REGAIN COLORS   作:星月

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隊章

「いらっしゃい——なんだ、テメエかよ」

 

 三門市内にあるお好み焼き屋さん、『かげうら』。

 影浦隊の隊長である影浦の実家であり、高校が休みの時は彼も営業を手伝っている。

 今日も高校の授業がないため影浦は店の手伝いを行っており、新たに来店した客を出迎えたのだが、その顔ぶれを見て小さく息を零した。

 

「こんにちは。お邪魔するよ、カゲ」

「こんにちは」

「おお。好きなとこにかけとけ」

「うん。じゃあ、行こうか」

 

 入店したのはライと瑠花の二人だ。影浦にとってはつい最近、また『かげうら』に来るよう誘っていたので不思議ではないのだが、こうもすぐ来るとは予想外の事だった。

 影浦の指示通り、二人は窓際の一席に腰かけるとさっそくメニュー表を机の上に広げる。

 

「さて何にしようか。お好み焼き屋さんは来た事あるかい?」

「家族と一度だけなら。それも少し前の事になりますけど」

「それなら好きなものを選んだら良いよ。チーズとか海鮮系のものが良いかな。シェア出来るし気に入ったものを頼んでね」

 

 たまに来るからだろう、自分の事は気にせずに選んでくれとライが言うと瑠花はメニュー表をじっくりと眺めはじめた。

 滅多にこない為に種類豊富なメニューが新鮮に映っているように見える。

 どれがよいだろうかと相談に乗りながら、二人は注文内容を決めていった。

 

「よっしゃ。頼むで、豚玉にチーズ、ネギ豚、ミックス玉」

「おい生駒。それ一人で食べるのか?」

「当たり前やろ。お好み焼きは一人一枚食べるものやん」

「別に構わねえが残さねえでくださいよ?」

「もちろんや」

 

 当然だと生駒は鼻を鳴らす。生駒と柿崎もライ達の席から少し離れた席で昼食を満喫しようと影浦に注文を告げていた。大食いだからなのか、あるいは食べなれているからなのか生駒は次々と頼んでいく。

 しかもライと違って誰かとお好み焼きをわけ合うつもりは最初からないようで、こう言った所でも考え方は違うんだなと柿崎は苦笑した。

 

 

————

 

 

 

 小刻みに刻まれたキャベツと生地、チーズなど具材を2,3回ほど混ぜ合わせ、油を敷いた鉄板の上に流しこむ。たちまちジュワァッと油が跳ね、生地を焼く音がテーブルに響き渡った。

 

「わっ。すごい」

「生地を焼き始めたらこんな感じに鉄板の上で混ぜ合わせると良いよ。油が跳ねるかもしれないから気をつけてね」

「はい!」

 

 瑠花が感嘆の声を漏らすと、少し先に焼き始めたライは両手のヘラを自在に操って彼女へと手本を見せる。彼に倣って瑠花もヘラを手に取ると二つのヘラで具材を混ぜ合わせ全体に行き渡らせた。やがて徐々に形を円形へと整えてしばし焼き続けた。

 

「こうやって自分で焼いてみるのも面白いものですね」

「食べるのは勿論だけど、こうやって見ているのも面白いし、音や匂いで食欲が湧きたつからね。実際にやってみる事でまた感覚が違うだろう?」

「ええ。焼いてみるのは初めてなので余計に」

 

 それはよかったとライが笑う。

 前回、焼肉屋の時はライが彼女の分も焼いていたのだが、今回は瑠花がお好み焼き屋に来る機会もあまりなかったという事で彼女に実際に体験してもらおうと見本を見せつつ彼女に調理をやらせてみた。結果として彼女が様々な表情を浮かべ、試してもらって良かったと思える。

 

「何なら鉄板を買って本部でやってみようかなとも思ったけど、それほど頻繁に食べるわけでもないし油の処理や管理も大変。それにカゲのお店の方が素材も良いと考えたからやめたんだ。今度瑠花も連れて来ようと話していたし、一緒に来れて良かったよ」

「ライ先輩は前にもこちらのお店に?」

「うん。カゲに誘われて皆と以前来た事があったんだ。他にも影浦隊の隊員を始めとしたボーダーの隊員が結構来ることがあるみたいだよ」

 

 かつての勉強会の事を思い出しつつライが当時の様子を振り返った。やはりボーダー隊員達の繋がりが深いからだろうか、『かげうら』にも隊員は訪れる。常連客もいる程だ。

 

「少し意外ですね。今もそうですが——影浦先輩のイメージがちょっと違ったので」

 

 そう言って瑠花は視線を別のテーブルへ注文を取りに行った影浦へと向けた。

 人伝いに聞いた影浦の噂話について話しているのだろう。影浦は自身のサイドエフェクトの件もあって他人と衝突する話が絶えなかった。そのせいで乱暴な性格というイメージが付きまとっているのだが、少なくとも今のように愛想よく客と接している姿からはそのような印象は感じられない。

 

「まあそう思う人がいると言うのは僕も聞いたことがあったから仕方ないけど。でも、悪いやつでないのは確かだよ。それに、そんな事を言ったら僕だって人の事を言えないからね」

「いえ、あれはそんな——!」

 

 ライもかつて迅を相手にトリガーを行使した事でC級隊員達の中には危険視している者もおり、そういう意味では影浦と似ている面があった。

 事情を知っているが故に瑠花は強く否定するが。

 

「だからだよ。彼にもそういう事情があるかもしれない。君には誰かの意見を鵜吞みにするだけじゃなく、自分の考えで人を見るようになってもらいたい」

 

 そんな彼女を諭すようにライは言う。

 

「……はい!」

 

 知っているからこそ彼の言葉は重みがあった。瑠花がはっきりとした声で肯定すると、ライは満足して頷く。

 

「よしっ。——さて、そろそろ丁度いい頃合いかな。ひっくり返してみようか」

「あっ、わかりました」

 

 話をしている間に焼き始めてから5分ほどが経過。そろそろ大丈夫だろうとライはヘラを手に取った。

 

「左右から生地の下にヘラを通して、軽く合わさるくらいまで来たら、手首を回転させて、ハイ!」

 

 鉄板をこするように生地の下にヘラを滑らせると、生地をわずかにずらして手前にひっくり返す。あっという間に裏返し、程よい焼き目が姿を現した。

 

「上手いですね」

「力を抜いてやってみると良いよ」

「はい。ちょっと見ててくださいね」

 

 瑠花も見様見真似で生地を操作する。

 ヘラを差し込み、丁寧に生地を動かして——

 

「えいっ!」

 

 裏返す時は確実に。彼女の眼前にも綺麗に焼き上がった生地が広がっていた。

 

「出来た!」

「うまいうまい。写真後で送るね」

「えっ? あっ、撮らなくていいです!」

 

 いつの間にか携帯端末で写真を撮っていたライを見て瑠花が気恥ずかしげに頬を赤らめる。結局この後ライから写真が送られる事になるのだが、彼女もその写真を大切に残しておくのだった。

 裏面に返してまた同じくらいの時間焼き続けると二人は同じ方法でひっくり返す。

 そしてまたしばし時間をおいてもう一度裏面に返すとこれで準備は終了だ。

 

「じゃあ後は味付けだね。はい、どうぞ」

「いいんですか?」

「うん」

 

 机の横からライは各調味料を取り出す。

 彼の指示に従い、瑠花はソースにマヨネーズかつお節、青のりと次々と食材をふんだんに投入した。

 たちまち甘い香りが広がり、かつお節が熱に煽られてゆらゆらと揺れる姿が食欲を掻き立てる。

 

「わっ、すごい!」

「良い感じだね。じゃあ切り分けようか」

 

 感動覚めきらぬうちに食べようとライが二つの皿を手に取った。

 綺麗に焼き上げた明太餅チーズ玉とミックス玉をそれぞれ二人の皿に分配する。

 

『いただきます』

 

 同時に手を合わせ、お好み焼きへと箸を伸ばした。熱さに注意し息でわずかに和らげると口の中に放り込む。

 

「……おいしい」

「よかった。こうやって作ってみるのもたまにはいいでしょ?」

「はい。とても面白いし、楽しいですね」

 

 見た目も味も感触も満足できるものだった。

瑠花の笑みを見てライも疲れが飛んでいく感覚を覚える。どのような反応が出るか不明であったが、こうして二人で来れてよかったと心からそう思えたライだった。

 

「うおおお! 結構いけるやん! よしっ、柿崎。ちょっとそっちの方も使わせてもらうで!」

「本当に全部食う気かよ。……しかし手馴れてるな」

「当たり前やろ。こういう焼き物系は任せときや!」

 

 その一方で別のテーブルでは生駒がお好み焼きを堪能しつつ、次から次へと新たな生地を焼き上げている。

 見事な手際の良さで次々とお好み焼きを焼いている姿は確かに様になっていると柿崎は感心した。

 

「どや? これくらい上手く焼き上げてったらさすがのライも敵わんとちゃう?」

「というか向こうは自分でお好み焼きを焼かせているみたいだな。楽しそうだぞ」

「えっ。ちょっ何それ? こういうのは男がやった方がええんとちゃうの? この前焼き肉の時ライが焼いとったと聞いたで」

「お好み焼きを焼くのとはまた勝手が違うからじゃないのか? 焼肉よりも機会が少ないから体験させたんじゃないか?」

「——判断ムズッ!」

 

 負けじと腕を振るっていたのに。

両の目からほろりと涙がこぼれる。もはやどこをどうすれば良いのかさえ分からず、生駒の嘆きは止まらなかった。

 

 

————

 

 

 『かげうら』でお好み焼きの味を堪能した二人は会計を済ませると店を後にした。

 早速割引券を使うと影浦は軽く舌打ちをしていたが、『また来いよ』と声をかけている所を見るに歓迎しているのだろう。

 影浦と手を振って別れると二人はゆっくりとした足取りで道路沿いを歩いていく。

 

「お腹いっぱいになったかな?」

「はい。おかげさまで。たまにはこういう料理も良いですね」

「うん。今度また食べたくなったらいつでも言ってね」

 

 お腹が膨れた事で満足感に満ちていた。二人は他愛もない会話を交えつつ道なりに進んでいき。

 

「——おっ。そうだ、本部に戻ったら少し作業をしたいから、その時用にちょっと飲み物を買っても良いかな?」

「もちろん。……今日はこの後ランク戦ですか?」

「いいや。今日はランク戦はしないよ。ただ他に考えがあってね」

 

 瑠花の許可を得るとライは一件のカフェの中へと入るとテイクアウト用のアイスカフェラテとアイスティーを購入。素早く用件を済ませて店を後にして——あるものが目に映り、その場で足を止める。

 

「ライ先輩? どうしました?」

「……いや。ちょっとね」

 

 疑問に思った瑠花が声をかけた。だが具体的な答えは返らず、ライは何かをじっと見上げている。どうしたのだろうかと瑠花も視線を上げると、その先にはカフェのロゴデザインが描かれた看板があった。

 円の中心には女性をモチーフとしたモデルが描かれており、版画調なデザインである。

 

「お店のマークですか?」

「うん。——瑠花。一つお願いがあるんだけど」

「何ですか?」

 

 ライからの頼みに瑠花が聞き返すと彼は一つ間をおいて話を続けた。

 

「紅月隊のエンブレムの話についてだ。よければだけど、この後もう少し本部で考えようと思ったんだけど、協力してもらっても良いかな?」

 

 

————

 

 

 こうしてライと瑠花はボーダー本部に戻って来た。

 今日の外出でヒントを収穫。早速エンブレムの製作に取りかかろうと意気込んだのだが——

 

「紅月先輩。どないしたら自分みたいに女の子からモテるようになれるんですか、教えてください」

「……いきなり訪ねてきてなんなんですかイコさん。なんでいきなり正座してるんですか」

 

 作戦室に突然の来訪者・生駒が訪れ、彼が正座でライに頼み込んだ事で作業は中断を余儀なくされる。

 何故か年下であるはずのライを先輩呼び。生駒の考えが読めないのはいつもの事だが、いつも以上に生駒の行動が突拍子すぎた為にライは理解が追いつかなかった。

 

「いや実はな、自分の生活とか見とればいつか俺も女の子にモテるやろか思て今日一日監視してたんやけどな」

「今サラッととんでもない問題発言が飛び出しましたがスルーしておきますね」

 

 本当は良くないのだが一々突っ込んでいては話が進まない事をよく理解しているライはあえてそれ以上は追及せず先を促す。

 

「なんかもうお前の仕草とか自然すぎてもう何を見ればいいのかさえよくわからんねん。こうなったら直接本人に頼んだ方がええ思てな」

「どうしてそんなに思い切りが良いんですか。そんな理由で師匠が弟子に頭下げないでくださいよ」

「なんでや。モテたいのは男の性やんか。お前とて気づいてないだけで心の底ではそう思とるはずやで」

「イコさんは僕に喧嘩を売りに来たんですか?」

 

 そう言ってライは大きくため息をついた。

 おそらく無視すればいつまでも作戦室に居座るだろう。かといってまともに話に付き合っても生駒が納得するまで話を続けるのは困難であることは予想できた。

 ここは適当にあしらうのが正解だろうとライは決断する。 

 

「いいですか? そもそもイコさんがモテないというのは一種のアイデンティティのようなものです。イコさんが急にモテるようになったらそれはもうアイデンティティの崩壊、イコさんではありません。別の何かです。生駒隊解散の危機にまで発展しかねない事案ですよ」

「えっ!? 俺の女の子回りの事でそこまで一大事に!?」

「ライ先輩、さらっと酷い事を言っています」

 

 隊長の意図を察したのだろう、瑠花がツッコミを入れるがライの口は止まらなかった。 

 

「大丈夫です。イコさんは自分の事をモテないと仰っていますが、きっと女の人達がイコさんの魅力に気づいていないだけです。きっといつの日かイコさんにスポットライトが当たる日が来ますから」

「ホンマか?」

「本当です。もう一周回って黄色い声援にあふれるようになりますよ。きっと」

 

 先ほどから『きっと』という言葉を繰り返していることから彼がこの場をどうにかして切り抜けようと考えている様子がうかがえる。

 

「でもそう言って俺もうすぐ19年経とうとしとるんやけど」

「そんな風に数えている間は駄目ですね。無心になる事です。いつか時代が追いつくと信じて気長に待ちましょう。それでも気になるなら隠岐に相談しましょう。きっと彼が全て解決してくれます」

「でも隠岐も結局隊長がそんな事で頭下げんでくださいとか言うに決まっとんねん。わかった、ほな30分。いや10分でええ。モテる秘策を教えてくださいお願いします」

「10分でも長いと思うんですけど。一体僕に何を話せって言うんですか」

 

 面倒この上ない上に自分が力になれるとは思えなかった。

 ライは即座に断りを入れようとしたのだが、生駒の事情を考慮するとここで断っては彼に失礼か。そう考えたライは深く肩を落とす。

 

「——わかりましたよ。ただ今日と明日の午前は僕もやる事があるので無理です。明日の午後や明後日は時間あると思いますが。明々後日は……イコさんが生駒隊の人たちと過ごしますよね。じゃあ明日の午後以降か水曜日以降で良ければできる事はしますよ」

「ホンマか!? 神か!」

 

 生駒もまさか応じてくれるとは思っていなかったのだろう。ライに惜しみの無い賛辞を贈った。

 

「ん? でもなんで明々後日は駄目なん? 俺が駄目?」

「あの、察してくださいよ。まさか忘れているわけじゃないですよね?」

「忘れる? えっ、何の事?」

 

 尋ね返された生駒は必死に考えるも簡単には答えが出てこない。

 明々後日は4月29日、火曜日。

 部隊ランク戦も昇格戦も終わっているし、大学の行事も特にないので生駒には特別な用事はないはずなのだが。

 

「明々後日はイコさんの誕生日でしょう」

 

 いや、一つ大切なイベントがあった。

 そう生駒の誕生日である。

 弟子に言われてようやく思い至り、生駒の体に衝撃が走った。

 

「……そうやん。忘れとったわ」

「まさか本人が忘れているとは思いませんでした。しっかりしてくださいよ。今日買い物に行ったのはそれの為でもあるんですからね」

「えっ、まさか俺にプレゼントか!?」

「はい。一応瑠花も探してくれたので僕と瑠花二人から、という事で。まあそちらは後日お渡しします」

 

 そう言うと、生駒が正座のままライの両手を握りしめる。

 

「——ライ。いや、紅月先輩。ありがとうございます。瑠花ちゃんからのプレゼントという事で受け取っときます」

「直接そのように言われると複雑なんですけど。まあ良いか」

 

 これ以上付きまとわれるよりは幾分もマシだろう。ライは文句の言葉を飲み込み、その場を収めるのだった。

 

 

————

 

 

「それでエンブレムを作るという事ですが、モチーフは決まったんですか?」

 

 生駒がようやく作戦室を退出すると、瑠花がライに尋ねる。

 先の言葉からライが何かしらエンブレムについて考えをまとめた事は理解できたが、一体どのようなものを想定しているのか非常に気になった。

 エンブレムはその隊を象徴するものだ。

 他の部隊にはない隊員の特殊性を示すものとなる。

 これまでも色々ライの個性などを考えたが、彼が得意とするチェスはすでに冬島隊が使用済み。刀は太刀川隊、盾は嵐山隊が使っているなど中々イメージは定まらなかった。

 

「うん。先ほど言ったように、瑠花にお願いしたい事があるんだ」

「何ですか?」

 

 お願いと言われてもエンブレムに関する事で思いつく事など限られている。

 何かしらの資料採取だと予想しているが、一体何に関するものなのか。瑠花は次の言葉を待った。

 

「エンブレムの作成に至って、瑠花にはモデルになってもらえないか?」

 

 そしてライの口からとんでもない発言が飛び出す。

 

「……はい!?」

 

 さすがにすぐにその真意を理解できず、瑠花は驚愕を隠せなかった。

 

「モデルって、えっ? エンブレムですよね!?」

「うん。モデルっていっても顔とか表情とかはわからないようにするよ。輪郭だけが出るようにしたいんだけど、その参考にと思って」

「嫌です!」

 

 特定はされないから大丈夫だとライは告げるが、瑠花は了承できず首を横に振る。

 

「そんな恥ずかしい事できません! 大体どういう事なんですか? エンブレムって部隊の特徴をデザインしたものですよね? どうして私が出てくるんですか!」

 

 もっともな意見であった。

 基本的にエンブレムは部隊の戦術などを反映したものとなる。そこに自分が出てくるなど以ての他だと瑠花は強く否定した。

 

「その通りだ。部隊の特徴を表すからこそ、そう考えた」

 

 だがライは瑠花の反対意見を聞いてもなお意見を曲げない。

 

「知っての通り僕たちは二人部隊だ。他の部隊以上に余計にオペレーターの力は重要になり、かつ強力になる。ならば君という存在は欠かせない。そもそも僕一人の印象をデザインなんて大したものが出てこなさそうだし」

「そんな事ないと思いますけど」

「それに、『代わりとなって戦う』という君に話した言葉を反映したいと思ったから」

 

 瑠花の目が見開いた。それは二人が初めて出会った時にライが言葉にしたものだ。

 

「だからこそ。紅月隊の象徴となるものを作るならば、僕はこうしたいと思った」

 

 カフェで見つけたモチーフが決め手になったのだろう。

 支えとなるオペレーターの存在をエンブレムに取り入れたい。ライは語気を強めてそう言った。

 瑠花は大きく息を吐く。一緒に過ごしてきたからこそ、彼は優しいが意志が強くそう簡単に意見を曲げないという事はよく知っていた。それが正論であるというのならなおのこと。そして彼に言葉で勝つ事は出来ないという事も。

 

「……ライ先輩」

「うん」

「…………本当に私だとわからないように、という条件でなら、わかりました」

 

 ゆっくりと、渋々と瑠花は許可をだした。

 

「わかった。ありがとう! じゃあちょっとイスに座ってもらっても良いかな? 早速書いてみるよ!」

「本当にわからないようにしてくださいね!」

 

 ウキウキと楽しそうに心を弾ませるライに、瑠花は今一度注意を呼び掛ける。

 最終的な下書きが完成するまで油断しないようにしよう。椅子に深く腰掛けつつ、瑠花はライの動向を一挙一動注視するのだった。

 

 

————

 

 

 翌日の日曜日。

 この日は狙撃手(スナイパー)合同訓練が行われる日であった。

訓練の内容は通常狙撃訓練。100m先の直径50㎝弱の的を狙って撃つという単純なものだった。ただし5発撃つごとに的が少しずつ遠くなるため徐々に難易度は高くなっていく。

 狙撃の精密さ、集中力。様々な要素が求められる訓練で、やはりいつも通り上位に名を連ねる者が好成績を収めていた。

 一位、奈良坂。二位、半崎。三位、佐鳥。四位、ライ。

 狙撃手(スナイパー)ならば知らぬものはいない者達の中にライも加わっている。

 

「さすがだな、ライ」

「いつか師匠に追いつけるように頑張っているよ」

「ふっ。そう簡単に並ばれるわけにはいかないな」

 

 訓練を終えた奈良坂がライに声をかけると二人は軽い口調で笑いあった。師弟とあって二人の仲は良好だ。特に理屈を重要視する狙撃手という点で一致しているという点も大きいのだろう。

 

「……ついにエンブレムも完成したんだな。その効果もあってか」

「そうだね。これがあると『いよいよ』って感じはするよ」

 

 ライの隊服の左胸には新たに製作した紅月隊の隊章(エンブレム)が刻まれていた。

 正面から見て、少女が左を向いて祈りを捧げているような姿の輪郭が描かれており、それを背景にその前中央にトリオンキューブが描かれ、さらにそのトリオンキューブの中央で弧月とイーグレットが交叉するように描かれていた。

 二人部隊という特徴。そして戦況を選ばずにあらゆる武器で戦うという彼の特徴を現わしているのだろう。

 

「思ったより早くてビックリしたよ。ラフイメージを提出したらその日のうちに仕上がって届いたからね。夜遅くだったから瑠花に教えたのは今日の朝だけど」

「俺達もそんな感じだったな」

 

 頷く奈良坂だが、三輪隊の場合はただ『へび』としか書かれていないものを提出されたため、開発室のデザイナーが奮闘したのだがライは知る由もない事である。

 

「『A級11位』か」

 

 そして隊章の上には順位を示すA11という記号も表示されていた。

 紅月隊の昇格により本部に所属するA級部隊数は現時点で11。当然昇格したばかりであるため一番下の数字が割り振られたのだが、ライはその11という数字を見て複雑な表情を浮かべる。

 

「どうした? やはり不服か?」

「いや、そんなんじゃないよ。まあここからまた頑張っていくさ」

 

 確かに不服に思う事がないわけではないが、それを口にしても意味はなかった。ライは笑みを繕ってその場をごまかす。

 

「まずは狙撃手訓練からね。今日いない人や本気じゃない人もいるから、そういう人達にも勝てるようにしないと」

 

 そう言ってライはあたりを見回した。

 奥のブースに注意を移すと、当真や絵馬が銃弾で的に絵文字を作った光景が映し出される。奈良坂などが言う、点数では計れない『自由な才能』だ。彼らの技量は計り知れない。他にも今日は不在である東や鳩原もライをも凌駕する技術を持ち合わせていた。

 彼らに負けない様今後も励まなければと、ライは強く意気込む。

 

「あれ。そういえば今日鳩原はいないんだ。珍しいね」

「確かに。東さんはわかるが、鳩原先輩が休むのは意外だな」

 

 鳩原未来。二宮隊の狙撃手(スナイパー)だ。

 狙撃の腕だけならば当真や奈良坂をも上回る技術を持つ彼女はライも関心を寄せていた。

 訓練成績も優秀であり、真面目な性格から基本的には狙撃手(スナイパー)の合同訓練には毎回出ていたので余計に疑問が湧く。

 

「鳩原先輩なら多分しばらく来ないよ」

「えっ? 絵馬?」

 

 どうしたのだろうと二人が考えていると、その質問に答えたのは鳩原の愛弟子である絵馬だった。

 

「……ひょっとして、この前の発表の事か?」

「うん。多分ね。鳩原先輩はすごく悔しがっていたから」

「発表? 何の事だ?」

 

 奈良坂と絵馬は思い当たる事があるのだろう。すぐに見当がついていたが、ライはまったく予想できず首をかしげる。

 

「そうか。お前は選抜試験の時はB級だったから連絡はまだ行っていないか」

「選抜試験? えっ。それって」

「そう。——鳩原先輩の部隊、二宮隊の遠征選抜試験の合格が、先日取り消されたんだ」

 

 それはライも目標としている近界(ネイバーフッド)遠征の選抜試験に関する事。

 二宮率いる二宮隊が一度は合格した選抜試験において、上層部よりその合格を取り消されたという話だった。

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