コミックス派などの方はその点に注意して読み進めてください。
議論の流れが鳩原からライに移った事を見届けて、迅はゆっくりと瞳を閉ざした。
(——ああ。やはりこうなったか)
彼には未来予知の
(ここから先の流れは変えられない。変えられるとしたら当事者たちだけだ。だけど、その当事者たちの思惑が一致している)
一度この未来に分岐した時点で道は決まっている。その道を辿る事は決定的である上に変えられる意志を、権利を持つ人間たちは各々の異なる都合で同じ道に進む事を望んでいた。
だからこそここから先はどうしようもない。
もはや自分にできる事はないのだと迅は見えているからこそ諦めもついてしまうこの優れすぎた自分の力を呪うのだった。
「君に確認しておきたい事がある。そもそも事の発端である、忍田隊員が鳩原隊員を調査するに至った経緯は何かな?」
城戸が重々しく口を切る。
すでに今回の一件について経緯はライや迅が説明を終えていた。ゆえに城戸には疑問が浮かんでいる。
そもそもライがなぜ鳩原追跡を試みたのか。どうやって彼女が怪しいと考えたのか。
「我々の方に彼女が怪しいという情報は届いていなかった。しかしながら忍田隊員は防衛任務が終わるや否や、迷うことなく調査を進めていった。なぜ君たちはそこまで確信を抱いていたのか?」
「たしかに。鳩原隊員が協力者と密会している現場を見た、というわけでもなさそうですしねえ」
この意見に根付も便乗しライへと疑問をぶつける。
当然の疑問だろう。そもそもライ以外の隊員は誰も鳩原が密航を企てていると想像する事さえ出来なかったのだから。
「まさか君は、何か独自の情報ルートでも持ち合わせているのか? そもそも君が鳩原隊員を止めたのは、本当にボーダーのためだったのか?」
「城戸司令! あなたはまだ彼を疑っているのですか!」
「そう考えても仕方があるまい。それほど今回の彼らの行動は我々の理解から外れるものだった」
まるでライがボーダーとは別のものの為に戦ったと言わんばかりの城戸の発言に忍田が異を唱える。だが反論を耳にしても証拠のない感情的な意見は城戸の心情を揺るがすには至らなかった。
城戸は厳しい視線をライに向け、逃げる事は許さないと言外に語る。
「証拠となりうる物証や確信はありませんでした。鳩原隊員の調査を行ったのは、狙撃訓練の前後で彼女の様子に違和感を覚えたからです」
「違和感だと?」
「紅月君、嘘をつくならもう少しまともな嘘をつき給え。そのような説明で我々が納得すると思ったのかね?」
当然のことながらライが正直に話しても彼の話が素直に受け入れられることはなかった。はぐらかしているのだろうと根付が言及するが、ライは意見を覆すことはしない。
「ですが事実です。その後、鳩原隊員がトリガーを独自に入手し、しかもいまだに一度も起動していないことから密航の恐れがある事を考慮し、迅隊員にも応援を要請しました。以降の流れは先も説明したとおりです」
責められてひるむどころか臆することなくライは淡々と事実を述べた。あまりにも堂々とした態度からは彼が嘘をついている様子は感じられない。根付でさえこの言葉を否定することはしなかった。
「では君は、証拠もないままに独自で動き始めたという事か」
「その通りです」
今一度問われ、ライは即座に肯定する。
「……なるほど。やはりな」
その答えは予想通りだったのか、城戸は納得したように顔をうつむけ小さく息を吐いた。
確かに報告を聞いた時に考えていたことではあったが、それが惜しく思う。
「ではもう一つ聞こうか。どうして鳩原隊員に違和感を抱いた時点で、それを我々に報告しなかったのかね?」
さらに城戸は確信を得るためにもう一度疑問を投げかけた。
それは風間も抱いていたものと全く同じもの。上層部から疑われる事は間違いないとわかっているはずなのに、どうしてそれを怠ったのかを。
「それは鳩原隊員が何か行動を起こす事を考えたら、報告し、説明する間にも時間がかかると思ったからです」
「本当にそれだけかね?」
「城戸司令? どういう意味です?」
時間のロスを抑えたかった。十分納得できるし当然だと思える答えに城戸は納得できなかったのか聞き返す。どういう意味だと鬼怒田たちが問うと、城戸はその答えを諭すように話を再開した。
「そうだな。では、忍田本部長に聞こうか。もしも紅月隊長から鳩原隊員への様子がおかしいという報告を受けたならば、君はどうしたかね?」
「私ですか? さすがにその報告だけでは即座に捜査というわけにはいかないでしょう。何かしらボーダーと無関与の個人の事情による可能性だってあります。まずは他にも身近な人間から話を聞いて————ッ!」
話を振られた忍田は淡々と本部長という立場からその先の流れを予想し、そして城戸の言わんとしている事を理解し、息をのむ。
「そう。それが答えだ。我々に報告したならば、そもそも鳩原隊員を止めるために動く事すらできなかった。そう考えたのではないか?」
結論が城戸の口から放たれた。
時間のロスどころではない。証拠がない現状では、話をしたところで効果は非常に薄かった。それどころかこの一件は上層部へ引き継ぐ事となり、それ以上の捜査をすることはライには難しかっただろう。
彼はその流れを理解したからこそ、自分が独断で動かなければ何もできないと考えて動いたのではないかと城戸は分析していた。
「——一刻を争うと考えました。そして止められるならば少しでも可能性が高い方を選びたかった。ただそれだけです」
明確に肯定も否定もしないが、ライの声を引き絞るような様子が明瞭に彼の意思を示している。
「そんな言葉ですべてが許されると思っているのか?」
そんな彼を糾弾するように城戸は語気を強め、さらに鋭い視線をライへと向けた。
「今回は確かに君たちの行動が我々に利する方向へ動いたのだろう。だが、もしもこれが
城戸は規律を重んじる。それは突然の事態に対応するためでもあった。これまでに何度もあった大規模侵攻をはじめとした敵との戦いに備えるために。
だからこそ今回のようなライの行動は許せることではなかった。規定を無視し、一人の判断で勝手に動く事があっては組織が成り立たない。
「しかも君には一度忠告しておいたはずだ。同じような事が起きればさらに重い処分を下すと。それを聞いてなお違反を繰り返すようなもの達を信頼する事は出来ない」
「しかし城戸司令。今回の活躍のみならず、彼らの存在は他のA級隊員やB級隊員も頼りにしているもの。それを処分したとあってはそれこそボーダーの戦力低下はもちろん、隊員の士気低下にもつながります」
「ああ。確かに惜しい戦力だ。だがこちらの指示に従わないというのならばその価値は半減以下だ。他の隊員も頼りにしているからこそ、彼らの動きはより大きな影響を及ぼしかねない。力があるからと見過ごせば反感を呼び、戦功をあげたからと見過ごせば『ならば自分も』と焦るものも現れるだろう」
風間が仲介すべく話に割って入るも、城戸は彼らの戦力については認めつつも意見を曲げる姿勢を見せなかった。
「そもそも先に話していた通りだ。今回、彼らがボーダーに利した結果は公には出来ない。その中で彼らに処罰を下さないわけにはいかないだろう」
しかも今回はライ達がボーダーに及ぼした影響の内容も悪い。鳩原の密航阻止、これは公表するわけにはいかなかった。ただ記録としてライや瑠花たちのトリガーの使用履歴などが残るのみ。その為罰を軽くするという事も難しい現状だった。
「隊長、そしてオペレーターの独断行動。これを許すわけにはいくまい」
「しかし……!」
すでに結論は出ていると言うような城戸に忍田が食らいつく。これではあまりにも理不尽だと、必死に異論を発しようとするが。
「一つ、よろしいでしょうか」
そこにライが待ったをかける。
「何かね? 何か反論があるならば聞くが」
「では一つだけ。瑠花は、忍田隊員は規定を違反などしておりません。彼女はただ忠実に隊長である僕の命令に従ったにすぎません」
発言の許可を得たライはゆっくりと言葉をつづった。
だがそれは言い訳ではなく瑠花への処罰の撤回を嘆願するもの。
「ですからどうか、彼女を責めないでください」
言い終えると同時にライは深々と頭を下げる。
「……紅月君。君は」
「行動の責任は、それを命令した人間が背負うべき、背負わなければならない。そう考えています」
唐沢の言葉を遮り、ライは己の意見を迷いなく言い切った。
(やはり惜しいな。力もある。意志もある。だが、時のめぐり合わせが悪かった)
悲壮な覚悟を抱え全てを背負おうとする少年の姿を見て、唐沢は大きくため息を吐く。
「——他にも言っておきたい事があるなら言っておいた方が良いぞ。今言わなきゃ、多分機会なんてない」
「なにも。なにもありません。すでに僕が言うべき事は言い終えました」
一度迅へチラッと視線を送った後、彼が無反応であることから事情を察した林藤がライへと語り掛けた。
だがライは誘いを受けても弁明する事はしない。
違反を犯した以上は罰を受けなければならないとそう考えていたのかもしれない。
「そうか。……紅月君。やはり君の本分は守る事にある。少なくとも私は一個人として、一人の若者の暴走を止めてくれた君には感謝している」
「はい」
「だが司令としての立場は全く別のものだ。そこに感情を含めてはならないと考えている」
もちろん城戸とてライが鳩原を止めた行為そのものには感謝していた。
だが司令として規律を守らなければならない。
相反する立場と義務という観点から、城戸は公正な結論を下さなければならなかった。
「——以上だ。鳩原隊員、紅月隊長、迅隊員、風間隊長は退席するように。処分は追って沙汰する。それまで鳩原隊員と紅月隊長は作戦室で待機しているように」
これ以上は聞くべきことはないと城戸は各隊員たちへ退席を促す。
この指示に従い隊員が会議室から姿を消すと、改めて城戸をはじめとした上層部の面々は会議を再開した。
「鳩原隊員の件に関しましては個人への処分と部隊への処分となるでしょう。紅月隊の処分については如何致しますか?」
「……紅月隊長、そして紅月隊への処分となる。鳩原隊員と同様、こちらもあくまで隊長の隊務規定違反としてだ」
「部隊もですか? しかしそうなると……」
「仕方があるまい。公表できる戦果がない中での違反だ。加えて二人分の違反となれば隊長一人で抑えきれる話ではなくなるのだから」
当然のように会議の内容は隊員たちへの処分の詳しい内容についてだ。
もはや彼らへの処分は免れない中、該当する隊員たちへの処分は厳しいものが挙げられた。
厳しい発言に林藤や忍田は眉を顰めるが。
「私も今回の件で紅月隊長が真にボーダー隊員であるという確信は持てた。そのうえで今回の結論に至った事を、皆も理解してもらいたい」
厳しい処分だが城戸とてライの存在を認めていないわけではない。むしろ今回の件でようやく彼への疑念が晴れたといっても良かった。紅月ライという少年の真価が守る事にあり、そのために力を振るえる人間なのだと。
「……城戸司令」
「紅月君が忍田隊員を守る意思を提示してくれた点は非常に大きい。自分の罪が重くなっても構わないという姿勢は、忍田瑠花という人物に近寄ろうとした者とは思えないものだ」
特にそう結論づけるに至った要因の一つは彼らにとって大きな意味を持つ。
かつて紅月隊発足の際、ライが瑠花をオペレーターに選んだという話を聞いたときは様々な意見が飛びかったのだ。
「確かに。当初はこちらが用意した
「迅隊員の予知があったとはいえ、侮れませんからねえ」
鬼怒田や根付、当初は否定的な意見を述べていた者達も納得したように何度も頷く。
「彼のおかげで忍田瑠花の名前を出す意味は完全になくなった。彼は何も知らぬ事だろうが、また彼に助けられる形となってしまったか」
一人の人間としては感謝してもしきれないほどの恩を城戸も感じていた。
だが今はその思いを封印し、城戸は最後の決定を下す。
————
その日のお昼過ぎ。
ボーダー本部より全ボーダー隊員へ辞令が下された。
A級二宮隊所属
同部隊をB級へ降格処分とする。
「鳩原さんが!?」
「嘘、なんで!?」
クラスメイトである国近や今などは通達を信じられずに声を荒げる。
隊務規定違反で部隊が降格など前代未聞だ。当然の反応だが。
「……なんで。鳩原先輩?」
「おいおい。これまさか——訓練生落ちか?」
絵馬や当真はさらに事の重大さを理解し、表情を強張らせた。
鳩原はA級隊員であるとはいえ、ランク戦で人が撃てないという弱点もあるため個人ポイントはそう高くない。
だからこそ、今回の8000点没収は非常に厳しい処分だった。
正規隊員は個人ポイントが1500点を下回ると訓練生であるC級に降格となる。今まで前例がない規則であるため、知る者は少ないのだが——今回のポイント剥奪により、鳩原はその一人目となってしまった。
これだけでも非常に驚くべき事ではあるが、さらに事態は加速する。
「——はっ?」
「馬鹿な!」
「えっ? だって、この前あいつら昇格したばかりじゃねーの!?」
奈良坂や三輪、米屋など親しい人物たちは通達内容が信じられず、目を疑った。
だが何度見直してもその内容が変わる事はない。
A級紅月隊隊長
同部隊をB級降格処分とする。
先日のランク戦を勝ち抜き、A級に昇格したばかりである紅月隊の降格。これは彼らにはあまりにも衝撃的な内容だった。
「……ライ先輩」
それはもちろん、オペレーターである瑠花にとっても同じ事である。
学校でこの通達を受け取った彼女は静かに事実を受け止め、処分を受けた隊長の身を案じていた。
「ッ——!」
「おい秀次! どこ行くんだ!」
「ボーダー本部へ行く!」
休み時間、廊下で話していた米屋の制止を振り切って三輪は駆け出す。
——信じられない。信じたくはなかった。
かつての処罰とは全く勝手が違う。とにかく何があったのか真相を知るべく三輪はボーダー本部へ向けて一目散に駆け出して行った。
こうして事件は終息したものの、まだ波乱は続いていく。
「失礼するわね。紅月君。ちょっといいかしら」
作戦室で処分を待っていたライの下へ一人の人物がやって来た。
「……加古さん」
「久しぶりね。知らせは見たわ。——ちょっと、話をしない?」
やって来たのは加古隊の隊長・加古である。
信じがたい連絡の直後であったにも関わらず、変わらぬ妖艶な笑みを浮かべて彼女はライをある場所へと誘うのだった。
「……すみません」
「謝罪ならいらん。もはや終わったことだろう」
さらに同じく二宮隊の作戦室で待機していた鳩原の下にもある人物が現れる。
男は厳しい目線と口調を崩さぬまま、鳩原を問い詰めた。
「とにかく全て話せ。一体何があった? 何故お前はこんな早まった事をした?」
いつもよりも幾分か厳しい声色をぶつける隊長——二宮を前に、鳩原は恐る恐る口を開く。
「……本当に会うのか? 君が行くとかなりややこしい事になりそうだが」
「まあ。失礼ね忍田!」
同時刻、ボーダー本部の一室では忍田が一人の少女と向き合っていた。
忍田は何とかその少女を説得しようと試みるも、相手は聞く耳を持とうとはしない。
「降格の直後、人の出入りも制限されるであろう今会わなければ、今後ライと会う機会は中々作れないでしょう? 以前より話に聞いていた近界からの帰還者。しかも、彼女を助けたという今回の一件でより興味を持ちました。何より今後の彼の動き次第では、彼の力を借りることもやぶさかではありませんから」
セミロングの黒髪に琥珀色の瞳、どことなくミステリアスな雰囲気を纏った女性はハキハキとした口調でそう告げた。語っている事情は正しいだけに忍田は苦笑を浮かべつつ、どうにかここで話を収められないかと頬をかく。
「とはいえ紅月君には君の事情は何も話していないんだ。そんな中で会いに行くのは」
「別にそれほど話せなくても今回は様子見だけでも構いません。ライと面と向かって普通に話すだけでわかる事もあるでしょう。それに——」
説得を試みる忍田だったが、女性は尊大な態度を崩さず、むしろ彼を丸め込むように話を続ける。
「問題なんて何もないでしょう? だって紅月隊のオペレーターは、
そう言った女性——忍田瑠花は得意げに笑みを浮かべるのだった。
ええ、まさかのワールドトリガー最新話でしたね。
正直な話予想外でした。もうプロットとか全部書き直しですよ。すでに書いていた5万字以上もすべて消去。今回の話も一から書き直しました。
まさか彼女が読み切りからこれほど重要な人物へと変貌を変えるとは想定していなかった……