ランク戦が始まる二日前、狙撃手用訓練施設には二人の隊員の姿があった。
一人はNo.2
「——よし。これだけ遮蔽物のある中で動く的を当てられるようなら大丈夫だろう」
「ありがとうございます!」
地面の隆起、建造物など起伏が激しいステージから戻ってくる弟子に奈良坂がそう声をかけた。師匠から合格をもらえた事で日浦の表情に満面の笑みが浮かぶ。
那須隊は次のランク戦を控えていた。少しでも自信が欲しい中、師の真っ直ぐな評価は非常にありがたい。
「勿論本番でも上手くいくとは限らない。相手も本気でくるからな。特にお前の弟弟子は俺でも当てるのは困難だ。気にするのも無理はない」
「……そうですよね。はい、わかっています」
理解していた事ではあるものの、やはり日浦は悔しく思った。次戦で当たる紅月隊の隊長であるライは彼女にとって弟弟子にあたる存在である。ボーダー暦も日浦の方が長いため少しでも活躍をしたいと思って奈良坂に師事を願ったが、かえって現実を示される形となってしまった。
「とはいえ、だからと言って最初から失敗する事を恐れては駄目だ」
だがそれでもやるべき事はあるのだと奈良坂は続ける。
「ライの反応速度を攻撃の密度で上回るんだ。お前と玲の射撃を同時にさばこうとすればかなりの集中力を要する。お前はライトニングの使い方が上手い。あいつにとって手数が多い敵は面倒だろう」
「先輩達とも紅月先輩についてはどうにかその反射速度を上回るかという話をしていました。時には私も決めるようにと」
「それでいい。中距離、遠距離の攻撃はいかに相手の動きを先読みし、行動を妨げるかが重要だ。遠慮は必要ない。ここぞという所では果敢に行け」
「はい!」
いかに神経速度が優れていようとそれを超える密度の攻撃あるいは彼の行動パターンを先読みした動きができたならば展開は変わってくるはずだ。
背中を押してくれた師匠に、日浦も声を張り上げて答えるのだった。
————
「B級ランク戦Round2! 本日の実況を務めます嵐山隊の綾辻です! 本日はよろしくお願いします!」
B級中位グループ昼の部。ランク戦第二戦の実況を務めるのは綾辻だった。
A級嵐山隊 オペレーター 綾辻遥
広報部隊であり人気者である彼女が実況とわかり観客席から歓声が湧き上がる。
「解説席には二宮隊の犬飼隊員! さらに生駒隊から生駒隊長、そして水上隊員にお越しいただきました!」
『どうぞよろしく』
彼女の横には犬飼、水上、生駒が並んで座っていた。
A級二宮隊
「えっ。なんで俺までここにおるん? イコさんについて来い言われただけなんやけど」
「俺は戦略とかわからんからな。その辺のサポートをする為に呼んだんや」
「じゃあ何で解説やろうとしたんです?」
本来ならば犬飼と生駒二人だけの予定だったのだが、生駒隊は戦略の担当を水上に一任している。その為もしもの時に備えてと生駒が水上を呼んでおいたのだ。
とはいえ突然の事。加えて自分の適性が低いのに引き受けた理由が水上は納得いかなかった。
「まあ人数多い方が解説もやりやすいし良いでしょ。イコさんいるだけで面白いし、ツッコミ役もいれば話の脱線も少ないだろうし」
「せやろ?」
「誰がツッコミ役やねん! ——はあ。まあええわ」
そんな二人の仲裁に入ろうと犬飼が話に割って入る。確かに正規隊員が多い程多角的な方面から解説が出来るというのは事実だ。
水上はそれ以上食い下がる事はせず、一つ大きな息を吐くと椅子に深く腰掛けるのだった。
「さて、本日注目するのはやはり初戦で11得点、完全試合を成し遂げた紅月隊でしょう! たった一人で数多くの隊員を撃破した隊長がこの試合でも躍動するか。期待がかかります!」
「せやな。あいつは中々の実力者やで」
「おや? 生駒隊長は個人的にも何かつながりがあるのですか?」
「実はな、あいつの師匠は俺やねん」
綾辻に話を振られると、生駒が自分を指差して自信満々にそう宣言する。目を輝かせた彼の発言に、水上は「これが狙いかい」とため息を零した。
「なんと! 生駒隊長が紅月隊長の師匠でしたか!」
「おう。旋空教えたのは俺やし、何なら
「嘘つけ!」
ここぞとばかりに生駒はある事ない事を言い繕う。当然のことながら嘘であった。水上からは非難の指摘が上がる。
「えー。イコさんいつの間に
「えっ。いや、ほら。俺はその辺の事は水上や隠岐の事信頼しとるから。あいつらがいるから俺は
「何自分だけ良い人ぶっとんねん!」
犬飼のフリにさもできた隊長のような発言を返す生駒。しかし虚実を張り付けているという事は明白だ。まさかこの先ずっとこんなやり取りが続くのかと水上は肩を落とした。
「さて、その紅月隊の本日の相手は接近戦を得意とする諏訪隊とエースの那須隊長を起点とした連携が強みの那須隊です」
「個人的には那須さんと紅月隊の
「せやなあ。うちら当たった事ないけど
「ではこれが師弟対決という事ですね!」
「あれ。でもさっきイコさんが教えているとか言ってなかった?」
「……師匠は多い方が色んな事学べるやろ」
「その設定まさか最後まで続けるん?」
一方生駒はあくまで師匠の体を崩そうとしない。
「そんな中諏訪隊は距離を詰めて火力を活かしたい。ステージ選択権を持っているのでぜひ有利を取りたいでしょう。——さあステージが決定されました! 諏訪隊が選んだステージは『工業地区』です!」
中距離の師弟が集う戦場の中、諏訪隊は得意の近接戦闘を挑むべくマップを選択した。場所は『工業地区』。多数の工業プラントが立ち並ぶ場所だった。
「妥当な所を選んできたね」
「犬飼隊員、こちらのマップの解説をお願いできますか?」
「ん、勿論。背が高い建物が乱立してる地形だね。そのせいで射線が切れやすくて狙撃手は潜伏場所が限られる。あと戦闘エリアが狭いのが特徴的だね。合流が結構簡単で、建物自体が大きいから射撃戦とかも自然と近距離になりやすい」
「諏訪隊は諏訪隊長と堤さんの二人の火力勝負が売りやからな。まさに理想的っちゅう事や。那須隊は
合流が早く、射線が通りにくい、近距離での射撃戦が可能な地形。諏訪隊有利な要素が揃ったマップである。
「まあでもライにはあまり関係ないやろ。近接距離でも行けるやつやからなあ」
「イコさん。弟子を応援したい気持ちはわかりますけど解説で来てるんですからね? 誰かに肩入れするのは駄目ですよ?」
「任しとき。俺はいつでも女の子の味方や。那須さん達を応援するで」
「俺の話聞いてないでしょ」
「相変わらずイコさんは女の子に甘いなあ」
水上が念を押すと案の定生駒は私情を挟み、那須隊を支援すると言い出した。もうこの人どうしようと考えた結果、無理だと判断を下す。とりあえず放置で行こうと水上は意識を切り替えるのだった。
————
その頃、諏訪隊作戦室。
「よっし。お前ら、もう一度確認するぞ」
諏訪が3人を集めると改めて最後の作戦確認を行っていた。
「今回は工業地区。まず3人で合流し、その後近い方を狙う。もし那須隊が合流できてないようならそっちを叩く」
「日佐人、お前はとにかく盾役だ。那須・紅月の二人の
「了解です」
「間違ってもやられるなよ。紅月君はどの距離でも戦えるからな。どこから仕掛けて来てもおかしくないと思え」
「バッグワームで奇襲とかもありえるから、周りをよく見てねー」
「はい!」
————
同時刻、那須隊作戦室。
「やっぱり工業地区で来たね」
「ええ。狭いマップだから合流は他のマップよりも容易なはず。まずは私とくまちゃんで合流しよう」
「紅月先輩の動き出しが不明だから、もしバッグワームで消えてるようなら茜はそっちの探索に集中だよ」
「わかりました!」
こちらも熊谷と那須、戦いの要となりうるであろう二人の合流を優先する方針となっていた。ライが奇襲を狙ってバッグワームを使用する可能性もある為にもしレーダーの数が足りなければ同じく初期からバッグワームを展開する日浦に彼の捜索を一任し、その抑えとする。
「もしも合流前に諏訪さんと堤さんのペアあるいは紅月先輩と当たる事になったら逃げに専念して。その間に他の二人が支援に向かうわ」
「了解!」
相手は火力で勝る相手だ。連携がなくては凌ぐことは難しいだろう。もしも自分たちが先に狙われるような事があればその隊員を起点に敵を包囲して撃退する。もう一度四人の行動目標を再確認し、彼女たちは始まりの時を待った。
————
一方、紅月隊作戦室。
「予想通りですね」
「ああ。こうなると猶更天候などの調整をしてきたりはしないだろう」
「では作戦に関しては変わらずに?」
「うん。まあ元々作戦というほどではないからね」
予想通りのマップと決まって二人は安堵の息を零した。
もしも諏訪隊が予想外のステージを選択するようならば考えを改めなければならなかったが、そうでないなら話は別である。
「今回は挑戦を受ける側だ。真っ向から向かっていくとしよう。後は戦況に応じて立ち回るさ」
初戦とは打って変わって対応する立場となった紅月隊。ならばその土俵で迎え撃とうと強い決意を抱いていた。
「日浦さんは当然ですが、笹森先輩もカメレオンやバッグワームで潜伏する可能性があります。そちらにもご注意を」
「うん。とにかく今回も出だしが重要だ。場合によっては標的を変えるかもしれないけど、その時はフォローよろしく」
「わかりました」
二部隊とも部隊の合流を優先するだろう。この狭いマップでは部隊で揃って行動すると考えるはず。今回もそこで積極的に動いていくのだとライと瑠花は考えを統一した。
————
全
「——さあここで全
綾辻の声を合図に全ての隊員達が仮想マップへと転送されていった。
「二日目昼の部三つ巴! いよいよ戦闘開始です!」
各隊員達の眼前で背の高い工業プラントが煙を上げている。
B級8位紅月隊、B級10位那須隊、B級12位諏訪隊。三チームの戦いの幕が切って落とされた。
「各隊員は一定以上の距離をおいてランダムな地点からのスタートになります!」
バッグワームを展開する日浦を除いた全隊員の位置情報がレーダーに映し出される。
皆それを見て敵の襲来を警戒しつつ各々合流へと動き出した。
「犬飼隊員のおっしゃる通りマップは狭い『工業地区』。皆部隊の合流を目指す動き出しです」
「——いや。一人部隊の利点が活きるね」
「せやな。いきなり紅月隊長が仕掛けるで」
そんな中、ライだけが他二部隊と全く異なる行動を開始する。犬飼や水上は一人部隊の特徴を理解して彼の狙いを悟っていた。
『日佐人! 警戒! 誰か来る!』
「えっ?」
『中央から! もうすぐ接敵!』
狙われたのは笹森である。
小佐野の呼びかけで彼は敵の襲撃を知り、視線をマップ中央にそびえ立つ工業プラントへと目を向けた。その工業プラントからライが凄まじい速度で接近してくる。
「紅月先輩!」
「一番近いのは笹森隊員だ。理想的。このまま取りに行くよ」
『わかりました。こちらは引き続き周囲の隊員の動きをマークします!』
思わぬ襲撃に笹森は肝を冷やした。
敵に息を突かせる間も与えない速攻。ここで確実に仕留めようとライはトリガーを起動する。
ランク戦開始直後の一対一。後の戦局に影響しかねない戦いが始まろうとしていた。
「開始早々に紅月隊長が笹森隊員に向かっていきます! 合流を阻む目的か!」
「ご愁傷様やな笹森君。南無」
「いやイコさんまだ早い! 何決め付けてんねん!」
生駒は早くも両手を合わせ合掌する。まだ始まってすらいないのに解説が勝手に結論を出すなと水上は彼の肩を叩いた。
「犬飼隊員と水上隊員は先ほど一人部隊の利点と仰っていましたが?」
そんな中、綾辻は先ほど二人が漏らした言葉の真意を問う。
「うん。ほら、普通
「せやけど一人部隊ってのは、ようは
基本的に部隊は戦闘員が二人から四人で組まれる事が多かった。当然人数が増える程合流は難しく、人数が揃う前に誰かが落ちるという事も珍しくはない。
だがライのような戦闘員が一人の部隊は全く話が違った。
最初から一人であるのだから合流の手間は不要になる。いきなり作戦を仕掛ける事も速攻を行う事も可能なのだ。
「だから早い段階で人数を減らせれば多少の数的不利はなくせるんだよね。さて、今回はどう動くのかな?」
そう言って犬飼は鋭い視線をスクリーンへと戻した。
丁度笹森とライ、二人の隊員がトリガーを起動している。
笹森が凌ぐか、ライが仕留めるのか。他の隊員が合流するまでに決着がつくかが鍵となる初戦の幕が上がった。
初期転送位置
熊谷
笹森
ライ
那須
諏訪
日浦
堤