REGAIN COLORS   作:星月

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再会

 那須と外出し、生駒に問い詰められた翌日の土曜日。

 今日は特に防衛任務のシフトも入っていないため、ライは午前中作戦室で瑠花に試験勉強のサポートを務めながら本部で待機し、そして間もなく16時を迎えようとしたところで作戦室を後にした。

 

「良い所で会ったな、ライ」

「……扉を開いた瞬間に遭遇するって、待っていたんですかイコさん?」

「さっき来たところや」

 

 そしてライが部屋を出たと同時に生駒とゴーグル越しに視線が合う。

 廊下で仁王立ちしていた師に、ライはただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「いやな、個人戦やりにきたとかでさっき迅と会ってな? ここで待ってればすぐに自分が出てくるって教えてくれたんや」

「副作用の無駄遣いですね。で、何かありましたか?」

 

 絶対に使い道を間違えてる。同時にここまで確実性があるものならば読めるものなのかと、ライは迅の未来予知の力に感心しつつため息をこぼした。

 

「おお。自分に話したかどうか忘れたけど、女の子にウケが良いかなってギターを始めたんや。けどな、披露する機会がまずないという事に気づいたんや」

「なるほど。それで?」

 

 初耳である情報だが、下手に突っ込めば話が長くなるという事はいつもの付き合いでわかっていた。ライは聞き手に徹し、情報把握に努めるのだった。

 

「んで、さっき柿崎と迅とその事について話したら、迅が『料理とかいいんじゃないか』って言いだしたんや。ついでに自分が料理できるんだから、ちょっと頼んでみたらって」

「……ほう」

 

 面倒ごと(イコさん)を全部押し付けたな。

またライの中で迅の株は低下の一途をたどり続ける。

 同級生の評価が暴落する中、そんな事を知る由もない生駒はさらに話を続けた。

 

「そういえば自分よくここでも料理をするなーって事思い出して、ほなら頼んでみよかなって。今日も本部内にいたみたいやしなんか作っとったんやろ?」

「まあ、確かにおやつにもチュロスを作って瑠花たちにもあげましたが」

「チュロス?」

 

 つい先ほどの出来事を思い返してライが答える。聞き覚えのある単語を耳にした生駒は彼の言葉を反芻し、問いを返した。

 

「チュロスって、あのねずみの国で食べるやつか?」

「そうですね。瑠花の同級生たちがこの前遊びに行って食べたという話を聞いたそうで。なので気分だけでも味わってもらえたらなと」

「あれって夢の国でしか作れないようなやつとちゃうの?」

「もしそうだとしたらどうやって僕らは現実で食べるというんですか?」

 

 相変わらず本気なのか冗談なのか判断がしづらい師の言葉だ。

 ちなみにチュロスとは本来はラテンアメリカ各国で食べられている揚げ菓子の一種であり、現在の日本では生駒が語る場所の他にもドーナツ屋さんなどでも販売されている食べ物である。

 

「はー。でもやっぱすごいな自分。お菓子作りまでしとるんか」

「本場には及ばないでしょうがね。まあでもこれで気分転換になったらと思いますよ。すべての試験が終わったら一緒に行こうかと約束したのでこれが彼女の士気向上につながってくれたら」

「ちょっと待て」

 

 可愛がっている妹分の事を案じ、幾分か穏やかな声でそう続けるライ。

 しかしその内容が生駒にはあまりにも聞き逃せるものではなく、目ざとく食いついた。

 

「自分、昨日那須さんと出かけた次は今度は瑠花ちゃんと二人っきりでテーマパーク? おかしいやろ。なんで自分だけそんな……!」

「ああいえ。その頃は試験だけでなくランク戦もまだ残っているでしょうし、都合がよければ部隊の皆で行こうかなって」

「女の子が増えとるやん!」

 

 紅月隊の男女比は1:2で女子が多い珍しい部隊だ。当然部隊での外出となれば人数比がそのまま現実と化す。

 そんな事は許せないと、生駒は語気を強めて訴えた。

 

「あかん。それはあかん! 年頃の男女が3人だけで外出なんて、イコさんは許さんで!」

「ええ。瑠花も同年代の知り合いがいた方がよいでしょうし、那須隊や加古隊の人たちにも声をかけてみようかなと話にはなりましたが」

「おお、なるほど。たしかに防犯的な意味でも人数はいた方がええもんな。さすがに3部隊もおればしっかり男女比も改善され、て? ——余計に悪化しとるやんけえ!」

 

 一瞬納得しかけたものの、今名前が挙がった部隊のメンバーを脳裏に思い浮かべ、生駒は怒りのあまり怒鳴り散らした。

 紅月隊だけの場合の男女比=1:2

 3部隊合同の場合の男女比=1:10

 生駒もビックリの圧倒的な人数差である。

 

「あかんやろ。それこそ何で俺の部隊を誘おうとか考えないんや? イコさん泣きそうや」

「生駒隊は、南沢が気づいたらどこかに行ってしまいそうで危ないかなって」

「正論」

 

 咄嗟に自分の部隊を名指ししたが、確かにライの言う通りふとした拍子で行方をくらましそうな後輩が簡単に想像でき、それ以上強く言う事ができなかった。

 

「アカン。ここまで弟子とモテ度の差があったんか。さすがにここまで計画立ててるとは思わんかったわ」

「別にモテてませんって。今日も少し瑠花を怒らせてしまいましたし」

「女の子に現を抜かすからや。——あっ。間違った。言う事と思う事間違ったわ。それは大変やな。何があったん?」

「……今の指摘を受けてそれでも続けろと?」

 

 すぐに訂正してもすでにライの耳に届いてしまっている。

 だが生駒は『はよ』と急かすばかりで逃げ場を与えてくれない。仕方がないかとライは一つ間を置いて説明を始めた。

 

「先ほど言ったようにおやつを作ったんですけど、試験のストレスや勉強ばかりの生活のせいか、瑠花が『最近少し体重を気にしてて』と話しまして」

「ああ。まあ受験シーズンはしゃーないわな。運動もあまりできへんやろし、オペレーターやから本部でも基本的に座ったままやろし」

「そうなんですよね」

 

 受験生とあって今までの規則正しい生活から少しリズムが崩れ、体格も変化が生じても不思議ではない。むしろ多くの人が抱える悩みの一つだろう。これは生駒も納得できる事であり、ライの言葉に何度も頷く。

 

「なので一言声をかけて抱っこしてみたんですけど、やはり軽かったから『大丈夫だよ』と言ったんですが、それでちょっと怒られちゃって」

「自分何しとんの?」

 

しかし続けられた言葉は生駒の理解の範疇を完全に超えており、納得できず疑問を呈した。

 

「いやいや。そら怒るやろ。女の子を抱っこするとかそんなんいくら仲良くても」

「でも僕、初めて瑠花と会った時にも抱っこしましたし」

「はっ?」

 

 生駒の目が驚愕に目を見開き、『まさか』と視線で訴えるもライはびくともしない。

 

「いや、さすがに冗談やろ? 初対面の女の子にそんな事したらしばらくは口を利いてもらえなくなるやつやん。自分どうやってそこからオペレーターの勧誘とかしたんや?」

「えっ? その日のうちに二人で部隊を組むと約束しましたよ」

「なんで????」

 

 おかしい。そんな事ありうるはずがない。

 しかしライの顔からふざけている様子は見られなかった。

 つまり本当に彼の語る言葉が真実だと、これが師弟の間に存在する決定的な戦力の差だというのか? 生駒は二人の間に存在する明瞭な壁の存在に戦慄する。

 もちろん真相はライが瑠花を危機から救うために咄嗟に起こした出来事であり、お互いそこまで気にする余裕がなかったというのが答えなのだが、生駒が己の勘違いを正せるはずがなかった。

 

「ライ。やっぱりモテるためには自分から学ぶしかないと確信したわ」

「そんな確信いらないです」

「まあまあ、そう言わず。な、今度また料理とか教えてや。今後の為にもなるかもしれんやろ?」

「後者に関しては確かにその通りなんですが」

 

 その通りではあるのだが、やはり生駒が考えている本来の目的から抵抗感を覚えてしまう。

 とはいえ料理は生活に必要なスキルである事はまた事実。あるいはここで教える事がいつか役に立つ可能性も捨てきれなかった。

 

「わかりましたよ。ですが今日すぐには無理です。時間があるときに声をかけますから、それで今日は下がってください」

「おお、頼むで! ん、でも自分今日は防衛任務入っとらんやろ? どこに行くつもりやったんや? ランク戦か?」

 

 何とか弟子からの快諾を得て生駒が一息つく。

 そして『今日は無理』という話と彼の行動から、予定がないはずの彼が本来は一体どこに出かける予定だったのか。ふと疑問に思った生駒が問いを投げた。

 

「はい。佐鳥から仮入隊者の指導の手伝いを頼まれてまして。今から狙撃手訓練場へと向かうところです」

 

 尋ねられたライは淡々とそう答えて生駒と別れると、訓練場へと向かって行った。

 

 

————

 

 

 生駒との問答で時間を食ってしまった。

 余裕がある様に出るつもりだったので幸いにも遅刻はしなさそうだが、佐鳥は訓練生が早めにくれば先に始めていると語っていた。

 遅れがあっては申し訳ないと、ライは少し足早に歩を進める。

 訓練場に辿り着くと、やはり指導は始まっていた。佐鳥が一人の少女を相手に何か説明を続けているようだ。おそらくは彼女が話に上がっていた仮入隊者だろう。

 

「佐鳥!」

「おっ? おー、お疲れ様です! 来てくれたんですね!」

 

 少し大き目の声で名前を呼ぶと、指導担当である佐鳥が笑みを浮かべてライを出迎えた。

 

「ああ、すまないな。約束よりも遅れてしまったか」

「いやいやとんでもない。まだ予定よりも早い時間ですし、本当に助かりますよ」

 

 ライが一言謝罪するが、元々佐鳥が訓練者を気遣って時間を早めただけだ。だから気にする事はないと、佐鳥はむしろ助っ人の登場に感謝するのだった。

 

「あー!」

「うん?」

 

 突如として佐鳥の隣にいた少女の口から大きな声が木霊した。

 

「いたー! 佐鳥先輩、この人っす。えっと、そうだ。紅月先輩!」

 

 少女はライを指さして彼の名前を呼ぶ。

 名指しされたライは彼女の顔を見ると、見覚えのある顔立ちに記憶を呼び起こした。

 大きめな猫目に前髪が少しはねた明るい短髪の少女。間違いない。十日ほど前に調査の為に接触した生徒であった。

 

「君はたしか、三門第三中学校で会った——夏目さん?」

「はい。お久しぶりっす!」

 

 確認の意を込めて名前を呼ぶと、夏目は嬉しそうに年相応の笑みを浮かべる。

 

「えっ? なんだ、紅月先輩の知り合いだったんですか?」

「ああ、ちょっとね。名前までは見ていなかったから気づかなかったよ。ならなおさら丁度いいな。佐鳥、彼女の訓練指導は僕が受け持つよ。たしか他にも嵐山隊の仕事が残っていただろう? そちらに行ってくれて構わない。何かあればすぐに報告する。」

「おお。それは助かります!」

 

 嵐山隊の仕事は多忙を極める。一つでも仕事が減るならば大助かりだ。

 佐鳥は大喜びで後の事を任せ、作戦室へと戻っていった。

 

「いやー、本当に会えるとはビックリしました。仮入隊の間、ここに来るか迷ったんですけど、紅月先輩にお願いした事もあったし、せっかくだから来てみようかなって」

「うん。僕も丁度佐鳥にお願いされた日で助かったよ。狙撃手志望とは知らなかったから、ちょうど日が合って良かった。——銃を扱うのは初めてだよね? じゃあまずは基本的な構えから教えて、そのあとで実際に練習してみようか」

「お願いします!」

 

 ライの説明を受けた夏目はニッと笑い、頭を軽く下げた。

 黒江や帯島とはまた違ったタイプだ。下手に気負う様子もなく、年相応の明るさに当てられ、自然とライも頬が緩むのであった。

 

 

————

 

 

「肘を落として、膝の少し前くらいの位置で固定して。脇を閉めて。銃の後ろを肩の付け根部分に当てて固定して。——そう。姿勢はそんな感じだ」

「はいッス」

「よしっ。それじゃあよく的を狙って」

 

 膝立ちの姿勢について教わり、夏目がじっと数百メートル先の的へと狙いを定める。

 初めてならば枠の中を射抜ければ上等と言えるだろう。

 夏目の後ろに控えるライは彼女の構えに乱れがないか注視しながら時間を図り、タイミングをうかがう。

 

「撃て!」

 

 ライの声を合図に、イーグレットの銃口が火を噴いた。

 すさまじい速度で放たれた銃弾がまっすぐ突き進み、そして着弾する。弾は的の枠の中、中心から左下に十五㎝ほどずれた位置を撃ち抜いていた。

 

「当たった!」

「うん、良いね。初めてでこの結果は良い結果と言えるだろう」

「本当っすか?」

「ああ。そうしたら今の感覚を忘れないように連続でやってみようか。もう一度構えて」

「了解!」

 

 初めて狙撃銃を使い、そして命中した喜びから歓喜の声をあげる夏目。

 ライの称賛もあって気をよくしたのか、言われるがまますぐにもう一度構えなおす。

 そして今度は一発を撃った後は、構えをそのままにさらにもう一回、二回と繰り返した。

 リロードをしながら弾を10発ほど撃ち続ける。結果、枠外に逸れた弾は三発、下に逸れた弾が二発、上に逸れた弾が一発、左下にそれた弾が四発という結果であった。

 

「うー。やっぱり難しいっすね。中々真ん中にはいかないか」

「狙撃訓練に関しては慣れが必要だからね。繰り返しやって行くことが大切だ。感覚をつかんでいけば自然と上達していくよ」

「本当っすか?」

 

 狙っても最初から的の中心部に当てるのは難しい。

 思うように弾が進まず、夏目は悔し気に顔をしかめる。

 ライの言うように反復練習が必要となるために仕方のない事なのだが。

 

「おー? なんだ紅月、また新しい女の子か?」

 

 どう諫めたものかと、ライが考えに耽っている所に陽気な声がかかる。

 振り返るとリーゼント頭がすぐに目に入った。先日も共闘したばかりの当真である。

 

「当真。人聞きの悪い言い方はやめてくれよ」

「悪い悪い。どーもお嬢さん。俺は当真勇。同じ狙撃手だ、よろしく」

「どうも。夏目っす」

 

 軽くライに謝罪を入れて当真は夏目に自己紹介を済ませた。そして視線を夏目が練習していた的へと移し、ライに問いかける。

 

「今日はなんだ。訓練日じゃねえ時に個人練習の手伝いか?」

「いや、彼女は少し違うよ。仮入隊だ」

「あーなるほど。見た事ないと思ったらそういう事か」

 

 だから初めて見たわけだと納得の表情を浮かべる当真。

軽い調子で語りつつ、当真の鋭い視線が的と銃痕をじっと捉え続けていた。

 

「ちょっと横から見てたけど、それなりに枠内は捉えられてるが、偏りがあるって感じか」

 

 初心者ならば決して悪くはないが、改善の余地は大いにある結果だ。当真は『手伝ってやるか』と二人に歩み寄る。

 

「よし、ちょっと働くか。俺の指示通りにやってみろ」

「いいんすか?」

「ああ。紅月、お前は横から見てろよ」

「横?」

 

 言われるがまま夏目は再び先ほどの姿勢に戻り、照準器越しに的を見据えた。

 ライもレーンの横へと移動し、夏目の態勢や視線をじっと観察する。

 そしてある一点に気づき、ライの眉がピクリと動いた。

 

「はい。もうちょっと右狙って。もっと、もっとだ」

「えっ? まだっすか?」

「いーからいーから。やってみ」

 

 夏目が狙いを定める中、当真はアドバイスを続ける。その声に従い、姿勢を維持したままゆっくりと銃を右へと移動しながら狙いを定めて。

 

「はいそのままー。撃ぇーい」

 

 合図が出るとその位置で銃身を止め、引き金を引いた。

 当真の声に従った銃弾は、一発で的の中心を捉えていた。

 

「うお! マジど真ん中! スゴ!」

「なっ。さっきのは左に寄り過ぎてたんだよ」

 

 自分で撃ったとは信じられない。思いもしない結果に夏目は戸惑いの色を隠せない。

 だが当真は全く動じる事無く『当然だ』と調子よく笑うのだった。

 

「——なるほど。片目照準によるブレか」

「多分な。明らかに片側に寄ってたから、後は好きに片目と両目、どっちの照準でも慣れさせれば良い感じに仕上がるだろ」

 

 横で控えていたライが当真へと歩み寄る。彼も夏目が先ほどまで上手く行かなかった原因に思い至り、当真に声をかけるとは当真は軽く頷いた。

 片目照準、つまり一方の目を閉じて反対の目だけで対象を見て狙いを定めるという事だ。逆に両目を開けたまま照準を定める事を両目照準と呼ぶ。

 よく照準器を覗き込む際には片目照準で行うが、人は左右で見る像がわずかに異なり、左右に位置のずれが生じてしまうのだ。

 横から眺めていたところ、夏目も無意識のうちに片目で狙いを定めていた事に気づいた。当真もそれを知ったからこそ水平方向のズレを計算し、修正させたのだろう。

 原因さえ分かってしまえば、あとは当真が語る様に片目でも両目でも行わせ、精度を高めさせていけばいい。

 両目照準にも照準器と目標を直線的に同時に視る際に二重に見えてしまったりするデメリットがある一方で視野が広がるというメリットがある。とにかく練習を積み、本人が感覚をつかんでいくことが一番だろう。

 

「よくすぐに見抜いたね。さすがNo.1狙撃手といったところか」

「煽てたってなにもでねーよ」

 

 指導担当というわけでもないのだから、注意深く観察していたわけでもないはず。それにも関わらずあっさりと原因に気づき、その対処まで完璧にこなしたのだから大したものだ。

 ライが素直に当真を称賛すると、彼はいつものように小気味よく笑うのだった。


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