空中を泳ぐように巨大な鋼鉄の塊が飛行する。
硬い鎧を纏った機械の蛇を彷彿させるトリガー兵・イルガーだ。
自爆モードに入った個体は強固な鎧を身に纏うとすべてのトリオンを使って目標に向かって突き進み、強大な爆撃で多くの犠牲を生み出す破壊の化身と化す。
そのイルガーが、群れをなして敵の本拠地である施設へと突撃した。
敵もこれ以上好きにはさせぬと砲台を解放するが、そう易々と装甲を打ち破れるほどイルガーの装甲は柔ではない。迎撃を掻い潜ると二体のイルガーがあっさりと基地へ衝突し、大きな衝撃音が戦場に響き渡った。
あらゆるものを一瞬で粉々にする威力に、しかし敵の本拠地はその形を維持していた。基地の外壁はわずかに陥没した程度で亀裂すら走っていない。よほど防壁の強化に努めていたのだろう。
だが、安心するにはまだ早い。攻撃の手は緩むことなく加速した。さらに二体のイルガーの後を追っていた三体のイルガーが基地に向かって突撃する。
今度こそ防壁を打ち砕くであろう第二波の襲来に、敵は砲撃を一体のみに集中させ、確実に手数を減らそうと試みた。
さすがの攻撃にたまらず被弾したイルガーが機能を停止し、ゆっくりと地面に墜落していく。
それでも残る二体のイルガーは無傷のままだ。勢いそのままに敵の基地へと襲い掛かり――
「させねえよ」
二筋の光が瞬くと、イルガーの巨体を切り裂いた。
基地の屋上から飛来したその人影は、アフトクラトルの面々は知ることの無いことであったが、敵の――玄界の最強の戦士・太刀川であった。
太刀川が振るった二刀の弧月は硬いイルガーの装甲をも貫き、撃墜した。
結果、一体のイルガーは生き残ったものの敵基地はかろうじて衝撃に耐えきり、すぐさま外壁の修復を始めていくのだった。
――――
「なんで追撃しねえんだよ!? もう少しで陥とせただろうが!?」
アフトクラトルの遠征艇に怒声が響き渡る。
声の主は黒トリガーの一人、エネドラだ。
気性が荒い彼は今の攻撃が不満だったのだろう。指揮官であるハイレインを前に遠慮すること無く苛立ちをぶつけた。
玄界との戦闘が始まってから未だに大きな戦果を得られていない。その中で敵の本拠地を機能停止に追い込める機会だったのに、どうしてそうしなかったのかとエネドラには理解できなかった。
「今回の目的が制圧だったならばその手もあっただろう。だが今の攻撃はあくまで敵戦力の把握と分散が狙いだ。そんな中でわざわざ敵に強大な力を持たせるような機会を与える必要はない。そういうことだろう」
そのエネドラの疑問に指揮官に代わって答えたのは彼の正面に座る銀髪の少年、ライだった。
強大な力、すなわち黒トリガーだ。
追い込まれた敵は己のすべてのトリオン能力を、命をかけて抵抗する事も珍しくない。そして一つのトリガーで戦局がひっくり返りかねないのが黒トリガーだ。
だからこそ今はそんな事をする必要はない。ライは冷静にエネドラを諭すのだが。
「そんな理屈知らねえよ。育ちの良いお坊っちゃまたちには必要かもしれねえけどな。敵は殺せるときに殺しておくのが良いに決まってんだろ」
「……戦術的にはそれでも良いかもしれないね」
エネドラは取りつく島もない様子でライの意見を切り捨てる。
聞く耳を持たない態度の相手に、ライはハイレインの思惑を強く感じ取り、曖昧に言葉を濁すのだった。
「いや、ライの言う通り我々の目的達成の為にはこれがベストだ。エネドラ、お前が心配せずともすぐに機会は訪れる」
そんな二人の間に割って入ったのはハイレインだった。
ライの主張を認めつつ、エネドラを宥める彼からは余裕が感じ取れる。
ライが「策士」と例えたハイレインはライと同様に、数手先の盤面を脳裏に思い描いていた。
――――
そしてハイレインの言葉はすぐに現実となった。
「今が好機だ。ラービットの機能を果たす準備は整った。お前たちにはそれまでの間、玄界の兵と遊んでもらう」
アフトクラトルの新型トリオン兵・ラービットを対処するために玄界の戦力は散り散りとなってしまっている。
今ならば各個撃破も難しくない。その場面をハイレインがみすみす見逃すはずがなかった。
まずは作戦の第一段階、ラービットの追加投入を宣言する。
「ハイレイン隊長。一つ、よろしいですか」
「……どうした、ライ? 何かお前に考えでもあるのか?」
まさに出撃の命令を下そうとしたその瞬間、ライがハイレインを呼び止めた。
思いがけぬ者からの意見にハイレインの手が止まる。
進言の許可を受けたライは一つ咳払いをすると、静かな声色で続けた。
「敵はトリオン兵に気を取られ、我々の事まで気が回っていません。こちらの戦力のタイミングも一つずらせば敵の混乱はさらに増すはず。あちらの動向を上手く見極めれば敵の挟撃も難しくないでしょう」
「……つまり、お前も今このタイミングでラービットと共に出撃すると?」
「はい」
ライの言わんとする言葉を察してハイレインが問い返すと、ライがゆっくりうなずく。
本来ならば先にラービットを追加で出撃させ、そして敵の反応を見てからエネドラを始めとしたトリガー使いが一斉に出撃する算段であった。
だがライの言う通り一部戦力を先んじて送り出すことで敵の動きを誘導することも悪くない。こちらの思惑を敵に悟らせにくくする事にも繋がるだろう。あるいは相手がこちらの戦力を誤って判断するかもしれない。
「単機の出撃か? 豪胆だな」
「おいおい。綺麗事を並べてるが、ようはただ自分の手柄が欲しいだけじゃねえのか!?」
「そんな思惑はないよ。より敵戦力の分散が容易になる。そう考えただけだ。……まだ向こうも全戦力を出しているようには見えないので」
彼の提案をランバネインは豪快に笑い、エネドラは煽るように言葉を荒げた。
しかし賛同を得られずともライは凛とした姿勢を崩さない。彼はまだ玄界の戦力は底が見えていないと感じ取っていた。だから自分が動くことで戦局を動かそうと、俯瞰的な視点で分析していたのだ。
「どうしますか、ハイレイン隊長?」
「……そうだな」
ミラが最終的な決定をハイレインに問う。
話を振られたハイレインはしばし考えに耽るように顎に手を当てて、
「いいだろう。ライ、出撃を許可する。一足先に暴れてこい」
そして彼の進言を受け入れた。
ライの力、戦い方は作戦を共にしてきた為によく知っている。故に単独行動させたとしても彼の生存能力を考慮すれば問題はないと判断したのだ。
ハイレインの本来の目的を考慮しても、問題ないと。
「はい。ありがとうございます」
ライはその場で席を立ち、形式的な礼をする。
いざ出撃せんと背を返すと。
「……ライ殿」
「はい?」
静観を決め込んでいた最年長の老兵、ヴィザ翁が口を開いた。
無視できない実力者の声に、ライは足を止めて視線をヴィザへむける。
「くれぐれもご用心を。ヒュース殿達も案じている事でしょう」
「……はっ!」
遠い星で待つ家族の名前を耳にして、自然とライの闘志が沸き上がった。
どのような立場になっても彼の本質は変わらない。
ライはただ、彼が守りたい者の為に戦う。それが彼の生きる意義なのだから。
――――
「玲! 片付いたよ!」
「ありがとう。こっちも大丈夫」
ボーダー本部南西に位置する警戒区域で二人の隊員が戦闘に一つの区切りをつけ、軽く声をかわした。
熊谷と那須、ボーダーではB級の一角、那須隊として部隊を組んでいる隊員である。
「よかった。これで一息つけるか。……まさか本当にこんなすぐ敵が攻めてくるなんてね。いつもの事とはいえ迅さんにはビックリさせられるよ」
熊谷は少し前の出来事を思い返してため息を吐いた。
本来ならばこの闘いに関与できなかったはずの彼女達がここにいるのは、未来が視える男からの進言によるものだった。
ボーダー本部に突如現れた迅は熊谷へ那須の検査日を変更できないかどうか聞いて欲しいと頼んだ。そして可能ならば変更し、その空いた日にボーダー本部で待機していて欲しいと熊谷を経由して隊長である那須に伝えたのだ。
最初は熊谷も半信半疑であったが、相手が上層部から単独任務を認められている迅であること、近頃は近界民の活動が活発だったこともあり、那須とも相談した上でこの依頼を快諾。
今日がその待機を依頼された当日であり、彼女たちは部隊で防衛戦に臨んでいた。
「向こうの新型も少しずつ撃破報告が上がってます。行けそうですね!」
『油断しないでよ、茜。そう言うときに限ってポカするんだから』
「うっ。わかってますよ」
味方から届いた吉報を耳にした狙撃手、日浦の明るい声が通信越しに届く。
すかさずオペレーターの志岐が注意すると日浦は口を尖らせて反論した。
とはいえ日浦の考えもわからないまでもない。那須は「まあまあ」と仲裁に入り、次の動向について話し始めた。
「たしかに新型も少しずつ減っているようだけど、まだ油断はできないわ。今も木虎ちゃんたちが交戦中のようだし」
未だに戦い続けている後輩の名前をあげ気を引き締めさせた。
まだ敵の狙いも完璧には読めていない。幾らでも戦局は変わりかねない状態だった。
「とにかくここはもう大丈夫そうだし、一度離れましょう。近くには嵐山さん達もいるようだし……」
『警告! 気をつけてください!』
「えっ?」
『来ます! トリオン反応、敵襲です!』
那須の声を遮って、志岐の叫び声が響いた。
普段は物静かな彼女からは考えられない声を受け、一瞬で緊張感がその場を支配する。
程なくして、彼女の警告した敵はすぐに那須達の目の前へと姿を現した。
「……驚いた。こんな少女達までが前線に出ているのか」
黒いゲートの中から一つの人影が出現する。
銀色の髪と青い瞳が印象的な容姿が整った少年・ライは、黒いマントを翻して地面に降り立った。
そして那須達を一瞥すると、複雑そうな表情を浮かべ、目を細めた。
「……ひ、人型!?」
「気をつけて、熊ちゃん!」
突然の敵、しかもトリオン兵ではなく人の姿をした新手に皆警戒を強めた。熊谷は弧月を握り直し、那須はすぐさま新たなトリオンキューブを展開、日浦もビルの屋上から狙撃の構えを取った。
相手がどう動こうともすぐに反応できるように身構える三人。それに対し、ライは――
「クマチャン? ……くまちゃん?」
那須が口にした言葉が引っ掛かったのか、彼女の言葉をその場で反芻する。
「まさか」とライはある考えに思い至り、ゆっくりと両手を上げた。
「……え?」
「一つ、聞きたいことがあります」
那須達がライの戦闘態勢とは真逆の動きを取ったことに疑問を抱くなか、ライが彼女たちに問いかける。
「ここは、なんという国ですか?」
「はっ?」
「国?」
敵の真意が全く読み取れず、皆揃って首を傾げた。
遠い異境の星から攻めてきた敵にとって侵略地であるこの国の名前なんてどうでも良いことだろう。それなのにこうして自分達にこのようなことを尋ねる理由が思い浮かばなかった。
「……日本、ですけど?」
とはいえこのままでは埒が明かない。嘘をつく理由もなく、那須が簡潔にライへこの国の名前を告げる。
「日、本……!」
すると、那須の答えを耳にした銀の少年の目が大きく見開かれた。
衝撃に言葉を失い、那須の言葉を繰り返してその場で立ち尽くしている。
「?」
人型近界民の反応は少なくとも那須には理解できないものだった。
ライと名乗る青年にとっては敵国の名前などどうでも良いはずなのに。
「そう、ですか。ここは、日本、なのか」
それなのに何故、これ程までに彼はーー
「よかったですね」
「えっ……?」
本当に喜んでいるかのように心底嬉しそうに、人懐っこい笑みを浮かべたのだろうか。
戦闘からかけはなれた表情に思わず那須は一時的に警戒を薄めてしまう。
何かこちらに通じる事情があるのならば聞こう、そう考えた矢先――
「そして本当に、残念だ」
ライの感情の籠っていない声が耳朶を打った。
『那須先輩!』
「っ!」
緊張感の籠ったオペレーターの声が那須の思考を正す。
那須が再び戦闘態勢に入った次の瞬間、ライの体の周囲を渦巻くように黒い小さな三角形の形を呈した無数の物体が浮遊しはじめた。
「黒いトリオンキューブ?」
主を守るように宙を舞うその光景は変化弾を操る那須の構えに酷似していた。
ならば敵もまたこちらと同じ、中距離戦を主体とする戦闘スタイルかもしれない。敵の情報から少しでも対策をたて、那須は変化弾を分割し、熊谷も弧月を握りしめて、敵の動向を凝視した。
すると彼女達の視線の先で、黒い欠片が徐々に収縮していき、やがてレールガンを模した塊を形成する。
「中距離戦がメイン、と考えれば良いのかな?」
「まだわからないわ」
銃口を向けられた二人が片足を引き、いつでも動き出せるように身構えた。
中距離戦が得意ならば那須隊も得意とするところ。
できるならばかわす、あるいは防いでカウンターの一発をぶつけておきたい。
「…………えっ?」
そう彼女達が考えていた中。
突如、那須の左肩に強烈な衝撃が走った。
警戒していたはずなのに反応すらできなかった早すぎる一撃に、那須の体が大きく吹き飛ばされる。
「那須先輩!?」
「玲!?」
隊長が初撃を受けたことに日浦も熊谷も意識を奪われた。
「っ!?」
その隙間を相手が逃すはずもなく、二発目が今度は熊谷の右腕を撃ち抜く。
「熊谷先輩! このっ!」
これ以上の追撃はさせまいと、日浦がすぐに構え直したライトニングをライ目掛けて速射。
瞬時に放たれた三発の弾丸が襲いかかった。
「むっ。狙撃……もう一人いたのか」
だが斜め後ろという死角からの狙撃をライは見抜き、すぐに対応する。
レールガンを素早く解体すると、今度は狙撃の方角へ向けて盾と化した。
日浦の攻撃は盾と衝突し。
「へっ? きゃぁっ!」
同時に勢いそのままに反射し、発射主である日浦へと襲いかかった。
間一髪で回避は成功したものの、居場所が割れた日浦は移動を余儀なくされる。
「茜ちゃんの狙撃を跳ね返した?」
「二人とも、大丈夫ですか!?」
レールガンに反射盾。
相手のトリガーの性能に那須が困惑を抱くなか、被弾した彼女達を案じる志岐の声が通信越しに響く。
いきなり目にも留まらぬ攻撃を受けたのだから当然だが、おそらく彼女が不安視している事態は無縁であった。その事にも違和感を覚えていると、那須に代わって熊谷が志岐の問いに答える。
「大丈夫みたい。トリオン体はどうなってる?」
「わかりません。少なくともトリオンの漏出などはなく、ダメージはない状態です」
「……そう」
たしかに志岐の分析通り腕をいつものように動かせるし、影響はないように思えた。
しかし。
(じゃあ、この撃ち込まれた銃弾はなに?)
肩に残り続ける複数の棘のような塊が気にかかった。
身を裂くような事はないようだが、引っ張っても取ることはできない。疑問を抱くのは当然だった。
「……こうなったら、速攻で行きましょう。くまちゃん!」
「了解!」
とはいえ考えても答えはでない。
ならば何か異変が起こる前に決着を付けようと、那須は変化弾を起動、発射し、熊谷もその射撃を追うように駆け出していった。
「銃撃戦か。無駄だ」
だが、相手も中距離戦を行うならば反射盾の絶好の餌食である。
ライは慣れた動きでトリガー――蝶の盾を巧みに操り、今度は前面に黒い盾を作り上げた。
「むっ!」
射撃が盾に吸い込まれていく瞬間。
今度はライが驚く番であった。
那須が打ち出した弾は突如盾を避けるように向きを変え、そして再びライ目掛けて突き進む。
得意の反射神経で経路を見極め、盾を新たに作ることで事なきをえるものの、その間に熊谷の接近を許してしまう。
「とった!」
上段から振り下ろされる弧月。
直撃すれば大きな傷を残すことになるであろう一撃。
「ふっ!」
「っ!?」
ライは熊谷の右手首を手刀で受け止めると、反対の手で熊谷の腕を掴み、元いた場所へと投げ飛ばした。
「わっ、と!」
「くまちゃん!」
「大丈夫! ……まさか素手で受け止められるとは思ってもいなかったけど」
剣撃に対応した敵の格闘センスに驚きながら、熊谷はすぐさま態勢を立て直す。
あれほど完璧に反応する相手なんてそうそういないはず。攻め手を変えなければな、と熊谷は弧月を握り直した。
「なるほど。近、中、遠。それぞれ得意とした隊員が集う部隊か。ならば……まずは、その連携を崩す」
ライもまた、今の攻防で敵戦力の分析を終え、次の手を講じた。
瞬間、那須の左肩、熊谷の右腕に付着した欠片にある力がこもる。
「えっ……?」
「つぅっ!?」
すると那須と熊谷、近くに立っていた二人が引き付けあうように、勢いよく互いの方向へと強制的に移動した。
那須が生成していた弾がそのまま熊谷に直撃し、彼女の右肘から先が吹き飛ばされ、そのまま体が衝突する。
「……なっ、何が!?」
「やばっ!」
「隙だらけだ」
弧月を落としてしまった上に、完全に体がくっついて身動きがとれない。
動きを封じられた二人に向け、ライが今度は無数の弾丸を発射した。
「あぶない!」
味方の危機を救うべく日浦が彼女達の前面にシールドを展開する。
間一髪のところで形成された盾は直撃するはずだった弾をしっかり防ぎきった。何発かは盾の周囲を通過していくものの、二人を襲うような事はなく、事なきをえる。
「た、助かった」
「ありがとう、茜ちゃん」
不意をつかれたピンチを脱し、熊谷と那須は安堵の息をもらし、チームメイトに礼を告げた。
「いや、まだだ」
だが、ピンチはまだ終わっていなかった。
ライの冷たい声が空気を伝う。
「っ!?」
「うっ!」
直後、彼女達の背後から凄まじい加速を伴った車が二人を襲った。
よく観察すれば車の前面に那須たちと同じような塊が撃ち込まれていたのだが、残念ながら彼女達が気づけるタイミングはなく。
その衝撃に那須たちは力なく空中に投げ飛ばされ、そして地面に叩きつけられる。
「……終わりだ」
衝撃の連続で身動きのとれない敵へ、ライは手裏剣のような大きなブレードを高速回転させ、撃ち出した。
加速と回転が伴った強靭なブレード。
間違いなく致命傷になるだろう刃が近づくのを目にして。
「……玲!」
熊谷は左手で拾い上げた弧月で左肩を敵の弾ごと切り落とすと、そのまま那須を横に突き飛ばした。
「くまちゃん!」
「戦闘体活動限界。緊急脱出」
転がった先で那須の悲鳴が木霊する。
彼女の叫びもむなしく、二つの刃に切り裂かれた熊谷は本部への撤退を余儀なくされた。
「よくもくまちゃんを! 許せない!」
「落ち着いてください那須先輩!」
信頼を寄せる隊員の脱落に那須が怒りを露にする。
それを見かねて日浦は静止を呼び掛けるが、彼女の感情が収まることはなかった。
「あと二人。さあ、どうしますか?」
そんな彼女達を煽るようにライが二人に問いかけた。
――まずい。
明らかに戦力が足りていない。隊長も冷静さを失っては、あの様々な能力を持つ敵には返り討ちにあうだろう。このままでは蹂躙されてしまう可能性は非常に高い。
どうすれば、と日浦は思考錯誤を繰り返して。
「旋空弧月」
建物ごと宙に浮いた新型トリオン兵を一刀両断した男の声を耳にした。
「……えっ?」
「今の声は!」
「新手か」
那須が、日浦が、ライが、衝撃の発生源へと振り返る。
すると彼らの反応に応えるように四人の隊員達が崩れた住居を通って姿を現した。
「ちょいと、イコさん。ここ一応人が住んでたところですからね? あんま壊したらダメですよ?」
「しゃーないやん。そもそも敵が近くにおったし、こっちから女の子達の悲鳴が聞こえたら、そら駆け出すのが性ってやつや」
苦言を呈したのは水上。そしてその声に言い訳をこぼしながらゴーグル越しに目を光らせたのは、ボーダー内に数いる攻撃手でも五指に入る実力者。
「で、敵はどいつや?」
生駒が鞘に納めた弧月に手を添えて、そうつぶやいたのだった。
「見てください、イコさん! トリオン兵じゃなくて人っすよ!」
「おお、ほんまやな」
南沢の元気な声につられて視線をあげると、警戒心を強めたライと視線が合う。
彼の顔を見て、生駒は――
「よし。聞くまでもなく敵やな。叩き切るで」
なぜか明後日の方角を見据えて、ライの打倒を宣言した。
「おっ、珍しくやる気やないですか」
「当たり前やろ、イケメンは敵や。俺が切る。見てみい、あの顔。どっからどう見ても女の子に次から次へと手を出しそうな顔やん」
「そっちかい。まぁその理屈なら隠岐も切らなあかんですけど」
「いや、俺は味方ですから。敵はあっちだけです、あっち。……てか、イコさんはどこを見とるんです?」
水上と生駒、二人の戦闘中とは思えない漫才に隠岐がたまったものではないと不満を漏らす。
同時になぜか視線を逸らしている生駒へ疑問を唱えると、
「多分カメラあっちやと思うからな。きちんと目合わせておかんと」
「何言っとるんやこの人」
理解できない価値観を語る生駒に水上はため息をこぼした。
いつものよくわからない癖が出たな、と皆が揃って呆れている。
(カメラ? まさか遠征艇の事か……? こちらの視線を感じ取っていると? そう言う副作用か!)
しかし、ライだけはこの生駒の発言をとんでもない解釈で受け止めてしまい、驚愕に目を見開いた。
(だとしたらまずい。あるいはこちらの目的にも気づかれてしまうかもしれない。万が一対象を見つけたとしても、彼がいては後手に回ることになってしまう!)
ハイレイン達の目的、すなわち膨大なトリオン量を持つ金の雛鳥の捕獲だ。
もし該当する標的を発見したとしても、敵に狙いを気づかれては避難させることも備えを敷くことも容易くなる。
それだけは避けねばならない。ライは生駒を脅威と判断し、彼に照準を定めた。
「なるほど。――どうやらあなたは真っ先に倒さなければならない敵のようだ」
「……えっ? 今の話のどこにイコさんを狙う要素あったん?」
「ひょっとして天然か?」水上は戦場には似つかない発想を浮かべるものの、まさか本当にその通りであったとはこの時は思いもしなかった。
「ほう。どうやら人を見る目は確かなようやな。味方やったら鍛えてやった所やったのに、惜しいわ」
「何かこっちは調子に乗っ取るし」
「息バッチリっすね!」
「たしかにこのノリの良さはイコさんと仲間やったら面白い関係になってそうやったのに残念ですわ」
ライの言葉に気をよくした生駒。
そんな彼に水上は呆れながら、南沢は軽い調子で、隠岐も軽く笑いながらそう口にして。
「こうやって、本気で銃を向けなあかんとはなぁ」
隠岐がイーグレットを構えたのを引き金に、全員が同時に戦闘態勢に移行した。
「茜ちゃん、どうやら相手は生駒さんたちに意識を向けているみたい。私たちは距離を取ってサポートしつつ、敵の不意を狙いましょう」
「わかりました!」
この隙に那須も後退し、機会を伺うように日浦へと指示を飛ばす。
生駒隊は那須隊よりも確かな実力を誇るチームだ。邪魔をしないように敵を撃破する術を探すため、那須は変化弾を起動する。
「一対六か。……仕方ない、覚悟を決めるか」
多対一というライにとってさらに厳しい局面になってしまったものの、ライは笑みを崩さなかった。
ここで生駒を逃せば、それが結果的に彼が守りたい主の危機へと繋がってしまうかもしれない。
ならば引き下がれない。ここが正念場だと、ライは蝶の盾を起動し、那須隊、生駒隊の合同部隊を迎え撃つのだった。
皮肉なものだ。
日本を取り戻そうとしていた僕が、日本に侵攻するしかないなんて。
だが、やるしかない。
僕は。
皆の為にも!