隊員が雪に飲み込まれた事を知った早川は早急に内部通信を繋ぎ、無事を確認する。
「船橋! 無事か!?」
《かろうじて生きてます。とはいえ暗くて何も見えないし、どういう状況かわかんないっすけど》
「脱出してないならいい。そこを動くな。俺達が救助に向かうまで待て!」
隊長である早川はそう言って通信を切った。雪の中で下手に動いて事態が悪化する事は避けたい。
「ッ!?」
その直後、すぐ近くで空気を裂くような鋭い音が響く。
敵襲かと考えて付近を見渡すが人影は見つからなかった。レーダーを起動してもやはり近くに敵はいない。意味がわからず早川は足を止めて周囲を警戒した。
そして再び先ほどと同じ音が耳を打つ。その数秒後、一つの反応がレーダー上から姿を消した。
「なっ! 丸井!?」
反応は彼のチームメイトのもの。味方の丸井が
——ありえない。
何が起こっているのかすら早川は理解できず、
「ッ!?」
「戦闘体活動限界。
銃弾が彼の胸元を貫いた。
————
南西で二人の隊員が立て続けに
「戦いが動きました。ここで紅月隊長の狙撃が炸裂! 丸井隊員と早川隊長が
「えぇ。ねえ当真さん、さっき狙撃は無理って言ってなかった?」
「俺は
出水でさえこの結果に驚きを隠せない中、当真は淡々と狙撃を成功させた理由について解説を始める。
「トリガーは気流の影響を受けない。だからどれだけ強い風であろうと場所さえわかれば悪天候でも決める事は不可能ではねえ」
「レーダーで位置を補足したという事ですね。しかしそれでも二次元的な位置はつかめても高さはわからないと思いますが」
「普通はな。だが今回は紅月隊がマップ選択権を持っていた。あらかじめ建物の位置関係とかがわかっていれば逆算しておおよその位置を求められる。東さんとかたまに壁抜きスナイプとかするしな」
最下位チームが持つマップ選択権を有効に利用した行動だった。最初からマップの構造を掴んでいたからこそ敵の位置を補足できた。
「加えてランク戦直後のこの天候。すぐに合流したい序盤で狙撃の警戒がないとなれば、少しでも動きやすいよう屋根伝いに移動するのが当然だ。足が鈍い状態となればほとんど止まった的のような状態だろうぜ」
「そこを狙われたってわけっすか」
「ああ」
出水の声に頷く。当真は狙撃手だからこそ、敵の心理を読む事に長けているのだろう。的を射た発言であった。
(もっとも紅月は足止めが出来れば十分と考えていたのかもしれねえがな)
しかも口には出さないが当真はライの真意を見抜いている。彼の師匠、奈良坂の教えを忠実に守り『行動を制限する』目的で撃ったのだろうと。落とせなくても襲撃を警戒して足を止められたなら、彼の目的である時間稼ぎには十分なのだから。
一人部隊であるライが得点を狙うにあたり、目の前の相手以外の敵には落ちずに残っていてもらう必要がある。その為には今のように狙撃で敵を抑える事は効率的な事だった。
「——おっと。ここでさらに戦場に動きが!」
「ああ。土崎が紅月先輩に仕掛けるぞ」
当真達が解説している間にも戦況が新たな動きを見せる。
バッグワームで姿をくらましていた土崎が勝負に出たのだ。弧月を抜刀すると、イーグレットを構えるライへと襲い掛かかった。
————
『ライ先輩! 右から来ます!』
「来たか!」
瑠花の警告を耳にしたライは素早く弧月を展開した。切り込んでくる土崎を真っ向から迎え撃つ。
(くっ。防がれたか!)
不意を突いた一撃を防がれて土崎は舌を鳴らす。
(消えていたのは土崎。ならば上に残っているのは
一方のライは土崎の出現から残る戦力を分析し、射程を持つ隊員が控えている事を悟った。
(ならば時間をかけず、速攻で!)
ライは弧月を力強く薙ぎ払う。その勢いに押された土崎が後退すると、すぐさま追撃。刀を斜めに構えた状態で走り出した。
(くそっ! 弧月でも強いのか!)
あっさりと押し負けてしまった事に悔しさが募る。だが今はとにかくこの場を切り抜けなければ。
土崎も迎え撃とうと弧月を構え直した。
「ここだ」
するとライはあと一歩という所で弧月を下から上へと切り上げる。刀は雪を掬い上げ、一時的に土崎の視界を奪った。
(なっ。雪が! やばっ!)
追撃を警戒して土崎は咄嗟にサブのバッグワームを解除。シールドを頭上に展開し、切り落としに備えて刀を上に構える。
するとがら空きとなった腹部をライの弧月が横一閃に切り裂いた。
「——ッ!」
『戦闘体活動限界。
この一撃が致命傷となり、土崎も
「ライ先輩! 上から来ます!」
「上? ——
あと少しで戦況が落ち着くという中で敵が黙っているわけがない。
一人撃破したライに上から二人の隊員が放った
(この弾の量、一人の攻撃じゃないな。間宮隊が上に二人いる!)
ライが3人を落とす間に間宮隊の二人が集結に成功。視界が悪いという事で彼らが得意とする技の別バージョン
————
「紅月隊長が土崎隊員を撃破! しかしこの間に間宮隊の間宮隊長、秦隊員が高台で集結。生き残った紅月隊長へと攻撃を始めた模様です!」
「ああ。こりゃ面倒だろうな」
「高低差の優位を取られた。しかも足場が悪いから逃げるのは簡単じゃねえ」
「攻勢から一転防戦に転じた紅月隊長。この襲撃をどうやって対応するのでしょうか!?」
一気に不利な状況となったライ。如何にしてピンチを乗り切るのか、武富が白熱した視線を送る中、ライが動き出す。
————
「
ライは大きく横へ跳躍しながら弾道を設定すると
発射された弾が迫り来る
(この火力、おそらく二人とも
尋常ではない弾の嵐は二人が左右のトリガーで同時に攻撃している事を意味している。
数的に不利な事に加えて視界も悪いため、これ以上自動で探知する
「ならば」
迎撃が難しいと考えるや、ライはその場でうずくまり左手を地面につける。
自動でトリオン体を追う
「エスクード」
ライの足元から巨大なバリケードがせり上がった。
地面から角度をつけて出現したその盾を蹴ると、盾の勢いもあってライの体が弾丸の如き速さで空へと撃ち上げられる。
「とっ、跳んだ!?」
「まさかこっちに!?」
突然の大ジャンプに間宮隊の二人は動揺した。ハウンドはトリオン体を追い切れず、地面に衝突して消える。
攻撃が失敗に終わった今、二人に驚いている時間はない。空中へと身を投げたライは凄まじい勢いで間宮の所へと落ちていく。
「ッ! シールド!」
「隊長!」
着地場所を察して間宮と秦は咄嗟にシールドを展開した。
直後、二人の展開したシールドとライの弧月が衝突。落下の勢いも加わったその威力はすさまじくシールドに亀裂が生じる。二人がかりで守りを固めても凌ぐ事が容易でない力の差に、間宮は顔をしかめた。
——だからこそ次の反応が遅れてしまう。
ライが左手を弧月から離すと、トリオンキューブを生成。分割はせずに掌に浮かべると間宮に目掛けて直接撃ち込んだ。
「はっ?」
「
「ちょっ、まさか——」
『戦闘体活動限界。
間宮の体が爆発四散し、仮想フィールドを後にした。
一方のライは爆発が目の前で起きていながらも、相手二人が仕掛けたシールドに守られて無傷のままだ。ぶつかる寸前に手を引き、敵の盾で体を守るという常識外れな攻防を呆気なくやってみせる。
「隊長! くそっ!」
隊長が簡単にやられた光景を眼前にし、一対一では敵わないと悟った秦はバッグワームを起動した。この吹雪に乗じて離脱を試みる。
「逃がしはしない」
だが近くの標的をライが見逃すわけがなかった。
逃走経路を予測して再び
「うおおお!」
片手のシールドでは防御が間に合わない。秦はすぐにバッグワームを解除し、両手でシールドを展開して必死に防ぎ切ろうと走り続け——
「ッ!?」
自分の後方で
振り返ると、その爆発はライから秦へ真っすぐに向かって断続的に起きている事がわかる。
そしてその爆発によって雪が次々と消えていき、新たに出来た道からライが駆け抜けて来ていた。
(
メイントリガーの
秦がライの作戦に気づいた時にはすべてが手遅れだった。雪で秦が足を取られている間に二人の距離は20メートルまで迫る。
「旋空弧月」
この攻撃を前に防御は意味をなさない。
秦も隊長と同様、身体を真っ二つに両断されてその場を離脱した。
————
「なっ! なんと紅月隊長、エスクードの大ジャンプで
「……すげえな。
二人の敵を呆気なく撃退。一連の流れを見た出水が感心して呟く。二つのトリガーを使い分ける
「これで西側の敵は全滅。となると、雪崩で身動きを取れない敵を料理するのは——まあ簡単だ」
もはや勝負は決したと当真は断じた。
彼の視線の先でライが再びエスクードを起動。宙高く飛ぶと空中で
一撃目で二人の隊員が脱出し、さらに追撃用に起動したもう一発が残る二人を爆撃、
『紅月隊長の
「完封勝利かよ」
「数字見るとえげつねえな」
得点 生存点 合計
紅月隊 9 2 11
早川隊 0 0 0
松代隊 0 0 0
間宮隊 0 0 0
紅月隊が3部隊全ての敵を落とし、生存点を合わせて11得点という圧巻の成績で初戦を終える。
改めて得点を目にした隊員達はその桁違いな数値に皆目を疑った。
「ライ先輩」
「ああ、お疲れ様。初めてのランク戦でこれは大戦果だ。助かったよ」
「はい。お役に立てたならば何よりです」
そんな周囲の反応など知る由もなく、ライは作戦室に戻ると瑠花と勝利の喜びを分かち合う。
二人とも笑みを浮かべて手を合わせた。
「えー、最初から紅月隊長が大暴れし大量得点をもぎ取ったこの試合。解説のお二方はいかがだったでしょうか!?」
「いやー、本当にその通りだよな」
「これ解説いるか? ランク戦の解説っつうか紅月の戦いの解説になるぞ」
武富に話を振られるも、解説の二人は言葉に詰まる。当真の発言に出水も「そっすね」と頷いた。彼らの言う通り終始ライが試合を動かしていた為に総説が難しい。
とはいえ時間もある以上悩んでいても仕方がなく、出水が話を進めようと話を切り出した。
「とにかく最初のポイントは雪崩だったよな。傾斜と雪っていうステージのギミックを活かした手でこれによって半数の隊員は何も出来なくなっちまった」
「天候のせいでどの隊も反応が遅れてたのも大きい。転送前に皆高台を目指そうと考えていただろうから面を食らっていただろうぜ」
「確かに3部隊の隊員達が足を止める中、紅月隊長は転送されるやいなや合成弾を起動していました。どの隊員でも良いからとにかく多くの敵を足止めしたかった、という事でしょうか」
ランク戦開始直後から動き出し、合成弾を生成していたライの様相を思い返して武富が問うと、出水は首を縦に振り彼女の考えが合っていると示す。
「だろうな。もし転送位置が悪くて自分が巻き込まれそうな場合でも多分やってたと思うぜ。エスクードジャンプでかわせていたはずだし」
「ああなるほど。その為のエスクードでもあったのか。面白えな」
一人という部隊の都合上、同時に複数の戦場の敵を相手にする事は難しい。その為の雪崩だったのだが出水が言うようにエスクードは自爆を防ぐためのものでもあったのだ。転送位置がマップの端だった場合はどうしても自分まで犠牲になってしまいかねない策を必ず成功させるためにもエスクードは必要だったのだと。
「ご名答」
「凄いですね。さすが精鋭中の精鋭。的確に私たちの作戦を見抜いてる」
「何せA級の一位、二位の隊員だからね。隊長でなくても普段から一緒に戦っていれば戦術も身につくだろうさ」
この出水の発言は的中していた。戦いが終わった直後で情報の整理もしていない中での確かな分析。ライと瑠花の二人は揃って彼らの解説に感嘆する。
「そしてその後は紅月隊長はイーグレット、メテオラ、弧月とあらゆるトリガーで敵を圧倒していきました」
「結局全てのポジションのトリガーで点取ってたんだよな。前情報なかったからビックリしたよ」
「はい。同じポジションの相手を手玉に取っていた点が印象的でした。ですが気になったのはトリガー構成です。今日のランク戦を見る限りメイントリガーの枠がシールドを入れるには過剰のように思えるのですが……」
3種のポジションを巧みに使い分けた点は称賛に値する戦果だった。だが気になる点が武富の中に浮上している。
トリガーの枠という点だ。メインとサブ、それぞれ4枠の武器をセットする事が許されるのだが、今日確認できただけでもメイントリガーが弧月・旋空・
「いらねえって事だろ」
その疑問を当真が一蹴する。
「シールドをサブの一枠で十分って考えたって訳だ。防御よりも攻撃、回避を優先する。もしもの時にはエスクードもあるから大丈夫って魂胆だろうぜ」
「なんと! 基本的には誰もが両方のトリガーに入れるシールドの枠を削っているというわけですか!」
「おそらくはな。紅月のやつは回避や隠密行動が上手いから不思議じゃねえ。——この前の補足・掩蔽訓練でも被弾0で5位だったはずだ」
「5位! それほど高いのですか!」
「被弾0って当真さんからも当てられなかったって事かよ」
『残念な事にな』と当真が息を零した。彼もライの実力を認めている。だからこそ彼のトリガー構成にも理解を示していた。
「——やはりバレましたね」
「問題ないよ。いずれわかる事だ。そもそもよく
あっけなくトリガー構成が判明された事に瑠花は苦言を呈するが、ライは平然と構えている。
「むしろこれで対等だ。お互いの手の内が明らかになった上で、上の者達との力比べが始まる」
「……はい!」
そう言って笑みを向けられ瑠花も彼の意思に応えるように返事をした。
「さて、これで初日のランク戦はすべて終了となりました。暫定順位が更新されます!」
一通り試合を振り返り、武富が進行を続ける。
このランク戦をもって初日の戦いは全て終了となった。この日の得点を反映して順位が最新のものに移り変わる。
「紅月隊は一気に8位、B級中位のトップに立ちました! 松代隊、早川隊、間宮隊はそれぞれ19位、20位、21位へダウン!」
「一試合で最下位チームが中位の一番上かよ。最速じゃね?」
「この大量得点はやべえな。3、4試合分の得点を掻っ攫いやがった」
紅月隊があっという間に8位までかけあがった事に観客は勿論解説の二人も驚きを隠せなかった。歴代はおろかこれから先も同じ事は起こる可能性は低い。それほどの大躍進だった。
「そして次戦の組み合わせも発表されます! さあ本日大きな活躍を見せた紅月隊の次の相手は——暫定10位那須隊、そして暫定12位の諏訪隊です!」
「おおっ! マジか!」
「B級で貴重な
次戦の相手を耳にして出水が歓喜の声を上げる。紅月隊と那須隊という事はライと那須、
「加えて次は紅月隊にマップ選択権はありません。中位トップという事で二部隊も意識する事でしょう」
「だな。今からちょっと楽しみだ」
「いずれにせよ今日みたいな大量得点はまずないだろ。どれだけ堅実に点を取れるかがカギになりそうだ」
「そうですね。次回の戦いにも期待がかかります。それでは本日はこの辺りで締めくくりとさせていただきます。出水隊員、当真隊員。本日は解説ありがとうございました!」
『ありがとうございましたー』
次戦も目が離せない戦いとなる。重要となるであろうポイントを最後に述べてこの日最後のランク戦は終了を迎えた。
初戦で大量得点を挙げた紅月隊。迎え撃つ立場となった彼らがどのように立ち回るのか。隊員達の間で想像ばかりが膨らんでいった。