REGAIN COLORS   作:星月

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罪と罰①

「風間さん。一つ、お願いがあります」

「どうした?」

 

 本部に戻る途中、ライは先行する風間を呼び話を切りだした。

 

「城戸司令達への説明は自分が行います。事情はすべて僕が把握しているため情報の共有は僕一人がいれば十分でしょう。ですからこちらのオペレーター、瑠花を送り出しても構わないでしょうか?」

 

 内容は今回の行動をサポートしてくれた瑠花を学校へ送り出す事の許可を求める事。

 今日は平日であるため中学生である彼女も学校がある。もともと防衛任務が終わった後は登校する予定だったのだ。

 だからこそ彼女がこれ以上ボーダーの仕事に縛られる必要はないと彼は言う。

 確かにライの言う通り隊長の彼さえいれば済む話だ。トリガーの記録も残っている以上、オペレーターから話を聞く意義は薄い。何よりも学校生活を優先して構わないというボーダーの方針上、彼の言う通り学生である彼女は先に登校を促した方が無難だと風間は結論付けた。

 

「いいだろう。その代わりお前には余計に事情を聴く事が増えるだろうが、構わないな?」

「もちろんです。では」

 

 風間の許可を得てライは瑠花へ通信をつなぐ。

 朝食が中断になったこと、突然の活動に対して謝罪を述べ、瑠花を登校するようにと促したのだった。

 

(……これでいい。ここから先は、彼女が関わらない方が良い)

 

 その心中に、瑠花をこの先に行われる会議から遠ざけた真意を隠しながら。

 

 

————

 

 

 会議室にはボーダー上層部の人間が勢ぞろいしていた。

 城戸司令以下、根付・鬼怒田・唐沢・忍田・林藤とボーダーの中核を担う人間が集まっている。さらに彼らの他には風間と迅、そしてライと鳩原が招集されており、彼らの視線は一人の隊員・鳩原未来へと集中していた。

 

「——つまり、その雨取麟児という男の主導の下、君を含めた4人で近界(ネイバーフッド)への密航を図ったという事かね?」

「はい。あたしが直接会ったのはその麟児さんだけです。他の二人についてはよく知りません。彼が情報収集と人手を集めて、そしてあたしが全員分のトリガーを集める事を担当しました」

 

 城戸が確認のために問い返すと、鳩原は小さく頷く。

 雨取麟児(あまとりりんじ)。鳩原の口から首謀者の名前が挙げられた。

 風間隊から密航の話を聞いたときは城戸司令達は鳩原がこの計画を企てたのだと考えたのだが、彼らの予想に反して密航を企んだのは一般市民であり、鳩原はあくまでも協力者の立場であったと彼女は語る。

 

(ゲート)の出現場所、時間をあらかじめ分析していたようで。——前から話はあり断っていたのですが、事情が変わったため(・・・・・・・・・)あたしは彼に協力を申し出ました」

 

 しかも計画そのものはここ数日の話ではなく鳩原が遠征の資格を取り消される前からあったのだと彼女は言った。

 確かにこれほど大掛かりな作戦は綿密な準備が必要となるだろう。

 

「まさか(ゲート)の出現まで予見しておるとはな。その男、用意周到な人物と見える」

 

 とはいえボーダー本部でも予想が難しい門の出現位置を彼らよりも早く、正確に予想する事は簡単なことではなかった。専門家である鬼怒田でさえ雨取の知略には一目置いている。

 

「いずれにせよ前代未聞ですよ。一般人にトリガーを横流しにするなど! とてもではありませんが、看過できませんねえ」

 

 そしてその作戦に協力した鳩原に糾弾の目が向けられた。

 根付の厳しい指摘を受け、鳩原の体がビクッと震え上がる。たしかに密航以前の問題でトリガーを横流ししたという時点で大罪だ。ボーダーの技術の結晶であるトリガーを流出させたとあっては厳罰は免れないだろう。

 

「……どうなんですか、根付さん。今回の彼女に対する処罰は?」

「記憶封印措置をした上でボーダーから永久追放が妥当でしょう。今回の一件を他の隊員が真似したとなっては困りますよ。ボーダーの信用が損なわれる」

 

 唐沢から意見を求められた根付は厳しい結論を下した。

 前例のない事件だ。当然ながら処罰も罪に応じて大きくなる。さすがにこればかりは防げないだろうなと他のものも同意見なのか、忍田や風間でさえ異議を唱える事はなかった。

 

「お待ちください」

 

 しかし、その意見に待ったをかける声が現れる。

 発言の主は鳩原の横で事の成り行きを見守っていたライだった。

 

「城戸司令。発言の許可を求めます。よろしいですか?」

「許可しよう。何か意見があるのかね、紅月隊長?」

「ありがとうございます。それでは、自分から」

 

 城戸の許可を得たライは一つ咳払いをしてこの空気を換えるべく話を切り出す。

 

「確かに今回の鳩原隊員の罪に関しては無罪放免というわけにはいかないでしょう。他の隊員に示しがつかない、という面から見ても根付室長の意見には同意です。そもそも本人の再犯を防ぐためにも十分な処罰が求められると考えます」

「ッ——」

「そうだろうねえ」

 

 ライからも処罰に賛同の声が上がり、鳩原は表情を歪め、根付は二、三度頷いた。やはり皆処罰を下す点に関しては同じ意見を持っている。

 

「しかし、鳩原隊員の記憶封印措置およびボーダー追放に関しては反対です」

「むっ? どうしてかね、紅月隊長?」

 

 だがライが根付の処罰に関して反対の意見を呈した事で場の流れは変わった。

 

「メリットよりもデメリットの方が大きすぎると考えました。メリットに関しては根付室長の言う通りでしょう。しかしそれによって生じるデメリットがあまりにも大きすぎます」

「……ふむ。では、君が考える鳩原隊員を追放する事で生じるデメリットとは何かね?」

 

 何か感づいたのだろうか。唐沢は興味深そうに小さく笑って話の先を促す。

 

「一つは単純に戦力としての喪失です。鳩原隊員の狙撃の腕は狙撃手界のみならずボーダー全員が知るほど長けている。彼女ほどの腕利きがボーダーを去るとなれば大きな痛手でしょう」

「それくらいは私だって承知の上だ。しかし、腕があるからと言って処罰が甘くなってはまずいんだよ。実力さえあれば問題はないのかと不満がでかねない」

 

 反対意見を受けても根付は「それがどうしたのだ」と態度を崩さなかった。

 ボーダーを運営する身として引き下がれないのだろう。

 真っ向から否定され、しかしライの口はなおも止まらなかった。

 

「ええ。確かに本来ならばそうでしょう。——では今の話を前提の上で二点目のデメリット。その彼女が、敵の戦力となってしまう可能性については?」

「はっ!?」

「なに!?」

「……ほう」

 

 続けられたライの言葉に根付はもちろんその場にいるほとんどのものが驚愕の色に染まる。

 一体どういう意味だと皆の注目がライに集まった。一気に話の流れが変わった事を肌で感じ取り、ライはわずかに口角を上げる。

 

「もしも記憶封印措置を施し、追放となれば当然彼女は無力な一般市民となるでしょう。しかし、一つ疑問があります。果たして本来鳩原隊員と共に密航を試みた三人が、このまま素直に近界密航へ向かうでしょうか?」

「んー。つまり君は、彼らが鳩原隊員にもう一度接触する可能性もあるって言いたいのか?」

 

 林藤の問いにライは首を縦に振った。

 

「……確かに鳩原隊員の引き留めは彼らにとっては計算外だろう。ボーダー隊員という経験値を持つ協力者の喪失は大きな痛手だ」

「いやいや。だからどうしたというのです。相手はトリガーの経験がないんですよ? こちらのボーダー隊員が守り切るでしょう。それに仮にそうだとしても、ボーダーを追放した後となれば彼女は無力だ。そう警戒する必要はないでしょう」

 

 忍田も彼の意見を一考に値すると考える中、根付はそんな事は問題ではないと彼らの話を一蹴する。

 相手は戦闘経験のない一般人だ。鳩原もたとえ彼らと接触する機会があったとしても記憶封印措置を施した後となれば脅威になりえない。だから心配は無用だと口にした。

 

「本当にそうでしょうか? 彼らはボーダーのトリガーを持って密航したんですよ。つまり、こちらのレーダーには映らない可能性の方が高い」

「ッ!」

「バッグワームか」

「彼らが武器の意図を理解しているならば、間違いなく使うでしょう」

 

 しかし彼らが持って逃げたトリガーの存在によりそう簡単に結論を出す事はできない。

 レーダーから姿を消すバッグワーム。もしも彼らが使ったならばこれを完璧に迎え撃つ事は難しかった。

 

「……鳩原隊員。彼らが持っていったトリガーにバッグワームはついているのかね?」

「はい。基本的な装備ですので、すべてのトリガーにセットされています。一通りトリガーの説明もしたので、使う可能性はあると思います」

「そうか」

 

 鳩原が城戸の問いを肯定すると、城戸が深々と息を吐く。これで彼の想像と簡単に否定する事はできなくなった。

 

 

「鬼怒田室長のおっしゃる通り、相手はこちらよりも門について詳しい分析をしています。そんな彼らがこのままこちらの世界に関与しないと言い切る事は難しいと考えます」

「なるほど。それで君はたとえ記憶がなかろうと鳩原隊員が彼らの手に渡った場合、トリガーもある以上は向こうの戦力になってしまう可能性もあると考えたのか」

「はい。それに——」

 

 一つ間をおいてライはチラッと鳩原に視線を向けて話を再開する。

 

「もしも向こうについた鳩原隊員が、人を撃てるようになったらどうでしょうか?」

 

 続けられた言葉に誰もが目を丸くした。

 

「……どういう意味かね?」

「鳩原隊員が人を撃てない事は重々承知しています。しかしそれは果たして、今の記憶が失われた後でもそうなのでしょうか? ランク戦などでは味方であり見知った相手だからこそ抵抗があったという可能性もあります」

「それが、記憶封印措置によって変わる可能性もあると?」

「はい。加えて、近界(ネイバーフッド)で向こうにとって都合の良い記憶の措置を施される可能性も捨てきれない。そうなった場合、遠征にも選ばれるだけの力を持った隊員が丸々敵の戦力になるという可能性も否定できません」

 

 今まで人が撃てないのは相手が本来は味方である状態での話だ。

 それが事情が変わって何も見知らぬ相手となったならば。

 何よりも、敵の手によって鳩原が何のためらいもなく撃てるようになったならば。

 一度は黒トリガーにも対抗できる部隊と認定された部隊の一人だ。そんな彼女が敵対したとなってはボーダーにとって大きな負担となるだろう。

 

「待ちたまえ。そんなのは可能性の話だろう? そもそも向こう側にそれほどの技術があるとは——」

「何を仰いますか? ……目の前にその前例が実在する(・・・・・・・・・・・・・)ではありませんか。それは鬼怒田室長がよく知っているはずです」

「むっ?」

 

 根付の反論を遮り、ライは自分に手を当ててそう述べた。

 話を振られた鬼怒田は「どういう事だ」と首をひねったが、

 

「ッ!」

『あの男、すでに記憶封印処置がなされている』

『記憶の植え込みをされた形跡があった。詳しく調べなければわからない、我々の知らぬ技術でな』

「……なるほどな」

「鬼怒田室長!?」

「確かに、紅月の言う事は事実ではある」

 

 かつての自分の発言を思いだし、言葉に詰まる。

 そう。前例はあった。ライこそがその前例だ。

 ボーダーの技術を超える記憶の改竄。それを見つけたのは他でもない鬼怒田である。

 

「ああ。そういえば紅月隊長を発見した時にそのような話がありましたね。しかも、こちらの技術では治すことは不可能だったという」

「……確かに」

 

 鬼怒田だけではなく、唐沢や忍田も当時の話を思い出して納得の表情を浮かべた。

 

(これは決まったかな? こちらには彼の意見を否定するものがない。悪魔の証明となる)

 

 ライの意見を証明するものはボーダー側が示しており、逆に否定する証拠は存在しない。そもそもない事を証明すのはとても難しい事だ。ライ自身がそれを証明した今、彼の意見を覆すことは難しかった。

 

(惜しいな。相手の意見に乗りつつ、仮の例を挙げた事で話の流れを変えた。だからこそ、惜しい)

 

 この一連の空気を作ったのはライだ。互いのメリットデメリットを考慮しつつ、最後のトドメとばかりに相手がかつて指摘した証拠を挙げた。これだけの話術と計算ができる若い隊員を唐沢は評価しつつ、彼の存在を惜しむ。

 

「また、そもそも鳩原隊員がボーダーに残ったとしても同じ真似をするものが現れる可能性は極めて低いと思います」

「……どうしてかね?」

「こう言っては失礼かもしれませんが、今回の鳩原隊員の件は大失敗ですよ。前例がないからこそ警戒も薄かった。しかしながら密航には届かず結果的に一般市民に上手く利用されるだけの形になってしまった。確かにこれが成功したのならば真似もするでしょうが、彼女のような精鋭隊員が初めて行って失敗した事をやってみようと考えるでしょうか?」

「むぅ……」

 

 さらに今回の成否の結果も大きいだろうとライは付け加えた。

 A級隊員が無警戒の中、初めて行ったにもかかわらず失敗し、一人置いてきぼりになる形となってしまう。実力がある者が行っても失敗する事をもう一度やろうと考えるものは少ないだろうと。

 再犯を防ぐというメリットを考えていた根付も一理あると考えたのか考えに耽った。

 

「ならば紅月君に聞こうか。君は、今回の鳩原隊員の対応についてはどう考える?」

 

 城戸もある程度方針は決まったのだろう。そのうえで城戸は彼の思考を試すようにライへと意見を訪ねた。

 

「先も言ったように無罪放免というわけにはいかないでしょう。しかしボーダー追放とまでする必要はないと思います。今回の件は公にはせず、A級から降格したうえで個人ポイントの没収、およびしばらくの間トリガーを取り上げておく。そして今回の事件について彼女が知っている限りの事を話し、今後の捜査に協力すると約束させる事。これが最低限の処罰かと」

「……なるほど」

 

 ライも勿論今回の件についてはしっかり処罰を与えるという点には理解を示している。

 その前提の上で違反に対する処罰を与え、今回の捜査に協力させる事で彼女の罰を軽くさせようと考えていた。

 彼の意見に納得したのか、城戸は頷き大きく息を吐く。

 

「わかった。鳩原隊員の処罰については紅月君の意見も重々考慮した上で下すとしよう」

「——はい」

 

 追放は免れるかもしれない。

 鳩原にとっては大きな分岐点であるにも関わらず、鳩原は表情一つ変えることなく小さく頷くにとどまった。

 とにかく会議は重要な局面を過ぎる。これで残るは——

 

 

「では続いて、紅月隊についての処罰に関して話をさせてもらう」

 

 もう一つの議題、紅月隊の処罰に関してだ。

 話題が変わった事で場に緊張が広がる。

 

「今回の事件にあたって、紅月隊のオペレーター忍田隊員および隊長の紅月隊員がそれぞれ隊務規定違反を犯した事についてだ。一つはA級の枠を超えた隊員の調査、もう一つは訓練以外のトリガーの使用となる」

 

 その雰囲気の中、城戸は静かに淡々と事実を述べた。

 いずれも報告に上がった事で間違いはない。ライも反論はせずに静かにその言葉を受け入れていた。

 

「城戸司令、お待ちください。今回の件において、紅月およびオペレーターの行動はすべてボーダーに対し利のある事でした。紅月がいなければおそらく鳩原の密航を防ぐことはできなかったでしょう」

 

 しかしここまで静観を決め込んでいた風間が話に割って入る。

 風間も彼らの活躍を認めていた。何よりも彼らの動きが一貫して鳩原を止めるという事に専念している。そんな彼らがこのような形で処罰を受ける事があってはならないと身を乗り出した。

 

「私も同意見だ。確かに独断専行の面があった点は否定できません。しかし、それを考慮しても彼らが挙げた戦功は非常に大きなもの。そんな彼らを処罰したとなっては隊員の士気に影響しかねない」

 

 さらに忍田も風間に続いて紅月隊を庇うように席を立ち処罰に対し反論する。

 二人の言うようにライ達の活躍がなければ鳩原を止める事は出来なかっただろう。罪もあるがそれ以上の功があると彼らは語った。

 

「確かに君たちの言葉にも一理ある。しかし、私が今問題と考えているのは彼の今回の行動だけではない」

 

 風間と忍田の考えに理解を示しつつも城戸は厳しい意見を貫く。

 確かに紅月隊の今回の隊務規定違反も問題だが、それ以上に城戸はライ達のある点において強い疑念を抱いていた。

 

「紅月君。君に聞きたい事がある。噓偽りなく答えてほしい」

「……はい」

 

 今一度鋭い視線を向けられ、ライが重々しく返答する。

 紅月隊の今後がかかった問答が始まろうとしていた。

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