「わざわざこんな体調によくないところに来る必要なんてないでしょうに」
「立ち寄りたい気分でしたので」
正門に赴いた後、美鈴と別れた咲夜は、ふと、紅魔館の地下にある大図書館へと足を踏み入れた。
彼女の敬愛する主、レミリアの友人である『パチュリー・ノーレッジ』がふと気になったためである。
『パチュリー・ノーレッジ』
紅魔館の図書館に引きこもっている魔法使いである。少女の見た目ながら齢は100を超え、ゆったりとした紫と薄紫の服を着用しており、三日月の飾り付きのドアキャップに似た帽子を被っている。
一日のほとんどを読書に費やすほどの本好きで、紅魔館随一の知識人である。しかし、体は病弱で、喘息という持病も持っている。
「図書館(ここ)も、私がいなくなってしまったらどうなってしまうんでしょうね」
「それはあなたが心配することじゃないわ、最近は、図書館から本を盗もうとする白黒の泥棒も来なくなったから、平和ね」
「…先ほど、美鈴に『ずっと待ってます』と、『また来てください』と言われました。」
「そう」
「パチュリー様は待っていてくださいますか?」
「あいにくだけど、そんなことを言うのは私の性分ではないのよ」
「まぁ、寂しい」
一聞すると、冷たく聞こえるパチュリーの言い分ではあるが、咲夜はパチュリーが人一倍家族思いであるということをこれまでの付き合いで理解している。咲夜もパチュリーによく気にかけられていることもある。
そのため、クスリと笑いながら軽口を言ってみせた。
「…あなたは」
「はい?」
ふと、パチュリーが読んでいた本を閉じ、咲夜の方へ目を向ける。
咲夜も何事かと姿勢を正してパチュリーへ向き直る。
「もう少し、自分自身の価値を理解するべきよ」
「はぁ…」
咲夜はパチュリーからの言葉に曖昧な返事を返すことしかできない。
「貴女が生きた僅か100年足らずの時間が、どれほどこの館を色鮮やかに染めあげたかを。あの我儘吸血鬼の唯一無二の従者であり続けたことが、彼女にどれほどの幸福を与えたのかを。十六夜咲夜という人間が、万も億も年を経ても二度と巡り合えないであろう奇跡の存在であるということ、あなたはもう少し理解するべき」
「……」
「そんなあなたが再びこの館に来ることを望むには、私は少し現実主義者すぎる。」
「だから、今のうちに言っておくわ。紅魔館の住人の一人として、また主の友人として」
ここで生きてくれたことに、あなたに私の持ちうる限りの感謝を―――
と言い切り、パチュリーは再び読書に戻った。
―――あなたがレミィが拾ってきた子ね?パチュリー・ノーレッジよ、図書館の本を傷つけないように、それだけで、いいわ
―――……別に私には食事の必要がないのだけれど、まぁせっかく作ってきたのだからいただくとするわ。……うん、悪くはないわね
―――次もよろしく、咲夜
咲夜はパチュリーとの思い出とともに、彼女の最大の労いの言葉を目を閉じて、深くかみしめるように聞いた。
やはりパチュリー様はお優しいと感じ入り、目を開き、パチュリーへと告げる。
「……パチュリー様」
「……」
「顔、真っ赤ですよ」
「……やっぱり性分に合わないことを言うもんじゃないわね。あー恥ずかしい。そこの司書、にやにやしない」
恥ずかしさを紛らわすように顔を背け、背けた先にいた彼女の
「とにかく、私の言いたいことはもう終わったわ、満足かしら?咲夜」
「ええ、それはもう十分に」
足を運んできた甲斐があった、と咲夜は思いながら席を立ち、パチュリーへ挨拶をしながら自分の部屋へ戻ろうとする。
「まぁ、それでも来るというなら、好きにするといいわ」
ドアを開けようとする途中で後ろからそう声をかけられた。
振り返ると、当の本人は背中を向けて読書に耽っている様子だ。
「はい、来てよかったです。パチュリー様、本当にありがとうございます。」
―――バタンッ
「……読んでいたページはどの辺りだったかしら」
そんなことを言いながら、パチュリーは未だニヤニヤ、いや、声を漏らすまいと肩を震わせている自分の使い魔へのお仕置きを考えているのだった。
過去回想 もうしつこいかなと心配になってきました。