オーバーロード 我ら来たれり 作:tk.
突然の出来事に、思考が停止する。
……NPCが、言葉を発している?
それだけではない。
命令を下していないにも関わらず、ひとりでにNPCが動いている。AIプログラムでも組み込まれていたのだろうか。
確認の為に、俺は慌てながらも、それを悟られないような上位者としての立ち振る舞いを行って会話をすることにした。
《──クリスタルに、異変を感じる……》
「!! まさか、そんな筈は……」
《──おそらく、この世界に何らかの異常が起きているだろう》
「……それが真ならば、すぐにでもルシに調査を命じます」
……会話が成立している。
流石にこれは異常だ。AIは言葉を発することは出来ても、言葉の意味を理解し会話内容を予測して話すことなどは出来ないからだ。
そこまで考えたところで、あることに気づく。
口元が、表情が動いている……?
本来、外装の表情は固定されているはずなのに。様々な表情をころころと顔に出すその様はまるで生命が宿ったようにも見えた。
試しに彼女へ近づき、頬に触れる。
「!?」
彼女が驚愕したように眉を上げるが、緊急事態のためその動きを確認するに留める。
感触がある。体温を感じられる。そして何より、女性に触れているにも関わらず運営からの警告がない。
これではまるで、ゲームの中に取り残されたかのような──。
そんな不安が胸に去来する。
しかし、いくらあの運営とはいえ、法律を無視するほどのことはしない筈だ。五感の再現すら国によって厳しく取り締められているのに、ゲームプレイヤーを電子世界に閉じ込めるなんて事件が起きたら、瞬く間に会社が立ち行かなくなるからだ。
だがユグドラシルの運営なら、サービス終了時にゲームに閉じ込められるというバグや不具合が起きることも考えられるのが恐ろしい。
この状況を考えれば考えるほど、胸にある不安や焦燥感が大きくなっていった。
……この考え方は危うい。もっと冷静に、不測の事態だからこそ前向きな気持ちで物事に臨まなければ。ファイナルファンタジー零式でも言っていたはずだ。「今考えなければならないのは、『どうしてこうなったか』ではなく『これからどうするか』だ」と。そして「前向きにな気持ちになれば、前向きな考えや案が出てくる」と。
……よし。
俺が今するべき事は、「ギルド拠点周辺の調査」と「同じ状況に陥っているプレイヤーの捜索」だろう。
まず一つ目について。
先ほどのやり取りで、生き物としての五感が反映されているのが確認できた。ということは即ち痛覚も備わっているということだ。そして体温があるのは血が通っているということ。
これらの事から、もし今後俺たちの身に何か──怪我や病気などがあれば、命の危険が伴う可能性も当然のごとくついてまわる。ゲームのように、魔法やアイテムで即時の回復・蘇生ができるかもしれないが、前向きな考えと楽観的な考えは違うのだ。慎重に行動して保険をかけることに損は無い。
上記のことはあくまで可能性に過ぎないが、だからこそ、ギルド拠点周辺の調査を行い身の安全を確保しなければならないだろう。万が一──考えたくはないが、この世界で一生を終えることも有り得る以上、身の危険は避けるに越したことはない。
そして二つ目。
そもそも、この状況に陥っているプレイヤーが俺だけ、というのは考えづらい。ゲーム内の不具合であれば尚更だ。同じ状況に陥っているからこそ、協力して物事に臨むべきだろう。
先も述べたが、この異常事態では命を落とすことも十分に有り得る。異形種であろうモモンガさんの友人は「誰かが困っていたら助けるのは当たり前」と言っていたというが……。異形種どころか俺は人間種であり、「人類を見守る役割を持つ」という設定の
見ず知らずの人を助けられるほどお人好しではないが、せめて自分に悪感情を持っていないプレイヤーとだけでも協力したい。
何より、この異変にモモンガさんも巻き込まれている可能性があるんだ。
アインズ・ウール・ゴウンという強大なギルドを持つ彼には余計なお世話かもしれない。しかし、いちプレイヤーとして、何より俺の数少ない友人として、彼と協力してこの事態に臨みたい気持ちが強くある。
そうと決まれば、早速NPCに万魔殿の防衛と周辺の調査を行わせようか。
彼らが意思をもって反乱を起こす可能性も否定出来ないが、叛意のない(と思われる)ミューリアという例もある。一旦は彼女を信頼することにしよう。身の安全の為にも彼女がいるここから離れることは控えたい。
これはNPCがギルド拠点の外に出られるのかという確認も含まれており、万が一拠点周辺に身の危険が迫っていた時には、NPCならば命を落としても蘇生時のデメリットが少ないという打算的な考えもある。蘇生可否の確認で自らの命を使う勇気は流石にないからな。
《──ミューリアよ、我は命じる。朱雀・白虎には万魔殿の防衛を、蒼龍・玄武には周囲一帯の調査と防衛線の構築を》
「かしこまりました。すぐにクリスタルを通して各国に命じます」
そう命じると、彼女は恭しく礼をしてからクリスタルへと命令を飛ばしはじめる。
……ふむ。
先ほどのミューリアの発言でも思ったが、ギルドの上下関係は俺──ギルドメンバーを頂点としたピラミッド型になっているみたいだな。
おそらくNPCの関係は上から順に、ミューリア(+クリスタル)、各国のルシ、各国の主要人物、各国兵士たち、召喚・使役されるモンスター等、そしてPOPするモンスターといったところだろう。
そして彼女が疑問を持たずに調査を命じたからには、NPCもギルド拠点の内外を問わずに自らの意思で行動出来るという前提があるはずだ。もしかすると、彼らはゲーム内での記憶を持っているのかもしれない。
これならば、俺が懸念していたNPCの離反や謀反が起こる可能性は低いと見ていい。安心は出来ないが、とりあえずは信用に値するはずだ。
ひとまずこの場はミューリアに任せよう。
俺は身の安全を確保する為に、聖なる領域のさらに奥に広がる闇、即ち最奥の間『深淵に至る闇』へと歩を進めた。
アゼルリシア山脈。
リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国を東西に分断するように連なるこの山では、古くから
普段ならば生い茂る木々のざわめきと小鳥のさえずり、小動物や魔物達の喧騒で満たされていただろう。
しかし現在この山脈では、物々しい雰囲気を漂わせた屈強な騎士達が周囲の木を切り倒しながら陣営を築いていた。
上空は編隊を組んだ
そして陣地の中央では、この集団の長と見られる二人の人物が騎士たちと言葉を交わしていた。
一人は青白い薄絹でできた民族衣装を身に纏う小柄な女性。水色の短い髪と陶器のように白い肌という涼しげな容貌、そして見た目に似合わぬ竜のように強い眼光を持つ彼女は、甲冑を身に着けた兵士と言葉を交わしている。
もう一人は銅色の鎧に身を包み玉座に座っている、身の丈二メートルを超えているであろう屈強な男。傍らには彼の巨躯を上回る大剣が地面に突き刺さっており、その使い手の膂力を物語っていた。
彼らこそが、ギルド『ペリシティリウム』が擁するNPC、蒼龍ルシ・ホシヒメと玄武ルシ・ギルガメッシュである。
ミューリアに万魔殿周辺の調査と防衛線の構築を命じられた二人は、それぞれが擁する軍を率いてこの地に降り立った。
ホシヒメが率いる蒼龍軍が周囲の調査と制空権の確保を行い、ギルガメッシュが従える玄武騎士が、蒼龍軍が使役するモンスターと共に地上の防衛線と陣営の構築を進めている。
蒼龍クリスタルからの恩恵で、蒼龍に属する者はみなモンスターや竜種を操ることができるのだ。広域の調査や防衛線を敷くには兵の数が物を言う。今回の命令に彼らの力はうってつけと言えよう。玄武軍は言わば、一人ひとりの強さが心許ない蒼龍軍兵士の護衛のようなものだ。
本陣で報告を待つギルガメッシュの元に、鉄の鎧を纏った騎士が駆け寄ってきた。その屈強な肉体は、玄武に属する騎士のものだろう。
「王様! 設営作業が終わりやした!」
「そうか、よくやった。……これでようやく本格的な調査ができるな、
ギルガメッシュが騎士に労いの言葉をかけると、傍らに佇むホシヒメにそう話を振った。
「うむ。ここは私たちの知る世界とは些か勝手が違うようだ。慎重にことを進める必要があるやもしれぬ」
「ふん、そう固く考えなくてもよかろう。いざとなれば余が打って出るのだからな」
「そうか……ふふ。かの玄武王の助力があるのならば心強い」
ホシヒメは呟くと、傍に控える蒼龍兵へ指示を出す。
「トノギリよ。お前はこれよりサンザシと合流し、この山脈一帯の調査を続行せよ」
「はっ!」
トノギリと呼ばれた若き兵士が踵を返しその場を去ってゆく中、ギルガメッシュも配下の騎士達に命令を下した。
「聞いたな? お前たちは蒼龍軍と共に本格的な防衛線を構築しろ。ついでに奴らの調査も手伝ってやれ」
「了解しやした!」
瞬く間に陣営内が喧騒で満たされる。
遠ざかっていく騎士たちの物音を聞きながら、ホシヒメは自らの息子であるトノギリの無事を心の中で祈った。
万魔殿内部にある滅尽の間。そこから四方に伸びる通路の先には『滅尽の門』という名の転移門がある。門はそれぞれの勢力のシンボルが描かれており、ここを潜ると各クリスタルが安置されているエリアへと移動できる。
勢力の一つである朱雀のシンボルが描かれた門の先にあり、広く拡張されたエリアの奥地にあるのは、地下霊廟と呼ばれる場所だ。
その場に浮かび紅く輝く朱雀クリスタルの傍に控えるのは、朱雀のルシであるシュユとセツナ。彼らは今、ミューリアからの命を受けて、本来はシュユ一人であるはずのクリスタルの守護者の役を二人で担っている。
クリスタルの異変。
それはクリスタルに仕えるルシにとって、あらゆる物事をおいて優先すべき事態だ。普段はシュユの前にすら滅多に姿を見せないセツナがこの場にいることからも、この異変がどれだけ異常なことかが分かる。
「セツナ? 久しいな、幾年ぶりか」
シュユが驚いたようにセツナに語りかけた。彼にとっても彼女が姿を見せたのは予想外のようで、感情──心を亡くしたはずの彼の表情が僅かに動く。
「刻々と時が来た……」
セツナがそう言の葉を語る。
それに対し、シュユは意図を図りかねて疑問の声を上げた。
「何の──」
「行く末さ」
彼女は世界に現存する最古のルシだ。
寿命という生き物の枷から解放され悠久の時を生きているため、世俗を超越した神秘的な風貌、雰囲気を持っている。
故にその言葉遣いは古めかしく難解。同じ朱雀のルシであるシュユでさえも、全てを理解している訳ではないようだ。
「そうか……。だが、我はルシだ。
「ああ、それも良い」
彼の返答に、セツナは賛同するかのように呟く。
人の身を超えたるルシは、その思考さえ世俗とはかけ離れている。彼らの言動は常人には到底理解できないだろう。
交わす言葉は多くはないが、彼らの間では既に結論が出たようだ。
この会話を最後に二人が言の葉を紡ぐことはなく、クリスタルに寄り添うようにその場に佇んでいた。