REGAIN COLORS   作:星月

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部隊加入IF A級②

 冬島隊加入IF

 

「Bxc3」

 

 机上の書類を作成しながら、黒髪のショートの凛々しい女性が暗号のような言葉を口にした。

 視線を落としたまま告げられたその言葉は、彼女の真向かいで読書を嗜む銀髪の男性へと向けられている。

 

「Nxc3」

「exd4」

「ふむ。……Nb5」

 

 すると彼女の発言に応じる様に、彼も異なる単語を告げると、彼女もまた続けざまにそう答えた。するとしばし悩んだ末に男性は結論を下す。

 二人の脳内には同じ光景が、黒いナイトの駒が自陣から切り込んでいく姿が思い描かれていた。

 銀髪の男性――ライが投じたその一手に、ペンを握る女性――真木の手がピタリと止まる。

 

「相変わらずナイトの使い方が上手いのね。……c5」

「ありがとう。Bf4」

 

 軽い調子で相手の切り崩しを褒め称え、しかし真木も負けじと白のポーンを動かす。それに対し、今度は黒のビショップが前方へと躍り出た。

 これから始まるであろう駒の取り合いを察知し、二人はどちらからともなく小さく笑う。

 両者の間にしかわからない、独特な空気が醸し出される中。

 そんな二人をソファから遠目に眺めていた当真が反対側へと座る冬島へと疑問を呈する。

 

「なあ、隊長。あれは一体何をやってんだ?」

 

 真木とライ。二人のチームメイトが何やら特殊な言葉を交互に告げているようだが、その内容が当真には全く理解できなかった。

 かといって彼らの間に割ってはいるような気分にはなれず、代わって隊長に問いかけると、冬島はあっさりと答えをのべた。

 

「目隠しチェスだとよ。集中してるから邪魔はすんなよ? 後が怖い」

「目隠し? 普通に目開けてんじゃん」

「そういう物理的な意味じゃねえよ。互いに言葉で次の手を示して頭の中でゲームを進行するんだとさ。集中力や記憶力が試されるとかなんとか」

 

 目隠しチェス。

 盤面に駒を並べず、各々が口頭で駒の動きを提示し実際の駒やボードを使わずに、脳内のシミュレーションで、駒の動きや位置を見えない状況で行うチェスである。

 互いに棋譜を符号で告げることで自身の手を明かし、ゲームを進行していくというものだ。

 

「……変態すぎだろ」

「俺も最初はビックリした」

 

 実際に戦況を見る事無く、思考のみで繰り広げられる攻防。言葉で語る以上に難しい事は想像に難くない。

 隊長から真実を聞くと、当真は「普通にやるだけでも難しいのにそんなことやってんの?」と別次元にいるチームメイト二人に感心とも呆れとも取れる声を漏らした。冬島も引き気味に同調する。

 ライ、そして真木。両者共にチェスを嗜み、その実力はボーダー内でも卓越していると噂の二人だ。知略に長け、冷静に物事を判断する戦略家の側面を併せ持つ彼らの戦いは、幾度も繰り広げられた現在、ライが僅差ながら勝ち越している。

 年上として、多くの戦場を渡り抜いて来た身として負けられないライ。

 年齢以上の落ち着いた物腰と、優れた分析力から的確に戦況を見極める真木。

 

「Bxc6」

「bxc6」

 

 この戦いは静かな様相とは裏腹に常に緊迫し、目に見えない一進一退の攻防が二人の間で行き交う事となる。

 当真たちが他愛ない会話をしている間も行われた攻防は、ライが先に仕掛けたことで激しさを増した。

 その後は一気に両者共に駒の数が減っていき、盤上には限られた駒だけが生き残る終盤。

 

「…………resign」

 

 黒のクイーンが中央へと放たれた段階で真木が投了し、二人は握手を交わしてこの戦いは幕を閉じたのだった。

 

 

――――

 

 

「……さて。それじゃあ報告書も提出したし、連携訓練をはじめようか」

 

 決着から数十分後。

 真木が報告書の提出を終え、一息つくと簡潔に三人へと告げた。

 

「オッケー。敵の想定はどうする? 普通の防衛として近界民か、あるいは対部隊か」

「後者にしよう。部隊ランク戦も近いしね。時間があるうちに手札を増やしておいた方が良い」

「了解」

 

 年下のオペレーターの提案に冬島はあっさりと頷いた。

 冬島隊は隊長こそ冬島であるものの、指揮能力に関しては真木が優れており、方針を決定することが多い。そのため彼女が「冬島隊の表の支配者」と呼ばれることもしばしばだ。

 

 

「それについてだけど、一つ良いかな、理佐?」

「何? あなたの方から何か提案でも?」

「ああ。少し試しておきたい事があってね。当真と合わせておきたい」

 

 何事もなければそのまま話を続けるところであったが、ここでライが意見を述べる。

 これまで――三人部隊の時までは真木が主導していたものの、ライが加わってからは彼も自分の考えを述べ、真木と共に手腕を振るうことも少なくなかった。

 実質的に二人の指揮官が同時に存在することとなっているのだが、二人の関係がよいためか考えが真っ向から衝突することはなく、お互いの指針を考慮して決断を下すようになっていた。

 

「また新技か? なら先に教えといてくれよ。誤射しちまったら大変だからな」

「そう言ってもどうせ君は外さないだろう?」

「へっ。どうかな」

 

 度々その高い技量を活かして技を吸収してくるライ。彼はこの部隊ではエースである当真のサポート兼第二のエースという役割を担う。

 あくまでも冬島隊の点取り屋は当真なのだ。それを自覚しているのかライと当真は揃って軽口を叩き、それ以上余計な追求はしなかった。

 

「わかった。それなら構わない。でもいずれにせよ隊長との息を合わせることは必要だから、忘れずにね」

「了解」

 

 真木も考えがあるならば良いと、改めて注意を促すに留まった。

 ライも小さく頷き返す。

 彼は指揮能力を持ち合わせているが、あくまでも真木の下で動くことに徹していた。これは彼が冬島隊に加入した経緯に由来している。

 

『勿体無い。事情が選択肢を狭めているのかもしれないけれど。力があるのに、その力をふるう環境もないわけではないのに、ただ埋もれているのはあまりにも勿体無い』

 

 ライがまだB級のソロ隊員であった頃。

 チェスが強い隊員がいるという噂を聞いて、真木がライをチェスに誘い、そして対戦中に呟いた言葉である。

 フリーであった当時からライは木崎、嵐山、三輪の三人と揃って万能手四強と呼ばれていた。チェスの腕前を目前に観察しても頭の回転が速い事は理解できた。

 だからこそそんな人物が部隊に属さず、表舞台に立たないのは惜しい話だと真木は語る。

 

『あなたがボーダーに入った理由は何? 戦う理由は? ……その気があるならば、私はあなたをうちの部隊にスカウトしたい。上の余計な考えが気になるならば、私から直訴しても構わない』

 

 ライと上層部の隔たりを理解した上で、真木はそう言いきった。

 年下の少女がみせた、管轄する層の存在をしっかり理解した上でここまでハッキリと断言する彼女の胆力に、ライは「参った」と彼女の説得に応じるのだった。

 

『ここまで言わせて断るのは忍びないな』

 

 こうしてライは真木の手を取り、そして彼女を認めるようになったのだった。

 後にこの話を聞いた当真が「えっ? なんで紅月には働けって言わねえの?」と苦言を呈し、そして怒られたのはまた別の話。

 

「じゃ、早速合流の段階から始めようか。皆、準備して」

「「「了解」」」

 

 今日も真木の指示の下、三者が各々の役割を果たすべく、動き出す。

 トラッパー、スナイパー、オールラウンダー。

 能力も戦法も全く異なる三人を、真木はまるでチェスを指すように巧みに動かしていくのだった。

 

 

――――

 

 

 加古隊加入IF

 

 トリオンを消費して作られた訓練上に一人の少女の姿があった。

 二つ結びした黄色い髪、鋭い目つきが特徴的な彼女――加古隊の黒江は地面から生えた三つの人形のターゲットに狙いを定め、トリオンを起動する。

 

「――韋駄天」

 

 瞬間、黒江の体が目映い光に包まれ、凄まじい速度を伴って高速移動した。

 文字通り目にも止まらぬ速さで縦横無尽に駆け出した黒江はターゲットの目前でさらに幾度も切り返し、通りすぎる。

 すれ違いの際、握りしめていた弧月で切り裂かれた標的は一刀両断され、音を立てて崩れ落ちた。

 すべてのターゲットが沈黙した事を見届けて、新たなターゲットが数十メートル先に出現する。

 

「……韋駄天」

 

 それを見て、黒江は再びトリガーを起動。

 また彼女の体が光を発し、敵を切り裂くべく発進した――と思われた瞬間、彼女は標的の眼前で飛び上がるように方向転換すると、さらに素早く着地するよう向きを変えて、そして弧月を後ろ手に構えた。

 

「旋空弧月――!」

 

 韋駄天を利用した攻撃は囮。

 本命は素早い移動で敵の死角へと回った旋空だった。

 伸びた刃がたちまちターゲットをまっぷたつに切り裂き、撃破を告げる。

 

「うん。良い感じだね双葉。韋駄天ばかり連発していると敵も対応を考えるかもしれないからね。こうして韋駄天をあくまでも移動のための動作として取り組むことで敵の意表を突けるだろう。旋空も文句無しだ。これならば実戦でも十分切り札になる」

「はい。ありがとうございます、ライ先輩」

 

 訓練を見届けて、建物の屋上から黒江の指導を行っていたライが降り立ち、黒江に声をかけた。

 彼が加古隊に加入してからというもの、黒江への訓練はより熱を帯びている。様々な戦況を想定した実戦形式の指導は黒江を更なる成長へと導いていた。

 師からの惜しみない称賛に、黒江も素直に礼を告げる。

 兄妹ほど年齢が離れた師弟関係。

 二人の仲は相変わらず、それでいて実力は互いに留まるところを知らなかった。

 

 

――――

 

 

「あら。お帰りなさい。見ていたわよ」

「お疲れ様です。ライさん、この後はどうしますか?」

 

 ライと黒江、隊員たちが訓練室から戻ってきたのを見て加古と小早川が声をかけた。

 

「ありがとうございます。今日はここまで、かな? 双葉、模擬戦をしたいならば明日以降にしよう。さすがにこれから始めてしまえば遅くなりそうだ」

「わかりました」

 

 時間はすでに夜7時。中学生である黒江にこれ以上の負担を強いるのは避けるべきと判断したライは訓練の終了を決断する。

 試したい事はあったものの、ライの言葉ならばと黒江も二つ返事で頷いたのだった。

 

「ライさんは、無理はさせない」

「そうだね真衣さん。ライ先輩は無理はさせないね」

 

 机に寝そべっていた隊員、喜多川はわかっていたようにライの指針について口にする。自分の事とあって黒江も彼女の言葉を反芻し、何度も首を縦に振った。

 

「次シーズンまではまだ余裕があるし、双葉の事は紅月君に任せるわ。予定は順調みたいだし、ね?」

「はい。任せてください。加古さんたちとの連携も含め、仕上げていきますよ」

「よろしくお願いします。私も頑張ります」

「フフッ」

 

 すっかり信頼し馴染んだ二人の様子に、加古は妖艶に笑う。

 部隊編成が変わったものの、元々訓練を施していた師弟関係とあって息はピッタリだった。本来は動きについていけない黒江の韋駄天にしっかり対応し、攻防を合わせられるライの存在は部隊を的確にサポートする。

 

「改めて双葉のファインプレーには感謝ね。あなたの言葉で紅月君もようやく誘いに応じてくれたわけだし」

「いえ。私としてもライ先輩の加入は頼もしい事ですから」

 

 確かにそうね、と加古は笑みを深くした。

 元々加古はライに部隊勧誘を何度もおこなっていた。だが、彼が誘いに応じることはなく、話は進展しない。

 そんな中で始まった黒江の弟子入り。元々は弧月を使う隊員が加古隊にいないことから加古がライに声をかけ、ライも「加古さんの頼みならば」と始まった師弟関係。当初は黒江が強く反発したものの、ライの力を認めてからは一転、素直に彼の指導を受けることになったのだが。

 

『ライ先輩は、どうしてそんなに加古さんの誘いを断り続けるんですか? 他の部隊に入りたい、というわけでもないと聞きました』

『私としても、ライ先輩と一緒の部隊になれたら、嬉しいです。もっと訓練をしたいですし、もっと話を聞きたいです』

 

 結論をいえば、ライが折れた。

 彼が愛してやまない妹と近しい年頃の少女からの、打算のない真っ直ぐな言葉の数々。

 最初は上手くやんわりと流していたものの、彼女からの願いが続くことおよそ3ヶ月。

 ついにライが白旗を挙げた。

 今まで何人もの隊員が声をかけ、そして断り続けけてきた男が少女からの頼みであっさり部隊に加入したことに対し、米屋が笑いながら、生駒は身体中の穴という穴から血を流し、『全世界の非モテ男を敵に回した畜生に死の鉄槌や』と呪いの声を叫ぶ中、ライは――

 

『仕方ないでしょう。あの子と同じ年頃の女の子が何度もすがりよってくる。それを見て見ぬふりなんて僕にはできない。できるわけがない』

 

 と弁明したのだった。

 最愛の妹の話は何度も耳にしていたので、さすがにこれを聞いては生駒ですらさすがに糾弾できず、そっと二人揃って彼の肩を叩くのだった。むしろよく3ヶ月も保ったな、と。

 

「よしっ。それじゃあ、今日は景気づけに、私が久々に腕を振るっちゃおうかしら。ちょっと太刀川くんたちに食べてもらおうと思っていたアイデアがあるのよ」

 

 部隊の明るい未来を想定し、ならばさらに盛り上げようと加古が満面の笑みでそう言った。

 年上の綺麗な女性の作る手料理。男ならば誰もが喜ぶであろう、その声に。

 

「……っ!!!!」

 

 ライは絶句した。

 紅月ライ。かつて彼は太刀川、堤の同志と共に加古が料理した特製チャーハンの前に幾度となく沈んだ男であった。

 彼にとって加古のアレンジ料理は死と同義。たちまちこれはマズイとライの反射神経が全力で働く。

 

「すみません加古さん。その、作ろうとしている料理って一体何でしょうか?」

「えっ? 羊羮味噌プリン唐辛子炒飯だけど?」

「はい?」

 

 何かの呪文かな?

 現実逃避すること0.1秒。すぐに我に返ったライは頭をフル回転し、この窮地を脱するべく打開策を考案する。

 

「……実はですね、プリンなんですけど先日おやつに双葉にあげてしまって。羊羮も訓練の後に食べようかって約束したので料理に使うのは待ってほしいんです」

 

 やはりおかしとなればここは中学生の名前を出すことが最上の逃げ道だろう。実際に冷蔵庫の中身を確認されてはアウトだ。咄嗟に黒江の名前を挙げ、危機回避を試みる。

 

「あら、そうなの?」

「…………はい。そうです」

 

 加古に話を振られた黒江はライのアイコンタクトで意図を察し、咄嗟に肯定した。磨きに磨かれた師弟のコミュニケーションが光る場面である。

 

「もう、ダメじゃない紅月君。そう言うときはちゃんと私達に聞いてもらわないと」

「すみません。すっかり忘れてました」

 

 本当ならば全く違うことに対して謝罪すべきなのだろうが。

 

「つまり、ライさんは、苦労人」

「えっ? 真衣さん、今そんな話でした?」

 

 喜多川がライの思惑を察し、独り言を呟く中。まずは命が最優先とさらにライは加古を説得すべく話を続けた。

 

「ここはお詫びも兼ねて、僕が作らせてもらいますよ。加古さんは双葉と訓練の調子と作戦のすりあわせをしながらゆっくりしていてください。僕の視点からでは見落としもあるかもしれませんから」

「そう? ならお言葉に甘えようかしら」

 

 建前を重ねて言えば、加古は機嫌を取り戻し、彼の提案に応じた。

 隊員の様子を確認するのも隊長の役目。彼女も理解しているのだろう。

 なんとか危機を脱したライは、平穏な日々を過ごすべく、食材の確認に向かう。

 こうして時折危険が訪れることもあるものの、穏やかな日々は続いていくのだった。

 

 

 

――――

 

 

 玉狛第一加入IF

 

 

「というわけで、今日からうちの隊員になる紅月君だ。皆、仲良くしろよ」

 

 玉狛支部の支部長、林藤がそう言って隣に立つライを木崎、小南、烏丸の三人の隊員に紹介する。

 

「はじめまして、紅月ライと言います。未熟者ですがよろしくお願いいたします」

 

 林藤の言葉を受け、ライが小さく頭を下げた。

 事前に説明を受けていたものの、実際に噂の人物と対面し、小南はじっとライを凝視した。

 

(この人が、例の……ね)

 

 本部よりも支部にいる方が情報は得られにくい。もしも何らかのアクションをしようものならば必ず大きく動かざるを得なくなる。その点最強の部隊ならば抑えることも容易である。等々、様々な理由をつけて林藤がライを玉狛支部への転属を上層部に提案し、忍田、唐沢、根付の賛同を得て会議で認められたのが数日前の事。

 良くも悪くも様々な噂を耳にしたが、実力などは自分で見なければハッキリしない。小南はこの時は懐疑的な目で見ていた。

 

「玉狛第一隊長の木崎だ、よろしく頼むぞ紅月」

「よろしくお願いします、木崎さん。お噂はかねがね伺っています。完璧万能手を目指す身としてご指導お願いします」

「ああ。困ったら何でも相談してくれ」

 

 一方、木崎はライが同じポジションを目指すという共通点もあって、彼を歓迎し固い握手をかわす。小南とは正反対の反応だ。

 

「お久しぶりです、紅月先輩。まさかこうして再会するとは驚きました」

「僕もだよ、烏丸。後輩になるし、改めてよろしく」

「こちらこそ」

 

 元々太刀川隊として本部にいる時から見知った仲である烏丸は他愛ない会話を交え、再会を果たした。

 互いに太刀川の件で苦労したこともあるという。すでにライの力量を知っているようで、こちらも良好な関係だろう。

 

「ふぅん。……はじめまして、紅月さん。あたしは小南です。知ってるかどうかわからないけど、どうぞよろしく」

 

 少し棘のある調子で挨拶する小南。

 どこか他人行儀な調子の小南だが、ライは気分を悪くするどころか笑って彼女の挨拶に応じた。

 

「はじめまして。知らないどころか、小南さんの話は烏丸をはじめ、色々な人から話を聞いてるよ」

「あたしの事を?」

 

 どんな事だろう、想像もつかずに小南は相槌をうち、ライの続きを待つ。

 

「うん。――小南桐絵、かつてはあの太刀川さんや風間さんと攻撃手No.1を争った最強の一角だと」

「……へ、へえ。よくわかってるじゃない」

 

 惜しみない褒め言葉を真っ正面から受け、小南も気を良くする。普段から烏丸や陽太郎など正直に誉めてくれない人を相手にすることが多い彼女にとってライの言葉は彼女の自尊心を満たすものであった。

 

「ほ、他には? 他にも何か聞いてない?」

 

 もっとないのだろうか、小南は手振りを加えてライの記憶を呼び起こそうと煽る。

 

「うーん。ボーダー設立前から戦い続けた歴戦の強者とか」

「うんうん!」

「たった一人で一部隊の力量に匹敵する最高戦力の一人とか」

「うんうん!!」

「学校ではか弱いオペレーターと偽って猫をかぶっているとか」

「うんう……ちょっとおおおお!?」

 

 満足げに三度頷こうとして、しかし最後の発言の意味することに気付き、小南が言葉を荒げた。

 小南はお嬢様学校に通っており、校内では戦闘員ではなくオペレーターとして話を通していたのである。

 

「とりまる! どうせあんたの仕業でしょ!」

「違いますよ。そうやって何でも俺のせいにするの、先輩の悪いところですよ?」

「あれ、違うの? ごめん」

「まあ、そうですが」

「やっぱりか!」

「おちつけ、小南」

 

 一度は否定したものの、直後にあっさりと肯定したことで小南の怒りの矛先が烏丸へと向けられる。

 木崎が仲裁に入るが、小南の怒りは収まる様子が見えない。

 

「だってレイジさん! 今の話聞いてたでしょ! こんな事を前もって聞かされてたら、紅月さんにだっておかしいやつって思われるでしょ!」

「……まあ、否定はしないが」

「ほら!」

 

 木崎も渋々賛同すると、小南はさらにわめき散らす。彼女が隠していた秘密だ。仕方のないことであるのだが。

 

「まさか。学校では皆に心配をかけないように気を配り、戦闘では強い姿を示したりと、色々な顔を持って魅力的だと思ったよ」

 

 当の本人であるライはあっさりとそう言った。

 予想しない答えが耳朶をうち、小南の動きがピタリと止まる。

 

「ほ、本当ですか?」

「勿論。そんな人達と一緒に戦えるとは、非常に頼もしい。どうぞ、よろしく」

「……こ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 本当は気を配る、というよりも戦闘員としての自分をただ隠したいだけだったのだが。

 良い方向に誤解し、それを魅力的と称してくれたライの方から手を差し出され、小南は恥ずかしげに頬を赤く染めながら握手に応じたのだった。

 

「……紅月先輩、すごいっすね。多分本心でしょう?」

「うん。前に似たような女性と会ったこともあるからね。それを思い返したのかも」

「えっ……? 小南先輩以外に……?」

 

 烏丸がそっと声をかけると、ライは脳裏に赤い髪の女性を思い浮かべ、そう答える。記憶を呼び起こして寂しげに笑うライを見て、烏丸は一層疑問を深くしたのだった。

 その後、ライは小南とも確固たる信頼関係を築き、後に三人の新人を支部に迎え入れ、

 

「少し、君の力を借りても良いかな? 紅月君」

「ええ。そういう契約ですからね。……迅さん」

 

 そして彼らを守るために、人知れず大きな戦いの渦に巻き込まれていくのだが、それはまだ遠い未来の話。

 

 

 

――――

 

 

 ????IF

 

 

「――先輩。ライ先輩」

「んっ、ん……」

「起きてください、ライ先輩」

 

 

 軽く肩を叩く刺激と再三名前を呼ばれて意識が覚醒していく。

 眠気に耐えながらゆっくりと目蓋を開くと、目の前には見慣れた少女、瑠花の姿が映った。

 

 

「ああ、おはよう瑠花。起こしてくれてありがとう、寝過ごしてしまったかい?」

「いえ。まだ集合時間までには時間がありますし大丈夫です。でも、珍しいですね。こんなに寝入っている姿は初めてです」

 

 いつもは自分が来る気配を察知したら、たとえ意識がなくてもすぐに覚醒していたのに。

 ライは人一倍警戒心が強く、人の気配には敏感な人物だ。それは彼女に対しても同じこと。

 だからこそ緊急脱出先にも設定されているベッドでゆっくりと体を伸ばす隊長の姿を、瑠花は物珍しげな顔で見つめた。

 

「そうだね。ちょっと、長い夢を見ていた。だからかな」

「夢ですか?」

「うん。先日まで二宮さんたちの激戦を見ていたからかな? ……僕が今とは違う部隊に入って、色々な人と話していたの」

 

 あるいは夢で見たような未来もあり得たのだろうか。

 今とはかけ離れたもしもの話を思い返して、ライは小さく笑う。

 考えても意味がない事柄だが、どの部隊に属していても充実した生活を送り、関係を築けていたのではないかなと、考えてしまう。

 たた、気がかりがあるとするならば。

 

「そうでしたか。夢を見れたならゆっくり休めているはずですし、よかったです。……他の部隊の光景は、楽しかったですか?」

「確かにね。でも夢の方が良かったなんて言うつもりはないよ。僕はやはり、今の紅月隊が一番だから」

 

 どこか寂しげな表情を浮かべた瑠花の肩にそっと手を重ねてそう告げる。たちまち瑠花もつられるように柔らかな笑みを浮かべ、「はい」とそう返した。

 そう。気がかりはこの一点である。

 どの夢にも瑠花の姿は見られなかった。恐らくはライが彼女と出会わなかったか、あるいはそもそも彼女が存在しない世界なのか――――あの時、ライの助けが間に合わなかったという想定なのだろう。

 真意は不明だが、どの条件もライにとっては不本意な話である。

 ならばやはり二人だけであろうと、ここまで共に長い時間を積み上げてきた彼女とこれからも共に戦い続けたい。それがライの願いだった。

 

 

「さて、それじゃあ朝食の準備を始めるよ。瑠花は念のため連絡がないか待機していてくれ。今日は僕たちはあまり出番はないけれど、一応万全の状態にしておかないとね」

「わかりました!」

 

 防衛任務の割り当ては入っていない。

 今日は上層部よりある命令が入っていて、彼らを含んだいくつかの部隊は時間になり次第、とある場所に隊員全員で来るように指示を受けていた。

 その時に備えようと、ライはいつものように着替えを済ませると、キッチンへと向かい、瑠花もパソコンの前に座り、慣れた動きてキーボードを巧みに操作する。

 そんな普段通りの何気もない光景を、ライは今一度噛み締めていた。

 

 

 

 

 数時間後、ライは瑠花を伴って指定された場所へ向かって移動していた。

 

 

「――おっ? 来た来た。おーい!」

「こんにちは」

 

 目的の部屋に入ると、二人の入室に気づいた米屋が手を振り、次いで黒江が小さく会釈する。

 

 

「あら。これでこの部屋は全員揃ったわね」

「おはようございます。遅れてしまってすみません」

「いや、まだ十分以上余裕はある。こちらは古寺がいないからな。早めに来ていただけだ」

「そっか。古寺は今日はそっちだったね」

 

 加古の指摘に瑠花が申し訳なさげに呟くが、すぐに三輪は彼らの部屋から伺える会議室へと視線を落としてそう口にした。

 三輪の言うとおり、この部屋には加古隊と三輪隊の面々がすでにいたものの、古寺だけは姿が見えない。彼だけは別行動で、下のフロアで行われる説明会に参加する段取りとなっていた。

 

「ああ。俺達もこの後何かしらの役割はあるだろうからな。お前たちも同じA級部隊として、心構えは持っておけよ」

「勿論だ」

 

 奈良坂の言葉に「言われるまでもない」と返すライ。瑠花も彼に続いて頷いた。

 A級7位 紅月隊(最高順位:A級5位)

 もうすぐ昇格から一年の月日が経とうとしているが、これまで二人で駆け抜けてきたのだ。

 そして彼らが目標としていた遠征選抜の時も近づいている。

 今さら誰に言われるまでもなく、彼らの決意は固まっていた。

 

 

 

 

 

 スカウト元まとめ

・太刀川隊:太刀川 唯我の面倒を見れる人材を考えての思いつき。結果的に自身の個人戦の相手、レポートの手伝いをこなしてくれることとなった。

・風間隊:上層部 おそらく城戸の発案。処理とは文字通りの対応。風間の進言により盗聴器はすぐに撤去された模様。

・冬島隊:真木 当真の時と同様に才ある人材がくすぶっている状態はみていられなかった。最年少と新人の二人が実質的な権力を握る事になりそう。

・加古隊:黒江 純粋に師匠の現状を気にかけた姿勢がライの心を揺さぶった。実際、瑠花と出会わなかった場合、こうなる可能性は結構高いのかもしれない。

・玉狛第一:林藤 ライの身を案じ、迅の助言を得た林藤が会議で提案し、認められた。おそらく最も展開が変わる分岐。瑠花の一件がないために迅との仲も良好。

 

・紅月隊IF:鳩原の違和感に気づけなかったIF。部隊降格の処分がなくなり、A級ランク戦も瑠花と二人で戦い続けた。ソロポイントの剥奪もなくなったため、完璧万能手の地位を継続して保っている。絵馬との確執がなくなったため、彼との関係を築くのは早くなったが、逆に帯島や王女たちとの出会いは少し遅れている。

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