「…………」
「ま、まーまー。リーゼもそんなむくれないで……」
「べーつーにー! むくれたりなんかしてませんけどー?」
「頬っぺた解りやすく膨らませててそれは無いでしょ……」
「あ、あははは………」
場に居るのはリーゼ・一良・エイラの3人。
いつもならば、ここに和樹が居て4人で過ごすのが定番になりつつあったのだが、どうやら珍しいとも言える3人の組み合わせである。
それも、バレッタと合流したのに、彼女いないのが不自然感が出ている、と言えるのかもしれない。
勿論、これには理由がある。
現在、和樹は主要メンバー皆まとめて鉄の大鉱脈へと案内をしているのだ。
因みに―――その移動手段が今回のリーゼ問題につながってくる。
「和樹さんは、リーゼに気を使って結構な大所帯で案内してるんだと思うよ? だって、アイザックさんやハベルさん、更にナルソンさんまで加わってるんだからさ? 異性と2人きりで~~って、なってないから」
「ぶーーー! だから気にしてませ――ん!! (……お母様が一緒って言うのが凄い気になるだけですーー)」
「……小声のつもりみたいだけど、バッチリ聞こえてるからな?」
そう、和樹の能力でもれなく行きたい人全員連れて行く―――つまり、視察が出来る様にしたのだ。数に制限があるのか調べるのも良いのかな? と一良が和樹に言っていたが、実のところ、ウリボウ達の協力もあって大体把握出来ているとの事。
単純に、人数が増えたら能力維持と操作に精神面をごっそり持っていかれるらしく、酷く疲れるのと、万が一にでも落としてしまう訳にはいかないので、安全面を最大限に考慮して、今回の人数【ナルソン・ジルコニア・アイザック・ハベル・バレッタ】で定員オーバー、としているのだ。
「ふんっ、だ。良いじゃん良いじゃん! それよりこっちの仕事に集中! でしょ?」
「はいはい」
「はい、は一回なの! ほらほら炉を作る~って仕事も物凄く大切な事でしょ? 鉱脈で採掘出来ても精製出来なきゃ意味ないんだから」
話題逸らしに勤しむリーゼ。
今回の件、男性陣が沢山いる事もあったので頑張って納得した。夜のデート……あの幻想的な世界で2人きり~と言うのは和樹と自分だけのもの~と考えていたんだけど……時と場合もしっかり考慮。何より国の行く末を担う事なのだから私情を挟む訳にはいかない、と断腸の思いで決断したのだ。
ただ――――……和樹とジルコニアの関係性。
それだけはやっぱり無視出来ない。距離感が近いし、それなりに疑いつつある。
でも、ジルコニアの過去を……自分の母親の過去を知っている者としては……、あの日 滅んでしまったジルコニアの故郷での話を聞いた身を考えてみれば………完全なる拒絶なんてモノは出来る訳がない。
でも、それでも乙女な部分はどうしても独占したい! と思ってしまう訳で……非常に大変なのだ。
「炉かぁ……、そっちも大変だよなぁ……」
話題逸らしに乗ってくれた一良―――ではなく、素で考えていた事をそのまま口に出していた。
「当然、私も手伝うよ? それに人手が足りないなら何時でも言ってくれて良いから。手配するし」
「あ、いや~……そう言う事じゃなくって。バレッタさんはもう村で炉を造った事があるらしいんだよ。だから、造り方に関しては彼女に聞けば良いや! って思ってたんだけど……まさか、一緒に行っちゃうとは思ってなかった」
うーん、と腕を組んで唸る一良。
この時エイラは、時折一良が難しそうな顔をしているのを横で見ていたから、てっきりリーゼを揶揄う様に言っても、想い人(エイラ談)であるバレッタも和樹と一緒に空の旅へ向かったのだから、思う所があるのでは? と考えていた。
でも、どうやらそれは違う様だ。
「えと……カズラ様は造り方を知らないのですか?」
「あ、いえ。造り方自体は幾らでも調べれるので知っているのですが、実際に造った事が無いんですよ。だから上手くいくかどうか不安で。……
弱気な態度でごめんね、と軽く謝罪をしつつ一良はそう言う。
因みに、バレッタの天才具合は一良からは勿論、和樹からも沢山聞いている。
曰く動く図書館だとか、パソコン(意味は知っている)だとか。
いや、応用が効き、実際に実行するだけの能力を備えているので明らかにそれ以上。
「凄まじいですね……」
「……いや、沢山聞いてたけど、やっぱり凄いよね、彼女」
「うん。正直かなり凄い。何回言っても言い足りないくらい」
グリセア村と言うグレイシオールの伝説以外は対して目立った功績の無い寒村に過ぎない村だった筈なのに、そこから生まれた天才に思いっきり舌を巻く。
いや、リーゼは一良がこの世界に来てくれるからこそ……そのタイミングで狙いを定めて、生まれてきてくれたのかもしれない、と思う様にした。
そして、それはリーゼ自身にも言える事だ。
和樹がこの世界に来てくれるから……この世に生を受けたんだと。生まれてきた意味なんだと。
「―――うん。取り合えず出来る所からやっつけちゃおう?」
「だな。製作には耐熱性のあるレンガを使うから、そっちの準備を中心に取り掛かるか。その辺りなら大丈夫だし」
こうして、3人は出来る事から取り掛かろう、と気を新たに持つのだった。
一方、和樹たちはと言うと……。
「念のためもう一度聞きます。高所恐怖症な人は居ない~と聞きましたが。大丈夫そうですか? 少しでも危なかったら言って下さいね」
イステリアでも再三確認した。
ピカピカの能力で空中移動をする際は、あまりにも目立つから高度を上げている。そしてピカピカで身体を包む事で、どういう理屈かは解らないが、上空の気温差、突風、空気などは全く問題なくなる。
でも、視覚的要因はどうしようもない。
何なら視察に行くのだから、視覚を遮断するのはデメリットの方が大きいとさえ思える。
全体像を把握しておいた方がスケジュールも立てやすい、と言うモノだから。
「私は大丈夫です。流石に驚きはしましたがな」
一番最初に返事をしたのはナルソン。
驚いた、と本人は言っているがその顔は笑顔だ。
流石、戦争を知りアルカディアの盾の二つ名を持つ男だ。領主である前に武人。危険を楽しむ余裕を持っている。
或いはやはり男であるから未知の体験と言うモノは心に来るのかもしれない。
そして同じくアイザック・ハベルも。
「はッ! 私も大丈夫です! カズキ様と同行させて頂き、身に余る光栄でございます!」
「私もです。カズキ様と共に何処までもご一緒する所存」
アイザックは目を輝かせている。童心に戻っている? と言っても良いくらい幼さが顔に出ているのが解る。勿論、和樹の事を崇めている、信仰心を持っている事もあるだろう。
そしてハベルもアイザックと然程変わらない。妹のマリーの件や以前のやり取り(心の中を見透かされた)もあって、身を捧げる勢いな様だ。
流石に領主であるナルソンやジルコニアの前ではそこまでハッキリとは言えないが。
「カズキさん! 私も大丈夫ですよ。とても綺麗ですっ!」
バレッタもナルソン同様楽しむだけの余裕が十分備わっている様だ。
日本食を得て超人化した彼女だから~と言う訳じゃないだろう。自分の知らなかった事、体験していない事、新しい事が何よりも好きなのだ、と言う事が解る。
それと—————。
「(カズラさんに何かあった時……、カズキさんにお願いをすれば一緒に連れて行ってもらえれば……)」
ちょっとした邪な考えもある。いや、邪~とは言い過ぎだろうか。
この和樹の力ならば、移動時間の短縮は当然出来る。圧倒的な脚力を得たグリセア村の皆のソレよりも遥かに早く。
和樹の事を利用する形になってしまうのはどうしても心苦しいが、それでも絶対に和樹の、一良の力になる。なれると思っているので、決して損はさせないつもりでもあった。連れていけるだけの技量・能力を持ち合わせ、今後も研鑽を続ける~とバレッタは深く決意をしたのだった。
「そうですか。良かった良かった。……え~~っと、ジルコニアさん??」
「はい!!」
他の皆さんは大丈夫だった。
問題はジルコニアの方だろう。
軍隊から、軍人の皆さんから心底恐れられ……げふんっ!! 心底尊敬されて、その力量も最大クラス。ナルソンが盾であればジルコニアは剣。常勝将軍の二つ名を持つ彼女なのだが、様子が変だ。
いや、表情こそは変化無いように見えるのだが……しっかりと和樹の手を握っている。
離さない!! と言った勢いで結構な握力で握られている。
ピカピカな力は、相手が攻撃してきた。攻撃である、とある程度の認識が無いと透過出来ない様で(だから、リーゼの攻撃(笑)は普通に通っている) そのままされるがままな状態だ。
「………やっぱり高いトコダメでしたかね?」
「い、いえいえいえ! そんな事は……」
高い~と言っても限度と言うモノがある。
それは和樹だって解っている。
高所恐怖症~と言う症状は確かに存在するかもしれないが……、普通に考えたら、飛行機レベルの高所なんてモノを生身でやったら、高い所平気! と言えども、恐怖を感じたって何ら不思議じゃない。
「ん~~、一端……「いいえ!!」うひぃっ!??」
一端下に降りる。何ならジルコニアだけでも帰還させる~と考えていた和樹だったが、その考えを読んでいたであろうジルコニアに制止されてしまった。
「すみません! お願いしますっ! カズキさんと一緒に私も連れて行ってください! 手、手を握っていれば大丈夫です! 絶対大丈夫になりますからっ!!」
「うわっっ、手どころか腕組んでますって! わーわーダメダメ!! ナルソンさんの前なんですよ!?」
貴女人妻でしょ!? と言いそうだったが、そこまでは言わず……でも、間違いなく旦那はナルソンだ。ある程度の配慮は必要な筈だ……と思ったのだが。
「カズキ殿。……ジルが申し訳ない。カズキ殿が不快でなければ、お願いしても宜しいでしょうか?」
「ぇぇぇ……、そ、そこは『私が面倒を見る!キリッ』じゃないんですかぁ……?」
右往左往、四苦八苦していた時にまさかのナルソンからの提案。
自分の妻だろ!? と、思いたくなるがこれも言葉を飲み込んだ。
ジルコニアの行動が嫌な訳がない。何なら、リーゼの母親と言っても全然差し支えない程の凄まじい美人なのがジルコニアだ。
そんな彼女に抱き着かれて不快感を覚える男なんて、男じゃねぇ!! と言える。
でも、倫理的にどうなのか……? と言いたい。
「はははっ。私如き、カズキ殿には敵う訳がありますまい。何せご友人で在らせられる前に、貴方様は全てを照らす光。……何よりも安心出来てしまうのは致し方なく存じます。……貴方様にそう言われるのは光栄極まれり、ですな」
和樹の葛藤を他所に、ナルソンは本当に構わない、と言わんばかりの笑顔。嫉妬の情念みたいなのが全くない。無と言って良い。……確かに、政略結婚だと言う事は知っているし、ナルソンの考えも理解できるのだが……。
「ほんとに良い———のかなぁ……?」
「だいじょうぶです! さぁさぁ、カズキ様っ! 私を空の旅時へ連れて行ってください!!」
「わーーー、わかりました! わかりましたからっっ」
ぎゅむっ、と豊満な二つのふくらみを押し付けられてしまう和樹。このままでは色々と大変な事になりそうなので、気を取り直して現地へとGO。
バレッタはリーゼの事が頭を過った———が、流石に和樹がしてくれた様に、一良に悪い虫がつかない様に~なんて事は出来る訳がないので、ただただ苦笑いをして2人を見ていた。
ジルコニアの仄かに赤くなっている顔、その淡い気持ち、期待、想い……それらを垣間見る瞬間を時折感じながら。
因みにこの時、リーゼは嫌な予感を色々感じて感覚ビンビンになってしまっていた様で……作業中も眉間に皺を寄せる事が多くなるのだった。
「ここ一帯がすべて鉄の……相当な広さね」
鉄の大鉱脈がある現地に到着した一行。
色々と空の旅で燥いでいたのだが、流石に現地に到着したらある程度の緊張感が戻る。
後日、改めて派遣内容の精査や、作業拠点の模索等を検討・周囲に注意をしながらそれぞれ業務に当たっていた。
ただ、和樹の航空写真に加えて、実際に上空で見たから解るが相当な広さ。
ここら一帯の全てが鉄資源がある。
バルベールはもう鉄を調達をしている、と言う説明を聞いてるので楽観視は決して出来ないけれど、これ程の量なら決して負けていない。とそれぞれが思っていた。
「見つけたのはバレッタさんですけどね。ほんと、凄い!」
「い、いえ。村で狩人をしている方に、鉱石の見本を見せて見覚えがある場所を案内して貰ったんです。流石に私1人ではとても見つけられなかったと思いますよ」
バレッタは謙遜しているが、そんなの必要ないくらい彼女はやってくれているので、褒めちぎりたい、褒め倒したい! 気分になってくるが、それは一良からの方が一番良い筈なので和樹はこの辺りでやめにした。
「ロズルーさんですね。それも流石! ほんと半端ないなぁ」
「えへへ……私もそう思います。見習う点がとても多くて」
グリセア村の狩人~と言えば間違いなくロズルー。バレッタも頷いているので確定。
ミュラの父親であり、弓矢は針の穴を通す程の精度。野生の獣を彷彿させる程の気配立ちに、一発で仕留める。
村滞在時は、それなりに手伝った事もあったが狩人としての腕は間違いなく一番の力量。能力ありな和樹も舌を巻く程なのである。
「それにしても、グリセア村からかなり離れているけど、その人やバレッタは徒歩でここまで来てたの? それともカズキさんが?」
「いえいえ。私は知りませんでしたよ? だから……」
「えと……はい」
ちらっ、と和樹はバレッタを見る。
ピカピカの能力で人を運んだのはこれが初めて(リーゼとの絡みは秘密の約束なので基本話さず)だと、そう事前に皆に言っているので、ここで和樹がバレッタ達を連れてきました~となったら、それが嘘になってしまう。
その程度の嘘を気にする人達じゃないのは解っているが、ここはバレッタに正直に話して貰った方が良い、と和樹は思って彼女を見たのだ。
バレッタ自身もそれは解っていた様子だった。
「成る程。カズキさんが連れて行ったのではないとすれば……走っていったのよね? あなた達に祝福の力が備わっている事は事前に聞いているから隠さなくても大丈夫よ」
「あ、はい」
和樹が、一良が大丈夫だと判断して話したと言うのなら。不敬かもしれないが信用に足る人達であるならば、とバレッタも頷いた。
「カズキさんのその光の祝福~の様なものはあるのですか?」
「や、それは流石に。私みたいに成れると言うのなら、眷属を増やす様な事が出来ると言うのなら、世界の覇権があっという間に変わってしまいますよ? ……色々とトンデモナイ事になりそうなので、仮に出来たとしてもやりませんって」
「ふふっ、それもそうですよね」
和樹の言う通り。あの人外の力を……無敵の能力を授ける事が出来ると言うのなら、今すぐにでも
やらない、のではなく、やれない。やれたとしてもやらない。と和樹は言っているのであの光の力を持つ事は不可能だろう、と断定。
そしてもう1つ、改めてグリセア村の祝福は一良が齎せたモノである、と確定できた。
探りを入れるつもりは毛頭ないし、そんな腹の探り合いの様な真似は和樹にはしたくない、と言う気持ちも嘘ではない。意図せず内に内情を少し深く知る事が出来た。
そしてジルコニアは自分の性分が時折嫌になってくる事が多く感じてもいた。
心の底から敬愛している相手である事は間違いないと言うのに、心の底に渦巻く黒い炎はどうしても消す事が出来ない。その暗き炎が自分の背を押している。仇を取れ、村の皆を、家族を、……妹を殺した憎き仇を、と。
和樹もそれを許容してくれているし、助けてくれる
心優しい彼だからこそ、ジルコニアには暗く重くのしかかってしまうのだ。
「私も驚く程の脚力でしたよ? バレッタさんは」
「いえ! そんな! 私なんかカズキさんの足元にも……」
楽しそうに笑う和樹を見てジルコニアは自身も気持ちを落ち着かせた。
懺悔するのは全てを終えた後。……そう己に言い聞かせながら。
「…………」
そんなジルコニアの内情、負の側面、抱える想い、耐え難い地獄の過去。
この場で唯一長く共に有り、それらを全て晴らさんと共に歩む道を提示したナルソンだからこそ、ジルコニアの事を察し気付く事が出来た。
ジルコニアには幸せになって貰いたい。
それは常々思っている事。
以前までは国力の差もあり、淡く儚い希望だと思っていたが……間違いなく未来は明るく光り輝いている。
ジルコニアが……彼女が前を向いて歩き出した時―――
「……いや、光で在らせられるカズキ様と比べる事自体が凄まじいな」
「実際、彼女の脚力は凄まじいですから。ラタと競争をしたとしても彼女が勝つ方に賭けます」
直ぐ隣で聞いていたアイザックとハベルは、とんでもない内容に聞いてはいけないのでは? と思いつつ――――バレッタの身体能力の高さ、祝福の力の凄まじさを改めて感じるのだった。
夕焼けに染まる森、……グレイシオールの森の中に1つの陰があった。
それはグリセア村の少年の1人、コルツ。
コルツは目の前に立てられたカカシと向き合いながら足を動かし、色々と細かく修正をし、四苦八苦していた。
その手には自身に丁度良いサイズの木の棒が握られている。その辺りに落ちていた棒きれ~と言う訳ではなさそうだ。その握り部分を見てみるとかなり使い込んでいきたのだろう事が解る程、擦れて黒ずんでいるのだから。
「うーん……カズキ様に鍛えて貰える時間スゲー短いから、何とか見て覚えよう、思ったんだけど……」
ぶんっっ! と木の棒を振るう。そして首を傾げる。ここ最近はそれの繰り返しである。
「やっぱり何か違う……。バレッタ姉ちゃんの真似も難しい……」
コルツは見取り稽古を主体として鍛えようと頑張ってる。
年齢別の大会みたいなモノがあれば、身体能力を含めてダントツでトップに位置するだろう事は想像に難くないが、コルツ自身が向上心の塊なので、それでヨシとしない。
バレッタと似通う部分もあるからか、グリセア村の住人とはそう言うものなのかもしれない。
それはそれとして、和樹の稽古ではあまりにも早過ぎて、どれ程観察していても解らない事が多すぎる。
だから、見取り稽古としてまずはバレッタの剣術を、和樹の稽古よりも圧倒的に多いシルベストリアとの稽古を目に焼き付け、実践してみているのだが……それも上手くいかないのだ。
思考錯誤、四苦八苦していたその時。
「足が閉じすぎていますよ。もう少し、後足1つ分広げましょう」
「うわぁっ!??」
不意に背後から声を掛けられて、思わず飛び上がった。
心臓が口から飛び出す、と言う表現があるが、こういう事を言うのか、とコルツは1つ学んだ~~が、悠長な事は言ってられない。
直ぐに体勢を立て直して振り返る。
そこには、長い黒髪の女性……若い女の人が立っていた。腰には長剣を携えていて、旅人の服を身に纏い……つまり、見た事がない人だ。
手には木編みの籠を持っていて、中には熟した木の実・キノコが沢山入っている。……よくよく見て見れば、駐屯している部隊の使用人たちと同じ服装な気がしてきた。
なので、軍隊関係の人だろう———と判断した途端に、コルツの顔色が変わっていく。
「……ごめんなさい」
「? 何を謝るのですか?」
ペコリ、と頭を下げた。
それを見て、女の人は首を傾げる。謝られた意味が解っていない様だ。
コルツはそのまま続けた。
「だって……、シア姉ちゃんたちに言われて見に来たんでしょ? 1人で危ない事しちゃ駄目って言われてるから……。だから、怒ってるんでしょ?」
和樹が時折やってきて稽古をつけてくれる事があるグリセア村。勿論、大盛況で中々子供だったら入り込む事は出来ない。
なので、所謂子供の遊び~をする時にコルツはコッソリ自分も鍛えて欲しい、と頼んだ事が有った。
和樹は笑顔で了承してくれて、空いた時間で相手をしてくれる様になった。でもやっぱり武器を扱うから、1人ではしない様に、誰か大人と一緒にする様に~と、それを見ていたシルベストリアに言われたのだ。
強くならなきゃいけないコルツは、短い時間じゃ満足できなかった。だから、和樹との稽古だけでなくバレッタの稽古を隠れて観察し、何とか強くなろうと頑張ってきたのだ。
ただ———どんな理由があろうと、シルベストリアの言いつけを破っているのは変わらない。
「別に怒ったりはしませんよ?」
「え……! あ、いや、でもシア姉ちゃんには言うんでしょ?」
「言った方が良いですか?」
「や、やめて! シア姉ちゃん怒るとめちゃくちゃ怖いんだよ!!」
シルベストリアは、自分自身も子供に遊んでもらってる~と朗らかに言える程気さくであり、子供が好きであるとアイザックが言ってた通り子供好きで優しい。……が、本気で怒った時の迫力が半端じゃなかった。
以前、シルベストリアが日課にもなりつつある子供たちとの川遊びをしている隙に、悪戯好きな1人の男の子が彼女の天幕に《探検》と称して侵入した事があった。
そこに在った彼女の装備の1つである長剣を見つけてしまって……事もあろうに鞘から抜いて天幕で遊んでしまったのだ。
日本食を食べて、一般的な子供の膂力を遥かに凌駕する程の力を兼ね備えていた為、普通なら長剣など、重く大きい為遊ぶ事なんて出来る訳がないが、意図も容易く引き抜き遊びに使ってしまったのだ。
結果、何があったか……。
何も知らずに川遊びを一時中断で戻ってきたシルベストリアと鉢合わせてしまった。
それも本当に偶然、偶々振るった剣が彼女の鼻先、前髪ギリギリの所をかすめてしまう、と言うおまけつき。
そこから先が、もうオモイダシタクナイ地獄の光景。まさしく地獄絵図である(子供感性)。
駐屯地中に響き渡る程の怒声が彼女の天幕から発せられ、凡そ30分後には涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにした男の子が震えながら失禁した状態で家まで送り届けられたのだ。
勿論、叱られた理由はちゃんと解っている。悪い事をしたから叱られたのだ、と言う自覚はしっかりある。
付け加えると、親以外にここまで強く叱ってくれる人は早々いないので、保護者には躾をしてくれた、とまたシルベストリアには感謝をしたりもした。
グリセア村の子供たちは、グレイシオールの加護があったとはいえ、まだまだ未熟な子供なのに分相応な力を得てしまった。なので、どうしたものか……と、子育て論を村中で交わしたり、考えてたりしていた矢先のシルベストリアの大説教なのだから。
それは兎も角として、戦争を知らぬ子供たちにとっては過去最大級のトラウマ。
シルベストリアを……シア姉ちゃんを怒らせるととんでもない事になる!! とそれこそ光の速さで周知されて共有され、良い子にするべきだ、と浸透された事件だったのである。
「なるほど。解りました。告げたりしませんので安心してください」
「……本当?」
「ええ、本当ですよ。約束は守ります」
「ん! 絶対に言わないでよ? 約束っ!」
「はい。約束です」
彼女は優しく微笑むとコルツの持っている棒に目を向けた。
「私で良ければ、剣術を教えて差し上げましょうか?」
「えっ! いいの!?」
「はい。良いですよ。……こう見えて、私もカズキ様と何度か稽古をつけて貰った事が有ります。そう言う意味でも1人でやるより有意義だと思います」
「ええっ!? お姉ちゃんもカズキ様に教えて貰ってるの!? 凄い! よろしくおねがいしますっ!!」
目を輝かせながら彼女を見るコルツ。
またニコリと笑うと手に持った籠を降ろして両手で剣を握った。
「では、基本の形から始めましょうか。私の真似をしてみてください」
剣先を頭上に向けて右腕を引き、胸の前で剣を掲げる様に構えた。
左半身を前にして奈々枝立ち、足を大きく開いて少し膝を下げて腰を落とす。
「いいですか。重心を全体的に下げる意識が重要です。下半身が安定しないと———どうしました?」
何とも言えない表情で見つめてくるコルツに彼女は首を傾げた。
これは仕方がない事だ。
コルツもそれなりに和樹たちの稽古場を見ている。
ここ最近で一番興奮し、目を輝かせながら観ていたのは1対多数の殺陣。
二刀流を駆使して捌き、往なし、打ち込む和樹の姿にコルツは……いや、見ていた他の子供たちは勿論、大人まで引き込まれたと言うモノだ。
そう言った剣術をちょっぴり期待していた部分があったから……落胆具合も大きかった。
「何だか、格好悪いから……」
「なるほど。そう言えばあなたもカズキ様達の打ち合いを見ていたのでしたね。気持ちはよく解ります―――――が、何事も基本、基礎は大切なのですよ? カズキ様の様な剣を教えるのは無理ですが、後で格好良い構え方も教えてあげます。さぁ、構えて」
少しだけ気を取り戻したコルツは同じ様に構えた。
「背筋が曲がってますね。背中に一本棒を通した様な感じ………で…………」
「?? どうしたの?」
コルツに触れたと同時に、彼女が言葉を詰まらせた。
何かあったのか? と振り返るコルツに彼女はニコリと笑みを返す。
「……いえ。そう、手はその位置です。足幅はもっと広げましょうか」
その後は何事も無かった様にスムーズに進行した。
一通りの構えを教え、お待ちかねちょっと格好良い(彼女談)の型も教える。コルツも1人で練習するよりはずっと有意義な時間帯だった。時間を忘れて没頭する事が出来たのだから。
辺りが夕焼け色に染まる頃……彼女は空色を確認すると同時に、剣を鞘に戻す。
「私の知っている型、これで一通り終わりましたね。まぁ、私も他人がやってるのを見て覚えただけなので、これが正しいのかはわかりませんけど」
「ちょっ!? ここまで教えておいてそんなこと言わないでよ!?」
それなりに長い時間、叩き込む勢いだったと言うのに、やり終えた後……後は反復するだけだと思っていた矢先に爆弾を落とされて盛大に抗議をするコルツ。でも、彼女は笑みを崩さない。
「大丈夫ですよ。多分。……そうですね、説得力と言う意味では、カズキ様との稽古を付き合って行けるくらいにはなってますので。それなら安心でしょう? カズキ様の実力、それは貴方も知っている筈ですから」
「うぅ……。まぁ、それなら……」
頑張っていけば、ちょっとでも和樹に近付けるのかもしれない……と思い直したコルツは、訝し気な顔を見せていたが取り合えず表情を元に戻した。反復練習をする為に剣の持ち方、構え方を再びやろうとしたその時、彼女は持っていた籠をコルツに差し出す。
「これは差し上げますね。これだけあれば足りそうですか?」
「え? うん。足りるけど――――って、何で知ってるの?」
コルツが此処に来た理由の1つ。
いや、本来の目的~と言う方が正しい。本人さえも剣に夢中で忘れていたのだが、母親からキノコ・木の実を採ってくるようにと頼まれていたのだ。いつも剣術練習ばかりなので、疎かにしてしまって怒られてしまう、のが定番だが。
「お母さんとお父さんのいう事は聞かないと駄目ですよ。次からはしっかり採集をしてから練習しましょうね」
彼女は何故かコルツ自身の考えている事が解ってた、と言わんばかりに返答するとその頭を優しく撫でて微笑む。
「そろそろ日も落ちます。気を付けて帰るのですよ」
「うん。……明日も教えてくれる?」
「はい。勿論です。いつでもいらっしゃい」
「やった! 絶対だよ?」
1人で独学より、教えてもらう方が断然有意義。
それを改めて認識したコルツは目を輝かせ、飛び上がって喜んだ。
バレッタにはシルベストリアがいる様に自分にも専属で付いてくれた、と言う事実が何よりも嬉しかったのだ。
「約束は守りますよ。ああ、それとその代わりと言っては何ですが、1つ頼み事、良いですか?」
「え? うん」
微笑んでいた彼女の顔が少し……ほんの少しだけ真剣味を帯び始める。
コルツもその機微に気づく事が出来た様で、思わず姿勢を正した。
「次に、和樹様が村に来られたなら、私達がこの森で練習をしている、と伝えておいてもらえませんか?」
「え?? 何で?」
「ひょっとしたら、カズキ様も参加してくれたり、様子を見に来てくれるかもしれませんよ? 貴方にとってもそれは好ましい限りではありませんか?」
確かに、彼女の言う様にコルツにとってはメリットしかない。
和樹の剣を、こんな間近で見られる事なんて早々無いのだから。
「うん。解ったよ!」
だから、声をあげて返事をした。
今日は本当に良い所尽くしだ。……と、機嫌よく帰ろうとしたその時。最も重要な事を忘れていた事に気付く。
「あ、そうだ。お姉ちゃんの名前――――あれ?」
和樹に教えようにも、彼女の名前を知らないのであればどう伝えて良いのか解らない。
名前を告げた方が和樹にとっても良いだろう、と思って聞こうとしたのだが……、そこには誰も居なかった。夕焼け色に染まる森が広がるばかり。動物の鳴き声、木々の騒めき……それらだけが木霊する。
「え、嘘……」
時間的にも、視界の範囲的にも、あの一瞬で移動するなんて無理な話だ。それなりに死角がある森の中とは言え、人一人隠れるのだって限界がある。と言うか、隠れる意味もよく解らない。
「え、あれ? ひょっとしてあの人も神様だったり……? カズラ様、カズキ様に続いて3人目? 一体何人の神様がいるんだろ」
消えてしまった事に恐怖を覚えたが、よくよく考えたらここはグリセア村にあるグレイシオールの森。一良や和樹が消えているのを何度も目撃しているから別に今に始まった事じゃない、とコルツは落ち着きを取り戻していた。
「剣を教えてくれたし、ひょっとしたらあの人はオルマシオール様なのかな……? だったらやっぱり戦争……始まっちゃうのかな」
オルマシオールは戦いの神。
仮に彼女がそうであったとしたら、この世に顕現した理由を考えたら……どうしてもかの戦争くらいしか無い。
神様だからこそ、色々と知っている事も納得できる。
「あれ? じゃあ、何でオレにカズキ様の事頼んだりしたんだろ?」
和樹をここに連れてくる様に、と促した理由がイマイチ解らない。
神様同士なら直ぐにやり取りできるのでは? わざわざ人間の、それも子供をお使いに使う理由は?
色々と考えて考えて――――答えは出なかった。
「カズキ様は、メルエム様だし……ひょっとして、カズキ様の方が偉い? でも、カズラ様はグレイシオール様で、同じだ~友達だ~って言ってたし………、どうなんだろう?」
コルツはその後も、あーでもない、こーでもない、と考える。
「あ……、そう言えばさっきのお姉ちゃん。カズキ様の事ばっかりでカズラ様の事全然いってなかった……」
妙な三角関係? 幼いながらも色恋沙汰事情はそれなりに察する事が出来る! と自負しているコルツ。
なので、結論の1つとして導き出したのは……。
「お姉ちゃん、カズキ様にはリーゼ様がいるって知らないのかな?」
和樹とリーゼが良い仲になりつつあるのは、周知の事実となり始めている。何処から広がったのかまでは解らないが……兎に角、リーゼと和樹が一緒に居る時の笑顔がいつもの何倍も輝いて見えてる様な感じがして、雰囲気で悟った、と言う話も多かったらしい。
「次あった時、ちゃんと教えてあげないとだね」
コルツはそう言うと家に向かって走っていった。
コルツの行動の結果………これから先、様々なバトルが勃発するとも知らないで………