オーバーロード 我ら来たれり 作:tk.
何事にも、終わりの時はやってくる。
二一二六年に満を持して発売され、十年以上もの間人々に楽しまれてきたDMMORPG『ユグドラシル』も、時の流れと共に離れていく人々を留めることは出来なかった。
ユグドラシルのサービス最終日。
古参プレイヤーである俺もまた、自らが作り上げたギルド『ペリシティリウム』の拠点にある玉座の間で一人、ユグドラシルでの出来事を思い感慨に耽っていた。
かつての仲間たちはもういない。
しかし、俺にとってユグドラシルで仲間と共に過ごしてきた日々は、決して色褪せることは無い。なぜなら、荒廃した現実世界では体験できなかっただろう数々の冒険ができ、現実では築けなかったであろう友好関係を築くことができたのだから。彼らが引退したからといって、そこに感謝はあれど恨みつらみは一切なかった。
「……ないんだけど、ひとりはやっぱり寂しいなあ……」
……今になってこんな事ばかりを思う。この終わりゆく世界に、未練なんてなかったはずなのに。
俺はかつての日々に思いを馳せて、白昼夢であろうそれに手を伸ばしていった。
ユグドラシル黎明期に、ファイナルファンタジーシリーズのオタク仲間を集ってギルドを立ち上げたのが、俺の『ユグドラシル』での原点だ。その後プレイヤー人口が増えたことで、相対的にギルドへの参加を望む人達も急増したが、俺たちはプレイヤーの種族に関係なく彼らを受け入れた。
自分の好きな物を語れる相手がいるだけで、救われる人がいる。そんな当たり前のことを、この時すでに俺たちは、ユグドラシルという仮想世界を通じて身をもって知っていた。
仲間と共に初めて
所属するプレイヤーが増えすぎたせいで、各ナンバリングタイトルのファンごとに派閥ができてギルドが分裂した、なんて事も起きた。この時は、改めてファイナルファンタジーという作品がどれだけゲームプレイヤーから愛されているかを思い知らされた。
ギルドを共に立ち上げた初期のメンバー間の仲はよかったこともあり、今ではいい思い出だ。
プレイヤーの人口が減少していく中開催された過去の名作ゲームとのコラボイベントで、ファイナルファンタジーシリーズの名前があり仲間と狂喜乱舞したことは、今でも昨日の事のように思い出せる。
イベントを張り切りすぎて毎日十時間以上ログインし、三徹した挙句にイベント期間限定の
渡された拠点はコラボイベントのラストダンジョンでもあったことから、毎日のように上の下以上の実力を持つプレイヤーが徒党を組んで挑みにやってくるのだ。こちらもある程度の実力は備えていたのだが、その姿はとても恐ろしいものだった。
その時はプレイヤー自体がユグドラシル全盛期に比べて少なかったこと。そしてワールドアイテムの効果もあって、なんとか全員を返り討ちに出来たのだが……。
コラボ期間が終わった後も、そのイベントダンジョン『万魔殿』をギルド拠点として使える旨を運営から知らされた時は、初めて運営に感謝したな。
しかし、本当に大変だったのはここからだった。
コラボが終わってからというもの、ワールドアイテムにあったコラボ期間限定のボーナス効果がなくなった俺へ、今までの鬱憤を晴らすかのように最上位プレイヤーが幾度となく襲い掛かって来たのだ。
俺もカンストプレイヤーであるとはいえ、どちらかと言えばガチ勢ではなくロールプレイ重視の人間種プレイヤー一人に、種族関係なく大勢の人が多対一でPKを行うとは思わなかった。
デスペナルティが積み重なり、より倒されやすくなっていく中で見たプレイヤーの欲望や執念。仮想世界では彼らの表情などは分からないはずなのに、ひしひしと伝わってくるおぞましいまでの負の感情。そして溢れてやまないその悪意は、今でも恐ろしいトラウマとして心に刻まれている。
この時には既に、運営への感謝の気持ちなどは無くなっていた。
そんなこんなで心が荒んでいた数年ほど前、かのDQNギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスターであるモモンガさんと偶然会った時は驚いた。
俺が人間種かつそこそこ有名人だったこともあり、出会った時は当然のごとく一悶着あった。しかしいざ話してみると、DQNギルドの長とは思えないほどの常識人でさらに驚いてしまった。その場では互いにフレンド登録を行うにとどまったのだが、その後は何度もパーティを組む程度には仲を深めている。
後で聞いた話なのだが、仲間のほとんどが引退していた事とギルドの悪名のせいで拠点維持の金策に苦労していたらしく、俺と会ったのは渡りに船だったという。俺もギルドメンバーが引退してからは寂しい思いをしてきた。フレンドになれたのは共感できる部分もあったからだと思う。
……そういえばモモンガさんは、最終日の今日にかつての仲間たちを誘ってみると言っていたな。無事に会えたのだろうか。
俺も今朝、久しぶりに前ギルドの初期メンバーと集まって話をすることができた。全員とは会えなかったが、やはりみんながこのユグドラシルに思い入れがあるらしく、俺も含めて何人も感極まって泣きそうになった。このゲームがなければ今いるメンバーと会うこともなかったと思うと、どうしてもな。
照れ隠しなのかこれで最後だからか、みんなでPvPにまでなって……楽しかった。
最終日だからかワールドアイテムの期間限定時の効果等も解放されていて、午前中はいろんなプレイヤーとPKをした(された)のだが、今はもう落ち着いている。デスペナルティ等の制限もなくなったことから、このギルド拠点に攻め込んでくるプレイヤーもいるかとも思ったが、流石にそこまでする人はいなかった。俺としては少し残念だが、仕方ないか。
時刻は既に二十三時を過ぎ、二十四時まであと少し。
──最後くらいは作成したNPCを見て回るかな。
そう思い至った俺は、玉座の間である『聖なる領域』から『降神殿』と呼ばれる渡り廊下に出る。その突き当たりにある移動用魔法陣で転移して、踊り場から続く『再生の螺旋』という名の階段を降りていった。
イベントダンジョン『万魔殿』。
かつてファイナルファンタジーシリーズとのコラボが開催された中でも、特に話題を集めた物の一つがこのダンジョンだ。
期間限定ワールドの一つである『オリエンス』。
ファイナルファンタジー零式の世界が忠実に再現されたそこを攻略していくと辿り着く万魔殿では、最終局面でとある選択を迫られる。
──「人のまま先に進む」か「ルシになり
『ルシ』とは、大いなる力の源であるクリスタルに選ばれ、特別な使命と力を授かった存在だ。ルシの外見は一般人と大差はない。しかし彼らには寿命がなく、戦闘などで致命傷を受ける以外の要因で死ぬことはない。そして、ルシに選ばれた者は人間としての意思や感情は次第に消え、クリスタルにのみ忠誠を誓うようになっていくのだ。
上記の選択肢の前者を選べば、進んだ先にあるダンジョンの最奥でイベントボス『ルルサスのルシたる審判者』との戦いになり、勝利後にエンディングムービーが流れるというごく普通のものに。
しかし後者を選んだ場合、無限湧きする凶悪なエネミーがレベル上限を解放された状態で出現し、倒す度に出現時のレベルが上がっていくという極悪な難易度になるのだ。そしてこれらは自身が死亡するまで終わることはない。これは所謂BADENDルートなので、デスペナルティや所持品の紛失等がなかった事はせめてもの救いだろう。
この事実が発覚した時プレイヤーの間では、原作再現率の高さを賞賛する者とエネミーの見た目・強さからトラウマを負う者とで意見が別れ、「2ちゃんねる」のスレッドは瞬く間にお祭り騒ぎとなった。
ちなみにこのルート(通称『陰の章』)を選ぶと、プレイヤーは『ルシ化』と呼ばれる特殊な状態になる。この状態の時は魔力が毎秒八ポイントのペースで回復するようになるほか、与えるダメージが三十六倍、受けるダメージが三十二分の一になるというとてつもないバフが常時付与される。
しかしながら陰の章では、最終的に相手のレベルが二百をゆうに超えるため、上記のバフもレベル差補正でねじ伏せられてしまう。
そしてこれらを従えてラストダンジョンをギルド拠点としたプレイヤーの出現により、オリエンスを攻略していた人々は阿鼻叫喚の様相を呈したのだ。
そんな当時のことを思い返しながら、俺は広間である『滅尽の間』に辿り着いた。
先程まで俺がいた聖なる領域は、元々は通常ルートで戦う『
滅尽の間から四方に伸びる通路の先には、それぞれ転移門が存在する。
転移した先には『朱雀』『蒼龍』『白虎』『玄武』と呼ばれる各国家勢力を再現したエリアが広がっており、エリアの奥には各国が持つとされる
──朱雀ルシ・シュユ。
魔力を炎として自在に操り空を駆ける、朱雀の大いなる翼。
──蒼龍ルシ・ホシヒメ。
その身を龍に変えて蒼龍の敵を討つ、護国の将。
──白虎ルシ・ニンブス。
光の武器化を行い使命を果たす、忠実なクリスタルの使徒。
──玄武ルシ・ギルガメッシュ。
亜空間の生成と武器の格納・射出を用いる、戦士達の王。
……この場にはいないNPCも含めて、ギルドを去ったメンバーと共に限界まで原作に沿ったキャラクターとして生み出した、仲間たちとの絆そのものが彼らだ。見た目から装備品、その強さまで原作を忠実に再現するために、仕事のボーナスをもつぎ込んでいるルシたちNPCの完成度は折り紙付きだと自負している。
仲間たちはこのギルド、ひいてはユグドラシルから立ち去ったが、彼らは変わらずここにいてくれる。どんな時も、どんな事があろうとも、ギルドと俺たちを守るために、身を粉にして戦ってくれた。
彼ら一人一人に、意味は無いと分かっていながらも、俺は声をかけずにはいられなかった。
「──最期まで、この地を護ってくれてありがとう」
作成した全てのNPCの下を訪れた後、俺が聖なる領域に戻ってきた時には、時刻は二十三時五十分となっていた。
「……モモンガさんにも挨拶をしておきたかったな」
しかしながら、サーバーの停止時刻は二十四時。ミズガルズにあるこの万魔殿からヘルヘイムにあるナザリック地下大墳墓まで向かうには、今からでは到底間に合わない。挨拶の為だけに連絡しても、モモンガさんにとって迷惑にしかならないだろう。
友人への感謝を伝えられない事に思い悩んでいると、ふと正面に一人のNPCが佇んでるのが見えた。ギルド拠点の玉座の間であるこのエリアに配置されている者は一人しかいない。
──審判者ミューリア。
イベントボスと同じ役割を担い、俺の従者という設定を持たせて自ら作成した、このギルド最後の砦だ。
全てのNPCの下へ訪れたと思っていたが、彼女の存在をすっかり失念していた。同じ空間にいながら認識していなかったとは……。これでは彼女にも、引退したとはいえギルドメンバーのみんなにも申し訳が立たない。
気づけば俺は、彼女に感謝とともに謝罪の言葉を口にしていた。
……さて。
ユグドラシルが終わるまで、残り時間は一分を切った。
理想の世界は崩れ去り、地獄のような現実が待っているだろう。
……寂しい。悲しい。いつまでもこの世界に居続けたい。
そんな思いから、俺は感傷に浸るために目をつむる。
そして、終わりの時がやってきた。
──三。
──二。
──一。
──……。
「……ん?」
目を開けると、そこは見慣れた自分の部屋──ではなく、ギルド拠点内の聖なる領域。
思わず時計を確認するも、二十四時を過ぎている。
「サーバーダウン時の不具合か?」
最後までそれらしいユグドラシル運営に呆れながらも、情報を得るために通話回線をオンにしようとして、その異変に気づいた。
コンソールが開けない。
それどころか、システムコマンドやGMコール、強制終了の入力さえも行うことが出来ない。
最初は狼狽えていた俺だったが、他の手段を試そうとも全く反応が無いことから次第に途方に暮れていった。何が起きているのかさっぱり分からなかった。
「いかがなさいましたか、ガーラ様?」
と、初めて聞く女性の声。
戸惑いながらも声を発した人物へと振り向くと、NPCであるはずの『審判者ミューリア』がこちらへと歩み寄り、優雅な一礼をしてみせた。