「あっ、ちょっ、タンマ」
もちろんそんなことを言ったところでシクのことを完全に敵として認めているキメラが止まるわけが無い。
(いや、そもそも言葉を理解できない)
「これを食らうわけにはいかない、な」
今この傷付いた体で攻撃を受けてしまうといよいよ万事休す、詰みだ。
シクはありったけの力を使って何とか突進を回避する。
横に転がるように避け、突進の射線から逃れた時、キメラの巨体がほんの数瞬前にいた地面抉りとっていく。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け、こんな時だからこそ落ち着け、落ち着いて息を吸ってから考えろ、こっから生き延びる方法を!)
極限状態に追い込まれたシクの脳は、普段とは比較にならない驚異的なスピードで思考を進めていく
(コイツは怒り狂ってるお陰で動きが単調で読みやすい、確かに速度は上がったけど次の動きさえ予測出来れば....)
ボロボロになりながら、しかし確実にキメラの突進を回避していく。
そして何とかその場を離れ、息を整えていきながら体の傷を治していくが、回復が損傷に追いついていない。
先程の回避でまた脚の筋が切れてしまった。
少しでもいいから傷を治す時間が欲しい。
「グルルルァァァァ!!!」
「まぁ、休ませてくれませんよね〜」
全く、今日は最悪の日だな
そう吐き捨てて、傷だらけの体を動かして全力で逃げ出す。
目の前の殺意から生き延びるために。
〜回想終わり〜
「まっっっっったく、本当についてないな、オレは。」
悪態を吐きながら今はもう使われていない廃ビルの壁にもたれ掛かる。
キメラはまだ追ってくる、恐らく自分が完全に死んだことを確認するまで追い続けるだろう。
数秒の休息の時間、高速で脳ミソを回していく。
(さてと、このままじゃジリ貧だな、どこかで回復しないと遅かれ早かれ殺られちまう。けど、どうすればいい?アイツは疲れが全く見えない、オレがゆっくり休める時間なんてくれない、なにか、回復アイテムみたいな一気に体力を回復できるものがないと詰みだな、こりゃ)
そこで、シクの脳裏にある言葉が蘇る
「--私たち吸血鬼は、美味しい血を飲めば飲むほど強く美しくなれるのよ--」
それはルナがシクとのトレーニングの最中に発した言葉だ。
「シクくんはまだ人の血を飲んでないでしょ?だからまだ完全な吸血鬼にはなってないのよ、人の血を吸って、そこから力を得てしまったらそれはもう人ではなく、"吸血鬼"よ、だからもしシク君が人間に戻る前に人の血を吸っちゃったら.....
もう二度と、人間には戻れないわよ。」
シクはその選択肢を一瞬考えた。
それはほんの1秒にすら満たない思考時間だったが、その一瞬で結論を出す
「ヤダよ、そんなの」
シクは自分が世界の、そして物語の主人公の器ではないと知っている。
だからこそ、せめて死ぬ時は胸を張って人間として死にたいのだ。
無力で、惨めで、小さくて。
文明の力がなければ、そしてその力すら通じない者の前では全くの無力で、それでいて嫉妬深くて欲深い人間として。
シクは拳を握りしめる
全身の筋肉が引きちぎれ、骨は内蔵に突き刺さり、立っていることすら奇跡とも言えるこの状況で、せめて"人"として一矢むくいるために。
「オレは、吸血鬼じゃない、だけど、物語の主人公みたいに恐怖に打ち勝つために、誰かを救う為に人間を辞める、なんて覚悟もない。自分が"人"ではなくなることが怖くて、結局最後の最後まで1歩を踏み出せなかった弱っちい人間で、だからこそ」
そう言いながら後ろを振り返る
「来いよ、バケモノ。人間がやる、無駄な抵抗ってやつを見せてやる」
振り返った先に佇むキメラは少し冷静になったのか、シクを見つけても唸り声を上げるだけで襲いかかってこない。
そして、冷静になり、冷徹に目の前の敵を殺そうと考えたからこそ気づいた、シクから発せられる、どす黒い瘴気のようなオーラを
対象は危険だ、即刻、処理せねばならない
キメラはシクに対する警戒レベルを引き上げ、一撃で仕留められるよう、身体中に力を巡らせる。
そして、強い風が吹きキメラによる突進によってボロボロになった看板がちょうど両者の間に落下した。
それを合図に両者は弾かれるようにして目の前にいる敵に向かって突進し、シクは拳を、キメラは研ぎ澄まされた爪を振りかざした。
一瞬。
それでちょうど両者の立ち位置か逆になる。
シクもキメラも、ピクリとも動かない。
まるで世界の時が止まったような静寂が訪れた。
そして、数秒後。
シクの体に一文字に赤い線がはしり、大量の血を撒き散らしながら頭から崩れ落ちた