REGAIN COLORS   作:星月

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覚悟

 2月も終わりを迎え、3月へと移り替わったばかりの頃。

 ボーダー隊員にとっては先月より始まったランク戦も中盤戦を迎えて落ち着きを取り戻しつつ、次の戦いに向けて励んでいる最中だ。

 そして同時に彼ら彼女らは大きな山場を間近に控える時期でもあった。

 ボーダー隊員は若い隊員が多い。ほとんどすべての者が学生と言っても差し支えない程中学生や高校生が割合を占めているのだ。

 すなわち——。

 

「あー! 全然進まないー!」

「結花ちゃーん! もー無理だよー! 助けて—!」

 

 別役や国近の悲鳴がボーダー本部に木霊する。学生の本分である学業において忙しい時期でもあったのだ。

 

 

————

 

 

 事の発端は鈴鳴支部。

 高校受験を目前に控える太一の指導に来馬がつきっきりになる中、学校へ登校していた今から一本の電話が入った。彼女の話によるとクラスメイトである国近が宿題や学年末テストの勉強が全く進まないため、助けを求められているという事。

 彼女たちも本職はあくまでも勉学に励む高校生だ。逃れられない危機を前に、国近は成績優秀である今に助力を求めた。

 そしてこの話を聞いて村上も危機感を抱く。実は彼の学年には他にも成績があまり振るわない生徒がいたのであった。すぐさま確認したところ——精鋭部隊、A級に所属する冬島隊の当真、そして影浦隊隊長である影浦が案の定宿題は終わらず、勉強も進まない。このままでは進級も危うい可能性もあるという状況だった。

 

(俺達だけでは対処しきれない!)

 

 これはまずいと村上は本部内で学力に長けた知人、荒船とライに助けを要請する。二人は二つ返事で了承したのだが、偶然話を聞いていた太刀川・米屋も『助けてくれ』と話に加わり、さらに太刀川を探していた風間も参戦して——

 

「……これは。凄い顔ぶれだな。君たち」

 

 偶然ラウンジを通りかかった嵐山が三つのテーブルを占領している隊員達の姿を見て苦笑する。臨時で開かれた勉強会には十人を超す隊員が集結していたのだ。驚くのも無理がない話である。

 

「嵐山か。騒がしく感じたのなら悪い」

「ああいえ。大丈夫ですよ風間さん。皆で勉強会ですか?」

「そんなところだ。もっともそれぞれの内容は宿題に試験勉強、レポート作成など内容は様々だ」

 

 大きくため息をつく風間に嵐山は一言「お疲れ様です」と苦労をねぎらった。

 司令直属という立場上、ただでさえ心労がたまりやすそうなのに今日は共にいる面々も多いだけに余計に苦労が増えているように見える。

 

「俺も手伝えればいいんですが……」

「気持ちだけで十分だ。お前達は広報役で常日ごろから忙しいだろう。そっちを優先してくれれば大丈夫だ」

「——ええ。わかりました。では風間さん達も無理はしないように気を付けて」

「ああ」

 

 最後、嵐山は申し訳なさそうに小さく頭を下げてその場を去った。

 相変わらずだなと風間が小さな声で呟く。きっと仕事がなければ本当に手伝っていた事だろう。

 

「お前達にも見習ってほしいくらいだ」

「そんな事言ってないで助けてくれ風間さん!」

「風間さーん。こっちも教えてもらって良いですか?」

「——太刀川は少し自分で進めていろ。どこだ、米屋」

「そんな!」

「こっちっす!」

 

 対照的に情けない頼み事をしてくる太刀川、米屋をいつもよりも冷めた目で見た。

 普段の頼もしい戦いぶりが嘘のような姿である。

 今一度風間は場全体を眺め、軽く頭をおさえたあと指導に戻るのだった。

 

(まったく。ここまで多いとなると考えものだな)

 

 この場に集結した隊員は合計12人。

 教える側は総司令に風間を据え、補佐にライ。さらに荒船、来馬、今、村上達優等生が教師役を務める。といっても荒船達も同じ学生だ。当然各々の勉強もある。その為常に指導役として付いているのは風間とライ、来馬の三人だ。さらに来馬は基本的に太一を集中的に教えているので実質二人である。

 対する生徒側は太一を筆頭に、国近、当真、影浦、太刀川、米屋の六人が揃っていた。ボーダー戦力としてみれば十分すぎる面子である。だがこの場に関しては非常に残念な成績組という仕切りで分けられていた。

 

「別に宿題くらいやらなくてもいいじゃねーか」

「そんな事言っていたら進級が危ないんだから進めてくれ!」

「へいへい」

 

 両手を組んで不満を口にする当真をライが諌め。

 

「チッ。おい紅月、これどうやって考えんだ?」

「次はカゲか。どこがわからないんだ?」

「わかんねえ」

「——了解。それじゃあその前から考えて行こう」

 

 その隣、影浦が教える側にとって最も困る「何がわからないのかがわからない」という発言をするやライは基礎から教え始めてと。

 次から次へと押し寄せる質問をさばいていった。

 

「あー。なるほどな。面倒だがわかった」

「そうかい? ならよかった」

「お前本当に高校に行ってねえんだよな? なんでこんなに出来んだよ」

「やっぱり驚きですよね。俺も普段から教わっているからわかりますよ。何を聞いてもほとんど答えるからなー。さすがいつも教えているだけある!」

「なんで陽介が自信満々に言うんだ……?」

 

 理解できないというように影浦が首をかしげる。以前から教わってた米屋が同調して得意げに語るが決して誇れることではなかった。それならもう少し勉強も頑張ってくれと思うが、中々実を結ばない。

 

「いっそのことトリガーみてえな便利なもの作るくらいなら、無理やり知識を定着させるような技術とか開発してくれればいいのにな」

「んなの滅茶苦茶じゃねーか」

「…………」

 

 冗談交じりに当真が笑った。いくらなんでもそんな事は不可能だろうと影浦が切り捨てるが、実証済みであるライは口出しする事が出来ず視線を逸らす。さすがに冗談であっても会話に割って入る事は出来なかった。

 

「今回はライ君がいてくれたからまだ助かったわ」

「そうだな。おかげで俺達も少しは勉強に打ち込める」

「ねえ! この数式はどうやって解くの? 答え合わないよー!?」

「ハイハイ。見せて。ん。これはこっちの数字を代入して——」

 

 忙しくもしっかりと指導をこなしているライの姿を見て、近くの机で今と荒船が安堵する。二人も国近達に教えながらではあるが、同時進行で自分の勉強を行っていた。

 助けがあるおかげで前回より負担は軽い。これならば成績が下がる心配はなさそうだ。

 

(前は当真と国近だけでも大変だったから本当に助かったわ……)

 

 以前の事を思い返して今が苦笑いしつつシャーペンを動かした。

 どうして戦闘では戦局を見れるほど優秀なのに、こういう場面では頭の回転を活かしきれないのか。本当に謎であった。

 

「——あー。やばいな。このままじゃ終わらないかもしれないぞ」

 

 各自次々とペースを上げている中、太刀川が一人口ずさむ。『それを皆がやっているこの場で言うのか』と鋭い視線が向けられるが太刀川は何処吹く風という様子で頭の後ろで両手を組んだ。

 

「だから溜まる前に終わらせておくべきですと言ったでしょう」

「いやー。やっぱりやる気がないと進まないと思うんだよな。どうだ紅月。ちょっと気分転換にランク戦しないか?」

「……太刀川さん。数秒前の自分の発言をもうお忘れですか?」

 

 終わらない可能性があるのなら余計に他の事をしている暇などないでしょうとライが言外に告げる。

 

「馬鹿な事を言っているな太刀川。本当に終わらないようでは首になるぞ」

「アッハッハ。何を言っているんだよ風間さん」

 

 見かねた風間が鋭い視線を太刀川へ向けた。だが当の太刀川は危機感が足りないのか軽快に笑い飛ばす。

 

「俺が通っているのは大学だぞ? 会社じゃないんだからそんな事あるわけが」

「大学がじゃない。俺がお前を首にする」

「物理的!?」 

 

 そして続けられた風間の言葉で呆然とした。

 つまり『首になる』というよりも『首と胴体を切り離す』という事。衝撃で言葉が発せられない。これ以上の冗談は通用しないと瞬時に察した。

 風間は本気の目をしている。

 おそらくもしもレポートが未提出などになれば太刀川の首は胴体と引き離される事だろう。

 

「わかったか?」

「……はい」

「ならばやれ」

「はい」

 

 有無を言わさぬプレッシャーを受けてついに太刀川も折れた。これ以降、太刀川は余計な事を一切話さなくなる。

 

「凄いですね風間さん。太刀川君がここまでおとなしくなる姿初めて見ましたよ」

「蛇に睨まれた蛙みたいっすね!」

「太一!」

 

 見事な手腕に来馬が風間を讃えると別役が年上の者に対する者とは思えない台詞を発した。空気を読まぬ発言に村上がすぐに注意するが、風間は気にする素振りはなくむしろ首を横に振った。

 

「当然だ。これくらい言わなければ直らないものもある。紅月」

「はい?」

 

 すると影浦へ勉強を教えていたライを風間が呼ぶ。彼の視線が自分に向けられた事を確認して風間は話を続けた。

 

「もしもここから先、太刀川をはじめ隊員がおかしなことを口に出したならば容赦しなくて良い。徹底的に精神を追い詰める気で当たれ」

「えっ。いや、追い詰めるって」

「風間さん!?」

 

 物騒な発言が飛び出しライは勿論その場にいる者の表情が固まる。

 

「俺が許す」

 

 そんな雰囲気を一蹴するように風間が一言添えた。

 ——ヤバい。本気だ。

 ひょっとしたら太刀川だけでなく、万が一厳しい成績を取るような者が出れば厳しい処分を下されるかもしれない。皆の緊張が引き締まった。

 

 

「……まあ。そうならないように善処します」

 

 とはいえライはさすがにそこまで非情にはなりきれず、あいまいな返事をするにとどまる。

 

(飴と鞭みたいだな)

 

 二人の様子を見て荒船はそう考えたものの、口には出さずに胸中に思い留める事とした。

 

「ふむ。まあその辺りはお前の判断に任せるが、しかし太刀川には配慮は無用だぞ」

「あっ。それはわかっています」

「おい!? なにをわかっているんだ!?」

 

 ——前言撤回。どっちも鞭なのかもしれない。

 

 

————

 

 

 それから一週間後。

 無事に皆難関を突破する事に成功した。

 成績優秀組は語るまでもなく、太一の受験も成功し、太刀川のレポートも無事に終了。他の高校生たちも何とか課題を終わらせて進級にあたって問題ない成績を収める。

 何とか山場を乗り越えた事を記念して、その勉強会に参加していた面々のうち影浦・当真・荒船・ライ・村上・米屋の6人は影浦の実家であるお好み焼き屋『かげうら』で打ち上げを行っていた。

 温めて油を敷いた鉄板上にチーズやキャベツ、イカなど様々な具材を混ぜ合わせた生地を円状に流し込む。鉄板特有の油を弾く音が響き、香ばしい匂いが漂った。

 頃合いを見て形を整えた後、豚肉を生地の上に敷き、また数分焼いたら両手にヘラを持って——

 

「……よっと!」

 

 左右から挟み込んで一気にひっくり返す。ライの瞳にしっかり焼け目のついた生地が映し出された。

 

「おー。上手いじゃねーか」

 

 慣れた手つきに当真が自分のお好み焼きを整えながら称賛の声を上げる。ライも嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「これ、中々面白いね。初めて焼いてみたけど癖になりそうだ」

「えっ。ライ、お前お好み焼き食うの初めてかよ?」

 

 米屋の問いにライは大きく頷く。

 

「本部では基本的な食器セットしか売ってないからね。さすがに鉄板までは買ってなかったし、あまり外でご飯を食べる機会も少なかったから」

「そうかよ。ならたらふく食っとけ。うち自慢の一品だからよ」

「勿論」

 

 影浦は自分の家の品を自信満々に勧めた。事実、『かげうら』はボーダー本部にも常連がいるほど評判が高い。影浦の隣で何度も頷いている荒船もその一人だ。ライも料理をしているからか具材を見ていかによい食材を使っているのかは理解できた。だからこそ彼も二つ返事で頷く。

 そしてしゃべりながらも鉄板から目は離さない。焼け具合を確認し、もう一度ひっくり返した。仕上げに専用ソース、マヨネーズ、かつおぶし、青のりを順番にかけていく。ソースの甘味が広がり、熱に煽られた鰹節のうねりと香ばしい風味が視覚や嗅覚に訴え、食欲を引き立てた。

 

「おお。凄い」

 

 焼き上がった事を確認し、ライは自分のお皿にお好み焼きを運ぶ。食べやすいように切り分けてまず一口と口の中にお好み焼きを頬張った。

 

「——うん。美味い」

「だろ?」

 

 頬を緩ませたライを見て影浦が調子よく笑う。

 

「カゲの家は俺らも頻繁に食べに来るからな。お前も今度時間があればどうだ?」

「そうだね。今はランク戦の最中だから難しいかもしれないけど、5月ならランク戦も終わるし休みもあるから。その時に都合が合えば瑠花も誘って来ようかな」

「それが良いだろうな」 

 

 ライの提案に村上も同調した。

 高校生組も4月の終わりから5月にかけては休みが取れる。また揃ってご飯を食べられる時があるかもしれない。

 

「おお。いつでも来いよ。そんでしっかり金を落としてけ」

「言い方ってもんがあんだろうが。——しかし驚いたな。カゲ、結構紅月の事気にいってんのか? 絡みねえと思っていたがよ」

「あー?」

 

 実家である影浦は勿論歓迎した。当真は発言の内容に苦笑し、同時にこれほど影浦が心を許す相手は珍しいと考えた。勉学を教えてもらっただけにしては随分と心を開いているように見える。

 

「別に。だが面白えからな、こいつは」

 

 影浦はライを指差してその疑問に答えた。

 

「俺の副作用(サイドエフェクト)は知ってるだろ? そのせいで戦うときとか余計な感情が突き刺さって面倒なんだが、こいつにはそれがねえんだ」

 

 影浦の副作用(サイドエフェクト)は感情受信体質。自分に向けられる他人の意識や感情を肌で感じ取れるという能力だ。この能力の為に日常生活では勿論、戦闘では特に相手の敵意のようなものが突き刺さる。

 だがそれがライと戦う場合はないのだと影浦は語った。

 

「たまたま個人(ソロ)ランク戦で戦った時があったんだ。最初見たときは軽そうなやつとも思ったが」

「えっ? カゲ? そんな風に思ってたの?」

「だが弧月を持った瞬間、こいつの雰囲気が変わりやがった」

 

 ライの愚痴を聞き流して影浦は話を続ける。

 

「まるで当然のように、ただ作業でもするかのように斬りかかってくんだ。感情の一切を消し去ってな。東のおっさんを思い出したぜ。だから斬り合いが面白えんだ。こんなの滅多に味わえねえ」

「なるほど。カゲとも戦っていたのか」

 

 確かにと村上がライを見て頷いた。

 戦闘技術が高いのは村上も知っているが、それ以上に戦闘慣れしているからか勝負の際に感情の浮き沈みがないのがライの特徴だと影浦は考えている。だからこそその分次の行動が読めず、影浦は純粋に勝負を楽しめていた。

 

「まあね。でもカゲには結局負け越してるよ?」

「そう簡単にやられるかよ! 勝つからこそ勝負は面白えんだろうが!」

「本心で言ってそうなのが怖いな……」

 

 僕には斬り合いを楽しむ余裕はないのだけれど、と付け加えてライはもう一口お好み焼きを咀嚼する。

 柔らかい食感と甘味が口いっぱいに広がった。やはり美味しい。荒船達が好きになるのも無理はないなと満足するのだった。

 

 

————

 

 

「そういやよー、ランク戦の方はどうなんだ? お前ら今回から出てんだろ?」

 

 食べている最中に影浦がボーダー内で話題になっていた事を思い出し、ライへ問いかける。影浦は普段から自分が参加していないランク戦には興味を示さなかった。その為具体的な順位などの詳細は一切知らない。

 人伝いで紅月隊が初参戦していることだけは知っていたのだが——

 

「心配なんて無駄だ。絶好調なんだよ」

「先月上位グループに上がってからはずっと上位で戦っているからな」

「マジかよ」

 

 答えたのは荒船と村上だった。二人とも敵として痛い目に遭っているのだろう。苦々しく荒船がライに肘打ちしているのを見て影浦は唖然とする。

 

「はじめたばっかりで上位かよ。A級も狙えるんじゃねーか?」

「カゲも見ればわかるぜ? 俺は解説とかでも見てるからわかるが、こいつ個人戦よりよっぽど面倒な存在だぞ」

「当真、言い方……」

 

 人聞きの悪い表現にライが文句を呈すると当真は軽く「悪い悪い」と謝罪した。勿論気持ちが篭っていないのは明白である。いずれにせよ当真をして「面倒」と表現させる隊員はそうそういなかった。それだけライを評価しているという事である。そして評価しているのは当真だけではなかった。

 

「紅月隊の何がヤバいって、こいつの生存能力の高さなんですよね。狙撃を当てられたの今のところ東さんだけだし、その東さんに次いでの生存率の高さを誇ってる。色んな距離で戦える上に、倒しても一点にしかならない。だからいっそ放置するかって考える部隊が現れてるぐらいっすよ」

 

 何度も一対一で戦っている米屋も当真に追従する。

 一人部隊とはいえ全ての距離に対応する万能手。しかも生存能力の高さが際立っていた。倒しにくい上に倒せても一点しか与えられないという非常に厄介な存在なのだ。

 

「おかげで今シーズンはロースコアに終わる試合が増えたしな」

「ああ。上位グループと中位グループの変動も多い」

 

 そして一人部隊なので味方が落とされる事もない事から失点も非常に少ないというのが特徴的だ。ライも上位グループが相手となって最近は得点数もそう多くなく、ランク戦の順位はほとんどが団子状態となっている。語っている荒船や村上の部隊も何度か上位と中位を行き来していた。

 

「なるほど。そりゃたしかに面倒だ」

「ま、僕自身A級に上がりたいと思っているからね」

 

 そう発言するライには自信が満ちている。必ずやこのシーズンでA級に上がってやろうという彼の気概が感じられた。

 

「なんだ。お前もA級目指してんのか。なんかやりたいことでもあるのか?」

 

 A級に上がれば固定性の給料をはじめ、トリガーを自在に改造できるなどの特権が与えられる。

 他の隊員とは一線を画した存在なのだ。当然誰もが目指すもの。ライもやはり思う所があるのかと影浦は面白半分でライに話題を投げた。

 

「もちろん頂を目指す、というのはあるよ。それに――」

「それに?」

 

 するとライは一つ間をおいて話を続けた。

 

「——僕自身、向こう側(・・・・)に行きたいという気持ちもある」

 

 そして発せられた言葉を耳にしてその場にいる全員の目が見開かれる。

 公共の場という事を配慮して表現を濁しているが、皆その意味を正しく理解した。

 ライも向こう側、近界(ネイバーフッド)への遠征を望んでいるのだと。

 

「……意外だな」

「確かに。正直、お前がそこまで興味を持っているとは知らなかった」

 

 荒船や村上は同じB級であり年も近いという事でライと会話を交わす事は他の隊員よりも多い。その彼らでさえライのこの考えは聞いた事がなかった。

 

「向こう側か。俺らは興味もねえが、なんかあるのかよ?」

 

 影浦が後髪をかきながら問いを重ねる。そもそも遠征自体が頻繁にあがる話題ではなかった。にも関わらずライが興味を抱く理由がわからない。

 

「特に何がしたい、というものはない。だけどこちら側が守ってばかりではただ消耗するだけだろう」

 

 そう言うとライは一度瞳を閉ざした。

 ライは数々の防衛任務などの際に刻んだ記憶——放棄された都市の残骸、記録に残された犠牲者の数々を思い出す。

 彼が前にいた世界と何も変わらない犠牲の痕跡。

 それが今も繰り返されていると考えると居ても立ってもいられなかった。

 

「だからこちら側も攻めるべきだと考えた。そしてその時、力になりたいって」

 

 再び開かれた彼の目は冷たい。

 攻めるべきだと優しい表現をしているが、その言葉には様々な裏が潜んでいるという事は容易に想像できた。

 ライには覚悟がある。大切な近しい者を守る為ならば、非情にもなれる強さが。

 その意気込みが伝わり、「これは動かねえな」と当真が息を吐いた。

 

「……お前がそこまで考えていたとはな」

「俺らでさえ遠征は行った事ねえからなあ。かなり大変だぜ? まずはそもそもA級に上がらねえと話になんねえよ?」

 

 米屋があえてライの闘志を煽るような口ぶりでそう言った。

 彼の所属する三輪隊でさえ遠征に行った経験がない。A級の中でもさらに限られた存在だけが遠征部隊に選出されるのだ。

 その道のりは果てしなく遠い。そう米屋に伝えられるが、ライは得意げに笑った。

 

「望むところだよ。だから——この(シーズン)でも当然譲るつもりはないからね」

 

 そして今一度同じくB級ランク戦に挑んでいるライバル達に、村上と荒船へ宣戦布告する。

 

「……ああ。俺達も同じ気持ちだ」

「首を洗って待ってろよ。次は負けねえ」

 

 負けられない気持ちは皆同じであった。

 二人もライにつられて不敵に笑う。三人の間で火花が散った。

 こうしてそれぞれが英気を養い、闘志をたぎらせて打ち上げはお開きとなる。

 そして舞台は再びランク戦へと移っていくのだった。

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