異世界Vtuber's   作:ふくふくろう

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おかころの初陣

 

 

 

 上弦の月に雲がかかる。

 すると当然、春の夜の闇はその濃さを増して。

 

 ただでさえ儚げだった己の影が闇に同化した事になどいささかも頓着せず、無意味にのろのろとした歩を進めるは異形の存在。

 杉の木が自生する北限の辺境。『灰色の森』と呼ばれるフィールドで最も多いクリーチャー、ゾンビだ。

 

 このクリーチャーは完全な人型で、この世界とは違う世界で平和と繁栄を享受していた一般市民の成れの果てだと言われている。

 

「うー。うー、……う?」

 

 歩を止めたゾンビがそんな唸り声を漏らし、やけに人間臭い仕草で背後を振り返った。

 

 その腐って白濁した瞳に映し出されたのは、雲間から再び顔を出した月明かりに照らされる1匹の犬。

 

 キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル。

 この異世界の言葉で『騎士』の名を関した小型犬の特徴と言えば、まるで10代の少女が身に着けるような髪飾りと、首輪の金具の先で揺れる金属製の斧の形をした金属製の飾り細工だろう。

 

 ひび割れたアスファルトの上にちょこんとお座りした犬に見上げられ、決して満たされる事のない食欲だけに突き動かされているはずのゾンビが動きを決めかねる。

 

「わふっ♪」

 

 クリーチャーに向けて発せられたとは思えぬほど無邪気な、それほど大きくない吠え声。

 それを聞いて20メートルほど先にいるゾンビも食事が向こうからやって来てくれたかと動き出す。

 

「う、あ。う、 ……うぴっ!?」

 

 唸り声しか上げないはずのゾンビはそんな奇妙な声を出し、キャバリアから見て右の側頭部からネバついた粘液のようになってしまった血と脳漿をアスファルトに散らせながら、その場にくずおれる。

 

 そしてようやく銃声がそのかわいらしい垂れ耳に届くと、キャバリアは全速力で駆け出す。

 どうやら、狙いは20メートルほど先で方向転換に苦労しているゾンビらしい。

 

 小型犬とは言えど犬は犬。

 10メートルほどを3秒もかけずに走って見せたキャバリアだが、その首輪で揺れる斧の形の飾り細工が音もなく消えた事に気付いた者はいない。

 

 消えた飾り細工。

 その代わりに現れたのは、呆れるほどに巨大な斧。

 

 巨大、絶大、規格外。

 そのような表現では生ぬる過ぎるほどの大きさゆえに、元の質量を取り戻したその大斧は石突でアスファルトの破片を飛び散らせ高く跳ねる。

 

 月明かり、上弦の月。

 もう書かれている文字も読めぬほど錆びた交通標識、すべての窓が割れコンクリートにひび割れが走る雑居ビル。

 

 それらを背負うようにジャンプして大斧の柄に跳びついたのは、小柄なかわいらしい犬耳の少女だった。

 

「おらよっ!」

 

 独特のイントネーションのせいか、どこか笑いを誘う、だが掛け値なしにかわいらしい音質の気合。

 

「ひ、うっ!」

 

 気合の声はかわいらしかったが、その斬撃にはよほどの高レベルでなければ否応なく恐怖を感じてしまうほどの威力と殺意が込められていた。

 

 その証拠に一撃で屠られた哀れなゾンビは『斬られた』のではなく『叩き潰された』状態で腐肉を撒き散らしていたし、犬耳の少女の身長のゆうに倍はある大斧はアスファルトに幅10センチ長さ1メートルほどのクレヴァスを刻み込んでしまっている。

 

(聞こえる、ころさん?)

 

 犬耳の少女がその姿をキャバリアに戻し、また駆け出そうと身を低くしたと同時に、そんな声が頭の中に響く。

 数ある通信スキルの中でも比較的レアであり特に軍人や冒険者に重宝される【パーティー無線】だろう。

 

 そのレア・スキルを行使したのは、ゾンビに支配されたフィールド『灰色の森』で最も高い建物の屋上に立っている少女。

 ピンと屹立する凛とした風情の猫耳に軽く手を添える少女は、まるで月光を背負う女神のようにさえ見えた。

 

 この掛け値なく美しい立ち姿を安全な街で暮らす少年少女が目にしたならば、彼ら彼女らの冒険者への憧れは今以上に膨れ上がり、レベルが1でしかなくとも誰もが必ず持っている初期スキルを活かして冒険者になる事を夢に見ながら今夜の眠りにつくはずだ。

 

(おかゆぅ~♪)

 

 年若くとも腕利きの戦士。

 そう評するにふさわしくキリッと引き締まった表情をしていたキャバリアは、まるで別犬にでもなったかのように無邪気な笑顔を見せる。

 

 顔全体をくしゃくしゃにするような、無垢な笑顔。

 

 どう考えてもクリーチャーの巣である『フィールド』で見せる表情ではないのだが、どちらかといえばこの笑顔こそが、犬耳の少女の本質を現すに適したものなのだろう。

 

(はいはい、おかゆだよー)

(おかゆぅ、スネイプありがとねぇ~♪)

(スナイプって言いたいのかな。気にしないで、今日の僕はころさんのサポートだから)

(今日だけじゃないでしょ~!? 今までもこれからも、ずうっとなのっ!)

(はいはい。それより、次の交差点は左折がいいよ。直進だと瓦礫で行き止まり、右折だと3匹のゾンビが固まってるんだ)

 

 その言葉にキャバリアは少しだけ顔を上げ、かわいらしい鼻をヒクつかせる。

 

(あいよおっ、りょーかいっ♪)

「って言いながら駆け出して、迷わず右に曲がってるし。ころさんらしいなあ」

 

 キャバリアが走る。

 垂れている犬耳と、首輪の金具にぶら下がる大斧の飾りを揺らして。

 

「いたっ。……ほらよーっ!」

 

 また大斧が先に現れ、それを追うようにキャバリアが犬耳の少女へと姿を変えた。

 先ほどは斧を地面でバウンドさせ上から下へと振り下ろす斬撃に利用したが、今度は横からの斬撃。

 

 いたっ。

 

 そう呟いたと同時に大斧がスキルで本来の姿を取り戻し、地面と水平になったまま落下してゆく。

 だがその膨大な質量を誇る相棒がアスファルトを叩く前に犬耳の少女は獣人の種族スキルである【獣化】を解き、新人冒険者御用達の冒険者ギルド謹製ブーツの厚い靴底でアスファルトを滑る。

 

 ズザアッというブーツの底がアスファルトを滑る音に、ほらよーっ! の声が重なって、まるで子供達が遊びに興じて笑い合う独楽のように犬耳の少女の体ごと大斧が回転。

 

 たったそれだけの動きで、3匹のゾンビはほぼ同時に肉片へと変えられた。

 

「……僕もそろそろ行こうかな。ここで狙撃しかしてなかったら、これから後衛にしか回してもらえそうにないし。そんなのつまんない」

 

 800メートルほど先の交差点で犬耳の少女がまた獣化して駆け出すのを見送ると、猫耳の少女はそう独り言を零して前に出る。

 

 闇。

 狙撃を行った場所から一歩でも前に足を踏み出したならば、その闇に飲み込まれるように落下して50メートルほど下のアスファルトに叩きつけられるのは必然。

 

 だが猫耳の少女は微笑みながらまるで水泳の高飛び込み競技の演技でもするかのように両手を広げ、闇に向かってダイブ。

 

「あいきゃんふらーい」

 

 落ち着きを感じさせるのに、どこまでも能天気そうな声。

 

 闇が猫耳の少女の小柄な体躯を飲み込む。

 その先に待っているのは死、誰もがそう思って当然だろう。

 

「あ、あの高さから跳び下りるって正気ッスかぁっ!?」

 

 そんな驚きの声は、猫耳の少女がフィールド全体を見下ろしていたビルよりも、さらに高い場所にある崖上から発せられた。

 

 その場に立って月明かりに照らされているのは、4人の少女。

 獣人が2人に純ヒューマンが2人。

 

 いや、純ヒューマンの1人、メガネをかけている方の美女は少女と呼ぶには少しばかり年嵩だろうか。

 

「共にレベルが12でしかないのに『ぶっころね』なんて二つ名じみたアダ名を付けられたころねさんに隠れがちですが、おかゆさんの実力もかなりのもの。ですよね、フブキさん?」

「うん。というか冒険者としての総合力なら、おかゆちゃんの方が上だと思う」

 

 純白の狐耳を持つ少女がそう告げながら苦笑をこぼす。

 

 メガネをかけていない、エンチャント品であるらしいキャップがよく似合う純ヒューマンのボーイッシュな少女が言葉の途中で食い気味に「あんなバケモノみたいな前衛より上なんッスかぁ!?」と、素っ頓狂な声を上げたからだ。

 

「フブキ先輩がトライデントを貸すって言ったのに断ったのは、すでにスキル武器の拳銃をライフルに変化させられるから。そして、そのライフルでの狙撃に絶対の自信を持っているから。まだレベル12、うちより7も低いのに」

「でも、戦闘じゃ負ける気なんてない。そうでしょ、ミオちゃん?」

「……当り前じゃないですか」

 

 束の間だけ迷いながら、それでも強気な発言をした犬耳の少女は物騒な印象を与える笑みを浮かべ、眼下で行われている光景に目を落とす。

 

「やはり通信スキルは有用ですね。多少の変更こそあったようですが、ころねさんが位置に着くまでに2人分のルートを決め、狙撃で作戦行動の開始を告げる。お互いそのルートも倒したゾンビを数え間違えてもいないようなので、もう残るは中央広場の集団だけです」

「じゃあ、えーちゃん」

「はい。あの様子なら、中央広場を殲滅してトレジャー・ボックスが出現するのは時間の問題。そうなれば、2人揃っての合格になります」

「よしっ」

 

 狐耳の少女が小さくガッツポーズ。

 なんともかわいらしい仕草だ。

 

「やけに肩入れしてるッスねえ、フブキパイセン。昔っからの知り合いなんッスか?」

「それ、うちも気になります。フブキ先輩の紹介でテストを受けるだけじゃなく、お城ひとつと交換できるくらい価値のあるアーティファクト、トライデントを貸してもいとまで言ってたし」

 

 微笑み。

 まるで昔を懐かしむような。

 

 だが狐耳の少女は開きかけた口を閉じ、「いつか話して聞かせるよ」とだけ言った。

 

「うえぇ。気になるッスー!」

「だって、ほら」

 

 4人の視線が眼下の中央広場に集中する。

 

 この世界にはないアスファルトとコンクリートで囲まれた広場の中央、銅色のトレジャー・ボックスの前で、犬耳の少女と猫耳の少女が抱き合って喜んでいるのが見えた。

 

「カッパー・ボックスからはそんないいお宝はでないはずッスよね? なーんであんな喜んでるッスか?」

「科学発達型地球タイプのフィールドやダンジョンで手に入る宝といえば、その代名詞は銃器。おかゆちゃんは銃使いだし、もしかして……」

 

 銃はここではないどこかの世界からの漂流物が発見されて呆れるほどの高値で売りに出されたりもするが、そういった品にはその銃に合った銃弾が必要で、それもまたかなり高価なものだ。

 なので少女達のような冒険者がトレジャー・ボックスから手に入れたなら、それはかなりの大金を手に入れたのと同義。

 もしそうであるのなら、とてつもない幸運だろう。

 

「まさか。いくら幸運猫を自称するおかゆちゃんがいても、それはないって。どうぜ小さなゲームとかを手に入れて喜んでるんでしょ」

「ゲームって。映像を見れる系のアイテムはそれなりに魔石を消費するし、トレジャー・ボックスの中身としてはハズレでしょう」

「うん。でも2人はああやって喜んでる。そういう気持ちって大切なんだ。でしょ、えーちゃん?」

 

 問いかけられたメガネの美女が目を細め天の月を見上げる。

 その上弦の月に重なった面影は、彼女にしか見えない。

 

「……そうかもしれませんね。たった2人で立ち上げた冒険者クランが、今では13人もの大所帯。小隊行動や分隊行動が増えて、細やかな意思疎通も難しくなってきました。そこにこんなお2人が加わるのは、きっと悪い事ではありません」

 

 まず狐耳の少女が大きく、それから残る2人の少女が小さく頷く。

 

「ホロライブへようこそ。歓迎しますよ。ころねさん、おかゆさん」

 

 

 

 

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