「私はボーダー本部長の忍田真史だ。君たちの入隊を心より歓迎する」
入隊式も進み、部隊を指揮する忍田本部長の挨拶へ移る。
直接会話を交わすことはなかったが、先の会議で横目で確認した上層部の一人であることを確認し、ライは軽く会釈した。
「君たちは本日よりC級隊員と呼ばれる訓練生として入隊する。今はまだ正規の隊員ではないが、三門市ひいては人類の未来は君たちの双肩に掛かっている。日々鍛錬に励み、正規隊員を目指して欲しい。君たちと共に戦える日を待っている」
そう言って忍田は最後に敬礼し、壇上を後にする。
この後の説明は忍田から広報担当となっているB級の嵐山隊へと引き継がれた。
「本物の嵐山隊だ!」
「テレビ以外で初めて見た!」
「嵐山さーん!」
世間に広く通じている部隊の登場に、C級隊員の間にどよめきが広がる。
(なるほど。『正義の味方』という事か)
時に黄色い歓声まであふれる程嵐山隊は人気を誇っていた。この反応を見て、ライは彼らをかつて自身の上司が名乗っていた言葉を思い返し、小さな笑みをこぼす。
「さて、それではこれから
「同じく嵐山隊の柿崎国治」
「嵐山隊、時枝充です」
「佐鳥賢です。よろしく!」
隊員達の顔を一瞥し、嵐山を筆頭に簡潔な自己紹介を行った。
B級嵐山隊
B級嵐山隊
B級嵐山隊
B級嵐山隊
有名な精鋭隊員が揃っている光景に隊員達は歓喜の声が止まらない。嵐山が大きな咳払いをすることでようやく場は静けさを取り戻した。
「まず説明を始めるにあたり、其々希望のポジションごとに分かれてもらう。
「はいはーい!
嵐山の説明に従い、
「さて、改めて入隊おめでとう。忍田本部長も先ほど仰っていたように君たちはまだ訓練生だ。B級に昇格し、正規の隊員になれなければ防衛任務には就くことが出来ない。そこでどうすれば正隊員になれるかを初めに説明しておこうと思う。各自、自分の左手の甲を見てくれ」
入隊を喜びつつ、嵐山は彼らの現状を客観的に告げる。C級はあくまでも訓練生であり正規の隊員ではない。防衛任務に就く事もないため給料も出ない。
ゆえにB級への昇格は必須だ。そのためにどうすれば良いのか。嵐山の言葉に従い、全員は己の左手に映し出された数字へと視線を移した。
「なにこれ?」
「1000?」
いつの間にか表示されていた謎の数字に皆困惑する。多くの者は標準とされている『1000』という数字が浮かび上がっていた。
「君たちが今起動しているトリガーホルダーには、自分で選んだ戦闘用のトリガーが一つだけ入っている。このトリガーをどれだけ上手く使いこなしているかを示している数字が、左手の数字だ。これを『4000』まで上げれば、君たちは晴れてB級へ昇格する事が出来る」
「ほとんどの隊員は1000ポイントからのスタートだ。ただし、仮入隊の間に高い素質を認められた者はあらかじめポイントを上乗せされてスタートする。本部からの即戦力としての期待と受け取って励んでほしい」
嵐山と柿崎が順々に説明する。
C級隊員は各自で決めた一つのトリガーを磨き続け、基準となる4000ポイントまで達すれば正規隊員になれる。仮入隊時期に力を認められている隊員はそのボーナスポイントとして1000点より加算された数字からのスタートだ。
わかりやすい基準が目の前にあるという事でやる気が出て来たのか。隊員達は一様に笑みを浮かべていた。
「なるほど。明確な目標があるのはありがたい」
ライもそのうちの一人だ。彼は1000よりも高い数字が記録されている光景を目にし、口角を上げた。
「ポイントを上げる方法は二つだ。週二回の合同訓練で良い結果を残す事。そしてランク戦でポイントを勝ち取る事だ。初めに訓練の方から体験してもらう。ついて来てくれ」
さらに嵐山は話を続ける。
現状のポイントを上げる二つの方法、訓練とランク戦の話を上げ、まずは訓練の方を説明しようとC級隊員達の先導となり、歩みを進めた。
訓練生たちも嵐山の後に続く。
長い廊下を歩き続け、2分ほど経った頃目的地にたどり着いた。そこには広い観客席とトレーニングルームが広がっている。全員が部屋の中に入室した事を確認して嵐山は説明を再開した。
「さあまず皆が訓練するのは対
「ええっ!?」
「最初が戦闘訓練だって!?」
「嘘でしょう!?」
入隊直後からの戦闘訓練を行うという宣言に皆肝を冷やす。戦闘訓練なのだからここで戦闘員としての適性を計るのだろう。動揺はあっという間に拡散していった。
(入隊直後のサプライズか。こういうのはどこの組織も同じなのかな?)
だが一人だけ。ライは顔色一つ変えず、むしろ昔を懐かしんで微笑んでいる。まだ何人もの相手に銃口を向けられる事に比べれば可愛いものだろう。
「仮入隊の間に体験した者は知っているだろうが、仮想戦闘モードではトリオン切れも負傷も起こらない。皆、思う存分力を見せてくれ」
しかも疲労や怪我の心配はないという。怯む要素はどこにもなかった。
嵐山、柿崎、時枝が慣れた手つきで手元のパネルを操作する。
直後、無人の部屋にそれぞれ一体の巨大な生物が前触れもなく発生した。
「戦う相手は
「説明は以上だ。各部屋に分かれて訓練を開始する!」
これで話は終わりだと柿崎は隊員たちに指示を飛ばす。
等しく人数が分散した後、それぞれの部屋で訓練が開始された。
各々の判断で
『二号室終了。記録、41秒』
やはり厳しいかと嵐山隊の隊員達が厳しい判断を下す中。
無機質な合成音声が終了の合図を告げる。
現時点で最速の時間、一分を切る記録が刻まれた。
「よしっ!」
面長で、くせっ毛の明るい髪型が特徴の男性が小さな握りこぶしを作り、叫ぶ。
彼は他の隊員とは異なり、隊服の両肩に特殊なエンブレムが備わっていた。警戒区域外縁部に6か所存在する支部の一つ、鈴鳴支部所属の隊員、来馬だ。
鈴鳴支部所属C級隊員、
「おっ。一分切る隊員が現れたか」
「なかなかの好タイムですね。鈴鳴支部所属だそうです」
初めての挑戦ならば一分以内にクリアできれば優れていると言える基準となる。ようやく有望な新入隊員が現れたかと柿崎と時枝は揃って呟いた。
「現状ではこれが最速記録だな。もう何人か有望株が現れれば面白いんだが」
「柿崎さん」
「ん?」
「次、来ますよ。忍田本部長より連絡があった隊員です」
記録に視線を落としていた柿崎は時枝の報告を受け、次に訓練が始まるであろう一号室へと注意を向ける。
そこには
「小型化されているといってもやはり大きいな」
「一号室用意。——始め!」
小さくなっても大型
開始の合図と共に巨体が動き出した。
立ちはだかる獲物を踏みつぶさんと右足を振り上げる。
早速攻撃を繰り出そうとする敵に、ライも全速力で前進。わずかに身をかがめると一気に駆け出し、
「まずは足をもらう!」
回避しただけではない。
「もう一本!」
足を斬られバランスを失った標的に追撃をかける。二歩で今度は逆足との距離を無くすと返す刀で切り上げ、再び刃を振り下ろした。後ろの両足を失った事で
「これで終わりだ!」
ここが決め時だった。ライは敵の上体に向かって勢いよく跳躍する。狙うは近界民の弱点である、頭部に覆われた眼。一気に頭部へと跳ぶと落下の勢いを力に変え、弧月を突き刺した。
「一号室終了。記録十九秒」
「うおっ!」
「十九秒!?」
「今日最速のタイムが出たぞ!」
他の隊員とは比較にならない記録に周囲がざわめく。戦闘開始から終了まで無駄がない、流れるような動きは精鋭と呼ばれる嵐山隊の隊員でさえ目を見張るものがあった。
「これは歴代の記録でも最速じゃないか?」
「そうですね。設立当初に入隊した隊員は記録がなかったとはいえ、この記録は凄まじい」
決して過大評価ではない。一瞬指導役を忘れてしまいかねないほどの衝撃を覚えていた。
(明らかに戦闘慣れしている動きだ)
それもかなり濃い密度での戦闘を経験したものだろう。クリアまでの速さもそうだが、ライの攻撃目標から時枝は彼の戦闘経験の豊富さを察していた。
巨体の敵の死角である真下に潜り込み、足を奪う。そしてバランスを失い急所を曝け出した相手を瞬時に撃破した。『確実に倒す』という言葉にすれば簡単だが、実際に成す事は難しい事をあっけなくやってのける。知識だけではなく実体験を積まなければ不可能な動きだった。
「なるほど。あれが例の強化人間か、三輪」
「……はい」
「確かに使えそうなやつだ」
その光景を観客席から眺めていた人影が二つ。
三輪、そして彼と同じA級の隊長を務める風間だ。
A級風間隊
背丈が小さくどこか幼さの残った顔つきだが、その実大学生であり、ボーダー隊員としても経験豊富な実力者でもある。その彼が
「あれはお前が鍛えたのか?」
「……確かに俺と米屋が弧月の基本を教えましたが、すでに必要がないレベルに剣術が仕上がっていました。その後は二人で主にトリガー一本で相手をしたりしていましたが、剣だけではなくうちの奈良坂から狙撃の指導も受けています」
「ほう。お前にそこまで言わせるほどか。という事は何らかの武道を嗜んでいた可能性がたかいな。そうでなければいくら体が強かろうと、これほど効率よく動けないだろう」
おそらくは、と三輪も風間の意見に同意を示す。
彼の言う通りライは入隊までの期間、三輪隊の三輪と米屋から弧月の戦闘訓練を施されていた。A級の戦闘員と対等の条件で一対一を繰り返し、勝率は5割付近をキープするという信じがたい戦績で。
加えて剣術だけではない。同じく三輪隊に所属する狙撃手からも彼は狙撃の指導も受けていた。指導者曰く『とても素人とは思えない』という評価だ。決して他人を過大評価しない隊員の台詞とあって、ライの実力がどれほど優れているかを適切に評価している。
「これは楽しみな隊員が現れたものだ」
風間は身を翻すと出口へと向かっていった。今日は様子見という事だったのだろう。
(楽しみ、か)
三輪はもう一度ライを見た。
訓練を終えた彼は部屋を退出し、興奮する同僚達の注目の的となっている。丁寧な物腰で対応する姿はとても好印象であり、先ほど戦闘の際に放っていた恐ろしい気迫は感じられない。
(果たしてあいつは、何が目的で戦おうとしているんだ)
この数週間、おそらくボーダー内では最も多くの時間を彼と過ごした三輪だが、いまだにその本質を読みとる事は出来ていなかった。
守る事なのか、仇を撃つことなのか。
『僕の意志として入隊を希望します』
数週間前のライの発言が思い返される。
あれは何かに強要されてのものではなかった。選択肢が他にないからと言ったものではなく、自分の考えを貫いてのものだ。
ならば、その考えは一体なんだ?
考えても答えは出ない。そしてきっとこれは聞いてよいものでもないだろうと三輪は考えた。自分だって心の中の思いを土足で踏み入ってもらいたくはない。同じ境遇の彼もそうだろうと思うから。
だから、今は知らないままで良い。
三輪も風間の後を追って退出していった。
紅月ライ、無事に戦闘訓練を通過。
C級隊員、