REGAIN COLORS   作:星月

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素質

 三雲達がボーダー本部を後にした頃、本部内では早速彼や入隊した新人隊員たちの話題で持ち切りとなった。

 曰く、

「対ネイバーの戦闘訓練で歴代最速となる一秒を切った新人が現れた。タイムを計測し直してさらに記録を更新した」

「新しく入った狙撃手の女の子が庇おうとした紅月隊長のエスクードをアイビスで破壊。そのまま生駒隊長もろとも基地の壁を吹き飛ばした」

「先日B級に昇格したメガネが風間先輩から白星を奪った。さらにあの二宮隊長から声をかけられていた」

 等々。

 三人とも正規隊員の者からみても驚異的な成績や印象を残したため、その日のうちに彼らの噂は人伝いに多くの者の耳に入ることとなる。

 当然本部で過ごしていたライ達も同様であった。

 

「……いやちょい待ち。おかしないか? なんかライが俺を庇ったみたいになっとるやんけ。首謀者やろ!」

「違います。あと確かにイコさんを庇おうとした意図はありませんでしたが、エスクードで防ごうとしたのは事実ですので」

「むしろそこは逆の方が嬉しかったんやけどなぁ。俺ら師弟もろともやられた感じになっとるやん」

「僕もイコさんがあんなことになるなんて知る由もなかったので」

 

 まぁ相手が雨取ちゃんならまだマシか。

 その言葉で締め括り、生駒は手元のふんわり膨らんだパンケーキへとフォークを伸ばし、口元へ運んだ。

 

「――んー。ウマい。自分でもこんなふっくら作れるんか」

「凄いっすよね。中々こんな厚さにならないのに。ただ、あたしまで御馳走になっちゃって良かったんすか?」

「気にしなくて良いよ。今日は初訓練で緊張もあっただろう? ゆっくりしてくれ」

「へへっ。どもっす」

 

 生駒に続き、夏目もケーキを味わいつつ、許可をくれたライへと年相応の笑みを浮かべて礼をつげる。

 紅月隊の作戦室。

 先の約束通りライは生駒へスフレパンケーキの作り方を教えながら実際に二人で作り上げていた。今は遅れてやってきた瑠花を含めた紅月隊の面々、さらに初訓練を終えた夏目に振る舞っている。

 

「でも無事で良かったです。本部に来たら大穴が空いていて、しかもライ先輩の名前を口にする人がいたからビックリしました」

「私もその場にはいなかったけど、衝撃も音も凄かったからどうしようかと思ったよ」

「――まあそうなるよね」

 

 訓練の場にはいなかった瑠花や鳩原も当時の状況を思い返し、そして隊長の無事を知って安堵した。

 確かに現場にいなかったからこそ余計な不安を抱くこととあっただろう。ライは申し訳なさそうに言葉を濁した。

 

「確かにチカ子のあれは凄かったっす。――そうだ! 紅月先輩、一つ聞きたいことがあるんすけと!」

「ん? なんだい?」

 

 おそらくは訓練の後に仲良くなったのだろう。

 雨取の事を独特の愛称で呼んだ夏目は、狙撃の師匠であるライに一つ提言するべく元気良く手を挙げた。

 

「あたしもあのアイビスを使いたいんすけど。どうっすか!?」

 

 よほど雨取のアイビスの一撃が衝撃的だったのだろう。

 普段訓練で主に使っているイーグレットではなく、威力に特化したアイビスをメインで使いたいと訴えた。

 

「アイビスか。そうだね……確かに彼女の方もメイントリガーはアイビスで登録しているようだし、君もその方が燃えるかな? 良いよ。それならば今度トリガーも変えておこうか」

「やった! よっしゃ! あざっす!」

 

 師匠の許可を得て、夏目はその場で小さく握り拳を作る。

 アイビスは使用者のトリオン量が優れているほど威力が向上する、威力特化の狙撃銃だ。さすがに雨取には及ばないだろうが、これまで使用していたイーグレットと比べれば桁違いの威力となるだろう。

 

「……良かったんですか、ライ先輩? 出穂ちゃんはまだ訓練生ですし、基本に忠実なイーグレットの方が都合が良いのでは?」

「確かにね。だけど当真やユズルのお陰で基礎は固まってきているし、さっきも言ったように本人がやる気になっているならばその勢いは無駄にしたくない。訓練生のうちから慣れておくことで将来に繋がることも多いからね。近年はシールドの性能も向上しているから、決して無駄にはならないだろう」

「わかりました。そういうことならば」

 

 狙撃手訓練を考慮した瑠花がライに問いを投げるが、彼の口から夏目の先も考慮した方針を聞くと納得して頷いた。

 ライも狙撃手として誰かを教えるのは夏目が初めてだが、これまでも黒江や帯島を教え導いた経験がある。きっと大丈夫だろうという確信が彼女にはあった。

 

「……ただ、そうだな。雨取隊員の話題が出たなら一緒に話しておこうか」

「へっ? なんすか?」

 

 同時に雨取の事を思い返したライはこの期に夏目の指導を一段階上にしようと話を広げる。

 

「覚えているかい? 訓練中、彼女が教官役に『走らなくて良いのか』と尋ねていただろう?」

「そう言えばそうっすね。何言ってるのかと思ったっすけど」

「あれは彼女が正しい。戦闘時においては彼女の発言通りにすることが最適解なんだ」

「へっ?」

 

 中々状況が読み込めない夏目へさらに説明を続けた。

 狙撃手は近接戦に不向きであり、位置を知られると不利になる。そのため即時離脱が主な立ち回りであるということ。雨取の行動はそれを意識したものであり、誰よりも実戦を意識したものであったということ。

 

「……マジっすか!」

 

 ライから詳細を聞き、雨取の言動の真意を悟った夏目は冷や汗を浮かべる。

 同い年の少女が的はずれな事を口にしていると思っていたが、まさか自分の方が無知であったとは。予想外の指摘に夏目は驚きを隠せなかった。

 

「知らなかったっす。そこまでチカ子が考えていたなんて」

「まあ僕たちもあえてそこまで指導していなかったからね。本来は正規隊員になってから教えることだし」

「えっ。なんでですか?」

 

 何でも早い方が良いのではないのかと夏目は首を傾げる。だが狙撃手は他のポジションと比べやや特殊なポジションだ。

 

「理由はいくつかあるけど、基本的には狙撃手訓練では狙撃の精度を試されるからだよ」

「紅月君、この際だし狙撃手訓練の概要を説明する?」

「ああ。それが手っ取り早いだろう」

 

 鳩原の提案に「そのつもりだ」と返して、ライは狙撃手の訓練について語り始めた。

 

「狙撃手は合同訓練で3週連続で上位15%に入ることで正規隊員になれる。そしてこの訓練は三つあるんだ。通常狙撃訓練、捕捉&掩蔽訓練、レーダーサーチ訓練だ。このうち三つに共通するのが標的を狙撃する、という点だ。だからこそ今までは狙撃に慣れることで少しでも訓練で良い点数を出せるようにと指導してきた」

「逆に動く必要があるのは捕捉&掩蔽訓練だけだから、訓練だけを意識するなら効率的に考えてもそこまで重要視しなくて良いんだよね」

「はえー。なるほど……!」

 

 ライの言葉に鳩原の補足も加わり、夏目は何度も頷く。

 確かに昇格に必要な三つの訓練全てに反映される狙撃の精度と比べれば狙撃回避の術は部隊ランク戦などの実戦では有用だろうが、その過程を考慮すれば重要度は大きく下がる。

 訓練生のうちはいかに早く正規隊員になれるかに最も重きを置いている都合上、ライたちの指導方針は尤もだと考えられた。

 

「あとは、この考え方は僕としては好きではないんだけど。その捕捉&掩蔽訓練自体も当てる方が優先度は高い、という一面もある」

「ん? どういうことっすか?」

「この訓練だけ対人戦みたいな感じで得失点があるんだけど、得点の割合が大きいんだよ」

 

 夏目は理解できなかったが、ライだけでなく鳩原も彼に賛同する。これは捕捉&掩蔽訓練における成績の出し方に由来していた。

 

「訓練は実際に他の隊員に的中すれば5点獲得、撃たれればマイナス2点となる。得点の方が二倍以上の数値だ。だから具体例をあげると、三回的中して二回被弾する隊員の方が二回的中して一回も被弾していない隊員の方よりも個人の得点は高くなる」

「……本当だ!」

 

 具体的な数値を挙げられてようやく実感が沸いた夏目は驚嘆する。

 印象的には後者の方が成績は良さそうだが、実際の得点は前者の方が高かった。成績のカラクリを知ると指導者たちの方針の意図を汲み取ることができる。

 

「じゃあやっぱり失点よりも得点の方が大事、という事でしょうか?」

「いや、一概にそうとも言いきれない」

「それはなんでっすか?」

 

 これまでの説明から普段のランク戦で良く聞く表現を瑠花は唱えるが、ライはそれを否定した。

 その理由を再度夏目が問いかけると、ライは先ほどのように例を挙げて解説する。

 

「さっき二回被弾した時の話をしただろう? その二回の被弾が競っていた相手の場合、順位はそのままひっくり返るからだ」

「……確かに。接戦の時に弱くなるってことっすか」

 

 その通りだと夏目の言葉にライが頷いた。

 被弾の相手がずっと上位の相手であるならばまだ良いが、順位を争っている相手であるならばその二点の減点が順位の変動を生みかねない。だから決して無視して良いわけではないと忠告を残した。

 

「……マジか。自分らそこまで考えとんの? 考える事多くて狙撃手も滅茶苦茶大変なポジションやな」

「さすがに訓練中はそこまで意識してないですよ。ただ指導するならば実際の場面を想定して教える必要がありますから」

「ライがめっちゃ指導者みたいな事言っとる……!」

「そうですよ?」

 

 専門外のため沈黙していた生駒が、今まで実際に目にしていなかった弟子の姿を目撃して感嘆の声を挙げる。

 今まで何だと思っていたのか。ライは疑問を唱えるものの生駒の耳には届かなかった。

 

「だから折角意識する機会ができたならこれも勉強しておくべきだと思ったんだよ。基礎ができてきた今、少しでも伸ばせるところは伸ばしておきたいし」

 

 そう言ってライは端末を手に取ると、雨取や夏目たちのデータを一瞥する。

 今日の入隊試験を経て新たに更新されたデータだ。前までは身長や家族構成など大まかな情報しかわからなかったが、今はさらにトリオン量など戦闘に関与する詳しい情報が記載されていた。

 

「……うん?」

 

 ふと、ライの目がある一項目で止まる。

 これまでは狙撃のみに徹底して指導してきたために気づくことが遅れたが、夏目のある一点が優れた数値を叩き出していた。

 

「これは……」

「ライ先輩? どうかしましたか?」

「ちょっと、ね」

 

 瑠花に声をかけられてもライは返事こそするものの視線はそのまま端末に固定したままだ。

 じっと熟考した末に、「これは活かさない手はない」と結論を出すと生駒へと視線を向ける。

 

「イコさん。すみません、あなたにしか頼めないお願いがあります。よろしいでしょうか?」

「えっ!? どしたん急に? ……まぁそこまで言うならしゃーない。弟子からの頼みとあらば、断れんのが師匠の弱いところや」

 

 ここは一肌脱いだろ。生駒は調子良さげに語りだした。

 快諾を得たライは「ありがとうございます」と彼に礼を告げて。

 

「では今の防衛任務が終わり次第、隠岐を少しの時間貸してください」

「おい。さすがにこれは俺キレてええよな?」

「ダメです」

 

 まさかの用件があるのは生駒ではなく彼の部隊の隠岐であると聞いて生駒は激怒した。

 その後も生駒はしばらくの間不満をぶつけ続けたものの、最終的には夏目の「あたしからもお願いします」の一言で折れたのだった。

 

 

――――

 

 

 生駒と入れ替わる形で防衛任務から帰還した隠岐が紅月隊の作戦室に来訪する。

 隠岐も以前から夏目の事を知っていたため、最低限の用件を聞いただけで「もちろんええですよ」と快諾したのだった。

 当事者から許可を得ると、すぐにライと鳩原、隠岐、夏目の四人は紅月隊のトレーニングルームへと転送する。ランク戦ほどではないものの、それなりの広さが確保された市街地へと移動した。

 

「――ほんで、どうするんすか紅月先輩?」

「うん。その前に一つ隠岐に確かめたい事があるんだけど、君は『機動型狙撃手』と評されるが、その上で重きを置いている事はなんだい?」

「あらら。なんか試されてます?」

 

 冗談を交じえながら、隠岐は「そうやなぁ」と顎に手を置いて考えをまとめ始める。

 

「まあ人によって意見は色々あるでしょうけど、主に三つですかね。いかに早く動くか、敵との接触を防ぐか、そして狙撃の密度を上げるか、って感じですか」

「二つ目まではわかるっすけど、狙撃の密度って機動力と関係あるんすか?」

 

 機動力、すなわち敏捷性。いかに素早く動けるかということだが、動きや回避は理解できるものの狙撃の密度という言葉にはピンと来ない。

 夏目がそのまま聞き返すと、隠岐は小さな笑みを浮かべつつ持論を展開した。

 

「一つ目と似通った所もあるやろけど、狙撃手は一度撃ったら離脱する、って考えは紅月先輩や鳩原先輩たちから聞いたやろ? ようはその離脱の時間を短くするって事や。次の狙撃ポイントに移るまでの時間を短縮して、狙撃できない移動時間を減らす。結果として狙撃の量が、密度が増える。そうすれば自然と相手はこっちの存在を警戒せなあかんから反撃もしにくくなる。――ってとこでどうでしょ?」  

 

 そう言うと隠岐は深い笑みを浮かべてライへ視線を送る。

 非常に的を射たわかりやすい解説であった。

 特に彼の説明は部隊ランク戦などにも通じる点があり、効果的なものである。

 狙撃の密度が増す、これは相手のフルアタックを牽制できるというメリットもあった。潜伏している狙撃手がいる中では隊員は防ぐ手段を残すために左右両方のトリガーで総攻撃をしかけにくい。そうでなくても狙撃手を警戒して射線を切る必要があるなど、行動の制限も多かった。

 俊敏に動き回ることで潜伏し、敵の意識を散らし、時には奇襲を仕掛ける。まさに『機動型狙撃手』のお手本と呼べる隠岐の見解であった。

 

「さすがだ。自分の考えをしっかり言語化できる点も含め、やはり君は優秀だよ。こと狙撃手の機動力に関して右に出る者はいない。生駒隊の得点源の一翼を担うだけはある」

「いやいや。うちはあくまでもイコさんあってこその隊ですから」

 

 あくまでも謙遜の姿勢を崩さない隠岐を見て、ライも「そう言うことにしておこうか」と笑みを深くする。

 

「――さて。話を戻そう。出穂、察したかも知れないが君には隠岐と同様の機動型狙撃手を目指すのが良いと僕は考えた。少なくともその素質はある。うまく行けば捕捉&掩蔽訓練の成績向上に繋がるかもしれない」

「そうなんすか……?」

「ああ。その為にもまずは動きに体を慣らしていく必要があるだろう。――隠岐」

「はいはい」

 

 名前を呼ばれた隠岐が一歩前に出る。

 

「最初は君を先頭に実戦を想定して各狙撃ポイントの移動を行ってくれ。今はグラスホッパーはなしだ。向かう地点や止まる地点を出穂へ都度指示を出して欲しい」

「了解」

「慣れてきたと判断したら、鳩原のスパイダー――ワイヤーのトリガーを二人に刺して繋ぎ、同様に行う。自分よりも速い速度で走り続けることでスピードは手っ取り早く上がるからね」

「スパルタ! てか、ワイヤーを刺すって、大丈夫なんすか!?」

 

 機動力の高い隠岐にひたすらついていくことで夏目のスピードも向上させるという意図は理解できた。だがワイヤーを刺すという物騒な発案にそのままトリオン体が壊れるのではないかと不安に駆られた夏目は即座に声を上げる。

 しかし問われたライは淡々と説得を続け、夏目を宥めた。

 

「問題ない。スパイダー自体に威力はほとんどないし、トリオン体は痛みが殆どない上に小さな傷なら一分もすれば自然と塞がるようにできているんだ」

「そんな機能があるんすか? 知らなかった……」

 

 スパイダーでできる傷は小さい穴程度で、それもすぐに塞がる。だから心配は無用だと聞いて夏目はほっと胸を撫で下ろした。

 

「鳩原もこれなら大丈夫だろう?」

「そうだね。威力がないのは知ってるし、実際に人に刺さった場面を見たことあるから。それにあたし自身も最初の頃は間違って自分に刺しちゃったこともあったからね……」

「……そうか。君も苦労したんだね」

 

 念のために鳩原へ問いかけると、彼女は苦労話も交えて作り笑いと共に告げた。チームメイトの知られざる過去を聞き、ライはいつも以上に一際優しい声で彼女の努力を讃える。

 

「それじゃあ準備が良ければ始めようか。――瑠花。狙撃ポイントの提示を頼む」

「了解しました。では隠岐先輩、マップに表示するポイントへ移動を開始してください」

「おっ。ほな行こか。遅れんようについてきてな」

「はいっす!」

 

 ライの指示を受けた瑠花がポイントを表示すると、すかさず隠岐が素早い身のこなしで動きだし、夏目も負けじと続いた。トリオン体とはいえ並の狙撃手とは比べ物にならないスピードで隠岐の後を追っていく。

 

「……ちなみに、そんなに彼女の機動力って凄かったの?」

 

 二人が動き始めたのを見届けて鳩原がライへ問いかけた。

 これまでの指導とは違う、特別な訓練を施したのだから相当な根拠があったのだろうが。

 

「うん。ボーダーのデータによると、出穂の機動力は6となっていた」

「6!? 確かに高いね。純粋な身軽さなら狙撃手でもトップクラスだ」

 

 ボーダーでは各隊員の訓練などで計測した能力値がパラメーターとして数値化されていた。

 その中に移動の速さや身軽さを示す機動力の項目があるのだが、夏目は10段階中6という高水準の数字が記録されている。これは木崎やライといった他のポジションも兼任している者を除けば、狙撃手でも上位に値する数字であった。機動系のトリガーはなしでこの数値を叩き出しているのだから尚更である。

 

「だからか。それじゃあ紅月君としては、将来的には隠岐君みたいにグラスホッパーを使いこなす機動型狙撃手を育てる方針、って感じ?」

「いや。それは無理だ」

「えっ? どうして?」

 

 ならば夏目も隠岐のようなグラスホッパーを使いこなす狙撃手に育て上げるつもりか。

 二人の訓練の様子を見守りながら夏目の将来を尋ねた鳩原だったが、ライは彼女の考えを否定した。

 

「あれは隠岐の高いトリオン量もあってこそできるものだからだ。狙撃手は基本的にバッグワームを常につけたまま。そのためグラスホッパーはメイントリガーで使う必要があるが、そうなると狙撃手用トリガーを出し入れする必要がある。結果としてトリオン量が足りなくなってしまう」

「……確かに。グラスホッパーを装着するなら枠も消費しちゃうもんね」

 

 狙撃手は常にバッグワームを展開してトリオンを消費し続ける上に他のトリガーを使うために銃を消した場合、再展開する際にもトリオンを消費する。そのためグラスホッパーを使うという機動型狙撃手は隠岐のような高いトリオン量を誇る者にしかできない戦術なのだ。

 夏目はまだ成長期ということもあって決してトリオン量は多くなかった。その為に隠岐の戦い方をそのまま模倣するということは現状では不可能である。

 

「だからもしもグラスホッパーを入れて、完全に機動型狙撃手として戦うなら――」

「戦うなら?」

「……トリオン消費を度外視した短期決戦に持ち込むスタイルにするか。あるいは狙撃以外の手を身につけるか。といった感じだろうね」

 

 だからこそ最大限取れる手を脳裏に思い浮かべ、ライは訓練の様子を見守った。

 

「なるほどね。その事、本人には教えなくて良いの? 多分彼女は本当に紅月君が言っていた機動型狙撃手を目指しそうだけど」

「構わないさ。あくまでも目標はそのままに、一つずつ課題をクリアしていけば良い」

 

 いきなりすべての問題点を解決させようとはしない。

 これまでの帯島達への指導と同様に、まずは目前のノルマを達成させて経験と自信をつけ、できることを増やしていく。それがきっと彼女の成長に繋がるだろうとライは確信していた。

 

「当真やユズルの教えもあるしね。――きっとそう遠くないうちに、正規隊員が増えるんじゃないかな」

 

 自分も教えているという甘さもあるだろうが、それでもライは夏目ならばできる、やってくれるという期待を抱いてそう続ける。

 こうして彼と同じ完璧狙撃手から指導を受けた雨取の存在に影響された形で、夏目も一段ずつ目標へむけて歩み始めて行った。

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