REGAIN COLORS   作:星月

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始動

 そしてライが料理を作り始めてから約15分後。

 

「お待たせしました!」

「お疲れ様。良い匂いね。何を作ったのかしら?」

「はい、こちらです」

 

 ライがおぼんを両手にもって二人が待つテーブルへと料理を運ぶ。期待が篭った加古の視線が向けられるなか、ライは二人の目の前に完成した一皿を置いた。

 

「カニカマあんかけ炒飯です」

 

 カニカマと卵が溶けたあんかけの上に炒飯が浮かんでいる。香ばしい匂いにねぎや卵の色合いも楽しめる一品となっていた。

 

「料理を作るところは初めて見たのだけど。あなた本当に料理出来たのね」

「自分でも作っているのでそれなりには」

「——凄い」

 

 ライが一緒に作ったスープを運びながら加古と他愛もない会話をしていると、黒江が短く呟く。その一言には様々な感情が籠っていた。彼女はライが男性という事もあって料理にほとんど期待をしていなかったのでその分出来上がった料理に心が浮かれていたのである。

 

「それじゃあいただきましょうか」

「はい」

 

 早速冷めないうちに食べようと3人は炒飯へとスプーンを進めた。まず一口と黒江が大きく口を開けて炒飯を頬張る。

 

「……」

 

 言葉を失った。あんかけのおかげでやわらかい食感を味わえ、パラっとした炒飯と良いアクセントになる。カニカマや卵の旨味が口いっぱいに感じられる為どんどん食べるスピードが速まった。

 

「おいしいわね。それにこれ、じゃこも入っているの?」

「はい。ちりめんじゃこがあったので使わせてもらいました」

 

 食感で気づいたのだろう、加古の指摘にライが笑顔で頷く。ちりめんじゃこは味を楽しむのはもちろん、カルシウムやビタミン等の栄養素が豊富に含まれており、健康に良い食品だ。黒江の成長を考慮して加えたのだろう。

 

「どうだい? お口に合うかな?」

「……はい。おいしいです」

 

 ライに話を振られた黒江は視線をそらしてそう答える。

 

「そっか。それはよかった」

 

 異性に対する気恥ずかしさだろう。ようやく年頃の少女らしい反応が見えた事で、ライの表情に自然と笑みが浮かんだ。

 

 

————

 

 

「——ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 

 3人が昼食終了の挨拶を終え、一息をつく。皆満足した表情を浮かべていた。

 

「ごめんなさいね、紅月君。わざわざ来ていただいた上にこんな料理まで振る舞ってもらっちゃって」

「構いませんよ」

 

 今一度加古が謝罪するとライは愛想のよい笑みを返す。事実彼にとって料理は決して面倒な事ではない上に気分転換になるので決して悪い話ではなかった。——自分の命と天秤に掛かっているのだからなおさらである。

 

「それじゃあ少し休んでいてください。僕は食後のデザートを用意してきます」

「えっ? まさかそこまで作っていたの?」

「はい。そろそろ準備ができるはずです」

 

 そしてまだライの料理は終わっていなかった。加古にそう告げてもう一度キッチンへと戻っていく。

 しばらくしてキッチンの方からわずかに湯気が上がった。音はあまり響かない事から何かを茹でるか煮ているのだと想像できる。

 果たして今度は一体何が出てくるのか。様々な想像を膨らませながら加古と黒江が雑談する事10分ほど。

 

「お待たせしました」

 

 再びライが小さな器が三つ乗ったおぼんを手に戻ってきた。

 

「はい、白玉あんみつです」

「本格的ね」

「さっきあらかじめ寒天を作っておいたんですよ」

 

 白玉に寒天、みかんにつぶあんが彩りよく並び、その上に黒蜜がかかっている。

 

「————ッ!」

 

 この光景を見た瞬間、黒江の目は輝いた。すぐにスプーンを手に持つと、食事の挨拶さえ待ちきれず口いっぱいにデザートを放り込む。そしてその食感や甘さにたまらず頬が緩んだ。

 

「あの。こ——いえ、ライ先輩」

「ん?」

 

 すると黒江は一度スプーンを置くとライの正面まで移動してその場に座った。

 

「ありがとうございます。改めて、これからもよろしくお願いします」

 

 そして姿勢よく頭を下げる。黒江がライに懐いた瞬間だった。

 黒江双葉。好きなもの:白玉あんみつ、みかん。

 

 

————

 

 

「……ふむ。どうだろう、双葉。旋空の時とか弧月を出し入れする際少し鞘が邪魔かな?」

「確かにたまに引きずりそうになる時はあります。短い刀にした方が良いでしょうか?」

「いや。むしろリーチを伸ばすために刀は長い方が良いと思う」

 

 いつの間にかライまで名前で呼ぶようになった師弟の話題は弧月の扱い方は勿論の事、基本的な装備の事にまで言及している。双葉はまだ幼いという事もあり、他の隊員と比較するとリーチで劣っていた。その為可能な限り弧月は長くすることでその弱点を克服し、遠心力で威力も補いたい。

 ただその場合腰に鞘をぶらさげると地面に擦れてしまう可能性があった。トリオン体により筋力の問題は解決できるので、あとはこの長さの問題のみ。

 

「そうだな、あらかじめ弧月を背中で背負って体の前で結ぶ形にするのはどうかな? 最初から展開位置を設定しておけば再生成の時も同じ形で物質化されるはず」

「トリガーを改造するという事ですか?」

「槍として使う人もいるから問題ないと思うよ。双葉が加古隊に入ったらエンジニアに相談してみると良い」

「なるほど。今度聞いてみます」

 

 そこでライは腰に下げるのではなく背中に背負うという発想に思い至った。これならば刀の長さを気にせず臨むことが出来る。勿論慣れが必要になるがそこは練習を重ねて行けば慣れる事。

 現状における彼女の最善策を提示すると、双葉も納得してその指示に従った。

 

「……驚いた。さすがにここまで早く双葉が素直に話を聞くとは思わなかったわ」

「そうですか?」

「気になった事を次々と言ってくれるのでわかりやすいです」

 

 そんな二人の様子を見た加古が驚きを含んだ声色で呟く。

 双葉が難しい年頃である為ライがいかに優秀であろうとすぐに仲良くなる事は難しいだろうと加古は考えていた。ところがふたを開けてみれば二人は実にあっさりと打ち解けている。

 

「本当は今日の所は顔合わせくらいにしておこうと思っていたのよ。でも双葉もやる気みたいだったからあなたのお言葉に甘えてしまったわ」

「はい。とても勉強になりました」

「僕としても今日はシフトが入ってないから時間があるので大丈夫ですよ?」

 

 時間は3時を回ろうとしていた。お互い真剣に取り組んでいたので時間が過ぎるのが早い。

 加古が申し訳なさそうにそう言うが、ライにとっても初めての弟子とこれ程交流を深められたのは良い事だった。

 

「それに、今日は僕としても何かに集中していないと落ち着かないので」

「どういう事?」

 

 ライの言葉に加古が相槌を打つ。問われたライは大きな笑みを浮かべて話を続けた。

 

「——今日の夜、僕は正式に部隊を結成します」

 

 すべての準備が整い、ようやく新たな一歩を踏み出すのだと彼は口にする。

 この一年B級に昇格しながらもフリーの身であり続けた彼がついに自分の部隊を持つ事となったのだ。

 

 

————

 

 

 その日の夜、中央オペレーターの者達の仕事が終わった後、ライは一人の人物と合流する。

 相手はもちろんかねてより彼が部隊結成の約束を交わしていた瑠花だった。ライは彼女を連れて上司であるボーダー本部長・忍田の執務室を訪れる。

 

「——うむ。部隊結成用の書類、確かに受け取った」

 

 一通り二人の署名を確認すると忍田は書類の束をまとめ、『ボーダー本部長 忍田真史』の判を押した。すべての書類に押した後、傍に控える沢村へと手渡し書類受理の手続きを終える。

 

「では改めて——紅月ライおよび忍田瑠花の両隊員に告げる。本日付けでボーダー本部所属、B級21位『紅月隊』の結成を正式に承認する」

 

 公式に部隊として認められた事で、二人は感情が込み上げた。

 共に部隊を組もうという話がようやく現実となり、真に部隊として二人が手を組む。気持ちが高まるのは当然の事だった。

 

「二人だけの部隊、という事で良いんだな?」

「はい。後々隊員を加える事はあるかもしれませんが、今は二人でやっていこうと思います」

「そうか。——わかった。何はともあれチーム結成おめでとう。心から祝福する」

「ありがとうございます。忍田本部長」

「お世話になりました」

 

 祝いの言葉を告げられ、二人は深く頭を下げる。どちらも忍田とは関りが強かった。その為忍田は嬉しさと寂しさが入り混じった複雑な表情を浮かべる。

 

「瑠花を頼むぞ、紅月君。彼女は確かな力を持っている。きっと君の力になるだろう」

「もちろん。彼女の事は僕も十分に理解しているつもりです」

「……本部長。あまり一個人に肩入れしていると思われるような発言はどうかと」

「よからぬ誤解を生む事になりますよ」

「ハハハ。問題ないさ。ここには今君たちしかいないのだから」

 

 女性二人に苦言を呈せられる中、忍田は軽快に笑った。

 確かに周囲に人がいれば問題だが、いないのならば本部長としてではなく叔父として最後に託したい。そういう思いが彼にはあった。

 

「そうだ。最後に一つ聞いても良いだろうか。君たち紅月隊の目標は何かあるのか? 二人が目指す場所は?」

 

 最後に忍田は二人に問う。

 

「当面は当然B級の一位を。そしてA級に上がった先はそのトップを。A級1位を目指します」

「——当たり前のようにトップを狙うか」

「誰もが機を窺っていることでしょう。ですがただ待っているだけでは機会は訪れない。自ら動かない限りその時は来ない。——二人ならなんだって出来る。どこまでも行ける。そう考えています」

「互いの為に互いの力を貸す。それさえできれば決して分不相応な事ではないはずです」

 

 遥か遠い理想話だが、彼らは不可能だと考えていなかった。それだけお互いの力量を認めている。

 今結成したばかりなのに既に信頼関係が構築されている様子を見て、忍田は小さく笑った。

 

「……防衛隊員が一人となれば大変だが」

「でも二人は良いチームになると思いますよ。どこか信じたくなるパートナーだと思います」

 

 そうだな、と沢村の言に忍田が頷く。

 忍田の言う通り戦闘員一人の部隊は非常に珍しいものだ。険しい道が待っているだろう。

 だが、彼らならもしかしたらやってみせるのかもしれない。

 そんな不思議な予感めいたものを忍田は感じ取っていた。

 

————

 

 

「さて。それじゃあ瑠花」

「はい」

「今日から紅月隊結成だ。ここが君の活動場所になる」

「ええ。久しぶりです」

 

 ライと瑠花は執務室を後にすると、ライが普段から使用している作戦室に場所を移していた。

 瑠花は何度か彼の射手(シューター)トリガーの訓練の為に訪れた事があり、およそ3週間ぶりの訪問である。

 これからはここが紅月隊の作戦室だ。瑠花も正式にここでオペレーターとしての業務を行う事となる。

 

「とはいえ部隊結成直後だ。やるべき事は多くある」

「そうですね。次(シーズン)ランク戦まで日はありますが、参加するための準備があります」

 

 その通りだとライは首を縦に振った。

 部隊結成となれば戦闘員の隊服の設計、部隊としての防衛任務のシフト申請などやらねばならぬ仕事は数多くある。これらを次のランク戦が始まる2月までに全てやり終えなければならなかった。

 

「そしてその中でもまず真っ先にやらなければならない事がある」

「何ですか?」

 

 仕事の中でも最優先事項があるのだとライは真剣な口調で語る。

 何か急を要する件だろうか。

 瑠花は身構え、彼の次の言葉を待った。

 

「それは——」

「はい」

「——作戦室の模様替えだ」

「はい。……はい?」

 

 間をおいて絞り出された話に、瑠花は思わず表情を崩す。

 

「も、模様替えですか?」

「そうだ。これは全力でやらなくてはならない」

「……どうしてですか?」

「君には言っていなかったと思うが、僕は以前からずっとこの部屋で生活している」

「はい!?」

 

 中々納得できない瑠花であったが、ライの言葉を聞いて衝撃を受けた。

 確かにどうして部隊を組んでいない彼がフリーの時代から作戦室を持っていたのだろうと前から疑問はあったのだが、さすがに住んでいるとは予想外の事である。何度かライと接して驚く事はあったが、その中でも最も衝撃が走った瞬間であった。

 

「だからまず部屋の模様替えだ。君のロッカールームや個人スペースは確実に作る。その上で何か欲しいものなどがあれば教えて欲しい。一緒に部屋の構造を考えよう」

「いえ、別にそこまでしなくても」

「駄目だ。男女二人の空間となる以上、お互いのQOLが満たされる憩いの場として最大の配慮が必要だ」

「でも作戦室は見る限り綺麗ですしちょっと足す程度で良いのでは? 生活している割には荷物が少なくも見えますよ」

 

 瑠花はチラリと部屋中を見渡す。ライが必要最低限のものしか置かない上に清掃がいきわたっているのか部屋は清潔に保たれている上に生活には十分な家具も整っていた。気になる臭いなどもなくむしろ生活感がないようにも思える。

 

「ああ。三日前に一度全てを取っ払って建築し直したからね」

「どうしてですか!?」

「瑠花が来るとわかっていたからだよ」

 

 事もなげにライは言った。

 たしかにボーダー関連の建造物はトリオンを物質化したもの。外装や内装までトリオンさえ消費してしまえば設計通りの部屋を容易に準備できる。

 その為ライの話は決して難しい事ではないのだが、まさかここまで徹底しているとは。

 

「……わかりました。では一応、私なりに必要なものなどはお願いします」

「勿論。雰囲気づくりとかも大切だからね」

 

 作戦室というか、まるで新しく引っ越しする共同部屋のようなイメージだな、と瑠花は苦笑した。

 瑠花以上にライが彼女の事に気を配り、部屋の図面を作成していく。やはり妹のような存在にはとことん甘かった。

 

 

————

 

 

 時は進み、2月の上旬。

 B級ランク戦の新たなシーズン、新年に入ってから最初のシーズンが幕を上げる初日、夜の部。

 紅月隊の作戦室にライと瑠花の姿があった。

 瑠花は部隊専属オペレーター専用の黒い制服に身を包んでいる。

 一方のライは紅月隊オリジナルの隊服をまとっていた。海のような濃い青を基調とし、袖や両肩部など所々に銀色のラインが施された袖付きのロングコート。下も同じく青いズボン、そして黒と銀を基調とした靴を履いている。

 

「ライ先輩。こちらの準備は完了です」

「——ああ。僕もだ。そろそろだね。紅月隊、始動だ」

 

 瑠花の呼びかけにライが笑顔で応じた。

 新設したばかりの、二人だけのチーム。彼らは初陣の時をじっと待つ。

 その落ち着いた様相はとても新米チームとは思えないものだった。




ついにここまで来た……!

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