空中には両輪を煌めかせて跳ぶ数体のバドが舞っていた。
小型の飛行型トリオン兵である。偵察任務に送り込まれるというだけあって打ち落とす事は難しい。そもそも射程がある武器を持たなければ攻撃を当てる事さえ不可能な相手であった。
「
そのバドに向けてライはメイントリガーに組み込んだバイパーを起動。彼の手元に巨大なトリオンキューブが生成されると4×4×4の小さな正方形に分割し、放出される。
バイパーは途中までは一直線に進み、そして一体のバドに迫るや敵を包囲するように軌道を変えて多角的に襲い掛かる。防御手段を持たないバドは一瞬で爆発した。
(他のトリガーより威力が弱いといっても、やはり防がれなければ十分だな)
『ライ先輩、次です。3時の方向にバド二体!』
「了解。最短経路の割り出しをお願い」
『わかりました』
瑠花の声が直接耳に響く。彼女の指示に従ってライは次の標的に向けて動き出した。
ここはライが住む作戦室のトレーニングステージである。瑠花と出会ったライは彼女に
「よしっ。——
続いてライはサブトリガーのメテオラを起動。こちらは分割せずにキューブをそのまま上空へと撃ち上げた。
「
メテオラがバドの目前に迫ると続いてバイパーを放つ。しかも先ほどと異なり今度は威力を捨て、弾速に特化した弾だ。
バイパーがすさまじい速さでメテオラを撃ちぬいた。爆風がバドの視界を奪い、その間に一部のバイパーが向きを変えて上空から襲い掛かる。トリオン体は耐え切れずに地上へ落下していった。
『バドの撃破を確認。次は6時の方向に——ライ先輩、下がって!』
「ッ!」
さらなる標的を探そうとしたライを、瑠花の強い叫びが止める。
言われるまま後ろにバックステップを踏むと、一体のバムスターが建物を突き破って突撃を仕掛けてきた。
「新手か!」
引き続きライは後ろに下がり、距離を取りながら今一度バイパーを展開する。
今回、ライは射撃訓練という事で普段の弧月などのトリガーは装備していなかった。あくまでも
あらゆる状況を想定して立ち振る舞えるようにと、次々と出現するトリオン兵へ仕掛けていった。
(
ライが戦闘を続ける中、瑠花は一人先ほどの失態を悔やむ。
機械操作や情報分析にはそれなりに慣れたつもりでいた。
しかし今回は実際の戦闘のサポートという事で進路の確保、戦力分析、位置解析などの並列処理を行う必要があり、その点で後れを取ってしまう。
もう少し警告が遅れれば、あるいはライの回避能力が優れていなければ彼は攻撃を受けていたかもしれなかった。
ライが
(まだ実力が足りない……!)
あまりにもやるべき事が多い。瑠花は自分が彼の能力、ポジションに応えられるだけの立ち位置にいない事を嘆いた。
————
「お疲れ様でした」
「いや、トリオン体だから疲れはないよ。それより突然のお願いに答えてくれてありがとう。助かったよ」
「いえ。私も勉強になりました」
「そうか。本当にありがとう」
訓練が終了し、トレーニングステージから出て来たライを瑠花が出迎えた。
トリオン兵が相手とは言え様々な動き、戦闘行動を実践する。これは非常に貴重な訓練だった。特にオペレーターの支援はやはり頼りになる。おかげで次の自分の移動経路や離れた位置にいる敵への弾道設定は非常に楽になった。
ライは改めてもう一度瑠花に礼を告げる。
「……ライ先輩」
「ん?」
今日はここまでにしようかと考えていると、瑠花が先に口を開いた。
「私はこの数か月、中央オペレーターとして仕事をこなしていました」
「うん。知ってるよ」
「自分としてはそれなりに機器操作や情報分析など、一通りの知識や技術を身に着けたと思っていました」
ですが、とそこで瑠花は話を区切る。
「今日の訓練でわかりました。まだ経験が足りません。先ほども情報処理に追われて警告が遅れた時もありました。この先ランク戦や他の部隊との合同防衛任務ではさらに情報が増える可能性が高いのに」
今はあくまでも仮想トリオン兵が相手であった。本物や対人戦では動きが全く異なる可能性もある。加えて今はライ一人だが、部隊を組んで他のチームと合同で任務を組むとなればよりオペレーターの能力が求められる可能性も予測された。
「ごめんなさい。もう少し時間がかかりそうです」
そう言って瑠花は悔し気に瞼を下げる。
ライが今も部隊に加わらず、フリーの隊員である事を彼女も知っていた。それがきっと自分の事を考慮しての判断であるという事も。
だからこそ彼の期待に応えられない自分が余計に悔しかった。
「そうか」
彼女の偽りない意見を聞き、ライはゆったりと歩みを進める。4、5歩ほど進んだ所で止まると彼は背中越しに瑠花に告げた。
「本当は今日、君に部隊を結成しないかどうかを聞こうと思っていた」
「ッ!」
変わらぬ声色であるのに、その声を聞いて瑠花は強い衝撃を受ける。
彼がこう考えるのも当然の事だった。
まもなく今
新たな部隊発足には丁度良い時期である。あるいは瑠花の力を考慮して考えを変える可能性も捨てきれなかった。
「——だけど、やっぱりやめよう。次
しかしライにも様々な可能性、選択肢があるにも関わらず、あっさりとそう続ける。
「僕自身まだ射手として訓練が必要だ。攻撃手や狙撃手としても精度を上げる必要もある」
「良いんですか?」
「ああ。だから君が良ければ、これからも時間がある時に手伝ってもらっても良いかな?」
「……はい」
断る理由などなかった。
瑠花本人も共に訓練を重ねればより部隊結成の時を早められるかもしれない。
改めてお互いの意見を確認し、二人は協力を約束したのだった。
————
ボーダー本部ラウンジ。
「合成弾の展開も十分早くなってきたと思います。あとは他の組み合わせですが」
「それに関してはどうなんだ? 現状ではバイパーは必ず入れようと考えている。メテオラ以外にも何か組み合わせがあるのかい?」
「はい。例えばアステロイドと組み合わせた『コブラ』などもありまして……」
那須がライに合成弾に関する講義を行っていた。
最初の訓練以降も二人の師弟関係は続いている。現在はバイパーだけでなく合成弾の訓練も並行して実施されていた。
那須もトリオン体ならば訓練に付き合う事には何も支障がない。体調も良く、隊員以外の人物との交流により精神的な切り替えもできるので彼女にとっても悪い話ではなかった。
特にライは成長スピードが速い為に会う度に新たな強さを身に着けてくる。那須は初めて人に教える中で、師としての楽しみに似た感情を覚えていた。
「——おう、ライ。何やっとんねん」
「こんちわ」
こうして二人の討論が行われる中、生駒隊の生駒と水上が二人に声をかける。
「あっ。お二人ともお久しぶりです」
「なんや。最近
「そうなんです」
「あらら。上手く師匠見つけたな。B級でもトップレベルの相手二人も師匠につけるとは」
「ありがとうございます」
水上の言葉に那須は嬉しさを覚えて笑みをこぼした。
生駒隊はランク戦で常にB級上位に君臨する強豪だ。そんな彼らに実力を認められる事はやはり喜ばしい。
「許さんで、ライ」
「えっ? 何がですか?」
「自分、今の状況わかっとんのか?」
「はっ?」
すると、生駒の幾分か苛立ちを含んだ声がライに向けられる。
突如剣の師に問い詰められるも一体何を指しているのかわからなかった。今の状況と言われても、ただ那須と二人でトリガーについて語っていただけである。
「遠くから二人の様子を見るとな」
「はい」
「美男美女のカップルにしか見えんねん」
するとその行動自体が許されないのだと生駒は断じた。
「アカンやろ。こんな公共の場で不純異性交遊なんてイコさん許さんで!」
「いや、イコさん。話聞いてました? 彼らトリガーの話してただけでしょ。どこが不純なんです?」
「男女が二人っきりは不純やろ。俺なんて純粋やから一回もやったことないで」
「モテないの自慢すんなや」
「それは相手がいないからでは?」とはライは口にしない。言えば最後、師匠のいら立ちがさらにぶつけられるとわかっていた。
「あの、生駒さん。紅月先輩は真面目に私の力を信じて頼ってくれたんです。その言い方は紅月先輩に失礼ではないですか?」
だが、那須は真っ向から生駒の言葉を否定する。彼女は穏やかだが真面目であり、近しい存在が不当に傷つけられるのは許さない優しい隊員だった。
まだライと知り合ってそれほど長い期間がたったわけではないが、初めてものを教える立場になった隊員だ。ここまで一方的に言われては黙っていられない。
「いやいや那須さん。騙されたらアカン。男なんて皆獣なんや」
「それだとイコさんも含まれてません?」
「ライもさも『僕は異性なんて興味ないです』みたいな顔しとるけど、内心まんざらでもないとか思っとるで。間違いない。師匠の俺が保証する」
「なんで自分の弟子をここまで貶めてるんや。この師匠」
水上の指摘を右から左へ聞き流し、弟子の評価を下げようと生駒は話を続けた。
「はあ。紅月先輩。あなたからも何か言ってください」
このままでは埒が明かない。那須は黙り込むライへと意見を振った。
「正直に?」
「ええ。ビシッと言ってください」
「まんざらでもない」
そして今日一番の爆弾がその場に投下される。
「なっ」
「おおっ。漢がおった」
「なっ。何を、言っているんですか!?」
「いや、だから正直に……」
突然の言葉に那須が頬を赤らめ、水上は感嘆した。当の本人は『何もおかしなことは言っていない』と言うように平然を保っている。
「——ライ」
一方、生駒も無表情のままライを睨んだ。
「ブースに行くで。ちょっと鍛えたるわ」
間違いなく私情が含まれた声色でそう続ける。
こうしておかしな形で師弟対決が始まろうとしていた。
————
「どないしたんや!」
ライの胴体が横一線に切り落とされる。
「女の子なんぞにうつつを抜かして!」
空中へよけようとしたライを生駒の旋空弧月が真っ二つにかち割った。
「剣の腕鈍くなったんとちゃうかあ!? 羨ましいわ!」
右手に展開したシールドごとライの体を叩き切る。
今日の生駒は絶好調であった。
強い掛け声と共に放たれる彼の斬撃はすさまじいキレを帯びている。この声までブースの外に聞こえたら大変な事になっていただろう。
とはいえ生駒は数多くいる
ライ ×〇×××〇×××
生駒 〇×〇〇〇×〇〇〇
二人の10本勝負は最後の一本を残したところで2対7。既に生駒が勝利を決めていた。
「強い! さすがNo.5
(多分イコさんがずっと変な事叫んどるけど黙っとこ)
感情が籠められた刃はそう簡単には止められない。
圧倒的な剣技が披露され、観戦していた那須や他の隊員達からは称賛の声があがった。対して、見知った関係である水上は生駒の本質を悟りながらもそれを胸の内に封じ込む。
「わかったか? 今後は女の子と会うならまず師匠の俺を紹介してからにするんやで」
最後の一本が始まる直前、生駒が弟子に向けてそう告げた。
「なるほどそれが本音か」とライは師の考えを理解して笑みを浮かべる。
「努力はしますよ。ですが、すみません」
『ラスト一戦、開始!』
「このままやられたままでは終わりませんから」
だがただではやられない。ライも今一度生駒に宣戦布告した。
二人の体が今一度市街地Aに転送される。
「旋空——」
戦いが始まるやいなや、生駒は早速居合の構えを取った。
(横薙ぎか!)
奇襲行動に遅れることなくライは回避行動に移る。即座に飛び上がり、旋空の射程から逃れた。
「甘い。この勝負、もろたでライ!」
「ッ!」
すると生駒は構えをそのままに突撃する。旋空の叫びはフェイクだった。空中に身を投じた事で次の動作を封じたライへ切りかかる。
「シールド!」
「おっ!」
敵の突撃をみたライはシールドを自分の後方の地面に固定して展開。その盾を蹴って急加速した。向かってくる生駒へ逆に切り込んだ。
ライの弧月を辛うじて弧月で受ける生駒。直後、着地したライは勢いそのままに地面を蹴り再び生駒の背後に迫った。
「ちっ!」
「旋空——」
「あかん!」
ライは右腕に持つ弧月を突き出そうと右腕を引く。
一点に集中された突きは弧月で受け切る事は不可能だ。瞬時に生駒は両手でシールドを展開し、せめて急所を守ろうと左半身をライに向けた。
「——弧月!」
そしてライの旋空弧月が解き放たれる。
彼の刀は容易に生駒のシールドを破り、その体に大きな円の風穴を開けるのだった。
「なん、やとっ!?」
『トリオン漏出過多。生駒ダウン! 十本勝負終了。3対7。勝者、生駒』
ただの突きでは説明がつかない形、大きさの傷だ。生駒は理解が出来ないままブースへと強制転送された。
そしてこのランク戦の終了が告げられる。
ライ ×〇×××〇×××〇
生駒 〇×〇〇〇×〇〇〇×
3対7。勝負は順当に生駒が勝利を収めた。
だが、最後のライが獲得した一本は生駒をはじめ見ていた多くの人々に衝撃を残す。
「えっ。最後の何あれ? アイビスでも撃たれたんか? 反則やろ反則」
「いや、彼弧月を持ってましたよ」
「嘘やん」
倒された生駒は当然理解できず、水上に意見を求めるが二人とも解明には至らなかった。
「ビックリしたわ。これホンマに新たな旋空が出るかもしれんで」
過大評価ではなく、本心で生駒はそう続ける。ひょっとしたら自分はとんでもない男を弟子にしたのだろうか。興味と関心の目をライに向けた。
「お疲れ様です。紅月先輩」
「ありがとう那須さん」
「初めて弧月を使う所を見ましたが凄いですね。あの生駒さんを相手に3本も取るなんて驚きました」
そのライが那須に飲み物を手渡され、笑顔を向けられている光景を目にし、生駒の表情が凍る。
「……ライ。ちょっと顔貸し」
「はい?」
すると生駒はライだけを呼び出し、他の人から聞こえない場所へと移動すると、彼に告げた。
「今日で破門や。もう相手にする事はない」
「なんでですか?」
「俺に嘘をついたやろ! 俺が勝てば黄色い声が集まる言うたやん!」
「器ちっさ」
突然の破門宣言。その理由に水上は思わずそう苦言を呈する。
「ちょっと待ってくださいイコさん」
「何や。こうなった俺を説得は無理やで。不貞腐れとるからな」
「自分で言うんかい」
何とかライは機嫌を直してもらおうとするも、生駒は動じないと息を鳴らした。大人げない対応だと水上は突っ込む中、ライはどうにか意見を変えてもらおうと思考を巡らせる。
「このまま破門なんてして良いんですか?」
「なんや。俺に何か不都合でも出るんか?」
「はい」
「言うてみ」
聞く価値はあると感じたのか、生駒は話の続きを促した。
「那須さん以外にもこの戦いを見ていた人がいます。そんな中、ここで生駒さんが僕を破門したと知ったら彼らはどう考えると思いますか?」
「どうなるん?」
「最後の一発をまともに食らい、それを脅威に感じて弟子を切り捨てた。生駒さんが自身のNo.5攻撃手の地位が揺らぐのを恐れたと」
「ちょっと待てや! そんなの事実とちゃうやろ!」
「ええ。ですが彼らは事情を知りませんから」
ライの説明を聞き、生駒が珍しく頭を悩ませる。これを好機と見たライは休む間を与えずに追撃をかけた。
「ですがここで生駒さんがむしろ僕の成長を認めて今後も鍛えようと宣言したらどうなると思いますか?」
「わからん」
「弟子の成長に喜び、共に強くなろうと言ったならば。その大人の余裕と貫禄に皆生駒さんへの敬意が増すでしょう」
「——よしっ。今の話は全部なし。冗談やって。大事な弟子をそう簡単に捨てるわけがないやろ? ライ、戻ってええで。テイク2や」
「はい」
「ええ……」
ライの説得に応じ、生駒は見事に掌を返す。水上の冷めた視線が刺す中、ライが那須の下に戻った事を確認し、生駒は彼の元へと歩み寄る。
「ライ。見事やったで。最後の一本は俺もしびれたわ」
「そうですか? ありがとうございます」
「おう。しかしなあ、その一本を取るまでに7本も取られたらアカン。特にランク戦なんてポイントが行き来するシビアな戦いや。全部勝つ気でないとな」
「その通りです。まだまだ未熟です」
「わかっとるならええ。今後もビシバシ鍛えたる。覚悟しときや」
「よろしくお願い致します!」
最後にそう言って生駒は背中を向けた。ライの挨拶を耳にすると背中越しに手を振ってその場を後にする。
「背中で応える俺。カッコいい」
「ええ。その一言さえなければ完璧でしたよ」
水上のツッコミを受けながら二人は作戦室へと戻っていくのだった。