REGAIN COLORS   作:星月

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紳士

 土曜日。

 学校が休みであるため学生も各々の休日を満喫する日。その日は紅月隊も特に防衛任務が入っていなかった為、ライと瑠花は本来ならばお互いに自由な時間を過ごしていた事だろう。

 ただこの日は特別だった。

 駅出入口のすぐ近くにあるベンチにライが腰かけている。当然ながらトリオン体ではない為、青のシャツに白のジーンズというラフな格好であった。本部住み込みで働いている為トリオン体でいる事が多い彼にとっては珍しい服装である。

 約束した時間の20分前には待ち合わせ場所を訪れ、数分ほど近くの本屋で時間をつぶした後はもう一度元の場所に戻り携帯端末を操作して時間をつぶしていた。

 こうして相手を待っているライであったが、そんな彼を建物の影から眺めている人影が二つ。

 

「——なあ。やっぱりこんな事やめないか? バレたら面倒だぞ」

「今さら何言ってんねん。バレなきゃ何も問題ないやろ」

「『バレなければ犯罪じゃない』という思考はやめてくれ!」

 

 平然と構える生駒に文句を唱えたのは柿崎だ。

 生駒と柿崎、共にB級部隊の隊長であり同年代である二人は生駒の提案によりライの尾行を行っていた。

 

「だって気になるやん。よっぽどの事がない限りボーダー本部を出ないあのライやで? しかも聞いたら女の子との待ち合わせとかそんな羨まけしから——んんっ! 弟子が不純異性交遊をしないかどうか監視するのは先輩であり師匠である俺の役目や」

「羨ましいなら素直にそう言えよ」

 

 咳ばらいして綺麗ごとを並べる生駒には嫉妬の感情があふれ出している。

 事の発端は今日の朝の事だ。生駒は偶然出会った太刀川と個人ランク戦にいそしもうとしたところに私服のライと出会い、彼も誘ったのだが『あっ。今日は瑠花と先約があるので失礼します』と返され、生駒の表情は固まった。

 瞬時に太刀川に断りを入れると彼もトリオン体を解除。万が一ライに見つかった時に言い訳ができるように近くを通りかかった柿崎を巻き込んで尾行を開始したのである。

 

「いやいや。確かに羨ましいという感情もないわけではないんやけどな? 実はこれは誰にも言ってないんやけど、実際あいつには怪しい点があるんや」

「怪しい点? 何かあったのか?」

 

 生駒の視線が鋭さを増し、柿崎は息を飲んだ。

 確かにライのボーダーに入るまでの経歴には不明な点が多く、彼の素性はボーダーに長く在籍している者達でもよくわかっていない。

 そんな彼に何か感じ取っていたのか。

 師匠である生駒なら何かつかんでいてもおかしくはない。一体何事だろうかと柿崎は先の話を促した。

 

「あいつ前に『瑠花ちゃんがあいつの本当の妹と似ているから気にかけてる』みたいな事を言うとったんやけどな?」

「ああ。……それで? 別に何もおかしくはないと思うけど?」

 

 特に不自然な点は見受けられないのだが、生駒は違うのか全力で首を横に振る。

 

「いやいやちゃうで! あれよく考えたら典型的な女の子を口説くナンパの手口なんや! きっとあいつ小っさい女の子なら誰でもええんやで! この前黒江ちゃんまで弟子にしとったもん!」

「生駒。お前そろそろ弟子に嫌われるからそこまでにしておけ」

 

 やはり生駒は生駒だ。真剣に考えて損をした。やはり帰ろうかなと柿崎がため息をこぼした頃、相手を待つライに近づく人物が現れる。

 

「えっ? マジ? あいつ女の子に話しかけられたの今ので何回目?」

「3回目だな。人数なら4人」

「嘘やん」

 

 どうやらライを見かけた女性が声をかけたようだった。何度か会話を交わした後、手を振って別れている。

 これですでに3回目の出来事。慣れた様子であしらう弟子の姿に生駒は呆れとも感心とも取れる言葉をこぼした。

 

「なんや。あいつ紅月ゾーンでも使っとるんか? 女の子の視線を自分の周囲に集めとんの? ちょっとその技俺も使えんのかな?」

「お前は今尾行してるんだから注目集めたら駄目だろ」

 

 自らの現状を忘れてぼやく生駒に突っ込む柿崎。やはり帰っては駄目だ。この生駒を放置しては後々面倒な事になる気がした。柿崎は諦めてライを監視する生駒を監視しようと決心する。

 こうしていつものように柿崎が苦心している中。

 

「ライ先輩!」

 

 待ち人である瑠花が小走りでライの下へと駆け寄って行った。

 水色の半そでのトップスに赤のフレアスカートを着ている。普段のスーツ調にネクタイという固い格好から離れた年齢相応の可愛らしい姿であった。

 

「すみません。お待たせしました」

「いや、僕もさっき来たばかりだよ。まだ時間も5分前だしね。——似合っているよ。いつもの凛としたオペレーター服も良いが、今の私服はとても可愛らしい」

「あっ。ありがとうございます……」

 

 気を使わせぬようにライは柔らかい笑みを浮かべ、そして瑠花の服装を褒めると瑠花は気恥ずかしいのか頬を軽くかく。

 

「いやいや騙されたらあかんで瑠花ちゃん。そいつ、君と会う前に他の女と楽しそうに話してたんやで。しかも何人も。それがライの本性や」

「偶々近くを通りがかった相手に話しかけられただけだろ。しかも断っていたじゃねえか」

 

 そんな二人の様子を生駒は歯を食いしばって見続け、柿崎は冷静に諭した。だがそれでも彼の感情は止まらない。

 

「俺を見習えや。俺なんてなあ。女の子の方から話しかけられる事なんて滅多にないんやぞ……! くそっ。こんな、こんな不条理が許されてええんか……!」

「わかった! 生駒、わかったから! それ以上は言うな!」

 

 体を震わせて嘆く生駒。わかったからやめてくれと柿崎は彼の肩を叩いた。

 そんな事など知る由もないライたちはさっさと移動を開始する。

 

「それじゃあ行こうか」

「はい!」

 

 二人の足は駅の近くにそびえる大型のショッピングモールへと向かっていった。彼らを見失わないようにと生駒や柿崎も気づかれない様に距離を空けつつ後を追う。

 こうしてライの予想とは少し外れた形で二人の時間は始まっていった。

 

 

————

 

 

 そもそも二人のお出かけには三つの目的がある。

 一つは単純に先日の部隊ランク戦を終え、そしてA級昇格を果たした後の休養だ。これまで他の部隊と合同の打ち上げなどはやったものの、二人でゆっくりと時間を共有する機会は取れていなかった。なので二人の時間があう日を選び、一緒に出掛ける手はずとした。

 二つ目は作戦室の備品の補充だ。そもそも紅月隊は部隊を結成したばかりであり、その後すぐに部隊ランク戦が始まってしまった為にあまり部屋の中の備品は整っていない。元々住んでいたライのものはまだしも瑠花の私物はほとんどなかった。なので任務をより効率的に進められるようにと彼女の欲しいものがあればここで買っておこうと考えた。

 そして三つ目は紅月隊のエンブレムの資料集めである。エンブレムとなると何かしら象徴となるマークが存在するものだ。だからこそこういったショッピングモールなど施設が多く並び立つ場所ならば参考になるものもあるのではないかとこの場を訪れる事となった。

 

「順番に見て行こうか。重い物や割れる可能性がある物は本部に送るか後で買う事にしよう。何か欲しい物とかあれば遠慮せずに言ってね」

「はい。ありがとうございます」

 

 まず二人が向かったのはインテリアショップだ。種類豊富な室内装飾用の雑貨や家具が所狭しと並んでいる。

 

「どういうのが良いですかね?」

「んーそうだな。まず瑠花はオペレーターだから座って作業する事が多いからね。負担軽減用にクッションとか最初に見て行こうか。他にも何か面白そうなオブジェとかあったら考えよう」

 

 何よりもこれからもずっと続くであろうオペレーターの仕事を考慮してライが提案し、商品を眺めていった。機能面や見た目など様々な点を考慮して二人は実際に商品を手に取り、試していく。 

 

「おいおい。なんやねんあれ。同棲はじめたばかりの男女かいな」

「——まあライが本部に住んでいるから完全に間違っているわけではないが」

 

 その光景を見た生駒はやはり唇を尖らせた。確かに彼の言う事も間違ってはいないのだが。

 

(どちらかというと仲睦まじい兄妹みたいだ)

 

 むしろ柿崎には一人暮らしを始めたばかりの妹に色々教える兄のような光景にも見えた。ライの穏やかな表情がそう感じさせるのかもしれない。

 

「まあ少し年の差もあるからあんなものじゃないか? そこまで気にすることじゃないだろ」

「くそっ。これやから自分を慕う女の子がいる隊長は! 柿崎も照屋ちゃんがおるからって余裕ぶりおって!」

「はっ、はあっ!? なんだよ。なんでそこで文香が出てくるんだよ!?」

 

 だがそれは同じような境遇にあるからだろうと生駒は不満を呈した。

 予想外の名前が出て柿崎は思わず困惑し、必死に否定する。その様子が生駒にはかえって怪しく見えた。

 こうして二人が謎の口論をしている間にも二人はクッションや写真立てにテーブルクロス、ディスプレイラックなど次々と購入していく。

 

「それじゃあ次に行こうか」

「はい」

 

 配送の手続きも済ませると二人は店を後にした。他にも様々な商品を見ようと会話を交えつつ歩みを進める。

 

「——ん?」

 

 するとライはふと瑠花の視線があるお店の商品で止まっている事に気づいた。

 彼女の注意はどうやらすぐ近くのアクセサリー店にあるようだ。特に店頭に並んでいるポーチを見ているように思える。

 

「瑠花、何か買っていこうか?」

「あ、いえ。ちょっと可愛いなって思っただけですよ」

「いいよ。折角の機会だ。欲しいと思ったなら我儘言ってくれても」

「悪いですよ。さっきのものと違って完全に私自身のものですから」

 

 ライは遠慮は無用だと告げるが、瑠花はさすがに申し訳ないとなかなか頷かなかった。今回の出費はライが全て出している。作戦室に置くものならばまだしも自分が持ち歩くものまで世話になるのは違うだろうと考えて否定した。

 

「でもどうせ僕自分の事にあまりお金を使わないから余るし。B級の時だってかなり余裕あったから問題ないよ」

「もう少し自分の事に使ってください」

 

 だがライはA級に昇格した事もあって金銭面の不安は無用だと語る。確かに無駄に浪費するイメージはないが、もっと自身を大切にしてほしいと願う瑠花だった。

 

「でもこういう時くらいしか君と一緒に外へ来る事はないだろう。ここは年長者の、隊長の顔をたててくれないか?」

 

 それでもライは平然とした顔で話を続ける。

 ——ずるい。正論で押し通してしまうのだから、本当にこの人はずるいと瑠花は思った。

 

「……では、お言葉に甘えて」

「うん。どれがいい?」

 

 そして結局甘えてしまう自分も感化されてしまったのかもしれない。反省しつつも隊長の誘いに従って商品を見比べていった。

 こうして猫柄のポーチを購入した後、さらにぬいぐるみを買い、コップやお皿などの食器を購入、配送してもらう一通りの買い物を終える。それなりに時間が経過し、お昼時を迎えようとしていた。

 

「買い物してたら意外と時間は早く過ぎちゃうね」

「そうですね。もう気づいたらお昼ですか」

「どうだろう、瑠花。そろそろご飯としようか。お昼ご飯は行きたい所とかあるかい? この前言った所でも良いかな?」

 

 二人ともお腹が空いた頃を見計らってライは昼食を提案する。一応前もって候補地を告げていたのだが、改めて瑠花に希望を聞くと。

 

「はい。私も折角ですからライ先輩と一緒にあそこに行きたいと思います」

「わかった。じゃあ少し歩くけど、行こうか」

 

 彼女の許可を得て二人は歩き出した。

 当然のように生駒や柿崎も距離を空けてその後を追う。

 

「なんや。昼食か?」

「みたいだな。どこか別の所に行くみたいだが」

「ちょうどええ。俺らも別の場所に座って飯にしよか」

「時間帯的にもそうだな。多分二人ともそう遠くにはいかねえだろ」

 

 女の子にそう長く歩かせることはしないだろうし、と柿崎が続けると二人の様子を窺っていた生駒に衝撃が走った。

 

「……なるほど。そういう所かいな。そういう細かいとこにまで気配れないとアカンのやな」

 

 どこから取り出したのか生駒は小さな手帳に文字を書き綴っていく。女性に対する気配りや心得をメモしているのだろうか。そういう変な所で真面目な所を普段から出せればいいのにと柿崎は息を零し、ならばと少しでも力になればと彼にアドバイスを送った。

 

「まあそういう点もそうだけど。たとえば今のライの様子とかもそうなんじゃないか?」

「えっ? 今? どないしたん?」

 

 柿崎がライを指差す。生駒もつられて今一度二人へと視線を戻し注意深く観察した。

 今はただライが瑠花と並んで歩いているだけだが、そこにも些細ながら彼の振る舞いにはポイントが見受けられる。

 柿崎曰く、重い荷物を持たせない。歩くスピードや歩幅を合わせる。車道側を歩く。

 ライが当然のようにやっている為に気づけなかったが、彼の行動の一つ一つに優しさや魅力が感じ取れた。

 

「——自分本当そういうとこやぞ!」

 

 アカン。紳士やんこいつ。

 もはやどうしようもない程の差を感じ取り生駒は思わず目を覆うのだった。




祝、50話到達!
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