——信じられない。
撃墜、そこまでいかなくても大ダメージを負わせられていたはずだった。
なのに自分の放った弾は目標を撃ちぬく事はなく。呆然とする日浦目掛けてカウンターの銃弾が撃ち放たれた。
「ッ!」
『茜!』
「きゃあっ!」
狙撃を目にした日浦は反射的にその場にしゃがみ込む。彼女の横数センチの所に銃弾が撃ち込まれた。
(……嘘。こんなにもあっさりと反撃されるなんて)
日浦の頬を冷や汗が伝わる。あと少し反応が遅れていれば間違いなく致命傷だった。
(外れたか。まあいい。これで日浦さんは容易に狙撃はできなくなったはず)
一方のライは命中こそ叶わなかったものの十分だと考える。
即席の土台から即座に放った狙撃では狙いが定まらないのも仕方がない話だ。とはいえ命中こそしなかったものの、牽制には十分な一発であった。必殺の一打をかわされ、反撃を受けたとなれば今までのような積極的な攻撃は難しくなるはず。
『ライ先輩、来ます!』
「ああ。大丈夫、見えてるよ」
ライはすぐにイーグレットをしまうと、那須が放った
「さすがです。——ですがまだですよ。紅月先輩」
「ッ!」
「まだ見せていない手があります」
すると
那須は訓練で彼に射撃の技を見せていたがそれが全てではなかった。
(鳥籠じゃない!? まさか!)
多分割シールドでは防ぎきれない。ライはすぐにシールドを二枚左右に展開すると同時にエスクードを蹴り、身体をひねった。
直後那須の
「那須隊の奇策を打ち破り反撃に転じた紅月隊長。しかし那須隊長の鳥籠と見せかけた一点攻撃の前に大きなダメージを負ってしまいました!」
「……えっ。嘘。ホンマに弟子の顔吹っ飛んだんやけど俺のせい? ちゃうよな?」
「あっちゃー。これはマズイ」
「利き腕もそうやけど右目持ってかれたの痛いわ。これじゃ今までみたいに反応するのも厳しそ」
「トリオンもかなり減らされてもうたな。ま、死にかけだろうと油断できる相手ちゃうけど」
傷が大きいのは勿論、今の那須の攻撃によりライは片目を失った事で視野が制限される。反応が遅れる事は間違いなかった。特に
(なるほど。ここで一点集中か。完全に動きを読まれてしまったな。さすが師匠だ)
行動を読まれた事を悔いていても仕方がない。そもそも師が相手である以上、いつかは分析されてもおかしくない事なのだから。
『トリオン漏出過多』
「……ここまでみたい。玲、茜。後頼むよ」
「くまちゃん!」
『
しかし那須隊も無傷ではない。旋空を放った事で熊谷のトリオン体が限界に達し、
「ここで熊谷隊員が
「トリオン漏出による得点は最もダメージを与えた隊員に記録されるからね。早いタイミングだったし、諏訪さんの攻撃が最も響いたって事か」
「てことはこれで
スクリーンには諏訪の得点が表示されている。熊谷へのダメージは諏訪の散弾銃によるものが最も大きいと判定されたのだ。このため紅月隊の得点はまだ2点のまま。試合の行方はまだ決まっていない。
『ライ先輩! 熊谷先輩が諏訪隊長のものとなりました。こちらもトリオン漏出が大きいです!』
「ああ。仕方がない。予定変更だ」
瑠花に返事をすると、ライは左手を地面につけてトリガーを起動した。
「エスクード」
ライの足元からもう一枚大きな盾が角度をつけてせり上がる。出現する勢いに乗ってライは大きく跳躍。その場を離脱し、日浦が先ほど狙撃を行っていた方角へ向かって跳んでいった。今なら日浦のおおよその位置を掴んでいる。那須達を自由にしてでも狙撃手を取りに行くべきだとライは決断を下した。
『あっ! マズイ!』
『茜ちゃん!』
「……はい!」
『
彼の狙いに気づくと那須隊の対応も早い。那須に呼ばれた日浦はすぐに彼女の意志をくみ取り戦場を離脱した。
(……距離を詰める前に逃げられたか。離脱までの判断が早すぎる。最初から僕がエスクードで跳んだら逃げるように決めていたのか)
人影がなくなった屋上にゆっくりとライが降り立つ。一点を逃したのは痛かった。だがこれで狙撃手の支援もなくなり多少は戦況がマシになった事は間違いない。
しかし——
『ライ先輩! 警戒!』
一息つく間もなく瑠花の警告が響いた。直後、那須が建物を駆け巡り距離を詰めると、彼女が撃ち上げた
「日浦隊員も自発的に
「おっ。那須隊長の得意な展開になってきた」
「いつものやつやな。障害物を盾に機動力で相手を追い詰める。居場所が割れてる上にフィールドが狭く障害物が多い。追いつめられたら面倒やで」
「俺も那須さんに追っかけられたいわ」
「蜂の巣になりますけど良いんですか?」
一対一となって距離もある状態。那須の得意な相手を追い詰める機動戦と戦況は移り変わったと犬飼や水上は分析した。対してライは視界も制限され腕の負傷もある。厳しい状況だろうなと生駒をあしらいつつ、ライの行く末を案じた。
「ぐっ!」
話題の種であるライは急ぎ屋上から飛び降り、屋根の上を走っていく。反撃にとライも
(まずいな。予想以上に狙いが定まらない。距離感覚がずれている)
『ライ先輩。このまま中距離戦は厳しいと思います。接近戦に切り替えますか?』
「——いいや」
少しでも視界の障害を減らすために瑠花は弧月での接近戦を提案する。しかしライは彼女の提案に対して首を横に振った。
「さすがに利き腕を無くした状態では厳しいだろう。当初の予定が出来なくなるだろうしね」
『では』
「ああ。勝てない戦と負け戦は別物だ。ここまでにしよう。——撤退する」
『……わかりました』
ライはこれ以上の戦闘続行で目的の達成は困難であると結論を出す。
『
こうしてライはランク戦で初の脱落を経験する事となった。これにより那須以外の全ての隊員が脱出となり、ランク戦は終わりを迎える。
「ここで紅月隊長が自発的に
得点 生存点 合計
那須隊 1 2 3
紅月隊 2 0 2
諏訪隊 1 0 1
多くの観客の注目が集まった試合は那須隊が生存点の2点を含む3得点を挙げ逆転勝利を収めた。
「……
『那須先輩! 紅月先輩が自分から
『私達の勝ちですよ!』
「紅月先輩が? そう。そうなのね……」
ライが脱出する瞬間を見届けた那須が呆然と呟く。チームメイトが歓声を上げる中、彼女はどこかやりきれない思いを抱いていた。
————
「二戦目で初黒星か。ごめんね、上手く事が運ばなかった」
「いえ。初の中位戦で二得点ならば十分だと思います」
紅月隊の作戦室にライが戻ってくると、瑠花が彼を気遣うように声をかけた。
初戦での大量得点から一転、二得点で終了。想定はしていたとはいえライ自身も思う所があったのだろう。
「僅差の試合となりましたが、解説の御三方はこの試合を振り返っての総評の方をお願いします」
その頃、解説席では全員の脱出を確認して綾辻が解説の三人に試合の振り返りを促していた。
「点差通り接戦だったね。どこの隊も等しくチャンスがあって、その点をいかに取るか、いかに守るかってところでこの点差になったって感じかな」
「諏訪隊は最初に笹森君が落とされてもうたのが痛かったなー。彼が残ってればシールド役としても狙撃手狙いも行けたはずやから。今回に関してはマップの転送位置が悪かったわ」
「その代わり諏訪さん、堤さんの動きはよかったやろ。あの奇襲にしたってライがエスクードつかってなければ二人まとめておとせてたかもしれんし、その後の切り替えでも二点取れてもおかしくない展開やったしな」
話題にはまず諏訪隊が上がる。逸早く全滅という形にはなってしまったものの動き自体は悪くなかったと皆考えていた。笹森の脱落は転送位置が絡んでいた事だし堤・諏訪の連携も位置取り、タイミングも悪くなく敵の不意をついた動きである。結果にはつながらなかったものの今後に活きるものであろうと考えていた。
「でも一得点で終わっちゃったのもったいないよねー」
「聞いてたのか、日佐人? 次は簡単に落ちんじゃねーぞ!」
「頑張ります……」
「とにかく無得点は阻止出来て良かったです」
諏訪隊の面々は作戦室で笹森を慰めつつ、敗戦を引きずらないようにと前を向いている。
攻撃的な姿勢を崩さない事は重要だ。次こそは得点を積み上げてやろうと次戦を見据えていた。
「中盤以降は残った那須隊と紅月君の戦いだったけど、正直紅月君の戦いぶりには驚いたね。結局彼那須さん以外の攻撃は一発も受けてないでしょ?」
「そうですね。紅月隊長の被弾は那須隊長の
「弧月やエスクードの使い方にビックリしたわ。那須隊の方が常に数的優位を取っとるのに全然彼が動揺せんから那須隊は驚いたやろなあ」
「さすが我が弟子」
「はいはい」
続いて序盤から中盤にかけて最も多くの隊員と戦い抜いたライの話と移る。
射撃や狙撃、斬撃の猛威に振るわれながらも一歩も引く事もなく、予想を超える反応と戦い方で敵を翻弄し続けた。誰にでもできる事ではない。
「対する那須隊も皆動きは良かったと思うで。那須さんを中心に動いて隙が出来れば熊谷さんも攻めて、逆に二人が隙を作って日浦ちゃんがアイビス撃ったりとかな。日浦ちゃんが防衛任務以外でアイビス使ってるとこ初めて見た気がするわ」
「そうだね。基本的なライトニングに加えて仕留める武器もあるとわかれば敵も警戒を強めるはずだし、今後に活きてくると思うよ」
勝負を制した那須隊は皆動きが良かったと二人が語る。エースである那須は勿論熊谷、日浦の二人もサポートだけでなく自ら決める姿勢を見せていた。彼女たちのこの戦い方があれば那須の負担も減ってくるはずだ。その分那須もより得点が伸びてくるだろう。
「だってさ」
「A級隊員に褒められちゃいました!」
「……そうね。ええ。今日の戦いは皆良かったと思うわ」
「玲?」
称賛された那須隊は当然のように盛り上がる。だが、ただ一人那須はどこか浮かない顔を浮かべており、熊谷が心配そうに語り掛けるがその心情を読み取る事は出来なかった。
「ただ一つ気になったんやけど、日浦ちゃんはわかるけど最後ライも自分から
一方、生駒が疑問を二人に投げかける。
日浦は
「そこは意見が分かれるだろうけど、那須さんが機動戦に切り替えたからじゃないかな?」
「止まっている状態ならまだしも動きながらとなると余計に視界はぶれやすくなるんですよ。ただでさえ片目失って距離感とかつかめない中で今回障害物が多いマップでしょ? 厳しいと判断したんとちゃいます? そうでなくても那須さんは機動力高いし、ルール上逃げるなら詰められる前に逃げんといかんのにマップが狭いしなあ」
「はぁ。なるほどなあ」
これに関しては犬飼と水上が中距離戦の隊員としての意見を論じた。
右目が見えない中での機動戦は困難。そうでなくてもライが扱うのは
加えて今回のマップは障害物が多く戦闘エリアが狭い工業地区。そういった事情も絡んでいるのだろうと説明を受け、生駒は納得して頷く。
「まあ実際、あのまま機動戦を挑んで那須さんに勝てたって保証はないからね」
「障害物が絡むステージを那須さんが得意としている事は知っていましたが……」
「それを防ぐために最初の段階でメテオラを随所に設置しておきたかったけど、その前に那須隊に捕まっちゃったのが痛かった。まあこれに関してはマップの都合上仕方がないさ」
勿論ライとて那須の機動力を防ぐために何も考えていなかったわけではなかった。本来の予定では最初に一点を取った後(今回は笹森)、一度離脱しメテオラを各地に設置して後々の展開に備える予定を二人は検討していた。一度設置出来ればイーグレットの射程も持つライならば起動も容易である。しかし予想以上に那須隊との接敵が早く、その行動は未遂に終わってしまったという事情であった。
「——さて、今回那須隊の勝利で幕を閉じたこの一戦。那須隊は三得点、紅月隊は二得点という事で夜の部はまだ残されていますが中位グループ残留は間違いないでしょう。上位グループ入りは目前です。これからの試合にも期待がかかりますね。Round2昼の部は以上で終了になります。解説の犬飼隊員、生駒隊長、水上隊員。本日はありがとうございました」
『ありがとうございましたー』
「綾辻ちゃんもおつかれやで!」
僅差とはいえどの部隊も確実に得点を重ねている。
今後の展開によっては上位グループも夢ではないと綾辻は最後に一言添えてその場は解散となった。
綾辻に倣い、三人も短く締めの挨拶を済ませてその場を後にする。
こうしてランク戦二日目昼の戦いは幕を閉じたのだった。
————
「うーん。反省点も多いな。今度三輪や奈良坂達に戦術の話を聞いてみようかな」
「ひとまずはお疲れ様でした。私は記録の整理と分析を行います。ライ先輩はどうしますか?」
「うん。お疲れ。そうだな、一応今日の感覚を忘れないように少しランク戦をしてこようと思う。
「わかりました。それではまた後で」
「ああ。それじゃあ行ってくるよ」
ランク戦を終えて。ライは早速今日の試合を振り返ろうと瑠花と別れてランク戦ブースへと向かった。
二戦目での敗北はやはり思う所がある。
師匠とは言え動きを読まれてしまった事は反省しなければならなかった。
もっと精進せねばとライは自分を叱咤する。
「——あっ。いた。紅月先輩」
「えっ?」
するとブースに向かう途中でライは何者かに呼び止められ立ち止まった。振り返ると那須が彼の下へと歩み寄ってくる。試合が終了した直後であるためか、普段の隊服ではなく水色のカーディガンを羽織っていた。
「那須さん。ランク戦お疲れ様。さすがの戦いぶりだったよ」
「ありがとうございます紅月先輩。もしも良ければ少しお時間をいただいてもよろしいですか? そのランク戦について、紅月先輩に少しお聞きしたい事があります」
「……ああ。良いよ」
静かな声色の中に穏やかではない感情を察し、ライは彼女の要請に応じる。
——おそらく勘づかれたのだろうなとライは小さく肩を落とし、彼女を伴ってラウンジへと歩みを進めた。