REGAIN COLORS   作:星月

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制裁

 事の発端は三輪が紅月隊の作戦室を訪れた前日、ランク戦Round18翌日の昼の事である。

 その日、ライは防衛任務にあたっていた。ライに生駒、そして堤の三人の混成部隊で警戒区域内をパトロールする。幸いにもその日は近界民(ネイバー)の襲撃が一件のみと少なく、予定よりも早い時間で終わりとなった。

 

『よしっ。それじゃあ交代だ。引き継ぎは俺がしておくから二人は先に上がっててくれ』

『ええんですか? ありがとうございます』

『わかりました。お願いします。——瑠花。任務終了だ。そちらも上がってくれ』

「はい。お疲れ様でした。私も報告に上がりますので、また後程」

『うん。それじゃあね』

 

 年長者の堤が部隊の代表として他の部隊へ引き継ぎに向かい、生駒とライは一足先に本部へと戻る。瑠花も任務の終了を確認すると、本部長へ報告すべく紅月隊の作戦室を後にした。

 

(よかった。今日も何事もなく早めに終われて。これならこの後はゆっくりできそう)

 

 廊下を歩きながら瑠花は物思いにふける。

 今日は日曜日だ。瑠花の通う中学校も休日であるため任務が終わった後は自由時間の予定となっていた。

 次のランク戦までにもまだ余裕がある。隊長の許可を貰えれば少し勉強でも教えてもらおうかな、と柔らかい笑みを浮かべて。

 

「——こんにちは。瑠花ちゃん」

「キャアッ!?」

 

 突然、予想できるはずもないお尻への接触に、気が抜けていた瑠花は叫び声をあげてしまった。

 

 

————

 

 

「ふんふんふふーん」

 

 鼻歌を口ずさんで迅悠一はボーダーの廊下を進む。

 その日、迅はボーダー本部を訪れていた。目的は忍田本部長への面会である。未来を見る副作用(サイドエフェクト)を持つ彼は市内の見回りをしては偶に本部を訪れるようにしていた。

 勿論頻度はそう多くないために本部の人間と会うのは稀の事。前回彼が最後に訪れたのは忍田本部長に頼まれて参上した時と数か月前の時である。

 その為迅にとっても懐かしい本部訪問となったのだが。

 

「——おや? あれは」

 

 前方の四つ角を横切って進んでいった人影を目ざとく見つける。

 特徴的な黒髪のセミロングにぱっちりとした目。見覚えのある顔は彼が以前本部を訪れた時に何度か彼女のお尻の感触を味わった瑠花だった。

 迅は気づかれないようにゆっくりと、かつ急いで彼女へと近づいていく。そして接近する前に念には念を込めて得意の副作用(サイドエフェクト)で未来を予知。瑠花の反応がビンタによる反撃だけで終わる未来を今一度確認し、手を彼女のお尻へと伸ばす。

 

「こんにちは。瑠花ちゃん」

「キャアッ!?」

 

 柔らかい感触と同時に瑠花の悲鳴が響いた。

 それでも瑠花は両腕に持った書類を落とす事はせずに抱きかかえる。そしてお尻を触った相手へ振り返りざまに頬を叩いた。

 

「おっ、おおっ。中々いい威力だ。腕を上げたな瑠花ちゃん」

「何をするんです——あっ」

「ん?」

 

 衝撃で廊下に寝転がる迅。

 叩いた後、瑠花は心底嫌そうな顔を浮かべて迅を見つめて。そして近くの廊下をすさまじい勢いでかけてくる人影を目にし、言葉を失った。

 彼女の様子の変化を察して迅も瑠花と同じ方角へ視線を向ける。

 

「「トリガー、オン」迅! その子はまず、あっ。アカン。これ無理や」

 

 弧月を右手に展開し、鬼のような形相を浮かべるのは瑠花の部隊の隊長であるライ。彼の後ろから生駒が必死に迅へ呼びかけていたがすでに手遅れだった。生駒でさえ事の顛末を察して口に右手を当てる。

 勿論迅もこの状況を理解できないような男ではなく。

 

「……ああ。なるほど、ここだったのか。読み逃したな」

 

 かつて見た未来が今現実と化すことを察したのだった。

 

 

———— 

 

 

「何や。ライはこの後瑠花ちゃんと過ごすんか?」

「ええ。ランク戦まではまだ時間もありますので、今日はゆっくりと勉強でも教えようかなって」

「真面目か! 休みの日くらい遊べばええのになあ。お前も一人の時間とか欲しくないん?」

「いいえ。元々僕はここにいますから一人の時間が多いくらいですよ。それなら一緒にいれる時くらい瑠花に出来る事はしてあげようと思ったんです」

 

 堤と別れた後、生駒とライはこの後の予定について話していた。

 生駒は部隊のメンバーと遊びに行く予定だったので都合が合えば誘おうとも思ったのだが、二人の仲睦まじい様子を聞いて途端にむっとした顔を呈する。

 

「ホンマにお前は女の子に甘いなあ。なんや、それがモテる秘訣なんか?」

「……瑠花は特別ですよ。僕にとっては大事な妹のような存在ですから」

 

 冷やかすような口調にライは少し寂しげに答えを返した。

 わずかながら彼の表情が曇ったのを目にして家族事情を知る生駒もさすがにこれはまずいと思ったのか慌てて話を続ける。

 

「いや、違うで? ほら、そっち二人で部隊組んどるやん? せやから仲もええわけやって。決して悪い意味はなくてな?」

「大丈夫ですよ。わかっています」

「ホンマに?」

「ええ。そして僕としても仲は良いと思っていますよ。何だかんだ言って、もう出会って一年くらいたつわけですから」

「あら。いつの間にかそんなに経つんか」

 

 そうですよとライがクスリと笑う。

 部隊を組んだのはつい最近の事だが、ライと瑠花が出会ってからもうすぐ一年の月日が経とうとしていた。

 その間も相談に乗ったり、時には力を借りて訓練に励み、最近では私生活の悩みも聞く。勉強の面倒も見たりと本当の兄妹のようであった。

 

「イコさんの言う通り二人の部隊ですからね。自然と一緒にいる時間も長くなる。本当に、良い子ですよ」

「お前はそういうの裏表なく言ってるってわかんのがエエなあ。絶対瑠花ちゃんをいじめるやつとか出たらうるさいやろ?」

「勿論」

「即答かい」

 

 ある意味予想通りの事だが、何のためらいもなく笑顔でそう言い切る弟子に生駒がツッコむ。

 

「というか、見ていられないんです。昔、本当の妹がいじめにあっていた時があったので」

「……ああ。なるほど。今度は守りたいとかそういう感じなんか」

「ええ。その通りです」

 

 ライが思い浮かべていたのは血の繋がった妹が義理の異母兄達から理不尽な嫌がらせやいじめをうけていた光景だ。

 『人種が違うから』、『髪や肌の色が違うから』などという理不尽な理由で幼い少女が物理的に、精神的にとあらゆる方法で追い詰められた。

 あんな姿はもう二度と見たくない。大切な少女が不当な暴力にさらされて涙を流し、悲鳴を上げる記憶はライの心に闇を落としていた。

 だからこそ自分の目の届く範囲ではどのような障害が起ころうとも、何としても守り切る。ライが妹の姿を重ねた存在である瑠花も彼の庇護の対象となっていた。

 

「だから絶対に許しませんよ。もしも瑠花を傷つけるようならたとえイコさんであろうと——」

「いや待てや!? 俺がそんな事すると思っとるんか!?」

 

 突如笑ったまま鋭い視線を向けられて生駒が両手を上げる。そんな師匠の反応が面白くてすぐにライは目つきを戻して話に戻った。

 

「冗談ですって。大体ボーダーの隊員は皆良い人ばかりなので、そんな事が起こるわけないと信じて——」

「キャアッ!?」

「ッ!?」

「なんや?」

 

 そして突如響いた悲鳴を耳にして、ライはその方角へと振り返る。

 副作用(サイドエフェクト)を持つ彼の反応は早かった。生駒が何があったのだろうと疑問を呈する中、ライは機敏に首を動かすと逸早く現場を捉える。

 そこには声の主である瑠花の姿があって。

 彼女の背後から近寄る謎の男の手が彼女のお尻に触れられていて。

 すぐさま瑠花がその男を引っ叩き、男は床に崩れ落ちる。

 瑠花が、見た事もない男にお尻を触られて、反撃した。

 ——性的な嫌がらせ(セクハラ)だ。

 ライは状況を理解する事は勿論行動に移すのも早い。悲鳴が発生してから彼が動き出すまでの時間はわずか2秒。一連の流れを全て確認したライは即座に地面を蹴って弧月を起動した。

 

「「トリガーオン」迅! その子はまず、あっ。アカン。これ無理や」

 

 後ろから生駒の声が聞こえた気もしたが、手遅れだった。彼が迅を呼び止めようとしたときにはすでにライは弧月を展開し駆け出している。

 そして生駒の眼前で迅悠一のトリオン体はライの弧月によって真っ二つに引き裂かれた。

 

 

————

 

 

(どうしよう。復讐とかじゃなくて私に対するセクハラの制裁だっていつ教えよう)

 

 瑠花は三輪とライの二人の様子を眺め、二人が互いに勘違いしている事に気づきながらも重い雰囲気を前に指摘する事ができなかった。

 もしも本当に三輪も同じ事をしたと言うのならば月見がセクハラされたという事になるが、そもそも月見が許すとは思えず、三輪もその為に斬りかかるとは思えない。

 なので説明したら余計に話がややこしくなるだろうと考え、瑠花は下手に口出しする事はしなかった。

 

(それに、あの後上層部の人や迅さんと色々いざこざもあったしな……)

 

 加えて事件があった以上、当然上からの処罰も下される。

 その際にも発生した出来事を思い返し、瑠花は大きな息を吐いた。

 

 

————

 

 

「……話を整理させてくれ。つまり、こういう事か? 紅月君は瑠花が不審者に襲われていると思って攻撃したと?」

「はい」

「何という事だ……」

 

 ボーダー本部の会議室。

 質問に対して短く返答をしたライの声を聞いて忍田はため息をついた。

 迅は本部に来る機会がほとんどない。その事情が今回は悪い方向へと働いてしまった。

 あの騒動の直後の事である。当事者であるライと瑠花、迅。そして目撃者である生駒は会議室へと呼び出され、上層部から当時の詳しい話を聞かれていた。

 信じられない事だと皆苦し気に表情をゆがめている。

 

「まったく。なんともまあ面倒な事を」

「トリガーを訓練以外で使用した一件など久しぶりだぞ」

 

 小さな事で面倒ごとを引き起こしてくれたなと根付や鬼怒田は苦言を呈した。

 今はランク戦シーズンの真っ只中だ。問題は起こされたくない時期であるというのに、そのトップ争いをしている部隊の隊長がこのような一件を引き起こすなど。

 

「迅。お前はまさか本部に来るたびにこんな事をやっていたのか?」

「いやー。ハッハッハ」

「笑いごとではない!」

 

 笑ってごまかそうとする迅を忍田が糾弾する。虎を彷彿させる威圧感を前に迅の笑い声も引っ込んだ。

 忍田にとっても姪がセクハラの被害を受けたとなれば思う所もある。ましてやそのせいで他の隊員が事件を起こしてしまったとなればなおの事だ。

 

「いずれにせよ彼が訓練や任務以外でトリガーを何の罪もない——いやこれはあるのか。まいったな。まあとにかく無防備な隊員にトリガーを行使したのは事実です。どうしますか?」

 

 とにかく話を進めようと唐沢は淡々と意見を述べた。

 模擬戦を除いたボーダー隊員同士の戦闘およびトリガーの使用は禁止されている。よって今回のライの一件は処罰に値する一件だ。

 いくら相手に非があろうと許される事ではない。ならば処罰をどう下すかと周囲に話を振ると。

 

「待ってください。ちょいといいですか?」

「構わん。君の私見を述べてくれ」

 

 生駒が話に割って入った。城戸の許可を得て生駒が発言する。

 

「考えてみてください。こいつが実の妹のように大切に可愛がっている女の子が、見た事もない自称エリートの無職男性(19歳)にお尻を触られて悲鳴を上げてたんですよ? そら穏やかではいられないやろ」

 

 発言者である生駒と迅を除いたこの場にいるすべての者の顔がひきつった。

 ——確かにひどい。改めてその状況を言葉で表すと予想以上にひどいものだった。この説明を聞く限りでは本当に悪質な痴漢現場である。

 

「ちょっと生駒っち? 俺の説明酷くない?」

「でも事実じゃないですか」

「そうだけどさー。瑠花ちゃんもちょっとフォローしてよー」

「私にどうフォローしろというんですか」

 

 冷たい対応に迅が嘆くと瑠花の冷めた言葉が突き刺さった。残念ながらこの場に迅の味方はいない。あんまりだと迅の泣き言が会議室に響いた。

 

「……なるほど。確かに生駒君の言葉にも一理ある」

「城戸司令!?」

 

 当時の様子を聞くと城戸でさえ思わず生駒の説明に理解を示す。普段は表情一つ崩さない司令が同情した事に鬼怒田たちは平静を失った。




妹をいじめる相手はたとえ実の兄であろうと皆〇しにする男、ライ。

実は勘違いでなくても三輪とは分かり合えていた可能性が高い模様。(シスコン)
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