目の前で、仁王立ちしているのは我らがリーゼお嬢様。
頬はつつけば破裂するのでは? と思う程膨れており、目はやや涙目。両手を腰に添えてここから先は通さない、と言わんばかりの佇まい。
「もうっ! 今日と言う今日は付き合って貰うんだからねっ!」
「ごめん、ごめんってば! ちょっとグリセア村のノワに呼ばれちゃって、オレもあっちで色々と用事があったからっ! ってか、リーゼ解った。問題ない、って笑ってたのにどーしたの?」
「皆の前で、すっぽかされた~! って、
「……や、それは ごもっともです」
グリセア村のグレイシオールの森にて、ピカピカの実の実践確認やノワールたちの警備の情報、バルベール側の情報……等々、オルマシオール率いるウリボウ達にはかなり世話になっている。
そのお礼のノワールとの密会だったり、食料だったりするので、こちらもあまり無下には出来ないのだ。それはリーゼにも言える事だが……。
因みに、リーゼとの約束は、一緒にイステリアの中心部、まだ足を運んでない部分に赴き、現地視察~的な仕事だ。リーゼ自身にとってみれば、漸く2人きりのデート気分だったと言うのに、急な用事とはいえ、重要な用事とはいえすっぽかされたのだ。良い気分は訳がない。
以前、女の子たちと話をした、【仕事と私どっちが大事?】と言う内容。今なら物凄く解る気がする。如何にリーゼ自身も領主の娘として、バリバリに仕事を熟してる側とはいえ、本当に解る気がするのだ。
その話は、ナルソンを始め、イクオシス、マクレガー、ジルコニアと領地の重鎮と言って良い面子が揃ってる場所だったから、流石のリーゼも空気を読んだのだ。
如何に、トモダチである様に接していても公私と言うモノは弁えなければならないのだから。
「今日はお父様とお母様の強い勧めもあって、休みを頂けたんだからっ! カズキだってその筈でしょっ??」
「あーうん。情報と野盗の身柄を引き渡した事の報告終えた後、ナルソンさんから一応通達があったよ。休暇云々は、一良さん案だけどね」
作業効率を上げる為の適度なリフレッシュ休暇制度を一良が提案したのだ。
和樹と一良のコンビが来て、様々な道具や超常的な力で人的負担が圧倒的に軽減した。とりわけ、書類関係の作成、印刷機などこれまでの業務作業を考えれば革命が起きた! と言っても決して大袈裟ではない程、効率化を図れており、2人の休暇を取る時間も余裕で取る事が出来ているのだ。
「だから、今日は一緒にいくのっ! 良いでしょ!? 頑張って我慢したんだから!」
「うんうん。解ってるってば。逃げないよ。オレだってリーゼに休め、って言っといて、休む代わりに~って条件も覚えてるんだし。でも、この間はほんとにゴメン。意図的に後回し、って訳じゃないから、その辺は信じて」
「んっ。今日埋め合わせしてくれるんだから全然大丈夫っ!」
怒っていた顔があっと言う間に花開く笑顔に変わる。
お出掛け了承を得られた事が兎に角嬉しい様だ。
そして、リーゼは既にいつもの鎧姿ではなく普段着のドレス姿になっている事も考えて、今日は気合が入っているのだとみてわかる。
今日、これで断られた日には……トンデモナイ雷が落ちそうな気がするし、本当に悲しそうな顔をするのも解るから和樹は首を縦に振る以外の選択肢はないのだ。
当然、嫌々付き合う、と言う訳でもない。
純粋に楽しんでいる、と明言しておこう。
「いこっ!」
「はい。お供しますよお姫様」
大袈裟に頭を下げる和樹の手をリーゼは取り、そのまま小走りでナルソン邸を後にするのだった。
「そう言えば、ハベルさんがゲッソリしてたけど、リーゼの訓練に付き合ってあげてたんだって?」
「ええ。カズキがすっぽかしちゃったからさ? その憂さ晴———じゃなくて、余った時間の有効活用に付き合ってもらった、ってわけ」
「…………(すみません……、ハベルさん……)」
リーゼの剣の腕は日に日に向上していっている。
和樹と共に訓練して、メキメキと力をつけ続けている。
ハベル自身も当然、アイザック隊の副隊長である事や、リーゼ程ではないが和樹との訓練を行っていて、腕自体は相応の使い手なのだが、贔屓目抜きに考えて、現時点ではリーゼの方に軍配が上がる、と言うのが和樹の見立てだ。
加えて、負のオーラ? 全開のリーゼともなればどれ程の強さなのか想像がつかない……。全てを剣に込める事が出来たなら、冗談抜きで倍くらいは強くなってしまいそうな気配がする。
だからこそ、理不尽な怒りをぶつけられたであろうハベルに、和樹は頭の中で盛大に謝罪の念を込めるのだった。
イステリア中心部に近い街なかを2人で並んで歩く。
リーゼは市民から慕われていて、街中を歩くだけでも結構騒がれて大変だ。
それでも過度に接触をしてくるモノはいない。近衛兵たちが彼女を守っている、と言うのもあるだろうが、その辺りの礼節を弁えた上でもリーゼは皆に慕われているのだ。
今日は侍女たち皆が休暇日。
一良は別用で出ているが、それも交代で休暇を、と言うのを2人で決めているので、特に問題ないとのことだ。そろそろ日本に戻って物資の調達を考えているので、それらを纏める時間も欲しかった、と言う理由もある。
「あ、ほらほら、ここのお店が凄く美味しいんだ。エイラと2人でよくお昼を食べにくるの」
木造のこじんまりとした建物の前で、リーゼは足を止める。
入り口には石板がおかれていて、本日のおすすめメニュー、その値段が掛かれている。こちらの世界の文字はそれなりに練習しているから、簡単なモノなら読み解く事は出来るが……それでも目を細めて、暫く考えないと出てこないのが厄介だが。
「(ふんふん……大分価格が下がってきてるみたいだね。取り合えずほっとした)」
値段を確認。領主側が備蓄食料を放出して、配給・市場介入した事や、穀倉地帯の収穫増加、水車の導入によって広がった安心感が結果として影響されているのは喜ばしい事だ。
「それにしても、お洒落な店だな。リーゼとエイラさんの2人、か……。なんだかピッタリな雰囲気って感じ?」
「えへへ」
暗に褒めて貰ってる、と解ったのかリーゼは目を細めて口端を緩めて笑った。
そして、中を覗いてみると————殆ど客が居ないのが分かる。
お昼になると、大分混んでしまって、中々入れないから早めに来たのだが、それが功を奏した様だ。
「ほらほら、入るよ! 行こうっ!」
「はいはい、付き合いますよ~」
リーゼが腕を絡み、大分接近してくるのは初めてではない……が、中々慣れるモノでもない。
兎に角柔らかくて良い匂いがして……女なんか懲り懲り!! 憤慨!! と枕を涙で濡らしていたあの時の負の遺産が全て無かった事にされそうな感じがして、結構ヤバい。
自分が一良と同じ立場。本当の意味で一緒だったら、素直にこの魅力の虜になってしまっただろう事は否めないが、中々一線を超えるのは難しいな、と苦笑いをした。
「む~~、もうちょっとカワイイ反応あっても良くない?? 私って魅力ないのかなぁ~……」
「なんでオレにカワイイ求めてるの? 違くない? そもそもリーゼに魅力ないとか、そんな訳無いでしょ。どんだけ皆に好かれてると思ってんのさ? ……まぁ、本音部分は結構なギャップがあったりするけど………」
「む! 何か言った!?」
「……ナンデモナイデス」
本音部分。
当然かの有名な、伝説的な(和樹談) メロメロばんばん! だ。
結構、このネタで弄ってるので、そろそろいい加減にしろ、とリーゼは鬼の形相に変わりそうなので、手前で必ず止める様にはしているが、手前まではいく様にしてる。
これくらいはヨシとして貰いたい。知ってたとは言っても、かなりのカミングアウトだと思ってるから。
リーゼは表情を強張らせて、絡ませた腕も強くさせて、そのまま店の中へ。
「リーゼ様! おひさしぶりで……えっ!?」
2人が魅せに入ると、カウンター裏の石窯からパンを取りだした女性が驚きの声を上げた。
当然だ。いつもの侍女ではないのだから。………それどころか、同姓じゃないのだから。
「おひさしぶりです。席は空いてますか?」
「は、はい。では、奥の席へ………」
先ほどの強張った表情は何処へやら。一瞬でいつもの笑顔対応に戻るリーゼの社交性、その技は最早職人クラス、と言って良いだろう。
色々と感心している所で、店員であろう女性がまじまじと2人を見て告げる。
「ひょっとした、御二方はお付き合いをされている……とか?」
当然の疑問だ。
傍から見ても、遠目から見たとしても、腕を組み、2人きりで店内に入ってきたらそういう関係では? と思うモノ。別に下世話な話~~とかではない。
ただ、男性と2人きりのリーゼ、と言うのは初めて見る光景なので。
「ええ。付き合ってますよ」
「「!!!!」」
【!!!!】
和樹の一言に、店員の女性だけでなくリーゼは勿論、店に来ているお客さんたち皆驚き固まっていた。驚きのあまり絶叫! まで行かなかったのが奇跡だと言えるのかもしれない。
そして、特に驚きを見せているのはリーゼであり、その顔は驚きの次はあっと言う間に赤くなって頬を染めていた。
それは願っていた事ではあった。でも、いつの間に叶ったのか? と物凄く混乱している。
そんなリーゼに和樹は微笑みかけると。
「今日はちょっとした仕事関係でお付き合いをさせて貰ってまして。私は、イステール領復興の為に、粉骨砕身させて頂いてます」
そのセリフを聞いた途端、何処の新喜劇だ? と思える様なタイミングとリアクションで皆がズッコケた。
特に店員さんはロングだとは言え、スカート姿だと言うのに、………この世界の女性たちは、否、この世界の人達は下着と言う概念が無いので、スカートが捲れちゃった日には大変な事になるのに。
「…………………」
そんな最中、とてつもない圧を背に感じる。
凄まじい圧力は、自分の光の身体を押し出してしまいかねない程の力を内包していた。
思わず振り返ってみると……リーゼさんは両手をぎゅっ、と握りしめてプルプルと震えてる。表情は綺麗なリーゼの髪、前髪の長さもあってか見えなくなってしまってるのも中々のホラー感。
「あ、あははは……。な~~んちゃって? ほ、ほら。オレなりの かわいさをちょっぴりアピールしても、って思って?」
ちょっとした揶揄い~だと思っていたのだが、これは思った以上の悪手だった? と思い返した和樹。メロメロばんばん、よりは良いだろうと思っていたんだけど、後悔後に立たず。
「かぁぁぁぁずぅぅぅぅきぃぃぃぃぃぃのぉぉぉぉぉ~~~~!!」
まるで呪詛の様にゆっくり呟く自分自身の名。
これは不味いっ! と即座に【ごめんなさい】を言おうとしたが既に遅し。
【ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!】
渾身の右ストレートを鳩尾に貰って、思わず昏倒してしまうのだった。
因みに、店内の誰もが自業自得である、と同情してくれなかったのは言うまでもない。
ただただ、見た事がないいつもとは違うリーゼの可愛さを目の当たりにして、ニヤニヤ、と笑みを浮かべているのだった。
それにしても、リーゼさん……何だか黒い稲妻? みたいなの纏ってないだろうか?
和樹のピカピカの身体も見事に捉えたこの力は———————————
覇◎色?
その後は、宥めるのが大変だった。
この手の揶揄いは安易にしちゃだめだ、と魂に刻み込む。
それはそうだ。乙女に対してやっちゃ駄目な事だ、と。後日、エイラやマリーからも苦言を賜るのだが、それも致し方なし、甘んじて受ける和樹だった。
「…………ふんっ」
「ああ、ほんとゴメンってば。なんか、今日オレ謝ってばっかだ……」
「カズキが悪いもんっ!! 反省してっ!!」
「あい……。おっしゃる通りでございます……」
ぐびぐび、と果実酒を呑み続けるリーゼ。
中々の酒豪で、幾ら呑んでも顔色が変わる事はない。
何なら、最初の顔を真っ赤にさせてた時の方が赤い程だ。
暫くお叱りを受けて、その度に酒も進んで—————。
「ちょっと期待しちゃったのに、あんな風に叩き落とされるなんて思っても無かったもん」
「あぁ……、それは怒って良いよね。うん。間違いない」
「何他人事みたいに言ってんのよっ。カズキの事でしょ!?」
「………あい。そうです」
中々ご機嫌直らないようだが、漸く柔らかくなってきた。(これでも)
更にもう一杯~といこうとしてるリーゼを見て。
「や、オレのせいなんだけどさ? ……それ以上に、実はリーゼって酒好きだったりする?」
「ん? 好きだよ。果実酒が一番好きだけど、穀物種も好き。愚痴吐きたい時にお酒って欠かせないよね?」
「あい。ほんとそう思います……。でも、それにしても顔色変わらなさすぎて、ちょっと驚いてるってのもほんとだよ。大丈夫? オレが言うのもなんだけど」
「全然平気。飲めば少しは酔っぱらうけど、気持ち悪くなったり、潰れたりすることはないかな? 今日だって、そりゃ腹がたったけどさ? それも楽しいって分類になっちゃってるから、尚更お酒が美味しいよ? 愚痴の時より、楽しく飲むお酒がやっぱり一番だから」
怒っている様で、実はちゃっかり楽しんでる節のあるリーゼ。
何だか、頭が上がらない未来が一瞬和樹の脳裏に見えた気がした。
「そっか。良かった良かった」
「ふふふ。でも、あーいう冗談は嫌だから」
「ゴメンなさい。あの時と違って、過失はこっちにアリだし、口チャックします」
「宜しい! ………冗談じゃなくて、本気で言ってくれたなら、何しても許したりするけど?」
ここで、上目遣いはズルいと思う。
苦笑いしか出来ない和樹は頭を掻きながら。
「前向きに検討する方向で善処するという事で————」
「それ、断る時のヤツじゃんっ! もうっ」
あはは、と笑いながら最後は2人で酒を飲み交わした。
「リーゼには負けるなぁ。じゃ、ナルソンさんも結構な酒豪だったり?」
「お父様が飲んでるのは見た事無いかな? でも、死んじゃったお母様がお酒が大好きで、凄く強かったらしいの。たぶん、私はそれを受け継いでるんだと思う」
お酒好きだけじゃなくて、きっと容姿も受け継がれている事だろう。周囲の証言を聞けば明らかだ。それに加えて、14歳でこの飲みっぷり。肝臓がいかんぞう……と、おやじギャグは決して口にはしないが、成長が阻害されたりしない? とちょっぴり心配になりそうだが、これも口にしない。成長云々も、明らかにデリカシーに欠ける指摘だから。
「あ、でも最近は飲む量大分減ったんだよ? 夜は飲まない事が多いし」
「え? そうだったんだ。なんで酒好きリーゼが?」
「そんな風に言うの禁止っ! ……だってほら。夜のデートとか、お酒飲んで酒臭いまま~なんて嫌だし。酔わなくても、眠たくなるのも嫌だし。それにデートじゃなくても、夜遅くまで仕事してる事が多くなったから。後は、好き嫌いは別にして、前程は飲みたいと思わなくなった気がする」
「………へぇ」
ストレス解消に酒を嗜む———と言う事が多いのも事実。
以前までのリーゼも相応にストレスを感じていたのだろう、と改めて実感する。まだ齢14。日本じゃ中学生の年頃の彼女の肩に一体どれ程の重圧がかかってるのか……、それを考えれば尚更だ。
だからこそ、少しでも楽になってくれたのなら嬉しい事極まりない。
「んじゃ、もいっかいカンパイしよ? 最初はカズキのせいでグダグダになっちゃったし?」
「……付き合いますとも。リーゼ様」
「えへへっ。じゃ、おつかれ~~」
「や、それはどうかと。だってまだ昼にもなってないし」
苦笑いをしながらも、笑顔の2人は再び互いにカチンっとコップを当て合うのだった。