「どうしてそう思う?」
すぐに答え合わせをしたりはしない。
少しでも彼女に考える癖をつけさせようと、ライはあえて反応を示さず、瑠花がそう疑問を抱くに至った理由を問いかけた。
「わざわざ私個人にこのような事を訪ねてきたのが不思議に思いました。私よりもっと経験豊富な方や玉狛支部の人とつながりがある人がいるでしょう? そういった方々に託した方がお互いにとって良いはずです。それに——」
「それに?」
瑠花も長い間オペレーターとして経験を積んできたものの、彼女より経験が豊富なもの、技量に長けたものは多くいる。玉狛とのつながりが深い者も同様だ。
故にもっと適任であるオペレーターがいる中で自分を選んだいう事実が違和感を生み、さらに瑠花が素直に頷くことができなかった原因は、
「それだけの理由でライ先輩が迅さんの話を受けるとは思えないです」
「——なるほど」
迅を警戒するライが彼の頼みを引き受けたという事こそが瑠花にとっては不思議な話であった。彼女もライが自分や黒江、帯島たちの事を気遣っているという事は感じ取っていた。だからこそそんな彼が常に警戒をしている相手の願いを簡単に引き受けるとはとてもではないが思えないと。
素晴らしい観察力と分析力だ。
ライは妹分の成長を喜ばしく思いつつ、やはり全て話をしておこうと決断する。
「その通りだ。僕もこれだけならば到底引き受けなかっただろうし、瑠花があのような男がいる場所へ行くことに賛同するとは到底考えられなかった。——今から話す事は、他言無用で頼む。近々正式に発表されるという話だけど、一応ね」
ライは念には念をと瑠花に注意を入れて、迅の言葉をそっくりそのまま打ち明け始めた。
————
「また近界民の大規模な侵攻が……!?」
ライの説明を受け瑠花は言葉を荒げた。彼女を落ち着かせるべくライは大きく頷き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ああ。そしてボーダー本部にも被害が及ぶ未来もあるらしい」
「だから、迅さんは私を玉狛支部へ移すようにと?」
「君が巻き込まれる、そんな未来が視えたようだ」
正確に言えば迅はそこまで断言していないのだが、迅の口ぶりからライは瑠花が何かしらの攻撃に巻き込まれるのだろうと予測していた。
そもそも瑠花が攻撃とは無関係な場所におり、襲撃を受けないのならば彼女からの通信や合図ですぐにライは冷静に戻るだろうし、本部で待機している隊員たち、場合によっては忍田などが即座に対応に当たるはずだ。
それなのにわざわざ迅がここまで警戒してライに単独で交渉に当たるという事が、彼女が何らかの形で攻撃の被害にあう可能性があると断定しているようなものだった。だからこそライは迅の話に一定の理解を示したのだ。
「そこまでわかっているならば、もちろん僕たちだってより警戒するんだけどね。だけど万が一の可能性もある。それを避けるためにも、君には安全な場所にいて欲しい」
隊長としても、ライ個人としても。瑠花の身を案じて、ライはそう言った。
「とはいえこれは命令ではない。瑠花の意見を聞きたくて話をしたんだ。あくまでも君の意志を尊重する。ボーダー本部の方がいざという時駆け付けやすいだろうし、君も勝手がわかるだろう。そもそも未来だって確定していないんだから。君が行きたくないならば、これまで通りここで僕たちのサポートに徹して欲しい」
最終的な決断は彼女次第だと告げて話を終える。後はただ彼女の答えを待とうと、ライは口を閉ざした。
「イヤです。行きません」
「————」
返事はすぐに返ってきた。
案の定だ。思った通りだ。やっぱりだ。当然だ。わかりきっていた事だ。予想した通りだ。想定内だ。
瑠花は迷うそぶりを見せる事すらなく迅の誘いを拒絶した。
ライは内心で「ほらみろ」と架空の迅に向かって言い放つ。幼い女の子にあのような仕打ちをしたような人間の話など誰が簡単に応じたりするものか。ライの心に暗い感情が渦巻く中、瑠花は淡々と自分の意見を続けた。
「本部に残る私を心配して、という事ならばなおさらです。私だけ安全地帯に行くなんて我慢できません」
仲間たちが危険地帯に赴く中自分だけ安全な場所にいるなんて許せない。
ですから、と少し間を置いて。
「その時はライ先輩が守ってください」
瑠花はそうライに頼むのだった。
危険が迫ると知って、それでも彼女の声に迷いはなかった。
「……当たり前だよ」
純粋な信頼に応えようとライが頷く。
言われるまでもない。
もう二度と大切な存在を失ってなるものか。
今度こそは彼女たちを守り抜いてみせる。ライは瑠花の頭にポンと手を置いて誓うのだった。
————
「——なるほど。よくわかった。では、紅月隊員については、有事の際には遊撃部隊として本部や施設の防衛および隊員たちのサポートに回ってもらうことにしよう」
「そうですね。前線で迎撃に当たってもらっても良いのですが、そっちの方が余計な心配はなさそうです」
ライから断りの知らせを受けた迅は、すぐに忍田の下を訪れ、来る大規模侵攻に向けての討論を行っていた。
本人から叶うならば本部基地の防衛および周囲の警戒に当たりたいという要請があり、彼の提案に応えようと意見をすり合わせる。
本来は単独で動かせるライを近界民迎撃のため最前線に配置する予定だったのだが、本人の強い希望もあってその方針は変更となった。役割は大きく異なるが、それでも問題はないだろう。二人の中に心配はなかった。
「これでボーダー本部における犠牲者に関する可能性はかなり低くなったでしょうし」
むしろ大きな不安が一つ軽くなったのだから。
瑠花がボーダー本部に滞在し続ける事となったためにまだ可能性はある。しかしライに守備・サポートの任務に徹底させる事でその未来が来る可能性は薄くなった。迅としては今回の提案で応じようと応じまいと未来を回避すべく動く予定だったのだ。結果としてまた一つの悪い未来は回避する方向へ移っただろう。
これで本当にライがすぐに本部へ戻るような事態になろうとも対応はしやすいだろうし、何より多くの者がそういった可能性が高いという情報を共有できた。突然重要な人物が現場を去る状態と事前に予想している状態では全く話が違う。ライ本人もあらかじめ意識する事で敵の動きを読みやすくなるだろう。
「後はまた情報を詰めてから部隊の配置だな」
「ええ。とりあえずこの件に関してはここまでで良いでしょう」
これで一つ悩みは減った。とはいえまだまだ悩み事は山積みだ。
三雲の件や正規隊員たちの事。それに——
(後は紅月君の未来をどうするか、だな)
話題の中心人物であるライに視えた、最悪の未来をどう回避するか。
消えない不安を解消すべく、迅はまた一人動き出すのだった。
—————
その頃、ライも来る戦いに備えて行動を開始していた。
今度の戦いはボーダー本部や市街地にまで戦線が展開される、大規模な戦いとなる。少しでも事前に情報を手にし、感覚をつかんでおきたい。
そう考えたライはある人物と連絡を取ると、ボーダー本部のラウンジへと足を運んだ。
「こんにちは。紅月先輩、お疲れ様です。それとおめでとうございます」
ソファに腰かけていると、ほどなくして彼が呼び出した相手である那須がライに気づいて声をかけた。
「ありがとう。またチャンスを手に入れられてよかったよ。——那須さんの体調は大丈夫かな?」
「ええ。近界民の大規模捜索後は防衛任務も特に入れてなかったので、最近は調子が良いんですよ?」
「そうか。それは何よりだ」
あまり体が強くない那須の調子を気遣うライだが、彼女は気丈に振る舞い万全をアピールする。
その知らせにライは良かったと胸を撫でおろした。あるいは日を改める必要性があるとも考えたが、その心配はないようだ。
「今日那須さんを呼んだのは頼みがあってね。明日、時間は空いているかな?」
「明日? ええ、学校が終わった後でよろしければ大丈夫ですけど。射撃訓練ですか?」
「うん。ちょっと違うけど、でも射撃に関する事ではある」
「と言いますと?」
いつもの射撃訓練ではないが射撃に関する事。一体どういう事なのかライの要望がわからず、那須は首を傾げて先を促す。
「警戒区域外の市街地における射手の立ち回りや移動ルート、射撃の軌道の設定。射手の立ち回りを専門分野である那須さんに少し相談をしたいんだ」
「警戒区域外、ですか?」
那須が繰り返し問うと、ライが静かに頷く。
「警戒区域外は正直僕は土地勘があまりない。データだけではなく、感覚として今のうちにつかんでおきたいんだ。特に射撃は味方との連携も必要になる上に市街地での戦闘となれば機動力が必要となる。両方を兼ねた那須さんと意見を共有したい」
「それは構いませんけど」
状況を考えればライの求める適正は那須が当てはまった。
射手には他にも優れた実力者たちが集うが、ライも扱う変化弾を武器とし、機動力に長けた隊員となれば那須がうってつけの存在だろう。
ゆえに理解できない話ではなかったのだが。
「また警戒区域外で戦闘が起こる可能性があるんですか?」
「……万が一に備えてだよ」
つい先日も警戒区域の外で門が生じた事例があるために決しておかしい話ではなかった。しかしその事件は先日収まったのだからそこまで対策を打つ必要があるのかは疑問である。
改めて那須が尋ねるとライは曖昧に言葉を濁した。
ライも確信があるわけではない。迅の未来だって外れる可能性があるのだから断言はできなかった。
内容が一般市民も暮らす市街地という事もあって余計に情報の重要性は高い。下手に言い切るわけにもいかず、そのためライはこうしてうやむやな答えを返した。
「——わかりました。私でよければ構いません。いざという時、私にとっても有益になるでしょうし、念を入れておくに越した事はないですから」
これ以上聞かれるとライは対応に困るところだったのだが、ライの心中を察したのだろう。それ以上那須が深く疑問を呈する事はなかった。
了承の返事をすると、ライは気持ちが軽くなり、笑みを浮かべる。
「ありがとう。じゃあ明日の放課後だね。人も集まりやすく建造物も多い映画館の近くを特に念入りに調べておきたいから、一緒に来てくれ」
何も深い意味はなく、淡々とそう口にした。
「えっ? 映画館、ですか?」
「うん」
「あっ、そうですか。はい、良いですけど、別に……」
すると突然行き先が映画館の周囲であると知った那須が突如切れが悪くなる。所々言葉に詰まり、何か言いたげだが言葉にするのは憚られるような状態であった。
「あの、紅月先輩」
「なんだい?」
「その。二人っきり、で行くんですか?」
自分の勘違いではないだろうか。念のためにと那須は恐る恐る尋ねる。
するとライは彼女の疑問を悪い意味で受け取ったのか、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめん。僕と二人では嫌だったかな? それなら他の人にも声をかけるけど」
「いえ、いいえ。そうではないです。大丈夫です。……それでは、また明日」
那須はそう言うと、頬を赤らめてそそくさと退散していった。
何か変な事をしてしまったのだろうか。ライは自分の発言を振り返るが、答えが出ることはなかった。
————
「許さんぞライイイイイイイ!!!!」
「何事ですか、イコさん」
「とぼけんなや。こっちは全部情報をつかんどるんや」
「ですから何の事ですか?」
次の日の夜、ボーダー本部に帰還したライは廊下で生駒と出くわすと、必死の形相を浮かべる生駒に壁へと追い詰められた。
すさまじい叫びをあげて怒りを訴えるものの、ライには一体何に対するものなのか見当がつかない。
「とぼけても無駄やで。隠岐と海が証言しとんや。自分が夕方、那須さんと並んで良い感じで映画館の方へと向かってくのを見たってなあ!」
「はい。それで?」
「『それで?』ちゃうやろ! 自分、一人だけ那須さんとデートなんかして、許されると思っとるんか!」
「デートじゃないです」
チームメイトの発言を決め手として生駒は弟子に言い寄るものの、ライは微動だにしない。
「ここまで来てまだとぼけるつもりか? 言い逃れしようとも無駄やぞ? 早く吐いた方が楽やで?」
「これは取り調べなんですか?」
「ずいぶん楽しそうに歩いてたって言っとったで? ほなら那須さんと何の話をしてたのか洗い浚い話してみ?」
あくまでも無罪を主張するというのならば話を聞こうと、生駒は当時の様子を聞き取り始める。万が一これで少しでもデートの雰囲気を少しでも出したらさてどうしてやろうかと身構えて。
「何って。屋上での移動経路や変化弾の弾道設定、置き弾の設定位置に——」
「ちょっと待って」
自分とは住む世界が全く異なる内容を想像していた生駒は、ボーダーで聞きなれた言葉の数々を耳にして困惑した。
「えっ? 何? どういう事? 自分アホなん? なんでデート中にそんな戦闘の話とかしとんの? それデートで言ったら嫌われるやつちゃうん?」
「だからデートじゃないと言っているでしょう。那須さんには射手の観点からいつもとは異なる場所の戦いについて意見を聞いていただけですって」
「おー。なるほどな。いやちゃうで? 俺は本当は全部わかっとったんやで? でも隠岐達が『あれは間違いない』って言うて聞かんかったんや。俺は弟子を信じとったんやけどここは一つあいつらの為に白黒ハッキリさせたろと思うてな?」
「……そうですか」
あっさりと手の平を返してライの肩を上機嫌に叩く生駒。態度が急変した師匠をライは優しい目で見るのだった。
「ほならそのあとは特になんもなく戻ってきたんやな?」
「いえ。一通り分析が終わった後は那須さんが『折角ですので』と誘ってくれたので一緒に映画を見て」
「はっ?」
「そのあとは近くの喫茶店に入ってゆっくりしながら他愛のない会話をして」
「おい?」
「デパートに入って色々お店を見て回って——」
「黙れや」
「何故?」
いつもの調子に戻っていた生駒だったが、ライからその後の話をされるとすぐさま表情が険しくなり、ついには敵意をむき出しにしてライを睨みつけた。
「誰がそんな事を話せって言ったんや?」
「イコさんです」
「人のせいにすなや!」
ライは正直に話をしたのだが、生駒の怒りが収まることはなかった。