決意の籠った宣言から10分後。
「もう! 太刀川君ったら食事の最中に寝ちゃうなんて行儀が悪いわね!」
(パターン!!)
太刀川は『みたらし甘納豆炒飯クリスマスチョコ風味』の前に沈んだ。床にはボーダー界で最強の
気を失いはしたものの太刀川も頑張った。一口目で炒飯にはミスマッチである甘ったるさに気づき、ゆっくり食べれば間違いなくジリ貧になると考えるや一気にかきこむ。しかし完食まであと少しのところでついに彼は限界に達し、その場に倒れこんだのだった。
「仕方がない。太刀川はソファに運んでおくか」
「ごめんなさいね、風間さん。それじゃあ切り替えて次行きましょうか!」
抜け殻となった太刀川を風間が運び、進行は進む。
とはいえ太刀川が倒れた直後の事だ。やはり今回も危険が潜んでいるという事が明からになり、ライは冷や汗が止まらなかった。
「なら次は俺だ」
「堤さん!?」
ライが手を挙げる事に二の足を踏んでいると、堤が自ら名乗りを上げる。
《大丈夫だ紅月君。風間さんが一つ食べ、さらに外れが一つなくなった以上、死ぬ確率はわずか8分の1しかない!》
《——確かに》
《これくらいの確率なら勝負に出るさ。俺はギャンブラーだからね》
彼には勝算があった。当たりと外れが一つずつ出た今、確率通りであるとすれば残る外れは一つしかないのは明白である。勿論その一つが致死性であるという事には変わりはないが、それなら賭けに乗りたいと温厚な見かけによらず賭け事が好きな堤は勝負に出た。
「よし。——⑥だ!」
「オッケー。見てみるわね」
そして堤は6と書かれたくじを引き当てる。
指示に従って加古は袋の中を覗き込んだ。ライと堤の間に緊張がはしる。
袋の中を見た瞬間、彼女の表情が歓喜の色に染まり——
「当たりよ堤君! あなたがこの前好きだって言っていたチョコミントよ!」
目の前に立つ男が賭けに負けた事を告げた。『当たりってひょっとして食あたりの事かな?』とライは一人現実逃避を始める。
《勝ったよ、紅月君》
《堤さん!?》
だが死の宣告を受けた堤は内部通信でライに勝利宣言を行った。
まさか絶望のあまりついに思考がおかしくなってしまったのかとライが嘆く中、堤は冷静にその理由を説明する。
《加古ちゃんの言う通りチョコミント炒飯は俺が以前食べたやつなんだ。つまり、この料理に関しては既に俺の体の中で耐性が出来ている》
《そんな事が!?》
《ああ大丈夫だ。俺に二度同じものは通じない。俺はチョコミント炒飯には屈しない!》
『かつて経験し、敗北したものならば対抗できる』。そう意気込む堤の姿がライには輝いて見えた。
————
そして堤の力強い宣言から10分後。
「もう。堤君まで食べ終わった途端に寝ちゃうなんて。今度本部長達にシフトの間隔を空けるように相談しないと駄目ね」
(堤さん……!)
案の定、堤は加古隊の作戦室に横たわる姿を晒していた。
しかし決して彼の言葉が全て嘘だったわけではない。現に加古が示すように彼の前に置かれている皿は空になっていた。堤は最後まで『チョコミント炒飯クリスマスバージョン』と戦いぬいたのである。だが、その死闘が終わると同時に力尽きたのだった。
太刀川と同様、堤も風間によってソファへと運ばれていく。また一人、頼もしい同志が戦場で散っていった。
「まあしばらくすれば起きるでしょう。さあ紅月君。次はあなたよ」
「ええ。行かせていただきます」
そしてついにライへと順番が回ってくる。だが加古に指名を受けたものの、ライの表情は余裕に満ちていた。
(問題はない。これで全ての条件はクリアされた。勝利条件が揃った!)
この時ライは自身の勝利を確信していたのである。
(くじは10本。加古さんの炒飯で外れを引く確率は2割。今日はすでに太刀川さん、堤さんがそれぞれ外れを引いている。ならば残る7本は全て当たりだ!)
確率が正しいならば、残る7本のくじは全て生存できる普通の食材であるはずだ。つまりどれを引いても結果は同じという事を示していた。
ライは悠々と残るくじの一本を手に取り、その数字に目線を向ける。
「加古さん、⑩です」
「はーい。10番ね。何かしら?」
加古が一番端の袋を開けた。直後、中身を見た彼女は不満げに眉を寄せる。
「あらやだ。食材が一種類しかないわね」
「そうですか? まあ大丈夫ですよ」
「あなたがそう言うならいいのだけど」
基本的な食材であるならば多少の味の不足は許容出来た。当たりならばそれだけで嬉しい上に、仮に外れだとしても一品だけならば死ぬ事はまずないだろう。ライは安堵の息を零す。
「なら作ってくるわね。この『フルーツ盛り合わせ』、数はあるから色々試してみるわ!」
「どうして?」
しかし続けられた加古の言葉を耳にして、ライは『8割とは何だったんですか?』と絶望した。
加えて全然一種類ではない。大量の果物を手にした加古の姿を見て、彼は肩を落とすのだった。
————
「さあ召し上がれ。クリスマスフルーツ炒飯よ」
「————」
10分の時を経て完成した一品を目にしたライは思考を放棄する。
その炒飯は色彩豊かな様相を呈しており、バナナやリンゴにミカンをはじめ、苺・マンゴー・レモン・パイナップル・ぶどう・メロンと様々な果物の欠片が一目で発見できた。
(何故ここまで気合を入れて準備したのにこんな結果が生まれるんだ?)
この不条理な現実に目を背けたくなるライ。
「どうしたの? 遠慮せずに食べていいのよ?」
だが終始ワクワクしている様子の加古を前に、『遠慮したいです』とは到底言えなかった。
「……いただきます」
「どうぞ!」
恐る恐るライは炒飯をすくい、そして口の中へと含む。加古の期待が篭った視線が向けられる中——
「————ッ!!??」
直後、ありとあらゆる味という名の刺激がライを襲った。
果物特有の甘味は勿論、レモンやミカン等柑橘系の酸味と苦味、炒飯の味付けに足されたであろう塩味などが次々と出現し、高火力で炒めた事により温かく軟らかくなった果物の感触が口の中で暴れまわり大虐殺を始める。
「どう? 中々おいしいでしょう?」
そんな中、事情を知らない加古の純粋な目がライを追い詰めた。
彼は大きく頷きを返すと一気に飲み込み、残りの炒飯もかきこんでいく。太刀川の考えた通りゆっくり食べていては間違いなく力つきてしまっただろう。瞬く間にすべての炒飯を口の中に放り込んでいった。
時間にして1分ほど。ついに皿の中身を全て平らげ、ライが死地を潜り抜ける。
「——ごちそう、さまでした」
「良い食べっぷりね。感想はどう?」
「はい。……とても、刺激的な、味わいでした」
「本当に!?」
力なく首を縦に振った。ライは何とか生き残る事に成功する。大きく体力を削られたが、彼は勝利を収めたのだ。
「嬉しいわ。ねえ、二人ともどう? 太刀川君たちは寝ちゃったし、二人で残りの食材を試してみない?」
「俺は構わない」
「……お願いします」
残る袋は6つ。残して食材がいたむ事を嫌った加古は風間とライにこのまま料理を続けても良いかと問を投げた。美味しい料理を味わった風間は勿論、ライもこれを快諾する。
(何でもいいから口直ししたい)
生き残ったとは言え負ったダメージは非常に大きなものだった。美味しいもので切り替えたいと考えるのは当然の事である。このままでは味覚がおかしくなってしまいそうだった。
さすがにこれ以上外れはないだろうとライはもう一度箱の中へと手を入れる。そして加古から示された食材の名前を耳にして、ライは——
————
「……んっ。ん? あれ? 意識を失っていたのか?」
「あら堤君。目が覚めたかしら?」
「加古ちゃん」
「よほど疲れていたのね。ぐっすりだったわよ」
「そうだったのか。どうやらもう終わっちゃったようだね。すまなかった」
「良いのよ。私は楽しかったし」
ようやく気を失っていた堤が目覚める。時間を見ると彼が炒飯を食べた時から一時間が経過していた。
さすがにパーティは終わったのか、話しかけた加古は勿論、風間達も片づけを行っている。その一方で、堤の横ではまだ太刀川が眠っていた。
(まだ俺はマシな方だったのかな?)
一番最初に食べた太刀川より回復が早かったのはやはり耐性があった為なのか、それとも料理のダメージが異なる為なのかはわからない。いずれにせよ答えは出ない事を考えても仕方がないだろう。堤も手伝いに参加しようと立ち上がった。
「俺も片づけを手伝うよ。何をすればいい?」
「大丈夫? なら紅月君の方を手伝ってもらえるかしら。部屋の片づけの方は私と風間さんでやっておくわ」
「了解」
そう言って加古は台所、ライが立つ場所を視線で示す。どうやら今は一人で食器洗いをしているようだった。彼女の言葉に従って堤も台所へと向かっていく。
「紅月君。どうやらそっちは無事だったみたいだね。いやよかった――」
軽口を叩いてライと大きなイベントが終わった喜びを分かち合おうとした堤。
「————」
だが、ライが無表情で涙を流しながらも淡々と食器を洗い続ける光景を目にして、堤は言葉を失った。
(……死んでいる!)
生きているけど、心が、死んでいる。堤は一目見てライに起きた惨劇を悟った。
「紅月君。君は何を食べたんだ?」
「————」
震えた声で堤が問う。自分がいない間に何があったのかを知る為に。
そして堤の言葉が耳に届いた瞬間、ライが流す涙はさらに増加した。
「……加古ちゃん! 紅月君は一体なにを食べたんだ!?」
「えー? 何って、基本的に堤君たちと同じものを食べていたわよ」
(やはりか!)
たまらず堤は加古へと問い詰めた。具体的な内容は返ってこなかったが、この台詞だけで理解できる。ライも犠牲になったのだと。
「ただ、二人が寝ちゃったから風間さんと紅月君は4皿ずつ食べていたわね」
「4!?」
しかも彼は一皿はおろか残った食材を含んだ四皿もの賭けに挑んだのだと彼女は言う。
「彼には一体どんな料理を作ったんだ……?」
「えーっと、何だったかしら」
何皿も作ったためにすぐに思い出せずに加古が首をかしげた。そんな彼女を見かねて風間が代わって堤の質問に答え始める。
「種類が多すぎたからな。あいつが『とても刺激的な味』『どうして出会ってしまったんだろうという不思議な味』『この先加古さんにしか作り出せないであろう深みのある味』『思わず天に昇ってしまいそうな程コクのある味』などと言っていたのは覚えているが」
(全てが外れ!?)
風間の説明で堤は全てを理解した。ライは4つの機会に悉く失敗して地獄を味わったのだと。
太刀川や堤が一回で死亡した4倍もの苦痛を味わい、その結果彼の心は摩耗しきっている。
一体どれほどの悪行を積み上げたらこのような結果をたどると言うのだろうか。彼は前世で人を殺めたりしてしまったとでも言うのか。
「紅月君。何故だ。君は何故そこまでして!」
堤がライの傍に戻ると彼の肩を掴みながら言った。
「……ここで止めたら今までの犠牲が全て無駄になる。次はきっと大丈夫、次はきっと大丈夫だと思って」
ゆっくりとライは言葉を紡ぐ。
太刀川、堤という尊い犠牲をなかった事にしたくなかった、確率が高いならば信じたかったと彼は語った。
「それに」とライはそこで話を区切ると、彼が食べ続けた一番の理由を口にする。
「今日のようなお祝いの場面で、加古さんの気持ちを裏切りたくなかった」
彼の脳裏には『どう、おいしい?』『口に合わなかったら残しても良いからね?』『少し料理に時間はかかっちゃったけどその分美味しいと思うの』など笑顔を浮かべたり、不安げに聞いてきたり、上目遣いで見たりと様々な表情を浮かべる加古の姿があった。
「——わかった。もういい。もういいんだ。全て終わったんだ。忘れよう。あれは君一人が背負えるような代物じゃない! 辛い事ばかり覚えていたらただ苦しむだけだ!」
ライの気持ちが痛い程わかる堤は彼の奮闘を褒め称える。男として期待に応えたいという思いは皆同じだった。死闘を終えた男たちの結束はまた一つ強くなっていく。
こうしてクリスマス・加古の誕生日パーティは多くの者に傷を残して幕を閉じ、新年に向けて時間は刻々と過ぎていくのだった。