女性隊員が集結して話に花を咲かせている頃。
男性隊員達も同じように注文した肉を焼きながら、味わいながら和気あいあいと会話をしていた。
「改めてB級一位、おめでとう」
「あっさりと抜かれちまったな。まあお前なら特に不思議ではねえけどな」
「とはいえヤバかったな。実戦の活躍は」
村上、荒船、穂刈と同年代の隊員が一つのテーブルに揃うと各々がライへと祝いの言葉を述べる。
やはり悔しさはあるが同時に身近な仲間が快進撃を果たした事に喜びも感じていた。故に今さら今回の事について僻みや妬みの声を上げる理由はない。
「皆ありがとう。僕としても上手く事が運んでよかったよ。最終戦まで権利を得られるかわからない戦いだったからね」
とはいえやはりライ自身最後まで気の抜けない戦いであったと彼は語った。
紅月隊は戦闘員一人。つまり彼が脱落した時点でそれ以上の得点は望めないという事だ。彼が常に抱いていた緊張感は誰にも想像できないほど大きなものだったはずだ。
「まあそう言いつつ最後は全部掻っ攫っていきおったがな」
「それなー。さすがにいきなり斬られた時はホンマにビックリしたわ」
「そういえばあれって一体いつの間に習得してたんすか!?」
すると水上が軽い口調でライに小言を言うと、隠岐や南沢も同じような声色で続く。最終戦、彼らは直接目にし、味わったという事でライの旋空の威力は人一倍鮮烈に映ったようだった。
「完璧にマスターしたのはつい最近だよ。この前本部長に最後の手ほどきを受けてね」
「本部長に!?」
「ちょい待てや! 忍田さんはさすがに反則やろ反則!」
ライの衝撃的な答えを聞いて柿崎は目を丸くし、生駒は苦言を呈する。ノーマルトリガー最強の男から直接指導されたとなれば当然の反応だがライは笑顔を崩さなかった。
「まあまあ。そうは言っても太刀川さんみたいに今までも弟子を取っていたようですし」
「それはそうやけどなあ……」
「それにイコさんにとっても悪い話ではないでしょう?」
「どこがや?」
「僕が旋空の教えを受けたのはイコさんと忍田さんの二人。名前が並んだわけです。しかもイコさんが教えを施した相手がここまで勝ち上がったんですよ? これ程の成果を上げた師匠は滅多にいないと思います」
「……ライ。俺はお前という存在を弟子にできた事、誇りに思うで」
そして文句を口にしていた生駒もライの説得を受けてあっさりと掌を返す。やはりこの二人の関係は相変わらずであった。
「面白い関係だな、お前達は」
その滅多にいない師の一人である東は二人の会話を聞いてクスリと笑う。
「なるほど。あれは本部長譲りだったのか」
「すげえな。今までも強かったけどさらに本部長にまで教えを乞うなんて」
その隣では奥寺と小荒井が「どこまで強さに貪欲なのだろう」と息を飲んだ。彼らも東を無理やり隊長に引き込むなどそれなりの無茶はしてきたが、ここまで徹底できるかと言われれば返答に悩む。実力を伴ったあととなれば猶更だ。
——もっと励まなければ。二人は目が合うと揃って頷いた。
「ここまで来たんだからいっそそのまま上がってくれって感じだよな」
既に個の強さは十分身に着け、集団の敵に対しても通用出来るだけの技や計略も見せつけている。
ならば勢いそのままにA級にまで駆け上がる様を見たいと諏訪が素直な気持ちを口にした。
「ええ。すでに彼は快挙をなしたんですから、どこまで行けるのか見てみたい思いが強い」
「きっと行けるはずだよ。今シーズンの成績は偶然ではないって事は皆わかってるし」
彼だけではない。堤や来馬も同じ思いで温かい視線をライに送った。
決して簡単な道のりではないだろうが、彼ならばあるいはそれすらも乗り越えてしまうのではないかと信じて。
「――そういえばふと疑問に思ったんですけど、昇格試験ってどんな感じなんですか? 詳しい説明とかなかったですよね?」
すると昇格試験の話題でふと思い出したのか別役が疑問を呈した。
今まで2位以内に入れば昇格試験を受験できると言われていたが、そもそもその試験の内容は知らされていない。今まで権利を得た事もないのでその詳細について一切情報がなかった。
「そういえば確かに知らねえな」
「A級に上がる部隊が限られているから厳しいものだとはわかるけど……」
柿崎や堤も同様に首をかしげる。
こればかりはやはり受験した者たちにしかわからないだろうかと彼らは揃って生駒隊へと視線を向けた。
「ん? 俺らか?」
「まあ。確かに俺らは受験した事はありますけど。——東さん、その辺りは話しても大丈夫なんです?」
注意が集まった事に気づいたのか、生駒が肉を運ぶ箸を止める。
彼らの言いたい事も理解できた。とはいえ資格を手にした者だけが受験できる内容をそう簡単に口にして良いものなのだろうか。水上は判断がつかず、同じく詳細を知るであろう東へと問いを投げる。
「そうだな。まあ別に話しても問題はないだろう。そもそも資格が得られなければどうしようもないし、皆ある程度は想像できているだろうしな」
「さいですか」
「まあそれならええか」
東の許可を得て生駒は手に持っていた箸をおくと、冷水で肉を胃の中へと流し込み、一つ咳ばらいを行った。
「ならライもおるし丁度ええわ。お前も近々受ける昇格試験について教えたる」
「本当ですか? お願いします」
ライにとってもあらかじめ情報があるに越したことはない。彼も生駒たちの方へと体を向け、じっと耳を傾けた。
「まず試験そのものは形式とか色々変わるかもしれんが、基本的にはA級部隊との戦闘や。相手はその時にならんとわからん。向こうも当日いきなり発表されるみたいやから相手を予想して対策とかはできん」
「形式ってのは戦闘時間とかの話な? ステージは基本的に向こうで決めるみたいやけど、ランク戦みたいに一度脱落したらアウトだったり、制限時間内なら全滅した後もう一度挑めたりとかあるで」
「せやったなあ。俺らの時は脱落したら一発アウトやったな」
生駒の説明に水上が補足する。
試験と言えど基本的な概要は同じであった。異なる点があるとすれば個人戦のように何度か挑める場合もあるという事くらいだろうか。
「んで、ここがある意味大事なわけなんやが。ぶっちゃけこの試験、これまでの部隊ランク戦みたいな勝敗は関係あらへん」
「どういう事だ?」
しかし生駒が続けた言葉に柿崎は理解できず聞き返す。
戦闘の試験であるならば勝敗は最も求められるはずだ。それなのに関係ないとは信じられない。
「まあ勿論勝利できるならするに越した事はないんでしょうけど、それが直結はしないって事ですわ」
「例えば太刀川隊と戦うとして、あそこ唯なんとか君っておるやろ? 烏丸君の代わりに太刀川隊に入った
「……それってまさか唯我の事ですか?」
「それや!」
言葉に詰まる生駒に荒船が苦笑しながら呟くと生駒は「グッジョブ!」と親指を立てた。
名前さえ覚えられていないのか。皆この場にはいない唯我へ向けて頑張れと声援を送る。
「例えばランク戦なら彼を落とした後隠れて他の隊員が誰も落ちなかったとしたら俺らが勝つやろ?」
「まあそうだな。生存点がなくても得点が1対0だ」
諏訪が当然だろうと発言すると、生駒は頷きつつ「けどな」と一拍置いて話を続けた。
「試験だと、これだと駄目なんや」
いつもよりも語気を強めてハッキリと否定する。
「ようはランク戦と違って得点の概念がないんですわ。得点よりも内容を見てる」
「ああ。せやから試験は勝利敗北やなくて認定か不認定のどちらかなんや」
隠岐と水上が生駒の話を受け継いで説明を続けた。
ランク戦ならば一点でも多くとれば勝利として認められる。だが試験では事情が違った。たとえ多く得点が獲れたとしても必ず昇格できるとは限らない。
彼らボーダー本部が求めているのはA級という『精鋭』だ。部隊ランク戦で既に数値としての強さを証明した後だからこそ単純な数値ではなくいかに戦えるのかという隊員達の戦いぶりを判定する。その為これまでとは勝手が異なった。
「しかもどうやらその部隊ごとの特性も見とるみたいやからなあ。俺らならちゃんと4人部隊としての強みがしっかりあるのかとかも見とるようやったし」
「その辺かなり厳しかったす!」
「せやったなあ」
南沢がそう強く言うと、生駒も首を縦に振る。生駒隊でさえ認定を貰えなかった。いかに厳しい審査だったのかが理解できる。
「せやからライ。プレッシャーかけるつもりはないが、ひょっとしたらお前の場合余計に厳しいかもしれんで?」
生駒が視線をライへと移すと弟子に忠告した。
彼の話が正しいならば、紅月隊は一人部隊であるからこそ、余計にその個の力を証明しなければならない。確かにある意味ランク戦以上に厳しいものが待っているかもしれなかった。
「——わかっています。元より覚悟の上です」
だがそんな事は関係ないとライは笑みを浮かべる。
進む道が棘の道である事など結成の時に理解し、覚悟を決めていた。今さら何も怖気づくことなどない。
「イコさん達よりも早く、昇格の通知を貰ってみせますよ」
「おう。やってみい。楽しみにしとるわ」
弟子の強気な発言を受け、生駒も負けじと煽るように視線をぶつけた。
精鋭部隊入りをかけた試験だ。どちらも簡単な道のりではない。だが必ずや成し遂げて見せると意気込みは激しかった。
————
その後。
隊員達が皆とことん肉の味わいを堪能し、満腹になると未成年の隊員達は時間を見て順次その場で解散となった。
ライや瑠花も店の前で仲間達と別れると、夜道は危険という事でライは瑠花を家まで送る事とする。最初は瑠花は断ったのだが時間も遅いという事もあって彼の言葉に甘える事とした。
「——ありがとうございました。わざわざここまで送っていただいて」
ここで大丈夫ですと瑠花は大きく頭を下げる。
「大丈夫だよ。遅くまで付き合わせてしまって悪かったね」
「とんでもありません!」
そう答える瑠花の表情は明るかった。普段はあまり会話しない隊員達と会話を交え彼女の交流は深まっただろう。とても楽しめたようにライの目には見えた。
「——瑠花」
「はい?」
最後にライは彼女の名前を呼ぶと一つ間をおいて話を続ける。
「改めて、本当にここまでありがとう。昇格試験の資格を得るなど僕一人では考えられなかったはずだ」
「……そんな事はありません。私こそありがとうございます。いつも勉強させてもらいました」
「それならば僕も嬉しい。イコさんの話によると数日中に試験は行われるらしい。——あと少しだ。共に頑張ろう。また力を貸してくれ」
「——はい。喜んで!」
互いの力を求め、眼前に目指すものが迫っていた。
かつてライが瑠花を誘った時と同じように穏やかな笑みを浮かべると、瑠花も笑顔で応える。
——そうだ。あと少し。あと少しで、全てが決まる。
瑠花と別れたライは軽い足取りで本部へと戻っていった。
(大丈夫だ。たとえ誰が相手であろうとも、僕たちは)
試験を間近に控えた者とは思えない柔らかな表情を浮かべて。
————
ランク戦最終日の翌日。紅月隊は完全に休養日であった。
防衛任務もなく緊急な呼び出しもなかったため二人は適度にデータ分析を済ませると他愛もない日々を送る。
彼らに連絡が届いたのは、その次の日の朝の事だった。
城戸司令から同日の夕方に昇格試験を行うという知らせを受け、二人は予定の時間より少し早めに作戦室を出ると会議室を訪れる。
「——入りたまえ」
『失礼します』
部屋の主である城戸の了承を得て二人は声を揃えて入室した。
ゆっくりと扉を開けると部屋には司令である城戸を筆頭に鬼怒田、根付、唐沢、忍田、林藤と本部上層部の錚々たる顔ぶれが勢ぞろいしている。
彼らの無言の圧に負けないようにとライが一歩足を踏み入れた。瑠花も彼に続き、ライの横に並ぶ。
「さて。まずは紅月隊、B級一位おめでとう。私から代表して諸君らの健闘を讃えさせてもらう」
「ありがとうございます」
城戸が上層部を代表して労いの声をかけるとライが感謝の意を伝えて頭を下げた。瑠花も彼に倣って頭を下げる。
程なくして二人の視線が上がった事を確認し、城戸は話を再開した。
「わかっていることだろうが、B級二位以内である部隊にはA級昇格試験を受験する権利が与えられる。先に通達した通り君たちにはその試験を行う為に集まってもらった。念の為に聞いておくが、君たちもこの試験を受験すると受け取っても構わないかね?」
『はい!』
「——結構」
二人から肯定の返答を得て、城戸が頷く。
「ではこれより試験について説明させてもらう」
——いよいよか。
城戸の宣告を受けて室内に緊張が走った。
覚悟していた事ではあるが、やはりいざとなると体が強張る。瑠花はごくりと息を飲み込んだ。
「大丈夫だよ」
するとライが他の者には聞こえないくらいの小さな声量で呟く。視線は変わらず城戸に向けられたものだが、瑠花には彼の声が自分に向けられたものだとしっかり伝わった。
——大丈夫。瑠花も自分にそう言い聞かせて一度瞼を閉じる。もう一度目を見開いた時には緊張は消え去っていた。
「まず今回の試験は、これまでのランク戦と同様の戦闘形式となる。単純にこちらが指定する相手との戦闘だ。マップは市街地A、制限時間は30分とする。制限時間の間であるならば個人戦と同様に撃破後も戦闘に再度参加できる。今回は純粋な勝敗ではなくその戦闘の内容を評価する。この後15分後から試験を開始させてもらう」
城戸は淡々と試験の概要に触れていく。
マップは個人ランク戦でも用いられる事が多い、平凡な市街地である『市街地A』。簡潔にまとめれば30分という時間の中でランク戦を繰り返すという事だ。
(こちらとしては助かる内容だ。一人部隊だから、偶然の一発で落とされて即終了という事はなくなった)
一発勝負でない試験はライにとっては好都合である。もしも不意を突かれて落ちてしまえばそこで全て終わってしまう。巻き返しが出来るならばたとえ偶然で撃破されてもその後いくらでも挽回できる。
「さて、ここまでで何か質問はあるかね? なければ訓練室に移動となるが」
「では僕の方からよろしいですか?」
「何かね」
城戸から質疑の有無を尋ねられるとライはすぐに挙手した。発言を促され、ライは最も気にしていた事について問いをなげる。
「試験の相手の事です。紅月隊の相手はどこの部隊なんですか?」
最も重要な内容だった。相手によっては取る戦略も大きく変わる。
A級部隊のデータについては概ね知識として記憶してあった。
ある程度対策は立ててあるが、さらに作戦を詰める為にも情報は精密にしておきたい。
「ふむ。やはり気になるか」
「はい。勿論です」
「——紅月君。君も知っての通り、紅月隊は現存するA級部隊と比べても特殊だ。戦闘員が一人部隊。余計に求められる戦闘力は大きなものだろう」
「そうですね」
城戸の言葉の真意を読めない中、ライは受け答えを続けた。
「故に今回は他の昇格試験とは少し事情が異なる。君の真価を見させてもらうためにも、相手については特殊な相手を選ばせてもらった」
「特殊な相手?」
どういう意味ですかとライが疑問を呈する。特殊な相手と曖昧な表現をされてもライは予想がつかなかった。人数が近くポジションが異色なトラッパーもいる冬島隊が相手なのか。彼が様々な相手を想定していくと。
「いやー驚いたよ」
会議室の扉が開かれ、聴き覚えのある声がライの耳を打つ。
「結局あの後も何度かこっそり君の姿を見たものの、俺と紅月君が衝突する未来が消えないものだからさ。ひょっとしたら何かまた予想外のトラブルでも起こるのかと警戒していたんだ」
どこか飄々とした軽い口調の話し方。それはライがかつて一度だけボーダー本部で出会った男のものだった。
ライはゆっくりと振り返り、声の主を確認する。
「だがこう言う事ならむしろ大歓迎だ。よっ、久しぶり。紅月君、瑠花ちゃん」
「……迅さん」
「どうして迅さんがここに?」
S級隊員、迅悠一。未来を見通す力を持つといわれる男の姿がそこにあった。
「お互いに望まぬ形ではあったものの、君たちは以前顔合わせは済ませていたな。ならば紹介は不要だろう」
ライや瑠花が驚愕をぬぐい切れない中、城戸は再び口を開く。
「紅月隊のA級昇格試験は、迅隊員との模擬戦をもって評価させてもらう」
そして城戸は正式にライの、紅月隊の対戦相手を告げた。
「先に言っておくが迅隊員は
言われるまでもない。ライとて迅の実力については記録で目にしていた。
随一の実力とはまさにその通りだ。かつて迅が
「……ライ先輩」
「ああ。やっぱりA級昇格への道は、簡単ではなさそうだ」
衝撃の試験相手を耳にして瑠花が息を飲み、ライが強引に笑顔を取り繕う。
『一人で一部隊と数えられる四人』のうちの一人。彼が指導を受けたばかりである忍田と同格の評価を受けている隊員が相手だ。予想外の敵を前に、ライでさえ余裕を保つことはできなかった。