REGAIN COLORS   作:星月

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ターニングポイント

 中央オペレーターとして、紅月隊のオペレーターとして経験を積んできた瑠花の動きは実に慣れたものだった。

 突然の事態にも関わらず淡々とキーボードへ入力を行いモニターを操作する。

 ボーダー内への入館記録、トリガーの使用記録、書類申請の記録などありとあらゆるデータから鳩原未来がここ数日のうちに起こした一連の行動を探っていった。

 

「——ライ先輩。気になるデータがありました」

「なんだ?」

 

 そしてその途中で引っかかる記録を探し出し、彼女の指が止まる。呼ばれるがままライは画面をのぞき込むと、それは鳩原が申請したトリガーの貸出履歴だった。

 

「数日前、鳩原隊員が新たに三つのトリガーの貸出申請を行ったようです。目的は新たなトリガーの試適、および指導となっています」

「三つ?」

「はい。私もその数は多いと考えます」

 

 二人が疑問を抱いたのは鳩原が借りたというトリガーの数だ。

 そもそも別のトリガーを試したいというのならば既存のトリガーを調整すればいいだけの事。仮に誰かに教えるのだとしても三つは多い。自分のもの、その弟子のものと考えても用意するのは一つを共有すれば事足りるし、多くても二つで十分なはずだ。新たに弟子をとったという事もありえなくはないが、彼女の性格と昨日の絵馬との会話から可能性は限りなく低かった。

 しかしながら鳩原は新たに三つのトリガーを借りているという。確かに違和感を抱くには十分なものだった。

 

(という事はおそらくトリガー貸出の目的は嘘だな。別な理由で三つのトリガーを持ち出した。その前提で考えなおしたならば、昨日の鳩原の様子は——!)

 

 そしてその仮定の上で考えた結果、ライは一つの答えに思い至る。

 鳩原が三つのトリガーを別の誰かに渡そうとしているのではないかと。そしてまるで別れを思わすような昨日の発言を照らし合わせるならば、その誰かたちとともにこの世界を去り、近界(ネイバーフッド)へ赴こうとしているのではないかと。

 

(遠征の夢が断たれた今ならばこの考えが一番妥当と言える。だとしたらマズい! 昨日が彼女にとって決意の時だったならばおそらくそれを実行するタイミングは——今日の朝)

 

 同年代の隊員たち、弟子、そしてチームメイトとの会話が旅立つ前の最後の別れであった可能性が高かった。

 余計にライは何故鳩原の様子に異変を感じ取っていたのかを理解する。彼女の様子が、しようとしている事はまさにかつての自分と同じだったのだから。

 もしもライの考えが正しいとしたら、鳩原が去るとするならば一番都合がいいのは今日の朝という事になる。別れを告げ、改めて覚悟を決めるために時間を少し置き、その相手に悟られないうちに人通りが少ない時間を選ぶはずだ。ライもそうしたように。

 

「……瑠花。引き続きそのトリガーの現在地を探ってくれ! もしもトリガーが起動されたならばレーダーで探れるはずだ。急いで!」

「わかりました!」

 

 指示を出せばすぐに瑠花は期待に応えてくれる。

 急がねばマズい。

 ライは最悪鳩原が命を絶つのではないかという最悪の予想も立てていた。その考えが外れたのは不幸中の幸いだが、それでもやはり鳩原が近界(ネイバーフッド)への密航を企んでいるというのならば止めなければならない。

 全てを犠牲に、我が身さえ犠牲にしようとしてでも目的を達成しようとしたものがどのような結末を辿るのかは、彼が痛いほど良く知っていたから。

 だから早く行動を起こしたかったものの、トリガーの使用履歴は見つからず、現在もトリガーを起動していないのかレーダーにその場所が表示される事はなかった。

 

「くそっ!」

 

 焦りばかりが浮かび上がる。時間はおそらくもうないはず。下手すればすでに時間切れなのかもしれないのに。

 どうにかしなければとライが考えをめぐらせていると——

 

「——来たか」

 

 ライの携帯端末が一つのメッセージを受信する。それは彼が要請した協力者の到着を告げるものだった。

 

 

 

 

 未来の分岐点まで およそ320秒。

 

 

 

————

 

 

 時間は少しさかのぼる。ライが次の防衛任務の部隊と交代を果たした少し後の事。

 会議室にA級部隊の隊長である風間が城戸司令に呼び出されていた。

 部屋の中には彼ら二人の姿しかない。風間は簡潔にこの招集の要請を問い、その返答を聞くと信じられないと首をかしげる。

 

「——それは本当ですか?」

「ああ。先ほど通信室より連絡があった。紅月隊のオペレーターが本部の監視カメラの記録や各種手続きの記録を調査していると」

 

 確かにA級になった紅月隊には有事の際に素早く対応できるようにと調査する権利は与えられていた。時が時だったならば今回の彼らの行動は何も指摘される事さえなかっただろう。

 

「ここ数日は特に近界民(ネイバー)からの侵攻が激しかったわけでもなく、今日の彼らの防衛任務でもそういった報告は受けていない。これは彼らが持つ特権の範囲を超えたものと言える。率直に言えば、紅月隊長がA級の特権を乱用し、何かを企んでいる可能性も否定しきれない」

「つまり紅月を捕縛せよという事ですか」

「いや、そこまでは言わない。だがこれを見過ごすわけにもいくまい。君は今から部隊を連れ、紅月隊長およびオペレーターの忍田隊員をこちらへと連れてきてもらいたい。この理由を彼らの口から聞きたいと思う」

 

 だが今は違った。ここしばらくは平和な時が続いている。異変が見られたという知らせも現状では届いていなかった。

 よって城戸は彼らの行動が与えられた権利の範疇を超えており、見過ごすことは出来ないと結論を出す。

 

「その調査の理由が正当なものであるというのならばこちらが引き継ごう。だがそうでないならば、あるいはこちらの指示に反するというのならば——」

「わかりました。直ちに部隊を率いて紅月隊の作戦室へ向かいます」 

 

 それ以上の言葉は不要だと風間は城戸の思惑を読み取ってそう答えた。

 おそらく城戸はライがボーダーにとって不都合な情報を探っている可能性も考慮して今回の招集を講じたのだろう。

 風間もライと少なからず親交があるだけに彼がそのような事をするわけがないと思いつつ、だからこそ彼が弁明の機会を与えられるようにと足早に作戦室を後にするのだった。

 

 

————

 

 

 

 そして風間は一度部隊の作戦室に戻ると、部下の歌川と菊地原を連れて紅月隊の作戦室へ向かった。

 

「チェッ。なんでこんな面倒な事を僕たちまで」

「無駄口をたたくな。これも任務だ」

「はあ。わかってますよ」

 

 小言をぼやく菊地原には風間が軽く注意を入れる。菊地原も命令とあらば従う隊員であるためそれ以上文句を続ける事はしなかった。

 

「ですが一体どうしたんでしょう? 紅月先輩がこのような疑われかねない事をするとは考えにくいですが」

「確かにな。何かしら感じ取ったものがあるのかもしれないが、それにしても上への報告をしなかった理由がわからない」

 

 一方、歌川は今回の対象であるライの行動原理が理解できず疑問を呈する。

 確かにこれは風間も報告を聞いた時から考えた事だった。

 何かしら調査したい、しなければならない事があったのだろうが、今回のような平常時にボーダー本部全体を調べるとなればそれは個人の範疇を超えたものであるという事は明白だ。疑念があるならば城戸司令や忍田本部長に話を通すのが筋なはず。

 

(もしも紅月の行動が正しいものであるとするならば、あいつが上に話を通すのが不都合だと考えた。あるいはそれでは意味がないと考えたという事になるが)

 

 そうしなければならない事態だとするならばそれが何なのかが想像できない。

 

(いずれにせよ、話は紅月達を城戸司令の元へと連れて行ってからだな)

 

 ならばもう本人に聞くしかなかった。

 そう考えているうちに風間たちは紅月隊の作戦室の前へとたどり着く。

 

「歌川、菊地原。俺が二人を連れてくる。ここで待機していろ。ありえないと思うが、万が一紅月がボーダーに刃を向ける気があるというのならば、わかっているな?」

「——はい」

「わかってますよ」

 

 風間が告げる最悪の想定に、歌川は重々しく、菊地原は飄々と頷いた。

 二人の様子を確認して風間が一人歩みを進める。

 ライ達が今も作業を続ける作戦室の扉へと手をかけて——

 

「おーい。ちょっと待ってくれないかな、風間さん」

 

 その風間に待ったをかける声が突如現れた。

 

「……迅?」

「迅さん!?」

「えっ。なんで本部にいるの?」

 

 横から呼びかけたのは迅である。本来本部にはいないはずの玉狛支部所属である彼がここにいるという事実に三人とも反応の大小はあれ驚きを隠せなかった。

 

「ちょっと紅月君に呼び出されちゃってね。火急の用事という事で急いで駆け付けたんだ。彼には約束もあるしね」

 

 迅はかつてライと交わした二人の約束を思い返しながらそう説明する。しかしライからの呼び出しという話を聞き、風間の視線は鋭さを増した。

 

「……呼び出しだと? どういう事だ。お前は何か聞いているのか?」

 

 いつものようにはぐらかす事は許さないという強い気迫が迅に当てられる。

 思わず迅は二、三歩後退しながらも風間をなだめるべく話を続けた。

 

「俺はとにかく来てくれって話を聞いただけだよ。まあでも、少なくとも彼がボーダーに敵対する気はないという事は保証しよう」

「……何か見えたのか?」

「うん。ちょっとだけどね。俺がしばらく本部にこない間にちょっとよくない未来が現れたみたいだ」

 

 上層部も頼りにしているという迅の副作用を知っているからこそ、風間は余計な口出しはせず、静かに彼の説明に耳を傾ける。迅も風間が聞く気はある事を悟ると彼を納得させようと説得を続けた。

 

「ここが重要な分岐点なんだ。今彼を止めるとボーダーの中で悲しむ人が増える」

 

 まだ迅もどのような事が起きるのかはっきりとした事はわからない。

 だがA級B級と数多くの人物たちに影響を及ぼすであろう事件が起こる事を予知し、警鐘を鳴らした。

 

「だからちょっと待ってくれないか?」

「ッ——」

 

 風間はライの事も迅の事も認めている。だからこそそう簡単に返答を下すことは出来なかった。

 そして彼らが問答を続けている間に、突如作戦室の扉が開かれる。

 

「いた! 迅さん!」

「おっ。噂をすれば」

「紅月」

 

 中から姿を現したのは話の中心であるライだった。

 

「迅さん、大至急お願いします」

「ん? いきなりだな、なんだい?」

 

 部屋から出るや、ライは迅に迫ると口早に要件を伝える。

 

「今から僕は二宮隊・鳩原を追跡します。だから、今から僕が向かうであろう未来の居場所をすぐに瑠花へ教えてください」

「ハッ?」

 

 どういう意味だと、迅が、風間たちが言葉を失った。

 鳩原の追跡というがその真意が読めず、呼び出された迅でさえ二の句が継げずに——

 

「……まじか」

 

 瞬間、迅の副作用が発動した。彼の目には確かにライの言う通りにライや風間たちがある場所へと向かう未来が映し出される。そしてその未来の行方はまだ決まっていなかった。

 

「そういう事か」

 

 ようやく迅はライが自分を呼んだ理由を理解する。

 迅の未来予知は近ければ近いほど、確定的なものであればあるほどその正確性を増す。たとえばその出来事がどこで起こるのかさえもわかるほどに。

 ゆえにライは未だにはっきりとしない現場の場所を特定するために迅を呼んだのだ。

 事実、迅がこの場に現れた事で未来は大きく動いた。ライへ場所を教える事でさらに未来の行方は変わるだろう。

 しかし。

 

「だがちょっと待ってくれ紅月君」

 

 そう簡単に教えるわけにはいかなかった。ここは本当に大切な分岐点だ。そう簡単に迅が一人で答えをだせるものではない。

 

「君のこれからの行動は、君自身の今後にも影響しかねないぞ。今ここで止まれば——」

 

 忠告を告げる迅だが、ライはそんな彼の肩をつかむと自分の方へ力強く引き寄せた。

 

「そのように考えている時間も惜しい! 迅さん、僕に協力するのかしないのか、どっちだ!?」

 

 ライらしからぬ迫力に迅は気圧される。

 反論は出来なかった。迅もこの未来に介入する余地がほとんどないと読み取っている。

 だから、彼の叫びを受けてそれ以上いさめる事は出来なかった。

 

「……わかった。すぐに瑠花ちゃんに教えよう。マップを見ればすぐに場所を特定できるはずだ」

「お願いします」

「おう。任せとけ。手取り尻取り教えておくから安心して」

「指一本でも触れようとしたら殺します!」

「えっ? 触れようとしただけでも駄目?」

 

 軽い冗談を挟みつつ、迅は協力に応じる。

 これでまず重要なキーパーソンは確保できた。

 後はもう一つの方だと、ライは風間たちの方へと向き直る。

 

「風間隊の方々。今話した通りです。僕はこれより鳩原隊員を追跡します。もしも僕の行動がボーダーに害だと考えたならばその場で斬ってもらって構いません。どうかこの場は力を貸してくれませんか?」

 

 語気を強めてそういった。

 聡い彼の事だ。風間たちがこの場に現れた理由もすでに察しているのだろう。

 

「……いいだろう。ならばすぐに向かうぞ」

 

 風間は二つ返事で快諾するのだった。

 

 

 

 未来の分岐点まで およそ100秒。

 

 

————

 

 

「鳩原が近界(ネイバーフッド)への密航を企んでいるというのか?」

「可能性の段階ですが。しかし彼女は自身のトリガーとは別に三つのトリガーを所持しています。しかもそのトリガーは現在行方不明。そのトリガーを共に密航しようとしている仲間に渡している可能性は否定できません」

「考えにくい事ですが、遠征へ強い意欲があった鳩原先輩ならばショックでそのような行動を取りかねないとも思いますね」

「えー。でもそれ相手素人ってことじゃないの? 滅茶苦茶じゃん」

 

 ボーダー本部の廊下を走りながら、ライは風間隊の3人へ簡潔に鳩原の行動について説明した。遠征から外れた衝撃から強行策をとるという考えは確かにありえなくはない。だがあまりにも無謀であるとしか思えなかった。

 

「いずれにせよ、もしも本当ならば止めねばなりません」

『ライ先輩! 場所を特定しました! マップに表示します!』

「ありがとう! ——風間さんたち、止まって。走っては間に合わないかもしれません。跳びましょう!」

 

 話の途中、瑠花からの交信がつながる。それはまさにライが待ち望んでいた報告だった。

 迅が未来予知で見た場所はボーダー本部からは遠い。ここからではトリオン体で急いでも2,3分は要するだろう。

 ならばとライは三人を呼び止めると、地面に左手をつけてトリガーを起動した。

 

「エスクード!」

 

 すると地面から巨大な壁が角度をつけてせり上がる。四人はその壁の勢いを利用して空高く飛び上がった。

 

「うっ! 本当に飛んでる!」

「あくまでもこれは跳躍の範疇だよ、歌川。それより風間さん、さすがに一度ではたどり着けません。着地後、再びエスクードを展開。さらに加速します!」

「わかった。二人とも、心の準備だけはしておけ」

 

 初めてのエスクードジャンプに歌川が新鮮な反応を示す中、風間やライは冷静に次の動きについて思案する。

 確かにエスクードカタパルトは強力な移動手段だがあくまでも跳躍だ。何度か乗り継ぎで向かうしかない。

 とにかく今は少しでも早く移動するしかないとライは次のトリガー起動に備えて——

 

『ライ先輩!』

 

 瑠花の叫びのような通信がトリオン体に響き渡った。

 

「どうした?」

『それが、目標地点に今(ゲート)が出現しました。同時に、(ゲート)の付近に鳩原隊員のトリオン体反応および所属不明のトリオン体反応が三つ出現しています!』

「なんだと?」

「……では紅月先輩の言う通り!?」

 

 おそらく一番聞きたくなかった、信じたくない報告だった。

 鳩原および見知らぬトリオン体の反応。ライの考えが最悪の形で的中したという事である。

 

「てかこれやばくない? 間に合わないじゃん」

 

 何よりもタイミングが悪かった。菊地原の言う通り、まだ門が出現した場所までは距離がある。このままではどう考えても間に合わない。

 

「……とにかく急ぐ!」

 

 いずれにせよやることに変わりはなかった。ライは地面に着地するやもう一度エスクードを起動する。四人の体は再び宙に飛び上がった。

 

「だが菊地原の言う通りだな。これは、間に合わん」

『……ライ先輩。正体不明のトリオン体反応のうち二つの反応が消失しました。門の中を潜ったと思われます』

「——っ!」

 

 とはいえ時間が圧倒的に足りなかった。

 風間の言葉を肯定するように、瑠花からすでに二人の人物が門を通って姿を消したという知らせが入る。

 思わずライは唇をかみしめた。

 上空に飛び上がった事でようやく目標地点が目に入ったが、まだここからでは500メートルは距離があり人影すら見えないほどだ。どう考えても間に合わなかった。

 

 

「——まだだ」

 

 だがそう簡単には諦められない。

 菊地原の言う通り、鳩原以外は素人であるというのならば、鳩原さえ止めてしまえば他の三人は引き返す可能性だってある。

 ならばなおの事余計にここで鳩原を止める必要があった。

 もうあらゆるものを犠牲にする手段を認めるわけにはいかない。ましてそれを、日本人(彼が取り戻そうとした人々)にやらせるなど——!

 

「瑠花! 鳩原の位置を教えてくれ!」

 

 即座にライは瑠花へ指示を飛ばした。叫ぶや否や、即座に鳩原の詳細な位置がライの視界に表示される。

 

「イーグレット、起動!」

 

 そしてライは右手に彼の得意とする武器の一つ、イーグレットを展開するや狙撃の構えを取り、スコープをのぞき込んだ。

 

 

 

 未来の分岐点まで あと8秒。

 

 

「ちょっと! 何してんの!?」

「黙って!」

 

 突如空中で武器を起動したライを不審に思ったのだろう。菊地原が苦言を呈すると、ライは声を張り上げて彼の言葉を遮った。

 ただでさえバランスが取れない空中の上に、エスクードで加速がついたために照準が定まらない。銃どころか体全体が揺れ動くせいで狙撃する事さえ難しかった。

 

(集中しろ! この一発ですべてが決まる!)

 

 そうでなくても連射が利かない狙撃手用トリガーだ。この機会を逃せば間違いなく未来は変えられないだろう。

 ライは腕の力で強引にイーグレットを押さえつつ照準器をのぞき込み、標的を探し続けて——十字線に目標が重なったと同時に、引き金を引く。

 

「行くな、鳩原!」

 

 未来の行く末がかかった銃弾が、撃ち放たれた。

 

 

 

 未来の分岐点まで あと2秒。

 

 

 

————

 

 

 

「どうしたの、鳩原さん? 二人はもう先に行ったよ」

「……あっ。はい、わかっています」

 

 明るい髪色の男性に呼び止められ、鳩原は踵を返す。

 彼女たちの目前には(ゲート)が出現していた。

 これを潜れば近界(ネイバーフッド)へ行ける。そして、無事に上手く事が運んだとしてもしばらくの間この地へ帰ってくる事はないだろう。

 まだ未練があったためか、そう簡単にすぐ足を進めることは出来なかった。

 今一度、鳩原はボーダー本部がある方向へ向き直るとぎこちない笑みを浮かべる。

 

「ごめんね、みんな。こんなあたしで、ごめんね」

 

 もう何度目になるのかさえわからない謝罪を口にした。

 こんな事になっては誰もが怒るだろう。わかっていたけれど、それでも鳩原は自分の目標である弟の救出を何としても果たしたかった。その協力をするという男の誘いを断る事はできなかった。

 

「——行きましょう」

「ああ。行こう」

 

 今度こそ大丈夫だと、鳩原は意識を切り替える。

 もう会う事はないかもしれないボーダーの人々の顔が脳裏をよぎって、鳩原は静かに目をつむり——

 

「ッ!?」

 

 一発の銃弾が、彼女の頭部を撃ち抜いた。

 

 

 

 未来の分岐点まで あと0秒。

 

 

 

「えっ——?」

「鳩原さん!?」

 

 一体何が起こったのか鳩原も近くの男も理解できない。

 

『戦闘体活動限界』

「……イヤ。待って」

 

 機械音だけが冷静に、淡々と事実を告げた。

 「ヤメテ」と精一杯手を門に伸ばすけれど、彼女の手は門に届くことなくトリオン体に罅が生じる。

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 彼女の手はむなしく宙をつかんだ。直後トリオン体が完全に崩壊し、鳩原のトリオン体は光の筋を残してその場を飛び去って行った。

 

 

 

 

————

 

 

 

「……消えた」

『門の反応消失。新たに出現する様子はありません』

「そうか。結局正体不明の3人は鳩原抜きでも密航を決行したのか」

 

 残念だと、ライは口ずさむ。

 鳩原を止めたものの、残る一人も門を潜り抜け近界(ネイバーフッド)へと向かってしまった。

 門が閉じてしまった以上これ以上の追跡は不可能である。ライは悔しさのあまり拳を握りしめた。

 

「……紅月」

 

 そんな彼を呼んだのは風間だ。ライはその声に応じ、ゆっくりと振り返った。

 

「これから俺達は城戸司令のもとへ報告に行く。お前にもついてきてもらうぞ。聞きたい事が山ほどあるのでな」

「はい。わかっています」

 

 淡々と風間の要請に応じる。

 もはや未来は確定した。後はこの未来を辿っていくだけである。

 

 

————

 

 

 同時刻、二宮隊作戦室。

 本来ならば今日はまだ誰もいないはずの作戦室の緊急脱出用のマットに鳩原の姿があった。

 

「……どうして?」

 

 疑問があまりにも多すぎて言葉に詰まる。多すぎて、鳩原は感情の整理がつかず涙を浮かべて暗い天井をただ眺め続けた。

 

「やあ鳩原ちゃん。ちょっと失礼」

 

 だが、そんな沈黙は許さないと作戦室の扉が開かれる。

 入って来たのは迅悠一。彼は飄々とした態度のまま、鳩原の返事を待たずに言葉を続けた。

 

「君も聞きたい事があるだろうけど、その前に俺と一緒に来てくれないかな? 君にはその義務がある」

 

 丁寧な口調だが有無を言わさぬ圧力が言葉の裏に感じ取れる。

 そもそも違反を犯した自分に反論の機会などあるはずもなかった。

 

「……はい」

 

 鳩原は力なく頷く。もはや精根尽き果てていた。




女の子を止める事に定評のあるライ。というわけで(鳩原)未来の分岐点でした。
17話・未来から始まった迅との交流がようやく活きた回となりました。
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