火星の鉄華団本部には数多くの従業員が勤めている。発足当時の鉄華団には星原や雪之丞や経理のデクスターを除いては子供しかおらず、全員が自分の役目を全うすることに必死だった。しかし、初期メンバーは上司となり、新しく入ってくる部下たちの育成に奮闘している。
新人の肉体面を育てるのはシノとライドの仕事で、経理や事務仕事はデクスターや地球支部から帰ってきたサヴァランやラディーチェが補佐を行っている。そして、獅電のパイロット候補たちを育て上げるのは昭弘やチャドといった元ヒューマンデブリたちの仕事となっていた。本来は元地球支部の長と鉄華団の悪魔がやるべき仕事だったのだが、その2人は今は宇宙でギャラルホルンも手を焼く海賊や賞金首をタロットで探し出しては捕まえに行っており、火星にいることが少なくなっていた。
「よし! 今日はここまでだ!」
昭弘が新しく獅電のパイロットに任命された団員たちに一日分のカリキュラムを終えさせる号令をかける。昭弘の指導はやや直線的なところはあるが、しっかりと伝えようという熱意と、死んで欲しくないという想いがひしひしと伝わってくるため、たとえ筋トレだけのメニューがあったとしても反感を持つ団員はいない。
ただ1つ、言いたいことがあるとすれば。
「おつかれ、昭弘」
「あぁ」
「今日はどうだった?」
「ん? どうって、いつも通りだが」
「そうじゃなくてお弁当! 今日は昭弘が好きそうなやつ多めにしたんだけど」
「いや、いつも通り美味かったが……」
「いつも通り……?」
「あ、いや……」
新人たちがパイロット候補になるまでに6ヶ月かかっているのだが、その間に見せられたのは隊長の鈍感さと、鉄華団と義兄弟の盃を交わしたタービンズの頭領である名瀬・タービンの元妻であるラフタの猛烈なアプローチを毎日のように見せられていることである。
昭弘は元ヒューマンデブリのため、女性に対しての免疫が少なく、また鉄華団のメンバーがそもそも男所帯であり、おまけに家族と思っているため、恋愛感情というものが芽生えなかった。それはタービンズの女性たちと関わることになっても相変わらずであり、共に死線をくぐり抜けてきたラフタのことを昭弘は好きではあるが、名瀬の言うところの愛しているという感情は持ち合わせていなかった。
それに対してめげずに、何度もアプローチするラフタに対して同情したり、いい加減気づけよ筋肉野郎と昭弘に対して荒んだ目を向ける者も少なくはない。だが、まだ入って半年の自分たちが突っ込むべきところではないだろうと、偉大な先輩たちの介入を期待していたのだが、その先輩たちにも色々と難があるため、難しそうだと勘付き始めたのが最近のことである。
まず、鉄華団に所属する女性団員を紹介しよう。最初期に加わったのは炊事洗濯係のアトラ・ミクスタだ。彼女は鉄華団の悪魔こと三日月を好いている。これには三日月も気付いており、三日月もアトラのことを思っているので問題はない。鉄華団のメンバーではないが、三日月を想う者にアトラの親友であり、火星独立運動の旗印であるクーデリアもいるが、アトラと三日月が受け入れているためなんの問題もない。火星は同性婚も重婚も認められているのである。
次にタービンズからの出向組にして、ジャスレイ粛清後にそのタービンズから鉄華団にやってきたラフタとエーコである。ラフタはモビルスーツパイロットとして、エーコはメカニックとして鉄華団に力を貸している。彼女達は名瀬から庇護を受ける形で妻となっていたが、名瀬以上に好きな人物が出来たため、名瀬とは合意の上で離婚し、鉄華団へとやってきた。彼女らの好きな人物はラフタは前述の通り昭弘で、エーコは星原である。前者は鈍感故に気づいていないが、後者は気付いていながら明確なアプローチがないからと躱している。それでも好意を表し続ける2人には感服の意を表する者は多い。
他にはテイワズからの出向でやってきたメリビットがおり、子供たちばかりで突き進むばかりの彼らを心配し、その度に1人の大人として整備班のリーダー雪之丞と共に支えていった。なお、その雪之丞はタロットを持つ男性に焚き付けられてメリビットにプロポーズしている。最近、メリビットの姓が変わった。
そして、フミタンは元々はクーデリアの護衛であったが、クーデリアを謀殺する狙いがあった人物の手駒であったことが露見してからそばに居づらくなったという建前で彼女の元から離れた後、鉄華団一の自由人のお目付け役を欲しがっていた団長のオルガに拾われる形で鉄華団へと入団した。地球支部長秘書であったが、地球支部から離れたため暇を持て余しており、今現在はデクスターたちと共に鉄華団の事務作業を手伝っている。ちなみに彼女も星原に好意を持ってはいるが、歳や身の上のこともあってアプローチなどは行っていないがバレバレである。気付いていないのはチャドと昭弘くらいである。
「どうして気付かないかなぁ」
「でも、美味しいとは言ってくれたんでしょ? じゃあいいじゃない」
「えーけどさぁ」
その女性陣たちが夕食が終わったあとの食堂で月1の女子会を行っていた。新婚の1人は欠席だが、ラフタが今日のことを項垂れながら口にするとエーコが口を開く。それにラフタは唇を尖らせて不満を露わにするとアトラは苦笑交じりに言った。
「確かに感想が淡白だと、なんかこう、本当に美味しかったのかなって不安になりますよね」
「それ!」
アトラの言葉に激しく同意と指を指すラフタ。しかし、エーコは首を傾げていた。
「えー、別に残さず食べてくれるならよくない? 残されてたら美味しくなかったんだーってなるけどさ」
「星原さんは美味しかったとか言わないんですか?」
「あー言わなさそう」
どうなの? と星原の食事を作ったことがありそうな2人に視線を送ると、先にフミタンが答えた。
「言いますよ」
「言うよ」
続いてエーコが言うと、訊いた2人は意外そうな顔をしたが、そのうちの1人が思い出したように口を開いた。
「あ、私も言われたことあります……」
「ホントに?」
言わなさそうと懐疑的な目をするラフタに、言われた3人はその時のことを語る。
「なんか食器とか弁当箱渡す時に言うんだよ。タロットカード出しながら」
「私の時もそうですね」
「私も」
「あいつはタロットがないと喋れないの……?」
まぁ、美味しいって言われないよりはいいのかなとやや納得はいかないものの話を飲み込んだラフタは話の矛先を三日月へと変えようと思ったが、結果を知っている上に惚気話を聞かされると夜眠れなくなるからと聞くのをやめた。
「はぁ……どうやったら気付くかな?」
「うーん、難しそうですね」
頭を抱えるラフタに腕を組みながら昭弘がラフタの気持ちに気付く可能性を探るアトラ。
「普通に言えばいいじゃん」
そこに正論をぶつけるエーコ。
「それはなんか違うかなって。できたら昭弘の方から、言って欲しいっていうか……」
「なんだお前、 俺のこと好きなのか……って?」
「いやそういうことじゃなくて!」
なんていうのかなー! と言い方に悩んでいるラフタに年長者のフミタンが呟いた。
「そもそも昭弘さんに恋愛感情があるのかが怪しいと思いますが」
「えっ」
「確かに身体触っても最初は恥じらってたけど、最近は気にしなくなったよね」
「えっ?」
「鉄華団のことは家族だと思ってるからですかね?」
「えぇ?」
薄々そうだとは思っていたけどまさかそんな……と打ちひしがれているラフタに言葉の出なくなった3人はそっとしておこうと目を合わせると、話題を変えることにした。
「そういえば、お2人は星原さんから連絡来ました?」
「えぇ、明日には帰ると」
「私のところにも来たよ」
2人の回答に「やっぱり!」とアトラは嬉しそうに手を合わせた。この様子だと三日月からも来たんだろうなと察した2人は微笑ましげにアトラの話に耳を傾けた。
「明日は私のご飯が食べたいって。あと、それから星原さんが何か教えてくれるらしいんです」
「ホッシーが?」
何だろうと3人で顔を合わせるも出てくるのがタロット占いのやり方か、トランプの勝ち方くらいしか出てこない。
「お2人は何か言われましたか?」
「私はバティンの整備よろしくって」
「私は報奨金をギャラルホルンから受け取るようにと」
「えぇ……」
なんか思ってたのと違うと顔を顰めたアトラだったが、いつもこんなもんだよとエーコが言うとフミタンも頷いた。
「食事に関しては元傭兵だからか、食えるだけでもありがたいと思っている人なので」
「何作っても最後には美味いって言うしね」
タロットを出しながら。
これは社交辞令的なものではとアトラは訝しんだが、そんなことは2人も当然承知の上である。
「好き嫌いないから助かるし、残さずに食べるから私は気にしてないよ」
「あっ、三日月は好き嫌いあるから、ちょっと困るかも……」
基本的に生物は好まないため、三日月のご飯には割と気を遣うアトラは2人にその苦労がないことを知ると、そっちの方が楽でいいかもと思い始めた。
「でもあいつの方が料理上手いんだよね……」
「えっ、そうなんですか?」
「はい……地球で彼の家で食事をしたのですが」
「えっ? 星原さんの家で……? 3人だけで?」
「サヴァランさんもいたよ」
「あっ……それで、その時に星原さんがご飯を?」
アトラの問いに首肯した2人はそれぞれその日のことを語る。
「お前らは客だから大人しくゲームでもしてろと」
「それでめちゃくちゃ美味しいカレーが出てきてさ、もうびっくり」
また食べたいなと思いつつも、あれを超えられないものかと首を捻る2人の間に金色の髪が揺れた。
「それはそうですよ! なんて言ったってお兄様のご飯は絶品ですから!!」
「うわっ!?」
「ジュリエッタさん……!?」
どうしてここにと驚くアトラに、ようやく復活したラフタが顔を上げると「また来たのか……」と呆れ顔で夜になっても自信満々な笑みを浮かべる少女に目を向ける。
「アンタも食べたことあるの?」
「はい! 私とお兄様がおじさまのところにいた頃に!」
傭兵時代はご飯が食べれる時もあれば、そうでない時があったが、ジュリエッタが加わってからはしっかり食べるようになったという。だが、男性ばかりで味気ない食事にジュリエッタが駄々をこねると、星原が人の気配のなくなった民家などからレシピ本を盗むとそれを見ながら色々作ってくれたという。
「いい話ですね」
「なるほど、そんな幼少期からたらしこまれてたのか……」
アトラの感想とラフタの感想は違っていたが、愛しの兄が褒められたと解釈したジュリエッタは無い胸を張って得意そうになる。
「レシピ本を見ただけであんなカレーが? 妙ね……」
「まぁ、多人数に、しかも子供向けに美味しいものを作り続けていれば上達も早いでしょう」
それなのに自分たちの飯を文句も言わずに、最後には美味しかったと手を合わせていくのだからタチが悪いとフミタンはため息を吐いた。それを気にせず、未だに得意げになっているジュリエッタは4人を見下しながら微笑んだ。
「ふふっ、お兄様はすごいんです」
「それは知ってる」
「なっ!?」
驚いたジュリエッタだったが、そりゃ私のお兄様ですし? 誰が見てもすごいと思うのは当然ですよねと言い聞かせる。
「てか、アンタ何しに来たの?」
「はい、たわけ……じゃなくて、イオク様のお目付け役を免ぜられたので癪でしたけどお兄様と少しでも長くいられるならとマクギリスに手を借りてギャラルホルン火星支部に配属してもらいました!」
「え? は……?」
あのラスタル様はどうしたと4人でジュリエッタを見上げていると、気づかないのかジュリエッタは「ふふん」と鼻を鳴らしている。
「あの、アリアンロッドはいいんですか? ラスタルさんの矛なんですよね?」
「はい! お兄様のおかげでアリアンロッド艦隊が出撃するようなことも減りましたし、ラスタル様にはヴィダールと髭のおじ様がいますから!」
私が居なくても安心ですと付け加えたジュリエッタに4人は「あ、そう……」とシラケた顔を浮かべた後、チカチカと点滅する蛍光灯を見上げた。
「もう寝よっか」
「ですね」
「うん、私も」
「では、私も」
エーコが切り出すと、アトラが頷き、ラフタとフミタンも席から立ち上がる。4人は食堂の電気を切って、自分達の寝室のある2階へと上がっていく。アトラは戻ってくる三日月に美味しいご飯を作るため、エーコは戻ってくる星原のバティンを整備するため、フミタンもまた星原を出迎えるため、そしてラフタは昭弘に自分の気持ちに気づいてもらうために明日も頑張ろうとベッドに入って目を閉じた。
そして、ジュリエッタは匂いを頼りに星原の寝室に行こうとしたが、ここしばらく帰ってきてないのと、寝る時はグリフォン家にいるため匂いがあらず、途中で帰った。
たった数分で感想めっちゃ来てんじゃんって思ったら投稿ミスだった件。またひとつ伝説を作ってしまった。ガハハ。間違えないようにどっちか消すか……(思考放棄)