REGAIN COLORS   作:星月

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転機①

 迅悠一には未来が視える。

 副作用・『未来予知』によって浮かび上がるその光景は、迅が望むと望まないとに関わらず、生じうる可能性が高ければ高いほどより早いタイミングで、より正確な情報で浮かびあがる。

 この時すでに迅には近々勃発するであろう大きな戦いにおける幾重もの未来が視えていた。

 彼の意志に関わらず良い未来も、悪い未来も平等に。

 

 あちこちに瓦礫や破壊痕が残るボーダー本部の近くで、三雲が血溜まりの中に伏していた。大きく開かれた彼の瞳に生気はなく、防衛隊員が止血や蘇生措置を試みるが反応は返ってこない。おそらくは考えうる限りで最悪の未来と言えた。

 

 ——止めなければならない。

 

 終戦後のボーダー本部の空気は異常なほど暗い空気に包まれていた。部隊のチームメイト同志が集まってお互いを支え合っているようだが、見慣れたはずの隊員の姿がどこを探しても見つからない。長年共に戦い、暮らしてきた隊員たちの絆はあっさりと打ち砕かれていた。

 

 ——止めなければならない。

 

 まだ戦時中なのだろうか、本部内で弧月を握りしめるライの姿があった。警戒区域内で戦っていたはずの彼は、一つの報告を聞くや即座に身を翻して本部へと帰還した。

そして戻って来た彼は、ある部屋に広がる光景を目にして目を丸くした。

 言葉を失い、立ち尽くす彼の前に、何かがいる。

 その何かが通り過ぎた跡には、瓦礫の山が広がり、多くの隊員たちが血を流して倒れていて。

 味方の中には、彼の大切な存在の姿も——

 

 そしてライは理性を捨て、獣のような咆哮をあげて、突撃していった。

 

 ——止めなければならない。

 

 今ならばまだ止められる。

 今ならばまだ変えられる。

 

 最悪の未来を回避するために、迅悠一は一人暗躍し続けるのだった。

 

 

————

 

 

「城戸司令達から聞いているかもしれないけど、近々近界民からの大きな規模の攻撃が予想されている」

「……聞いてはいませんが、予想はついてました」

「あれ? さっきの会議で話題には出なかったんだ?」

「城戸司令もできる限り情報は隠したかったのでしょう。ですが、いきなりこのような話題が浮上したんです。何か大きな戦いに備えているという意向は語らずとも伝わりましたよ」

 

 「なるほどね」と迅が一息ついた。

 もちろん城戸が現段階ではB級であるライに情報を伏せた、という観点はあるだろう。

 しかしそれだけではなく、何らかの意図を彼や他の隊員たちに考えさせようとしたのかもしれないか。そんな予感が迅にはあった。

 上層部は将来を見据えて、ボーダー隊員から次期幹部を見定めようとしている動きが見受けられる。今回の情報規制もその一端として彼らの変化を伺おうとしたのではないかと。

 

「まあ君が感じ取っているならよかった。で、問題はそこだ」

 

 いずれにせよ今はそこは重大な事ではない。もっと近い未来の為に動こうと迅が話題を振った。

 

「その攻撃は、かつての大規模侵攻レベルに匹敵すると予想されている。下手すればまた三門市にも被害が及ぶかもしれない上に、ボーダー本部内にも犠牲が生まれる事も危険視されている」

 

 迅の説明にライの表情は一段と険しくなった。

 数年前に起きたという大規模侵攻についてはライもデータで目にしている。1200人以上という犠牲者を出し、三門市が半壊したという戦いは悲惨なものだった。

 その惨劇と並ぶ戦いが、しかもボーダー隊員にも犠牲者が出るとなればライも気が気でなくなるのは仕方のない事である。

 

「つまり警戒区域外にまで戦闘は波及し、さらにボーダー本部への侵攻も起こるかもしれないと?」

「ああ。戦線は非常に広くなるかもしれない。だからこそ上層部は対応すべく君に権限を与えたんだろう。ただ……そこは良い点でもあるけど、悪い点でもあるんだよね」

 

 素早く状況を把握するライに頷きつつ、迅は顔をしかめた。

 彼が単独で動く事で前線で戦う隊員たちの負担が軽くなるという一面はある。

 同時に彼の性質が戦況によってはマイナスに働きかねないという事態も見過ごすわけにはいかなかった。

 

「多分だけど紅月君はもしボーダー本部で何かあれば、ましてや瑠花ちゃんたちに何か危険が迫るとなれば、きっと真っ先に駆け付けるだろう?」

 

 ——たとえ自分の託された役目をかなぐり捨ててでも。

 迅はライの戦う理由を嵐山と似たようなものだと考えていた。かつて嵐山は入隊する際に『有事の際はまず真っ先に家族の元へ駆け付ける』と語った。そして家族が無事ならば心置きなく最後まで戦い抜くと。

 それだけ家族の事が第一であり、大切なのだ。

 そしておそらくはライも同じ事。

 

「はい」

「……だろうねー」

 

 やはりライはあっさりと頷いた。

 わかっていた事だが、ここまでハッキリと頷くとは。清々しく感じるほど迷いが一切ない彼の返答が今は少し恨めしい。

 

「ただ、もしそうなると前線の負担はかえって増えるばかりだ。一段と大きな役割を担う事になった君が一時的に戦線を離れるとなればね」

「だから瑠花を玉狛支部に送れと?」

「うん。王女の方はもともと警備が厳しいし忍田さんの存在もあるから問題ないよ。玉狛支部はどうやら襲撃の心配はなさそうだし、いざという時の備えもある。彼女を大切に思うなら、乗ってみてもいい話だと思うけどな」

 

 一部隊相応の戦力が消えてしまっては戦線が崩壊するリスクがあった。

 ならばその可能性を少しでも減らすためにと迅は提案する。

 ライにとっては大切に可愛がっている妹分のような存在だ。彼女の身を案じる彼からすれば悪くない、むしろ良い提案ではあった。

 

「……僕はあまり賛同できません」

 

 だがライは苦々しい表情を浮かべ、消極的な姿勢を見せる。

 

「ふむ。前みたいに積極的反対というわけではないようだけど、理由は?」

「瑠花一人だけを逃がす、という姿勢自体があまり望ましくない。ならば他の隊員はどうなりますか? 彼女だけを特別扱いするというのは彼女にとっても他の隊員にとっても良い印象を与えないでしょう」

 

 先の話を聞く限りではボーダー本部に犠牲が生まれる以上、危険性はどの隊員にも平等に訪れる。自分の部隊のオペレーターだけを逃がすという手はライ個人としては喜んで受けたい話ではあったが、一隊長としては簡単に応じることが出来ない話であった。

 

「しかもその先が玉狛支部なんでしょう?」

「ん? そこが問題? 遊真の事ならば何も——」

「あなたがいるでしょう」

「おれか」

 

 空閑の事ならば心配は無用だと、説明しようとした迅であったが、矛先が自分に向けられて頬が引き攣る。

 

「玉狛支部に瑠花を送るという事は、例えるならばセクハラ被害者をセクハラ常習犯が住まう場所に送りだすという事です。僕としては到底賛同できません」

「もうちょっと良い例えはなかった?」

 

 というか例えになってない。信頼度が負に振り切ってるライの目は非常に冷たいものだった。

 

「でもその心配は不要だよ。その頃になれば、おれは敵襲に備えて街の各所を回る事になっている。どこに被害が出るのか、いろんな人を見て探るためにね。玉狛支部に滞在する時間はほとんどなくなっているはずだ」

「なるほど」

「最初の理由にしたって、同じく単独行動が予想されるおれとの連携を図ってとか色々理由付けは容易だ。実際玉狛支部は3人もの新入隊員が入った分宇佐美の負担が大きくなるからね。瑠花ちゃんの存在が助かる、というのは本当の話だ。むしろレイジさんたちも動きやすくなる。結果としてボーダー本部への襲撃を狙う敵が現れようとも対処はしやすくなる」

 

 だが、ここで退くわけにはいかないと迅は正論をぶつける。

 ライはメリットとデメリットをしっかり提示すればきちんと話を聞き、冷静に判断を下す人物であるという事はわかっている。さらに本当に大切な存在を守るためならば、彼女を自分の手元から遠ざける事も良しとするという事も。

 だからこそ来る戦いの時の為に、迅は考えうる限りの材料を用意し、ライへ提示した。

 

「……わかりました。確かにあなたの言い分は僕としても納得のいくものだと理解しました」

「おお。それじゃあ」

「ですがこれは僕一人の一存で答えを出す事は出来ません」

 

 迅の真剣さを感じ入ったのか、ようやくライも渋々ながらも同意を示す。

 とはいえ慎重な彼はすぐにこの場で返事をすることはしなかった。

 

「これは瑠花の同意が必要となるでしょう。彼女の了承を得ない限りは簡単に頷くことはできません。明日以降、彼女に『人員が増えた玉狛支部へのサポート』という名目で話を通し、その上で応じてくれれば、という事でいかがですか?」

 

 ライ個人の話ではなく、瑠花の動向に関わることならば自分がこれ以上勝手に話を進めるわけにはいかない。

 一度彼女に話を聞いてからにしたい、という彼の話は迅にとっても最もな意見であった。

 

「ああ。そうしてもらえると助かる」

「説明の際、彼女に本部襲撃の可能性がある話は避けた方がよろしいですか?」

「君の判断に任せるよ。どうせ近いうちに忍田さんから隊員たちに説明がされる予定だからさ」

「……わかりました。では瑠花に話を通し次第、あなたに連絡します」

「よろしく頼むよ」

 

 確認したい事もすでに聞き終えた。

 相談後の報告について述べて、二人はその場で別れる。ようやく長い一日が終わりを迎えたのであった。

 

 

————

 

 

 そして合同部隊と迅の戦闘から一夜明けて。

 ボーダー隊員たちには正式な辞令が下された。

 一つは迅がS級からA級へとランクが変わったという事。

 そしてライが今日から単独で防衛任務に臨む事を認めるという事。

 最後に、二宮隊と紅月隊、影浦隊の三部隊に次シーズンからA級昇格試験の受験資格を回復させるという知らせであった。

 この通達に隊員たちの反応は様々なものである。

 

「おおっ。本当に迅が戻って来たんだな! これは、面白くなってきた」

 

 太刀川は好敵手が同じ立ち位置に戻って来たことをただひたすらに喜び。

 

「うーん。嬉しいけど残念ねー。これで紅月君が私の勧誘を受ける事はまずなくなっちゃったみたいだし」

「素直に喜びましょうよ。私は、やっぱりよかったと思います」

「……そうね。どうせなら紅月君やどこか二宮隊以外の部隊が勝って、二宮君たちの昇格を真っ向から阻止してくれないものかしら?」

「加古さん……」

 

 加古は複雑な表情を浮かべつつも、黒江と共に親しい者の吉報を喜び、そしてかつての同僚に対して苦言を呈し。

 

「あぁ? なんでいきなり認めやがったんだ? 今まで何回勝ったところで受けさせなかったくせによ」

 

 影浦は突然の自隊への知らせに首を傾げ。

 

「えっ? どういう事? これ全部ヤバない? ヤバイよな? つまり迅は個人戦に復帰するって事で、俺の攻撃手6位の座を狙ってくるやろし。ライは一人で防衛任務に参加するって事で、余計に目立つやろし。上3部隊は次のシーズンとか絶対ガチで二位以内を狙ってくるやろし。——なんやこれ。おかしいやろ。あかん、地獄や! 地獄が生まれた! 助けて、マリオちゃん!」

「知るか!」

 

 生駒は目前に迫りつつある危機に冷や汗を浮かべ、細井に冷たくあしらわれ。

 

「——ふん。迅と紅月か。また何かがあったというわけか」

 

 二宮はこの辞令から何かしらの事態があったという事を察して息を溢し。

 

「……紅月」

 

 三輪は無気力な目で、無感情な声で友の名を呼んだ。

 

 

————

 

 

 中学生や高校生が授業を終え、続々とボーダー本部へ学生たちがやって来たころ。紅月隊の作戦室には瑠花が訪れた。

 

「ライ先輩!」

「ああ。お疲れ様、瑠花」

 

 入室と同時に勢いのある声をあげた彼女をライは優しく出迎える。

 部屋の中に鳩原の姿はなかった。今彼女は弟子の絵馬と共に狙撃訓練を行っている最中だ。ライが瑠花と二人っきりで話したい事があるという相談を受け、席を外しているのである。

 

「はい。……知らせを見ました。良かったです。また私達も挑戦権が得られるようになって」

「ああ。我慢強くランク戦を戦ってきた成果が実を結んだんだ。君の活躍のおかげでもある。誇って良い」

「ありがとうございます。それは嬉しいんですけど。——何か、あったんですか?」

 

 純粋に再びチャンスを得た事に嬉しさを抱きつつも、聡い彼女は悟ったのだろう。この通達の裏で、自分が関与していない場所で大きな出来事があった事を。自らの内に宿った複雑な胸中についてライに問いかける。

 

「急にどうしたんだい?」

「だって今回の通達は迅さんのものと同時で、しかもライ先輩個人に関してはさらに二宮隊・影浦隊とは異なりもう一つ個人的な任命がありました。昨シーズンのランク戦が終わった直後でもないのに、おかしいなと思って。少し前にもライ先輩が単独で動いていた時があったから気になったんです」

 

 タイミングと他の部隊との内容の違いは彼女に疑惑を抱かせるには十分なヒントであった。そうでなくてもライは城戸司令の任務を受諾するために彼女たちと別れて行動している時もあった。

 またライが何かの騒動に関与していたのではないかと不安の色を浮かべる瑠花に、ライは安心させるよう柔らかい笑みを浮かべる。

 

「気にしすぎだよ。前は太刀川さんたちが遠征でいなかったから、その分の仕事の一部を託されていただけだ。A級の仕事には正規隊員はあまり関与していない特殊なものもあったからね。むしろそう言った事もこなしたからこそ、今回のような通達に至ったんじゃないかな?」

「そうなんですか?」

「ああ。これからはトップチームも戻って来たし、もう同じ事はないだろう。君には心配をかけてしまったようだな。ごめんね」

「……いえ。ライ先輩がそう仰るならばそうなんでしょう」

 

 どこかまだ納得していないような様子であったが、『隊長の言葉ならば』と瑠花がそれ以上この話題について触れる事はなかった。

 相手の立場を考えて不要に足を踏み入れないでくれるその姿勢がライにとっては非常にありがたい。

 

「ああ。次シーズンは改めてもう一度A級を目指していく。またよろしく頼むよ」

「もちろんです。鳩原先輩もいますし、きっと大丈夫です」

 

 改めて二人はA級昇格を誓った。

 かつて昇格した時とは違い、今は鳩原という名サポーターもいる。ボーダー内で彼女に並ぶ狙撃技術を持つ者はいない。支援能力の高さもこれまでのランク戦で見せつけた。二宮隊・影浦隊と元A級が3部隊も並ぶ今の環境は厳しいが、自分たちならばやれると彼らの姿は自信に満ちている。

 

「ありがとう」

 

 成長し、支えてくれる彼女の存在にライは心の底から感謝の言葉を告げた。

 そして一つ間をおいて、ライは本題に切り込もうと真剣なまなざしで瑠花を見つめる。

 

「さて、瑠花。今日は少し君に話しておきたい事がある。良いかな?」

「何ですか?」

「うん。これは迅さんからの提案なんだけどね」

 

 依頼主の名前を前置きして、ライは話し始める。

 

「来月の頭、つまり新年を迎えた後。君を玉狛支部に派遣して欲しいと頼まれた」

「……えっ?」

 

 突然の要請に瑠花の表情が固まった。無理もないかと、ライはさらに詳細について続けていく。

 

「どうやら玉狛支部に新たな新入隊員が加わるようでね。現在玉狛支部にいるオペレーターは一人のみ。手がいっぱいになりそうだから、よければ手伝ってもらえないかと」

「ああ、なるほど。ビックリしました。移籍とかそういうわけではなく、本当に手伝いでという事ですね」

「もちろんだよ」

 

 どうやら玉狛支部へ転属しないかという誘いだと誤解して動揺したようだった。

 彼女の心配を一蹴すべく、ライはハッキリと自分の意志を口にした。

 

「君から脱退の要請を受けたのならば話は別だが、そうでもない限り紅月隊のオペレーターは後にも先にも君しかいない。僕はそう考えている。だからそんな心配は無用だよ」

「……ありがとうございます」

 

 ライが素直に思った事を口にする。すると真っ直ぐな信頼を瑠花は気恥ずかしく思ったのか、少し視線を下げて頬を赤らめた。

 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、ライは頼まれた仕事について話題を投じる。

 

「その際には出来うる範囲で君には紅月隊を支援しつつ、新入隊員に簡単な指示を出してもらう事になる。幸いうちの戦闘員は二人と少なく、新入隊員たちにも単純な指示を出す程度で良いそうだ。今の君ならば不可能という事ではないだろう。宇佐美の支援もあるしね」

「なるほど」

 

 あくまでも通常の任務と同様にこなしつつ、簡単な支援をこなす。そう難しい事ではない。

 瑠花もここまでは理解できるものであった。先輩オペレーターもいるならば心強い。さほど難しい問題ではなかったのだが。

 

 

「……ライ先輩」

「なんだい?」

「何か、他にも理由があるんでしょうか?」

 

 まだ自分に依頼した理由があるのではないかと問い返す。予想しない反応にライの眉がピクリと動いた。

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