五月に入った直後に起きたボーダー内での騒動は多くの者達に影響を及ぼした。
A級隊員三名の処罰および三部隊の降格処分。
隊員達の間に広く名の知れた実力者達の環境が突如前触れもなく大きく変化したのだ。この事件が更なる変動を及ぼすとしてもおかしな話ではなかった。
「……副。ちょっと良いか? 話がある。大事な話だ」
「何だよ兄ちゃん?」
これは少し異なる未来を描いたIFのお話。
「今ちょっと時間良いですか? カゲさん。こんな時に申し訳ないんですけど。でも、影浦さんたちのためにも、他の仲間たちのためにも、話があります」
「ああ? なんだよ、そんな畏まってらしくねえな」
本来は交わることのなかったライと、ある二人の隊員たちとの道が交わる、一つの可能性のお話だ。
————
五月も下旬を迎え、ボーダーはまもなく次期ランク戦のシーズンに差し掛かろうとしていたある日の事。
私用で玉狛支部へと出かけていたライが紅月隊の作戦室へと帰還すると、学校の宿題を進めていた瑠花が部屋の主を出迎えた。
「戻ったよ、瑠花」
「おかえりなさい、ライ先輩。用事は済んだんですか?」
「ああ。今度また彼女の件でレイジさんに話をしに行くかもしれないけど。でも、今のところは大丈夫かな」
「そうですか」
本来は瑠花王女の本部護送の為、護衛としてライが同伴していたのだが、それを打ち明けるわけにもいかず、ライは外出の理由について瑠花には『支部の木崎に鳩原の件で話したいことがある』という名目で説明してある。
もちろんこの先部隊に招き入れる可能性もある相手の相談というのも真っ赤な嘘ではないのだが、すべてを打ち明けることが出来ないという事情のために嘘を交えなければならない事が少し申し訳なく感じてしまう。自分の言葉を微塵も疑うしぐさを見せない少女の姿を見て、ライはわずかに顔をしかめたのだった。
「こっちは何かあったかい? 特に僕へ直接連絡はなかったし予定もなかったから大丈夫だとは思うけれど」
話をそらそうと、ライは瑠花へと問いを投げる。
紅月隊への来客は多い。特に最近は米屋をはじめとした学校の宿題のヘルプ、太刀川など個人戦の誘いに加えて降格に関する話題などで部屋を訪れる人物も少なくなかった。
とはいえ話題の中心であるライがいない間、彼女にはもし要件がある場合は『隊長不在の為、重要な要件がある場合は出直すか本人に直接連絡をするように』と伝えてある。ゆえに問題はないはず、と思っていたのだが。
「あっ。その事なんですけれど。少し時間よろしいですか?」
「ん? いいよ。なんだい?」
「はい。実はライ先輩がいない間に来客がありまして」
瑠花はそこで一度言葉を区切り、一呼吸おいてから話を続けた。
「その。私へ部隊に関する相談をされて。それでライ先輩に報告があります」
ピシリ。
刹那、ライの中で衝撃が走る。表面上はかろうじて平静を貫くものの、内心穏やかではとてもいられなかった。
部隊に関する相談となれば行き着く答えは一つ。瑠花の他部隊への勧誘、ということだろう。次期ランク戦を迎えようとするこの時期に、『まさか』と嫌な予感が彼の脳裏をよぎる。
かつてライが瑠花の身を案じ、彼女に離隊の話を勧め、そして断られた事があった。あの時は瑠花も頼もしく育ってくれたものだと嬉しさが勝り、それ以上の事は考えようともしなかった。だが、もしも実際に引き抜きの話が彼女にかかったならばどうなるのか?
(仕方のない、事か)
考えるまでもないだろう。ライは天を見上げ、両目を閉ざした。
上層部から昇格試験を受ける事さえ今の段階では難しいという話をされ、先行きが明るいとは到底言えない。一度は断ったとしても、改めて本当に自らを必要としてくれる存在が目の前に現れたならば。
――彼女の考えが覆ってもおかしな話ではない。むしろ至極当然の事と言える。
ならばここで自分が余計なことを口出しするわけにはいかない。勿論寂しさはあるが、それで瑠花が本当に幸せになるならば快く話に応じるべきだろう。
「ああ。わかった。聞くよ。瑠花ならば違う部隊でもきっと力になれる。それは僕が保証する。それで? 一体誰から話をもらったんだい?」
できるだけ穏やかな声で、柔らかい笑みを浮かべ、ライは質問を返した。
どうか彼女がすぐに慣れるような環境であって欲しい。そう願って次の言葉を待つと。
「はっ? 私が? ……えっと、何か勘違いしているかもしれませんけど」
「うん? というと?」
しかしどういう訳か瑠花にはライの返答が予想外だったのか、そう言って首を傾げる。
その反応がライにとっても理解できず、恐る恐る彼女の先の言葉を促すと。
「二人の隊員の方から、紅月隊へ転属したいとお話がありました」
「……えっ? 何で?」
『どういう事だ』とライは瑠花の説明を理解できず、その場で凍り付いた。
紅月隊は処罰によって降格したばかりであり、周囲の印象は悪いものだ。よほどの事情がない限りは新たに加わろうとは考えもしないだろう。
そのはずなのに二名もの隊員が転属を希望するという話にライは一体誰なのか想像する事すらできなかった。
————
「失礼します。入りますね」
「ども。お久しぶりです」
その日の夜。
紅月隊の作戦室に部隊加入を希望するという二人の人物が足を運んでいた。
現れたのはそれぞれ中学生と高校生の男子生徒。ライにとっては二人とも年下の後輩に当たる。
まだ顔つきに幼さの残る黒い短髪の少年からは、幾度となくテレビで目にする嵐山隊の隊長の面影を感じる。そう、あの有名な嵐山准の弟であり現在は茶野隊に属している万能手・
B級 茶野隊万能手 嵐山副
そしてもう一人、副とは対照的にどこか緩い雰囲気を纏った長身でガッシリとした体格が印象的な黒髪の男性は、紅月隊と同じくB級へ降格した影浦隊の主柱。本部でも珍しいレイガストを自在に操る攻撃手・
B級 影浦隊攻撃手 枢凛
「ああ。久しぶりだね副、枢。突然の誘いに応えてくれてありがとう」
「いえいえ。元々こちらの方からお願いした立場ですから」
「むしろ早いうちに話だけでもしたいと思ってたんで助かりましたよ」
ライが軽く頭を下げると、彼の要請を受けた二人が揃って口を開く。
両者にとってライは以前から交流のある先輩だ。余計な遠慮は無用であった。
「お茶です。どうぞ」
「ありがとうございます」
「枢先輩も、どうぞ」
「……すごい。女子なのに優しい」
「その様子だと、理佐たちとの関係は相変わらずのようだね」
「そうなんすよ!」
瑠花が淹れたお茶を並べると、副は軽快に、枢は目に涙を浮かべて礼を告げた。
まるで
枢の幼馴染はボーダー隊員の中でも厳しい事で有名な真木理佐だ。少し遊びに呆けていると『働け』というありがたい言葉が飛び出すともっぱらの噂であり、さらに影浦隊のオペレーターである仁礼もランク戦などでは『粘って死ね』とこれまた素晴らしい指示が絶えないという。
そう考えると瑠花の接し方は彼にとっては希少なものなのかもしれない。
「ライ先輩も」
「うん、ありがとう。——さて」
隣に腰かけた瑠花に一度視線を送って、そして改めてライは二人と向かい合った。
「大体の話は瑠花から聞いているよ。一応僕の方からも聞いておきたいのだが、二人とも僕の部隊に加わりたいという話は間違いないのかい?」
にわかに信じがたい話と思いつつ、真っ正面に座る二人に問う。
二人の実力、経歴は誰もがよく知っている。両者ともランク戦で幾度もの激戦を経験している実力者であり、わざわざ紅月隊に加わる理由は考えにくい。副に関しては現在こそあまり戦績が芳しくないが、彼の周囲の人物たちとの関係を鑑みればここで外から見れば落ち目とも言えるライの部隊への加入はあまり好ましいとは呼べないだろう。
確認の意を込めてライが尋ねると。
「ええ。そのためにここへ来ました」
「右に同じく。すでにカゲさんたちにも話はしました」
「ああ、俺も部隊の皆に話をつけてあります」
「ふむ」
二人は簡潔に肯定の言葉を発した。
迷いは微塵も感じられず、咄嗟の判断ではないのだろう。それぞれの隊長の許可もあるのならばこちらが了承すれば即座の転属も可能だ。
しかしだからこそ不思議に思えてしまう。
「でも、どうしてですか? 言いにくいですけど、今のうちはあまり加入をお勧めする事は出来ない環境ですけど」
「……もちろん僕たちにとって嬉しい話ではあるけどね」
瑠花が代わってライも抱いていた悩みを二人に投じた。ライも補足を加え、二人の言葉を待つ。
紅月隊は処罰による降格処分を受けた事で周囲の目は冷たいものだ。昇格試験の資格が剥奪されたと明らかになってからはよりその傾向が強い。そんな環境に自ら入るというのは冷静な判断とは言い難い。相手が入隊したばかりの新人というわけでもないため余計に理由が読めなかった。
「それとも何か、個人的な目的でもあるのかな?」
「ええ。その通りです」
続けざまに疑問を重ねると、副が淡々と告げる。
発言した彼の顔は複雑な表情を呈していた。迷いがある、と言うわけではないが正解のない問題に悩みぬき、ようやくひとつの答えを選んだような彼の真剣さが伺える。
「まあ、俺の場合は本当に個人的な問題ですし。しかも俺自身もあまりうまくいっていないから、結構悩んだんですけどね」
嵐山副。入隊時から注目を集めた彼の名前はライもよく耳にしていた。その理由は彼があの有名なボーダー隊員・嵐山准の弟であるから、と言うことだけではない。
「最近はあまり調子がよくなかったようだね。瑠花とも君のことは少し話をしていたところだった」
「はい。……私達が参加したシーズンからの移籍だから、ちょっとね」
「んー。その事はちょっと耳が痛いですね。木虎先輩やユズルたちにも似たような事を言われましたよ」
ライや瑠花に話を振られた副は気まずそうに苦笑し、かつてのチームメイトの名前を挙げて頬をかく。
副はかつて木虎が率いる木虎隊の一員として戦い、B級ランク戦3位まで駆け上がったチームの原動力となった隊員であり、瑠花にとっては同期入隊にあたる。この時期に入隊した隊員は個人ポイントのランカーである村上をはじめ、木虎に絵馬など精鋭ぞろいなのだ。
そんな彼らと共に切磋琢磨していたのが副である。
ライたちよりも一早く部隊ランク戦に参加していた彼は木虎隊の解散後、現在は茶野隊の末席に加わっていた。だがその茶野隊は副という注目の隊員が加わり期待を寄せられていたものの成績は振るわず、B級ランク下位に甘んじている。
瑠花の同期であり、一時はB級上位に属していた彼の現状に瑠花やライも気を払っていたのである。
「まあ、これが本来の俺の実力って事なのかとも思いますけど」
「それは違うな、間違っているよ。君がかつてほどの結果を残せていないのは、単に部隊としての練度の差であり、隊員同士の力量の差だ。それくらいは外から見てもわかる。過小評価を悪いとは言わないが、あまり自分を卑下する必要はないさ」
「……B級トップにまで上り詰めた紅月先輩にそう言われると、嬉しいですね」
自分の無力を責める副を、ライは本心を告げて庇った。
確かに茶野隊の順位は低いものの、ライの中で彼の評価まで下がったわけではない。むしろ彼の献身ぶりから木虎隊所属時以上に見ている節まである。
茶野隊は副も含めて三人の戦闘員全員が銃手トリガーを扱う。シールドの性能が強化された今は連携を密にしなければ得点が難しい。だが、ここまで戦い抜いた副と他の二人で技能の差が生じた。それだけ木虎と絵馬、そしてそんな彼らを支援していた三上の存在が大きかったのである。
こうして味方をカバーするべく副の負担が大きくなり、結果として個人の成績までもが落ちている、というのがライの評であった。
「その話が他の人だけじゃなくて……チームの中からまで出ちゃうんだから、本当に何も言えませんよ」
「……何? どういう意味だい?」
「そろそろ先ほどの話に戻りましょうか」
聞き返すライの疑問に答えるべく、副は両の手を叩いて話を戻すと、ゆっくりと話を続けた。
「本当は俺もまだ、今のチームで共に戦いたいという気持ちがありました。でも……元々の俺の目的を叶えるために、俺自身の気持ちを裏切るわけには行かないと、そう思ったんです」
————
幼いころの記憶。
昔から有名だった兄の存在を、誇りに思っていた。憧れを抱いていた。
「あの嵐山隊長の弟って本当なの!?」
「ねえねえ、ボーダーのお仕事の話とか聞いたことある?」
「お前も兄と一緒にテレビに出たことあんのか?」
だが同時に『嵐山准の弟』という視点でばかり見られる環境から、優れすぎた兄に対して反抗心を抱くこともあった。
長い年月が過ぎ去った今でも何度も脳裏に思い浮かぶ。
皆揃って開口一番に兄に関する話ばかり。
ここにいるのは自分であるというのに、副を通じて兄の姿を見ようとしている。
そんな現状を変えたかった。
「俺は、嵐山准の弟ではなく嵐山副として、兄ちゃんを超えたい」
己の存在を自らの力で示したい。
それが彼のボーダーへ入隊する原点であった。
「――副。紅月君の部隊に加わる気はないか?」
「紅月先輩の? いきなりどうして?」
「それがお前の元々の目的に沿うと思ったからだ。少なくとも今のように俺の存在が絡まずに、それでいておそらく現状で一番苦難に陥っている彼の部隊で、紅月君の元でなら、副が最も力を発揮できるはずだ」
そしてその原点回帰を促したのもまた、目標である兄の言葉であった。
————
「茶野隊は、元々は根付室長に誘われて加入したんです。第二の嵐山隊を作るという名目で、俺も兄ちゃんの存在から影響力があるってことで誘われました」
「そんなところだろうとは思っていたよ。根付さんが考えそうな事だ」
「必要とされたのは嬉しかったし、俺ももう一度頑張ろうって気持ちもあったんですけど」
当時の決断を思い返しながら、副は胸の内を吐き出した。
「それ自体が、俺が嫌に思っていたことなんじゃないかって指摘されて」
「……嵐山さんからかい?」
ライの指摘に副は無言で頷く。
用意された舞台で、誰かに必要とされたというのは彼の存在ではなく嵐山准の弟という立場を求めたもの。兄の存在ありきの話は、彼が変えたいと思っていた事そのものではないのかという兄の指摘は実に的を射ていた。
「それに茶野隊の皆にも背を押されました。一シーズンでもわかる、俺と二人では実力が違う。このまま一緒に戦っても互いのためにならないって」
「さっきの台詞の意味はそういうことか。なるほど、彼らも同意見だったか」
さらに先のライの分析は茶野隊の面々も感じ取っていた事だった。
副は他の二人よりも半年ほど長い期間ランク戦を経験し、小南をはじめとした師匠のもとで厳しい訓練を経た。数値で見ても部隊ランク戦において茶野隊の総得点のうちおよそ七割の得点を副が占めている。(生存点を含む)
アシストも副が多く、共に戦う彼らも薄々感じ取っていたのだろう。
「ここまで言われて、もう自分の気持ちに目を背けてはいられないって思ったんです」
仲間にこのような台詞をさせてしまった以上はもう意志を曲げられない。その思いが強まっていた。
「なるほどね。君の気持ちはよくわかった。ただ、その上で聞きたい。どうして僕の隊への転属を希望するんだ? 他の部隊は勿論、同じ降格した部隊でも二宮隊や、かつての戦友がいる影浦隊でも良かったんじゃないのか?」
彼の強い向上心は理解できた。今度こそ自らの存在を示す環境で戦いたいのだと。目的も明白であり、意志も確固たるもの。そこに疑いの余地はない。
しかしまだ疑問は残る。
なぜ転属先が紅月隊なのか。
他にも選択肢があるだろうとライが再び問いを重ねる。
「一番自分の存在を示せる場所だと、そう思ったからです」
すると副は簡潔に己の意見を述べた。
「例えばですけど、すでに三人の戦闘員がいる部隊に新たに一人の隊員が加わるのと、一人しか戦闘員がいない部隊に一人加わるのではどっちが目立つと思いますか?」
「……後者だろうね」
「そうですね。多人数の部隊に入るなら基本的な戦略もそのまま変わらずでしょうし」
「俺もそう思います。だからこそ、現時点で戦闘員が一人である紅月先輩の部隊は都合が良かった」
多人数での連携がすでにある程度定まっている部隊では新たに自分の強みを活かすのはそう上手くは行かないだろう。
だが、まだ一人しかいないならば。
しかも数多くの防衛任務などで様々な隊員と組んできた万能手の先輩がいるならば話は変わる。
「それに良い意味でも悪い意味でも目立っているっていう現状は、俺も似たような状況ですからね。だからそんな環境下で今度こそ自分の力を発揮したいと、そう思ったんです」
さらに周囲から向けられている注目の感覚は副も似たようなものだ。
一度はトップクラスの地位まで駆け上がりながら、そこから登り詰めることはできずに落ちてしまった。その状況は副にとって親近感を抱かせ、反骨精神を育ませた。
「おかしいと笑いますか、紅月先輩? 私情を持ち込む事を嫌うなら、当然断られても文句は言えませんけど」
「いいや。むしろそこまで真っ直ぐな気持ちは心地よい。負けず嫌いは好きだよ」
ゆえにこれから先も多くの者から注目を集めるであろう紅月隊は、副が目的を成し遂げるには最適な居場所。
意見を求められたライは否定するどころか副の想いを尊重した。
人によって戦う理由は様々だ。その理由が確固たるものであり、本気で臨んでいるというのならば挑み続けるという姿勢を嫌う所以はライにはない。
「君の土壇場での柔軟な対応力、発想力はチームの戦力底上げに大きく貢献する事になるだろう。君の働きが結果的に僕たちの助けとなるならば、君の願いはきっと叶う。君が真に望むのならば僕は喜んで歓迎しよう」
「——ありがとうございます。そう評価してもらえるのはお世辞でも嬉しいですよ」
「お世辞なものか。木虎隊在籍時に匹敵する、いやそれ以上の君の働きに期待するよ」
こうして互いの力となる協力関係を結び、副の紅月隊加入をライが快諾した。
近、中距離戦に長けた機動力のある存在は戦闘を優位に運ぶ助けとなる事だろう。
「良かったね、副君」
「忍田先輩も改めてよろしくお願いしますね。……うん、やっぱり同期の方がいるってのは、ちょっと安心します」
改めて瑠花と副が笑顔で挨拶すると、自然と場の雰囲気は和らいだ。
一つ年齢が違うとはいえ同じ中学生で同期入隊者。この二人の存在は互いに良い影響を呼ぶだろう。自分ではなり得ない心の拠り所になってくれるかもしれない。思いがけない副の加入によって生じたメリットに、ライもつられるように笑うのだった。
「……なんかすごい青春みたいな空気になってる。下手に話に割って入ると邪魔だと思ってたから口を挟まなかったんすけど。……えっ? この後俺が話すの? マジ? すみません、やっぱり俺だけ日を改めても良いですか? ちょっと空気が、空気がキツイ……!」
するとここまで沈黙を貫いていた枢が居心地悪そうに口を開いた。
自分がほとんど関係しない話題には触れまいという考えに基づいたのだが、副の自分を曲げないという自らの目的にひたすら真っ直ぐな姿勢に当てられ、気まずさが勝ってしまった。
ここは一時撤退を、と枢はライに進言するものの。
「いや。折角来てくれたんだ。それに副もチームの一員となってくれるならば、彼も一緒に話を聞いてほしい。話しにくい事ならば、話せる事からで良いからさ」
「……おおう。優しいけど正論なだけに逃げ場がねえ。こりゃ理佐とも話が合うわけだ」
自身やチームメイトの事を気遣った理由を並べられると枢も断りにくい。
タイミングを間違ったことを悔やみながら、こうなっては仕方がないかと枢は覚悟を決め、頬を掻いて気持ちを紛らわすとゆっくり言葉を紡ぎ始めるのだった。
「本当に俺の場合は因縁とかそんな大層な理由はないんですよ。特に超えたい相手とか目標とか、そんな明瞭な意識もないですし」
枢はボーダーに入った経緯も幼馴染である真木に誘われての事。
元々競争意識が低い、むしろそう言った空気を嫌うという彼は副のような強い対抗心を持ち合わせていなかった。
だから彼に対して少し申し訳なさそうにしつつ。
「ならば、なぜ君は転属を試みるんだ?」
「——影浦隊の為です」
ライの問いに対し、枢は共に戦ってきた仲間たちの名を挙げた。
————
影浦隊の降格は二宮隊・紅月隊の降格とは少し異なるタイミングであった。
二部隊よりも遅れて処罰を下された直接の原因も当然異なるものだが、しかしその理由には先の処罰が大きく影響を及ぼしていた。
「……なんで? 鳩原先輩、なんで? どうして?」
影浦隊の作戦室で絵馬が一人、現状を嘆く。狙撃の師である鳩原の処罰は彼の心に大きく影を落とすこととなった。
誰に話を聞いても満足できる回答が返ってくることはない。
鳩原本人を直接訪ねても詳しい話は口外を禁止されているの一点張りで、絵馬は何も手につかない状態が続いていた。
「あんたが、何かしたのか、紅月先輩! あんたも何か絡んでいるんじゃないのか!」
「僕が答える事は何もないよ、絵馬」
「ふっざけるな!」
そんな中、狙撃訓練で遭遇したライに絵馬が詰め寄り、彼を強く責めたてるように言葉を荒げた。
近くにいた隊員たちが間に入ってその場は何とか取り繕われたものの、二人の間に走った亀裂が表面化した瞬間であった。
一度解き放たれた緊張が収まることはない。
さらにその後、影浦の暴走によって影浦隊が降格し、隊員たちの間に広がる空気がさらに悪くなったことは語るまでもなかった。
「……見てられねえな」
そんな状況を何とか打破したい。
元々は仲が良かったはずの、本来は協力しあう隊員たちの、近しい者達の現状を見て見ぬふりは出来なかった。
枢はある事を決意し、隊長である影浦に進言したのだった。
————
「今でもユズルのやつ、鳩原先輩の件で紅月先輩の事をあまり良く思ってないんですよ。多分ですけど何もなければこのままあいつはふさぎ込んで、何も納得しないままだ。あいつも結構頑固な所があるし。んで、紅月先輩の方も鳩原先輩の方もどういうわけか全部を話そうとはしないみたいだし」
「……そうだね」
「でも、ユズルはああ言っていたけど、鳩原先輩の降格って紅月先輩のせいではないんですよね?」
言いよどむライに対し、枢は本題へ切り込んだ。
駆け引きもない真正面からの問いかけにライもさすがに苦笑する。
「悪いがその件に関して話せることは何もない。……誰かから話を聞いたのかな?」
「いいえ。俺はあまり難しい事はわからないっすけど。ただ、紅月先輩がそういう悪事を企むようには思えなかったし」
それに、と一つ間を置いて枢は話を続けた。
「理佐がこの件の後でも紅月先輩の評価を変えていなかったので」
「なるほど。彼女の言葉か」
幼馴染の名前を出すとライは納得して小さく笑う。
枢は自分の目よりも幼馴染である真木の人物評をよほど頼りにしているらしい。普段は些細なことでも口喧嘩をする事もあるのだが、互いの考えを誰よりも理解し、信頼している。そんな二人の関係がおかしく思えた。
「なのに二人がいつまでも仲違いしているのは、正直居心地が悪い。仲間同士でのいざこざが俺はキライなんで。だから俺が紅月先輩の部隊に入って、それでも俺の紅月先輩への態度が何も変わらずにいて、それが少しでもユズルが何か気づいたり考え方が変わる切欠になれたらいいなと思ったんですよ」
「……そうか」
「それに理佐と定期的にチェスの約束をして会ってる紅月先輩の部隊に入れば、いつ理佐が来るかもわかって俺のイベント周回もはかどると思ったんで!」
「フッ。そっちが本音かな?」
冗談交じりに語る枢につられてライの表情も幾分か和らいだ。
ソシャゲにどっぷりとはまっているという枢は真面目な真木に怒られないように隠れてゲームに勤しんでいる。そのため彼女から逃れられる環境を探している、という理由も確かにあるのだろう。
だがその理由の方が建前であるという事は彼の表情から容易に読み取れた。
また、枢の方もやはりライが処罰の直接の原因ではないという事をその柔らかい雰囲気から感じ取っていた。
「どうですか? まあ、紅月先輩の部隊となると不要と言われても文句は言えないですけど」
「まさか。先ほどの君の発言がより君自身の評価を高める事になった。断る理由なんてどこにもないよ」
どこか自信なさげに呟く枢。しかしライはそんな彼を喜んで受け入れた。
「影浦隊がA級5位まで勝ち上がった立役者だ。あの攻撃重視のチームの中、守りの役目を一身に担った君の守りは信頼に値する。隊長として君の加入を歓迎するよ」
「……俺まで滅茶苦茶褒めてくれるんだけどここの部隊ホワイトすぎない? 「紅」月隊なのに」
真っ直ぐな称賛がくすぐったく、これまでの環境との落差に枢は衝撃を覚える。
ライが右手を差し出すと枢がその手に応じ、ここに枢の部隊加入が認められたのだった。
「いやー。すんなり認めてもらって正直ビックリしました。俺たち二人も増えたらオペレーターの負担も増えるから、二つ返事とはいかないだろうなって思ってました」
「……そういえばそうじゃん! いきなり仕事量が3倍以上になるのに大丈夫なんすか?」
「入った俺たちが今更言うのもなんですけど」
あっさりと二人の加入が認められた為、抵抗を予想していた副がそう疑問を呈すると、枢も追従する。
当然の話だが、オペレーターの負担は隊員の数が多ければ多いほど増していく。
これまでの紅月隊は戦闘員一人であったためにいきなりその負担が急増する事になるだろう。普通に考えればまず厳しい話なのだが。
「問題はないさ。日頃から慣れているからね」
「ん? 慣れてる? なんで?」
「どういう事ですか?」
尋ねられたライは動じる事無く、そう言い切った。
常日頃から一人であった紅月隊のオペレーターが複数の隊員をサポートしているとは考えられない。二人が揃って首を傾げた。
「僕は普段ここに住んでいるからね。当然防衛任務に参加する事も多く、他の部隊のサポートやヘルプにでて臨時の部隊を組む事も珍しくない。その際は瑠花が3人や4人を同時にサポートするという訳だ。そう言った経験を積んできた瑠花なら、何も支障はないよ」
「はい。任せてください」
そう言ってライが期待を籠めた視線を瑠花に向けると、彼女は「当然だ」というように頷いた。
様々な隊員との組み合わせの環境下で働き続けた彼女は中央オペレーターとして任務に勤しむ期間も他のオペレーターよりも人一倍長かった。ありとあらゆる戦況を想定した経験を得た彼女だからこそ柔軟な対応もできる。
「しっかりサポートしてみせます。だからお二人も心配は不要です」
「……頼もしすぎんだろ」
隊長は勿論だが、彼を支えるオペレーターも迷いがなく凛としている。
さすがたった二人でランク戦を勝ち上がっただけの事はある。強い信頼関係を目にした枢は戦慄し、それ以上口を挟む事はできなかった。
というわけで100話到達記念番外編第一弾でした。
今回は自作の『第二の嵐となりて』から副、『牙獣の守護者』から枢が登場し、ライと共に部隊を組む事に。
彼らも久々に書いて懐かしかったですね。
今回の番外編では部隊結成まで。また彼らとの話を見たいなどの意見もあれば続きを書いてみようかとも検討中です。
Twitterにも書きましたが、後はアフトクラトルVERの続き、そして他部隊に加入したIFを投稿する予定です。