オーバーロード 我ら来たれり 作:tk.
ギルド『ペリシティリウム』のNPCがこの地に降り立ってから数刻。彼らがアゼルリシア山脈の調査を進める内に、この地の様々な事が判明した。
まず、この山々は南北に連なっており、北側の山は極寒の地かつ海に隣接していること。そして南側の山の
そして一つ、特筆すべき点があった。
それは、山に生息しているモンスターのレベルが軒並み低いという事だ。
前線に配備している蒼龍軍のモンスターは主にレベル二十から四十ほどなのだが、調査中にそれらがこの地のモンスターと遭遇する回数はかなり少ない。稀に遭遇した際には、脱兎のごとく逃げ出すかその場に縮こまるかのどちらかなのだ。
おそらく、この山の生き物は殆どがレベル二十未満であり、高くともレベル四十には届かないのだろう。
調査の目的は、ペリシティリウムの脅威になりうるものに備えることだ。しかしこれでは脅威どころか戦いにもならない。
ユグドラシルの戦闘での勝率はレベルにより大きく左右される。レベル差が一つあるだけでも勝率が十パーセントは下がり、十レベル以上開きがあれば勝てる確率は無いと言われるほどだ。
このことから、アゼルリシア山脈で蒼龍・玄武両軍に打ち勝てる者は存在しないとホシヒメやギルガメッシュは判断していた。
そんなこんなで山脈での調査も一段落つき、休息をとっていたホシヒメたちの下に、不意に一体の飛竜が近づいてきた。竜が彼女の周りに止まると、その背から若い兵士が降りてくる。彼は空から周囲の哨戒を行っていた、蒼龍軍に所属する竜騎士の一人だ。
地面に降り立った彼は、何やら焦ったように小走りでホシヒメへと駆け寄り、その場で跪いた。
「ホシヒメ様。報告がございます」
「サンザシか、何事だ」
「はっ。遠方から大型の竜種と見られる飛行生物が複数、こちらへと迫って来ています。いかがなさいましょう」
「な、竜種だと……!?」
サンザシと呼ばれた竜騎士からもたらされた一つの情報。それは、この世界で初めて彼らの脅威となりうるものだった。
この異邦の地にやって来てしばらく。
支配者然とした言動がようやく身についてきた頃に、ミューリアを通じて調査と防衛を命じていたルシから連絡があった。
「ガーラ様。地上の調査を行っていたホシヒメから報告があります」
《──そうか。首尾はどうだ?》
「防衛線の構築は完了し、調査も滞りなく進んでいるとのことです。しかし、どうやら山脈に棲息している知的生命体と接触があったようで、対応についての指示を求めています」
ふむふむ、現地の生き物か。
俺たちが持つこの世界の知識は未だに乏しい。情報を得るためにも、接触してきた相手とは平和的にことを進めたいな。
となると……まずは対話か? いや、先に種族の確認をした方がいいだろう。
《──ほう、それは僥倖というものだ。種族は分かっているのか?》
「ドラゴンと見られる大型の飛行種が複数、との事です」
《──ふむ》
珍しいな。ドラゴンが群れで棲息しているのか。
竜種というのは、基本的には親兄弟であっても縄張りを巡って争い合うものだが……。この世界ではこれが普通なのだろうか。これらの情報も欲しいところだが、ドラゴンというのは得てして傲慢なもの。交渉するのは難しいかもしれない。
相手の強さも分からない状態で敵対することは避けたい。ここは平和的に解決するのが最善か……?
《──今後も含めて、現地の生き物とはできるだけ穏便に交渉を進めろと伝えろ。不測の事態が起きた場合は現場の二人の判断に任せる》
「はい。ではそのように」
俺がミューリアにそう告げると、彼女はホシヒメとギルガメッシュに念話で指示を飛ばす。
この地に来た直後よりかは彼女と打ち解けたように話すことができている気がするが、口調については未だに手探りの状態だ。支配者のように話すか、ルシのように古風な語り口にするか。ミューリアは気にしていないようだが、今後ルシや現地の人々と話す時がきた場合はどうするべきだろうか……。
ちなみに、クリスタルとルシはその恩恵により繋がりを持っているため、テレパシーで常にやり取りを行う事ができるという。彼女が念話を繋げられたのはその応用だろう。
ゲーム内で行えたことや
……さて、この地のドラゴンの強さはいかほどだろうか。楽しみだ。
「穏便に」という指示こそ出したものの、俺はこれから起こるであろう戦いの予感をひしひしと感じ取っていた。
ミューリアからの指示を受けた蒼龍・玄武両陣営のうち、蒼龍軍はドラゴンの群れの襲来に備えて慌ただしく動いていた。
ドラゴンは地上における最強の生物だ。
もしも運悪く戦闘になった場合、こちらの被害は計り知れないものとなるだろう。
ルシであるホシヒメも、自らが知る世界とは勝手が違うこの地での戦闘は避けたいと思っていたようで、空を見つめるその表情は硬い。ルシとなる以前に竜騎士として鍛えられたその凄まじい視力は、数キロメートルは離れているであろう空中にて佇む白き竜達の姿をはっきりと捉えていた。
「竜種の群れからの返答は?」
「それが……」
傍らに控えるサンザシが苦々しい表情を見せる。
「あまり、いい報告は聞けなさそうですね」
彼がその問いに答える前に、竜種の群れの中でも一際存在感を放つドラゴンが咆哮を上げた。
「ここを誰の縄張りと知っての狼藉か! 我は
げに恐ろしく吠え立てるオラサーダルクと名乗った竜は、その全身で怒りを
「下等種族如きが……誇り高き竜種である我に交渉だと!? 無礼者めが……!! 我が一族の力の前に果てるがいい!!」
オラサーダルクの怒号を合図に、ドラゴンの群れがヨクリュウの部隊に襲い掛かった。
ヨクリュウも負けじとオラサーダルク達に突貫するが、正面へ群がれば彼らが持つ強靭な
「……ホシヒメ様、このままでは我が軍が……」
蒼龍軍が操るモンスター達が羽虫の如く蹴散らされていく様を見て、ホシヒメの配下の者達に動揺が広がる。ホシヒメは彼らに「狼狽えるな」と一喝すると、暫しの間逡巡する様子を見せ、兵士たちに命令を下した。
「サンザシ。お前はこの区域にいる部隊を率いて、我が軍の第二防衛線まで後退せよ」
「なっ!? ですが、それではあの白き竜どもに制空権を奪われてしまいます!」
ホシヒメはなおも動揺する兵士たちに「安心せよ」と声を掛け、自らの使役する竜を呼び寄せる為に空に向けて叫んだ。
「
その竜の言葉に従い、上空を旋回していた竜が舞い降り彼女の傍らに止まった。背に五人は乗れそうなほど大きな飛竜だ。流石は蒼龍軍の将校といったところだろう。
「ホシヒメ様……」
その言動の意図を悟ったのか、先ほどとは異なる声色のざわめきが周囲に広がる中、彼女はそれらをあえて無視して力強く声を上げた。
「これより出撃する!」
ホシヒメが竜の背に乗り込むと、彼女を乗せた飛竜が力強く飛び上がり、白き竜達の下へと向かっていく。
「……ご武運を」
サンザシは自らの上官であるホシヒメの背を追うように見上げてそう呟くと、軍を指揮する為に傍らの竜に飛び乗った。
オラサーダルクの下へと向かうため、風を切りながら空を駆ける飛竜。ホシヒメは高速で飛行する飛竜の背にしがみつき前方を見据えるが、ヨクリュウの部隊は既にほとんどがやられてしまっている。ふと白き竜へ意識を向けると、何やら満足気にこちらに視線を投げていた。
しかし彼女は狼狽えること無く体制を整え、飛竜に二言三言囁いた後にその場で立ち上がる。
「
覚悟を決めたかのようにそう口上を述べた後、彼女は急停止する飛竜の背から飛び出した。
「なに?」
ホシヒメの自棄とも見えるその行動に訝しむ声を上げたオラサーダルクだが、その後に起きた光景に瞠目せざるを得なかった。
空中へと身を投げたホシヒメの瞳が蒼く光る。彼女の右胸には、ルシの力を行使した際に現れる紋章が悠然と輝いていた。
重力に引かれて落下してゆくホシヒメの周りには蒼き陽炎が揺蕩い、やがて身体を光が包み込む。──瞬間、その身は異形へと姿を変えた。眩いほどの光が収まると、そこにいたのは蛇を連想させるように滑らかに空を泳ぐ三つ首の巨大な龍。その巨躯は重量感のある形状をしており、軌跡を残しながら紅く発光する三つの双眼がオラサーダルクを睨みつけていた。
「ドラゴンだと……!?」
驚愕したオラサーダルクが思わずそう零すが、それは無理もないことだ。人にしか見えぬ小さき者が巨大な龍へと変身するなど誰が予想できようか。
「烈火!」
ホシヒメが指示を出すかのようにそう叫ぶと、右側の頭が無数の火球を吐き出した。
扇状に放たれたそれは周囲一帯を瞬く間に覆い尽くす。そしてオラサーダルクの持つ透き通るような白い鱗に次々と着弾し、けたたましい音と共に爆ぜた。彼の絶叫が山脈全体に響き渡るが、なおも火球は止むことなく降り注ぐ。
やがて轟音が収まると、オラサーダルクは事切れたかのようにゆっくりとその場から崩れ落ちた。
「殺し、殺される……分かっていた事だろう」
遥か下の地上まで落ちていく白き竜王
彼の一族の竜達は、遠巻きにその光景を呆然と眺めているしかなかった。