オーバーロード 我ら来たれり   作:tk.

5 / 5
四話

 

 

 百年の揺り返し。

 それは数百年前から発生する、世界を汚す力。

 ある時は人間種の滅亡を回避させ、ある時は圧倒的な力を以てこの大陸の強者を殺し尽くした。百年毎に、良くも悪くもこの世界の天秤を傾ける者たちがやってくるそれは、世界の裁定者たる竜王(ドラゴンロード)にとって無視できない事柄であった。

 

 アーグランド評議国にいる五匹の永久評議員。その内の一匹であり最強と名高い竜王(ドラゴンロード)にして、『白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)』の異名を持つツァインドルクス=ヴァイシオン。親しい者からはツアーと呼ばれている彼もまた、百年の揺り返しによるプレイヤーの来訪を憂慮していた。

 ドラゴンの知覚能力は他の種族に比べて遥かに優れている。竜王ともなればなおのこと。ツアーが持つ知覚能力は一般的なドラゴンとは一線を画しており、例え自身から数十キロ離れていようが、その地で何が起きたのか手に取る様に知覚することが出来る。

 そのため彼は、百年毎にプレイヤーが現れる度に彼らの性質を見極めてきた。時には仲間として共に行動し、時には敵として戦う。この世界の秩序を守る為、彼は数々のプレイヤーを見守ってきた。

 

 ツアーが最初に感知したのは、アゼルリシア山脈で生じた歪みだ。

 山脈上空で起こったそれを、彼はあまり重く捉えてはいなかった。かの地には『霜の竜の王(フロスト・ドラゴンロード)』を自称するドラゴンとその一族が暮らしている。ツアーから見れば子どものような存在である彼らも、現地の亜人やモンスターたちにとっては決して敵わない最強の生物だ。彼らがその力を発揮し、ドラゴンが持つ強大な力で大気が揺らぐことは珍しくない。

 しかし、数刻の後に発生した巨大な魔力反応と、そこから生じた力のうねり。

 それを感知したツアーは前回の揺り返しからの周期と照らし合わせ、プレイヤーの来訪を予期する。彼は己の分身である()()()()()の鎧を遠隔操作で調査に向かわせた。

 そしてアゼルリシア山脈に辿り着く頃に聞こえてきた、霜の竜の王(フロスト・ドラゴンロード)を屠った「新たなる支配者」の存在。上空に浮かぶ建造物と、そこから現れたツアーの体躯を大きく上回る雄大なドラゴン。

 これらの事からプレイヤーの再来を確信したツアーは、更なる調査のため、そしてプレイヤーの性質を見定めるために、彼あるいは彼女らがいると思われる建造物へと向かったのだ。

 

 

 

 

 

 異形の戦士達を切り伏せながら、白金の騎士──ツアーは宮殿を進む。この建造物内部に出現する戦士は外観部にいた者に比べて遥かに弱かったため、一刀のもとに斬り捨てることができた。

 

 長く薄暗い廊下を抜け、様々な罠や仕掛けが組み込まれた部屋をも乗り越えると、一つの広間へと辿り着いた。

 遮るもののない円形の足場は空中に浮いており、四方へ短く伸びる通路の先にはそれぞれ別のシンボルが描かれた転移門が佇んでいる。先に続く道は見当たらないが、中央には魔法陣が設置されていた。おそらくは、この広間の先に移動する際に使用するのだろう。ひとりでに起動するその様はどことなく不気味に感じられた。

 

「私を誘っている……?」

 

 自身の来訪と同時に魔力を漲らせる魔法陣を見て、ツアーは思わず周囲を警戒する。

 しかし一向に罠が発動する様子はない。この場で立ち止まっていても仕方がないと考えたのか、彼は警戒はそのままに魔法陣に乗った。

 

 転移した先にあったのは、螺旋状に上へと続く仕切りのない階段。

 床には細かな文様が彫られており、階段から離れた壁面はモノトーンに近いシックな造りとなっている。周囲の空間には正方形のキューブ型オブジェクトがいくつも漂い、こちらを向く一面だけに描かれた目の紋様が白金の鎧を静かに見つめていた。

 

「気味が悪い……」

 

 思わずそう零した彼は階段の下に目を向ける。

 そこは、上部から滝のように流れ落ちる血で満たされており、徐々にかさを増しているようだ。

 

「流石に血の池に浸かるのは避けたい……かな」

 

 周囲の観察もそこそこに、彼は空中に浮かび上がる。

 

 そのまま上へと向かおうとするが、それを遮るように、オブジェクトが瞳の部分から弾丸を放ってきた。

 しかし弾速はそこまで早くない。余裕を持ってそれを躱すと、背後に追従する武器の一つを目の紋様に突き刺した。するとオブジェクトは、空気に溶けるように音もなく消失する。見た目の通り、瞳が弱点だったようだ。

 その後も攻撃してくるオブジェクト達を危なげなく処理しつつ、上へと飛行していった。

 

 やがて階段の最上部が見えてくる。彼がその場に降り立つと、そこにはまたしても魔法陣が。

 

「また魔法陣か……。ここを造った者はよほどの変わり者だね」

 

 呆れたように呟くと、次は躊躇うことなく魔法陣で転移した。

 

 

 

 

 

 奇妙な空間が広がっていた。

 闇の中で燦然(さんぜん)と輝く歯車が無数に浮かび、その下には血の河が流れている。そしてその奇妙な空間の奥に向けて、黄金色の渡り廊下が真っ直ぐに伸びていた。

 廊下の幅は五メートル、長さは五百メートル程だろうか。その道の中ほどで異形の戦士が数体隊列を組んでいる。彼らの向こうにある廊下の突き当たりには円形の広い石舞台があり、中央に立つ少女と見られる人物が、上空に浮かぶ太陽を模した炎の球体で煌々と照らされていた。

 よく見れば、隊列を組む戦士はここに来るまでに遭遇した者たちとは外見に違いが見られた。身に纏う甲冑の一部を羽衣のように後ろへ流しており、腹部には能面を思わせる巨大な顔が突き出ている。携える刃はより大きく禍々しく、先端に近づくほどその美しい色は赤黒く染まっていた。戦闘になれば一筋縄ではいかないだろう。

 

「ここを通りたければ奴らを倒せ、という事かな」

 

 ツアーが彼らの様子を伺っていると、舞台に立つ少女がこちらへと振り向いた。姿は人間と変わらない。小さな体に反して、意志の強そうな瞳と固く整った面差(おもざ)し。銀色の長髪を左右に分けて黒い(アーマープレート)を身に着けているのだが、異様なのはその目だ。紫色に輝く無機質な眼で彼を興味深そうに眺めている。

 やがて少女──審判者が口を開き、頭の中に直接響くような奇妙な声を発した。

 

「ほう……人の身でありながら、ここに辿り着いたか。……いや。貴様、人間ではないな?」

「……さあね。そう言う君は、ぷれいやーかい?」

 

 その言葉を聞いたツアーはあえて話をはぐらかし、舞台へと歩み寄りながら率直な疑問を投げかけた。すると、無表情だった彼女の顔が僅かに動く。

 

「──貴様、一体何を知っている……?」

「私がそれを話すには、君は少々危険すぎる。悪いけど倒させてもらうよ」

 

 彼はそう言い放つと、武器を構えて異形の戦士達との間合いを詰める。彼が持つ優れた知覚能力で彼女の危険性を看破したのだろう。

 そんな騎士の様子を見て、審判者は嘲るように言葉を吐いた。

 

「面白い。ならば審判を──ッ!」

 

 そう言って何らかの判断を下そうとしていたが、何故か咄嗟に言葉を呑んだ。

 しばらくの間沈黙していたが、その後おもむろに手を掲げると、その場でゆっくりと振り下ろす。すると、隊列を組んでいた戦士達が規則正しく廊下の端に寄り、刃を構えて整列した。

 先程までの態度とは打って変わった彼らの行動に、()しものツアーも困惑を隠しきれないでいた。

 

「……? これは一体どういう事かな?」

「僕の主が、貴方との対話を望んでいる」

「へえ……」

 

 いつの間にか瞳の輝きは消え失せ、態度だけでなく言葉遣いまでがらりと変わったその少女の様子に、彼は思わず声を洩らす。身に着けている物も変わっており、黒い(アーマープレート)ではなく、黒と水色を基調とした制服の上から白いローブのような礼服を羽織っていた。

 少女の雰囲気が変わったことからツアーも警戒心は残しつつ矛を収め、少女がいる舞台へと歩を進めた。

 

 ツアーが彼女の下に辿り着くと、石舞台の奥に広がる闇から一人の人物が現れた。

 その人物は、先程までの彼女や異形の戦士と同じような黒い甲冑で全身を包んでおり、顔を窺うことは出来ない。しかしその身から発せられる威圧感は、鎧越しでありながらもツアーの警戒を強めさせるには十分なものだった。

 

(これは……まさか、八欲王クラスのぷれいやーか……!)

 

 やがてそのプレイヤーと見られる人物は、少女を傍に控えさせながら石舞台の中央までやってきた。

 謎の甲冑の人物を前に、彼は身構えつつも先程のものと同じ質問を投げかける。

 

「突然ここまで押しかけて済まないが、率直に聞こう。君は……いや、君達は、ぷれいやーなのかな?」

 

 その問いかけに、目の前の人物は暫し逡巡した様子を見せた後、頭に直接響く()()奇妙な声でこう答えた。

 

《──あぁ。我が、この『ペリシティリウム』に残った唯一のプレイヤーだ》

 

 

 

 

 

 ……危なかった。

 あのままミューリアとこの白金の騎士が戦っていたら、俺たちは貴重な情報源である現地の猛者と対立してしまい、要らぬ敵を作っていただろう。

 彼は審判者となっていた彼女を、一目見ただけで「危険」だと判断していた。彼女が審判者としての力を振るう時は、強大な力と引き換えにカルマ値が大きく下がるのだが、それが人格にまで影響を与えているとは……。

 

《──審判には及ばないと命じたはずだが、何故彼を裁こうとした?》

 

「申し訳ありません。ですが、僕は審判者としてこの領域を任されました。この地に辿り着いた者へ審判を下すという使命があります」

 

《──……そうか》

 

 確かに、この聖なる領域を任せNPCたちの上に立つように製作したのは俺だ。

 そもそも、確かFF零式の原作では「審判者として戦うエネミーは依代となった人間であり、審判者本体とは別」という設定があったはず。彼女はその設定どおり、審判者としての意志に従って行動しただけと考えた方が自然だ。

 クリスタルのテレパシー機能を含めて、もしかすると、この世界ではユグドラシルの設定やフレーバーテキストが反映されているのかもしれない。これらの検証を後回しにしたことが裏目に出たか。

 ……となると、彼女は今、人間としての意思と審判者の意思が混ざった状態なのか……? この問題は早めに確認した方がいいな。

 

 だが、今は彼女たちNPCのことは後だ。

 まずは目の前にいる白金の騎士との間に生じている誤解を解き、この世界に害は与えないことを伝えなくてはならない。

 彼は「プレイヤー」という言葉を口にした。予想通り、俺たち以外にもこの状況に陥っているプレイヤーがいたのだろう。そしてこの地に一人で来たということは、おそらく彼自身はプレイヤーではなくこの世界の者。ルルサスの戦士や審判者の特性を知っていれば、単独で万魔殿に乗り込むという事はしない筈なのだから。

 俺自身が初めて接触した現地の者が、対話を望める見識を持っている、かつこれほどの強者だったのは幸運だった。情報を得るために、可能な限りこの人物とは友好的な関係を築きたい。

 

《──こちらに敵対の意思はない。我は『ペリシティリウム』のガーラ、この者はミューリア……いや、ミユウという。まずは先程の我が従者の非礼を詫びよう》

 

 俺が軽い謝罪と自己紹介を行うと、白金の騎士もそれに応じた。

 

「うん、構わないよ。……そう言えば、こちらも自己紹介がまだだったね。私の名はツァインドルクス=ヴァイシオン。アーグランド評議国で永久評議員を務めている者だ。よかったら、私のことはツアーと呼んでほしい」

 

 ……よし。この様子ならば、少なくともこの場で敵対することはないだろう。

 それにしても、アーグランド評議国か。確かあの国は、永久評議員である五匹の竜王が治める亜人国家のはず……。彼の様子を見るにとてもドラゴンとは思えないが、姿を変えているのだろうか。まあ、この辺りは特に問題ではない。俺が聞きたいのはもっと別の事だ。

 

《──ふむ。ではツアーよ。其方は何故(なにゆえ)この地に訪れたのだ? よもや、霜の竜の王(オラサーダルク)の件ついて問いただしにきた訳ではあるまい》

 

 というのも、竜種は基本的に親兄弟でさえも縄張りをかけて争い合うほど同族意識は低いのだ。たとえアゼルリシア山脈という広大な地の主であろうと、竜王であり評議国の永久評議員でもあるツアーが動く理由としては弱い。仮にこの件が関わっているとしても、亜人達によればこの山脈はリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の間に位置しているので、評議国の管轄ではないはずだ。わざわざ彼が王国を経由してここまでやってくる程の出来事とは思えない。

 そんな事を考えて返答を待っていると、ツアーがゆっくりと語り出す。

 

「そうだね。……プレイヤーの力は強大だ。その行いが善であれ悪であれ、世界へ与える影響は凄まじいものになるだろう」

 

 「故に」と前置きをした上で、彼は俺にこう告げた。

 

「ガーラ。君が、君たちがこの世界で何を成すつもりなのか……私はそれを知りたい」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告