REGAIN COLORS   作:星月

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遠征

 『人が撃てない』。

 その致命的な弱点が防衛隊員にとってどれだけ欠陥となりうるかということくらい痛いほど自覚していた。

 だけど克服しようにも術が見つからず、工夫しようにも力が足りず、意志に気持ちが追いつくことはない。試しに実戦で武器ではなくその武器を持つ隊員に銃口を向ければ、かつて一度だけ犯してしまった失敗が脳裏をよぎり、両の手が勝手に震え上がった。震えはたちまち全身に広がるとまるで自分のものではないかのように体の制御を失い、味方の支援どころではなくなってしまう。

 結局人を撃てたのはかつて間違えて誤射してしまった一回だけ。守る立場でありながら敵を撃つ事は出来ない狙撃手(スナイパー)。よそから見れば確かに足手まといに映ったことだろう。

 

「鳩原未来、だな」

 

 それでも必要としてくれた人がいた。

 部隊の一員として共に戦う事を選んでくれた隊長がいた。

 彼の指示に従い、敵の武器を破壊する事に専念して、あの常日頃から尊大で傲岸不遜かつ無愛想な上に口まで悪い射手の王がトドメを刺す。

 単純なそれがいつしか二宮隊の必勝パターンとなり、彼が率いる隊はA級でも上位の順位に上り詰めた。

 そしてついにずっと目指していた遠征選抜試験にも合格。

 ようやくボーダーに入隊した真の目的、かつて近界民(ネイバー)に拉致された弟の救出を果たす事ができる。

 ただそれだけを願ってずっと訓練にも励んできた。その悲願成就の時が近づいている。

 計り知れないほどの喜びに、嬉しさに満ちていたというのに。

 

「——鳩原、話がある。落ち着いて聞け」

 

 どうして世界はこんなにも残酷なのだろう。

 隊長からの突然の呼び出し。一体何事だろうと作戦室を訪れると、隊長から告げられたのは遠征選抜試験合格の取り消しだった。

 

「……えっ?」

 

 理解が追いつかない。

 だって、ようやく今までの努力が叶うと思っていたのに。

 

「やっぱり、あたしが、人を、撃てないから、ですか?」

 

 震える声で言葉を紡ぐ。

 隊長はただ『違う』と否定して、体を支えてくれたけど。

 でも、それならばどうして一度合格になった判定を取り消すほどの明確な理由を教えてくれないのか。

 決まっている。

 それが答えだからだ。

 

「——わかりました二宮さん。はい、大丈夫です。失礼します」

 

 強引に手を振り払って作戦室を後にする。

 上手く笑えていただろうか。正直、自信はない。今でさえ必死に平常さを貫くのが精一杯だから。

 ボーダー本部にいる事さえはばかられ、すぐさま本部を後にした。これ以上は耐えられない。耐えられるわけがなかった。

 

「どうして——?」

 

 耐え切れず一筋の涙が頬を伝う。

 どうして、今更取り消されたのか。

 どうせ願いが叶わないというのならば、どうしてもっと早くそう言ってくれなかったのか。

 入隊の時に、狙撃手(スナイパー)を目指した時に、二宮隊に入隊した時に、A級に昇格した時に、選抜試験を受けた時に。

 いくらでもその機会はあったはず。

 なのにどうして、ようやく願いが叶う目途が立った今になって、どうして?

 次から次へと疑問が湧きだしては答えが出る前に掻き消えていく。いや、違う。答えは最初からわかっていた。『鳩原未来が人を撃てないから』。だけどその事実があまりにも悔しくて、そしてどうしようもない。

 

「……いやだ」

 

 でも、それでもまだ意志だけは残っていた。悲願に手が届きかけたからこそ、今更諦める事なんてできるはずがない。

 

「——もしもし。鳩原です。今、お時間よろしいですか?」

 

 携帯端末を手に取り、ある人物へと電話をかけた。

 相手はかつて防衛隊員に対するものとは思えない交渉をかけてきた人だ。当初は『そんなことできるはずがない』と誘いを一蹴したが、彼の『気が変わったら教えてくれ』という言葉が脳裏に焼き付いていた。

 時間にして5分ほどだろうか。何度も念入りに手はずを確認し、通話を終える。

 

「やっぱりあたし、ダメなやつだ」

 

 自虐的な言葉が耳を打った。

 今からやろうとしている事はボーダーに対する明確な裏切り行為であるというのに。

 それをあっさりと決断し、行動しようとするなんて。

 本当に、ダメなやつだ。

 

 

————

 

 

 休日が終わり、再び平日が始まった月曜日。

 今日も警戒区域内には警戒音(アラーム)が鳴り響き、巡回を行っていた防衛隊員が忙しく現場を駆け回っていた。

 

「諏訪さん! 一体が突破しました!」

「チッ。止まんねえか。——紅月!」

 

 防衛任務の担当は諏訪隊。

 諏訪と笹森の二人がそれぞれ二方向から迫る敵に対応していたものの、笹森が一体のモールモッドを相手にしている間にもう一体が抜け出し、突破を許してしまう。

 これ以上はマズいと諏訪が名前を呼んだのは、前シーズンで彼も苦戦を強いられたライだった。

 

「エスクード」

 

 直後、モールモッドが侵入しようとした道の先に大きな壁がせり上がる。

 侵入を阻まれたモールモッドは進路を変更しようとしたが、すぐさまエスクードの真横を通って無数の弾丸がモールモッドへ襲い掛かった。弾丸はモールモッドの脚部を打ち抜き、巨体が地面に沈む。

 

「足は止めた。笹森!」

「了解です!」

 

 機動力さえ封じてしまえばこちらのもの。

 ライの指示に従い、笹森が弧月をモールモッドの急所めがけて突き立てた。

 これにより動力を失ったモールモッドは完全に機能を停止する。

 すべての近界民(ネイバー)を撃破し、今日も無事に防衛任務の役目を果たしたのだった。

 

 

————

 

 

「おっし。あとは引継ぎで終了だ。悪かったな、紅月。堤が急に来れなくなっちまってよ」

「構いませんよ。こちらも時間がありましたので」

「助かるぜ。引継ぎはこっちでやっとく。先に上がっててくれ」

「了解です。ではまた」

「おう」

「ありがとうございました!」

 

 ライは諏訪と笹森に一礼し、その場を後にした。

 本来ならば諏訪隊が防衛任務の担当だったのだが堤が急用の為に任務に間に合わず、急遽諏訪がライへ出動要請を出したのだ。

 こう言った事が可能な点もライが重宝される点だろう。

 本部住み込みであるため他の隊員と比べ比較的に融通が利き、しかもあらゆるポジションに対応できるため他の部隊と組んで戦っても不在の役を十分補う事ができる。いざという時のヘルプにはうってつけであった。

 

「おー。お疲れ諏訪さん」

「太刀川。この後はお前らか。じゃあ後は頼むぜ」

「了解。こちらの区域は確かに請け負った」

 

 しばらく歩いていくと諏訪と太刀川が鉢合わせとなる。諏訪隊から太刀川隊へと防衛任務を引き継ぐと、諏訪と笹森は本部へと向かって行った。

 

「相変わらずこういう時紅月は便利だよなー」

「確か堤さんが大学の補講で来れなかったんでしたっけ? 本当、急用でいざって時動けるから助かりますよ」

 

 去っていく二人の背中を眺めながら、突然の要請にも関わらず彼らを助けたというライの存在を太刀川と出水が振り返った。

 

「基本的に本部にいるからいつでも出撃できるし、いろんなポジションに対応できるし」

「メテオラで罠を仕掛けたりエスクードで道の封鎖もやるからな」

「完璧に便利屋って感じですよね」

「ああ。頼めばレポートとかも手伝ってくれるしな」

「いや、それはもう便利屋というか何でも屋では?」

 

 違うだろうと否定しつつ、出水もライの万能性には理解を示す。

 

「そもそも紅月先輩のあのトリガー構成はランク戦よりも防衛任務を想定しての事らしいっすからね。一人でもあらゆる戦況を想定して防戦し、攻勢に転じられるようにとか言ってたっすよ」

 

 かつて射撃対決でライから聞いた事を思い返してそうつぶやいた。

 一人部隊という事はもちろん、今後起こりうるであろう未知の近界民(ネイバー)からの攻撃を想定して日々備えているという彼の考えは立派なものだ。

 

「そういうやつだからな。個人の強さもそうだが、そういう役割が多いってのは上にとっても重宝されがちだ。あるいはそのうち、あいつも一人で一部隊相当と数えられるかもな」

「そうなったら心強いっすけどね」

 

 現時点ではまだ太刀川でさえそう見られていない、4人しかいないボーダーの異例な枠組み。いつしかその中にライも含まれるのではないだろうかと太刀川も軽い口調でそう言うと、出水も軽く笑ってその言葉に頷くのだった。

 

 

————

 

 

 さらに翌日の火曜日。

 ライは忍田に呼び出され、一人彼の執務室を訪れていた。

 

「——紅月隊が、ですか?」

「ああ。近々もう一度行われることになった遠征選抜試験、受けるつもりはないか?」

 

 今回の呼び出しの理由は、遠征選抜試験の誘い。ライ自身も目標として定めていた近界(ネイバーフッド)遠征の資格をつかみ取る気はあるのかどうか問うことだった。

 

「知っていることだろうが、A級には近界(ネイバーフッド)遠征試験を受ける資格がある。今度行われる遠征部隊はすでに選出されていたのだが、先日その一部隊の合格が取り消された」

「二宮隊、ですか」

「ああ。知っていたのか?」

「噂程度にですが、少しだけ」

 

 「そうか」と忍田は小さな息を吐く。彼の反応を見てライは二宮隊の遠征取り消しが事実であると確信し、目を細めた。だがそのライの変化には気づくことなく、忍田は説明を続ける。

 

「その通りだ。そしてその二宮隊の取り消しにより、空いた一枠を埋めるべくもう一度希望者を募り、選抜試験を行う事となった。君たち紅月隊もA級に昇格した。希望するならば遠征選抜試験を受験する事ができるが、どうする?」

 

 二宮隊に代わる戦力の招集。

 昇格したばかりでありながらもその候補に挙がるという事は上層部から力を認められているという証拠だろう。

 その評価は実にありがたいものである。

 

「そのように誘っていただけるとは光栄です。ですが——すみません。この度は断らせてもらいます」

 

 しかし、ライはその場で忍田の誘いを退けた。

 

「ふむ。強制ではないから別に構わないが、君はあまり遠征には興味はなかったかな?」

「いいえ。確かにいつか遠征には行きたいとは思っています。ですが、今はその時ではないと判断しただけの事です」

「時?」

「はい」

 

 問い返す忍田にライは折角の好機を断った理由について語り始める。

 

「まずそもそもこの遠征選抜試験が僕たちがA級昇格の前だったという点。代わりとなる部隊を選出するならば、その時点でA級であった部隊が選ばれるべきでしょう」

 

 一つ目はそもそも二宮隊が選ばれたのは紅月隊が昇格前だったという事だった。当時の選抜試験のやり直しを行うならばその対象も当時の面々で選ぶのが妥当であるとライは考えている。 

 

「加えて僕たちはまだA級に上がったばかりです。遠征よりもまずは今の環境に慣れる事こそが最善かと」

 

 二つ目は紅月隊が先日昇格したばかりであるという点だ。部隊を組んだ時期も他の部隊と比べると短い。ゆえに今はまだボーダー本部にて活動した方が部隊のためにもなり、他の隊員の批判をさけられると。部隊として基盤を固める事を優先していた。

 

「そしてもう一つあるのですが——」

「なんだ?」

「これは少し、個人的な事情になります」

 

 ライが珍しく言いにくそうに眉をひそめる。彼らしからぬ反応に忍田はどうしたのだろうと疑問に思いつつ、彼が言葉を発するのを待った。

 

「今年は、瑠花が高校を受験する年になります。彼女の学校生活に負担が生じないよう、できることならば長時間束縛されるであろう遠征はさけておきたいんです」

「——そうか。いや、その通りだな」

 

 うかつであったと忍田は己の判断を悔やむ。

 瑠花は4月から中学3年生となった。つまり今年は中学校生活最後の年となり、先には高校受験が控えている。

 これまでの学生生活とは比べ物にならない忙しさが待っているという事は想像に難くなかった。

 

「もちろんボーダーと提携している高校への推薦がもらえるというのならばそれでもいいのですが。しかし彼女にはそういった条件に縛られず、自分の進路をよく考えて、後悔しないようにしてほしいんです」

「なるほど。君の意見はよくわかった」

 

 彼の言うようにボーダーと提携している学校への進学を目指すのならばオペレーターである瑠花は推薦の資格をもらうことは容易であり、進学の苦難は少ない。

 だがライは簡単な道に目先が眩むのではなく、彼女には自らの進む道を考慮してこの先の進路を選んでほしいと考えていた。

 

「君がそこまで考えているのならば私から異論はない。すまなかったな」

「いえ。せっかくの誘い、ありがとうございます。もしも瑠花の進学先が決まったのならばまた話も変わってくるでしょう。その時はよろしくお願いします」

「ああ。よければこれからも瑠花の力になってほしい」

「もちろんです。僕にできることならば、いくらでも背中を押しましょう」

「そうか。ありがとう」

 

 本当に頼もしい存在だ。隊員としてはもちろん、人としても。

 損益だけでなく個人の事情や心境を考慮して物事を俯瞰的な視点で判断している。

 年下ではあるが、忍田は彼の存在に大きな感謝を抱くのだった。

 

「……それと、僕からも一つよろしいでしょうか?」

「む? 何かね?」

「二宮隊の選抜試験合格の取り消しについてです」

 

 忍田が感心する中、ライは許可を得て彼に問いを投げる。ライも気にしていた合格取り消しの事実に関して。

 

「今回、二宮隊が取り消されたのは鳩原隊員が『人を撃てない』からと聞きましたが」

「……その通りだ。近界(ネイバーフッド)では人型の敵と相対する可能性もある。その際に鳩原隊員がどうなるのか予想ができない。下手すれば彼女の存在がボーダーにとってのアキレス腱になるのではないかと危惧する声が上がった」

「やはりですか」

 

 決して無視できない意見だった。やはりそれが真相だったのかとライは深く息を吐く。

 

「君は鳩原隊員とは親しかったのか? 交流があったという話はあまり聞かないのだが」

「僕ですか? ……そうですね。確かに直接的な交流は少ない方でしょう。しかし僕と同期入隊である今の他、よく話す当真や国近が彼女のクラスメートである同年代の隊員です。しかも彼女は狙撃手訓練でも常に上位に入るだけの技量を持つ実力者ですから。話す機会は当然ありました」

 

 忍田の言う通り決してライと鳩原は特筆して親しいというわけではなかった。

 しかし同年代の隊員である上に知人を通して話を聞く事もあり、鳩原も訓練ではいつも優秀な成績を収めている。かつては彼女と奈良坂、当真の三人しかライに狙撃を当てることが出来ない時もあったほどだ。関心を寄せないはずがなかった。

 

「だからこそ、やはり残念ですね」

 

 そんな彼女が評価されないという現実があまりにも残念に思う。少なくとも狙撃の技量ではライでさえ鳩原には遠く及ばないほどだ。それほどの腕を持つ人物でさえ一つの弱点で合格を取り消されてしまうとは、そう簡単には受け入れることは出来ない事だった。

 

 

————

 

 

 さらに翌日の水曜日。

 この日は狙撃手(スナイパー)合同訓練が行われた。

 訓練の内容は補足&隠蔽訓練。いかにうまく隠れつつ、敵が潜伏している場所を予測し、狙撃まで行けるかが試される重要な訓練だ。狙撃手(スナイパー)でも得意不得意が別れる難しい訓練である。

 

「よー、紅月。今日はしっかり当ててやるからな。久しぶりに制覇させてもらうぜ」

「望むところだよ。当真も狙うのに夢中になって後ろをとられないようにね」

「おお怖い」

 

 訓練に備えているライに語り掛けたのは当真だった。

 基本的には訓練生は狙わず、有力な隊員だけ狙うという彼もこの訓練では中々ライに当てられない。そもそも彼は外れる弾は撃たないという信条を持っているため、余計に機会が限られていた。

 とはいえナンバーワン狙撃手(スナイパー)と名高い彼にこれほど言われた上に言い返せる相手はそうそういないだろう。

 

「んっ? おや、今日は鳩原来ているんだ」

「おお? 本当だな、あいつこの前の訓練の時はサボってた気がしたが」

「当真にそう言われたらさすがにかわいそうだよ……」

 

 普段は君のほうがサボっているだろうにと愚痴をこぼしつつ、ライは久しぶりに姿を見せた鳩原のもとへと歩み寄っていく。

 

「やあ、鳩原。大丈夫かい?」

「前はいなかったよな? もう来ても問題ねえのかよ?」

「……紅月君、当真君。うん。わざわざありがとうね。大丈夫だよ」

 

 自分の体調を気遣って話しかけた二人に、鳩原はぎこちない笑みを浮かべて返事をした。

 

「ありがとうね。もう——大丈夫だから」

 

 そう言って鳩原はまるで逃げるように訓練場へと向かって行った。

 

「やっぱあいつ気にしてんじゃねーか。全然大丈夫じゃねーだろ」

「……そうだね」

 

 まるで人と会いたくないような反応に当真はため息をこぼす。

 やはり遠征合格の取り消しの影響は残っているのだろう。

 

(ただ、なんだろう? 確かに様子はおかしいけれど——違和感? 上手く言葉に表せないけど、何か変な感じがする。この感覚はなんだ?)

 

 しかしライはそれだけではなく、鳩原の姿から形容しがたい何かを感じ取っていた。




後にこの話を聞いた太刀川
「えっ!? 進学できるんだからそれでいいじゃん!」
しばらくの間ライは口を利かなくなった。
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