「バルベールは手あたり次第に木々を切り開いていますよ。……乾いて餓える可能性を全く考慮していない様です。自然を蔑ろにした罪は何れ己が身に降りかかるでしょう」
先ほどまで、和樹に尻尾を振ってる様に、抱き着く寸前まで言っていたノワールとは思えない程の凛とした佇まい、まさに神格者と言うべき堂々とした仕草に、多少なりとも混乱しそうになるが……、それは一先ず置いておく。
「それって、
「!!」
一良も、バルベールの所作を聞いて思う所があった様だ。
当然だろう。バレッタ程ではないにしても、日本の知識と技術、能力をこの世界に持ってきたのは一良なのだから。
いつの日にか、青銅から鉄へ———と考えていたとしても何ら不思議ではない。
だが、バレッタはどうしても複雑で、どうしても一線を越えさせたくない……と言う想いしか無かった。
ただ、それを口に出す事は出来ない。
目の前に、夢で現れたウリボウの……人の姿に変化したウリボウ・ノワールを前にすれば、如何に一良が来た事で、信仰心より一良、と言う心に従ってきたバレッタとはいえ、不敬を働くなんて事は出来そうに無い。
一良に直接戦争に関与する様に厳命……までしてくれば流石に己が身を賭して、一良を庇う所存ではあるが、ノワールの感じだとそうは見えない。
「彼と向こうに紛れ込ませてる
「その理由が、製鉄を目論むものだとしたら……、もう猶予はありませんね。私もはらを括りました」
一良はゆっくりと頷くと、和樹の方を見る。
「漸く、俺も和樹さんの域にまで行けた気がするよ。バルベールが、……敵が強力な武器を持とうとしているのを察してから、なんて少々情けない気もするけどね」
「いやいや。……比べるのが俺である事がそもそもの間違いですって」
大きな力を持てば、人は使用したくなる、他者を蹂躙し奪い、欲望のままに……など歴史上何度もあった事だ。
現代日本、地球も現代になって漸く分別と言うモノが解る様になったとは言っても、ほんの少し前までは蛮族と変わらない事だってしてきているのだから。
その域にまで行くには……、この中世を思わせる世界ではまだ時間が足りなさすぎる。
武力には武力をもって対抗しなければならない。
己の領地、己の家族、己の命を賭けて。
「お二方は……」
そんな時だ。
漸く、バレッタは口を動かす事が出来た。
少し、ほんの少し離れていただけだ、と周りから言われた。直ぐに会えると和樹にも言われた。でも、それでもバレッタには長く、長く感じた。一良と会えない時間が長く。
あの優しい彼が、無償で助けてくれた人が……平和な世界で暮らしていた彼が、この世界の戦争に、争いごとにその身を投げ出そうとしている姿を見て、口に出さずにはいられなかったんだ。
因みに、
「軍事協力をする事に不安は感じないんですか? その……技術や道具、力。それを与える事によって、人の命を—————」
その先は中々口に出しては言えない。
でも、言わずにはいられない。
「たくさん、たくさんの人を殺す事になるのかもしれないんですよ……?」
何処までも表情が暗いバレッタ。
その姿を見て、一良だって察する。
ノワールが知れた事をバレッタが知らなかった、と言うのは中々考えにくい。夢でウリボウに出会ったと言う話もあるし。………でも、それでも自分達に何も言わなかったのは、
そして、一良よりも先に和樹が手を挙げた。
「以前、俺はゲーム脳だって、バレッタさんにも言いましたよね? 数多の世界で沢山戦ってきましたし、何なら人だってこの手にかけた事だってあるって。例え虚構の世界、作り物の世界だとしても、目や手、耳、自分の五感で感じるそれは現実と殆ど変わらない精度のものでした。そう言う意味では覚悟はとっくに出来ている、と言えます」
「………ッ」
その話は和樹から以前聞いた事があった。
でも、嘘を言っているとは思っていなくとも、いつも明るく優しく、村の子供たちにも人気で、音楽を一緒に奏でて、歌って……光と言う力を用いて、平和の象徴そのもの。それがバレッタが持つ和樹の印象だった。
だから、どうしても………。
「って言うのは建前です。いや、建前とは少し違いますね。以前まではそんなつもりでしたが、今は違いますよ」
「え?」
ゆっくりと、和樹はバレッタを、そしてその横に居るノワールの方も見て、告げる。
「この世界、この国で護りたい人が出来たから。こんな俺を大好きだって、愛してるんだってまで言ってくれた人が出来た。……膝を抱えて絶望に涙して、……助けてと手を伸ばす人だっていた。護りたいモノが出来たなら、人は戦えると思ってます。………勿論、
「ぁ……」
和樹の本心。
それが心からの言葉である、とバレッタは直ぐに解った。
愛する人がいるなら、人は戦える。奪う為に戦うんじゃない。護る為に、この国で生き残る権利を賭けて戦うのだから。
「俺も和樹さんと同じ意見、かな。後だしはちょっぴり格好つかないけど」
一良も少しだけ口端を緩めてそうバレッタに告げる。
でも、目は真剣そのものだ。何なら怖い、とさえ思える程に覚悟が、腹が決まっている男のものだ。
「俺は和樹さんと違って、経験自体は浅い。……精々、戦争映画を見た程度。精々、実写に近いGCの戦争ゲームをした程度です。だから、自分のせいで大勢の人が死ぬなんて、そんな姿なんて見たくないですよ? ……でもね」
いつの間にか、緩んでいた口端も真っ直ぐになり、一切笑みを向けないままバレッタに告げた。
「親しい人達の命がかかわってくるとなったら話は別ですから。……更に正直に言えば、バレッタさん1人の命と何十万、何百万というバルベールの人々の命。どっちをとるか、と問われたら、迷わず前者をとります。会った事もない彼らが……更に言えば、攻め込んできている様な彼らが死のうがどうなろうが、知った事じゃありません。……攻めてこなければ、欲を肥大化させ、欲しなければ、死ななかった。自業自得だと鼻で笑ってやれます」
「――――」
2人の答えを聞いたバレッタは、息をするのも忘れている。
ただ、額に、頬に流れる汗は止める事が出来ない様だ。
「人でなし、ですかね。私は」
「極々自然だ、って言いたいです。人として間違えてる、って思いたくないですよ」
「……私も、私も同じです。きっと、一良さんが人でなしなら……私はそれ以下で……」
頭を下げて沈みに沈むバレッタの肩にそっと手を置くのはノワールだ。
「そこまでの悲観をする様な事では無い、って私は思ってますよ。向こう側に言ってる彼らを使えば、最小限の行動の把握は出来ます」
「ん。ノワと俺のホットラインが繋がっていれば、仮に奇襲で攻め込んできたとしても追い払う事は出来そうだしね? 何なら戦意喪失までやれるかも? だし」
指先に光を集める和樹。
井戸作り、氷室作りでピカピカ能力を建設業の一環として使ってきた和樹だが、攻撃面で考えたら、核兵器より性質の悪い存在だと思ってる。
バルベールの信仰はよく解ってないが、神が降臨し、手を下したともなれば、全土に浸透するのには時間がかかるかもしれないが、それでも休戦協定じゃなく停戦、戦争の終わりにまで持っていけるかもしれない。
自分の手で平和な世界を……子供たちやリーゼ、それにジルコニアにだって見せてあげられるのなら、この世界に来てこれ以上無いくらいの役割だと思っている。
ただ、懸念事項はどうしてもあるが……。
「それで、カズキ様」
「うん? まだ何かあった?」
ノワ―ルが背筋をピンっと伸ばしつつ、真剣な面持ちで和樹を見据えた。
まだ重要事項が残っているのか、と和樹は勿論、一良、そして少しだけ精神面に揺らぎがあったバレッタも話を聞こう、集中しよう、と。
そんな緊張感に包まれていたのだが……。
「カズキ様の護りたい
ずるっ
どてっ
コテコテでベタなリアクションをしそうになったとか、ならなかったとか。
「うぅ……ヒドイですよ。扱いが雑になってる気がしますよぅ……」
「そんな事無いでしょ? あ~~、でも悪戯っ娘なノワには良い薬だったりするかも?」
「あぅ」
リーゼの名を出して、ジルコニアの名も出して、この国の
和樹も何処か楽しそうにしているので、揶揄ってるだけだと思われるが。
「取り合えず、ノワはこれまで同様。……グリセア村の皆を宜しくね。何かあったら直ぐに連絡して」
「わかりましたぁ……」
「ノワだって、
「っ! はいっっ!」
ぼそっ、と最後に呟く和樹の一言を聞いて、先ほどまでの悲しそうな顔が嘘の様に、顔をぱぁっ、と明るくさせ、花開く様な笑顔で、視えてないが尻尾振ってるかの様に、和樹にまたすり寄った。
「ノワさんも、最初に和樹さんの事襲わなかったら、こうはならなかったかもしれないよなぁ~」
「うっ……」
「あ、話には聞きました。……なんでも、カズキさんが自分の力を自覚した瞬間でもあったとか。沢山のウリボウに囲まれてしまったら、今の私でも命を諦めてしまうかもしれません……」
「はぅっ………」
厳密には、ノワールが襲った訳ではなく、光に当てられたのか、或いは得体のしれない正体不明のナニカに野性的な勘で恐れをなしてしまったのか、統率が一切取れずに各々が狂乱した様に暴れてしまったのだ。
頑張って止めようとしたが……ノワールは勿論、オルマシオールも止めるに至らず、己の首で詫びようとしたのだ。
もう結構前の話になるな、と何処か懐かしそうにしていると……。
「ごめんなさぁぁぁぁい……、捨てないでぇぇぇぇぇ」
「コラコラコラコラ! 前も、ってか何度も言ったでしょーが。もう、その件で気にするのはダメだって。……ここにハクいなくて良かった……」
ウリボウの内の1頭であるハクが、もしもノワールの様な事になってしまったら、きゅんきゅんきゅん、と盛大に泣いて鳴いて啼いて大変になるのが目に見えているから。
取り合えず、ノワールを落ち着かせた後、一頻り皆で笑い合った後、一良がポツリと呟いた。
その後、和樹も続けて。
「できれば、戦争なんかしたくないですよね。製鉄技術の導入は急ピッチで進める予定ですが」
「備えあれば患いなし。決して戦う為じゃなく、護る為に。後悔しない様に、頑張りましょう」
その言葉に誰もが頷いた。
奪い合うのではなく、分け合えば余る。
そんな精神を、国のトップが持っていてくれたら悲劇は起きなかったかもしれない。でも、相手が拳を、剣を振るっている以上、防衛として備えなければならないから。
その後は、バレッタと共に製鉄導入についての意見を~と言う話の流れに持って行ったのだが……、ここでも驚く事に、彼女はもう作ってしまっていた。
「え? レン炉じゃなくて高炉を?」
「………あ、あははは。それは知らなった……」
村に何度か行き来している和樹でさえ知らなかった製鉄様のエリア。
バレッタは少し照れた笑いを浮かべながら続けた。
「えっと。実はアイザックさんに材料を用意して貰って、自分で沢山作っちゃったんです。けっこう高品質のものができましたよ」
てへっ、と笑うバレッタ。非常に可愛らしい事極まれり~~なのだが……。
やっぱり天才。
物凄く天才。
間違いなく、歴史に名を刻むであろう人物と邂逅している……と、改めて一良は勿論、和樹もゾクッッ、と背筋に冷たいものを覚えるのだった。
「ノワールさんとバレッタさんの証言から考えても、確実に鉄を作ってるなぁ」
一良は、1人パソコン画面を食い入る様に見据えた。
その中には、バルベールで三年前に御子会われた軍制改革についての資料、蛮族との和平についての資料が映し出されている。
結果、失業率は低下して治安も改善、市民の支持率も向上、更に目玉なのが蛮族との和平の繋がり。大規模な戦闘も少なくなっている。
自国が安定しているのなら、そのまま外に出てこないで欲しい……と思わずにはいられない。
バルベールの木材生産量の急激増加の欄を見たら、なお思う。
あまりにも周囲の木々を切り倒している為、自然の精霊と言っても過言ではないウリボウらが、オルマシオールやノワールが気付いた。
バルベールに崇める神の中には、オルマシオール達の様な喋るタイプの獣はいないのか、と思いたくもなる。
「休戦したのが4年前、軍制改革が3年前。……そこから徐々に増えてここ1年で一気に増加って事か。……4年前は戦時中に錫が枯渇したから、その代用品に鉄を発明、でも実用化は難しかったから一時停戦、ここ数年で何とか漕ぎつけて軍制改革に踏み切った———筋は通るかな」
資料の中に、大規模な錫鉱脈が発見されたと思われる、と言うメモ書きがある。ノワールたちの進言が無ければ解らなかったかもしれない。
でも、その可能性は一良は考えていた。あまり不安視させること無いから、と言う理由と和樹自身が胸を叩いて任せろ! と言ってくれていたので、何も告げる事は無かったのだが……。
「いかんいかん。和樹さんばかりを頼り過ぎて、いざって時に何もできませんでした、じゃ話にならない。……鉄器相手に青銅装備じゃ粉砕される事が目に見えている。……うーーーーん。ある程度、予習したり、色々と作戦を頭の中で考えて入れておこうと思ったんだけど、俺はやっぱり素人過ぎる~~~!!」
一良は頭を抱える。
これならもっと勉強しておくべきだった、と頭を抱える。
正直に言えば仕方ないの一言で済ませたい。
周囲の人間があまりにも凄いヒトが集まり過ぎてて、自分が霞んでしまう~と思ってしまうから。一良も一良で、無限と言いたいくらいの資金源、この時代じゃ、超が5つくらいはつきそうなオーバーテクノロジー《日本製》があるから、別にそこまで卑下にする事は無いのだが、こればかりは本人の問題、ひいてはプライドの問題なのだ。
胡坐をかくくらいなら、己惚れるくらいなら丁度良い、とも本人は考えているので、解らないから任せる! と投げ出したりは決してせず、自分の最善を今日も頭を抱えながらもどうにか模索し続けるのだった。
その日の夜———。
バレッタは剣を手に、和樹の元……夜の訓練を行っていると言われている中庭の方へと足を運ぼうとしていた。
毎日が鍛錬の積み重ね。今日くらいは休んだら? と言われたのだが、一良を護ると決めている以上、一日一日、その一瞬でも惜しいくらいだ。
それに、和樹直々に、あの光の剣技で稽古をつけてくれると言うのなら、これ以上無い。和樹が届かない部分は、自分が補って見せるとさえ思っているから。
「「あっ」」
そんな時だ。
バレッタとリーゼの2人がバッタリ出会ったのは。
「こんばんは。バレッタさん」
「は、はい! こんばんは————でございますっ!!」
「ふふっ、ございます、ってなんだか可笑しいですよ?」
ガチガチに緊張しているバレッタと余裕があるリーゼ。
でも、リーゼはバレッタの持つ木剣を見て少しだけ視線を細めた。
「ひょっとして……剣の訓練ですか? カズキが行ってる」
「は、はい! 今日は空き時間がかなりあるから、と言って下さいまして!!」
「……ふーん」
自分と2人きりに慣れる時間……と言う訳ではないが、今日は人が少ないのはリーゼも知ってるし、そう言う夜で2人きりになって~~と画策していたのに……。と少々憤りを覚えるが、和樹自身にそれを伝えてる訳じゃないし、約束した訳でもない。
それでぶつけるのはあまりに理不尽だ、と何とか表情には出さずに笑顔を出した。
「あ、ではこれはどうでしょう? 私も最近では夜の訓練も行ってるんです。一緒にやりませんか?」
「え————……えええっっ!!?」