REGAIN COLORS   作:星月

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未来

「——久しぶりだな。よく来てくれた」

 

 ボーダー本部指令室。本部長である忍田は許可を得て入室した男性を歓迎した。

 入ってきたのは一人の青年。オールバックにした前髪とブリッジの無いサングラスが印象的な彼は、ボーダーに二人しかいないA級を超えた特別枠・S級隊員の一人。

 

「どーも。確かに久しぶりですね忍田さん」

 

 名前を迅悠一という。

 玉狛支部所属S級隊員 攻撃手(アタッカー) 迅悠一

 

「それで? 今日はこの実力派エリートにどのような御用でしょうか?」

 

 自らを『実力派エリート』と称する彼は飄々とした態度で忍田に問を投げた。目上の者への態度としては少々難があるものの、忍田はそれを咎める事はなく話を続ける。

 

「紅月君の事はお前も知っているな? 今から一年ほど前に入隊した隊員だ」

「紅月。——ああ。そういえば前にそんな連絡がありましたね。向こう(・・・)から帰ってきた彼の事でしょう?」

「そうだ」

 

 どこで聞く耳を持たれているかわからない為、迅がそう曖昧にぼかした。それで話は通じ忍田はコクリと頷く。

 

「実は、彼が今度自分の部隊を発足する」

「それは初耳ですね。彼はすぐB級に上がったものの、ずっとフリーの隊員だったと聞いていますが」

「ああ。私も知ったのはつい最近の事だ。そして一緒に部隊を組む相手が私の姪らしい」

「つまりオペレーターは瑠花ちゃん?」

「そうだ。彼女から話を聞いた」

 

 直接会った事はないものの、迅は忍田を経由して彼の姪がボーダーに入ったという事を聞いていた。

 

「彼が一時期持たれていた疑いはすでに晴れているが、この件でまたよからぬ考えを持つ者がいるのも確かだ」

「本部長に近しいものに近づいて、って事ですか?」

「その通りだ」

 

 話を聞き、おそらく根付さんあたりだろうなあと迅は予想を立てて納得する。

 早い段階で正隊員になっていたにも関わらず部隊入りを拒んでいた隊員が、ここにきて上層部に近い人間と組んで部隊を結成するという話が浮上した。ここまでの活動は下準備であり、ボーダーの中枢に近づく機会を窺っていたのではないかと疑念を持たれたのだろう。

 

「お前には少し調べてもらいたい。彼と親しい者、接点がある者はこちらでリストアップしてある。彼らと接触し、そしてお前に直接彼を見てほしい(・・・・・・・)

 

 お前ならわかるだろうと忍田は言う。

 

「勿論。エリートですから」

 

 期待を寄せられた迅は気の抜けた笑みを浮かべて答えるのだった。

 

 

————

 

 

「——別役隊員。こちらの書類に不備がありました。もう一度確認してください」

「どえええ!? 何がですか!?」

「用紙が一枚足りません。加えて押印が一つ欠けています」

「そんな!」

「提出に必要なものです。持ち帰ってよく探してみてください」

 

 廊下でそう語るのは瑠花だ。お目当の隊員を見つけた彼女は淡々と述べると、奇怪な声を上げて走り去る別役の姿を見送った。

 中央オペレーターには事務的な仕事も含まれている。その為こういった事も慣れたものなのだが。

 

「まったく……」

 

 これで彼女が担当するものだけでも3度目となればため息も出る。

 どうも別役は抜けた面があるらしく危なっかしい。戻ってきても何か不備があるのではないかと疑われた。

 瑠花が近い未来の事を不安視する中、迅は彼女の後ろから近づくと——サスリと彼女のお尻を撫でる。

 直後、乾いた音がその場に響いた。

 

「——どちら様ですか?」

 

 その音を起こした本人、瑠花は数歩後退りしながら頬を叩いた迅を見る。

 

「やあどうもオペレーターの瑠花ちゃん」

「どうして私の名前を?」

 

 『ストーカーですか?』と言わんばかりの糾弾の視線を向けられた迅は釈明するように彼女の疑問に答えた。

 

「俺は玉狛支部の迅。少しお話を聞かせてもらえない?」

 

 

————

 

 

 一通り瑠花から話を聞いた迅は大きく息を吐く。

 

「うーん。少なくとも君の話を聞く限りでは何も問題がないんだけどなー」

 

 そう言って迅は頭をかいた。

 瑠花の語る内容を信じるならば紅月ライという人物は温厚で真面目な好青年という事になる。迅も写真を見て顔を知っていて事実外見から見た限りではその様に思えた。

 

「何か問題があるんですか?」

「いやいや。別にそんなんじゃないよ。ただ気になる事があってね。例えばこれ」

「何ですか?」

 

 そう言って迅は手元の資料を指差す。

 何事だろうと瑠花は立ち上がり、迅の椅子の横へと歩み寄った。

 直後、再び彼女のお尻に迅の右手が伸びる。

 

「ッ!」

 

 先ほどよりも鈍い音が木霊した。

 

「良い威力だ。でもリアクション堅いぞー瑠花ちゃん? 『もうっ。迅さんのバカ!』とかでいいのにさー」

(次は何か鈍器で殴ろう)

 

 あくまでも迅は大丈夫な相手を選んでセクハラをしているものの、瑠花の中ではどんどん彼の対応が悪化していく。

 彼女の心境を知る由もなく、迅は話を戻して説明を再開した。

 

「彼、私生活の時間がほとんどないみたいなんだよね」

「えっ?」

 

 瑠花もその資料へと目を通す。紙にはライの先週の一週間分のシフトが書かれていた。

 ライはバイトもボーダー内の施設で行っている為調査は容易だ。

 ここに書かれている事が事実ならば、彼は確かにほとんどの時間を任務や仕事、ランク戦で終えているという事になる。

 

「……あの。平日も任務で埋まっているんですけど。ライ先輩高校はどうしているんですか?」

 

 いくらなんでも出席日数が危ういのではと危惧した瑠花が彼に質問した。

 

「ん? 聞いてない? 彼は高校には通ってないよ」

「えっ?」

「まあその辺りは色々事情があるみたいだ。知りたいなら本人に聞いた方が良いよ」

 

 彼女の問いに対する答えを迅は口にしない。いや、出来なかった。

 

(少なくとも一緒に組む子に対しても秘密を話してはいないか)

 

 何せ彼の話は外部に漏らしてはいけない内容が関わってくる。迅は申し訳ないと思いつつ、ライがきちんと上層部と交わした契約を守っている事を確認し安堵した。

 

(まあこれ以上踏み込まれてもまずいしここは退散しとこう)

 

 とはいえこれ以上深入りされては迅が対処に困ってしまう。

 迅は話をそこで切り上げ、他のリストに上がっている人物に聞きこもうと席を立つのだった。

 

 

————

 

 

 A級Tさんの証言。

 

「おう迅。久しぶりだな! ——何? 紅月? 面白い奴だな。実は何度かランク戦もやったが腕が立つぞ。初戦で二本も取られた相手は久しぶりだ。しかも頭もキレる。実はこの後も遠征期間中にたまってしまったレポートを……えっ、後ろ? 風間さん? あっ。今のは違っ」

 

 A級Nさんの証言。

 

「最初見たときはその腕に驚きました。迅さんも知っての通り奴の事情が絡んでいるのでしょうが、本人の性格もあると思います。そうでなければあの真面目さは説明できない。ただいつもボーダーにいるようなのでその点が心配ではありますね」

 

 A級Mさんの証言。

 

「迅! ……さん。あなたと話す事は何もありません。紅月? どういう事だ。何故あんたがあいつの事を。——今度は一体何を企んでいる!?」

 

 A級Yさんの証言。

 

「良い奴っすよ。頼めば勉強教えてくれるし、弁当とか作ってくれるし。……ええ、春から依頼があれば弁当も作ってますよ。バイトの一環らしいです。最近はランク戦にハマってるのか結構ブースでも見ますね」

 

 B級Aさんの証言。

 

「俺の方が先輩ではありますが、正直な話参考にしてますね。それくらい技量が高いというか器用で、しかもヤバいです。知ってます? あいつトリオン体じゃない時でも壁走りとかやってるんですよ。俺も一回だけ真似したけどできませんでした」

 

 B級Iさんの証言。

 

「ライは俺が育てた。いやホント、師匠に似て旋空が凄いわ、女の子にモテるわで——アカン。なんか自分で言ってて辛うなってきた。もう無理。緊急脱出(ベイルアウト)してええ?」

 

 B級Nさんの証言。

 

「真面目な人ですね。しかも飲み込みが早いです。私は教えるのが初めてなのでついつい話し込んでしまうのですが、いつも真剣に聞いてくれて。ただ、その……本気なのかどうかわかりませんが、たまに発言がその、言われたこちらが恥ずかしくなってしまうと言うか……」

 

 A級Kさんの証言。

 

「優しいけど意志が固い子ね。以前部隊に誘ったけれどフラれちゃったわ。あそこまで男の子にキッパリ言われたのは久しぶりかも。でもその後も気兼ねなく接してくれてるわ。この前も堤君たちと一緒に炒飯をふるまった時があったの。おいしさのあまり涙をこぼしながら完食していたわ」

 

 B級Kさんの証言。

 

「同期だからたまに支部に遊びに来てくれる時もあって話す事があるけれど、会うたびに驚くよ。頭の回転が早いし、状況判断力が高い。しかも考え方が多角的というか、政治家みたいに思う。ただ、人が良いのか頼まれたら断れないみたいで。うちの隊員が結構迷惑をかけてしまう事があるんだよね……」

 

 B級Mさんの証言。

 

「ええ。たまに個人(ソロ)で戦いますね。ライが射手(シューター)の練習する時もありますが、ランク戦ならば基本は剣で。——強いですよ。戦い慣れしてるのもそうですが的確に急所を狙ってくるし、効率よく相手の動きを封じてくる。戦略にも通じているようで、どこかで戦争でも経験してきたんじゃないかと思ってしまいますよ」

 

 

————

 

 

 一通りリストに載っている人物から話を聞き終えた迅は大きく息を吐いた。

 

「……実力者ばかりだ」

 

 話を聞いたが、その相手はボーダーにいる者ならば知らない者はいない強者ばかり。そんな彼ら彼女らがほとんど苦言を呈していないというのが驚きであった。基本的には好意的な意見が多く、彼の能力を認めていた。

 

(しかも秀次があそこまで反応するって事が意外だったな)

 

 最も迅が予想外だったのは三輪が迅に強い拒絶反応を示した事だ。

 三輪は部隊を組んでいる者、組んでいた者以外の隊員に対してはあまり積極的に交流しないタイプの人間である。彼がライを救助したという報告を受けているが、それ以上の事情が何かあったという事だろう。

 

(いずれにせよ人間性に関しては何も問題はなさそうだな。こんなに忙しいなら暗躍する暇もないだろうし)

 

 自身の趣味が暗躍であるためであろうか、迅はそう結論付けると個人ランク戦のブースへと向かった。

 最後に一目見て何か未来を見えるならば見て終わりにしようと。

 迅悠一。彼が持つ副作用(サイドエフェクト)は未来視。彼は目の前の人間の少し先の未来を見る事が出来るのだ。

 

 

————

 

 

 ラウンジにやってくると、ちょうどモニターに個人(ソロ)ランク戦が行われている隊員達の様相が浮かび上がっていた。

 その中の一つに彼が目的とする人物の姿も映し出されている。

 

「よー陽介」

「おっ。迅さん。さっきぶり」

「おう。さっきはどうもな。何してんの?」

「俺はランク戦待ちっスよ。緑川とライの三人で三つ巴中」

「なんだ、面白そうな事やってるな」

「ちなみにこの後は俺とライの番です」

 

 近くの椅子に座る米屋の姿を見つけ、迅が声をかけた。

 どうやら今戦っている二人と米屋が三人で交互にランク戦を繰り広げているらしい。

 緑川とはこの前の入隊式で入隊し、その後すぐにB級に昇格するとA級草壁隊に加わった中学生だ。

 A級草壁隊 攻撃手(アタッカー) 緑川駿

 かつて迅が救出した事から彼を尊敬しており、迅も良く知っている人物である。

 その彼が、今モニター上でスコーピオンをかち割られ、弧月で一突きされていた。

 

「剣筋が良いな。お前ら三人で戦った時の勝率はどんな感じなんだ?」

「今のところ俺と緑川なら6対4で俺。ライと緑川なら7対3くらいですかね。まだ経験浅いし負けませんよ」

「緑川も才能ヤバい方なんだけどなー」

「俺とライなら五分五分ってとこっすね。勝ったり負けたりの繰り返し」

「それかなりヤバいよな」

 

 迅の指摘に米屋は「まあそうっすね」と軽く頷く。A級隊員と互角以上に戦うには相応の実力が必要だ。それを彼が持っていると米屋は事もなげに語った。

 

(平然と言うもんだ。まあ陽介達が普段から絡むようなら大丈夫だろう)

 

 米屋は普段からランク戦を好む。彼らが張り付いているようなら自分は放置でも構わないだろうと考えて、一応もう一度ライをじっくりと見つめて。

 

「————ッ!」

 

 彼の未来を見て、思わず迅は目を丸くした。

 

「迅さん?」

「……いや、何でもない。少しは緑川に優しくしてやれよ」

 

 呆然とする彼を心配した米屋から声がかかる。だが事実を言う訳にもいかない迅は逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

————

 

 

 

「——つまり、問題はないという事だな?」

「ええ。少なくとも上層部が心配するような問題はないかと」

 

 指令室に戻った迅は調査結果を淡々と忍田に報告した。

 彼の話を聞き終えると忍田が安堵の息を零す。彼自身隊員を不信な目で見るのは心苦しい事だ。何事もなくてよかったと心からそう思った。

 

「何なら今もランク戦やっていましたよ。一度彼の戦いぶりを見てみたらどうです?」

「いや、見るならば彼が部隊ランク戦を始めてからにしよう」

「姪の活躍と一緒にですか?」

「そうだな」

 

 そう言って二人は小さな笑みをこぼす。瑠花とライ、前途有望な若い二人が部隊を新設する事は非常にボーダーとしても楽しみな事だ。叶うならば、二人がどうか何事もなく高め合っていく事を願うばかりである。

 

「そうだ、迅。お前は紅月君のことを見たのだろう。何か気になった事はあったか?」

 

 気恥ずかしくなったのか忍田は話を戻して迅に問いかけた。

 副作用(サイドエフェクト)を持つ彼の目には何かしらの未来が見えたはず。大丈夫だとは思うが、念のため確認を行った。

 

「……ええ。大丈夫ですよ。彼がランク戦に挑んでいる姿とか見えましたし」

「そうか? 何事もなかったならば良い。わざわざすまなかったな」

「いえ。これも仕事ですから」

 

 迅がそう言うのならば問題はない。忍田はそう判断してそれ以上ライに関する話題はしなかった。

 その後幾分か任務の打ち合わせをすませると迅は指令室を後にする。

 

(言えるわけないよな)

 

 帰路につく中、迅は考えを巡らせた。

 彼の副作用(サイドエフェクト)が見えるのはあくまでも『未来の可能性』であり必ず起こると確定しているわけではない。何らかの行動変化が起きれば別の未来に変わる可能性もある。

 だからこそ迅はその場での明言を避けていた。

 

(まさか、俺が彼に斬り捨てられる未来が見えた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)なんて)

 

 迅が目にしたのはライが迅を斬る光景。彼自身信じられず、迅は忍田に報告する事は出来なかった。

 詳しい様子はわからない。ひょっとしたらランク戦の出来事とてあり得た。それならば問題はないのだから。

 ——自分が玉狛支部所属であり、しかもランク戦の規格外であるS級隊員であるためにその可能性は限りなく0に近いものであると知りながら、迅はそう考える事とした。

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