軍団要塞。
「……【越冬用の食糧が足りないから無償でいくらか分けてくれ】ってか? あんの業突く張りが。3日前に大金受け取ってホクホクしてたくせによく言えたもんだな、たかるにしても、もう少し考えて嘘つけっての」
書類の山、目を通しては片付けて、目を通しては思案して、と半ばうんざり気味、投げやりに業務を遂行する赤髪・短髪の男が居る。
バルベール第10軍団将軍 カイレン・グリプス。
いつもいつも上層部の爺共から無理難題を押し付けられ、うんざりとため息が続いている明朗快活な将軍だ。
「カイレン様」
そんな執務室に、声が響く。
誰が来たのかはわかっているカイレンは、書類を落として、目を向けた。
「ああ、カギは開いてるよ」
「……簾にカギはつけれませんよ」
本人の執務室で、それなりの案件を扱ってるのにも関わらず、不用心極まりない。
隔たっているのは、ツッコまれた通り簾だ。簡単に声は聞こえるし、言う様に頼りない布切れだけなので、カギだってつけられない。
無論、彼に対して不利益が被る事や、裏切る様な事をする者は一切この場には、この軍にはいないが。
「はは。こりゃ一本とられたな」
「別にとってません」
半ば呆れる様子でカイレンとはまた違った意味でため息を吐くのは、カイレン将軍の秘書官ティティス。
長い髪を三つ編みにし、サイドテールで纏めている少女で凡そ10台後半であろう容姿。
秘書官と将軍の間柄ではあるが、その2人の空気はそれ以上の何かを感じさせられる雰囲気だ。ティティスの方はやや不愛想ではあるが、将軍と言う立ち位置のカイレンの方を見れ猶更。地位にかこつけて、何かいかがわしい事をやってやろう、と言った感じも見受けられない。
「首都から辞令です。蛮族への対応後、アルカディア方面へ転属し、現地の軍に合流せよ、との事です」
「今度はアルカディアか……、って言うか、転属命令は前に2回も断っただろ……。
「許可が下りました」
「えっ」
間髪入れずに説明するティティスに目を見張るカイレン。
頑なに認めたくなかった条件を上がのんだ事に対して驚く。
「ラッカ・ラース両将軍、それぞれ第13・14軍団、我々の転属後、半年以内には合流させると」
「………それ、マジで言ってるのか?」
「ええ、マジで言ってます」
そう言うと、ティテイスは書類を渡した。
改めて、その書類にカイレンは目を通す―――――と、やはりマジだった。
「うお……、本当に許可されてやがる。俺の要求を丸呑みとは……、元老院はおかしくなったか?」
「いえ、そんな事はないでしょう」
「ほう?」
こんな要求、本来なら何度出されても突っぱねられる程のモノだ。
何せ、二つの軍団が、合計で三つの軍団が離れるも同然なのだから。
そして、その結果防衛に穴が開く事は容易に考えられる事であり、そもそも自身の存在を面白くない感MAXな元老院。……だからこそ、とうとう頭がおかしくなった? と思うカイレンの感性は正しい。
だが、ティティスは違う様だ。
「それは―――見解をお聞かせ願いたいね。なぁ、ティティスさん」
「軍の合流許可は、開戦早期に決着をつける為の下準備ではないかと。カイレン様とは、気心の知れたおふたりですから、初めから全力での攻撃が可能でしょう」
「……だとしたら、朗報だな。味方の足を引っ張り合ってる場合じゃないって漸く気付いたか。―――けどなぁ、あの元老院が煙たがってるやつに手柄を許すかな? 手持ちの軍団から引きはがして俺の手足を捥ぐような転属命令を寄越してきた連中だぞ? だから意地でも突っぱねてやったんだが」
「交代した執政官の意向かと。まずは外敵の排除が最優先と言う方針になったのでは?」
「……なるほど。執政官ね。かなりのやり手だったらしいが、4月に変わったんだったっけか。今度のやつらもまともだといいな」
そのカイレンの言葉に、表情を強張らせる。
「その点は大丈夫でしょう。戦時中、それと同じマネをしたら、暴動が起きます。間違いなく」
「……まぁな。戦時中の執政官は元老院の操り人形。……戦力を見誤って大損害と醜態しか持ち帰らなかったからなぁ。あれだけ批判されたら、元老院も辞任させるしかない」
それは、前回のアルカディアとの戦争の件だ。
アルカディアを軽んじた結果、手痛いしっぺ返しを食らった。最終局面に至っては誰がどう見ても、アルカディア軍の勝利であり、恐らく向こうの国では英雄的扱いをされている事だろう。――――件の常勝将軍の名が。
「新しい執政官のひとりは、平民からのたたき上げらしいですが、頭が切れる上に、物怖じしない性格で市民から人気があるそうですよ。元老院にも遠慮せず、モノを言うとか」
「うおっ、マジかそりゃ。根性あるヤツだな。俺なら暗殺が怖くてそんな事できないわ」
「! 暗殺なんて……、それこそ元老院がつるし上げられますよ。まず大丈夫でしょう」
「そりゃ、
暗殺は防ぐのが一番難しいし、狙われる側になれば疲弊される事間違いなしだ。
歴史を見てきても、そう言った事例は腐る程ある。上手く元老院がもみ消し続けている様だが、見る者が見れば解る。
カイレン自身も相当煙たがられている存在だ。全てを終えた後にどうなってしまうか解らない程に―――。
ティティスはそんなはずはない、と強く否定したが、カイレンの横顔を見ると一概にはそうは言えない、何とも不安感が頭をざわつかせる……が、そんな時カイレンが話題を変えた。
「それはいいとして、俺たちの相手はアルカディアか。あいつらやたらと強そうだから、あんまり相手にしたくないんだよなぁ」
「……珍しく弱気ですね」
「うん。色々調べたんだけどさ、結構ヤバめな噂とかも真面目にまとめられて、半ば呆れを通り越して驚いてるんだよ」
「―――――!!」
書類を差し出し、ティティスに持たせた。
すると、マジマジと読むまでもない。一際大きく書かれている文に目がいく。
「まず最初のそれ。あいつら4年前から内政そっちのけで、国境沿いに砦を造ってるみたいなんだよな。砦と言うか巨大な城塞都市みたいな規模だ。加えて、地の利はあちら側だ。向こうの地形も、こちらの不利にしかならない。とんでもない将軍もいるみたいだし、まともに戦ったら苦しいんじゃないかな」
カイレンの言葉を聞いて、嘗ての記憶が蘇るティティス。
蛮族相手に、絶対的不利な状況に追い込まれていても、カイレンは弱気な事は言わなかった。
【ま、なんとかなるさ】
それを口癖に、軍団を鼓舞し、戦い抜き、勝利へと導いた猛将だ。
その姿を誰よりも見てきている。
そして、多大なる恩義も、彼にはある。
だからこそ、不安が頭を過る。
「………勝てる気がしないのですか?」
「いや? 勝てるよ。国自体の地力が全然違うし、よほどの事が無い限り圧勝だろう」
「……発言が先ほどと正反対なのですが……」
「んじゃあ、次のページだ」
促されるままに、ティティスは次のページに目を移す。
未確認物体の調査報告書。
アルカディア関連の書類の中で、これは違った意味で目立っている。
「――――某日、深夜。発光体を上空に観測? アルカディア王国領土内、イステリア領土にて、同じく光源体、爆発を確認? 未確認飛行物体も観測?? ……なんですか、カイレン様。コレは」
「そんな顔するなって。俺だっておんなじ気持ちだ。んなもん、真面目に上に出すとか頭おかしいって言われたって仕方がないんだよ」
ティティスの冷ややかな目に耐えられなくなったカイレンは両手を上げて弁明をする。
「大体、鳥でもないのに空飛ぶわ、月や星、太陽でもない、ましてや炎でもないのに夜に光ったの見たわで、ガキの戯言かよ、って一蹴してやりたいんだが……、これ上げてきた連中、懲罰覚悟で上に通してきた。恐れおののいちまって、部署移動まで申し出たらしい」
「―――――ッ」
軍の懲罰、それは殆ど拷問に等しい罰則だ。五体満足ではいられないのは当然で、更に一族の汚名まで注がれる。まだ軍団に戻るのであればある程度で済まされるかもしれないが、それをも覚悟するとなると……、ただの戯言である、と一蹴出来る問題じゃないかもしれない。
だからこそ、カイレンはこれを持っている。ただの子供の戯言だと切り捨ててない。
「敵さんの新兵器って可能性だって捨てきれない。……だが、空飛んで光って、燃やされるなんて手段取られたら、幾ら国力に差があったとしても、無理だ。……だが、流石にそれは夢物語、現実的じゃない。だから、
「……………信じられません」
「そりゃ、10人中10人がティティスと同じ事を言うだろうな。……兎も角、全くの無視と言う訳にはいかんが、ある程度は頭の中に入れとくつもりだ。夜間の防備とか、な。………」
そう言うと、カイレンはティティスから目を外し、再び先ほど置いた書類に目を通す。
「……大規模な軍制改革、大幅な装備の新調、複数の新兵器の導入、蛮族との和平協定、そしてこの時期に俺への転属命令と指揮権の拡充―――――――……成程な。使えるものは全部使うつもりって事か」
「……新兵器? そのような話は一度も……」
「そのうちわかるさ。今は言えないんだ。ごめんな」
「いえ、……というかいつの間にここまでの調査を? 転属命令のこと私より先に知ってました?」
「いいや。最近の状況からして、くるかなー、って少し思ってただけだよ。念のため、先に調べてただけだから、こんな早くに命令があるとは思っても無かった」
「……そうですか」
秘書官ではあるが、自分は本当の意味でカイレンに信頼されてないのだろうか、とティティスは表情落とす……が、そんなティティスの様子をいち早く察するカイレンは慌てた。
「いや、本当だって。そんな顔するなよ」
カイレンがティティスの事を信頼していない訳がない。
だが、状況が状況で、口が滑り過ぎた、とカイレンは後悔するが、ティティスも物分かりは良い方だ。そして、カイレンとも付き合いは長い。蔑ろにする様な人ではないと言う事くらい解っている。
少し寂しい気分になった程度の事だ、と自身に言い聞かせながら。
「わかっています。……あの、もしよろしければ、ひとつお聞きしたいのですが」
「―――ん? なにかな?」
。
勿論、聞ける範囲で構わない、と思いながら。
「この資料といい先ほどのお話といい、私には、彼らに圧勝出来るとは思えません。戯言である、と常時ならば切り捨てるかもしれませんが、転属命令が来た以上、相応の覚悟を持つつもりです。なので、早期決着のためには、さらなる兵力の増強を申し出るべきではないかと」
「兵力は多いに越したことはないけど……現地の軍も居る事だし、これ以上は受けて貰えない気もするけどな。……まぁ、好きにしてくれて良いよ」
カイレンの言質も取ったティティスは、頭をゆっくり下げる。
「かしこまりました。増援を要請致します」
一言そう言い、そしてこの部屋を後にした。
ティティスの気配が完全になくなったのを確認すると、カイレンは苦々しい顔になる。
先ほどまで、彼女を見ていた顔は最早何処にもない。
「……きっと、イヤな戦いになるだろうな。まったく――――毎回毎回、こんな手ばっかりだ」
そう吐き捨てると、乱暴に書類を机に叩きつける。
だが、この時のカイレンは夢にも思わなかっただろう。
この戯言と一蹴されかねない報告に。
無視はせず、ある程度の注意はする、頭の片隅に留める、その程度の代物に。
此度の戦において――――かつてない程の戦慄を覚える事になるなんて……。