オーバーロード 我ら来たれり 作:tk.
滅尽の門の一つ、蒼龍のシンボルが描かれた転移門の先にある王宮。アゼルリシア山脈から帰還したホシヒメは、その屋上で静かに寛ぐ巨獣を見据えていた。
山を切り拓き、剥き出しとなった岩肌に寄り添うように建てられたこの王宮の屋上は、自然石を組んで造られたと思しき巨大な舞台がある。そしてそこに寝そべっているのは、このエリアを覆い尽くせるほどに雄大な竜。蒼く輝く胴体と羽毛に覆われた翼を持ち、体長は一キロメートルを大きく上回るユグドラシル最大の生物。彼こそが、蒼龍ルシ・ソウリュウだ。
世界で唯一モンスターでありながらルシとなった者。クリスタルと同じ名を冠する偉大な竜を前に、ホシヒメは畏敬の念を抱きながら呟いた。
「ソウリュウよ、この地の護りは私に任せろ。お前はアゼルリシア山脈の支配者としてフェオ・ベルカナへ向かってくれ」
アゼルリシア山脈の奥地にそびえる『フェオ・ベルカナ』は、かつて
先日の会戦でオラサーダルクが敗れたことで、彼の一族の竜達は即座に蒼龍軍へ従属することを決めた。
様々なモンスターがしのぎを削るこの地では力こそが全てなのだ。ましてやホシヒメは生態系の頂点に立つドラゴンの長を一方的に屠ってみせた。彼女に敵う者はこの大陸を探してもそういないだろう。
ホシヒメからの言葉を聞いたソウリュウは、その穢れなき瞳を彼女と暫し合わせた後ゆっくりとその場から飛び上がり、万魔殿の外観部に繋がる特製の転移門へ向かった。
悠然と立ち去るその後ろ姿を見遣るホシヒメの表情は、彼に代わりこの王宮、ひいては蒼龍クリスタルを命に替えても守護するのだという決意に満ち溢れていた。
「──ホシヒメからの報告は以上となります」
《──うむ、宜しい》
どうやら彼女らは滞りなく調査を終えたらしい。
今回の調査では万魔殿の下に広がる山脈の情報しか得られないと想定していたが、そこに住むドラゴンや亜人はある程度の知識は持っていたようだ。おかげで俺が当初に知り得たかったこの世界についての情報はおおよそ知ることが出来た。
まず、やはりと言うべきか、この世界がゲーム──ユグドラシルである可能性はかなり低いという事。
そもそもアゼルリシア山脈などという山はユグドラシルには存在しない。仮に未踏破領域に同じ名前の山脈があったとしても、この大きさではプレイヤーに発見されていないという方がおかしいのだ。
そして、俺たちが使う言語と亜人たちが使う言語は違うらしい。言葉は通じるが、口の動きと聞こえる声が違うというのだ。文字も俺たちが知るものとは異なり、手紙や本を読むには翻訳アイテムが必須になるとの事だ。俺自身は安全のためこの万魔殿から一度も出ていないのだが、今後外へ出る際にはこのことを留意しておこう。
それから、この世界の生き物はユグドラシルに比べて格段に弱く、その中でも人間種はとりわけ貧弱だということ。
人々から英雄級と謳われる者のレベルが三十前後だと言えば、どれだけ環境が違うか分かるだろう。
さらに、人間種は亜人種と比べて単純な身体能力に十倍もの差があるため、この大陸の人間種は数百年前から滅亡の危機に瀕しているようだ。今まで他種族に滅ぼされていないのは、スレイン法国という人間至上主義を掲げる国家が辛うじて人間の生存圏を保っているかららしい。その思想は俺たちとは似て非なるものだが、スレイン法国の行いそのものは称賛に値する。
俺はともかく、NPC達は設定通り人類を守るという使命を抱いて行動している節がある。ならば、目的がある程度一致している彼らとは近いうちに接触を図りたいな。
当初からの懸念事項であったギルドの脅威となりうる存在についても、蒼龍と玄武のNPCを地上に配備しておけば問題ない。
アゼルリシア山脈の覇権を争っていた
このことから、周辺地域に蒼龍・玄武軍、ひいてはこのギルドの脅威になる存在は今のところ見当たらない。地上はギルガメッシュ、空中はソウリュウを警戒に当てれば十分だろう。
そして、俺が一番欲している情報。
プレイヤーを連想させる『六大神』『八欲王』『十三英雄』と呼ばれる者たちの話。
──六大神は滅びゆく人間種族に救いを与え、スレイン法国の基礎を作った。
──八欲王は神の力を奪い、圧倒的な力で大陸を支配した。
──十三英雄は種族の垣根を超えた仲間と共に、『魔神』と呼ばれる者と戦いを繰り広げた。
これらは御伽噺で語られる存在だが、俺はこの者たちはプレイヤーかNPCなのではないかと推測している。
というのも、八欲王が竜王を殺したという話が、
先ほども言ったが、この世界の生き物はユグドラシルに比べて弱い。そんな環境でドラゴンを殺せる者が生まれる可能性はかなり低いはず。それが八人となれば尚更だ。
……まあ、この考えは時間軸のズレという新たな疑問ができてしまい、なおかつ御伽噺が本当ならばという前提があるのだが。
しかしながら、フェオ・ベルカナが放棄された理由が魔神の襲撃とのことから、少なくとも十三英雄が実在した可能性は高いと予想している。だが六大神と八欲王については情報が少なすぎるな。スレイン法国と接触した際に更なる情報が得られればいいのだが……。とりあえずこれ以上の推測は保留としよう。
さて、ひとまずは、一つ目の目標であるギルド拠点の安全が確保できた。
次は二つ目の──
「……ガーラ様。西からこの万魔殿に高速で迫る人影が一つ、確認できました」
《ほう……?》
……いや待て、それはまずい。
空高く浮かび、ルルサスの戦士が周囲を守る万魔殿に到達できるほどの力を持っているなんて、それこそプレイヤーぐらいだろう。
情報を得たといってもそれは大まかなもので、人里離れた地に生息するドラゴンや亜人たちからもたらされたもの。山の向こうにある人間の国にプレイヤーがいる可能性は十分考えられた筈なのに、それを失念していた……! 例えプレイヤーではなくとも、傍から見れば突如としてアゼルリシア山脈に現れ
未だに人間種と接触できていない状態でプレイヤーに匹敵する強者と相対したくはなかったが、仕方ない。この世界の情報を得られるまでは穏便に接したいが、相手はこちらについてどう認識しているのかが問題だ。
幸いなことに、人影は一つしか確認されていない。
《
これならば、万が一戦闘になってもこの拠点にいるNPCだけで十分対応することが出来るはずだ。
《──審判には及ばない。この領域に辿り着いた時に改めて判ずればよい》
「仰せのままに」
審判とは、審判者がこの万魔殿に辿り着いた者へ下す試練の数々を言う。様々な罠が仕掛けられた部屋を乗り越えさせたり、使用できる攻撃方法に制限をかけたりして、その者が救世主に相応しいかどうかを試すのだ。
本来ならば審判者であるミューリアに審判を行わせ、侵入者に対しての迎撃をさせるのだが、相手の正体がまだ分からない。万が一プレイヤーだった場合、迎撃してしまえば対立が決定的なものになってしまう。
そのため、相手の正体を知るまでは、危険を承知で最低限の自衛に留める必要がある。悔しいが、こればかりは強者との邂逅という可能性を失念した俺の落ち度だ。
ミューリアがルルサスの戦士を召喚するのを尻目に、俺は再度最奥の間『深淵に至る闇』へと移動して、ことの成り行きを見守る事にした。
万魔殿外観部。
『戴冠の宮』という名が付けられたそこは、唯一外部からこの宮殿の内部へと入ることが出来る、吹きさらしとなった場所だ。床は瞳を想像させる奇妙な模様が描かれており、正面は宮殿とこの広場を遮るかのように巨大な血の池が広がっている。そこから池の外周に沿って丁字路のように左右に別れた道の先には、それぞれが宮殿の内部へと続くと見られる扉に繋がっていた。
周囲には体長三メートルはあろう異形の戦士達が低空を闊歩していた。彼らは漆黒の甲冑に身を包み、その手には
彼らこそがこの万魔殿にのみ出現し、審判者の命に従い人々を殺戮する怪物『ルルサスの戦士』だ。ゆったりと空を漂いながらも瞬間移動により瞬く間に目の前に現れるその姿は、人々に恐怖を与えるに相応しいだろう。
そんな光景が広がるここでは、現在一人の人物が空に浮かび視線の先にある宮殿を眺めていた。
その者は白金の全身鎧に身を包む騎士のような出で立ちをしており、兜のクレストから長く伸びる飾りをはためかせている。背後に浮遊する四つの武器はそれぞれが強い力を秘めているようで、時折雷を迸らせながら彼の者に追従していた。
万魔殿へと近づいた際にルルサスの戦士と戦闘を行ったのか、彼の周囲には戦士たちが力無く
「ふう……。やれやれ、動きが単純で助かった」
事も無げに言いながら、白金の騎士はこの地に降り立つ。
「さっきの巨大な竜もそうだけど、これほどの戦士達を従えているとはね……。今回のぷれいやーは何を考えているのやら」
彼はそう零しながら、正面にそびえる宮殿へと足を踏み入れていった。