REGAIN COLORS   作:星月

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追憶

「ッ——」

 

 ライの体に衝撃が走り、わずかに仰け反る。

 決して隙と呼べるほどの弱点をさらしたわけではなかった。

 だが、隠岐からの狙撃を避けようとわずかに体をずらしたタイミングを見越して、その先めがけて放たれた銃弾まで連続でかわすことは容易ではない。

 最初の一発こそ避けたものの、二発目は彼が持つイーグレットを正確に貫いた。

 

「さすが」

 

 イーグレットの貫通を想定し、右手に刻印された部屋の番号を目にしてライは短く称賛の声を上げる。

 今当てたのは訓練前にも会話を交わした鳩原だった。

 狙撃の技量だけならばあらゆる隊員を凌駕するという彼女の腕はやはり健在だ。

 

「——さて。これ以上ここにいるのはまずいか。一旦立て直そう」

 

 この日初めての被弾を記録したライ。

 鳩原も即座に身を隠した以上、このままこの場に長居は無用だ。すぐさまライは屋上から屋内へと場所を移す。

 

(遠征取り消しの報を受けて気落ちしている様子はないな。それどころか迷いを振り払ったかのように思い切りが良い。切り替えたというならば良いが、僕の考えすぎなのか?)

 

 道中、自分に当てた鳩原について思考をめぐらしながら。

 彼はいまだに訓練前に抱いたあの妙な感覚が一体何だったのか答えが思い至らず、その疑問が脳にこびりついていた。

 

 

————

 

 

 その後ライはさらに当真からの狙撃こそ許したものの、彼らが放った二発のみの被弾に抑えて補足&隠蔽訓練を終える。

 

「どうしたよ。調子でも悪かったんじゃねーの?」

「そういう当真は調子がよさそうだね。いや、いつも通りといった方がいいかな?」

「どーだかな。ま、久々にお前を落としたし良い方だろーよ」

 

 そのライに的中させた当真は得意げに笑った。

 訓練では遊ぶ一面も見せる彼だが、このような実戦形式の訓練ではここぞという機会(チャンス)さえあれば必ず獲物を仕留めるのが当真だ。だからこそその狙撃から逃れる力を持つライを仕留める事は彼にとってもやりがいのあるもの。屈託ない笑みは満足感に満ちていた。 

 

「二人とも、お疲れ様」

「……お疲れ様」

「おっ。なんだ。鳩原師弟じゃねーか。もう本当に大丈夫みてえだな」

「お疲れ様。いつも通りの腕で安心したよ」

 

 するとそこに鳩原と絵馬、狙撃手の師弟が歩み寄る。

 絵馬は鳩原の愛弟子だ。二人の仲は良好で、彼らが一緒にいるときは両者ともあまり人付き合いが得意という性格ではないのだが穏やかな雰囲気を醸し出していた。

 訓練が始まる前は鳩原の様子が少し心配だったものの、ふたを開けてみれば正隊員たちを続々と撃破しての上位の成績を収めている。遠征取り消しは辛い出来事だっただろうが、無事に立ち直れたのかと当真は安堵の息を吐いた。

 

「心配かけちゃったかな? ごめんね」

 

 一方の鳩原は申し訳なさそうに調子を落として謝罪する。

 

「いやいや。お前がいつも通りなら別にいいだろ。なあ?」

「うん。上がどう判断しようと、君の狙撃の腕は一級品なんだ。それは僕らが良く知っている」

「そうだよ。そもそも鳩原先輩が自分を責める必要なんてないよ」

 

 自分を責めがちな鳩原の性格を知っているからか、3人は三者三様の言葉で彼女を勇気づけようと励ました。

 彼女の腕がボーダー内でも随一であることは事実。その力で今までも部隊に貢献していたのだから自責の念には駆られる事はないと。

 

「うん。ありがとうね」

 

 鳩原は笑みを繕ってそう短く返す。当真や絵馬は彼女の笑みに納得したのか胸をなでおろした。

 

「……鳩原。ちょっといいかな?」

 

 そんな中、ただ一人ライだけは彼女の笑みを鵜呑みにできなかったのか、一歩前に出て彼女に告げる。

 

「何? どうかした?」

「少し話がある。今日時間はあるか?」

「うーん。今日はちょっと。ごめんね。あたし、この後ユズルに訓練をつけようと思ってて。夜は犬飼君の誕生日だから、この後二宮隊の皆で焼肉を食べに行くことになってるんだ」

「どうしたの? 何か急用?」

「……そうか。いや、それなら良い。犬飼にもよろしく伝えてくれ」

 

 だが鳩原にも都合があるという事を知るとライはそれ以上深く聞こうとはしなかった。師弟やチームメイトと暮らす時間がいかに大切であるかは彼も重々理解している。何よりライが抱いていた疑問は確信がないものだ。ならばここでこれ以上首を突っ込む必要はないだろうと結論に至った。

 

「うん。わかった。ありがとうね」

「さてと。んじゃ、邪魔者たちは退散するとすっかね」

「そうだね。じゃあね二人とも」

 

 師弟の時間を邪魔するほど野暮ではない。当真が踵を返すとライも彼に続いてその場を後にした。

 

「久しぶりだね。鳩原先輩に見てもらうなんて」

「うん。——ごめん、ユズル。ちょっと待ってて」

「えっ?」

 

 ようやく訓練を見てもらえるとユズルの声が明るくなると、鳩原は何かを思い至ったのか、ユズルに一言そう告げると当真たちの後を追うように走り出す。突然の出来事に絵馬はその意図が読めず、ただ彼女の背中を見送るのだった。

 

「当真君。紅月君」

「おっ?」

「鳩原? どうしたんだ?」

 

 先ほど会話したばかりの鳩原に呼び止められ、二人は足を止める。

 彼らが振り返ったのを確認して鳩原は口を開いた。

 

「……ユズルは、本当に才能がある子なんだ。あたしの弟子なんかには勿体ないくらいに。だから、これからも、よろしくね」

「よろしくも何もお前の弟子だろ。何で俺らに言うんだ」

「まあ同級生の頼みとなれば力になるよ。鳩原がいない時とかには積極的に声をかけるようにするさ」

「まっ、それくらいならいいか。俺も一応クラスメイトだし。気が向いたら練習くらいには付き合ってやるよ」

 

 鳩原の願いにライはあっさりと、当真は渋々とだが頷く。二人とも鳩原とは同じ年代だ。彼女の頼みとあれば面倒ごとが嫌いな当真もそう強く否定する事はしなかった。

 

「うん。お願い」

「用件はそれだけか? ならさっさと戻ってやれよ。可愛い弟子が待ってるぞ?」

「ああ。夜は犬飼のお祝いもあるんだろう? なら今は絵馬との時間を大切にしてくれ」

「そう、だね。ごめんね、わざわざ」

「謝るような事じゃねーだろ。じゃあな」

「うん。それじゃあ、またね」

「……うん。またね」

 

 依頼を引き受けた当真とライは再び体の向きを変えると、手を振って鳩原と別れる。

 彼らの背中が遠くなって行くのを見届けて、鳩原は踵を返し——

 

「     」

 

 彼女の口から小さな声で、ある言葉が発せられた。

 

「——ん?」

「おっ? どうした?」

 

 ライが突然立ち止まり、後ろを振り返る。

 だが彼が反応した時にはすでに鳩原も訓練室へと戻っており、彼の視線の先には誰もいなかった。

 

「……いや、何でもない」

 

 多分気のせいだと視線を向ける当真に告げて、ライは歩き始める。

 その場ではまだ鳩原が言ったものだと判断がつかなかったため、仕方がない事ではあったのだが、彼の中で再び一つ疑問が影を落としていた。

 

 

————

 

 

 狙撃手訓練翌日の早朝。

 まだ寝ている者も多いであろう時間帯に、ライは警戒区域内を歩き回っていた。

 

『——ライ先輩。時間です』

「ん? もう時間か。わかった、じゃあ次の部隊に引き継いで作戦室に戻るよ。瑠花も朝早くからお疲れ様」

『はい。お疲れ様でした』

 

 仕事である防衛任務のパトロールである。今日はライが単独でその役を請け負っていた。

 紅月隊という一部隊として託されたとはいえ、一人で地域を任されたという事は戦力としての期待も含まれているのだろう。

 もっとも今回は襲撃が起こらなかったため実に平和な見回りであった。ライは手早く次の部隊へと引継ぎを済ませると、足早に作戦室へと戻っていく。

 

「お疲れ様」

「お疲れ様でした。今日は何事もなくてよかったです」

 

 作戦室に戻ったライを瑠花が笑顔で出迎えた。その笑みで幾分か気が軽くなったような感覚を覚える。

 

「そうだね。とはいえ朝早くから申し訳なかったな。瑠花も学校があっただろう?」

「いえ。公欠届は出してますし、途中からはいけますから大丈夫です」

「そっか。すまないな」

「いいえ」

 

 ボーダーに入隊している隊員は任務がある日は公欠届を出すことが認められていた。そのためこのような学業がある日の任務も支障なく行う事ができる。もちろんその分多少勉学に遅れる可能性もあるが、彼女のような真面目な性格ならばそれほど大きな問題ではなかった。

 

「さて。それじゃあ朝食の準備としようか。瑠花も食べていくかい?」

「いいんですか?」

「もちろん。ちょっと待っててね。先にカフェオレでもいれようか」

 

 もうお腹もすいてくるころだ。瑠花もライのお言葉に甘えようと頷くと、ライはさっそくカフェオレを作り始めると、慣れた手つきで瑠花の前にカフェオレの入ったコップを置いた。

 

「ありがとうございます。私も何か手伝いましょうか?」

「大丈夫だよ。瑠花は学校もあるんだからゆっくりしていてくれ」

 

 ライはフリーの身であるため、率先して動こうとする瑠花を制して朝食の準備へと移る。

 こういうところは相変わらずだなあと思いながら、しかし瑠花は時折無言で宙を見つめる彼の変化に気づき、首を傾げた。

 

「ライ先輩。何か考え事ですか?」

「えっ? ——そう見えたかい?」

「はい。少し、心ここにあらずというように見えたので」

 

 指摘されたライは「まいったな」と頬をかく。集中していないわけではないのだが、そのように指摘されるという事はやはり心が疑問に思っていた事にとらわれていたのだろう。

 

「ちょっと、昨日から考えていたことがあってね」

「何かあったんですか?」

「いや、そんな具体的な事があったわけじゃないんだ。ただ、知り合いの様子が妙に見えてね。上手く表現できないけど、その人の言動を見て何か変な感じがしたんだ」

「変な感じですか?」

「違和感とはまた違う、変わった感じでね。自分でもそれが何なのかよくわからなくてちょっと考えていたんだ」

 

 このまま自分の中で考えていても仕方がないと考え、ライは少し内容をぼかしつつ瑠花に悩みの種を打ち明けた。人と話す事で新たな視点が生まれる事もある。そう考えて話を続ける。

 

「違和感とは違う、ですか。何かその人らしからぬ行動だったとか?」

「うーん。そういうわけではないかな。色々あったけど、それなら真っ先に気づくはずだし」

「じゃあ何でしょう。誰かに似ているとか、どこかで見た覚えがあるとかそういう感じでしょうか?」

「……見た覚えがある。なるほど。既視感のようなものか」

 

 一理あるなと卵を焼きつつライは頷いた。

 体験したような覚えがあり、その記憶が薄れているようなものならばそれを刺激されて鳩原の姿と類似点を見出すというのは考えられる事だ。

 

(だが、そうだとしても一体何だというんだ。それに昨日のあの言葉——)

 

 一つの考えとして認めるも答えに直結はしなかった。

 何よりも彼が一番気にしていたのは彼が狙撃訓練の後、彼の耳にわずかに聞き及んだある一言。

 

『さようなら』

 

 別れを意味する言葉にライは一抹の不安を抱いている。

 

(あれは鳩原が言ったものだったのか? 直前までに告げていた彼女の発言とはわずかにニュアンスが違う)

 

 それまで鳩原は当真達と別れる際には「またね」と軽い調子で話して去っていたのに。

 深く考える必要はない事かもしれないが、なぜかライはその流れが引っ掛かっていた。

 

(それも既視感だというのか? だとしたら、一体どこで……)

 

 確かに既視感であるというのならばここまで自分が疑問を抱くのも納得がいく。

 それならば一体いつ見た覚えが、聞いた覚えがあるのかとライは考えをめぐらした。

 

(調子はよく割り切ったような様子でもあった。投げやりというわけではなく、何か覚悟を決めたようにも見えた。そして、あの別れを示すかのような発言——)

 

 思い出せないならば最近の事ではないはず。ライは次々と情報を整理しつつ、記憶をたどっていき——

 

《ありがとう。さよならだ》

 

 ライはそれが、かつて何度も、何人もの大切な人との別れを告げた自分の姿と酷似していたのだと気づいた。

 

「まさか……」

 

 ありえない、と否定するのは簡単だ。

 しかし鳩原の性格や彼女の言動、これまでの出来事がその答えこそが最も妥当であると判断に至る。

 鳩原の姿が、自分が存在する世界を去ろうとしたかつてのライ自身と酷似しているという答えに。

 

「——瑠花!」

「はい?」

「すまない、朝食は中止だ! 今すぐ調べてほしい事がある! 二宮隊に所属する鳩原未来のここ一週間のボーダー内での動向を探ってくれ。できるか!?」

 

 ライらしからぬ激しい声色に瑠花もただ事ではない事態を察知し、表情を引き締めた。彼も自分の命令が如何に無茶な事であるかは理解している。米屋からA級になった事で隊員の動向やトリガー使用の有無を調査する事が可能になったとは聞いているものの、それは特定の出来事に限定するからこそできるもの。ライが発言したように数日分の調査となれば一人でそう簡単にできることではなかった。

 

「……わかりました。任せてください」

 

 それでも瑠花は特に理由も聞かずに即座に頷き動き出す。

 

「大丈夫です。つい最近まで中央オペレーターとして働いていたんですから」

 

 今回のようにボーダー本部内全体で起こった事に関する事ならば、彼女の経験が活きるというもの。早速瑠花はパソコンの前に移動し、作業を開始した。

 

「ありがとう。頼む」

 

 事情も聴かずにすぐ動きだしてくれる姿に感謝しつつ、ライも次の手を打つ。

 ポケットから携帯端末を取り出すとある人物へと電話をかけるのだった。

 

「——もしもし。朝早くにすみません、紅月ライです。突然で申し訳ありません、大至急紅月隊の作戦室に来てください。あなたの力が必要なんです」

 

 呼び出す理由を説明する時間も惜しい。

 ライは事の重さを示すべく早口で、語気を強めて電話先の相手に協力を要請した。

 

(外れであるならばいい。だが、もしも本当だったならば——)

 

 止めなければならない。

 おそらく今の自分の考えが正しいのならば、どのような形であるかは不明だが鳩原はありとあらゆるものを犠牲にしようとしている。

 ——かつてのライのように。

 それだけは駄目だと、ライは携帯端末を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 未来の分岐点まで およそ600秒。

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