REGAIN COLORS   作:星月

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打ち上げ

 最後のランク戦が終わりを迎え、観戦していた隊員達が続々と会場を後にした。

 解説を務めていた加古も嵐山と武富に最後一言挨拶をかわすと、席から離れていく。

 

「お疲れ様です」

「あら双葉。お疲れ様。あなたも見ていたの?」

「はい」

 

 解説の任を終えて席を立った加古を出迎えたのは黒江だ。加古に問われると黒江がコクリと頷く。

 

「……そう。良い勉強になったかしら」

 

 受け答えは短く無表情のままだが加古の目には彼女が心なしか嬉しそうに見えた。

 おそらく今日の、強いて言えば今シーズンのB級ランク戦の結果は黒江にとっても喜ばしい事だったのだろう。彼女がボーダー本部に入って初めて師と仰いだ人物が大成する光景はきっとまぶしく見えたはずだ。

 

「面白い結果になったわね。紅月君、このままうまく行けば私達に並ぶかも」

「はい。勢いそのままに上がってくる可能性は十分あると思います」

「そうね。どちらにしても楽しみだわ。彼が本当に有言実行できるのかどうかはね」

「え? 以前に何かあったんですか?」

「些細な事よ」

 

 黒江に問われたものの、加古は深く答えようとはせず曖昧に返事をするにとどまった。

 

『ありがとうございます。では、僕は自分の部隊でA級に上がれるように頑張ります』

 

 一年ほど前。初めて会った時の彼の発言が今でも鮮明に呼び起こされる。

 加古も彼の実力を認めていたし意志の強さも素晴らしいと考えていたが、彼女もさすがにたった1シーズンでそれを果たそうとするなど当時では考えられなかった。

 黒江が懐いている事もあって勧誘に失敗してしまった事が余計に惜しいとも感じるが今さら言っても仕方がない。こうなったらいっそ人を見る目は間違っていなかったと証明してもらおうと加古もライの成功を祈った。

 

「まあとにかく今日はB級トップに立てたという事を祝福するわ。彼らとて一息つけただろうしね」

「そうですね。一言挨拶をしに行ってもよいでしょうか?」

 

 やはり少しでも直接言葉を交わしたいのだろう。黒江がワクワクしているように弾んだ声で意見を求めるが、加古は心苦しそうに苦笑する。

 

「うーん。今日はどうかしら。多分今頃、あっち(・・・)の誘いを受けていると思うから」

「あっち?」

 

 加古の言葉の真意がわからず黒江は首を傾げた。

 知らないのも無理はないだろう。彼女はB級部隊のつながりをよく知らない。

 しかしかつてある人物の下で戦っていた加古はB級隊員達のこの後の事を察して穏やかな笑みを浮かべるのだった。

 

「やりやがったなー。ライのやつ」

「ああ。勝つとは思っていたが、ここまでやるとは正直驚いた」

 

 一方、観客席で試合を観戦していた米屋や三輪、三輪隊の面々も引き上げようと席を立ち始める。やはり話題の種は彼らの知人であるライの事だ。

 

「後は昇格試験を残すのみ。認定さえもらえれば問題ない話だ。本当に上がってくるかもしれないな」

「訓練で力は知っていましたがやはり凄いですよね。まさか本当にこのシーズンで資格を得るなんて」

 

 そう語る奈良坂も少しばかり表情が緩んでいるように思える。狙撃の弟子が成果を出したのだから当然か。古寺も彼に追従する形で賛同を示した。

 

「どうする? この後祝勝会でも誘うか?」

 

 とにかく今日はこの勝利を祝おうと米屋は調子良さそうに笑う。

 良い案ではあると思うが、しかし勝手を知っている三輪や奈良坂は首を横に振った。

 

「——いいや。今日は向こう(・・・)だけでやるだろう」

「そうだな。邪魔をするのは野暮な話だ」

 

 今日の主役は彼らB級隊員達だ。ならば自分たちが顔を出す事はないだろうとその提案を切り捨てる。

 ——祝うのは、彼らが上がってきてからで良いだろう。

 

 

————

 

 

 三門市の警戒区域の近く、鈴鳴支部周辺に寿寿園という焼き肉屋がある。

 かつての近界民(ネイバー)による大規模侵攻を受けてもなお店の外装も内装も無傷であったという強運から、ここで食事をすると近界民(ネイバー)に襲われなくなるというジンクスがあるといわれており、ボーダー隊員の常連客も多いお店だ。

 その焼き肉屋に、今ボーダーに所属するB級隊員の面々が集結していた。店の一角を埋める程の隊員達——8部隊24人の隊員が参加している。

 

「——皆。まずはB級ランク戦、お疲れ様」

 

 代表としてグラスを片手に音頭を取るのはB級部隊の最年長、今シーズンでも4位に入るなど安定感を誇った東隊の東だ。

 B級4位 東隊隊長 狙撃手(スナイパー) 東春秋

 皆の注目が集まる中、東は落ち着いた口調で話を続ける。

 

「ランク戦の結果に満足する者も悔いが残る者もいるだろう。隊員の間には色々と思う所がある者もいるかもしれない。だがこの一時はここまでのランク戦の健闘を称え、皆次へ向かって鋭気を養うよう楽しんで欲しい。……と、まあいつまでも俺が長話をしていても駄目だな。それじゃあ、乾杯!」

『乾杯!』

 

 東の号令を合図に、テーブルを跨いでグラスが重なった。

 ガラス同士がぶつかる小さな音があちこちで木霊する。

 こうしてB級隊員達の合同打ち上げは幕を開けるのだった。

 

「よっしゃあ! とことん食うで! 隠岐、水上。お前らもじゃんじゃん肉焼くんやで! 遅れるなや!」

 

 そう言うや、早速生駒が生駒隊の面々で固まったテーブルの網に肉を続々と移していく。

 

「イコさんちゃんとスペース空けといてくださいよ!? 肉くっつきますから!」

「こういう所も相変わらずやなあ」

「さすがっす!」

「他の人もおるんやからもうちょいトーン落とそうや。とりあえずサラダ人数分わけとくで」

 

 苦言を呈しつつ、水上や隠岐はテーブルの皿を整理しながら肉を並べていった。南沢はその光景を端末で写真を撮り、細井はサラダを均等に5人に分けていく。

 生駒隊の隊員達は最後に逆転を許して順位を落とした事を感じさせないほど明るい空気であった。皆役割もきっちり分かれていてチームの仲の良さも伺える。

 弓場隊が既に打ち上げを予約していたという事で不参加という事情もあって生駒はここに集まった面々の中では年長者の部類であった。そんな彼がこうして積極的に明るい雰囲気を醸し出してくれたおかげか他のテーブルも和気藹々と肉を焼き始めていく。

 

「東さん! 東さんのおすすめってなんでしたっけ?」

 

 東隊が揃うテーブルでは小荒井がメニュー表を掲げ、尊敬する東の好物を尋ねた。

 

「ギアラ(第4胃)の事か? あれは脂が乗っていて噛み切りにくい事もあるから人によって好みがわかれるが、お前達も食べてみるか?」

「ぜひ!」

「はいはい。じゃあ追加しとくね。東さん、サンチュとビールも頼んでおきますか?」

「サンチュだけ頼む。ビールは未成年も多いからな、やめておこう」

「わかりました」

 

 奥寺も追従した為肉の追加が決定される。

 人見が東に確認を済ませ、店員を呼ぶと追加のオーダーを要請したのだった。

 B級4位東隊 オペレーター 人見摩子

 

「太一。あんたは網の半径50㎝以内に入らないでね」

「それってもうテーブルに着くことさえできてないじゃないですか!?」

 

 一方鈴鳴第一のテーブルでは今が別役のうっかりを防止するため何度も厳しく言い聞かせている。これまでにも酷い経験に遭っている為彼女の非情かつ合理的な判断であったが、当の別役は『殺生な!』と声を荒げた。

 

「大丈夫だ、太一。お前の分の肉はしっかり取ってやる。だから何も手出しはするな。いいな?」

「そんな!」

「まあまあ二人とも」

 

 頼りの村上でさえさすがにフォロー出来ないのか、別役にそう忠告する。

 さすがに言い過ぎだろうと来馬が二人をなだめるなど彼らの関係がこの一場面だけで見事に表現されていた。

 

「よしおめーら。焼けたらどんどん食ってけよ。次々注文してくからな」

「了解です。アルコールは頼んでおきますか?」

「やめとけやめとけ。東さんだって頼んでねえみたいだからな。俺らが飲めるかよ」

「それもそうですね」

 

 その隣の机では諏訪と堤が肉を焼き始めている。諏訪隊は笹森・小佐野の高校生組が先に帰宅した為二人のみ。彼らは成人済みの身であるためアルコールを飲める立場だ。とは言え東の手前、今日は酒類は頼まずに食事を楽しもうと意見を合わせた。

 

「なんか俺らが気を使わせてしまったようですみませんね」

「うまいな、ここの肉。初めて食ったが」

 

 二人の真向かいの席には荒船隊の荒船、穂刈が陣取っている。こちらも半崎、加賀美の二人が別用の為不参加である事情から人数の調整を兼ねて諏訪隊と同じテーブルとなっていた。

 

「先輩、こちらのお肉そろそろ良いですかね?」

「まだ裏面がちょっと赤いんじゃない? もう少し置いといた方が良いよ」

「大丈夫よ茜ちゃん。焦らなくても取ったりなんてしないから」

 

 さらに奥のテーブルではおそらく最も平和であろうグループ・那須隊の面々が穏やかに、楽しみながら肉を焼いている。人が集まるところは苦手という志岐がいない為席に余裕のある三人というのも大きいのかもしれない。

 

「はい。柿崎さん。こちらをどうぞ」

「ああ。ありがとう。文香も遠慮せずに食べていいからな? お腹すいているだろう」

「ええ、頂いていますから大丈夫です」

 

 那須隊の横の席では照屋が隊長の柿崎へ肉にサラダにと次々と盛って食事を促していた。

 カルビ、ロース、ハラミと手際よく焼いていっては柿崎の取り皿へと置いていく。

 柿崎隊も巴と宇井の二人が欠席の為、柿崎隊の前には諏訪隊・荒船隊と同様に他の隊の者が座っていた。人によってはこの柿崎隊の関係を見て反応に困る可能性もあるのだが。

 

「瑠花。こっちも焼けたよ。お皿に分けとくね」

「あっ。はい、ありがとうございます。そろそろ私も交代しますよ?」

「大丈夫だよ。あっ、タンはさっきレモンを絞っておいたから適度にかけてね」

 

 その正面に座っているのは紅月隊のライと瑠花だった。

 こちらもライが基本的にトングを握って焼肉奉行を担っており、瑠花には食事を楽しんでもらおうと仕切っている。柿崎や瑠花のグラスが空けば水を灌ぐなど周囲への気配りも徹底していた。ある意味柿崎隊以上に徹底した仕事ぶりである。

 

(何というか、こいつも普通な一面があるんだな)

 

 少し意外だなと柿崎は正面に座るライの姿を見て、彼の印象を新たにした。

 柿崎とライの接点は少ない。

 部隊ランク戦で一度だけ戦った事はあるもののそれだけだ。同年代の生駒が彼に旋空を教えていたので彼経由で話を聞いた事もあったが、その時は詳しく話していなかったしそもそも生駒の発言は過大に表現する場合も多いのであまり参考にならなかった。

 

(てっきりもっと感情が薄いタイプかと思ったけど、そうでもなさそうだし)

 

 故に柿崎がライに対して感じていた印象はそのランク戦の時に感じたものだけである。そしてその時は冷静な年下の隊員という印象だった。年代で言えば高校生くらいなのだが、高校生離れした落ち着いた振る舞いに慣れた戦いぶり。ログを見ても着実に相手を仕留める徹底ぶりが感じられ、感情が希薄な大人びた印象さえ浮かべていた。

 

「次は何を飲む?」

「いえ。飲み物は大丈夫です」

「そう? 何か欲しい物があったら遠慮なく声をかけてね」

 

 しかし少なくとも今目の前にいるのは、仲睦まじい二人のチームメイト。声や表情も穏やかで年齢相応に感じられる。

 

(こう見ると、並み居るライバル達を一人で蹴散らした隊長とは思えねえよ)

 

 ランク戦で垣間見えたあの冷徹な姿も正しく彼の一面だった。同時に戦いなどない場所ならば。時代さえ、環境さえ違ったならばこのように穏やかな優しい性格が前面にでる、今の姿こそが彼の本質なのではないかと。柿崎は彼の二面性にとある友人の姿を思い浮かべながら一人物思いにふけるのだった。

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