REGAIN COLORS   作:星月

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処分

 ——いける。

 黒髪のツーブロックリーゼントに眼鏡といういかにもヤンキー風の外見をした男、弓場隊の隊長である弓場拓磨は拳銃を手に市街地を駆けていく。

 銃手(ガンナー)隊員には珍しい短い射程ながら威力と速さに特化した彼の拳銃は一対一でも勝利を獲りに行ける程の強さを持っていた。現にこの試合でも弓場は単独で笹森を一方的に撃破し、ランク戦最終局面まで無傷の状態で生き残っている。

 その弓場が狙いに定めたのは、残っている二名の敵。それぞれの部隊の隊長だ。敵同士が争っているところに割って入ろうと地面を蹴った。

 

『おい弓場ぁ! 向こうも決着ついたみてえだぞ。誰か一人落ちやがった!』

「ああ。俺からも見えた」

 

 オペレーターである藤丸の荒っぽい報告が耳に響く。

 空に残った軌跡は緊急脱出(ベイルアウト)の痕跡だ。すなわち獲物のどちらか片方が消えたという事。勝った相手の姿はここからでは窺えないが、弓場はその勝者が誰なのか、最後の敵は誰なのか既に見当をつけている。

 

「問題ねえ。これで完全にタイマンだ。きっちりケリをつけてやろうじゃねえか!」

 

 そう言って弓場は笑った。

 予想通りの相手ならば楽にはいかないだろう。だがだからこそ燃えるものもある。

 

『——南西、来ます! ライ先輩!』

「弓場さんか!」

「決めるぜ、紅月ィ!」

 

 予想通り。

 弓場の視界に最後の敵、ライの姿が映った。相手もレーダーで気づいたのだろうが、先ほどまで諏訪の相手をしていた為に弓場に背中を向けている。先んじて攻撃を放つのは弓場の方だ。

 

『距離、20メートル!』

 

 弓場が両手の拳銃をライに向けるのと瑠花の警告はほとんど同時だった。

 二丁の拳銃が火を噴く。

 シールド程度の耐久力ならば容易に吹き飛ばす威力を誇る銃弾がライへと向かった。

 

「エスクード」

 

 対してライは足でエスクードを起動。自分の右斜め前へと大盾を作ると右に跳躍する。

 弓場の銃弾がライの左手首を吹き飛ばすものの、残りの弾はエスクードによって阻まれてしまった。

 

「チッ!」

 

 負傷はさせたものの満足できる結果ではない。弓場は短く舌を鳴らした。

 

(エスクード。足で起動しやがったか! しかも起動時間を考えて避けた先に出しやがった!)

 

 銃弾はエスクードを撃ち破りこそしたものの逆に言えばそこまでだ。貫通まではいたっていなかった。弓場の火力でもさすがにエスクードを貫通する事は出来ない。それを読んで逃げ場を確保したのだろう。咄嗟の判断で弓場の早撃ちを相手に回避行動を間に合わせるライの副作用(サイドエフェクト)。やはり弓場にとっては非常に脅威となる存在であった。

 

「だが逃がさねえ!」

 

 このままではライが立て直し、変化弾(バイパー)で一方的に削られてしまう。

 そうはさせまいと弓場が姿勢を低くして急加速した。

 今度こそ敵を仕留めようと素早く再装填(リロード)。そしてもう一度ライに照準を定めようと銃口を上げた。——その直後。

 

「なっ!」

 

 彼が照準をライへ向けるより先に、ライの背中に隠れていた速さに特化した炸裂弾(メテオラ)が弓場の手元を襲う。

 

「がっ!?」

 

 拳銃が暴発したような形となり、さらに煙幕によって視界まで奪われ弓場の動きが止まった。

 ——マズイ。

 すぐにこの場を離脱しようと弓場はトリガーを起動し直すと足に力を篭める。

 

「旋空、弧月!」

 

 しかし彼の行動よりもライがトリガーを起動する方が早かった。

 伸びる刃が弓場の体を一刀両断する。最後に弓場は意地で銃弾を放ったが、ライが瞬時に首を横へ傾けた為に弾は彼の頬をかすめるにとどまり、建物の壁に撃ち込まれて停止した。

 

「……やるじゃねえか」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 弓場は最後に称賛の言葉を残してその場を脱出する。

 ライ以外の戦闘員が全滅したことでその日のランク戦は終了を迎えた。

 

「弓場隊長が緊急脱出(ベイルアウト)! これにてランク戦決着です! Round18夜の部、4対2対1。紅月隊の勝利です!」

 

部隊得点生存点合計
紅月隊224
弓場隊2 2
諏訪隊1 1

 

 実況の武富がランク戦の終了を宣言する。

 今期も残り試合わずか。順位確定が近い大事な試合を紅月隊が生存点を含む4得点で逆転勝利を遂げた。

 

「最後は弓場隊長と紅月隊長の早撃ち勝負のような一騎打ちでした! ここを紅月隊長が制し、見事にRound16で喫した敗北のリベンジを果たしました!」

 

 先の部隊ランク戦でライは弓場の早撃ちを前に撃破を余儀なくされている。そのリベンジを終盤戦の一対一できっちり返したという事実は非常に大きなものだった。武富の声にも自然と熱が篭る。

 

「最後の弓場への対処は見事なものだった。紅月隊は生駒隊と同様に安定した戦いだな。無得点という試合がない。最悪人数差をひっくり返せなくても隊長の生存能力の高さを活かしてタイムアップを狙える。組んでいるのは新米オペレーターと聞いていたが、このシーズンを通じてだいぶ慣れたのだろう。最近は一人部隊の利点がオペレーターにも活きてきているようだ。」

 

 解説席の一人、風間はその一騎打ちの様相を思い返して冷静に言う。

 

「と言いますと?」

「おそらく諏訪を相手にしながら弓場の動きと方角、その先の行動パターンを読んでいたのだろう。一人部隊という事はすなわちオペレーターの隊員への支援も常に最大限行えるという事だ。勿論敵の分析は変わらないだろうが、環境の変化や味方の攻撃支援のための分析などは人数が少なければ少ない程正確に、早く行う事が出来る」

「確かにそうだな。部隊の隊員数が多くなるほどオペレーターの負担は大きくなる。逆に言えば少ない程負担は少ないって訳だな、風間さん?」

「その通りだ」

 

 同じく解説席に座る太刀川が風間の意見に追従すると、風間はゆっくりと頷いた。

 

「紅月のサイドエフェクトは支援が早ければ早い程より脅威度が増す。だからこそ今回は弓場の早撃ちにも対処できた。今後も弓場隊と当たる可能性は多いだろう。今日の勝利は非常に大きなものだっただろうな」

「なるほど! ——さて、今日の試合も全て終了。暫定順位が更新されます!」

 

 弓場もライも早さに長けた隊員だ。この二人の勝敗は部隊ランク戦の結果にも大きく左右する。お互い今季上位グループの常連であり、残されたランク戦でも戦う可能性はあるだろうと予測された。

 だからこそ今日のランク戦、ライが早撃ちでリベンジ出来た事は今期のランク戦を勝ち抜くにあたって非常に大きなものであると風間は締めくくる。

 こうして今日のランク戦が終了し、暫定順位が更新された。

 

「紅月隊は4得点を獲得し、一位の生駒隊、二位の弓場隊との点差を縮めました! 一位生駒隊:59得点、二位弓場隊:58得点、三位紅月隊:57得点と三部隊が僅差で並んでおります!」

「これは中々見られない接戦だぞ。生存点は非常に大きく関わってくるだろうな」

「はい! 残る今期ランク戦はあとわずか二戦! 一点を争う熾烈な争いが繰り広げられそうです!」

 

 紅月隊は一度上位グループに入って以降は大量得点こそあまり見られないものの、無得点という試合は一試合もなく、ライの生存能力の高さもあって安定した戦いを繰り広げている。最終局面に至ってなお上位グループに居座り続けているその実力は確かなものだった。

 そしてあと残り2試合という局面で生駒隊、弓場隊、紅月隊がそれぞれ一点差ずつで並んでいる。4位以降は点差が離れている今、この3チームの中でトップ争いを繰り広げていた。

 生存点の二点で一気に順位が変動しかねない状態だ。ここからはより部隊の各隊員の底力が試されるだろうと太刀川は語る。

 

「さて——ここで次戦の組み合わせも発表です! 今日勝利した紅月隊は次戦、再び暫定2位の弓場隊、そして暫定5位の東隊、7位漆間隊との戦いとなりました!」

「なにっ! 東さん!? しまった、そっちに出ればよかった!」

 

 その日のランク戦が終わり、武富から次戦の組み合わせが発表された。

 彼女から東の名前が飛び出すと太刀川が身を乗り出すほどの勢いで反応する。

 東はかつてA級一位の部隊を率いた隊長でもあった。彼の存在はこのランク戦の行方を左右するだろうと太刀川は期待に胸を膨らませている。

 

「となるとなおの事生存点を獲れるかは重要だな。東さんを落とす事は容易ではない。その点を二部隊がどう対処するかが勝負を分けるかもしれない」

「そうですね。順位の変動は見られるのか、次戦にも期待がかかります。それでは本日はこのあたりで締めくくりとさせていただきます。太刀川隊長、風間隊長。本日は解説ありがとうございました!」

『ありがとうございましたー』

 

 この僅差の戦いの行方は読めないものだった。

 次戦の結果次第で勝負が決まる可能性だってある。どのような結末を迎えるのだろうかと皆様々な想像を膨らませつつ、武富の挨拶をもってランク戦は終了となった。

 上位二部隊にはA級へ昇格する試験を受験する機会を与えられる。勝ち取るのは生駒隊か、弓場隊か、紅月隊か。残る椅子は二枠のみ。

 

「ライのやつ、ついに王手をかけやがったな。東さんがいるから次戦は厳しそうだがまだわかんねえぞ」

「……そうだな」

「確かに東さんの存在は厄介だが、逆に言えば同じ組み合わせとなる弓場隊も大量得点は難しいだろう。いかに確実な得点を獲りに行けるかが分かれ目となるだろうな」

 

 観客席、最後まで勝負を見届けて米屋と三輪、奈良坂の三人が席を立つ。

 彼らもライの今期の活躍に注目していた。皆師として友として、二人の部隊でここまで勝ち上がっている彼を応援している。

 

「ここまで来たならばA級昇格は夢じゃない。ひょっとしたら、俺達の所まで来るかもな」

 

 確信はなかった。安心できる点差もない。

 だが三輪は彼ならば本当にやってみせるかもしれないと、珍しく期待を込めてそう口にした。

 ——だからこそ、余計にこの後引き起こされた出来事は彼に大きな衝撃を与える事となる。

 

 

————

 

 

 ランク戦の翌日、ボーダーに所属する全隊員に通達が届けられる。高校で授業を受けていた三輪は携帯端末でその知らせを受け取った。

 

「——はっ?」

 

 思わずその文面が本当に正規のものなのかと疑い目を見開く。

 だが何度見返してもその内容が変わる事はなかった。

 書かれていた内容はとある隊員へ下された処罰の通達である。

 

 B級所属紅月隊万能手(オールラウンダー) 紅月ライ

 隊務規定違反により個人(ソロ)ポイント500点没収。

 

 ライが隊務規定違反を犯し、個人(ソロ)ポイントを没収されたという知らせであった。

 

(隊務規定違反だと——?)

 

 すぐに三輪は持ち物を片付けると鞄を乱暴に手に取り駆け出す。

 

「馬鹿な。何故だ。一体何があった!?」

 

 行き先は勿論ボーダー本部。三輪は行き場のない苛立ちをぶつけながら走り去った。

 今は部隊(チーム)ランク戦の期間の真っ只中だ。何事かがあったに違いないと急いで本部へと走り去っていく。

 

 

————

 

 

「紅月!」

 

 内から扉を開けられると三輪が慌ただしい様相で部屋の中へと入る。中には鍵を開錠した瑠花と、そして中央の椅子に深く腰掛けているライの姿があった。

 ライは何か思い詰めているのだろうか、机の上で両手を組み俯いている。

 

「……三輪か。どうしたんだい?」

「どうしたじゃないだろう。俺達の方にも本部から通知があった。——お前が、隊務規定違反を犯したと」

 

 とても信じられる事ではなかった。

 ライは真面目な隊員だ。防衛任務にはほとんど毎日のように参加し、他の部隊との協力も惜しまない。乞われれば基本的に誰が相手であろうと力を貸すべく立ち上がる優しさも持ち合わせている。

 そんな彼が、違反を犯すなど。

 

「一体何があったんだ?」

 

 三輪はじっとライを見つめる。ライは一度三輪と視線を合わせた後、もう一度視線を下げて言葉を発した。

 

「……迅さんを弧月で斬った」

「迅!?」

 

 思わぬ隊員の名前がライの口から告げられて三輪は驚愕する。

 迅悠一。ボーダー内では珍しく、近界民(ネイバー)にも親しく接しようと考える玉狛支部に所属する隊員だ。三輪にとってはあらゆる意味で相いれない存在であるのだが、ライとの接点は思い浮かばなかった。規定違反という事はランク戦以外の場で弧月を使用したという事だろうが。

 

「もちろん相手はトリオン体です。なので迅さんに負傷などはありません」

 

 説明を補うよう瑠花がそう付け加える。

 とはいえ三輪は迅の心配など微塵たりともしていないし、むしろ切り捨ててくれても構わないくらいに思っている為、彼が安心できる知らせではなかった。

 

「なぜだ。なぜ迅を?」

「許せなかったんだ」

 

 ライは空の拳を握りしめて強く訴える。

 

「あの人の考えが許せなかった」

 

 顔を上げると、その表情には強い怒りが表れていた。普段から温厚な彼からは想像できない感情である。

 具体的な説明がなく、何があったのかは想像しかできなかった。

 だがこの言葉だけで三輪は理解してライに共感を示す。

 

「……そう、か。よくわかった」

「心配をかけてごめん。だけど」

「いいや。大丈夫だ。それ以上何も言わなくてもわかっている。お前がそこまで思い詰める必要はない。きっと俺も同じ事をしただろう」

「三輪……!」

 

 深く聞く必要などなかった。

 迅の考えとはすなわち玉狛支部が掲げている『近界民(ネイバー)とも仲良くしよう』などという綺麗言だろう。

 そんなものは三輪達のような家族を無惨に殺された者にとっては忌々しいものだ。

 もちろんライにも当てはまる事。

 三輪は同じ気持ちを知り、同じ境遇にあるものとして、ライを宥めるように肩を叩く。

 

「————」

 

 そんな二人の様子を瑠花は複雑な表情で見つめていた。




三輪「ネイバーは全て敵だ……!」
ライ「敵を皆殺しにせよ」
実際この二人の敵に対する方針がほとんど同じという。
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