「……ん? なんだ?」
時間は少し遡る。
鳩原と別れた後、二宮隊の作戦室から真っ直ぐ狙撃手訓練場へ向かっていた二宮だったが、その道中で多くの訓練生が集団で移動している姿を目撃した。
最初は訓練が終了したのかとも思ったが、それにしては忍田から訓練を任されているであろう嵐山や木虎の姿が見られない。
一体どう言うことなのかと、二宮は嵐山隊の中で唯一彼らを引率している時枝の姿を見つけ、彼の元へと歩みよった。
「時枝。この集団はなんだ? 嵐山たちは一緒じゃないのか?」
「あっ、二宮さん。お疲れ様です。――はい。嵐山さんたちはまだ訓練室にいます。様子を見ていた風間さんから『実力を見てみたい人がいるから少し時間を欲しい』と頼まれまして」
「風間さんが?」
予想外の先輩の名前を挙げられ、二宮が懐疑な顔色を浮かべる。
これが太刀川や米屋のような元々好戦的な隊員ならば理解できた。彼らならば少しでも骨のある人物を見つければ自ら率先して駆けつけ、絡みに行くだろう。
だが風間はそういう人間ではなかった。元々個人ランク戦などもあまり参加するタイプではなく、新人の訓練直後という目立つタイミングで無意味に自ら目立つような事をするとは思えない。
まさか風間にそうさせる程の逸材が現れたというのか。二宮の興味心が刺激される。
「なるほど。では風間さんとその新人が訓練室で戦っているわけだな。その相手の名前はわかるか?」
「ああ、いえ。新人ではないんです」
「なに?」
「訓練生ではないんですが、一緒に訓練の様子を見ていた子です。彼が先日正隊員に上がったばかりで。三雲君という中学生です」
聞き覚えのある名前を耳にして、二宮の眉がピクリと反応した。
「……三雲か」
先日のイレギュラー門の功労者、というだけではない。三雲といえば二宮にとってはかつての同僚が規定違反を犯した際に、彼女の共犯であった者の関連者だ。ボーダーに入隊していた事は知っていたし、ライからも少しだけ話をされたこともあったが、まさかこのような場面でその名前を聞くことになるとは。
「了解した。俺も少し見させてもらうぞ」
「えっ。二宮さんがですか? ――わかりました」
時枝の返事を確認するよりも早く、二宮は訓練室へと足を向けた。
本当はこれ以上見物人を増やしたくはなかったが、こうなっては今さら聞く耳を持たないであろうことを察した時枝はため息を一つ溢し、遅れて了承の意を返す。
程なくして二宮が訓練室へとたどり着くと、丁度三雲が局面を打破するべく動き出そうとしていた。
――――
三雲は訓練生時代から村上との訓練を経て、仮想空間以外でもトリオンを使って鍛え続けることで従来の彼よりは僅かながらではあるもののトリオン量は増加していた。
だが、増加したといっても格段に向上したわけではない。今でも正隊員の中でもトリオン量が低い方である米屋や木虎よりも明確に劣り、他の同ポジションの隊員と真っ向から戦えばそのまま押し切られてしまうだろう。
『もちろんそれを覆すための戦術などは存在する』
『体になじませる経験を積むという事は将来につながるだろう』
(村上先輩。多分、今がその時です)
ただ、だからこそ理解できた事もあった。
ナンバー4攻撃手と一対一での指導というこれ以上ないほどの理想的な環境。それでも爆発的な成長ができなかったからこそ。
元々の才能がなく、突発的な成長も見込めない。
ならば今手元にあるもの全てを駆使して、その上で自分でもできる技術や戦術を見極めて、全て使えるようにする。
そしていざという時、必ず実際に決める。
才能は伸ばせない。だからこそ、自分にできるものは全て使いこなして見せると。
(まず第一段階はクリアした)
じっとこちらの出方を窺う風間を見て、三雲は最初のノルマを突破した事を悟り、心中で安堵した。
少なくとも風間にとってはこの一戦はあくまでもこちらの腕試しだ。何かを争ったり競ったりするわけではない。
だからこそ「何かある」と思わせる事で風間に急襲の一手を戸惑わせることができた。
(やっぱり風間さんは村上先輩みたいなタイプか)
先程までの嵐山たちとの会話やこの数戦で、三雲は風間のおおよその性格を把握している。
いかに効率よく、目的を達成できるかを判断して急所を的確についてくる合理的な人間だと。
どこか彼の師匠に通じる所があり、それが分析の助けにもなった。
「……どうした? 来ないならば、こちらから行くぞ」
じっと相手の動きを観察している三雲だったが、風間はただ時間を潰すつもりはないと再びカメレオンを起動した。
あっという間に背景に溶け込み、姿を消した風間。何か対策を打たなければ先程と同様に二振りの刃が三雲の体を刈り取るだろう。
「――アステロイド」
直後、三雲はトリオンキューブを展開、数えきれないほど大量の小さな弾に分割すると、部屋中を覆い尽くすほどの散弾を、止まって見えるほどのスロースピードで打ち出した。
「はぁっ!? なんだこりゃ!?」
「超スローの散弾、でしょうか……!?」
直接敵を撃ち抜くとは思えない弾速だ。
個室で様子を窺っていた諏訪や堤はすぐにはこの意図を理解できなかった。
「訓練室ならばトリオン切れの心配はない。だからこそできた荒業か!」
「カメレオンを起動中は防御の術はない。たしかに理には適っている」
一方、嵐山や烏丸は即座に彼の意図を見抜き、称賛の声を挙げる。
トリオン体の耐久力が一定である以上、これならば風間とてカメレオンのまま突撃というわけには行かないだろう。
「――だからどうした? カメレオンを封じたところで、終わりではないぞ」
しかし見抜いているのは風間も同じこと。
三雲の作戦を理解するや否や、風間はカメレオンを解除。スコーピオンを両手に起動した。
部屋を完全に弾で覆い尽くされてからでは面倒だ。まずは手先の障害から切り落とそうと、風間の刃が縦横無尽に振るわれて。
「なっ!?」
切り落とそうとした瞬間、刃と触れた弾が爆発し、風間の視界を奪い取った。
予想外の衝撃に、風間は勿論のこと、三雲以外のすべての人間が驚愕の色に染まる。
「……アステロイドじゃない!? まさかメテオラ!?」
「おお。面白いな修。これは騙された」
声を荒げる木虎の横で空閑が穏やかな声で続けた。
(掛け声のせいで騙された。これは水上先輩たちがたまに使うテクニック……!)
これはB級のランク戦でも稀に使用するものがいるもの。口で語っていた弾とは全く異なる射手トリガーを射ち、相手の判断を間違いの方向へと向けさせる、トリック技だ。しかも今は単純にカメレオンの対策に起動したものだと思っていたからこそ判断が遅れてしまった。
その遅れによって爆風が風間にダメージを与えただけではなく、目眩ましとなって三雲の次の一手を許すこととなってしまう。
「スラスターオン!」
「ちぃっ!」
間髪を容れずに黒煙の先から三雲の声が響いた。
すかさず風間はスコーピオンを諦め、片方のシールドを体の前方に、もう片方のシールドを地面に固定する固定シールドとして展開することで防御の構えを取る。
「ぐっ!」
盾が完了するのと同時に、宙を浮いていたメテオラを取り込んだシールドモードのレイガストが風間のシールドと激突した。
さらなる爆発と衝撃がその場に走り、展開していた固定シールドが粉々に砕け散る。
やはり狙いはこれか、と風間は歯軋りした。
射撃を直接防御するのではなく、盾を前方へ噴射することでその弾を相手に押し付ける。これは風間もよく知るナンバー4攻撃手の技術だ。
対応を少し間違えれば、メテオラとスラスターのダメージでそのまま敗北を余儀なくされたことだろう。
だが冷静に戦況を見極めれば防ぐことは不可能ではない。
今度こそ風間は完全に三雲の攻撃を完全に防ぎきり体勢を立て直して。
(盾だけ――!)
煙が少しだけ晴れて、風間は目の前にあったのがレイガストのみであったことを。先ほどのスラスター突撃は盾のみであったことに気づいた。
直後、三雲がレイガストを破棄したのだろう。レイガストが消え、さらに前方で三雲が横っ飛びした光景を目撃した。
「決める――!」
「させるか!」
三雲の右手には既にキューブが浮かび、風間に狙いを定めている。
アステロイドか、メテオラか。どちらか分析する時間はないが、どちらにせよ射出前に打ち落としてしまえば関係なかった。
三雲が弾を発射しようとした瞬間、風間はスコーピオンを勢いよく投擲。三雲の手元から放たれようとしていたトリオンキューブと衝突し、その場で四散した。
「なっ!?」
「狙いは良いが、残念だったな」
「ぐぅっ。レイガスト!」
驚きつつも、真っ直ぐ飛び出す風間を見て、三雲はレイガストを再展開する。
レイガストで受けるのか、スラスターで弾き返すのだろうが、わかっているならば対応は可能だった。
風間は最小限に分割したシールドを展開し、宙に浮かぶメテオラを防ぎながら三雲に迫る。
「……獲った」
それは煽りではなく、自然と三雲の口から溢れたものだった。
誰に向けられたものでもない、ポツリと呟かれた声は当然ながら風間にも届いていない。
だが、その言葉を体現するように。
明後日の方向から飛来した小さな弾の数々が、風間の横っ腹を貫いた。
「っ!!??」
「えっ!」
「……アステロイド?」
「一人、時間差射撃」
完全に虚をついた攻撃に見ていた者たち全てが目を見開く。
タイミングも、狙いも全く読めなかった一撃は一瞬でこの勝負の明暗を分けることとなった。
(まさか、先ほど破壊したアステロイドの一部か! なるほど。メテオラの煙幕も、そもそも最初のメテオラの散弾も。全てはこの一瞬のための布石!)
煙幕で相手の視界を奪い、その間に空中に浮かぶ散弾の中に分割したアステロイドを紛れ込ませる。
あえて移動して姿を晒したのも、全ては相手に狙いを悟らせないため。最初の攻防でアステロイドと思わせてメテオラを使用した虚偽の情報が、風間にメテオラの役目はその一点だと誤認させてしまった。
「スラスター、オン!」
「……なるほど。たしかに見せてもらったぞ、三雲」
衝撃に体がふらつく中、そんな風間にトドメを刺すべくレイガストを再展開した三雲が容赦なく襲いかかる。
風間もスコーピオンとシールドで受けようと試みるが、スラスターの勢いがついている三雲はその防御を打ち破り、風間の体を一刀両断した。
――――
「――嘘。本当に風間さんから一本を奪うなんて」
先ほどまでは何もできずに一蹴されていたというのに、6本目で風間との駆け引きを制して競り勝った。
勝敗の割合で言えば1対5。何も知らない者がみれば当然数字だけの話ではこれでも物足りないものだろう。
それでも木虎が衝撃を覚えるには十分すぎる成果だった。
(一本取ることさえ無理だと思ってたのに。いつの間にこれほどの腕を――!?)
決して三雲を過小評価していたわけではない。木虎は正当に評価して、三雲の勝ち目は全くないものだと考えていた。
相手はA級。しかも個人ランク戦でも名の上がる風間だ。たとえまぐれであろうと一本を奪えるような優しい相手ではなかった。
「――見事だった。お前のこの勝利で終わりとしよう」
「はっ、はい。ありがとうございました……!」
『模擬戦終了!』
木虎が未だに現実を受け入れられない中、風間は爽やかな笑みを浮かべ、腕試しの終わりを告げる。三雲も緊張の糸が切れ、安堵の息を溢したのだった。
「やったな、修。大戦果だぞ」
「ありがとう。上手くハマって良かったよ」
「凄いじゃないか、三雲くん! こんなに早く上達するとは嬉しい限りだ」
「あ、ありがとうございます。皆さんのお陰です」
二人が訓練室から出てくると、早速空閑や嵐山が三雲を笑顔で出迎える。まるで自分の事のように喜んでいる反応に、三雲もつられて頬が緩んだ。
(村上先輩にレイガストの技術を教わったという話だったけど。でもそれだけじゃ説明できない。相手に情報を圧迫させて、その不意をつく。この戦法は間違いなく……!)
そんな三雲の様子を木虎は嵐山の横で、焦りのような感情を抱きながらじっと見つめる。
単純な強さで言えば比べようもないが、だからこそかえって彼の立ち振舞いが際立った。木虎もよく知る一人の先輩を彷彿させる戦い方であったからこそ。
「お疲れ様でした、風間さん。今日はうちの弟子が世話になりました」
「烏丸」
風間も三雲の様子を眺めていたが、ふと観覧席にいた烏丸に声をかけられて振り返る。そして彼の説明を聞き、納得するのだった。
「そうか。三雲はお前の弟子か」
「まあ確かに基礎は教えましたが、それだけではありません。前から村上先輩にレイガストを習っていたそうですし、紅月先輩のログを見て独学でも練習してたみたいですよ」
「村上、それに紅月。……ふっ。合点が行った」
後輩の中でも一際腕の立つ二人だ。しかも生真面目で人当たりも良い組み合わせである。そんな彼らの教えや戦いが三雲の成長を促したというならば今回の成果も頷けるというもの。
「風間さんから見て、うちの三雲はどう映りましたか?」
「……弱い。身体能力、トリオン量。数字で測れるものはどれもギリギリのラインだろう。だが少なくとも、ただ弱いだけならば俺から一本も取れるはずがない」
烏丸に三雲の素質を問われた風間は淡々と告げた。
「己の足りないものを理解した上で、できる事を最大限模索するという戦い方は嫌いではない。この先も自分の戦いを貫けるならば、さらに結果を残せる可能性は感じた」
「……!」
「邪魔したな、三雲」
「はい! ありがとうございました!」
直接的な称賛の言葉はなくとも、風間ほどの実力者に「可能性を感じた」と告げられればどれだけ心強いことか。
三雲はこの風間の言葉を胸に刻み、深々と頭を下げた。
「あれ? カザマ先輩はおれとは勝負しないの?」
「馬鹿なことを言うな。俺は訓練生は相手にしない。対等に勝負したいならば、こちらまで上がってこい」
「……なるほど。了解した」
一方、空閑は風間と一戦交えないかと誘うものの、風間はあっさりとその提案を受け流す。
対等な勝負と言われては仕方ない。後々上に行ってからの楽しみにしようと空閑は好戦的な笑みを浮かべるのだった。
「――さて。それじゃあこれで訓練は終了だ。二人ともどうする? この後は特に何も予定はないが」
「ああ。それでしたら知り合いが狙撃手訓練に参加しているので、そちらに合流しようと思います」
「同じく」
こうしてようやく戦闘訓練は本当に終了を迎える。
嵐山に今後の事を問われると、三雲や空閑は雨取の事を思い浮かべ、彼女の元に向かうと返事をするのだったが。
「――待て、嵐山。訓練は終わりだな? ならば少しそいつを借りるぞ」
そのやり取りに待ったをかける声が観覧席からあがった。
聞き覚えのない声に三雲や空閑が即座に反応すると、声の主である二宮はゆったりとした足取りで二人の元へと近づいていく。
「……ふむ? どちら様で?」
初対面である空閑は用件が読めず、また腕試しなのだろうかと呑気な声で問いかけた。
(この人はたしかB級の……!?)
対して三雲はかつて目にしたログの光景を、そしてさらに古い記憶を刺激されて冷や汗を浮かべる。
そんな二人の心境を知ってか知らずか、二宮は声色を変えることなく淡々と続けた。
「二宮隊の二宮だ。少し話があるが、場所を変えたい。合流したい相手もいるんでな」
そう言って二宮は「相手を連れてくるからラウンジで待っていろ」と一方的に告げて背を返す。
一体何の用事なのか。見当もつかない二人は嵐山や木虎、烏丸に別れを告げてその場を後にするのだった。