REGAIN COLORS   作:星月

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発端

 狙撃手志望者たちが雨取の砲撃によって激しい衝撃を覚えていたころ。

 攻撃手・銃手組の間でも大きな騒動が起きていた。

 

「なっ。なんだこいつ!? マジか!」

「これは、驚きですね……!」

 

 訓練を個室で観戦していた諏訪や堤がその光景に目を奪われ、言葉を失う。

 新入隊員が行う事が恒例となっている近界民戦闘訓練。大型近界民を相手に如何に戦えるか、どれだけ早い時間で倒しきれるかを試される試験である。

 一分切れれば優秀とされる試験。歴代のクリア記録を見ても黒江の11秒、木虎の9秒、緑川の4秒など、現ボーダーの主力とされる秀才たちも倒しきるには数秒は要する試験であった。

 

「0.6秒でクリア……!? 歴代最速のタイムだ!」

 

 その試験を空閑はわずか0.6秒と一秒すらかける事無く近界民を地に沈めた。

 

「こんなもんか」

 

 当の本人は飄々とした態度で余裕を崩さない。

 突如として現れた新星に誰もが目を疑った。

 

「そういう事だったのね……」

 

 ただひとり、木虎だけは他の隊員たちとは異なり、空閑の実力に納得する。

 彼女はかつてイレギュラー門が発生した際に空閑と遭遇していた。

 中学校の襲撃、彼女は三雲以外の第三者の介入によって近界民が撃破されたのではないかと疑っていた。

 そしてその事件の際、常に三雲の傍に控え、常人とは思えない雰囲気を醸し出していた異質な存在が空閑であった。

 

「三雲くん。あなたの学校を襲った近界民を撃退したのはあなたじゃなく、彼ね? そうでしょう?」

 

 木虎は確信をもって、彼女の隣で訓練を見守っていた三雲に問う。鋭い視線は嘘は許さないと雄弁に語っていた。

 すでに空閑の正体が近界民であるということはボーダー本部にばれている。ならばこれ以上は隠す必要はないか、そう考えに至った三雲は観念し、小さく息を吐いた。

 

「ああ。そうだよ」

「やっぱり! そういうことだと思っていたわ! 三雲くんひとりであんなことできるはずないと思っていたもの!」

「……そうか」

 

 なぜか得意げに語る木虎に三雲は相槌をうつに留まる。

 負けん気が強い彼女にとって、同年齢である三雲という実力を計りかねる存在は不気味に思えていたようだ。

 

「――訓練はどんなかんじだ? 修」

「あっ」

「か、烏丸先輩! お、お疲れ様です!」

「おう」

 

 すると、突如彼女たちの後ろの廊下から声がかかる。

 声の主は玉狛支部の隊員、烏丸であった。

 木虎にとっては憧れを、好意を抱いている男性である。突然の来訪に彼女は頬を赤らめ、平常心を保とうと必死に声を振り絞った。

 

「空閑がかなり目立っていますけど、それ以外は順調ですね」

「そうか。まあそこは予想通りだな。……今回も嵐山隊は入隊指導を受け持って大変だな。よくこなしているよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 空閑が注目の的になるであろうことは玉狛支部の人員は予想していた事。三雲の報告に納得し、そしてそんな突然の即戦力の登場という事態にも滞りなく進行を進める嵐山隊の姿に烏丸は感心した。

 彼の言葉を素直に受け取り、さらに木虎はここぞとばかりに烏丸に提案する。

 

「あの、よろしければまた稽古をつけてもらえませんか? 最近は烏丸先輩と本部で会う機会も限られていますし」

「お前はもう十分強いだろ。教える事なんてないよ」

「そんな。まだまだですよ」

 

 木虎はすでにA級部隊のエースだ。力は十分すぎるほどにある。

 だからそれは無用だろうと烏丸は指摘するが、この機会は逃したくないと木虎は続けて言う。

 どうしたものか、と烏丸は悩んだが。

 

「……そういえば、お前は修と同い年だよな?」

「はい、そうですが?」

「なら丁度良い。お前もこいつに色々教えてやってくれ。俺の弟子なんだよ」

「はっ!? ……弟子!? 三雲くんが、烏丸先輩の、ですか!?」

「ああ、そうだ」

 

 烏丸が提案すると、木虎は衝撃のあまりその場で硬直した。

 弟子、つまり一対一で訓練し、指導するという親密な関係。

 しかも玉狛支部となれば本部よりも人が少ない分、より接する時間が増えるだろう。

 

(う、羨ましい……!)

 

 三雲の恵まれた環境を知り、木虎は羨望の気持ちを抑えきれなかった。

 

「お前にとってもそう悪くない話だと思うぞ。村上先輩もこいつにレイガストの基礎を叩きこんでくれたから、今後弟子を取るとしたら村上先輩と指導方針について語れると思うし」

「えっ!? 村上先輩からも教えを!?」

 

 さらに続けられた説明に木虎が目を丸くする。

 村上、すなわち村上鋼。木虎にとってはまた特別な意味を持つ人物の名前である。

 

「ああ、そうなんだ。――木虎もやっぱり村上先輩の事は知っているか」

 

 今や攻撃手No.4と言われる実力者、それが村上だ。

 ボーダー隊員ならば当然知っているだろうと、三雲は特に深い意味もなく呟いたのだが。

 

「まあ木虎の場合はちょっと特別だからな」

「えっ?」

「木虎と村上先輩は同期入隊なんだよ」

「そうなんですか!?」

「……そうよ」

 

 三雲の声に小さく頷く木虎。

 木虎がA級で村上がB級であるとはいえ、木虎は決して彼を過小評価していない。

 それどころか瞬く間に攻撃手として、個人で頭角を現した村上は彼女にとっては非常に大きな存在なのだ。

 

「そう。村上先輩も、か」

 

 木虎は誰に向けるでもなく、小さな声で呟いた。

 

 

――――

 

 

 同時刻、ある部隊の作戦室に二人の男女が机を挟んで話し合っていた。

 

「お、お久しぶりです。――二宮さん」

 

 その部屋・二宮隊の作戦室の主に、かつては自分も一員だった少女、鳩原は恐る恐る口を開く。

 

「そうだな。紅月がいなければ滅多なことでもない限り一人では訪れようともしなかったお前が、こうしてあいつがいない時に来るのは珍しい」

「えっと。その、やはり居心地が悪いというか、申し訳ないというか」

 

 彼女が作り笑いを浮かべる中、対面に座る男性・二宮は淡々と事実を述べた。

 一切の配慮が感じられない厳しい声を前に鳩原はいたたまれず頬をかく。

 やはり訪れるべきではなかったか、せめて他に誰かいて欲しかったと来て早々に後悔が彼女の頭の中に浮かび上がった。

 

「前口上はいらん。お前が一人で来たという事は、やはり何か目的があっての事だろう?」

 

 鳩原が言葉に詰まる中、二宮が先んじて彼女の要件を問う。

 無駄をあまり好まない二宮の性格に由来する言葉だが、今はそれが少しばかり嬉しく思う。

 

「はい。本当は、紅月くんから『今日はあまり外出しないように』って言われてて。それに今日は頼まれたわけでもないのに紅月くんの方から訓練の指導に参加するって聞いて。それで何かあったのかなって思って調べて分かったんですけど」

「なんだ?」

「……今日入隊する狙撃手の一覧に、気になる名前を見つけて」

 

 二宮に促され、鳩原は『これです』と一言添えて端末を机の上に差しだした。

 その端末を手に取り、入隊者一覧の項目に目を通す二宮。

 やがて普段は目にしない狙撃手の項目の中に見覚えのある名前を目にし、二宮はその場から立ち上がった。

 

「……わかった。鳩原、お前は紅月の指示通り待機しておけ」

「えっ? 二宮さんは?」

 

 端末を鳩原に返し、二宮は彼女に短い指示を出して話を終えようとする。

 一体自分はどうするつもりなのか。鳩原が問いかけると、

 

「確認する事ができた」

 

 二宮はそう告げて、作戦室を後にしたのだった。

 

 

―――― 

 

 

「――なるほどな。面白い」

 

 訓練生たちに加え嵐山隊や諏訪など多くの達員たちが空閑という逸材に皆注目する中、他にもこの一連の光景を観覧席で目撃していた者がいた。

 その一人が風間である。

 歌川、菊地原の同部隊の二人と共に訓練の様子を観察していた彼が、沈黙を破ってゆっくりと訓練場へと降りていく。

 

「風間さん。来ていたんですか」

「ああ。訓練室を一つ貸せ、嵐山。迅の後輩の実力をこの手で確認する」

「待ってください! 彼はまだ訓練生で、トリガーだって……」

「俺は構わないよ」

 

 突然の風間の申し出。

 手合わせをしたいと言っても空閑は入隊式を今日迎えた身でありまだ訓練生だ。トリガーも訓練用でスコーピオンを一つセットしているだけ。

 とても勝負にはならないだろうと嵐山が間に割って入る。

 なんとか止めようと試みるが、当の空閑はやる気満々で風間の提案を受けようと譲らない。

 

「いいや。お前じゃない。――三雲修。お前だ。お前の実力を確かめたい」

 

 だが、風間は視線を空閑から三雲へと移して改めて告げた。

 訓練生ではなく、正規隊員に昇格したお前ならば問題ないだろうと、重ねて誘う。

 

「受けなければならないという規則はないぞ、三雲くん」

「模擬戦は互いの合意がなければできない。お前がやりたくないなら今断っておけ」

 

 嵐山と烏丸は三雲の身を案じ、拒否も手であると助言した。

 風間はA級3位の部隊を率いる隊長。個人でも攻撃手2位の地位に立つ実力者だ。

 とても今の自分が太刀打ちできるような相手ではない。

 それは三雲もよくわかっていた。

 

(――でも、遠征部隊に選ばれるためには、いずれは超えなければならない相手だ)

 

 だが、いつかはこの強さとも向き合わなければならない時がくる。

 ならば今のうちにその強さを知っておきたい。

 確固たる目的が、三雲を挑戦への道へ背中を推し進めた。

 

「わかりました、受けます。よろしくお願いします、風間先輩」

 

 背筋を伸ばし、はっきりとした声で三雲が風間に肯定の返答をする。

 この答えに烏丸や嵐山はもちろん、空閑も含めたこの場を見守る隊員たちが皆揃って感嘆した。

 

「――はいはい、訓練が終わった人は先にラウンジに戻って休憩するよ」

 

 新入隊員たちが珍しい対戦を前にどよめく姿を目にし、時枝がいち早く指示を飛ばした。

 強敵との模擬戦を見世物にする必要はない。彼の細かい気配りに三雲は小さく頭を下げた。

 

「修。わかっていると思うが」

「はい。僕が勝てる相手ではない、そうですよね」

「わかっているなら良い。無理はするな」

「はい!」

 

 烏丸が最後に確認を済ませると、弟子の肩を叩いて送り出した。

 強さを測り違えているわけでないならばそれでいい。

 決して三雲が無謀で挑んでいないのならば意味はあるだろうと。

 こうして風間と三雲の模擬戦が始まろうとしていた。

 

 

――――

 

 

『模擬戦、開始』

 

 始まりの合図と共に、風間の両手にはスコーピオンが、三雲の左手にレイガストの盾が展開される。

 初めて会敵する敵の様子を三雲はじっと観察する。

 

(スコーピオンか)

 

 軽量で自在に変形する事が出来るという攻撃手用の武器、スコーピオン。軽い説明は玉狛支部で空閑と共に受けている。

 ただ、知識として知っていても経験は非常に薄い。

 訓練生時代は弧月を使う攻撃手が多かったし、玉狛支部でもスコーピオンを操る隊員はいなかった。空閑という例外はいるが、彼はここ数日は小南と付きっきりの訓練に励んでいた為に手合わせする機会がなかった。

 自分よりもずっと小柄な体格の風間が、軽いスコーピオンを二つ持つ、二刀流の構え。武器の特徴から考えて手数を武器に相手を翻弄するスピード重視の相手であろう。

 ならばまずは相手の動きに慣れ、見極める事がポイントだ。

 距離を取りつつ射撃で応戦しようと、三雲は右手にトリオンキューブを展開した。

 

「なるほど。レイガストを盾として使う、防御寄りの射手か」

 

 そんな三雲の心の内を見抜いたかのように、風間の静かな声が三雲の耳を打つ。

 直後、その声が言い終わるのと同時に風間の姿がうっすらと空間に溶け込むように消失した。

 

「消えっ……!?」

 

 三雲が驚く間に戦況は動く。

 その場から消えたと思われた風間の姿が三雲の真横から突如出現。

 彼の胸元に刃を突き立てた。

 

「なっ!」

『トリオン供給器官破壊。三雲ダウン』

 

 的確に急所を狙った攻撃は一撃で三雲を戦闘不能に追い込んだ。

 成すすべなくあっさりと攻撃を食らい、機械音が風間の一勝目を告げる。

 速い事はもちろん、今の攻撃の脅威はそれだけではない。

 

(カメレオン……!)

 

 見たことがある(・・・・・・・)トリガーの正体に三雲も気づいていた。

 隠密トリガー・カメレオン。

 他のトリガーを一切使用できなくなる代わりに、トリオン体を透明化し、敵から視認出来なくするというオプショントリガーだ。

 そのカメレオンを使い、音もなく高速で接近し、一撃で仕留めるという暗殺者のようなスタイル。初見では反応する事さえできなかった。

 

(大丈夫だ、落ち着け)

 

 模擬戦用に設定された訓練室であるため、修のトリオン体が即座に回復する。

 態勢を立て直しながら、修は動揺を抑えようと必死に自分に言い聞かせた。

 

「立て三雲。まだほんの小手調べだ」

 

 対する風間は淡々と表情一つ変えず、冷たい口調でそう語った。

 

「わかっています……!」

 

 息つく間もない、そんなことは言われるまでもないと三雲も己を鼓舞する。

 三雲が立て直したことを見届けて、再び風間はカメレオンを起動。彼の姿が三雲の視界から消えた。

 

(消えたけど、カメレオンはただ見えていないだけだ。そしてカメレオンを使っている間は他のトリガーを使えない!)

 

 かつて村上との個人訓練中に並行して目にしたランク戦の映像(ログ)と、その時の対処法を思い返す。

 カメレオンは無敵なわけではない。カメレオンを使っている間は他のトリガーを使えず、攻撃・防御いずれかに切り替えるためには一度カメレオンを解除する必要がある。

 

「アステロイド!」

 

 三雲の武器はレイガストだけではない。

 右手にトリオンキューブを展開、即座に分割し、前方――先ほど風間がいた地点にめがけて撃ちだした。

 威力が低い代わりに弾速に振り切った射撃。ダメージを与えるのではなく、風間の位置を特定するために、シールドを使う事を強制させることを目的として打ち出された弾丸は。

 しかし、標的を捉える事無く、空を切った。

 

「正解だが」

 

 攻撃直後、無防備となった三雲の背後から風間の声が響く。

 

「その程度の攻撃は読んでいる」

「ッ」

 

 レイガストを旋回させる間もなく、風間の刃が三雲の首を貫いた。

 

「伝達系切断。三雲ダウン」

 

 あっという間に二戦目の決着がつく。

 まさに一撃必殺。相手に反撃の隙さえ与えない高速の斬撃。

 手も足も出ない猛攻を前に、三雲は歯を食いしばった。

 

「三雲ダウン」

 

 三本目、真横から胴体を横一文字に切り裂かれた。

 

「三雲ダウン」

 

 四本目、背後に回られ、胴体を斜めに切り落とされた。

 

「三雲ダウン」

 

 五本目、やはり背後からスコーピオンを一突きされた。

 あまりにもあっさりと、傷一つ負わせることができないまま風間の蹂躙が続く。

 

(……この程度か?)

 

 三雲が何も出来ないまま撃破される様に、風間は気落ちした。

 レイガストの担い手は珍しいが、それ以外は特徴がない、正規隊員としては下のレベルであろう実力。

 迅が黒トリガーを手放してまで守ろうとした後輩だ。必ずや何か見どころがあるのだろうと、そう期待していたのだが。

 こんなにもあっけないものなのかと、風間は三雲に対する期待をほとんど失いかけていた。

 

「――なるほど。わかりました」

 

 その時。

 三雲が膝に手をついたまま、口を開いた。

 顔がうつむいているために表情はうかがえない。

 しかし。

 

「ようやくわかりました。風間さんのカメレオン、その対策が」

「……ほう」

 

 続けられた言葉に、風間の眉がピクリと揺れる。

 三雲が顔をあげるとその表情には笑みが浮かんでいた。

 

(ハッタリか? それとも本当に何か手が浮かんだのか)

 

 それが虚言なのか真実なのか風間には読み取れない。だが少なくとも彼はカメレオンという風間の武器を知ったうえで語っている。カメレオンが一時流行し、そして廃れていって時は経つ。そのためカメレオンについて知らない者もいるが、彼は無知なわけではない。

 ならばそれを知ったうえでどうするというのか。

 三雲修という人物が期待に応えられる人間なのか見てみたい。そんな思いが再びよみがえった。

 

「ならばやってみると良い。答え合わせと行こうか」

「はい。お願いします」

 

 つられるように風間も小さく笑って、再び姿を消す。

 三雲は小さく息を吐いて呼吸を整えると、

 

「――行きますよ、村上先輩、烏丸先輩、紅月先輩」

 

 彼は己が教えを受け、影響された先輩隊員たちの名を挙げ、その姿を脳裏に思い浮かべた。

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