REGAIN COLORS   作:星月

21 / 107
大志

 ライが生駒に弟子入りを果たし、旋空を習い始めて早くも二か月が経過した。

 防衛任務や生駒のランク戦の合間をぬって行われた訓練でライの技術は飛躍的に向上している。

 師曰く『ヤバいな。えっヤバない? ヤバいよな。あと一年もしたら紅月旋空とか呼ばれる技作ってそうなんやけど』との評価であった。あくまでもライ本人は否定しているが、それだけ師に認められているという事である。

 ちなみに生駒の旋空は他の隊員と比べて射程が長く、攻撃手(アタッカー)でありながら一部の銃手(ガンナー)に近寄ることなく切り捨てる事から生駒旋空と呼ばれていた。師専用の技と比較されることからも彼の技量が窺える。

 こうしてライは攻撃手(アタッカー)として更なる研鑽を積んでいたのだが、彼の向上心は留まる事を知らなかった。

 

「——玲を紹介してほしい?」

「頼めるかな?」

 

 ライが訪れていたのは三輪隊の作戦室。

 No.2狙撃手(スナイパー)と名高く、彼にとっては狙撃の師でもある奈良坂に話を打ち明ける。用件はB級の那須隊を率いる隊長・那須を紹介してほしいという事だった。

 

「確かに俺は玲と従姉弟であるから紹介する事は出来るが」

「うん。だから奈良坂に相談したんだよ」

「——知っていたのか」

 

 コクリとライが頷く。

 彼は基本的情報としてボーダー隊員の家族構成や所属校などを把握していた。奈良坂と那須の関係も既に知っていたのだと言う。

 

「まあそれなら話は早い。ただ、玲は少し事情があってそういつでも会えるという訳ではないんだ」

「どういう事だい?」

 

 さすがに那須がボーダーに加わった事情までは知らなかったのか、奈良坂の言葉にライは首をかしげる。

 

「玲は昔から病弱なんだ。ボーダーに入ったのもそれが理由なんだよ」

 

 奈良坂の話によるとこういう事だった。

 那須は昔から体が弱い。そのような人がトリオン体に換装する事で元気になるのだろうかという研究に協力する形でボーダーに入隊した。

 結果、トリオン体を手に入れた事で無事にフィールドを駆け巡る那須の姿が今あるのだと。

 

「だからいつでも会えるという訳ではない。玲が防衛任務が入っている時、あるいはランク戦のある時にした方がいいだろう」

「なら防衛任務の後が良いね。さすがにランク戦の時は彼女に影響がありそうだ」

「そうだな。なら俺の方から日程を聞いておく。わかり次第お前に連絡しよう」

「ありがとう。よろしく頼む」

 

 こういう事情の為那須がボーダー本部にいる時間は限られた。

 彼女の体調を考慮して防衛任務の前後で都合が良いときに二人を会わせようという事で意見は固まり、その日の話は終わりを迎える。

 そして都合の良い事にこの三日後。

 奈良坂からライへと連絡が入った。今日の夕方、那須隊の面々が防衛任務に入っている。彼女と話をして、約束を取り付けたという知らせだった。

 

 こうしてその日の夕方。

 ライと奈良坂は共にボーダー本部のラウンジにつくと、並んで椅子に腰かけた。 

 

「——もうすぐ来るらしい」

「そうか」

 

 従姉からの通信を見て奈良坂がそう告げる。

 

「そういえば、奈良坂。一つ確認しておきたい事があるんだけど」

「なんだ?」

 

 喉を潤わせようと奈良坂が水を口に含んだ。すると、ライが何か思い至ったのか彼にある疑問を投げかける。

 

「那須さんって実は病弱なフリをしているだけで、本当はすごく活発だったり『はじけろ近界民(ネイバー)!』とか言ったりしないか?」

「何なんだ? その具体的なたとえは?」

 

 ライの脳裏には病弱な演技をして猫を被っていた赤髪の女性の姿が浮かんでいた。

 

「はっきりと言っておくが違う。玲は本当に体が弱い。今でこそトリオン体のおかげで活発に動き回れるが、そうでなければ運動するのも辛い程なんだ」

「ああ、そうなんだ」

 

 奈良坂の説明を聞いてホッと息を吐く。

 よかった。やはり彼女のような存在は特別だった。

 

「わかったならいい。病弱なフリをした女性隊員は別のやつだ」

「いるんだ」

 

 前言撤回。やはりどこの世界にも一人はいるらしい。

 

「ちなみにその人のポジションは?」

攻撃手(アタッカー)だ。しかも太刀川さん達とトップ争いをしている実力者でもある」

「……へえ」

 

 攻撃手という事は近接戦闘を得意とするという事であった。

 しかもその実力はボーダーでも上位に値すると奈良坂は言う。

 思わずライはまさか自分の他にも身内がこちらの世界にいるのだろうかと冷や汗を浮かべた。

 

「——お待たせ透くん」

 

 ライがおかしな想像を浮かべていると、何処からか高く澄んだ声が耳朶を打つ。

 振り返ると淡い金色のボブヘアが特徴的な女性、那須がこちらへと歩み寄っていた。

 B級那須隊隊長 射手(シューター) 那須玲

 

「玲。本部では久しぶりだな。体調は大丈夫か?」

「ええ。今はトリオン体だし大丈夫よ」

「今日も元気に動いていたので問題はないはずです」

「お久しぶりです。奈良坂先輩!」

 

 那須に続き、彼女のチームメイト二人も席に着く。

 前髪の中央を上にあげた黒髪ショートの女性が熊谷、黒い帽子におさげ髪、元気にあふれた女の子が日浦だ。

 B級那須隊 攻撃手(アタッカー) 熊谷友子

 B級那須隊 狙撃手(スナイパー) 日浦茜

 

「わざわざ防衛任務の後に悪かったな」

「ありがとうございます」

「いえ。今日は襲撃もなかったので丁度良かったですよ」

 

 二人が礼を言うと、熊谷が代表して答えた。

 那須の体の事情もあってあまり無理を強いることは出来ない。故に今日はまさに両者にとって都合の良い日であった。

 

「それで透君。今日は私に頼みがあるとの事だったけど」

 

 早速那須が本題に切り込む。

 

「ああ。今日は玲に紹介したい防衛隊員がいる」

「ええ。ある程度は話を聞いているわ。それで? その人はどこに?」

「……ん?」

 

 奈良坂が手短に用件を伝えるが、どこか那須との間で認識の差異が生じているように感じられた。

 

「ああ。そうか紹介がまだだったな。先ほどから横にいるこいつだ」

「えっ?」

 

 どういう事だと悩んだが、まだお互いに紹介していなかったと気づき、奈良坂は隣に座るライに手を向ける。

 しかし那須は目にしても納得できなかったのか疑問符を浮かべた。

 

「その人、食堂の職員さんでしょう?」

 

 真面目な顔で那須はそう言って首をかしげる。直後、ライと那須を除いた3人の笑い声がラウンジ内に響くのだった。

 

 

————

 

 

「ごめんなさい。紅月先輩。何も知らずに、ごめんなさい」

 

 机に頭がつきかねないほど深々と那須が頭を下げる。

 

「いや、頭を上げてくれ。女性にそんなに頭を下げられてはこちらの居心地が悪いよ」

「そうですか?」

「大丈夫だって。食堂で働いているのは事実だし、驚かれるのは珍しいことじゃないから」

「ありがとうございます」

 

 「まあさすがに職員と間違われたのは初めてだけど」とは心の中にとどめておいた。

 那須がようやく頭を上げるとライは少しでも気持ちが楽になってもらえればと笑顔を浮かべる。

 

「……玲。さすがに今のは、ね」

 

 口を押えながら熊谷が那須の肩に手を置いた。こちらはまだ先の余韻が残っている。

 

「しょうがないじゃないクマちゃん。本当に知らなかったんだから」

「ちなみに二人はライの事を知っていたのか?」

「はい。私は直接戦った事はありませんが、紅月先輩が個人(ソロ)で戦っている所を見た事があったので」

「私は狙撃手(スナイパー)訓練で何度かお会いしてます!」

 

 奈良坂が質問すると二人は得意げに答えた。つまり、那須だけが本当にライの存在を知らなかったという事になる。

 だがこれも仕方がない事だった。なにせ那須は普段はあまりボーダー本部を訪れない。ライもあまり率先して個人(ソロ)ランク戦に挑むことはなく、バイトに出る機会が多かった。その為那須はライが食堂で働く場面でしか顔を見た事がなく、今回のような出会いとなってしまう。

 

(今度からはもう少し個人(ソロ)ランク戦にも出よう)

 

 もう二度とこんな事が起こらないようにとライは堅く決意した。

 

「まあ、ひょっとしたら玲以外にもそう思われてるかもしれませんよ」

「どういう事だ?」

「私この前チラッと耳にしたんですけど、C級隊員の間で紅月先輩の話題で『幻の美形』とか呼ばれてましたよ」

「ちょっと待って。何だいそれ?」

 

 初耳だが初耳ではない単語が話題に上がり、ライが熊谷に詰め寄る。

 

「いえ。たまに個人(ソロ)ランク戦に強くて綺麗な男の人が現れるけど、どの部隊を探しても一致する人はいない。しかも攻撃手(アタッカー)かと思ったら狙撃手(スナイパー)の訓練にも現れる。本部の廊下で見たという声もあれば食堂で似た人を見たという話もあるのに一向にどの部隊の人かすらわからない」

「————」

「そんなわけで主に女子の間で『幻の美形』って噂になってましたよ」

 

 ライは言葉を失い、奈良坂はこらえきれずに体を震わせた。

 それはわかるはずもない。ライは現在フリーの隊員なのだから。

勿論彼らの意見が全くわからないというわけではなかった。本来は強いフリーの隊員ほど真っ先に部隊勧誘の話がかかる。ライのようにこの勧誘を断り続ける事が珍しい事だった。

 

「とりあえず、その話はもう大丈夫。僕は部隊を作ると決まっているから」

「そうなんですか?」

「まあその話はいずれ、ね」

 

 とはいえいつまでも話題が逸れたままというわけにはいかない。手短にそう説明して、ライは一つ咳払いをすると那須に視線を向けた。

 

「今日、那須さんには射手(シューター)としての動きやトリガーを教えて欲しいと思ったんだ」

「……クマちゃんたちの話からすると紅月先輩は攻撃手(アタッカー)狙撃手(スナイパー)のトリガーを使うようですけど」

「今はね。だけど、僕は全てのポジションで戦えるようにしたいと思っている」

 

 ライの言葉を受けて那須の目が見開く。

 すべての距離で戦える、すなわち完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)を目指しているとライは言った。

 決して簡単な話ではない。現状では完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)は数多くのボーダー隊員の中でも一人、しかも特製のトリガーを使用している一人だけだった。

 誰もがなれるものではない。

 

(……本気なんだ)

 

 だが、那須はライの意志を確認する事はしなかった。彼の真剣な瞳からその気持ちを感じ取ったのだろう。

 

「わかりました。ですがどうして私なんですか? 他にも射手(シューター)には優れている隊員がいます」

 

 とはいえわからない事もあった。

 それは何故射手(シューター)としての指導を那須に求めたのかである。彼女は決して射手(シューター)界でトップに位置するわけではなかった。A級には彼女以上にポイントが高い隊員も所属している。

 

「理由は三つ。射手(シューター)として点が取れる事、リアルタイムで弾道を引いていたという事、合成弾を使いこなしていた事。これら全てを満たしているのは那須さんだけだった」

 

 するとライが質問に答えた。

 射手(シューター)はシールドの能力向上の影響もあって単独で点を取る事は難しい。上位の隊員でも補佐に回る事が多い程だった。

 そして射手(シューター)のトリガーは基本的にはあらかじめ設定してある弾道を放つ場合が大多数を占めるが那須は違うという事。

 最後に、二つのトリガーを組み合わせた合成弾を使いこなしていたという事だった。

 

「——つまり紅月先輩は射手(シューター)としても単独で点が取れるように。そしてバイパーや合成弾を使いこなせるようにしたい、という事ですか?」

 

 那須の問いにライは大きく頷く。

 決して簡単な事ではなかった。しかしライは全く退く素振りは示さない。事の難しさを理解しながらも、真っ直ぐ那須を見つめ続けた。

 

 

————

 

 

 那須隊作戦室。

 既に奈良坂は二人を会わせる用件を済ませたという事で三輪隊の作戦室に戻っている。今はトレーニングステージに那須とライが入っている状態だった。

 

「バイパー以外の説明は、必要でしょうか?」

「いや。トリガーの事自体は知っている。僕自身那須さんからはバイパーを学びたいと思っているからね。那須さんが必要ないと考えたものは省略してもらって構わない」

「わかりました」

 

 射手トリガーには4種類存在する。威力重視のアステロイド、追尾性能が高いハウンド、軌道変化量が多いバイパー、直撃すると爆発するメテオラだ。

 このうちライが学びたいのは那須が最も得意とするバイパー。基本的なトリガーとしての知識は持っている為、習得において必要な事だけで構わないとライが語った。

 

「では戦う上で射手(シューター)として必要な事を。射手(シューター)の一番のメリットは弾丸の構成要素である威力・射程・弾速の3要素の配分を一度ずつ決められるという事です」

 

 まず那須は射手(シューター)用トリガーの特殊性について説明する。

 射手(シューター)は他のトリガーと比べて威力が低いとされるが、その分優れている点もあった。それは弾丸の構成を常に設定できるという事である。

 

「バイパーはさらに、自分で弾道を設定する事も可能です。多くの人はいくつか変化する道筋を決めておいて、その設定に沿って放つのですが」

「那須さんはそれを毎回できると」

「その通りです」

 

 那須が頷いた。中々できる事ではないが、この那須の技術により彼女の得点力は高いのである。

 

「やはり弾の動きも細かく設定する事でシールドをかわすだけでなく、相手の動きを読んだ上での射撃も可能になります」

「相手が反撃に出ようとしたり、逃走を図った時に有効という訳だ」

「はい。ただこれには慣れが必要となるでしょう。先ほど言った配分の決定も同時にこなす必要があります」

 

 敵の行動パターンを読んだ攻撃はこの動きがあってこそ。できる様になれば射手(シューター)としての大きな強みとなる。反面、当然のことながら事前に考える事も増えるために隊員の負担は大きなものとなると那須は語った。

 

「具体的なイメージとしては私の記録(ログ)を見るとわかりやすいと思います。あとは実践と言いたいところですが……」

『駄目だね、玲。小夜子はやっぱり出てこないよ』

「小夜ちゃん駄目そう? そっか。合成弾の事も含めてサポートが必要だと思ったんだけど……」

 

 チラッと那須が視線を上げると彼女の意見を悟った熊谷から返答が響く。

 小夜子とは那須隊のオペレーター、志岐の事であった。本来は彼女が補佐をするのだが、彼女は極度の男性恐怖症であるためにライがいる中では仕事が出来ず、今は彼女に代わって熊谷と日浦の二人がサポートをしている。

 とはいえ本職の人間と比べるとやはりここからの実践は難しくなるだろう。

 どうしようかと那須は考えに耽った。

 

「……わかった。那須さん、それじゃあ今日はこのあたりで大丈夫だよ」

「そうですか?」

「ただ、もう少し知りたい事があったら質問して良いかい?」

「勿論です」

「ありがとう。僕は君の言った通り射撃トリガーに慣れる様、うちのオペレーターになる子と練習するよ」

 

 するとライが折衷案を提示する。

 ここから先わからない事、知りたい事があれば再び那須に相談し、訓練のサポートは自身のパートナーに託そうと。

 

 

————

 

 

「本部長、本日の業務これで終了となりました」

「ああ。ご苦労だった。今日はゆっくり休んでくれ」

「はい。失礼します」

 

 まとめあげた報告書を忍田に提出し、一人の少女が指令室を後にした。

 彼女の入隊から早くも3か月が経過。基地の業務処理にも慣れて様々な技能を取得している。データ解析などの部隊運用の仕事も板についてきた。

 能力が備わってきたためか普段の心持ちにも余裕が出てきている。そろそろ、部隊付きオペレーターの転向希望を考えるくらいに。

 

「瑠花」

 

 廊下を歩いていると、突如少女の名前を呼ばれた。

 聞き覚えのある懐かしい声色だ。予想しない再会に驚き、瑠花は声の主へと視線を向ける。

 

「ライ先輩!」

「お仕事お疲れ様。——この後少し時間を貰えないかな? 君と話をしたい」

 

 そこにはかつて彼女が部隊を組む事を提案した隊員、ライが立っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。