「——よしっ。出来た」
丁寧にラッピングをしてすべての準備は終了した。最後に完成した物を袋へ詰めるとライは小包と一緒に手に持って自室を後にする。
今日は12月25日。世間でクリスマスと呼ばれるおめでたい日であり、同時にあるボーダー隊員の誕生日であった。
————
「はーい。——あら紅月君。久しぶりね」
「はい。お久しぶりです、加古さん」
夜、ライが向かったのは加古隊の作戦室。部屋から出て来たのは丁度彼が探していた加古隊長その人だった。
「加古さん。今日はお誕生日おめでとうございます!」
「あらあら?」
「ささやかではありますが、こちらプレゼントです。受け取ってください」
「紅月君私の誕生日を知っていたの? 嬉しい、喜んで受け取るわ」
今日は加古望の誕生日である。挨拶を済ませるとライは二つの袋を手渡した。
「こちらの大きい包みの方は揺らさないように気を付けてください」
「ひょっとしてケーキ?」
「そうです」
「やだ。そこまで用意してもらえたなんて。どこのかしら?」
加古はプレゼントをもらった覚えはあるが家族以外の知人にケーキを貰った経験はない。初めての出来事に思わずライに聞き返した。
「すみません。そういうブランドの商品ではありません。僕が作ったものです」
「えっ? じゃああなたの自作?」
「はい。苺のホールケーキです」
そして彼の言葉を耳にした加古は信じられないと、唇に手を当てた。
「知らなかった。あなたケーキなんて作れたの?」
「何度か作った事がありますよ。男性には甘い物が好きじゃない人もいるので少し抵抗ありますが、女性は結構喜んでもらえる事がありますのでできればこれからもプレゼントしたいとは思います」
「……へえ」
そんなライの特技を、これまでの経験を知り、加古の目がキラリと光る。
「紅月君」
「はい?」
「月見ちゃんの誕生日はいつ?」
「7月25日です」
「那須ちゃんは?」
「6月16日」
「熊谷ちゃん」
「4月14日」
「日浦ちゃん」
「7月7日」
一通り加古が知っているライが親しい女性の人物の誕生日を問いただした。全て的中している。難なく答えた彼に、加古は感心と驚きを含んだ視線を向ける。
「どうしました?」
「いえ。ただ気をつけなさい。あなたなら大丈夫だと思うけど、背後から包丁で刺されたりしないようにね」
「はっ?」
加古の発言の意図はライには伝わらなかった。
「まあいいわ。それでこっちの小さな袋の方は何かしら?」
とりあえずその点は後でじっくり教えよう。そう決めて加古は話題を小さな包みへと移す。
「そちらはプレゼントです。加古さんに似合えばいいのですが、ネックレスです」
「まさかこっちもあなたが?」
「いえ、そちらは購入したものです」
その答えが良かったのか悪かったのかは不明であるものの、装飾品をプレゼントされたという事で加古は機嫌よく笑みを浮かべた。彼女の容姿と相俟ってこのシーンだけで絵になりそうだ。
「加古さんに似合うかなと僕なりに選んでみました。アメジストのネックレスです」
「嬉しいわ。ありがとう。大事にするわね」
「喜んでもらえれば幸いです。クリスマスプレゼントもお送りしたいと思ったのですが、そちらは加古さんの好きなものをと思いました。何かありますか?」
「そこまで考えなくてもいいのに。これだけでも十分——いえ、そうね」
むしろ他のボーダー隊員以上の贈り物をもらっている為、加古はさすがに断りを入れようとしたが、ある事を思い返し考えを改める。
「それならば来月、新年にお願いしても良いかしら? 内容はその時に教えるわ」
「僕にできる事ならば」
「大丈夫。高価なものとかじゃなくて、あなたの力が必要というだけだから」
「そういう事ならわかりました」
ライは何も深い事情は聞かずにその場で了承した。あまりにも素直な彼の性格が加古はかえって心配になる。
「それでは、僕はこれで」
「あっ。待って。これだけ頂いたのに何もおもてなしが出来ないのでは申し訳ないわ。ちょうど皆で誕生日パーティを開いていたの。あなたも来てくれないかしら?」
「よろしいのですか? それなら是非」
用件を済ませたライが立ち去ろうとすると加古が呼び止めた。
確かに誕生日パーティが開かれるというのならば一緒にお祝いした方がよいかもしれない。本人がせっかくこう言っているのだから断るのは失礼だろう。
ライは二つ返事で彼女の誘いに応じるのだった。
「ありがとう。それじゃあ——皆―! 紅月君も私の誕生日をお祝いに来てくれたわよ!」
加古がライを同伴して作戦室に入る。
中にはいつもの加古隊の隊員はおらず、代わりにA級の風間と太刀川、B級の堤が椅子に腰かけていた。心なしか風間を除いた二人は不安で体を震わせているように見える。
「——すみません! 少し用事を思い出しました! 僕はここで失礼します!」
ライの判断はとても早かった。部屋の光景からこれから起こる惨劇を予見し、即座に撤退を選択する。かつて天才と呼ばれた男の参謀役を務めた頭脳、そして反射神経は伊達ではなかった。
「まあ待てよ紅月。女性の誘いを無碍に断るなんて失礼だと思わないのか? それとも何か? 加古の誕生日より大切な事があるとでも?」
「はなしてください太刀川さん。後輩を死地に誘うなんて恥ずかしいと思わないんですか? 最強の名前が泣いていますよ?」
だがライの動きは最強の攻撃手によって遮られる。トリオン体であるはずなのに太刀川に捕まれた肩がギシギシと悲鳴を上げていた。それでも何とかこの危機から脱しようとライは必死に足を前に出す。
「大丈夫だ紅月君。死ぬときは一緒だ。皆で死ぬなら怖くない!」
「嫌です。僕には部隊を組むと約束した女の子がいるんです。ここで死ぬわけにはいかないんです!」
すると逆の腕を堤がつかんだ。逃がしてなるものかと力の限り引っ張る。堤も加古の炒飯を前に二度も沈んだ男だ。その脅威は嫌と言うほど知っていた。
ライの必死の抵抗もむなしく、体格の良い二人に連れられて席につく。
こうして哀れな犠牲者たちが一堂に会した。
「それじゃあこれから、加古望主催炒飯パーティクリスマススペシャルを始めるわよ!」
——ああ。やっぱり。
こうして加古の陽気な笑顔から男達へ死刑宣告が下される。
ライが、太刀川が、堤が耐え切れずに顔を俯けた。
加古が作る炒飯は8割の確率で極旨炒飯が作られる。しかし逆に言えば2割の確率で炒飯とは名ばかりの劇物がこの世に生み出されるのだ。
風間を除いた者たちに戦慄が走る。本音を言えるならば今すぐに逃げたかった。だが、話を聞いた以上は加古の笑顔を裏切るわけにはいかない。
「どうしたお前達? そんな残念そうな顔をして」
ただ一人事情を呑み込めない風間が首を傾げた。
そう。8割の確率で極旨炒飯を食べれる。すなわち多くの人間は加古の危険物を知らないまま、美味しい料理を食べて終わるのだ。風間もその一人だった。
「いや、今日はどんな料理が出てくるのかなーって」
「想像もできないからねー」
「加古さんの料理はあっと驚く料理ばかりですからね」
3人は遠い目を浮かべて答える。この3人はむしろ美味しい炒飯を知らず、残りの二割にあたる危険物ばかりを摂取していた運に見捨てられた男達だった。
「今日は折角のクリスマス! やっぱり普通に作ったら面白くないわよね?」
「いや、加古さん。僕は料理に面白さは不要だと思います。無難に美味しい料理を食べてみんなで幸せに終わりましょう」
「そこで、今日はこんな企画を考えたわ! 題して、プレゼント交換炒飯大会! 皆にいつもの感謝を込めて私が炒飯を作っちゃう!」
ライの指摘を華麗にスルーして加古は地獄の詳細を告げる。
《そんな地獄への片道切符が入ったプレゼント交換なんて嫌だ!》
内部通信をしていないにも関わらず、3人の思考が綺麗に揃った瞬間だった。
男達の心中の叫びなど知る由もない加古は一度部屋の奥に下がり、いくつもの買い物袋を持ってくると、心底楽しそうに説明を続ける。
「ルールは簡単。こちらにいくつかの食材が詰まった袋を用意したわ。袋には其々番号が振られていて、皆はこの箱のくじを引くの。該当する番号の食材を使って私が炒飯をふるまうの。どう? 簡単でしょう?」
「……そうだな。簡単だな」
太刀川が死んだ目を浮かべて加古に同意を示した。
確かにルールだけを考えれば非常に簡単なものだ。問題はその後の炒飯の内容によって生きるか死ぬかが決定するという事。
ライはチラリと加古が袋と一緒に用意した箱を見る。
箱には10本のくじが用意されていた。つまり単純計算で考えればこのうち8本は助かる可能性が高いという事であった。
「そうでしょう? それじゃあさっそくはじめましょうか。最初は誰からがいいかしら?」
ライが考えている間にも進行が進み、加古が目を輝かせて視線を右往左往する。
男たちにはその加古の視線が獲物を選別する獣のように映った。
「一番目だから気合を入れて作るわよ」
「……よしっ。ここは年下に譲るとしよう。行け、紅月」
気合を入れるという事はもし地獄を引けばより厳しい惨劇に襲われるという事と同義である。太刀川は迷うことなく後輩を生贄に差し出した。
「何を言っているんですか。後から加わった僕が先にいただくのは皆さんに悪いでしょう。先輩方からお先にどうぞ」
「大丈夫。クリスマスというめでたい日にそんな堅い事は言いっこなしだ。遠慮するなよ」
他所から見れば日本人特有の美しい譲り合いに見えるだろう。
だがその実お互いがお互いに毒見をさせようという方針であった。笑みを浮かべながら、二人の間で火花が散っている。
「ふむ。……加古ちゃん」
「なに?」
「先に聞いておきたいんだけど、この袋にはどんな食材が入っているのかな?」
問答を続ける二人をよそに堤が加古へ問を投げた。
確かに、と二人は取っ組み合いを止めて加古へと注目を戻す。
さすがに詳細までは教えてもらえないだろうが、どのようなものが入っているのかさえ分かれば外れか普通か当たりかの判別はつくだろう。
「私もわからないの」
「はっ?」
「この食材を用意したのは私じゃないの。私の隊の隊員と。それと今度部隊に加わる子にお願いしたわ。私が知ってたら面白くないでしょう?」
だから面白さなんて求めてないですというライの悲痛な叫びは加古には届かない。
だが同時に納得した。なるほど、だから買ってきた食材を交換するという事でプレゼント交換というのかと。そしてそれならば何故身内だけでやってくれなかったのかという憤慨が湧き上がる。
何という事だ。これでは結局いつもと同じなのか、いつもよりも酷いのかさえわからない。再び現場は混沌と化した。
《どうする!? 大丈夫だと考えて良いのか!?》
《いや、ここで結論を出すのは早計かと。ある程度加古ちゃんが食材の指示を出している可能性だってある》
《結局誰かが一度食べてみないと判断できませんよ》
《そうなるな。よしっ。こうなったらもう一か八かだ。お前らどっちか行け》
《いやいや、ここはやはり若くていざという時の回復も早そうな紅月君が》
《慣れているお二方が行くべきでしょう。まさか加古さんを信じていないんですか!?》
案の定3人の中で争いが勃発する。加古には聞こえないように内部通信を用い、最初に特攻をかける相手を脳内で押し付け合った。
「お前ら一体何をしている。さっさと始めなければ加古にも申し訳ないだろう」
「いや、風間さん。これには色々と深い事情が」
「お前達が行かないなら仕方ない。俺が行こう」
『何っ!?』
「いつまでも始まらないだろう? さて……」
そんな彼らの姿を見かねたのか風間が立ち上がり、箱の中へと手を伸ばす。
迷いのない一連の流れに誰もが『男だ』、『救世主』と尊敬のまなざしを浮かべた。
そして風間は一本のくじを手にし、勢いよく引き抜く。
「……①だな」
「はーい。それじゃあさっそく中身を見てみるわね」
くじに書かれた番号を風間が読み上げると、加古が①の番号が振られた袋の中身を探り始めた。
「えっと。……卵に長ネギ、レタスに生ハム。普通ね」
「そうだな」
入っていたのは炒飯づくりに欠かせない基本的な材料ばかりである。面白みがない中身に二人は肩を落とすが。
《普通……だと……!?》
3人の男は衝撃的な内容に戦慄していた。
《馬鹿な。加古の料理でそんな事が!》
《これはひょっとして奇跡が起こるんじゃ?》
《さすがにクリスマスという事で皆気を使ってくれたんですよ!》
従来でも8割の確率で助かるのだが、常日ごろから死にかけていた男達にとってはこの風間の結果は何よりも信じがたく、同時に喜ばしい事だ。
皆揃って生還できるかもしれない。『ありがとう、加古隊の皆』と今ここにはいない女性隊員達に感謝の念を贈った。
「まあいいわ。ちょっと待っててね風間さん。すぐに用意するわ」
「よろしく頼む」
そんな彼らの心中など知る由もない加古はキッチンへ下がり調理を始める。
数分後には加古隊の作戦室は高火力の鍋が生み出す炒める音と香ばしい匂いに包まれた。
「はい、お待たせ!」
「ああ」
「出来立てだから火傷しないように気を付けてね?」
あっという間に炒飯が完成し、風間の前に並べられる。
卵やネギ、ハムなどの食材が彩りよく並び、米は炒飯特有のパラパラ加減が完璧に仕上がっており、まさに王道と呼べるものがそこに存在した。
(これが炒飯なのか!)
(本物だ!)
(本物の炒飯だ!)
それにも関わらず、3人はまるで初めて炒飯を見たかのように目を輝かせてその一皿を眺める。
「おいしそうでしょう? 大丈夫よ、皆にも振る舞ってあげるから」
その様子を『自分たちも食べたい』と解釈したのか、加古は大人びた笑みを浮かべた。彼らは初めて加古の料理に希望を持つ。
「うむ。——美味い」
「でしょう?」
香りを楽しんだ風間はまず一口、炒飯を口に含んだ。
やはり日ごろから表情が変わらない彼の表情筋は微動だにしない。しかしわずかに口角が上がったようにも見えた。
黙々と食べ進んでいく風間を太刀川たちが眺めていると、反応を楽しんでいた加古が3人の方へと向き直る。
「それじゃあ次行きましょうか? 今度は誰かしら?」
「なら俺が行こう」
次の順番を振られるや否や、太刀川が即座に手を挙げた。風間の引いた食材を見て大丈夫であると判断したのだろう。
太刀川も風間に続いて箱のくじを勢いよく引っ張り上げた。
「ん。④だ」
「4番ね? さて、何が入っているかしら?」
加古がワクワクしながら袋の中身をあさる。
「あら。太刀川君凄いじゃない! 当たりよ!」
「本当か!?」
そして中身を見た瞬間加古の歓喜の声が湧き上がった。
これには太刀川もつられて笑顔を浮かべる。
風間に続く流れで当たりとなれば、さぞ美味しい食材がそこにあるのだろうと期待を膨らませて、
「まずはみたらし団子に——」
一つ目の食材の名前を聞いた瞬間、太刀川の表情が凍りつく。
「それに甘納豆でしょ? あ、あとチョコレートパウダーね」
(……炒飯の食材とは?)
太刀川は訝しんだ。
材料が一通り並び、堤やライにも衝撃が伝達する。
——ああ。やっぱり2割で死ぬパターンだ。
「それじゃあどんどん作っていくわよ!」
「……おう」
加古が裾をまくって気合を入れる後ろ姿を、太刀川はトリオン体の換装を解きながら見送った。
「えっ。太刀川さん、どうしてトリガーオフにしたんですか?」
「ああ。実はこの前加古の炒飯を食べて
「そんな!」
トリオン体は一度破壊されると再生成に長い時間を要する。その間は当然出撃も不可能となる為忍田はそれを防ぐために禁じていた。
しかし今まさに目の前に確かな脅威が近づいているにも関わらず、不確かな未来の危機に備えるのは本末転倒ではないのだろうか。納得しかねる案件であったが、まだ死ぬと確定したわけでない。念のため従っておこうと堤とライもトリガーを解除した。
「なあに問題ないって。さすがに今日のようなめでたい日にそんなパターンな展開なんてない。俺が見せてやるよ」
生身となった堤達が不安げな表情を浮かべると、太刀川は彼らを勇気づけるようにそう口にする。
最強の防衛隊員としての意地だろうか。彼の瞳は輝いていた。