REGAIN COLORS   作:星月

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人脈

 紅月隊のA級認定。

 正式な辞令が交付されると、その話題は早くも各隊員達に伝達される。

 するとB級ランク戦終了時にはB級部隊の打ち上げを気遣って姿を見せなかった為か、A級の隊員達が次々と紅月隊の作戦室を訪れていた。

 

「おう! やったな紅月! 祝いの餅をもってきたぞ!」

「太刀川さん、ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきます」

「えっ? ——だがこれが駄目となると、あとは迅が勝手に置いていった箱詰めのぼんち揚げくらいしかないんだが」

「在庫処分するおつもりですか?」

 

 本当に大丈夫ですので、と言ってライは太刀川が持ち込んだ食品の受け取りを断る。

 心遣いはありがたいが瑠花も同じ部屋にいる以上、詳しい保管状況などがわからない保存食品を受け取る事は気が引けた。加えて餅は太刀川の好物。ならば好きな人が食べるのが最もだろう。

 

「だから言ったでしょ太刀川さん。——すんませんね。改めておめでとうございます紅月先輩。試験、見てましたよ」

「そうだったの? ありがとう、出水の技も使わせてもらったよ」

「あー。やっぱりあれそうだったんですか」

「おめでとー。私達からはこれ、お菓子の詰め合わせ。二人で一緒に食べてね」

「おっ。わざわざありがとう」

「ありがとうございます」

 

 一方、出水と国近からのしっかり綺麗な包装をされたお菓子の包みは二人は確かに受け取った。お菓子ならば種類も豊富なため瑠花も食べれる上に餅と違って見るからに新しいため素直に受け取ったのだが。

 

「おい、なんでだ。餅よりお菓子なのかお前ら!?」

 

 太刀川は納得いかぬ様子で不満を呈する。

 

「だって餅にしても保管状況とか少し心配なので。太刀川隊って今もほとんど部屋の掃除をしてなさそうですし」

「失敬な! この前お前が掃除したばかりだろう!」

「僕の記憶が正しければ、たしかそれって先月の話ですよね?」

 

 ライがため息交じりに太刀川を諌める。

 烏丸が太刀川隊から玉狛本部へ転属した事で、同部隊は掃除片付けが出来る人員が皆無となってしまった為に部屋が非常に散らかっている。年度末にこの汚さはさすがにまずいと月に一度の職員による清掃とは別に出水がライにヘルプを出したのは3月半ばの事だった。結果、『国近の私物がない場所限定』という条件で掃除を行ったのだが、案の定その後はまともな掃除が一度も行われていない模様である。

 既に元の汚さに後戻りしていると想像する事は容易であった。あらゆるものが乱雑に放置されている部屋の様相は考えるだけでも恐ろしい。

 

「まあまあ。仕方ありませんよ太刀川さん。この僕がわざわざ手配した品なのですから。いえ、紅月先輩。お気になさらず。これはほんの気持ちですので」

 

 すると後ろで控えていた唯我が得意気に髪をかきあげて言った。どうやらこれは唯我が準備したものらしい。なるほど、確かに包装の包みや箱なども良さそうなものを使っているように見える。

 

「ああ言っているけどあいつそもそも紅月隊の昇格試験があった事すら知らなかったんですよ?」

「ねー。私達に言われるまま指示に従ってただけなのにねー」

「『なんで僕がこんな事を!』とか文句を言っていたし」

「どうしてそんな言わなくて良い事を言うんですか!?」

 

 しかし出水と国近があっさりと真相を暴露した事で唯我の余裕は崩れ落ちた。太刀川隊は昇格試験の審査を任された為に知らないはずがないのだが、どうやら経験が浅いためか唯我はあまりそういう任務の詳細を知らされていないようである。

 あんまりだと唯我が嘆いていると。

 

「いや。それでもこうして来てくれたのだから嬉しいよ。ありがとう、唯我」

「紅月先輩——!」

 

 ライはそんな彼の肩をポンと叩いて礼を述べた。同じ部隊の先輩からもぞんざいな扱いを受けている為にあまりにも違いすぎる対応に思わず唯我の目から涙があふれ出す。ライも彼がお調子者な性格であるものの根は悪い人間ではないという事はこれまでの交流を経て知っていた。だからこそ彼も心の底から感謝の気持ちを伝える。

 

「じゃ、俺も置いとこうか。よう。お疲れさん、紅月。今は別件でいねーんだが、これうちの隊長からの贈り物だ」

 

 すると当真も太刀川隊の面々に倣ってライへと包装された大きな箱を手渡した。先ほどのものと比べて幾分か重みを感じる。

 

「ジュースの詰め合わせだってよ。好きなように楽しんでくれ」

「そっか。わかった、今度僕からも伺うけど冬島さんにもよろしく伝えてくれ。」

「おう。——んで、ちょっと悪いんだが」

「ん?」

 

 少し耳を貸してくれと当真に言われ、ライは一度荷物を置くと言われるがまま当真の下へと歩み寄った。

 

「実はあれの中ビールも入っているみたいでな。後で回収に来るからそれだけ出しといてくれ」

「あー。なるほど、家族向けの商品って事か。冬島さんいつもの付き合いの相手だと思っちゃったのかな。わかったよ」

 

 当真の話によると正確な中身はジュースの詰め合わせではなく飲み物の詰め合わせであるという。冬島はボーダー隊員の中では年長者にあたる28歳。普段と同じように物を送る事を想定して買ってしまったのだろう。だがあいにく瑠花は勿論ライも未成年だ。仕方がないとライは頷くのだったが。

 

「いやそれがな。どうやら紅月、お前が成人してるもんだと勘違いしたらしい」

「はっ?」

 

 冬島は間違えたのは商品を送る相手の方ではなく、送り先であるライの年齢の方であった。

 

「お前がいつも落ち着きすぎてるしなんでもできるし、思考とかも明らかに経験豊富なやつのそれだからよ。風間さんと同じパターンだと思ったんだと。おまけにお前学校通ってねーしな。知らぬ間にそう認識しちまったみてーだ」

「どうしてそういう考えになるんだ……? 風間さんは特殊すぎる一例じゃないか」

 

 さすがに年上であり太刀川と違って人間性もしっかりしている風間と比較されるのは恐れ多いのか、ライが首をかしげる。

 確かに本来ならばライの見た目から考えれば年齢を間違える事はまず起こらなかった。

 しかしボーダー本部には風間という例外が存在する。冬島は彼とライの振る舞い方や姿勢が通じているものがあると考え、加えて学校にも通っていないという事情からすでに成人済みであると考えていた。

 

「どうした? 何か呼んだか?」

「いえ別に!」

「なんでも!」

 

 小声で話していたはずだがひそひそ話が聞こえていたのか風間が二人の話に割って入る。

 内容が内容の為にライと当真は揃って否定した。危なかった、もしもここに耳が良い菊地原がいたら面倒な事になっていただろう。

 

「なら良いが。——凄まじい活躍だったな、紅月。俺もお前達の試験を見させてもらったが、前評判に違わぬ戦いだったと評価している」

「ありがとうございます」

「さすがに迅を相手取るとは思わなかったがな。だがだからこそより興味深かった。どうだ? 今度時間がある時に一戦交えたいと思うが」

「——是非とも」

 

 風間は滅多に隊員を贔屓目に見たりはしない。その為余計に彼の言葉がライの心に響いた。しかも太刀川と異なりあまり個人ランク戦に顔を出さない風間から勝負を誘われ、ライは二つ返事で頷く。このような誘いをされる人間など片手で数えて足りる程だった。

 

「ずるいぞ風間さん! 俺も紅月とはやろうと思っていたのに!」

「お前はどうせいつでもやるだろう」

「というか太刀川さんはランク戦やりすぎです」

 

 するとこれを聞いた太刀川がまるで子供のように不満を漏らす。直後「いい加減にしろ」と二人の冷たい視線が彼を射貫いた。本部に住み込みで暮らしているライよりも個人ランク戦をこなす数が多い事実からも彼がどれだけ個人ランク戦をやり込んでいるかは想像できる事である。

 

「まったく。——まあいずれにせよしばらくは英気を養え、A級の立場に慣れてくれれば良い。何かあれば相談に乗ろう」

「はい。頼りにさせていただきます」

 

 ため息を一つ吐いて風間が話を続けた。年長者である風間の助けがあるとなれば心強い。ライは嬉しそうに返事をした。

 

「ああ。それと俺の方からも何か用意しようと思ったが、生憎お前の趣味趣向など知らなかった。だからこれを渡そう。二人で選んでくれ」

「えっ」

 

 そう言って風間はカタログギフトを手渡す。確かに好きなものを選べるという点では非常にありがたいのだが、このようなものを受け取って良いのかとライは困惑した。

 

「遠慮するな。昇格祝いだ、受け取っておけ」

「——わかりました。ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げたライを見て、風間は一つ頷くと部屋を後にする。用件を済ませるや颯爽と去っていく様は年長者の風格があふれていた。

 そして彼と変わる形で新たに二人の隊員が作戦室を訪れる。

 ライも見知った相手、加古と黒江だった。心を許した相手の出現にライは一瞬親しみの笑みを浮かべ、直後加古が手に持っている物を目にして凍り付く。

 

「おめでとう紅月君! 私からはいつもよりも腕をふるった特製炒飯よ」

「……あっ。はい」

 

 加古が満面の笑みを浮かべ、蓋の被った容器をライへと差し出した。

 なんという事だ。どうしてここぞとばかりに熱を篭めてしまったのか。蓋があるために中身が見えないのが余計に恐ろしく感じられる。

 ライは嫌な予感を浮かべながら恐る恐る加古へと尋ねた。

 

「ありがとうございます。あの、加古さん。一応聞きたいのですがお祝いに来てくれたんですよね? まさか僕が部隊の誘いを断った事を今も気になさっているわけではないんですよね?」

「そんな事あるわけないじゃない。どうしてそう思ったの?」

「いえ。なら良いのですが」

 

 8割の確率で生存できる機会で死に続けた為にそのまま素直に受け入れる事は難しい。

 半信半疑で加古の言葉にライは頷くのだったが、そこに黒江が助け舟を出した。

 

「大丈夫だと思いますよライ先輩」

「双葉。何か確信があるのか?」

「味見役の堤さんも『紅月君ならきっと大丈夫だ』と言って諏訪隊の作戦室に運ばれていきましたから」

「どうしてその時点で止めてくれなかったんだ……」

 

 というか味見だけでも死ぬのか。

 さすがのライも今日ばかりは食べるのをやめておこうと決断を下す。

 せっかくA級の認定が認められためでたい日に死ぬような事があっては縁起が悪いだろう。女性に恥をかかせたくはないが、一時の私情に流されて大局を見誤るのは馬鹿のする事だ。

 

「ごめんなさい。その、私も少し手伝ったので」

「なら仕方ないね。ありがとう」

「……いえ」

 

 しかし黒江が悲し気に肩を落とす姿を見てその判断はあっさりと覆る。

 たとえ死んでも食べよう。ライは黒江の頭を撫でながら強く決意した。この後、彼の精神は無事に名誉の死を遂げる。

 

「今度、また稽古をつけてもらってもよろしいですか?」

「良いよ。双葉の学校が終わった後とか、時間が出来そうな時があったら教えてくれ。合わせられるようにスケジュールを調整するよ」

「ありがとうございます。それでは」

「いつも双葉の世話、ありがとうね」

 

 最後に師弟が今一度練習する事を約束して別れた。

 幼いチームメイトが積極的に他の隊員ともコミュニケーションを取ってくれる事は隊長である加古にとってもありがたい事。加古は手を振って作戦室を後にした。

 

「いやービックリした。双葉があんなに気を許してるなんて知らなかった」

「……お疲れ様です、紅月先輩」

「緑川! 木虎! 来てくれたのか」

 

 そんな師弟の様子を外で窺っていたのか、緑川と木虎が黒江の態度に驚きを抱きつつ入室する。

 緑川は黒江と同郷だ。人によっては中々心を開かない彼女の性格を知っている為に、これほど年上の異性に心を許しているとは信じがたい事であった。

 

「おめでとー紅月先輩」

「嵐山隊の先輩方はお仕事で忙しいので、私が名代で来ました。先輩方も紅月先輩の事を祝福していましたよ」

「そうか。二人ともありがとう。嵐山さん達にもよろしく伝えてくれ」

 

 普段ランク戦でよく戦う緑川は軽快に、木虎は嵐山隊を代表してきてる為か真面目な顔つきで紅月隊の昇格を讃える。

 年下とは言えずっと精鋭部隊で戦っていた二人の言葉だ。ライは嬉しさを覚え、素直にそう述べた。

 

「はい。今後、嵐山隊からは狙撃手(スナイパー)訓練などで紅月先輩には新入隊員への説明などに参加してもらう依頼をするかもしれないと仰っていました。これからは仕事の面でも紅月先輩にお願いするかもしれませんのでよろしくお願いします」

「わかった。なら話を聞くなら佐鳥かな? 今度彼と話をしておくよ」

「ええ。それと——」

「ん?」

 

 嵐山隊としての伝言を終えると、木虎は珍しく少し表情を歪める。どこか恥じらっているようにも見える彼女は、声量を下げてライにある事を尋ねた。

 

「これは個人的な事になりますが。……どうやってあんなに双葉ちゃんと親しくなったんですか?」

「えっ?」

 

 珍しく細々とした声の質問は、ライと黒江の関係について聞くもの。後輩と親しくなりたい願望がある木虎はライに黒江とどうやって関係を構築したのかを知りたがっていた。

 

「あー。たしかに木虎ちゃんは双葉に避けられてるもんねー」

「ちょっと緑川くん!? そんな事言わない!」

「知らなかった。そうなのか」

「いえ、そんな事ないですから! ただ少し気になっただけで!」

 

 木虎は強く否定するが、彼女の必死な様子と緑川の無邪気な話し方を見るに真実なのだろう。真面目な性格だからこそ余計に言葉の真偽が感じ取れた。

 

「まあ確かに僕も最初は好意的には見られてなかったかな。僕は加古さんを通じて双葉と知り合ったけど、その時はちょっと距離があったし」

「ではどうやって……」

「そうだね。あの時はたしか一度手合わせして、その後で彼女にデザートをあげたら喜んでくれてたかな」

「……なるほど。ありがとうございます。今度試してみます」

「えっ。試すって……」

「双葉そんな簡単になびくかな?」

 

 突破口を見出したと木虎は満面の笑みを浮かべる。

 それだけではどうだろうとライや緑川は首をかしげるが、木虎はそれに気づく素振りはなかった。ようやく見つけた切欠を試したくて仕方がない様子である。

 そうとも知らずに木虎は一言礼を言って去り、緑川も「またランク戦やろうねー」と言って去っていった。

 ちなみにこの後木虎が黒江を食べ物で釣ろうとして失敗した事はまた別の話。

 慌ただしく隊員が出入りする中、まだまだ今日の作戦室には来客の姿が現れる。

 

「よー。紅月。やったんだってな」

「カゲか。ありがとう。——意外だな。正直な話、君が来るとは思わなかった」

「ハッ。これでまた全力で戦えそうだからな」

 

 次に現れたのは影浦だった。

 こういう事には疎いという印象を抱いていたが、どうやらライが彼と同じA級に上がった事でよりランク戦でしのぎを削れる事になる為注視していたようだ。

 なるほどとライも複雑な表情を浮かべる。

 

「ま、とりあえず今日の所は顔出しだけだ。ほら、これやるよ」

「なんだい?」

 

 そう言って影浦はある紙をライへと手渡した。ライも訪れた事がある影浦の実家のお好み焼き屋さん『かげうら』の割引券だ。

 

「いつでも使えるやつだ。特別にくれてやる」

「ありがとう。まあさすがにただでとはいかないものね」

「ハッ! 俺が連れていくわけでもねえのにただで食わせるかよ!」

「カゲが連れて行ってくれたなら良いのか」

 

 太っ腹なのかよくわからないが、上機嫌で笑う影浦を見てライも釣られるように笑った。

 見た目と副作用(サイドエフェクト)の影響もあって勘違いされがちだが、影浦も根は良い人間である。それが伝わってくる一場面だった。

 その後は影浦が太刀川たちとランク戦をする流れとなって共に去っていき、ようやく作戦室が静けさを取り戻した頃。

 この日最後の来客が訪れる。

 

「よー! ライ、お疲れ!」

「やり遂げたようだな」

「おめでとうございます!」

 

 最初に米屋、奈良坂、古寺の三人が勢いよく部屋の中へ入ると。

 

「予想はしていたが、無事にたどりついて何よりだ」

「おめでとう、二人とも」

「三輪隊の皆!」

 

 遅れて三輪と月見もやって来た。

 ライにとっては入隊前から親しくし、長く時間を共有していた面々だ。自然と表情も緩む。

 

「大変だったろ? 聞いたぜ、試験相手がまさかの迅さんだったって?」

「迅さんが戦闘する所なんて滅多にみないからな。よくやったよ」

「——フン! これであの人も少しは大人しくなるか」

 

 米屋や奈良坂は人伝いに聞いたことを思い返し、難敵と戦いぬいたライに感心していた。

 その一方で三輪は迅という単語に反応して鼻を鳴らす。

 

「三輪、どうしたんだ? 何かあったのか?」

「別に何もない。ただやつの考えが気に食わないだけだ」

 

 露骨な態度の変化にライは三輪に尋ねるも、彼は具体的な話はせず曖昧に返答した。

 確かに以前迅の話題が上がった時も少し彼の様子がおかしかったような覚えはあるが、一体どうしたのだろうか。ライが疑問を抱いていると、横から米屋がそっと声をかける。

 

「ほら、迅さんって玉狛支部所属だろ? 向こうと主義主張が違うとか色々あって仲が良くねえんだ」

「ああ、なるほど」

 

 迅が所属する玉狛支部は近界民(ネイバー)とも仲良くなろうと親交を持つ事を掲げる珍しい支部だ。それに所属する迅も勿論その主義に従っている。近界民(ネイバー)は全て排除すると意気込んでいる三輪とは相いれない存在という事だ。

 

「なんならこいつ、いつ喧嘩してもおかしくないくらい嫌っているからなー」

「そんな事はしない。適当な事を言うな」

「まあ手出しはしないだろうが、雰囲気は悪くなるだろう」

「迅君とも上手くやれれば良いのだけどね」

 

 普段の三輪と迅の付き合いを知っている米屋はその様子を思い返して淡々と口にする。当事者の三輪はそんな事はないと否定するが、奈良坂も二人の関係は良好とはいえないと指摘した。

 隊員同士なのだからと仲良くやれたら良いのだが、そうはならないのだから悩みの種だ。残念そうに月見がため息を一つつく。 

 

「まあでもそうカリカリしないでくれよ三輪」

 

 するとライが三輪の肩を叩き、三輪を呼び止める。

 

「三輪の分も僕が殴り飛ばしておいたから、ね?」

「はっ?」

「……紅月先輩!?」

 

 突然の衝撃発言に皆表情が固まった。

 

「えっ。殴った? どうしてですか?」

 

 恐る恐る古寺が聞き返す。聞き間違えでないのだろうかと願ったが。

 

「どうしてって。……この人は殴った方が良いなと思ったから」

 

 ライは笑顔でその問いに答える。

 迅の副作用は非常に強力なものだった。超える為にも格闘戦で挑むのは仕方がない事である。とはいえ咄嗟の判断でしっかり動けたなと試験の事を振り返ってライはそう口にした。 

 

《どうしたんですか、紅月先輩。こんなに迅さんと敵対していましたっけ?》

《確かに以前迅さんとの一件でもめたとは聞いていたが》

《遠征の件かね? そういやライって近界(ネイバーフッド)遠征希望みたいだし》

《でもまさかそこまで対立しているとは思わなかったわ》

 

 だが試験の詳しい内容までは知らない三輪隊の隊員達はこの話を聞いて肝を冷やす。

 内部通信で『まさか本当なのだろうか』と皆自分たちが考えていた事以上に激しい二人の関係性に冷や汗を流した。

 

「——ライ。よくやった。お前とはやはりよくわかりあえる気がする」

「えっ? そうかい?」

「何か謎の同盟が組まれてるし」

 

 ただ一人、三輪だけは納得した表情を浮かべてライと固い握手を交わす。迅と対立する者同士が手を組んだ光景を見て、米屋はこの場にいない迅に合掌するのだった。

 

「まあ迅の事は抜きにしてもA級に上がった事でできる事も大きく増えた。お前の活躍の幅がさらに広くなった事を考えれば喜ばしい」

「特権の事?」

「ああそうだ。様々な特権がある。開発室に依頼してトリガーを改造して貰ったり、遠征の選抜試験に参加する事も出来るようになる」

「他にも固定給がもらえたりな。後は色んな隊員の動向を見たり調査が出来たりもするぜ。俺らたまに撃破報告のない近界民を誰がやったのか調査したりもするし」

「なるほど」

 

 挙げればきりがないくらいだと三輪や米屋は次々とA級の特権を語っていく。

 精鋭と呼ばれるだけあって隊員達に与えられる権利はすさまじいものだった。確かにそれならば今まで以上に自由に動きまわる事も出来るだろう。

 

「後は、やはり特有のエンブレムを作れる事か」

「確かに。あれがある事で特別って感じしますよね」

 

 さらに奈良坂がA級部隊だけが作る事が出来る隊章を挙げた。二つとない隊を象徴する証。これを身に着けるだけでも意味があると古寺は言う。

 

「エンブレムか。それも考えなきゃな。ちなみに三輪隊はどうやって決めたんだ?」

「紅月君。うちの事は参考にしない方が良いわ」

「へっ? なんでですか月見さん」

「うちの事は参考にしない方が良いわ」

 

 部隊を示すものだからしっかり考えないといけない。その上で参考にしようとライが尋ねるも、彼の質問は月見によって遮られた。理由を尋ねても彼女はなぜか同じ言葉を繰り返すばかり。

 

「……そうですか。わかりました」

 

 おそらく本当に参考にしない方が良い理由があるのだろう。ライは大人しく引き下がる事にした。

 

「ええ。他の人の考えを聞いてばかりいると方針が偏ってしまうもの。私達も作る時は一から作っていたから、あなた方も二人でよく相談して考えてね」

「そう、ですね。はい。ありがとうございます」

 

 優しい口調で月見がライを諭す。

 確かに月見の言う事も一理あった。

 エンブレムはその部隊を簡潔に表す象徴。あまり他の者の考えばかり取り込んでは イメージのズレが生じてしまうかもしれない。ならば確かにライと瑠花、二人で一から考えた方が紅月隊にとって良いものが出来るだろう。

 ライもそう考える事にして、それ以上の追及は避けるのだった。

 

 

————

 

 

「——A級だけですごい数の隊員が訪れましたね。改めてライ先輩の交友関係に驚きました」

「結構個人ランク戦をやったりするし、年齢が近い隊員とは話す機会が多いからね。ボーダーは横にも縦にもつながりが広い。瑠花もこれからきっとどんどん増えて行くよ」

 

 ならいいのですが、と瑠花は軽く笑顔を作る。

 今日一日だけでA級の中でも名の知れた隊員達の姿が次から次へと見えた。つい先日までB級であったにも関わらず、これ程の人間関係の構築をするのは彼の優秀さと人のよさがあってこそ。今一度瑠花は感心し、少しでも彼の言うように人との関係を広げられたらと椅子に深く腰掛けて息を吐いた。

 

「とにかく良かったです。皆さん良い人ばかりで」

「……そうだね」

 

 おそらくは何かしらの皮肉や批判を言われる事も覚悟していたのだろう。

 紅月隊の快進撃はあまりにも早急すぎた。オペレーターが本部長の関係者という事もあっていわれのない差別が起こる可能性も考えられる。

 だが訪れる人々の表情は皆明るく、自分の事のように昇格を祝福してくれた。

 

「だからこそ僕らもより一層励まないとね。少しずつで良い。A級の立場にも慣れて行こう」

「はい!」

 

 彼らの期待に応えるためにも力を発揮しなければならない。ライが奮起を促すと、瑠花は明るい顔つきで頷いた。

 

「まあ今はまだ昇格したばかり。そんなに気を張る必要はない。試験も終わったばかりだし——そうだな」

「どうしました?」

「——瑠花。明日の休日は時間あるかい?」

「えっ?」

 

 屈託のない笑みでライはそう口にする。突然の隊長からの誘いに瑠花はすぐに答える事はできなかった。




太刀川隊の作戦室は月に一度、職員が片付けに来るって公式設定なんですよね……
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